Got You On My Mindwritten by tamb
碇くんが、切れそうだった。 「なんなんだよ! いったい!」 というか、切れた。 「綾波」 「はい」 「そこに座りなさい」 「はい」 「いや、その前にまず服を着るんだ」 「はい」 レイはお風呂やシャワーから全裸で出てくるという癖がなかなか抜けなかった。最近になっ てようやく直ってきてはいたが、この連休にアスカは里帰り、ミサトもたまたま長期主張で、 シンジと二人きりで過ごすようになると再発したのである。シンジと二人でいると気持ちが落 ち着くのだ。心が休まる。というより弛緩する。緩み切るのである。それが原因である。 レイは服を着て戻ってきた。Tシャツに短パンである。タンクトップよりマシなのかどうか は微妙なところではあるが、いずれにせよ刺激的である。青少年には有害である。シンジは思 わず性欲を高ぶらせたが、深呼吸して無駄なそれを押さえつける。 「綾波」 「はい」 「キミは僕を挑発してるのかい?」 「そんなことはないけど……」 「じゃあなんで一糸まとわぬフルヌードでお風呂から出てくるんだよ」 「その……長年の習慣っていうか……碇くんと二人だと安心するっていうか……」 安心する? それは僕を男として見てないってことじゃないか。いいだろう、じゃあ教えて あげるよ! 男という生き方を! シンジは心の中でそう叫んだが、実際に行動に移したりはしない。それはそうであろう。と いうか、冷静に考えるまでもなく逆に「碇くんと二人だと安心できない」と言われたら激しく 落胆する。 戦争中は切なくたぎり戸惑うほどシンジの身体を熱くさせていた性欲だったが、今はレイに 対して誠実であろうと願う気持ちの方が強い。だが消えてなくなったわけではないのだ。 「でも、葛城さんもアスカもお風呂からは半裸で出てくるし……」 「半裸と全裸では全く意味が違う」 シンジはぴしゃりと言った。確かにミサトもアスカもバスタオル一枚という半裸状態で出て くるが、それに対しては何も感じないしどうとも思わない。と言い切れるかどうかは若干の疑 問も残るが、やはりレイとは明確に異なる。レイが半裸で出てくれば間違いなくときめきを感 じるであろう。全裸より半裸の方が萌えるのだ。半裸というのはつまりセミヌードのことなの だ。恥ずかしげに微笑んでくれたりした日にゃ、そりゃあもう。 全裸だと性欲が高ぶり、半裸だと萌える。どちらも素晴らしい。 話がそれている。今はそういうことを問題にしているのではない。 「碇くんも裸で出てくれば?」 「そういう問題じゃないんだ!」 「……じゃあ、下着だけはつけるようにする」 「下着だけじゃダメだ! 余計ダメだ! 逆効果だ!」 「だって暑いし」 「Tシャツに短パンなら暑くなんかないよ!」 だいたい綾波は僕の言うことなんてちっとも聞いてないじゃないか。いつまでたってもお塩 は入れすぎるしフトモモは剥き出しだしおっぱいは適度な大きさで挑発的だしお味噌汁はおい しく作れるようになったしパスタはゆで過ぎるし数学は苦手だし漫画ばっかり読んでるし勝手 に僕のベッドで寝るしミルクみたいな甘い匂いがするし僕は欲情するし甘いものは食べすぎだ しダイエットしなくても太らないしくすぐったがりだし良く笑うし良く泣くし可愛いし目的の ためには手段を選ばないし天然だしお肉は食べれないしニンニク好きだしがみがみがみがみ。 レイはしおらしく黙って聞いていたが、徐々に怒りが込み上げて来た。シンジの言うこと全 てが自分の責任というわけではない。フトモモ剥き出しで何が悪いのか。二十四時間常に剥き 出しなわけでもないんだし、シンジが欲情しなければいいだけではないか。数学はこの世のも のとは思われないほど難解なのだから得意な方が変だ。漫画は面白い。ニンニクはおいしい。 お肉はおいしくない。パスタは……練習する。だがそれはそれ、これはこれだ。 レイは自分の中で何かがぷちっと切れたのを感じた。 レイが切れた。 だが沈着冷静純情可憐純真無垢を座右の銘とする彼女である。瞬時に落ち着きを取り戻し、 自分の中で切れた何かを結び合わせた。可愛らしくちょうちょ結びで。 「碇くん、あたしのフトモモ、嫌い?」 