Running On Empty

　午前四時に目が覚めた。三時間は眠れたことになる。悪くない目覚めだ。

　部屋の明かりをつけ、暖房のスイッチを入れる。2DKとは名ばかりの狭い部屋。誰かが部屋を暖めて俺の帰りを待っていてくれるわけでもないが、とにかくここが俺の部屋だ。

　パソコンを立ち上げ、ネットに接続したくなる気持ちに耐えて書きかけの小説を開く。今からわずか三時間が俺の時間だ。サイトの更新をチェックし、掲示板でも眺めていたらすぐに朝だ。それでは小説を書いている時間がない。その手の作業を欠かすことはできないが、それは六時半からの三十分間と決めている。

　小説を書くといっても、別に作家になろうなどという大それた志を持っているわけじゃない。自分の楽しみで書く、二次創作小説って奴をネット上で垂れ流しているだけだ。別に発表などしなくてもよさそうなものだが、書けば誰かに読んでもらいたくなるのが人情というものだ。特に好評でもないが、幸いにして不評の嵐でもない。ごく稀に舞い込む感想メールなどというもので気分が舞い上がったりするのだから、まぁかわいい趣味だ。

　既に書いてある部分を読み直し、俺は徐々に物語の中に入り込む。キーボードの上を指が疾り、物語が紡ぎ出されて行く。



「なにやってんの？」

　声が聞こえ、俺はぎくりとした。部屋の中に俺以外の誰かがいるわけではないから、当然のことだが幻聴だ。それにこの声には聞き覚えがある。俺は幻聴が聞こえるほど集中していたのかと、少し怖くなった。

「ねぇ、なにやってんのって聞いてんのよ」

　再び声がして、後ろから誰かが寄りかかってくる。俺の首に腕を回し、頬を押し付ける甘えた仕草。そう、「誰か」じゃない。それが誰なのかは、最初に声を聞いた時からわかっていた。
　自分が発狂したという事実を認めるのが嫌だった。しかし、このまま無視を決め込むのも不可能だ。俺は恐る恐る振り返る。思った通りの人物が、そこにいた。

「あ、アスカ……様……」
「ふうん。こんなの書いてるんだ。あんた、ファーストが好きなの？　マイナーねぇ」
「あ、い、いや、これは……」

　俺は俗に言うアヤナミストだ。アスカのことも可愛いと思っているから小説上で貶めたり辱めたりはしないが、お世辞にもいい扱いだとは言えない。

「いいわよ。別に。マイナーだって言ったって、アヤナミストなんてそう珍しくもないし。断罪されたりとか酷い扱いされるのはごめんだけど、あんたのはそんなんじゃなさそうだしね」

　彼女が画面をスクロールさせながら言う。

「そ、そりゃどうも……」
「このまんまでいいって言ってるんじゃないわよ。LASも書きなさいよ。LASも」
「そ、そうですね……」

　アスカ様に逆らうことは即ち死を意味すると一般には言われている。本当のところはどうか知らないが、死ぬかもしれないなら逆らうべきではない。それに俺はLASを書くことそのものには大きな抵抗はない。問題はLASの中でレイをどうするかだ。

「あ、あの、アスカ様の相手は加持さんではだめでしょうか……」
「なんで？」
「いや、その、レイはどうしたらいいかなと……」
「いいじゃん。司令あたりとくっつけとけば」
「そ、それだけは勘弁してください」

　俺は土下座した。それだけは生理的に受け付けないのだ。

「なんでそんな事にこだわるの？」
「……いや、なんて言うか」
「じゃあアタシが加持先輩とくっついたら、ミサトはどうするつもり？　日向さんになんとかしてもらう？　加持さんとミサトの気持ちはどうでもいいの？」
「す、すいませんっ」
「ま、カップリングなんてどーでもいーわよ。小説なんだから。アタシはアタシが幸せになれればいいの。ファーストがシンジとうまいことやってて、アタシがおざなりになってるのが気に入らないだけ。あんたには別に期待してないから。ちゃんとした作家はたくさんいるんだからね」
「そ、そうですね……」

