三人目だと思う。
そう言った彼女の、その言葉の本当の意味はシンジにはわからなかった。リツコの破壊した、LCLに漂う無数のレイの姿を見ても。
あるいは理解しようなどという意志はなかったのかもしれない。
バランスを取って、とにかくその場を凌ぐ。彼はそうやって生きてきた。
ただ上手に身をかわしてやり過ごす。それは問題の先送りに過ぎないのかもしれない。しかし、彼の十四年間はその繰り返しだった。
――三人目とはどういうことなのか。自分の知っている綾波はどこに行ったのか。君はいったい誰なのか。
だからシンジは、彼女に深く問うことはなかった。真実を知って、自分のバランスが崩れるのが怖かったのかもしれない。
ただ屈託をかかえて部屋の隅に座り込むだけ――。
零号機はもうない。アスカは病室にいる。となれば、選択肢は二つしかない。レイが初号機に乗り、シンジは弐号機に乗る。あるいはその逆。
初号機に対しても弐号機に対しても、レイのシンクロ率は思うように上がらない。シンジが弐号機に乗った方がまだしもであるが、それでも起動には至らない。
マヤは決断を迫られ、疲労の度合いを深めてゆく。二兎を追える段階は、既に終わっているのかもしれない。即ち、シンジを初号機に固定するべきか、あるいはレイが初号機を起動できるようになるという可能性に賭けるか。徐々にシンクロ率は上がりつつある。可能性は低いが、ゼロではない。しかし、ようやく起動できたとして、それが戦力になるのか。
二つに、ひとつ――。
先輩がいてくれたら……。
マヤは叫びを内面に抱え、判断を保留したままテストは続行される。
家族というのは心のつながりなのだろう。彼がほとんど家に帰らなくなったのは、むしろ当然なのかもしれない。自分の部屋に他人がいる。他人のいる、自分の部屋。
「あたしの部屋、使って」
「どうして?」
「本部に近いもの……」
着替えを終えたシンジに、待機中のレイが言う。
シンジが弐号機に対してテストをしている間、レイは初号機に対している。そのテストが終われば、レイは弐号機に移る。シンジも初号機に乗るが、それはシンジが弐号機に乗ったことに対する影響を確認するだけで、比較的すぐに終る。新しいことを試す余裕はない。
つまり、シンジのテストが終わってもレイのそれはまだ終わらない。断続的にテストは続けられる。いつ果てるともなく。
レイの退院以来、二人は会話らしい会話を交わしてはいなかった。前よりも、ずっと。
――本部に近いから。
それは同じチルドレンとして、仲間を気遣う自然な言葉だ。違和感などあるはずもない。
その言葉を発したのが、彼女でなければ。
深夜までテストをこなし、家に帰ることもなく仮眠室でまどろむ。翌朝からのテスト。スタッフに気を遣いながら仮眠室の堅いベッドで眠るよりも、レイの部屋に行ったほうが休まるのかもしれない。そこにいるのが彼の知っている綾波レイでさえあれば、ためらうことはなかっただろう。
「……待ってるよ。一緒に帰ろう」
シンジは曖昧にそう答えた。どういうつもりで言ったのか、彼自身にもわかってはいなかった。自分は彼女の部屋に帰るのか、送るだけなのか……。
レイのシンクロ率は上がらない。
設定の変更を繰り返し、テストは続けられる。あげく、レイは極度の疲労からプラグの中で嘔吐し、テストは中止された。
――問題ありません。少し疲れただけです。一晩眠れば大丈夫です。
医務室へ運ぼうとするスタッフをそう言って拒否し、レイはロッカールームに向かった。
「綾波……大丈夫?」
着替えを終えたレイに声を掛けると、彼女は無言で頷いた。入院するべきなんだろうと、シンジは思う。しかし、それを言うべき人間も、彼女にそこまで気を遣える人間もそこにはいなかった。自分のことで精一杯なのだ。
シンジ自身、なぜ彼女にそう言わなかったのか、よくわからなかった。入院するべきだと思いながらも、彼は別の言葉を口にしていた。
「何か、少しでいいから食べていこう。身体が持たないよ……」
シンジにしても、もう何日も食欲など感じたことはなかった。レイの身体は食物を受け付けないかもしれない。しかし医務室にも行かないのなら、たとえ少しでも、無理をしてでも食べなければまた倒れるだけで、余計に辛い思いをすることになる。レイは食堂に向かうシンジの後に黙って従った。
無言のまま、砂を噛むような食事を終える。なるべく消化に優しいものを選んだが、二人とも半分も食べることはできなかった。
「碇くん……。あたしの部屋……使って」
彼女は再び同じことを言った。
「……どうして?」
「その方が、いいから」
本部に近いから、とは言わなかった。
その方がいい。それは単に言い方を変えただけなのか。
それとも――。
レイはもう何も言わない。伏せてしまったその瞳にも、何の変化もなかった。
「今日は……」
彼女の表情が、硬くなったような気がした。
凌ぐ。
「今日は、着替えとか、持ってないけど……」
「……」
「明日も早いし、泊めてもらってもいいかな……」
彼女は、ほんの微かに頷いた。視線を合わようとはせずに。
レイの部屋で何かすることがあるわけでもなく、話す話題もない。
「碇くん、シャワーは?」
「いや、僕はいいよ」
「そう……」
レイはバスルームに消えた。
彼は人と関わるのが苦手だった。自分の想いが誰かを傷つけることに耐えられない。自分が傷つくのも嫌だ。他人に対する熱い想いに自分が気づく前に、無意識のうちにそれと同じくらいの無関心を用意して、静かに、気づかないように、気づかれないように、流されるままに離れてゆく。
