ル フ ラ ン



「わかっているよ。
 あちらの少年が目覚め、概括の段階に入ったんだろ。」

どことも知れぬ、灰色の世界で、身を起こした少年は言った。

「そうだ。死海文書外典は掟の章へと行を移した。」
姿なき声が、少年に答える。

「契約の時は近い。」

「ふっ…。
 また、三番目とはね、かわらないな、君は。
 会えるときがたのしみだよ。…碇シンジ君。」




「さて、外典に従うとすると、ぼくの出番はあと、7番目か。」
少年は、つぶやく様に言う。

「ずいぶんと、数が減ったものだね。
 だけど、手順を踏むかぎり、また同じ結末となる可能性が高い。
 そのために、犠牲となる同胞たちも気の毒だし…。」

少年は、何事か思いつた様にほほ笑んだ。

「老人たちには悪いが、ひとつ試させてもらおう。
 無駄を省くというのであれば、数を減らすよりも、それが最も近道だろうし。」




旧東京再開発臨海部。
その、第28放置区域の一角に今、巨大なドームが建っている。

すでに都心としての機能を失っている筈であるが、その日は国内、国外から、多くの
ジャーナリストが詰めかけていた。

そして、政府・民間を問わず、多くの研究機関から、著名な研究者が招待されている。
そこで日本重化学工業共同体主催による、「ジェット・アローン」(JA)の完成披露式典が
開催されているのだった。

ネルフからは、リツコとミサトがそれに招待されていた。

発表会の席上、JAとエヴァの決戦兵器としての有用性について、主催者側の時田と
リツコの間でさんざん誹謗し合ったあとで、JA実機のお披露目となった。

コントロールルームからの遠隔操作で、JAはゆっくりと歩行を開始する。
見守る招待者たちから、歓声が上がった。

「へえ、ちゃんと歩いてる。自慢するだけのことはあるようね。」
リツコが一応、感心してみせる。

だが、異変はすぐに起きた。
JAが、一切のコントロールを受け付けなくなったのだ。

会場となっているドームを踏み潰し、JAは歩み続ける。

「ちょっと、何やってるのよ。早く緊急停止させなさい!」
ミサトが、時田に迫るが、

「だめだ、制御不能だ。こんなことはあり得ない筈だ…。」
時田は茫然として、かぶりを振るばかりである。

「このままでは、炉心融解が起きるわね。」
リツコの言葉に、

「止めなさい、早く!! プログラム消去のパスワードくらいあるでしょう!」
「わ、わたしには、その権限はない。」
ミサトはさらに詰め寄るが、らちがあかなかった。

こうなったら、エヴァでJAを止めるしかない。
そう考えたミサトは、日向に連絡し、初号機とシンジをよこす様、要請しようとした。

ミサトが携帯の番号をプッシュしようとした、そのとき。
突然、陽が陰り、それに続く周囲のざわめきで、ミサトは顔をあげた。
その目が、驚愕で見開かれた。

「エヴァ?」

そこには、見たこともないエヴァが上空より飛来し、今まさに着陸しようとしていた。




「こ、こんなことって…!」
リツコが震える声でつぶやき、一、二歩後ずさる。

「どうしたの、リツコ。あれを知っているの?」

リツコは頷き、
「エヴァンゲリオン6号機。極秘裏に開発された、唯一の宇宙空間戦闘用の試作機よ。
 でも、あれは『失われた』はずだった。」

「失われた?」

「詳しいことは言えないけど、この先襲来する使徒の中には、現時点のエヴァの装備
 では対応しきれないものが存在すると、想定されたの。
 だから、弐号機からプロダクションタイプとする予定を急きょ変更し、3号機から後
 の4体は、予想される状況に対応した試作機となったのよ。」

「もう、3号機から6号機まであるの?
 でも、パイロットがそう簡単には見つからないでしょ。」
 
「そう。だから、パイロットが確保できるまでの暫定策として、未完成ではあるけれど、
 試用には耐えられるとして、『ダミーシステム』が搭載された。
 あの、6号機もその一つ。
 衛星軌道上に出現する使徒に対応するものとして、開発された。
 でも、宇宙空間での起動実験中にダミーシステムが暴走し、制御不能となったまま、
 地球からの追跡圏内を外れ、いずこかへ消え去ったらしいわ。」