　アスカ様はそう言ったが、その表情とたたずまいから無言の圧力を感じる。やはりここはLASを書かねばならないのか。しかし、アスカ様は本当にシンジのことが好きなのだろうか。加持さんのことはどう思っているのだろう。

　煮え切らない俺の態度にあきれたのか、アスカ様はぷいと横を向いて部屋を出て行った。俺にどうしろというのか。



　我に返ったのは、再びアスカ様が俺に声をかけたからだ。

「そろそろ仕事に行く時間でしょ。朝ごはん、作ったわよ」
「え？　あ、ありがとうございます」

　それは焼き魚、納豆、卵焼きという、一人暮らしの俺には考えられないようなメニューだった。俺は感動した。男やもめに蛆が沸くとは良く言ったものだ。

「どうしたの？　食べましょうよ」

　茫然と立ち尽くしている俺に向かって、アスカ様が不思議そうに声をかける。

「い、いただきます」
「いただきまーす」

　旨かった。めちゃめちゃに旨かった。

「お料理、上手ですね」
「ん、ありがと。まぁアタシも黙って見てるだけじゃないってことよ」

　食事を終え、アスカ様は洗い物をはじめる。いくらなんでも申し訳ない。自分で洗おうと思うが、どうしていいかわからず、やたらとアスカ様の回りをうろついた。

「何してんの。洗い物はアタシがするから、早く仕事に行く準備しなさいよ。遅れるわよ」
「あ、そ、そうですね」

　俺はのろのろと着替え、荷物を持った。

　玄関に立つ俺を、エプロン姿のアスカ様が見送ってくれる。

「帰るときは電話するのよ」

　可愛らしい笑顔だ。

「い、いってきます」
「いってらっしゃい」

　いってきますのキスさえなかったが、アスカ様は玄関の外まで出て手を振ってくれた。悪くない、と俺は思った。

　実際、俺は気が狂っているのだろう。吊り革につかまり、電車に揺られながら俺は考える。まぁ今晩のことは今晩考えよう。何もなければ忘れてしまえばいい。



　夜11時。そろそろ仕事を終えることにした。いい加減なところで切り上げないと電車がなくなる。会社に泊まってもいい事なんかない。

　……万が一ということもある。幻だと分かっていても、念のために電話をしておこう。もし幻でなかったら、いや、たとえ幻だったとしても、命令には従わないと逆鱗に触れることになりかねない。

　震える手で携帯を取り出し、自宅の番号をプッシュする。
　呼び出し音が聞こえる。一回、二回……。

「はいはーい。tambですー」

　うわ。出た。

「あ、あの、僕だけど。い、今から帰るから」
「ずいぶん遅いのね。こっちに着くのは何時くらいなの？」
「じゅ、12時くらいかな」
「わかったわ。待ってるから」
「は、はい」
「じゃあね」

　電話が切れた。俺は混乱したまま電車に乗り、混乱したまま歩き、混乱したまま自分の部屋の前に立った。部屋からは間違いないなく明かりが漏れていた。
　このまま突っ立っているわけにもいかない。鍵を開けてドアを開いた。部屋の中は暖かかった。

「た、ただいま……」
「おかえりー。ちょうどごはんのできるとこよ」

　エプロン姿でかいがいしく食事の支度をするアスカ様。悪くない、と再び俺は思った。

　実際、彼女の作る食事は、朝食もそうだったが、こんなに旨いものは今まで食ったことがないと真剣に思うくらい旨かった。これに比べれば、平日はほとんど頼りきりだったコンビニ弁当など論外だ。こんなに上手なのに、どうしてシンジ任せだったのだろう。

　こんな夜中に食べると太るのよね、などと言いながら、アスカ様は涙を流さんばかりに感動している俺の隣にちょこんと座って、具だくさんの味噌汁をすすった。

　彼女は俺に向かって学校や本部での出来事を面白おかしく話し、些細な事に文句を並べ立てる。勿論、本気で怒っているわけではないのは聞いていればわかる。彼女も優しい心を持っているんだと、俺は相槌を打ちながら改めて思った。