「え? あ、いや……」 レイの思わぬ問いかけにシンジは動揺した。 「太い?」 「ふ、太くはないよね。もちろん細すぎでもなくて、言うなれば適度な量感をたたえていると いうか、なんというか、おいしそうというか……」 「食べてみる?」 シンジの血液が一瞬にして沸騰した。これは既に挑発とかそういうレベルではない。明確な 誘惑、お誘いである。ほとんど殺人的である。 彼はレイににじり寄り、がっしと抱き締めそのまま押し倒した。 「綾波」 「はい」 「ミサトさんが、まだセックスはだめよって、いつも言ってるよね」 「うん」 シンジはディラックの海に飲み込まれかけているおのれの理性を――誠実でありたいという 気持ちを必死にサルベージしていた。 「それは僕の、僕自身と綾波に対する責任のことだと思うんだ」 「……うん」 「でも、キスくらいなら……!」 レイは静かに目を閉じた。そしてシンジはその口唇に自らの口唇を合わせた。なんて柔らか い。かすかにミントの香りがする。浮かびかけていた理性が再びディラックの海に沈んでいく。 しっかりと背中に回した右手の指先が、Tシャツ越しに下着の線を意識する。このまま手を 下に向かって滑らせれば、綾波のお尻が――! 「碇くん。あたし、碇くんに出会えてよかった」 だが、口唇を外したレイがシンジの耳元でささやくように言った。 「碇くんを知らないままじゃなくて、本当に良かった」 「綾波……」 シンジは再びレイと口唇を合わせ、欲情に溺れかけた自分を恥じた。 自分の力で彼女を幸せにしたいという欲求そのものは正当なものだと思う。彼女を自分のも のにしたい、自分だけのものにして他人には触れさせたくない、自分だけが触れていたいとい う欲求は、そのプロセスの中にあってこそ正当なものとなる。単なる肉欲とは根本的にその意 味が異なるのだ。責任の話は認めよう。では自分は彼女の幸せを願っているのか。自分こそが 彼女を幸せにしたいのだと、自分でなければ彼女を幸せにできないと信じているのか。そして 彼女は僕でなければ幸せになれないと信じているのか。彼女は僕に触れて欲しいと願っている のか。僕には彼女に触れる資格があるのか。 ――ある! シンジは一瞬にしてそう結論付けた。自分の欲望に負けたのではない。レイがかわいすぎる からいけないのだ。その柔らかな胸の膨らみが、すべすべのフトモモが、桜色に染まった頬が、 ちいちゃなお尻がいけないのだ――! シンジの理性は無情にもぶくぶくとディラックの海に沈み、消えていったのである。 彼は口唇を合わせたまま右手をゆっくりと滑らせ始めた。レイのお尻に向かって。 だがその時。 「何をしている」 いつからそこにいたのか、完璧なまでにその気配を消していたゲンドウが忽然とその姿をあ らわにしたのだ。 二人は、さすがはチルドレン、エヴァンゲリオンパイロットと呼ぶにふさわしい反応速度を 見せ、ほとんど瞬間移動かと思われるほどの速度でその身を離し正座した。 「父さん!? いつからそこに?」 「何をしているのかと聞いている」 ゲンドウはシンジの言葉を無視し、再び聞いた。 シンジは頭を超高速で回転させ、言い訳を探した。えーと、綾波の確かな存在感を確認する ため、とかなんとか……。 だがレイはそれよりも早く答えた。 「お互いの性欲の発露です」 「な……」 レイの言うことは正しい。だが同時に身も蓋もなかった。なんでもかんでも正直に答えれば いいというものではない。時には嘘も必要なのではないか。嘘も方便ということわざもある。 そしてレイは今さらのように顔を赤らめた。自分がバカ正直に何を口走ってしまったのか、 ようやく気づいたのだ。そしてそれがもたらしかねない結果に動揺した。怒られる。 シンジもレイも身をすくませたが、ゲンドウの返答は二人の想像をはるかに超えたものだっ た。 「そうか。ならばよい」 いいのかよ! シンジは思わず突っ込んだが、さすがにそれを口にはしないだけの分別はあ った。ヤブヘビになる。 だが同時にシンジは重要なことに気づいた。レイは「お互いの性欲」と言ったのだ。綾波も 僕に欲望を感じているのか――! シンジの性欲は急激に高まったが、ゲンドウの目前である。 これではいかんともしがたい。 