「じゃ、じゃあ、あれは…。暴走したダミーシステムで動いてるってこと?
 ある意味、JAより危険な存在じゃない! こうしちゃいられないわ!」

ミサトは再び、初号機の出撃要請をしようとする。

「待って、ミサト。」
リツコは、それを制した。

「何よ、リツコ。今…。」
ミサトは何か言いかけたが、リツコの視線を追って沈黙した。

6号機が、JAの前に立ちはだかっていた。
 



委細構わず前進しようとするJAに、6号機はいきなり足払いを喰らわした。
何の抵抗もなく、JAは転倒する。

自動的に起き上がろうとするところを、さらに6号機は蹴り倒した。
なおも身を起こそうとするJAの右の上腕部を、容赦なく踏みつける。

バキンッ

上腕部が、付け根から折れた。
さらに反対側の腕も、6号機は踏み折る。
JAへの蹂躙は、それが完全に停止するまで続けられた。

だれもが、息を呑んでそれを見守った。

「どういうこと?」
ミサトが、つぶやく様に言ったが、リツコは黙ったまま首を振るだけだった。

結局、その答えは得られなかった。
その後の6号機がとった行動が、再び何処かへ飛び去ることだったからだった。




6号機の存在と、その不可解な行動は、全世界の知ることとなった。
ネルフを初めとする、複数の機関による綿密な捜索にも関わらず、その行方は
分からずじまいであった。

シンジと初号機の出動は結局なかったが、もし6号機が発見されたら、その時は
その捕獲または破壊のために、出動が命ぜられるであろうと告げられた。

「ダミーシステム? 何ですか、それは。」

シンジは、ミサトに問う。
6号機の件でミサトから説明をうけたときに、その操縦系統について初めて耳にした
用語だった。

ミサトは、居合わせたリツコに、助けを求める様に視線を送る。

「エヴァを無人で操縦する手段なのよ。」
リツコは、苦笑して説明する。

「エヴァは本来、パイロットとシンクロすることにより、その支配下に入るのだけど、
 それだと、稼働するエヴァの数だけパイロットを確保しなければならなくなる。
 それに、24時間フル稼働できるわけでもないわ。
 そこで、考えられたのが、エヴァに『そこにパイロットがいる』と思わせて、
 擬似的なシンクロ状態を起こすという方法…それがダミーシステムなの。」

「じゃあ、それを使えば、ぼくたちがこわい思いをしながらエヴァに乗る必要は
 なくなるんじゃないですか。」

「そのとおりよ、完成すればね。」

「完成していないんですか?」

「ええ、とても実戦に投入できるレベルではないわ。
 事実、6号機は宇宙空間での起動実験中に暴走し、制御不能となって今まで
 行方をくらましていたのだから。」

「と、いうことは、その6号機には人は乗っていないってことですか。」

「そういうことになるわね。」
「つまり、対戦するときは、思いっきりやっちゃっていいってことよ♪」
ミサトが、リツコの言葉を引き継いで言う。

「逆に、向こうには『手加減』なんて概念はないから、使徒と戦うつもりで真剣に
 対処しないといけないということでもあるわ。」

「…わかりました。」
シンジは、緊張した面持ちで頷いた。

シンジが退出した後、リツコはミサトの耳元に口を寄せ、
「気がかりなことがあるの。」
そう告げた。

「なに?」
ミサトが、小声で聞き返す。

「6号機の動きだけど、ダミーシステムだとは言い難いものがあるのよ。」
「どういうこと、まさか、パイロットが乗っているとか?」

「それが、そうとも言えないの。
 『チルドレン』が乗っているなら、あそこまで徹底的な破壊行為はしない。
 でも、効率を重視する様な行動は、ダミーシステムはしない筈なの。」

