朝
「おっはよーございます!おじ様おば様!」
「あらアスカちゃんおはよう」
「うむ、おはようアスカ君」
この物語の主人公(?)碇シンジ君の幼馴染の惣流・アスカ・ラングレーは今日も朝から元気だ。ハイテンションモードでゲンドウ&ユイに挨拶をしながら、シンジを起こす為に部屋に直行する。しかし、ノックもせずに乱暴に開けたドアの先には何とシンジが立っていた。しかもしかも既に制服を着て、準備万端なのである。『万年寝坊王子』、『100億年寝太郎』、など数々の不名誉な渾名を付けられている彼にしては大変珍しく、アスカは一瞬天変地異の前触れかと疑ってしまったくらいである。
しかし、直後
「何で朝からあんたが起きてんのよーーー!!!」
何とか奇蹟の生還を果たしたシンジはアスカに引きずられるように家を出る。実際、ダメージがでかすぎてふらつきながら歩いている為本当にアスカに手を引っ張られているが・・・。
残されたユイ&ゲンドウだが、こちらは珍しく早い時間に邪魔者もいなくなり、ラブラブモード全開で仕事のことなどあっさり忘れているようだ。尤も毎朝の事なので勤め先の人間も諦めていたのだが・・・。
しかし、こうして毎日のように(毎日だが)一緒に登校している姿だけを見れば、大概の者はシンジとアスカが付き合っていると思ってしまうが、事実としては違っていた。簡単に言えばアスカは現在他に恋人がいるし、シンジもアスカのことをSALとしてしか見ていなかった為、アスカに対して恋愛感情のナノ単位の欠片も持っていなかった。
それでも一緒にいるのが幼馴染というものなのだろう。まあ付き合いが長い分互いのことを分っている為楽なのも確かだ。更に言えばアスカに恋人がいるのは極少数の限られた人間しか知らないことなので(勿論、人気に関わるからである)、それを隠す為にもシンジを傍に置いているというのもある。見る人が見れば、それは王女様とその付き人といった関係に酷似していることに気付くだろう。しかし、そんなことに気付くものなど実際には殆ど存在せず、駄目な幼馴染の面倒を見る優しい女の子ということで男女両方からの人気を得ているアスカであった。
繰り返すが、それも今日9月1日までのことだったが・・・
第3新東京市内私立天翔学園−通称"天学"−
シンジが通う中学で、小学校から大学まで一貫教育で余程のことがない限り自動的に進学できる上、飛び級も取り入れていた。まあスキップ出来るからと言ってする者がいるかどうかはまた別の問題だが。
また校風もリベラルで自由なものだった為、全体的にのんびりとした雰囲気が漂っていて、平和な学園生活の一つの理想形と言えるだろう。
シンジは中の上から上の下辺りの成績をキープしながら何事もなく学園生活を満喫していた。一方幼馴染のアスカは既に大学入学資格を手に入れていた。尤もスキップする意思はないそうだが、試しに試験を受けてみたら受かってしまったらしい。おかげでより一層人気がアップしたことは間違いない。
そんな天学でもシンジとアスカの関係は7不思議の一つとされるくらいに目立ち、有名だった。
曰く、
「幼馴染なのはわかるがどうしてそこまで一緒に居るのか?」、
「付き合っていないと言っているが本当は付き合っているんじゃないか?」などなど。
これに対しシンジは沈黙、アスカは「幼馴染だからよ」と答えになっていそうでなっていない回答を述べて押し切っていた。事情を知らない生徒から見れば確かに不思議に思えるだろうが答えは単純明快、アスカはシンジ以外の男と付き合っておりアスカの意識の中ではシンジは手のかかる弟くらいにしか思われていないのだ。
そして、今日も今日とてアスカはシンジを連れて登校するのであった。
「ほらっ!もっとシャキっとしなさいよ!」
「何言ってるんだよ、アスカのせいだろう?」
「何よあんた!あたしのせいにしようって訳?わざわざ起こしに言ってあげてるあたしの!」
「起こしに、っていきなり『ASUKA STRIKE1』を出しといてよく言うよ」
「あんたが起きてるのが悪いんでしょっ!!」