自分が誰かに関心を持つとは思っていない。誰かに関心を持たれることにも興味がなかった。誰かを傷つけることになるなら、何もない方がいい。自分も傷つきたくない。そういう生き方。それが彼の凌ぎ方であり、彼のバランスの取り方だった。
レイがシャワーから上がり、ベッドに入る。シンジは白いTシャツ一枚の彼女を、見るともなく見ていた。同じくらいの無関心を用意して。
「どうしたの?」
「……え?」
「そこで眠るの?」
「……」
「あたし、端によるから」
レイが、じっとシンジを見る。綾波は何を考えているのだろうとシンジは思う。たぶん、何も考えていないのだろう。
今を凌げれば、それでいい。
彼は服を着たままレイの隣に横になった。
「電気、消すから」
「うん」
レイがベッドサイドの明かりを消すと、部屋は月明かりだけになった。
女の子と、ひとつのベッドの中にいる。それを思っても、シンジの心は波立たなかった。同じくらいの無関心――。
それでも、疲れているはずなのに、眠りの精は訪れなかった。
「碇くん……、起きてる?」
どれくらい経った頃か、レイが囁くように言った。
「……起きてるよ」
「……」
「どうしたの?」
「小さい頃の話、聞かせて欲しいの……」
意外な言葉に、レイの方に首を向ける。彼女は身体ごとシンジの方を向き、彼をじっと見つめていた。
心に細波が起きるのを感じる。
「どうしたの。急に」
「あたしには、思い出がないから……」
レイは目を伏せて言う。
「……」
「知識は得られても……記憶は戻っても、思い出は戻らない……」
彼女の言った三人目という言葉が、シンジの胸を突き刺した。
戸惑うシンジに、レイは話し続ける。
「碇くん、弐号機パイロットのこと、好き?」
「アスカを?」
「……うん」
「好きって……どうなんだろう……。考えたこと、ないけど……」
「葛城三佐のことは?」
「ミサトさんは、もちろん嫌いじゃないけど……好きっていうのとは違うと思う……」
「赤木博士は?」
「リツコさんも同じかな……」
「あたしの、ことは?」
「綾波のこと?」
「……」
その言葉に、彼は急激にバランスが崩れるのを感じた。
「あたしは、あなたの知っている綾波レイじゃない」
「……」
「でも病院であなたを見たとき……初めてあなたを見たとき、すごく懐かしい感じがした」
レイは言葉を切って、初めて、と言った。
「この人の中に、碇くんの中に溶けて、ひとつになってしまいたいって、思った」
「……」
レイの言葉が、彼の無関心を侵してゆく。
「溶けて、壊れてしまいたいって、思った。初めて会ったはずなのに」
「……」
「この気持ちが、わからない。あたしには、想いがないから」
「……」
「いろんなこと、覚えてる。でもそれは、あたしの思い出じゃない」
レイがシンジの手をとる。
「碇くん、あたしのこと、触りたいと思う?」
「僕は……」
「おとこの人は、女の子のこと、触りたいと思うものだって……」
「綾波……」
喉が渇く。無関心が融けてゆき、想いが姿を顕し始める。
「いいの。あたしは……ヒトじゃないから」
ヒトじゃない。目の前にいるこの綾波レイは、ヒトじゃない。シンジの脳裏に、水槽に浮かぶ無数の綾波レイの姿が蘇る。破壊され、溶けていったレイの姿が。
それでも、シンジの熱くなってしまった心は冷めなかった。
「でも、あたしは碇くんに触って欲しいと思うの……」
「……」
「ヒトじゃないのに……ね……」
シンジは、レイにつかまれている手をそっと握り返した。その手に熱い雫がひとつ、こぼれ落ちた。レイの涙。シンジは激情に駆られ、それを必死にこらえる。その想いは、同情と欲望に過ぎないのかもしれない。人の弱みにつけこむようなまねはしたくない。自分の熱い心が信じられなかった。
僕の目の前にいるこの娘が綾波じゃないとしたら。僕の知っている綾波レイじゃないとしたら。
……僕は、僕の好きだった綾波に嘘はつきたくない。ここにいない綾波に、嘘をつきたくない。
彼は気づいた。自分がレイを好きだったことに。
それでも彼は、自分の中に確かにあるこの激情が、同情や欲望に過ぎないとは思えなかった。たとえ今、自分の目の前にいる少女が、自分の知っている綾波レイではなかったとしても。
「やっぱりシャワー、借りるよ」
「……」
彼はベッドを抜け出し、バスルームに入る。
――綾波、僕は……。
狭い個室に残るレイの匂いと熱い飛沫を浴びながら、彼は熱くなった自分を見つめていた。
着ていた服をまた身につけ、部屋に戻る。レイは薄い毛布を被って背中を向けていたが、まだ眠っていないことがシンジにははっきりとわかった。
「小さい頃に母さんが……いなくなって」
シンジはベッドに入り、レイの背中に向かって話しかける。
「僕は父さんから逃げ出した。父さんも僕を追いかけてこなかった」
「……」
「僕の居場所はどこにもなかったんだ。一所懸命探したけど、見つからなかった。でも、それでもいいと思った。居場所なんかなくてもいいって。何もなかったけれど、みんなの回りで、遠くでしゃがみこんで、僕は静かに生きてたんだ」
シンジは感情を込めることなく、淡々と語り続ける。
「父さんに呼ばれてここに来て、もしかすると居場所があるのかもしれないって、思った」
「……」
「エヴァの中で母さんに会って……母さんのことなんて何も覚えてないけど、やっぱりあれは母さんだったんだと思う」
レイが静かにシンジの方に身体を向けた。
「……その時思ったんだ。やっぱり僕は捨てられたんだって。僕はいらない子供なんだって」