「わかんないわね。何が言いたいの。」

「冷酷で、理知的な、何かの意思を感じる…今は、それしか言えないわ。」
「わかった、心にとめておくわ。」




第3新東京市の繁華街から少し離れたとろに、スピア座という劇場があった。
この小さな街には似合わない、かなり大きな建物である。
今は催し物もなく、周囲に人影はほとんどない。

古風なデザインであり、建物の天井の4隅には、ガーゴイル、マンティコア、
バシリスク、ユニコーンといったモンスターの彫像が設けられている。

その、ガーゴイルの彫像の背中に腰掛けて、一人の少年が沈みゆく夕日を
眺めていた。

「どういうつもりだ。」
少年の背後に、声とともにモノリスが現れた。

「まだ、契約の時ではない。
 それなのに、どうしておまえは現われた? それもあれほど目立つ方法で。」

「『現れた』のは6号機であって、ぼくじゃないさ。」
「その6号機を、世界中の機関が追っているぞ。」

「見つけられる様なへまはしないよ。それにもう、使う予定もないし。
 ここに来るまでの乗り物として利用させてもらっただけさ。」

「…シナリオとは違うぞ。」
「その、シナリオどおりに動いて、望む結果が得られるのかい。」

「少なくとも、おまえの望む結果よりはな。」

「どうだかね。
 毎度同じ手順を踏んで、同じ結末ではつまらないとは思わないかい。
 永遠に繰り返されるルフランだよ。」

「何を焦っている。
 少しずつ、シナリオは修正しているのだ。 
 そのたびに、よりよい方向に向かっているということが、なぜ判らん。
 今からでも遅くはない、われらの指示に従え。」

「いやだね。今回はぼくの好きなようにさせてもらうよ。」

「…残念だな、おまえには失望した。
 次なる使徒が、おまえをもターゲットにするだろう。
 覚悟しておくがいい。」
 
「無駄だとわかって、言っているのかい。」
少年は微笑んで言った。

「最後の使者が、前座の使者より弱いわけがないだろう。」
「………。」

モノリスは、無言のまま消え去った。

「やれやれ…。」
少年、渚カヲルは、溜息をつくと言った。

「別に、けんかを売りたいわけではなかったんだけど。
 やはり6号機の力、もう一度借りることになるかも知れないね。」




「綾波、帰るの?」
その日の授業が終わり、帰り仕度を始めたレイに、シンジは声をかけた。

「ええ。」
「じゃあ、ぼくも帰るよ。いっしょに帰ろう。」
 
このところ、シンジはいつもレイとともに下校している。
クラスメイトのだれもが、それを揶揄したりはしない。

二人が先日のヤシマ作戦で、心身を擦り減らしながら、この街を救った、
ヒーローとヒロインであると、知っているからである。

しかもレイの方は、短い間とはいえ、入院していた身である。
初号機を使徒の攻撃から庇った結果であり、退院したばかりのレイを気遣う
シンジを、冷やかそうと思う者はいなかった。

「ねえ、綾波。」
「なに?」

帰り道を並んで歩きながら、シンジはレイに尋ねる。
「ダミーシステムって、聞いたことある?」

レイがわずかに、ぴくり、と反応した。
だが、シンジはそれに気づかずに続ける。

「エヴァを無人で操縦する手段なんだって。
 まだ、完成には程遠いらしいけどね。
 それがあったら、この前の使徒も、こわい思いをせずに倒せたんだろうけど。」

「完成したとしても、銃器を扱うことはできないでしょうね。
 接近戦専用のシステムになると思うわ。」

「へえ、そうなんだ。よく知ってるね。
 ところで、この前現れた6号機も、そのダミーシステムで動いているらしいよ。
 つまり、人が乗っていない。
 対戦するようなことがあったら、使徒だと思って、思いっきりやらないと
 あぶないって、ミサトさんとリツコさんが言ってた。」