ゲンドウはそんなシンジの悶絶に気づくことなく言った。 「今日の食事当番は誰か」 「わたしです」 レイが小さく手を上げた。 「それは好都合だ。実は娘の手料理を食しに来たのだ。レイ、何か作ってくれ」 レイはシンジをちらりと見て言った。 「何がいいですか」 「そうだな。スパゲッティ――最近はパスタというのか、それがいい」 「わかりました」 レイがキッチンに向かう。 ゲンドウはいつからここにいたのか。つまりパスタゆで過ぎの話を聞いていてあえてスパゲ ッティと言ったのか。そして性欲の発露発言。様々な事象が頭の中でカオス状態になり、レイ が明らかに動揺しているのはその後姿を見ただけで明らかだった。 それでもレイはちゃきちゃきと料理を作る。 味見をするんだ――! シンジは必死に念波を送ったが、動揺するレイには届かなかった。無念だ。 やがてテーブルに並べられたスパゲッティナポリタンは、あいかわらずゆで過ぎのぐたぐた で、味もガーリックの効きすぎた一方的なものだった。 レイは不安で一杯な顔でシンジとゲンドウを交互に見る。シンジは親指を立て、許容範囲の 合図を出した。こうするともっと美味しくできるよリストを頭の中で組み立てる。 ゲンドウは何も言わずあたかも餓鬼のごとく付け合せのサラダとスープまで一気に平らげた。 「どうでしょうか……」 レイは自分で食べるのも忘れ、恐る恐る聞いた。 「うむ。いい嫁さんになれるだろう。私が保証する。お代わりを頼む」 レイは嬉しさ一杯の笑顔になり、ゲンドウにお代わりを出して自分もナポリタンを口にした。 ひとくち食べ、思わず妙な顔になる。大しておいしくない。というよりまずい。 こんなのでいいの? レイは目でシンジに問い掛ける。 誤差の範囲だよ。シンジも目で答えた。 「ごちそうさまでした」 ゲンドウは口元をティッシュで拭い、似合わぬセリフと共に両手を合わせ軽く頭を下げた。 そしてレイとシンジを見る。 「お前たちの言いたいことはわかる」 特に言いたいことがあるわけでもない二人は緊張した。碇ゲンドウ、いったい何を考えてい るのだろうか。 ゲンドウはレイをまっすぐに見た。 「細かい技術はシンジに教わるなり研究するなりすればよい」 やっぱりいまいちだったか。レイは首をすくめた。 「だが、料理に一番必要なのは心だ。このスパゲッティにはそれがある。今はそれでいい」 「……はい!」 シンジは感動した。この突然現れたわけのわからぬ父親は料理の本質を捉えている。 レイは皿を下げ、食後のエスプレッソを出してから洗い物を始めた。 シンジはその後姿に見とれる。とりあえず何をしにきたんだかわからない父さんには帰って もらって、もういちど綾波を抱き締めたい。料理に心があると言ってくれたのは嬉しかったが、 とりあえずはやく二人きりになりたい。シンジはレイの後姿を見つめながらそう思う。 隣を見ると、ゲンドウもレイを凝視していた。 シンジは小声で聞く。 「父さん」 「なんだ」 ゲンドウも小声で答える。 「何を見ているの?」 「レイの尻だ」 シンジは思わずコーヒーを吹きそうになったが何とかこらえた。レイに嫌な顔をされる。 それにしてもなんなんだこの変態親父は。 だがシンジも似たようなものである。この親にしてこの子あり。変態親子である。 「シンジ」 「なに?」 ゲンドウは初めてシンジを正面から見た。 「性欲の発露はかまわん。だがセックスまだダメだ。わかっているな?」 「……わかってる」 「あと一年、我慢しろ。できるな?」 一年でいいのか。性欲の発露は問題ないのか。それならなんとかなる。と思う。たぶん。 「できます」 シンジは思わず敬語になった。 「避妊は間違いなくしろ。お前もそうかもしれんが、一番傷つくのはレイだ。わかるな?」 「はい」 「それは一年後にもう一度言おう。それからもうひとつ」 ゲンドウはニヤリと笑って言った。 「性欲発露の現場は葛城ミサトには見つかるな。めちゃくちゃ怒られるぞ」 --------------- caluさんには先にすいませんと謝っておきます(^^;)。 ラスト周辺はごく一部の方にのみ公開していた習作のオチを修正の上再利用してしまいました。 つか、これってゲロ甘じゃないかもしれん。 |