「碇くん……」
シンジは少しの間、黙っていた。
「ねぇ綾波。……僕もネルフの人たちも、綾波のことを綾波って呼ぶよね。でも君は、自分のことを、僕の知っている綾波レイじゃないって言うよね」
「……」
「わからないんだよ。どうして君が僕の知っている綾波じゃないのか」
――君が僕の知っている綾波じゃないのなら、どうして僕はココにいるのだろう。理由がないなら、いないほうがいい。
でも僕はココにいる。君も、ココにいる……。
「僕は誰にも必要とされていなくて……、ここにいてもいい理由なんてないなら」
「あたしの居場所なんて、本当はここにはないって」
レイがシンジの言葉を遮るように言う。
「わかってる。あたしの存在する理由は碇司令の目的を果たすためにあって……それを果たして、早く無に還りたいって思ってた。あたしが居てもいい場所に還りたいって、思ってた」
「……」
「でも今は怖い。碇くんに会えなくなるのが怖い……。だからここにいたいって……そう思うの」
「綾波……」
「ごめんなさい。……でも、少しだけでいいから……あなたのことを好きだった綾波レイに怒られる前にやめるから……少しの間だけ、こうしていて……」
彼女はシンジの腕につかまり、そして静かに涙を流した。
あなたのことを好きだった綾波レイ――。
彼女はそう言った。小さなすれ違い。シンジはその隙間を埋めたいと思う。今なら、それができる。
彼はレイの細い肩に手を回し、そっと抱きしめた。彼女の身体が、脅えた仔猫のように小さく震える。
「碇くん……」
「もしも君が、僕の好きだった綾波じゃなくても」
「……」
「たとえヒトじゃなくても、かまわないんだ」
「……」
「今、わかったよ。僕が綾波を好きになったのは、綾波が……綾波の心を持っていたからだなんだ。今にも壊れそうで……守りたいと思って……でも守れなかったのかもしれないけど……」
シンジの声が震えていることに、レイは気づいていた。
「でもその気持ちは嘘じゃない。僕は綾波が好きだ。綾波の心が好きなんだよ」
「……」
「今ここにいる君は、僕の好きだった綾波と同じ心を持ってる。だから好きになるよ。ここにいる綾波のことを」
「碇くん……」
「綾波のそばにいたいんだ。だから僕は、ここにいるよ」
シンジはレイの首の下に左手を差し入れ、右手で細い髪に触れた。
「綾波は、男は女の子に触れたいと思うものだって、言ったけど」
髪をなで、頬に触れた。
「僕はそうじゃない。好きでもない女の子に触りたいなんて思わないよ」
まっすぐに彼女を見つめ、小さな声で、しかしはっきりと言った。
「綾波。君を、僕のものにしたい。好きだから触りたいんだ」
「碇くん、あたし」
碇くんだから触れて欲しい。あなたのものになりたい。レイはそう言おうとして、果たせなかった。
二人の口唇がそっと触れ合う。そのキスは、涙の味がした。
レイは目を閉じた。身体が暖かくなる。呼吸すら思うにまかせない。そして、二人の間にあった距離が消えて行くのを感じた。
所在なげにしていたレイの腕がシンジの背中に回され、そこに彼のいることを確かめるように、少しずつ力がこもってゆく。
静かに髪の毛をなでていたシンジの手が動きだす。頬を伝い、うなじに触れた。口唇は重なったままだ。その手は肩を通り、お腹に触れる。
彼は左手を引いて、横を向いていたレイの身体を仰向けにする。足を絡め、彼女の上に半身を乗せるような形になった。レイのお腹に触れていたシンジの右手が、彼女の左半身を上ってくる。手のひらが、そのままゆっくりと胸の膨らみを登りはじめた。
あの時と同じ、とレイは思う。あの時のことは、間違いなく自分の記憶として、はっきりと覚えていた。これが思い出なのかもしれないと、ふと思う。あの時は何も感じず、何も思わなかった。ほんの少し、気持ち悪いと思っただけだ。でも今は違った。
「ん……」
シンジの手のひらがTシャツ越しにレイの胸の膨らみを包み込み、彼女は声を上げた。その声はシンジの口唇に阻まれ、こもった息となって漏れる。
シンジは生まれて初めて、自分の意志で、大好きな女の子の胸に触れた。
あの時のことはよく覚えていた。忘れたことはなかったが、どうしてそうなったのかよくわかっていなかった。レイの冷たい声で我に返り、直後には飛びのいていた。
一瞬のことだったはずだ。それでもその感触は、忘れたくても忘れられるものではない。その裸体も、まぶたの奥に焼き付いていた。
しかし、今シンジの手の中にあるレイの胸は、あの時とは違うと思う。
あの時は、偶然に身体が重なっただけだ。事故みたいなものだった。シンジは思う。今は自分の意思で触れている。それに今は、何より心も重なっている。だからこんなに暖かくなるんだ……。
触れているだけだった指先に、ほんの少しだけ力を入れてみる。手の中にあるレイの胸の膨らみは、指を跳ね返すほどの弾力があり、それでいて、Tシャツ越しであっても、指の間で溶けてしまいそうなほど柔らかだった。
シンジの手のひらの中で、胸の先端が少しずつ、しかし確実に反応し始める。
しばらく静止していたシンジの手のひらが、その胸の形を崩さないように優しく滑りだした。固く膨らんでしまった先端を指先でそっと弾く。
「あ……ん……」
シンジのキスから逃れたレイの口唇から、切ない声が漏れる。シンジはその声に誘われるように、少し強めに揉み込んだ。
「んっ……」
レイの身体がぴくんと跳ねる。
「痛い?」
