「第三観測所、破壊されました!!!」


「国連軍の戦闘機部隊、壊滅!!!」


「足止めの支援ミサイルも、効果ありません!!」


ジオフロントで繰り広げらる惨劇を、悲壮な顔で報告するオペレーターたち。


「効果がなくてもいいわ!!!職員たちをここに収納するまでの時間を稼いで!!!」


数年ぶりになる実戦指揮に頭を抱えながら、命令を飛ばすミサトの表情にも苦悩が見られる。

見つめる先のモニターには、真紫の悪魔が戦闘機や建物を相手に暴れ回っている姿・・・。


「ミサトさん!!!」


そこへ、シンジがレイを伴って駆け込んできた。


「あなたたち・・・!!よく無事にここまで来れたわね」


「職員用の直通エレベータを使いましたから。それよりも!!」


「ええ・・・やっかいなことになったわね・・・」


国の首相たちに講じた法螺が、現実になったことにミサトは皮肉を感じる。

おまけに自分たちの経験と実力でも防ぎようのない初号機の『力』。

何もかも甘かった・・・。


「く・・・!!」


(どうする・・・?)


モニターに映る初号機を見ながら、シンジは必死に頭をめぐらす。

こんなとき、シンジにとって一番頼りにすべき師、加持は現在連絡がつかない。


(どうすればいいんだ・・・!!!)


そんな時、シンジの頭に・・・あの言葉が過ぎった。




『頑張って』




(!!!)


「もしかして・・・あの夢・・・!?」


「碇君・・・?」


シンジの異変に気づいたレイが、心配そうに声をかける。


「・・・ミサトさん」


「・・・な、なに・・・?」


決意の表情のシンジに、少し引くミサト。


「・・・量産型エヴァ、今すぐ動くのあります?」


「え、ええ。一機だけ・・・」


「分かりました」


そういって、シンジはきびすを返し、出口へ向かう。


「ちょ、ちょっとシンジ君!?」


慌てて引き止めるミサト。

それを制し、シンジは少し微笑んだ。


「僕が『あれ』を押さえ込みます。ミサトさんはその間に対策を考えておいてください」


「・・・駄目よ。指令代理として許可できないわ」


シンジの言葉に、一気に冷たくなるミサトの顔。


「緊急事態における最終採決は、僕に任されてます」


微笑んだまま話すシンジに、ミサトは言い返すことが出来ない。

たしかに、自分が指令代理に就任するに当たり、サインした条項の一つにそのような記載はあった。

だが、まさか本当にこんな事態が起こるとは・・・。


「ミサトさん・・・。大丈夫ですよ。

僕も死ぬ気はないから」


そういったシンジの口調には、確かに自信らしきものも感じられる。


「ふう・・・分かったわ。ただし、無理をしないこと。

倒そうなんて思わないで、いいわね」


「はい・・・」


一言返事して、格納庫に向かおうとしたシンジだったが、もう一人行く手を邪魔する人物がいた。


「綾波・・・」


「碇君・・・駄目」


シンジがらみのレイは相当に頑固である。

どうなることかと見守っていたネルフスタッフをよそ目に、シンジはレイに歩み寄った。


「綾波・・・」


「駄目」


「あのね」


「駄目」


「・・・」


さすがのシンジも困った顔をしている。


「行くなら私が」


「・・・そういうと思った」


レイの台詞に、すっと表情を笑みのそれへと変える。


「でもね、綾波。

訓練での戦績は僕が上だよ。よって僕のほうがこれは適任」


「でも・・・!!」


「言わないで」


なおも言い縋ろうとするレイの唇に、そっと指を当てる。


「それよりも、聞いてほしいことがあるんだ。いい?」


「・・・何?」


まだ納得していないのか、明らかに不機嫌なレイの耳元で、何事か囁くシンジ。

途端に、ぼっっと音を立てて赤面するレイ。


「な、な、な、・・・!!!」


「考えといてね」


何事か呟いて、硬直してしまったレイの頭を軽く撫で、

今度こそ足を止めずシンジは発令所を出て行った。


「・・・何を言ったんでしょう、シンジ君」


いまだ帰ってこないレイを見ながら、しばし戦闘を忘れ呟くマヤ。


「・・・さしずめ、愛のささやきって事かしらね」


なんとなく事態の読めたミサトは数瞬レイを眺め、すぐ初号機が映るスクリーンに視線を戻した。








止まった星の中で



第十一話 神に挑む紛い物







「参った・・・」


戦闘を始めて十数分、初めて放ったシンジの台詞がそれであった。

幸いなことに、シンジの駆る量産型は、細かい傷は目立つものの、致命傷はない。

・・・が、目を光らせてこちらを睨む初号機は文字通り無傷だ。


「やんなるよ、全く・・・」


表情とは裏腹に余裕のありそうな台詞を吐きながら、

弾の切れたガトリングガンを捨てる。

もちろん、もう片手の銃で初号機を威嚇しながらだ。


「・・・これじゃあ、もし零号機や弐号機があっても変わらないか」


弾の向かう先を目で追うシンジ。

対象は着弾する瞬間、光速でぶれたかと思うと、数十メートル離れた場所に移動した。


「まただ・・・」


当たって効かないならいい。

ATフィールドで防がれたなら諦めもつく。

だが、それ以前に当たらないのだ。

ほとんど音速に近いような動きを見せる初号機には、軍艦のを流用したガトリングガンでさえ、

かすり傷一つつけるには至っていない。


(暴走したとき、使徒もこんな気分だったのかなあ・・・)