シンジがそこまでしゃべったとき、

「これは、心外だな。あんな下等なものと、一緒にしないでほしいね。」

聞きなれぬ声がして、二人は立ち止まった。
銀髪の少年が、微笑んでそこに佇んでいた。

「しばらく。いや、初めまして、というべきかな?」
「君は、だれ?」

「ぼくは、渚カヲル。君たちと同じ、仕組まれた子供さ。」
「じゃあ、エヴァのパイロット?」
「そうなるかな。」

カヲルとシンジがそこまで言葉を交わしたとき、

「フィフス…。」
レイが、つぶやく様に言った。

「どうして、あなたがここにいるの?」

「おや、ぼくのことを知っている? フィフスとは、限らないけどね。
 この世界では、フォースとなるかも知れないし。」

「どちらにしても、ゼーレとの契約では、まだ現れるときではない筈よ。」
「シナリオどおりでは、つまらないからね。」

「あの、君たちが何を言ってるのか、わからないんだけど。」
シンジが困惑してそう言うと、

「これは失礼。」
カヲルは、一礼して言った。

「どうやら、綾波さんとは、旧知の間柄らしい。
 まさか、そちら側にも、継承者がいるとは思わなかったよ。
 今日のところは、君に会いにきただけだよ、碇シンジ君。」

「どうして、ぼくと綾波のことを知ってるの!」

「さてね。
 いずれ、君は全てを知ることになるだろう。今日はこれにて、失礼するよ。
 また、会える日を楽しみにしているよ。 それじゃ。」

そう言うと、カヲルは去っていった。

「いったい、何なんだ彼は?」
シンジは、つぶやく様に云う。
「綾波の、知り合い?」

「…そうね。忘れるくらい、遠い昔の。」

「ふうん。ところで、君たちが言ってた、フィフスとか、フォースとか、
 ゼーレの計画って何?」

「もう、忘れたわ。」

「忘れたって…。」

「今日は、ここでいいわ。 送ってくれて、ありがとう。」
「あ、うん…。」
「それじゃ、また明日。」
「ああ、また明日ね。」

去っていくレイの後ろ姿を見ながら、シンジは、
「どういうことなんだろ。さっぱり分からないよ。」

愚痴るようにつぶやいていたが、最後にこうもらした。
「でも…。でも、ぼくも昔、彼に会っていたような気がする…。」




数日後の日曜日。

シンジは、ミサトに連れられて、出かけることになった。
クラスメイトのトウジとケンスケも一緒である。

「毎日おんなじ山の中じゃ、息苦しいと思ってね。
 たまの日曜だからデートに誘ったんじゃないのよん。」

ミサトはそう言い、三人を第3新東京から連れ出した。

行先は太平洋上。
国連軍所属の艦隊に輸送されている、エヴァ弐号機とそのパイロットを迎えに
いくことになったのだ。

レイは、居残ることとなった。
もしも留守中に、使徒が現れた場合に備えてのことであった。

本部での待機を命ぜられて、駅に向って歩いていく途中で、レイは再び件の
少年に出会った。

「やあ、また会ったね。」
笑みを浮かべて、少年、カヲルは言う。

レイの表情に、緊張の色が走った。

「今日は、シンジ君は一緒じゃなかったのかい。」
「ええ、出かけているわ。」

「そうか、それは残念だね。」
「なぜ、碇君に会う必要があるの。あなたにとって、機は熟していない筈よ。」

「別に。ただ、会いたいと思ったから来ただけさ。それがいけないのかい。」
「碇君は、そうは思ってはいないわ。」

「彼は、『本心』からそう思っているのかい。前世からの記憶を含めて。」
「ええ。わたしやあなたと違って、無意識にでしょうけど。」

レイの記憶が蘇る。
赤い空と、赤い海。
その波打ち際に、レイは佇んでいた。
そこから少し離れた砂浜に、シンジとアスカが横たわっている。
シンジは首だけをこちらに向けて、レイを見ていた。
その瞳は、これ以上ない程の絶望を映していた。

「…あのとき、わたしとあなたは、碇君に絶望しか与えることができなかったわ。」

カヲルは、かぶりを振った.