「ごちそうさまでした。ほんとにおいしかったです」

　俺はそう言って頭を下げる。彼女はそんな俺に微笑みかけて、後片付けをはじめた。俺は今度こそ自分で洗おうとしたが、アスカ様はそれを許さなかった。
　俺はそれに甘え、煙草に火をつけて彼女の後姿を見る。

　俺は彼女の倍以上、三倍にはちょっと届かないが、まぁそれくらいは生きている。いくらなんでも恋人同士には見えないだろう。
　はた目に見れば、離婚した父親のところに半分小遣い目当てで遊びに来て、ついでに世話を焼いている娘。そんな感じだろうか。

　……彼女はなぜここに来たのか。もはや俺が発狂しているかどうかは問題ではない。彼女が俺の幻覚であるなら、彼女について考えることは俺自身について考えることと同義であって、それは意味のあることだ。

　ほんの気まぐれ。

　他に理由は思いつかなかった。優れたLASが欲しいのなら、彼女自身が言っていたように、彼女を愛して止まない、才能のある作家はいくらでもいる。わざわざ俺のような者のところに来る必要はないだろう。

　勢力を広げるため。

　わざわざアスカ様が自らそんなことをするとも考えにくい。
　俺は考えるのをやめた。理由なんかどうでもいい。彼女がここにいたいのなら、その気持ちを受け入れるだけだ。拒む理由なんかない。彼女もあの夏の子供なのだから。

　もしかすると、俺がこんなことを思うのもアスカ様の思う壷なのかなと、ふと思った。


「ぼーっとしてないでお風呂でも入ったら？　沸いてるわよ。また早起きして小説書くんでしょ？」
「え？　あ、そうしようかな」

　まったく、至れり尽くせりとはこの事だ。



　俺は湯船に浸かって一息つき、急に気づいた。

　アスカ様はこの部屋に泊まっていくのか？　だとしたら、いったいどこで寝てもらえばいいんだ？

　寝室にはセミダブルのベッドがあるだけだ。ソファーなどという気の利いた物はない。来客用の布団があるにはあるが、もうずいぶん使っていない。もしアスカ様が俺のベッドに入って来たら、それを拒むことは不可能だ。まぁそこまではいい。俺が床に寝れば済むことだ。
　だが、俺に皿洗いすらさせない優しい心を持ったアスカ様が、俺を床に寝かせるか？　有り得ない。そんなことなら自分が床に寝ると彼女は言うだろう。当然ながらアスカ様にそんなことをさせる訳にはいかない。

　となれば、一緒に眠ることになる。そんなことになって、俺の理性はどこまで持つのか？　アスカ様は文句なく可愛い。そして、自慢ではないが俺の下半身に人格などというものはない。つまり、結果的には下僕になるということだ。
　俺は自分でも驚くほど冷静だった。下僕という生き方も悪くない、などと思い、冷静にそう考えている自分に愕然とした。

　俺はアヤナミストだ。あやなまーだ。俺には俺の生き方があるし、間違ってもアスカ様に手など出そうものなら、全国に数千万とも言われる下僕の方々から次々と刺客が送り込まれることになるのは必至だ。そうなれば命はない。そもそも、こうして二人でいるだけでも危険極まりないのだ。

　俺はレイとシンジと、潔癖症の権化とも言えるマヤさんに祈った。俺自身のためと、俺に抱かれることなど絶対に望んでいるはずのないアスカ様のために。

　全くの杞憂だった。聡明なアスカ様は、俺が風呂に入っている間に、しっかりと干してふかふかにした布団をベッドの横に敷いていた。

　しゃかしゃかと軽快な音を立てて歯を磨きながら、彼女は俺に缶ビールを差し出した。冬用の、長袖のパジャマ姿が可愛い。

「んん、んーん。うんんんん？」

　はい、ビール。のむんでしょ？　かな？

「ああ、ありがとう。もらうよ」

　下僕にならなくて済みそうだという安堵感からつい気楽に答えてしまい、あわててアスカ様の顔色をうかがったが、彼女は俺の言葉遣いなどという細かいことは気にしていないようだった。普通に、当たり前の十四歳の女の子に接するようにしていた方がいいのかもしれない。もっとも、ここ二十年くらいは十四歳の女の子に接したことなどないが。