手の動きを止め、シンジが心配そうに聞く。レイは黙ってかぶりを振った。彼は、目を閉じて彼の肩をつかんでいるレイを見つめる。そっと背中に腕を差し入れ、抱き起こした。
レイは不意に抱き起こされ、目を開いた。
シンジの優しくて、それでいて不安げな表情が目に入る。
あたしは大丈夫だから、碇くんが好きだから、あなたの好きなようにして欲しい。
その想いを込めて、レイはシンジの頬にそっと触れた。
彼は決心したようにレイのTシャツの裾をつかみ、引き上げる。
シンジの手に、今までレイの着ていた暖かなTシャツが残り、そしてレイの裸体が、彼の目の前にあった。
その姿に息を飲む。純白のショーツと、それに負けないくらいの白い肌。大好きな女の子が、小さな下着をたった一枚身に纏っただけの姿で、自分の目の前にいる。綺麗だ、と思う。身体が熱くなる。こんなに触れたいのに、手を動かすことができない。
レイはおずおずと手を伸ばし、シンジのシャツのボタンを外しはじめる。手首のボタンを外し、脱がせた。二人とも見つめあったままだ。
「碇くんも……裸になって……」
レイが擦れた声で、ようやくそれだけ言う。
シンジが我に返ったようにTシャツを脱ぎ捨て、抱きついてレイを押し倒した。少し乱暴に彼女の口唇を吸いながら、ズボンを蹴り脱ぐ。身体をぴったりと合わせ、脚を絡ませて、二人は固く抱き合った。
直接触れ合う素肌と高鳴る心臓の鼓動が、二人の体温を高めて行く。レイの膝がシンジの大腿を締め付ける。
シンジの右手が、重なった二人の間に差し込まれる。強引に滑らせ、レイの胸をつかんだ。先ほどよりも少し強めに揉み込む。
「んっ……」
レイは不思議な感覚に戸惑っていた。くすぐったいような、身体が宙に浮いてしまうような、かつて経験したことのない感覚。力は入らないのに、シンジの手の動きに合わせて勝手に身体が跳ね、脚が動く。必死になってシンジにしがみついていることしかできない。
「あ……」
自然に声が漏れる。声が甘くなる。それを恥ずかしいと思うのに、こらえてもこらえきれない。
不意に口唇が外れた。目を開くと、シンジが見つめている。どうしていいかわからず、微笑みかけようとすると、シンジの指先が胸の先端に触れた。
「んっ」
思わず目を閉じ、顎を上げてしまう。自分が変な顔をしているのがわかる。見られてる。目を閉じたまま、レイはそう感じた。変な顔をしている自分が恥ずかしい。見られたくない。
「見ないで……」
レイはシンジを引き寄せ、耳元で言う。
「可愛いよ」
「いや……」
可愛い。感じてる。その言葉がレイの頬を熱くさせた。
感じてる。あたし、碇くんで感じてる……。あたし、可愛い……の…?
彼女は目を閉じた。
自分がレイを感じさせているという事実が、彼を高まらせる。戸惑っているレイに軽く口づけ、口唇を頬からうなじへと滑らせる。レイは軽く首をすくめるような仕草をした。口唇が鎖骨をたどり、胸の膨らみを登りだす。
シンジの吐息を胸に感じ、レイは息を止めた。
「……っ!」
先端を口唇に含まれ、レイはその思わぬ衝撃に身体を大きく跳ねさせた。
シンジは左手を首の下から抜いて両手で胸をつかみ、跳ねる彼女の身体を押さえつける。舌先で先端を弾き、口唇で軽く噛む。両手はゆっくりと揉みしだき続けている。
「あ……あ……」
両方の胸に交互に口づけられ、そっと吸われる。その度に、レイは甘い声を上げてしまう。身体の中に湧き上がる感覚に翻弄され、自分が声を上げていることすら十分に意識できない。
シンジの手が胸を離れ、脇腹から腰に向かって滑りはじめる。手のひらを腰の下に差し入れ、横向きにした。レイは胸を吸われながら、シンジの肩をつかんでいる手に力を込めた。背中を撫でられ、軽く反らせてしまう。
シンジの指先がゆっくりとなで下ろされ、下着に包まれたお尻に触れる。少し強引に、中指がショーツごとお尻の間に差し込まれ、レイは思わずすぼめてしまう。それはシンジの中指を挟み込むような形になり、レイは必死に力を抜いた。
シンジの手のひらはレイのお尻の丸みを確かめるように動き、指先がショーツのラインをたどる。絡めた彼の脚がレイの膝を前後に割る。一杯に開いた手のひらがお尻を包み込み、中指が奥深くにまで入り込んでくる。
身体の裏側まで触れられたような感覚に、レイは再び羞恥心を覚えた。
彼に触れられたり、声を聞かれたり、裸や顔を見られたりして、なぜ恥ずかしいと思うのだろう。彼女には自分が理解できなかった。
検査の時、リツコには裸を見られているし、その時はレイの身体に触れることにもなる。ゲンドウに晒すことも度々だったし、あの時はシンジにも見られた。彼の前で着替えることも平気だった。覚えている。でも、恥ずかしいなどと思ったことはなかったはずだ。彼女は羞恥心などという感情とは無縁だった。
リツコを除いては、誰かに触れられたこともほとんど無いに等しかったが、感じる、などという経験をしたことはなかった。検査の時にリツコに触れられても、単に触られていると思うだけだ。自分で触れたこともない。自分の身体をそんな風に意識したことはなかった。
でも今は、こんなにも恥ずかしい。
快感、という言葉が、唐突にレイの中に浮かんだ。快い感じ。気持ちのいいこと。こんなに感じている。もっと感じたい。もっと気持ちよくなりたい……。そんなことを思ってしまう自分が恥ずかしく、身体が固くなった。
「碇くん……恥ずかしい……」
彼女はやっとの思いでそう言った。
固く膨らんだ胸の先端を舌先で転がしていたシンジは、その声に顔を上げる。
彼は優しく微笑み、再びレイに口づけた。
――大丈夫。僕はここにいるよ。
