綾幸ゲロ甘企画vol.2

written by JUN   


「あれっ」
 河原で景色を眺めていたシンジを、どこか聞き覚えのある声が捕まえた。茶色がかった髪の、眼鏡
をかけた少女。どこか大人びて、達観したような表情を見せる彼女は楽しそうに土手の坂を駆け下り、
シンジの肩に手を置いた。
 振り返ったシンジはこの世の終わりのような暗澹とした表情をしており、少女は一瞬気まずそうに
表情を歪めたが、すぐにいつもの明るさを取り戻した。
「いつかのワンコ君だよね?久しぶり」
「あ、あなたは、屋上の、えっと……」
「マリでいいよ。真希波・マリ・イラストリアス」
「あ……マリ、さん。えっと、僕は――」
「知ってるよ、碇シンジ君?結構有名人だからね」
「あ、どうも」
「で、何してるの?こんなとこで。遊び盛りの少年が一人でいるところじゃないなあ」
「あ、いや、別に――」
「なんでもない、なんて言わせないよ?そんなくらぁい顔で」
「う……」
「ウジウジしてたって楽しいことないって言ったの、覚えてるよね?こうして独りぼっちでいても楽
しくもなんともないし、それならさ……」
「な、なんですか……」
 不意にシンジの肩にマリが手をかけた。妖しい笑みは、とても同い年とは思えない色気があり、レ
イやアスカに比べて明らかに大きい胸の膨らみにくらくらした。
「相変わらずいい匂いだね……ワンコ君」
「な、なん……」
「その反応もカワイイし、どう?今夜お姉さんと……」
「だだだだだダメです!ぼ、僕にはちゃんと――」
「もうカノジョさんがいるの?」
「は、はい」
「ふぅん。誰?」
「あ、綾波っていって――」
「あ!あの零号機の娘?」
「そ、そうですよ。だから離してください!」
「……………………あはは!それでいいよワンコ君!出来るじゃん」
「――へ?」
「どうせ喧嘩でもしたんでしょ?そんなお洒落なカッコして。そこにある紙袋はカノジョに買ってあ
げたのかにゃ?で、痴話喧嘩かなんかで別れて。どーしていいか分からないからこんな所でボーっと
してる。違う?」
「………………寸分の狂いもございません」
「ここでアタシに誘惑されるようじゃあまだまだだけど、あの初号機覚醒させてまで助けた女の子で
しょ?下らない喧嘩で手放しちゃだめだよ。男はどーんと受け止めなきゃね」
「……でも、あれは綾波が――」
「ほらほら、だからダメなんだよ。どっちが悪いとかじゃないの。喧嘩になったら男はひたすら謝り
倒す!これが基本にして絶対!」
「……マリさんと付き合う男の人は大変ですね」
「いーの。今はエヴァが恋人だもん」
「はは、すごいですね」
 マリのあっけからんとした声と表情は、徐々にシンジの強張った表情を柔らかくした。この少女は
どこか心の中にするりと入ってくる節がある。そして荒らすだけ荒らして、するりとまた出て行くの
だ。その強烈な個性は、ほとんど顔をあわせたことがないシンジにも深く刻み込まれていた。

「ほら、分かったら行っといで!謝るんだよ、カノジョに」
「分かり――」

「碇くん!」
「え……」
 坂の上からかかった美しく透き通った声に、シンジとマリは同時に反応した。


「綾波……」
「ほら、ヒロイン登場だよ。いいタイミングじゃん」
 マリは立ち上がって、スカートについた枯れ草のくずを手で軽く払った。
「綾波、ごめんね。僕が悪かったんだ」
「ううん。私こそ、ごめんなさい。どっちが相手のことを好きかなんて、本当はどうでもよかったの
に……」
「僕だって、綾波の気持ち、分かってた筈なのに――」




「ちょい待ち!」
「へ?」
「話の腰を折ってごめんね。でも、お姉さんにちょっと状況教えて。喧嘩の原因はなに?」
「原因って……」

 レイとシンジは顔を見合わせ、涙をこらえるような、なんともいえない表情をした。
「その、僕と綾波、どっちが相手のことを好きかっていう……僕の方が好きな気持ちは上だって言っ
たのに、綾波が違うって……」
「だって、私のほうが好きなのは本当だもの。それなのに碇くん……」
「違うよ!僕の方が!」
「私の方が!」
「……………………」





 ぶちっ





「「ぶち?」」


「よそでやらんかこのバカップルがあああああああああああああ!」




 ドボ―――――――――ン!



「いかりく―――――ん!!」





 高々と上がった水柱に、レイの絶叫が木霊した。


 シンジを軽々と投げ飛ばしたマリは、肩での息をいつまでも繰り返していた。


FIN