とんでもなく矛盾したことを堂々と言い切るアスカ。どうすればこんな理不尽かつ横暴なことが普通に言えるのだろう?これこそ7不思議に入ってもいい筈だが、この性格が発揮されるのは極少数の限られた人間の前でだけなのだから始末に終えない。尤も被害者であるシンジはマイペースに受け流しており、あまり気にしてはいなかった。流石に完全に無視できるほどではないようだが・・・。それでも普通の人間なら3日と持たないであろうアスカの我侭に対して、このちょっと常人とはズレた感覚があるおかげで友好関係が続いてきたのだろう。
て言うかそれ以外に思いつかん。もしかしたらあまりに長い間アスカの被害にさらされ続けて感覚が麻痺しているだけなのかも知れないが・・・それはそれで悲惨だ。
教室から校庭を歩いている二人を見ている生徒が5人いる。いずれもシンジとアスカの真実の姿を知っている友人たちだ。
「ん?あいつらが来よったで」
「珍しく早いな。何があったんだ?」
「久し振りに『ASUKA STRIKE2』が出たのかもよ?」
お喋り担当の3人が通常では考えられない出来事に驚き、疑問の声をあげる。残り二人の男女はフォローのしようもなく苦笑するしかない。何故なら、あの二人がいつも遅刻ギリギリなのは昔から変わらない普遍の事実であるからだ。尤もアスカだけならばこんなに遅くはならないだろうが、放って置けば際限なく寝るシンジを起こせるのは最早アスカしか存在しなかったのである(注1)。
「グーテンモルゲン、みんな!!」
シンジと二人だけのときの怒りはどこへやら、朝からハイテンションな明るさを周囲に振りまくアスカ。自分の人気の意地の為になら鬼にでも何でもなれるのだ。その結果、クラスメートは皆アスカに注目し頬をおたふく風邪のように腫らしたシンジには気付かない。いとあはれなりシンジ。
注1・・・両親はハナっからシンジを起こそうなどとはこれっぽっちも思ってはしないのである。
「おはようシンジ・・酷い顔だな」
ビデオのファインダーを覗いたままで眼鏡の少年が小声でシンジに話しかける。勿論誰によってそれがもたらされたかなどわかりきっているため尋ねたりなどはしないが、ファインダー越しに見るシンジの顔は生のそれより痛々しく「観える」。
「またかいな今日は何や?」
「朝僕が起きてたからだってさ」
「ええっそんな理由でっ!?」
「それは・・・少しばかり酷いねぇ・・・シンジ君」
「いいんだよカヲル君・・・・もう諦めてるから」
「シンジ可哀想に・・・よしっ私が慰めてあげるねっ!!」
「いや、別にいいよ遠慮しておく」
「何でぇーー?」
自称、「鋼鉄のガールフレンド」マナ(注1)。本人に自覚はないが、彼女も校内人気ランキング(注2)は上位である為、馴れ馴れしく接する者には天罰が下ると噂される存在だ。シンジが遠慮するのも無理はない、いかにアスカの暴力に永年晒され続け慣れているといっても、それを喜んでいるわけではないのだから・・・。シンジとしてはこれ以上面倒が増えるのは勘弁して欲しいところであろう。尤もシンジの意思を尊重してくれる奇特な人物など存在しなかったが。
ついでだからその他の面々も紹介しておこう。
まずはビデオカメラを持つ眼鏡の少年、相田ケンスケ。趣味はカメラ、ミリタリー他(注3)とHPの管理運営である。
次に関西弁を話す黒ジャージの少年、鈴原トウジ。趣味は食べること、の妹想いの熱血ジャージ男。
さらに、唯一シンジを気遣う銀髪紅眼の少年、渚カヲル。女子からは人気が高く、校内ランキング男子1位だがホモの疑いがかかっている(注4)。趣味は歌うことらしい。
そしてこのメンバーの中では唯一堂々とアスカに対して意見を言える貴重な存在の、おさげで雀斑の少女、"委員長"洞木ヒカリ。彼女も校内ランキングは上位である。尤も好きな男の子がいると専らの噂だが。
他にも隣のクラスには準レギュラーともいえる脇役が3名(注5)いるが・・・所詮は名前があるだけの脇役、またいずれ出てくるときもあるだろう。
注1 マナが勝手に言っているだけの意味不明な称号。
注2 もうお分かりだと思うが、作成・管理はケンスケである。