彼がそう言っているように、レイには思えた。自然に力が抜けてゆく。
シンジは再びレイを仰向けにし、足を絡め直した。
軽く膝を立てたレイの大腿を、シンジの手が滑る。指先が吸い込まれてしまうような、そのあまりの滑らかさに、彼は息を飲んだ。
乱暴になで回したくなる衝動をこらえ、丹念に左右の大腿の外側をさすり、裏側をなで降ろした。
少しの間落ち着いていたレイの呼吸が、再び乱れ始めた。
脚がこんなに感じるなんて……。
彼女は疑問に思う。他のみんなはどうなのだろう。こんなに感じるのだろうか。自分だけ変なのかもしれない。でも彼は、こんなにもていねいに触れている。好きな人にこんな風に触られたら、誰でも感じてしまうものなのかもしれない……。
レイは既に、まとまったことを考えられなくなっていた。
膝で遊んでいたシンジの手が内腿に触れた。優しくなでながら、まるでためらうように、おずおずと這い上がってくる。
「あ……」
大腿の外側や裏側に触れられていた時よりも強い快感に、レイは小さくあえいだ。そして、シンジの手が目指している部分を、生まれて初めて強く意識した。
――濡れ……てる……。
汗ではないし、お手洗いに行きたかったわけでもない。
女の子は、男の子を迎え入れるときに……。
あたし、碇くんを迎え入れようとしている……。
レイはそれに気づいて、身体が更に熱くなった。シンジの肩をつかんでいた手を首に回し、しがみつく。思わず膝を伸ばし、脚を閉じようとするが、シンジの膝に阻まれて閉じることはできなかった。
シンジの手がゆっくりとレイに近づいて行く。彼女が意識すればするほど、シンジの目指している部分は熱くなり、溢れ出してくるのがはっきりとわかる。下着の上から触れられただけでも、濡れているのが知られてしまうかもしれない。それはとても恥ずかしいことのように思えた。
それでもレイは、内腿にあるシンジの手を拒まなかった。身体を固くし、声を漏らさないように口唇を噛みしめ、目を固く閉じてその瞬間を待った。
そしてシンジの中指の先端が、微かに触れた。
「……っ!」
その衝撃に、レイは大きく身体を震わせる。
「あっ!……あ……んぅ……」
ショーツの上に微かに浮き出た線をシンジの指先がそっとたどり、レイはその微妙な感覚にあえぐ。声をこらえようと口唇を噛みしめた。
たどり切った直後、シンジはこらえ切れなくなったように、レイの柔らかな部分を手のひらですっぽりと包み込んだ。
「んっ!」
全身を駆け抜ける衝撃にレイの身体は大きく跳ね、声を漏らしてしまう。
シンジの手のひらは、そっとレイを包み込んだまま動かなかった。それだけで彼女は、たまらなく切ない気持ちになる。
レイは、ともすれば緩んでしまいそうになる口唇を噛みしめ、そっと目を開ける。優しい笑顔で、それでも真剣な目でレイを見つめているシンジがいた。
――あたしの感じる顔、見てる……。
もっと見て欲しい、もっと感じさせて欲しい。彼女はそう思った。
碇くんの好きなようにして欲しい。碇くんになら、めちゃめちゃにされてもいい……。
でも、このままどこまでも感じていったら、自分はどうなってしまうのだろう。
そんなほんの少しの不安を振り払うように、彼女はシンジに懇願した。
「碇くん……キス……して……」
「ん……」
シンジは小さく答え、そっと口づけた。最初は優しく舌先でレイの口唇をたどり、やがて少し強く吸った。レイもそれに応えながら、キスだけで強く感じてしまっている自分に気づいた。
何かに衝き動かされるように、シンジはレイ身体を強く抱きしめた。レイの胸が彼の胸で押し潰され、彼女は小さくあえぐ。口唇をまさぐるシンジの舌先に戸惑いながら、彼にしがみついている腕に力を込めた。
つ……、とシンジの手が動きはじめた。
「ん……くぅ……」
シンジの舌で塞がれているレイの口唇が、くぐもった声を漏らす。
彼の手は、その形を確かめるように、柔らかくそっと滑った。ショーツ越しのシンジの指先から伝わる甘い感覚に、レイの身体が震える。必死に声をこらえた。音を立てるようにして、熱い蜜が溢れ出してくる。
「綾波……濡れてる……」
「いや……」
口唇を外し、耳元でレイに囁く。彼女は耳まで赤くなった。
シンジの口唇がうなじを這い、レイの身体が柔らかくなってゆく。
シンジの右手が、再びレイの柔らかな部分をしっかりと包み込む。そのままゆっくりと揺さぶり始めた。
「あっ……あ……」
今までにない感覚に、レイは高い声を上げた。
シンジの舌先がうなじから胸に這い、固く膨らんだ先端をくすぐる。シンジの右手は、柔らかな部分を、速度を変えながら、時に大きく、そして細かく揺さぶる。表面をそっと上下に滑り、ゆっくりと優しく揉みしだく。そしてまた揺さぶる。
「あ……く……ん…………」
レイは身体を震わせ、甘い声を漏らし続ける。自分が高まって行くのがわかる。
「綾波……感じる……?」
「感じる……碇くん、すごく……感じる……」
シンジが囁くと、レイは切ない声をあげた。自分がこんなにも感じていることを、強く自覚してしまう。
――このままじゃ……
「碇く……ん……あ、ま…待って……」
「……どうして?」
シンジが手の動きを止めずに聞く。
「……へん……なの。変になりそう……」
とぎれとぎれに、ようやくレイはそう訴えた。
「……大丈夫だよ」
シンジはそう答えながらも、手の動きを緩めた。指先が滑り、そこから離れて行く。レイは大きく息をついた。
滑らかなお腹をひとしきりなでた後、シンジの指先がショーツのゴムをかいくぐった。