「ぼくと君とは、シンジ君の最後の希望だった筈だよ。
 『人は互いに、わかりあえるかも知れない』ということの。」

「でも、無理だったの。
 荒廃した現実を目の当たりにすれば、人は理想に縋ることもできなくなる。
 碇君の絶望とともに、あのとき世界は一度、終焉を迎えた…。」

「そうだったね。
 だから今、あらたな刻(とき)が歴史を刻もうとしている。
 ヒトか、使徒か、どちらかが生き延びるために。
 そしてあの世界の記録が、『死海文書外典』として、道を指し示しているんだ。」

「そのために、また碇君に、絶望を与えようというの?」

「そんなつもりはないよ。
 何故、そう言い切れるんだい。それこそ、傲慢というものじゃないかい。」

「やはりあなたは、わたしとは、相容れない…。
 あのとき、ターミナルドグマで、碇君の手を借りずに滅ぼしておくべきだった。」
 
「今、ここでやるのかい。」
カヲルの顔に、わずかに緊張の色が浮かぶ。

「いいえ。無関係の人たちを、巻き込みたくはないわ。」

「なるほど、人知れず君を取り巻いている、ガードの人たちか…。
 いいだろう、ぼくもシンジ君のいないところで、力は使いたくない。
 彼を説得できる機会を待つとしよう。」

「碇君を説得? 何が、目的なの。」

「今にわかるよ。今日のところは、これでお別れだね。」
笑みを浮かべてそう言うと、カヲルはレイに背を向けて歩み去った。




翌日。

エヴァ弐号機が、ネルフに搬入されようとしていた。

専用列車の荷台に仰向けに横たえられた状態で、第3新東京の貨物駅に今、到着した
ところだった。
外部装甲のあちこちに、咬み傷と思しい後や、至近距離で戦艦の発砲があったことに
よる損傷が見受けられる。
前日に行われた使徒との戦いによる、生々しい痕跡であった。

そう、シンジたちが洋上を搬送中の弐号機のもとに到着してすぐに、第7使徒が出現
したのだった。
艦隊の半数を失うという犠牲とともに、かろうじて使徒を殲滅し、昨日入港したばかり
だった。

「やっと、着いたわね。」
黄色いワンピースを着た少女が、傍らのミサトに向かって言った。

「修理を急がせてね。外側だけとはいえ、こんなぼろぼろじゃ可哀そうだわ。」

「わかってるわよ、アスカ。」
ミサトは苦笑して応じた。

「あなたも自分の部屋の荷物の整理があるでしょ。
 こんなところで油を売っていないで、早く行きなさい。」

「はい、はい…。」
アスカが面倒そうにその場を去ろうとしたそのとき、突然、警報が鳴り渡った。

「まさか、使徒?!」
ミサトが上空を振り仰ぐ。

「あれは…!」
上空より飛来したもの、それは使徒ではなかった。

これまで行方の知れなかったエヴァ6号機が、こちらに向かってきているのだった。




『現場の判断』で、アスカは弐号機に搭乗することとなった。
たまたま、プラグスーツを持ってきていたことが幸いした。

「いけるわね、アスカ。」
ミサトの言葉に、アスカは頷く。

「シンジ君と初号機も、すぐに呼び寄せるわ。
 それまで、なんとか弐号機で持ちこたえて。」

「サードなんか、呼ぶ必要はないわ。
 あんなの、あたし一人でお茶の子さいさいよ。」

「あの敵を、甘く見ないで。
 暴走したダミーシステムは、予想外の動きをするわ。」

「わかった、気をつけるわ。」
そう言うと、アスカは弐号機に、プログナイフを構えさせた。

6号機は、空中に停止したまま、操車場中央に突っ立つ弐号機を見下ろしている。
それを睨みつけるようにして、アスカは叫んだ。

「何してるの、さっさと降りてきなさいよ!」




6号機出現の報を聞いて、プラグスーツに着替えたシンジは初号機のケージに
向ってひた走る。

その途上で、レイに呼び止められた。

「碇君!」
「綾波? どうしたの、こんなところで。」

「6号機が現れたのね。」
「そうなんだ、あれを止めなきゃ。」

「待って。あれについて、伝えなければいけないことがあるの。」
「伝える? 何を?」

「あれを動かしているのは、ダミーシステムなんかじゃない。 
 あれを操っているのは…。」

レイは、緊張した面持ちでシンジに何事かを伝えた。




「ち、ちくしょう…。」
アスカは歯噛みして呻いた。

弐号機は、地に這いつくばらされていた。

B型装備とはいえ、弐号機はプログナイフを装備している。
大抵の敵は、それで殲滅させる自信があった。
少なくとも、地上では。
体術で自分に勝る者などいないと、信じていた。