　絶妙に冷えたビールは旨かった。たった独りで、眠るために飲むビールとは比較にならない。
　アスカ様の用意してくれた漬物を肴にビールを飲む。歯を磨き終えたアスカ様は、差し向かいでお茶を飲んでいる。俺はこの幸せといってもいい現実が――もしこれを現実と言っていいならば――少し怖かった。

「寒いっていうのもなかなか素敵よね」
「そう？」
「うん。ほら、あっちは常夏だから。それはそれでいいんだけど、季節が変わらないと服がどうしても単調になっちゃうのよね。長袖の服も着たいなーなんて思ったり。ほら、可愛いでしょ、このパジャマ」

　アスカ様は手を広げて見せた。

「ああ。似合ってる。可愛いよ」

　彼女はにっこりと微笑む。

「ねぇ、雪、降るかなぁ」
「今年は寒いみたいだし、降るんじゃないかな」
「すっごい楽しみ。そしたら雪だるま作るから、手伝ってよね」
「ああ。わかったよ」
「約束よ」
「うん」

　せめて雪が降るまではここにいて、良かったらクラスのみんなも連れて来いよ。加持さんやミサトさんやリツコさんや、青葉君も日向君もマヤちゃんもさ。みんなで雪合戦して、それから子供たちはカマクラでも作れよ。大人たちは燗酒でも飲みながら鍋でも囲むから。

　そう言おうとして、やめた。彼女の好きなようにすればいい。もしそれが可能なら、彼女は自分でそうするだろう。

　そろそろ眠くなったのか、彼女の目がとろんとしてきた。

「そろそろ寝るかい？」
「もったいないけど……そうする」

　眠くて真っ直ぐ歩けないアスカ様を支え、寝室に連れて行った。俺ももう寝ようと思う。一人で起きていても仕方がない。昨日までは一人だったのに、今はそう思う。
　ビール一本の中途半端な酔い方だったが、ベッドに横になって彼女の静かな寝息を聞いているうちに、俺も眠りに落ちた。


　俺は会社に所属はしているが、仕事は半分フリーみたいなもので、気障な言い方をすれば時間を売っているわけじゃない。逆に言えば日曜もくそもないということだ。それでも俺は彼女のために無理をして時間を作り、日曜が来るとせがまれるままに遊園地や動物園に連れて行った。俺は遊園地とかは苦手だが、アスカ様のはしゃぐ顔を見ていると少しも退屈ではなかった。やや疲れるが。

　その日が来た。俺は彼女になんて言ったらいいのかわからなかった。あるいは黙っているべきなのかもしれない。迷っている俺に、アスカ様は声をかけてくれた。何でもお見通しってわけだ。

「今日はOFF会じゃない？　アヤナミストって奴らの」
「あ、うん、そうだけど……」
「いいわよ。アタシに遠慮しないで楽しんでらっしゃい。ま、近いうちに下僕の集会にも出てもらうけどね」

　アスカ様は邪悪な笑みを浮かべ、俺の身体を久々に悪寒が走った。



　それはちょっと妙なOFFだったが、とりあえず俺たちは綾波レイを語りあった。俺もアスカ様のことはとりあえず忘れた。
　ふと気づくと終電ギリギリで、俺は挨拶もそこそこに駅に向かって走った。しかし、無情にも目の前で最終電車は走り去った。俺は脅えながら電話をする。