「や……」
――下着の上から触れられただけでこんなに感じるのに、直接触られたら……。
「ぎゅって、つかまってて」
レイの微かな不安に、シンジの声がそっと触れる。
「……僕はここにいるよ」
碇くんだから。碇くんがそばにいてくれるから。大好きな人だから、だからきっと大丈夫。変になってしまってもいい。碇くんのものになりたい……。
レイは彼の背中にしっかりとつかまった。シンジもレイの首の下に回した左手で肩をつかんだ。
下着の中へゆっくりとした侵入を続けるシンジの指先が、まだ疎らで細い柔毛に絡まる。シンジは指先をわずかに浮かせた。そのまま、柔らかな部分には触れないようにして、奥深くまで進める。そして、静かに中指を降ろした。
「あ……」
レイがあえぐ。シンジの中指は、レイの熱い蜜を溢れさせている部分にあった。
自分の存在が、レイをこんなにまで感じさせている。指先に感じる途方もない熱さと潤いに、シンジの心臓は爆発寸前だった。必死に冷静さを保とうとする。乱暴にしてはいけない。何度もそれだけを自分に言い聞かせていた。
蜜を指先にすくい取り、柔らかな唇に分け入って、少しずつ上がって行く。
「く……ん…」
身体の中を直接触れられるような感覚に、レイの身体が小刻みに震える。彼の背中につかまっている腕に、力を込めた。
シンジの中指が、彼女の最も敏感な部分を捉えた。
「ああっ!」
あまりにも強い快感に、レイは大きな悲鳴をあげた。身体が大きく跳ね、シンジの背中に爪を立ててしまう。
彼もレイを強く抱きしめた。肩に回していた左手を伸ばして二人の身体の間に差し入れ、胸をつかむ。
シンジの中指は、レイをそっと押しつぶし、軽く弾き、周囲をくるくると回った。
「ああ……や…んっ」
シンジの動きが変わるたびにレイは切ない声を上げた。脚がぴんと伸び、シンジの膝を締めつける。
中指の動きが少しだけ速くなった。
「あぁ……碇くん……碇くんっ、壊れる、壊れちゃうっ」
レイは切羽詰ったような声を上げた。何かがこみ上げてくる。頭が変になりそうで、どこかに吹き飛ばされてしまいそうで、彼にしがみつくことしかできなかった。額をシンジの胸に押し付け、顎を引いて必死にこらえる。
「綾波……我慢しないで……」
「あぁ…で……も、くふぅっ!」
シンジはレイを見つめている。快感に顔を歪め、口唇を噛みしめて必死にこらえ、それでも切ない声を漏らしてしまう彼女から目が離せなかった。
中指の動きは更に激しさを増し、左手は胸を強く揉みしだく。
「あ、だめ、あ、あ、ああっ」
レイは脚をつま先まで突っ張らせた。身体が強張り、細波が走る。
――もう……我慢できない……
「あっ、あっ、あっ、あっ、ああああっ」
全身に力を漲らせ、短い悲鳴を連続させた。
――だめっ!
直後、レイの身体の中で何かが爆発した。
「っ!……く……っ!」
息を詰まらせ、声にならない悲鳴をあげ、レイは最後の階段を一気に駆け上がった。身体が、びくん、びくんと大きく震える。頭の中が白くなって何も考えることができず、渾身の力でシンジにしがみついていた。
シンジは彼女を見つめたまま胸をしっかりと合わせ、彼女の絶頂を全身で感じた。右手の中にある彼女の柔らかな部分が、細かく震えている。
なんて可愛いんだろう……。
シンジは確かに感動していた。
僕で、こんなになるまで感じてくれて……。
「あっ!……ああ……!」
目を固く閉じ、絶頂の中で何度も震え続けている彼女を、シンジは思いっきり抱きすくめた。
「あ……ぁ………」
やがて、彼女の身体が少しずつ硬直を解きはじめた。まだ細かく震えながら、甘い吐息を漏らす。
シンジは、放心したように甘い絶頂の余韻を漂う彼女に、そっと口づけた。
「綾波……」
彼女の呼吸がようやく落ち着きを取り戻しはじめた頃、シンジはレイの耳元で囁いた。
その声に、彼女は強くしがみつくことで応える。
「いっちゃった……の?」
いっちゃった。いく。それは彼女の知っている意味とは違うが、自分の身体の中を駆け抜けた感覚にふさわしい言葉のように思えた。
レイはシンジの胸に顔をうずめたまま、こくりと頷いた。
本当に愛しいと、彼女にしがみつかれながらシンジは思う。僕で感じて、僕でいっちゃったんだ……。
そして彼は、大好きな彼女がいってしまうところをもう一度見たいという欲望に逆らえなかった。
そっと手を動かし始める。
「あっ……んぅ……っ!」
一瞬にして彼女の身体が突っ張った。まだ初めて経験した絶頂の余韻の中にいて、その身体はあまりにも敏感になっていた。
最初はゆっくりだったその動きは、すぐに先ほどよりも速く、強くなった。中指で細かく弾きながら、手のひらで全体を大きく揺さぶり、揉みしだく。そしてまた、優しく、激しく弾く。胸の膨らみに強く口づけ、先端を甘く噛み、舌先でくすぐり、優しく吸う。口唇に含み、頭を大きく左右に振った。
「あ、や、まって、あっ、くっ」
左右の胸を交互に愛していたシンジが顔を上げる。彼が口唇を強く吸っても、彼女は満足に応えることもできなかった。
「お…ねがい、まって……、まって、お願い……あ…ああ……っ!」
強すぎる快感に戸惑い、必死に懇願しても、シンジが止めるはずもない。今にも達してしまいそうで、もうどうしようもなくなっていた。
「あっ、い……かり……くんっ、碇くんっ!」
シンジの肩をつかみ、そこにいる彼を見たくて、薄く目を開いた。優しい瞳で自分を見つめているシンジが、その目に飛び込んできた。
……見てる。碇くんが、あたしのいくとこ、見てる――!