なんだか今なら使徒とも分かり合える気がする、と変な感傷に浸っていたシンジの量産型に、

初号機が飛翔する。


「おっと!!」


シンジは初号機が届かないぎりぎりの距離まで下がってから、空中を飛ぶ初号機に銃を向ける。

が、先から弾が放たれることはなかった。

なぜなら、初号機の右腕から繰り出された『岩』が、見事に銃口をひしゃげさせてしまったからだ。


「・・・こんなのあり?」


現実逃避に陥ろうとしたシンジの量産型に、着地した初号機の右足蹴りが来襲した。



「っつう!!」


なんとかそれを左腕で受け流し、使い物にならなくなった銃を初号機の顔面に叩きつけるシンジ。

衝撃に耐えられず、爆発したそれを利用し、再び初号機との距離をとることに成功した。


「・・・器用になったんだな、知らない間に」


暴走した初号機を自分で見るのは無論初めてだが、こんな上級なわざを使って攻撃を防いだなど、

聞いたことはない。

今さらながら、こっちに向かってくる物体が恐ろしく見えてきたシンジだった。





「・・・三年見ない間に、ずいぶん器用になったわね」


シンジが呟いたのとほぼ同時に、ミサトも同じ台詞を口から出していた。

ほかのメンバーは初号機の奇想天外な行動に唖然としている。


「ま、仕方ないか。マヤ!!」


唯一必要と思われるマヤだけを現実空間に帰還させるミサト。


「はっ!!すいません、つい・・・」


「仕方ないわよ。暴走してるくせに、やることはずいぶん知的なんだから・・・で?」


「はい。エントリープラグは挿してないので、当然誰かが乗っている可能性はありません。

それと、コアから感知されるエネルギーなんですが・・・」


「何?変わったとか?」


「いえ。波長は同じなんです。

ただ、三年前のデータと照合した結果、数パーセント落ちてるんです」


「ブランクのせいじゃないの」


「そうかもしれませんが、それなら最初からあんな動きをされるのはちょっと・・・」


「そうね」


マヤにしては気のきいた台詞に、一瞬笑みを浮かべてから、思考へと入るミサト。


(シンジ君の話だと、コアにいるのは、碇ユイさん・・・。

初号機が三年前暴走したのは、パイロットである息子を救うため。

じゃあ、なぜ今は暴走して、あまつさえシンジ君の乗る量産型に攻撃を?

シンジ君と気づかないか、それとも・・・)


もうひとつ浮かび上がったアイデアを、まさかねと呟いて打ち消す。


(・・・コアの中身が入れ替わったなんて、ね)


三年間宇宙を遊泳していたであろうものが、どうやって変化するというのか。


暴走理由を考えるのをやめ、初号機を止める術を探り始めたミサトに、

その考えがかなり正解に近いことを気づく余裕は、なかった。





「そんなことになってんの!!?」


「・・・うん」


初号機と量産型の戦いが硬直化したところを見計らって、

レイは発令所の入り口でアスカと携帯で話していた。

ちなみに前話で触れたが、アスカは未だに海の上の人である。


「そう・・・ごめんね。ここからじゃなんにもできない」


実にシリアスな台詞だが、ビーチパラソルの元、優雅な豪華客船気分を味わっていると知れば、

レイはどういったろうか?

だが、そんなことは当然露とも知らないので、


「いいの・・・。アスカと話してれば、少し落ち着くから・・・」


「レイ・・・」


友情パワー大炸裂である。

真実を知っても、この二人の間に亀裂が走ることはないだろう・・・多分。


「でもあんた、よくシンジを行かせたわね。絶対駄々こねると思ってたけど、こんな時」


「止めたわよ」


あっさりと断言するレイ。


「やっぱりね。で、何で行かせたの。強行突破でもされた?」


「そんなことないわ。碇君、やさしいから」


ぽー、っと悦に入るレイの耳には、アスカのはいはい、という呆れた台詞も遠い。

結局帰ってくるまでたっぷり二分待ってから、本題に戻った。


「で、なんでよ?」


「・・・言えない」


「なんで?」


「・・・それも言えない」


埒があかない。


「あーもう。分かったわよ。そっち戻ったら話してもらうからね」


「・・・もちろんよ」


アスカが折れ、この話は一応の終結を見た。

ただ、本当に話す気があるかどうかは本人のみが知るところである。


「・・・じゃあ、碇君が心配だから、切るわね」


「はいはい・・・そういえば、加持さん、帰ってきた?」


「・・・?まだ気になるの?」


ゴン、と携帯の向こうで頭を打つような音が聞こえた。


「なんでそうなるのよ!!シンジの師匠みたいなもんだから、いたほうが頼りになるだろうなって」


「まだ帰ってきてないわ。碇君でも連絡つかないって・・・」


「そう・・・。そこほっつき歩いてるのかしら。弟子がピンチだってのに・・・」


深いため息を携帯越しに吐くアスカだった。





「はっくしゅん!!誰か噂か。このカンカン照りにくしゃみとは」


毎度おなじみ、噂アレルギーを起こした加持はぐるっと周りを見渡す。


「ま、仕方ないな。こんなところじゃ携帯も繋がらんし」


そういって、何を思ったかルーペを取り出す加持。

それを指に挟んだ煙草に近づけると、一瞬で先端に火がついた。


「うん、便利だ」


気に入ったのか、笑みを浮かべて煙草をくわえる。

ふ〜、と吹き出すと、それだけで砂の上にぽとりと落とし、足で埋めてしまった。


「たまには贅沢せにゃ・・・。さて、行くかな」


意味不明なことを呟きながら歩き始める加持の後ろには、延々と続く足跡。

何を思ったか加持リョウジ、彼が今いるのは砂漠のど真ん中である。



つづく



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