注3 話の都合で増えてゆく。
注4 一部の女子からはそれがいいとの声もある。
注5 ムサシ、ケイタ、マユミの3人。何気にマナも隣のクラスだったりする。
「おい、マナそろそろ時間だぞ教室に戻れよ」
と2−Aのドア口に現れた色黒の背の高い少年は隣のクラスの生徒にして、お情けで出番を作ってもらえた、チョイ役ムサシ君であった。(注1)
「え、もうそんな時間?ごめんね遅れると改造されちゃうから!また後でねシンジ!!」(注2)
ご丁寧に投げキッスを残して去って行くマナ。男子からのシンジへの風当たりは益々強くなってゆき、そろそろ暴風雨に達する見込みである。それを見送り口を開くケンスケ。
「そういえばシンジ、今日は転校生が来るってよ」
「ふ、関係ないよ、僕には・・・」
1人影を背負い黄昏るシンジ。四面楚歌な毎日があまりにも長く続きすぎたのか?いつもならあまり動じない彼も遂に我慢の限界を超えたらしく中々こちらの世界に戻ってこなかった為、ケンスケは仕方なく他のメンバーに得意げに情報を公開する。(注3)
「それで、女の子だってさ。可愛いらしいぜ」
「おおええな!」
「(ムカっ)ス・ズ・ハ・ラ?」
トウジの一言をきっかけに背中に炎を背負った阿修羅と化すヒカリ−これでバレないのはアスカが1人で目立ち過ぎるせいと、普段は滅多に阿修羅モードにならず上手く隠している為だろう。−しかもその手のことには疎いトウジはまったく気付かず、さらにヒカリの怒りを煽る言葉を放ち、結果阿修羅は「怒り」→「笑い」にチェンジし怒気を超え殺意を纏い炎を凍らす冷気を発するようになる。(注4)
「何やねん?委員長」
嗚呼、どこまでも鈍いトウジ。既に目の前の少女は人であることを辞め、阿修羅と化していることに気付かないとは!
無論当然のことながらその予感は的中し、一瞬後にヒカリは
「不潔よぉぉぉーーーーーーーーー!!!!!!」
と絶叫しつつ、SALをも恐れさせる「阿修羅光無双乱舞」を解き放つ。(注5)
瞬間クラスの中の時が停まる。
ヒカリが学校内で、というよりいつものメンバー+家族を抜かした人前で阿修羅モードになることは滅多になく、まして「阿修羅光無双乱舞」を放ったのも初めてであった。当然それを目の当たりにしたクラスメートは何が起こったのか理解することは出来ずに只その場に凍りつく。、普段から面倒見も良くお姉さんオーラを放ちまくるヒカリに対して頭の上がらない生徒が多い中、このことが決定打となり、以後ヒカリに逆らうものは誰一人としていなくなった。あのSALことアスカですらもヒカリを怒らせるのは辞めようと心から誓うのであった。
そして、後に残る気まずい空気をさらに気まずくするように登場する駄目駄目教師葛城ミサト。はっきり言って彼女の存在は生徒の教育上有害であろう。授業はまともにしない、くだらないちょっかいを出して場を混乱させ、あまつさえ場の雰囲気を察しない一言で上手くいっている人間関係をぶち壊す。ここに挙げたのはほんの一例だが、これだけで充分有害ということがわかるであろう。そして今回も早速場の空気の重さを一気に100Gにまで引き上げる言葉を放つ。
「あらん、どうしたの?鈴原君寝てたら駄目じゃない!ホームルームするわよっ!!ってもしかして洞木さんにでもちょっかい出して怒られたのかな?いくら好きな女の子をからかいたくなるからって、それじゃあ女の子にはもてないわよ!ね?洞木さん!!」
凍りついたままショックを与えられた心は砂の様に細かく、静かに音を立てずに崩れ去る。
当然、ミサトは何も気付かずそのままホームルームを開始する。
「じゃあ、まずはみんな知ってるかも知れないけど転校生を紹介します!喜べ男子!!めっちゃくちゃ可愛い女の子だぞーーー!!!」
普段なら盛り上がるであろう嬉しい報せも、この状態では何の効果ももたらさなかった。
「あれ?どうしたの嬉しくないの?」
未だに気付かないミサト。
「まあいいわ、入って来て」
教室の外に待機していた生徒に声をかける。そしてドアを開けて入ってきたのはお待ちかね我らがヒロイン、いや女神の綾波レイさんその人であった!!