「あーーーっ!」
シンジの優しい瞳に見つめられ、レイはひとたまりもなかった。
彼女は成す術もなく、シンジに手を引かれるまま、シンジに見つめられながら、最初のときよりももっとずっと高い場所へと昇り詰めた。
「んっ、あ、あ、ああ……っ! んーーーっ! んーーーっ!」
身体が激しく震え、シンジを跳ね飛ばしそうになる。呼吸もできず、声も出せない。ただシンジにしがみついて、何度も何度も全身を駆け抜ける嵐を必死に受け止めるしかなかった。
「んっ!……あ………く……っ!」
途切れ途切れに声があふれ、彼女の身体は大きく跳ねた。
シンジもまた動きを止め、身体を震わせ続ける彼女を強く抱きしめ、その絶頂を全身で受け止める。手のひらに、彼女が震えるのに合わせて迸る熱い蜜を、強く感じた。
「あ……ん……」
長く続いた嵐がようやく過ぎ去り、彼女は息をついた。まだ間欠的に身体が震える。そのたびに彼女は切ない声を漏らした。
甘い余韻の中、まだ呼吸を乱しているレイに、彼が囁く。
「可愛いよ、綾波。すごく綺麗だ」
「や……」
恥ずかしい。かすれた意識の中でレイはそう思う。あたしがいくとこ、見られた……。
頬が熱くなった。
「嬉しいんだ。綾波が感じてくれて……」
シンジはレイの髪をなでながらそう言った。
碇くんは、あたしが感じているのが……嬉しい。あたしも碇くんで感じられて、嬉しい……。
そしてレイは思った。
碇くんにも感じて欲しい。気持ちよくなって欲しい。
しかし彼女には、自分がどうすれば彼に気持ちよくなってもらえるのか、わからなかった。ひとつになれば、たぶん気持ちよくなってもらえるのだと思う。そこから先のことはわからなかった。
「綾波、少しだけ、お尻を上げて……」
「……?」
考えに沈んでいるレイに向かってシンジが言う。不意に投げられたシンジの思わぬ言葉に戸惑いながらも、レイは彼の言う通りに腰を浮かせた。シンジが手を伸ばし、お尻をなでるようにして、くるりとショーツを降ろした。
「あ……」
小さな下着に守られていた、柔らかく濡れた部分が直接大気に触れ、レイはその感覚に思わず声を上げる。
シンジは大腿をなでながら、白い、濡れそぼったショーツを膝まで降ろし、片足ずつ膝を曲げさせ、抜き取った。
少し重くなってしまっている下着を枕の下に差し入れ、シンジはレイに口づける。キスを続けながら、自分も下着を脱ぎ捨てた。
生まれたままの姿で、二人はきつく抱き合っていた。シンジが、レイの大腿に押し付けられる。
「ん……」
レイは大腿の熱い感触に、ぴくんと震えた。
碇くん、こんなになってる……
それに気づいて、レイは再び溢れ出してくるのを自覚した。
大好きな人を迎え入れるために、女の子は濡れる。あたしも濡れている。碇くんと、ひとつになりたい。碇くんに気持ちよくなってほしい。
「碇くん……」
合わせた口唇から囁く。
シンジはレイの口唇から離れ、その瞳を見つめる。
――あなたとひとつになりたい。あたしの中に、入ってきて。
それは言葉には出せなかった。しかしその瞳は、ためらうシンジを決意させるのに充分だった。
シンジはもう一度口唇を強く吸うと、レイの膝を割った。
大好きな彼女が、自分の下で身体を開いている。自分に身を任せようとしている。その事実に、シンジは冷静さを失いそうになった。
中指を這わせ、レイがまだ濡れているのを確認する。指先が触れると、レイの身体が跳ねた。そこは未だ熱く潤い、溢れ出したものは大腿までも濡らしていた。
僕は綾波とひとつになりたい。綾波もそうなんだ……。
彼は必死に冷静さを保つ。自分に手を添えて、そっと彼女にあてがった。緊張感が高まり、身体が震える。
そしてシンジは、彼女を探り当てた。
「う……っ!」
そこは信じられないほど熱い。そのまま吸い込まれてしまいそうな、溶けてゆくような、とてつもない快感がシンジの中を走る。触れているだけで暴発してしまいそうになり、息を止めて奥歯を食いしばった。
ようやくその衝動をやり過ごした時、彼はレイが身体を固くしているのに気づいた。シンジと同じように、彼女も緊張しているのだ。
こういう時、余計なことは言わなくてもいい。何かの雑誌で読んだことを、彼は不意に思い出した。ただ彼女を落ち着かせてあげればいい。
彼はレイに少しだけ体重を乗せ、小さく口づけた。目線を絡ませ、そっと微笑みかける。彼女もぎこちない微笑を返した。レイの身体から力が抜けてゆく。彼女の微笑で、彼もまた落ち着きを取り戻した。
そしてシンジはもう一度口づけ、口唇を合わせたまま、ゆっくりと、しかし確実に腰を進め始める。
レイの中に、シンジが入ってゆく。
「っ!……くぅ……」
レイの身体を、身を引き裂かれるような激痛が走る。しかし彼女は必死に悲鳴を飲み込んだ。
悲鳴を上げれば、彼はレイを気遣って行為をやめるだろう。それは嫌だった。シンジに気持ちよくなって欲しいという想いと、そしてシンジとひとつになりたいという想いが、レイの心を支えていた。激痛を訴える身体を押さえつけ、歯を食いしばって痛みに耐えた。
再び身体を強張らせてしまう彼女に、シンジにもその痛みは伝わっている。
それでも彼は進み続けた。ここでやめちゃいけないんだ。彼はそう思う。
綾波とひとつになりたい。綾波もそう思っているんだ。
永遠とも思えた数秒間が過ぎ、二人の身体が奥深くまで密着した。シンジは思いっきりレイの身体を抱きしめる。優しくて暖かな、包み込まれるような快感を、全身と、そして心にも感じていた。
抱きしめているだけで他には何もしていないのに、彼を柔らかく包み込んでいる彼女が甘く動く。優しく締め付けてくる。
彼は目を細めて喘ぎ、激しく動きたくなる衝動をこらえる。それでもシンジはレイを気遣った。
「綾波……痛い……?」
「だいじょうぶ……でも、少しだけ……こうしていて」