それが、丸腰の相手に歯が立たないとは。
こんな、屈辱はなかった。

「もう、終わりかい。」
6号機のパイロットが、そう言うのが聞こえた。

そう、パイロットがいたのだ。ダミーシステムなどではなく。
それに負けたということが、さらに許せなかった。

「ま、まだまだ!」
左腕一本で体を支え、弐号機は起き上がろうとする。

プログナイフを握っていた右腕は、脱臼したのか、肩からぶら下がったまま、
動いていなかった。

「無駄だよ。」
6号機が、弐号機の首筋を踏みつける。
弐号機は再び、地を舐めさせられた。

「そ、惣流!」
そこへ、シンジの声が聞こえた。
視界の隅で、駆け寄ってくる初号機の姿が見えた。




「不用意に近づくんじゃないわ、サード!」
アスカは、顔をそむける様にして叫んだ。

屈辱的な姿を見せてしまっているが、伝えなければならないと思った。

「こいつ、強いわよ。それに、ダミーシステムなんかじゃない。
 人が乗っているのよ!」

「…わかってる。」
落ち着いた声で、シンジが応えるのが聞こえた。

初号機は、十分な距離をとって6号機と対峙している。

「渚君だったね。どうしてこんなことを!」

「ほう、知ってたんだ。
 ぼくのことは、カヲルでいいよ、シンジ君。」

「惣流を放せ。」
「それは、できないね。」

「なぜ!」
「君に、ぼくの力を見てもらうためさ。」

「力を見せつけるためだけに、そんなことを。」
「そうさ。人類はぼくには叶わない。あきらめてもらわなくては。」

「使徒だから?」
「…ああ、そうだよ。綾波レイからそう聞いたのかい。」

「ぼくたちを、人類を、どうするつもりなんだ。」
「人類は、滅びるだろうね。…君は別だよ、碇シンジ君。」

「人類を滅ぼす…やっぱり、使徒の目的はそれか!」
シンジは、初号機にプログナイフを構えさせた。

「無駄だよ。」
初号機はプログナイフを振り回して6号機に攻めかかるが、すべて空を切った。

「くくっ!」
シンジは呻くが、どうすることもできない。

「まだまだだね。今の君は、シンクロ率が低すぎる。
 もっと場数を踏まないと、ぼくと対等には戦えないよ。」

「馬鹿にするな!」
激昂して突きかかるが、またも初号機は6号機に躱されてしまった。

「無駄だと言ったろう。
 それに、人類は滅んでも、君は別だと言ったはずだよ。」

「ぼくは、別?」
「君は、ぼくとともに生きるんだよ。」

「なぜ!」
「君が、好きだからさ。」

「何を言ってるんだ、渚!」
「いやなのかい? かつて君はぼくのことを…。」

「綾波から聞いたよ。とても信じられなかったけど。
 この世界が、繰り返しの世界だということを。
 …今は、信じてもいいとは思う。」

「そうかい。だったら…。」

「でもね!」
シンジは強い語気で、カヲルの言葉を遮った。

「前の世界ではどうだったか、知らないけれど、これだけは言える。
 ぼくは、君を好きにはなれない。」

「な…! なんだって?」

「悪いけど、男は男を好きにならないよッ。」

「そんな!」
愕然とするカヲル。

それに対して、スキができた、とばかりにシンジは初号機で突進する。
ATフィールドを展開する間もなく、6号機はプログナイフの一突きを胸に受けた。

「ぐぅぅぅっ!」 
6号機は、よろめきつつ、後退する。

初号機はさらに、追い打ちをかけようとした。
が、6号機は後方に飛び退り、さらに宙に浮いて上空に逃れた。

「逃げるのか!」

「今日は、これで終わりにしよう。
 弐号機パイロットを、介抱してあげるんだね。」

「………。」
シンジは、睨みつけるようにして、カヲルを、6号機を見上げた。

カヲルは、悲しそうな顔をしてそれを見ていたが、やがて、
「出直すよ。また、会おう。碇シンジ君。」