レイが教室に入ってきた瞬間シンジの身体中に電撃が走った!!そりゃもう激しい電撃で「蒼いイナズマ」100億発よりも凄まじい威力だった。(注6)
見よ!!場は一瞬にして暗転し、教室はシンジを残し闇に飲み込まれると、シンジだけがスポットライトを浴びて浮かび上がる。そしてシンジの視線の先には天上より光が差し込み、その光をさらに上回り太陽よりも力強くしかし月のように柔かく光り輝くレイが現れ、月をも落さんばかりの笑顔をシンジに向け優雅に一歩一歩歩いてくる。神よこの姿を見給え!ギリシャの3女神も霞むこの神々しい美しさ、まさに"美"そのもの!!これを見ればアフロディーテは泡となり、アテナはその戦意を失い、ヘラは祝福を与えることも出来まい!綾波レイ、彼女こそは地上に降り立った羽根のない天使!!嗚呼麗しきその姿。一度(ひとたび)その前に出れば、花は舞い散り、宝石は砕けレイの美しさを讃え、飾り立てる為の道具と成り下がるだろう。其の他一切のまがい物の美と境界を分かつ証である、澄み切った6月のスペインの空よりも尚鮮やかでしなやかな蒼き髪。そしてシンジを見つめるその紅き瞳のなんと深く蠱惑的なことか!眼が合ったその瞬間心を奪われその虜となってしまうであろう魔性を秘めた輝きは太陽よりも熱く絶対零度の氷塊でさえも瞬く間に蒸発して消え去ってしまうことだろう。触れたら消えてしまいそうな、どのような白よりも白き純白のその肌は透けるように儚く、白磁のようにひっそりととした清楚さを醸し出している。仄かなピンクの可愛らしい唇からはどのような言葉が紡がれるのだろうか?それがどのような言葉であろうとも、その口から零れ落ちる言葉はすべて詩(うた)となり聞く者の心に直接響き渡り魅了してしまうだろう。(注7)
とシンジの脳内ビジョンにレイはこのように映っていた(想像図)が、所詮幻白昼夢。実際の映像は、レイは無表情なままシンジどころか周囲の何者にも関心を向けず、ただ音もなくミサトの隣へと歩いて来た。そして固まったままのクラスメートの方へと向き直った。となっている。
まあ兎に角、こうしてシンジはレイという星を見出し、恋に堕ちたのであった。(注8)
注1 掲示板効果。掲示板やメールは作者の心理に反映されやすい(笑)
注2 勿論隣のクラスの担任は金髪マッドサイエンティストであり、アスカが恐れる者ナンバー4である。因みに1は母親キョウコ、2はシンジの母ユイ、3はヒカリとなっている。
注3 無論違法行為により取得した情報
注4 漫画「きんにくマン」参照
注5 「あしゅらひかりむそうらんぶ」。無数の残像を残し連打を叩き込む技、真になると炎が追加され威力もアップ
注6 SMAP。「ゲッチュー!」
注7 絵画「パリスの審判」。ギリシアの3女神、アテナ、ヘラ、アフロディーテがその美しさを競い、羊飼いであるパリスに誰が一番美しいか判定するように命令するという鬼のような状況を絵にしたもの(女神たちはパリスの気をひいて自分を美しいといわせる為にあの手この手を使う)。作者はバロック芸術の巨匠ルーベンス
注8 ああ!やっと本章に入れる(爆)