「はいはい」
「あの、僕だけど」
「うん」
「えっと、で、電車がなくなっちゃって」
「……」
「その、始発で帰るから」
「……」
「あの、ご、ごめん」
「……」
「もしもし？」

　がちゃ。

　冷たい音と共に電話が切れた。

　俺はうなだれて、皆が飲んでいる場所に戻り、朝に向けて次々と轟沈して行く人々の中でひたすら夜明けを待った。起きている数人の人々と何か話をしたはずだが、俺はほとんど上の空で、何も覚えてはいなかった。

　俺はようやく来た始発に飛び乗り、駅から家まで走った。
　部屋の明かりは消えている。俺は恐る恐る鍵を開けた。玄関には彼女の靴があって、いなくなったりはしていないんだなと思う。ため息をひとつ落とし、寝室のドアを開けた。

「ダメじゃん。朝帰りなんて」

　アスカ様の変わらぬ声が俺を出迎える。彼女は俺のベッドに横になり、掛け布団から目だけを出していた。

　俺は、ごめん、と言おうとして、ベッドに腰掛けて彼女の目を見る。乾いた目だった。

　そうか、と俺は思った。彼女も居場所を探すのに必死なんだな。

　俺はレイを愛するようには彼女を愛していないし、それは彼女にしても同じ事だろう。

　いつでも一番でいるのが彼女の生き方で、それを否定する事はできない。いつも肘を張って、回りを意識して生きている。自分は見られていなければならない。
　だが彼女にとって俺は取るに足らない存在でしかなく、俺の事を気にする必要はない。俺は彼女のライバルではなく、追い抜いたり蹴落としたりするような存在ではないのだから。ただそこにいるだけの、文字通りの単なる存在。

　それでも、自分と関係のないところで朝帰りをされると悲しくなる。そんな自分が許せない。俺が何をしようと、自分とは関係がないはず。だから力を入れている。悲しくなんかない。泣いてはいけない。

　走っていなければ、気持ちを張って生きていかなければ、自分の居場所を見つけることはできない。そう信じていて、でも意地を張った自分が好きになれない。そして自分を好きになれなければ、生きていく事すらできない。
　一人で生きていくのは辛すぎて、でも誰かと一緒では駄目になる……。

　そうじゃないんだよ。

　そう言って彼女のプライドを傷つけてはいけない。彼女自身は認めたくないのかもしれないが、彼女だって気づいている。だから彼女はここにいるのだ。無害で、気を遣う必要のない俺の所に。

　一人で生きるのが辛いなら、誰かと一緒に走って、一緒に一番を目指してもいい。甘えて、頼ってもいい。疲れたら、気を抜けるところを見つけて立ち止まればいいよ。俺は君のことを気にしないから。



　俺はアスカ様の髪を撫でた。彼女に触れるのは初めてかもしれない。

「……ゆっくり休んでいきなよ」
「バカ……」

　途端に彼女の瞳が潤んだ。俺の手を振り払い、それでも掴んだまま離さなかった。

「……アタシ、また寝るから」
「うん」
「アタシが眠るまで、そこでちゃんと見ててよ」

　俺は黙って頷いた。
　わかってる。ずっと見てるよ。

　彼女は俺の手を握ったままむこうを向き、俺から顔を隠した。俺も掛け布団の上に横になり、布団越しの彼女の体温を感じていた。


　数時間後、アスカ様は俺をたたき起こし、仕事をさぼろうとする俺に朝食を食わせ、会社に送り出した。

　その日、仕事を終えて電話をすると、彼女は出なかった。帰り着いた部屋には誰もいない。
　食事が用意してあり、メモ用紙に一言「ありがと。また来るね」と書いてあった。

　走れ、と俺は思う。走っていれば居場所なんて見つかる。見つからなければ作ればいい。ここは君の居場所じゃないけど、疲れたらいつでも休みに来ればいいよ。

　俺はガスに火をつけ、アスカ様の作ってくれてあった味噌汁を温めなおす。そして、このアスカ様特製の、旨い味噌汁の作り方を教わっておけば良かったなと思った。