彼女からみえるもの


かつてここには季節があった。
時の流れに彩りと実感をあたえる、そんな時間のうつろいがあった。
一年という期間にひとかどの意味を与えてるくれる四季。
それはもう存在しない。
最もそれを尊く感じる事のできるはずの人間が、破壊してしまったからだ。


“こんなことで、私のやってきた事が許されるとは思わないけれど”

そういって一枚の紙をとりだした友人の顔は、もう何年も前に見忘れて
しまっていたような気がした。

彼女が背負っている事。
自分自身が背負ってきた事。
彼女がやってきた事。
自分自身がやろうとしている事。

いつのまに、違う道を歩くようになってしまったのだろう。
いや、もとから同じ道などたどっていなかったのかもしれない。
それでも、少なくとも、自分と、彼女と、そして、あいつのいたあの瞬間だけは
同じものを感じていたと信じたい。
そうでなければ、出会った事が哀しすぎるから。

“……あの子達も…こんな風に感じてくれるかしら……?”

無理やりに出会わされ、背負いたくない運命を背負わされ、
死すらも常に身近に存在している、そんな状態だったとしても。
せめて、一瞬でもいいからお互いが必要であったと感じてほしい。
そう思っていたからだろう。その紙を受け取ったとき、ミサトには友人の思いが
ひさしぶりにわかったような気がした。


失われたものは、それを知っていた人々の記憶にしか残れない。
そして、記憶は、薄れれば薄れるほど、無くなったものへの思いを募らせる。
いっそ知らなければよかったのに。
そう思わせるほどまで強く。

無くなった季節に最も思い焦がれたのは、やはり人間だった。
特に、一千年もの古代から、四季と共に暮らしてきた日本人にとって、
その思いは非常に強かったのだろう。
それゆえだろうか。
一つの季節を蘇らせたのも日本人だった。










「……これが、そうなの?」
普段では考えられないくらいしおらしく、アスカは尋ねた。
見れば、隣にたっているシンジも、圧倒されて言葉が出ないでいる。
そして、それはレイも同じらしく、めずらしく感情が表情に現れている。
「…そうよ。これが…桜よ……。」
静かに答えたミサトの後ろから一陣の風が吹き抜ける。


“桜”
それこそ、日本人が最も愛し、最も心を寄せた季節の風物詩。
近付けば、包み込まれるがごとくに広がった花・花・花……
その花の色は全て、生命力に満ち溢れた淡い淡いピンク色。
それでいて、盛りを終えれば、しづしづと風に舞い、夢のごとく散り落ちる。
それが、日本人に何百年も愛された“桜”の姿だった。


木々がゆれた。
ミサト達をふきぬけた風が、目前に広がる何十、何百という桜をゆらしていく。
その光景のなんと美しいことか。
ミサトは、心の底から、子供達を連れてきてよかったと思った。

外界から遮断され、自らの気持ちすらも理解する事のできない
人形のような蒼い髪の少女。

牢獄のような狭い世界しか与えられず、
一つの事にしか生きる価値を見出せなかった紅い髪の少女。

手を広げれば、全てを手に入れることができるにもかかわらず、
自分の弱い心を恐れて、何も手に入れることのできない黒髪の少年。

なんて、可哀想なのだろう。
いや、簡単に同情はできない。それは、自分を正当化しているだけだから。
自分だって、少なくとも原因の一つを作ってしまっているのだ。
だからこそ。
自分は、心底願っている。彼らがこれからずっと笑顔でいられるようにと。
そのためには、闇を引き受けよう。誰かが、背負わなければならない闇を。


“責任者ってのは、責任をとるためにいるのよ”

そういえば、かつて友人はそんなことも言っていた。
ふいにそんなことを思い出して、ミサトは笑った。
思い出せた自分が、少し嬉しかった。
たとえ、どんなに道をたがえてしまっても、
どんなにぶつかり合う事があっても、
それでも、心のどこかで信じているところがある。
そういう風に感じる事ができたから。

彼女も、そういう風に感じてくれているのだろうか?
彼女は彼女で深い闇を背負っている。
今までは、それは、決して自分と同じ理由であるとは思えなかった。
けれど、と思う。
今回の事で、ほんの少しだけ強く、彼女をより信じられるような気がした。

「……ありがと、リツコ……」
桜を前に騒いでいる子供達を見つめながら、ミサトは、心の底から、自分の古き友人に
感謝していた。


<コメント>
tamb さん、そして、このページを訪れている方々、はじめまして。tomoと申します。
今回、遅れ馳せながら、この企画に参加させていただきました。
まだまだ、未熟な私ですが、何か感じていただければと思います。
ここまで読んでくださった方、ほんとにありがとうございました♪




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