そう言い残すと、6号機は何処かへ飛び去っていった。




再び、スピア座のガーゴイル像。
夕陽が、その彫像を赤く照らしている。

カヲルは、やや焦燥感の滲んだ表情で、そこに腰掛けていた。

「うまく、いかないものだな。」
ぽつりと、そうつぶやく。

「人の心を、理解しようとしないからよ。」
語りかける声に、愕然として振り向く。

「綾波レイ…。」

「リリンのことを、頭で理解しているつもりで、その実何も分かっていないのよ。」
「…このぼくが、ここまで君の接近に気付かないとはね。」

「今のあなたなら、たやすいことだわ。
 碇君に拒絶されて、落ち込んでいたのでしょう?」

そう言うレイは、そこにガラスの板でもあるかの様に、虚空に浮いている。

「ぼくを、滅ぼしに来たのかい。」
カヲルの言葉にレイはかぶりを振る。

「できれば、そうしたいところだけど、そうではないわ。
 あなたは、終曲に至る要素の一つだから。」

「じゃあ、ここに来たわけは? 
 ゼーレのシナリオどおりに事を進めろとでもいうのかい。」

「今さら、それも無理。
 ただ、あなたの思い違いだけは正さなくてはならないと思ったから。」

「思い違い?」

「そう。 前回、補完が始まるまでは、碇君はあなたに依存していた。
 だから、今回も碇君はあなたの思い通りになると思っていた。
 違う?」

「………。」

「残念ながら、補完がキャンセルされた時点で、碇君の『もう一度会いたい』人たち
 の中には、あなたは入っていなかった。
 あなたと出会ったこと、そしてあなたに心を許したことがきっかけで、すべてを
 壊してしまったのだと、碇君はおぼろげながら気づいていたから。」

「仮にそうだとしても、この世界でシンジ君はもう、ぼくと出会ってしまった。
 運命は、受け入れざるを得ないのではないかい。」

「シナリオを知らない大半の人間は、そうは思っていないわ。
 少なくとも、碇君と、その周囲の人々は。」

「おろかな!」

「おろかなのは、あなたよ。
 はっきり言うわ。
 この世界にいるのは、あなたの知る碇君とは、別の碇君なのよ。」
 
「………。」

「だから、何のためらいもなく、あなたと戦えるのよ。」

「そんな…。」
カヲルは、呆然としていたが、やがてつぶやく様に言った。

「いや、ぼくは分かっていた。
 分かっていたけど、それを認めたくはなかったんだ。
 『シンジ君と、また会える。』
 変わらない事実は、それだけだというのに。」

「使徒は、本来、寂しい存在なのかも知れないわね。
 生みの親のアダムがターミナルドグマにいると信じて、そこを目指すのも。
 碇君とともに生きることを、夢見たあなたも。」

「君は、どうなんだい。綾波レイ。」

「わたし? わたしはただ、碇君がこわれていくところを見たくないだけ。」
「そうか、君は…。」

「もう、行かなくては。 ガードの人たちが、わたしを探しているでしょうし。」

「今度会ったときは、どの様な形にせよ、決着をつけないといけないのだろうね。
 アダムの末裔か、リリスの子孫か…どちらかが、生き延びるために。」

「碇君が、何を望むのか、それにかかっているわ。
 刻はもう、動き始めている。
 今まで繰り返されてきた…ルフランは終わり、終止符が来るのか。
 それとも、あらたなフレーズに移るのか、それはわからない。
 結末は、碇君が選ぶことだから。
 わたしたちにできることは、碇君にどう関わるかだけだから。」

「そうだね。」

夕映えが、二人の姿を赤く染め上げていた。
まるで、血塗られているかの様に。
どちらが、碇シンジの運命を決めるのか、それは誰にもわからなかった。


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