レイの瞳に涙が浮かんでいるのを、シンジは見た。それは痛みによる涙なのかもしれない。あるいは歓びによるものだとしても、痛みがないわけはない。
どうしたらいいのか、シンジにはわからなかった。彼女は、自分には想像できないほどの痛みに耐えている。できるなら代わりたい。でも、それが無理なら……。
離れてはいけないと思う。彼には、ただレイを抱きしめることしかできなかった。
「いかり……くん……」
レイの涙声に、シンジは顔を上げる。
「大丈夫?」
彼女はこくりと頷いて、囁くように言った。
「ひとつになってる……のね……」
自分の中に碇くんがいる。あたしの中に大好きな彼がいて、いっしょになってる。あたしと碇くんが、ひとつになってる。自分の中が彼で満たされて、いっぱいになってる……。
それを思うと身体が震え、自分の中のシンジが、どくん、と大きくなったような気がした。
こういう気持ちを、胸がいっぱい、というのだろう。彼のためなら、シンジがいてくれるなら、どんなことにも耐えられると思った。
レイの瞳から、涙がひとしずく、零れ落ちる。
それを見て、シンジも思わず涙ぐみ、そして微笑んだ。
「そうだよ……」
僕たちはひとつなんだ。どんなことがあっても、僕は君を守るよ。
涙声になってしまいそうで、それは言葉にできなかった。
その想いが伝わったのか、レイも恥ずかしげな微笑を浮かべる。シンジはそっと口唇を合わせた。
「碇くん……」
長いキスを終えて、レイが言う。
「動いても、いい……」
「……でも」
このままでいいと、シンジは思っていた。まだ痛いだけだから、少しずつ慣れていけばいい。もう少しだけ彼女の中にいられたら、今はそれだけでいいと、そう思っていた。
「お願い。あたしは大丈夫だから。……碇くんのこと、もっと感じたい……」
シンジは、レイの中にいる自分を意識した。暖かく覆われて、甘く優しい刺激を受け続けている。心臓が高鳴った。
耐えられない、とシンジは思う。気持ちが良すぎる。こうしてじっとしていても、抱きしめて、綾波の顔を見ているだけで感じてしまう。でも自分が感じすぎて、彼女に乱暴にしてしまいそうで、それが怖かった。
彼女は我慢するだろう。彼のために。でもそれは嫌だった。自分のために、痛みに耐えさせるのが嫌だった。たとえ身体の痛みは忘れても、シンジに乱暴に扱われたという記憶は、心の痛みとしてずっと残るだろう。彼女が許しても、自分には許せない。
あたしは大丈夫だから。
それでもそんな彼女の言葉に彼は衝き動かされ、こらえることができなかった。
ほんの少しだけ動いてみよう。彼は決意した。でも快感に溺れちゃだめだ。もし綾波が痛そうだったら、その時はすぐにやめるんだ……。
レイの涙を唇でそっと吸い、彼は囁いた。
「痛かったら、そう言って……」
レイはしっかりと頷いた。
そっと、いたわるように、一往復だけ動く。
「……くぅ…」
「う……」
二人は同時に、小さくあえいだ。レイは苦痛に、シンジは快感に。
身体が浮き上がりそうな、あまりにも強い快感にシンジは我を忘れそうになる。自分の手とは比較にならない。しかし、レイが苦痛に耐えているという事実が彼を踏みとどまらせた。腰を密着させたまま、固くまぶたを閉じている彼女を見つめた。
綾波が、痛みをこらえている。こんなに痛そうなのに、僕のために我慢してくれている――。
そう思うと、シンジは彼女のことがたまらなく愛しかった。もっとレイを感じたいという衝動に駆られ、それを必死にこらえた。
「綾波……大丈夫?」
「……大丈夫。心配、しないで……」
彼女の気持ちが、シンジに伝わる。それに応えたいと思う。
「動くよ……」
レイは目を閉じたまま頷く。そしてシンジは、もう一度言った。
「痛かったら、ちゃんと言うんだよ」
「……うん」
レイももう一度、今度は声に出してはっきりとそう答えた。自分を気遣う彼の気持ちが、痛いほどに嬉しかった。
シンジは、ゆっくりと動きだす。いたわるようなその動きは、それでも確実に深く、大きなものになってゆく。
レイは自分の中のシンジを強く感じていた。
こんなにも硬くて、大きくて、熱いシンジが、自分の中で動いている。
シンジの荒い息とうめき声が、耳元で聞こえる。自分の身体でシンジが感じている。それがレイにはたまらなく嬉しかった。
もっと動いて。もっと感じて。あたしをめちゃめちゃにして……。
身体の痛みはまだ残っている。優しくとはいえ、レイの中を動くシンジによって、むしろそれは増していた。
しかし、シンジと一緒になっているという充足感と心の歓びは、痛みを遥かに上回っていた。
時折、自分の中のシンジが大きく膨れ上がるような、不思議な圧力を感じる。それはレイ自身が締め付けているからであるということに、彼女はまだ気づいていなかった。
「碇くん……気持ち、いい?」
「ああ、気持ちいいよ……」
「……感じる?」
「感じるよ。すごく感じる」
信じられないほどの、全身が溶けきってしまったような快感に、シンジの意識は飛びそうになる。あまりの快感に、自由に腰を動かすこともままならず、時に息を詰め、あえぎながら不規則に動く。それでもその動作が乱暴になることはなかった。
シンジは真っすぐに高まって行く快感の中で、二人がひとつになった証しを残したいという欲望と戦っていた。彼女の中に、自分が確かにいたという証しを。
甘く締め付けられ、シンジはあえぐ。気を緩めれば、すぐにでも達してしまいそうだった。
もし、このまま最後まで彼女の中にいれば。
シンジは思う。たぶん、綾波もそれを望んでいるだろう。でも僕たちはまだ子供だから、赤ちゃんを育てることはできない。
シンジもレイも、両親に愛されて育って来たとは言えない。だからシンジは、自分の子供は思いっきり愛したいと思う。
綾波の子供なら、きっと可愛いに決まってる。いつでも、いつまでも見守っていてあげたい。綾波もそう思っているはずだ。でも僕たちは、まだそれができるほど大人じゃない……。
赤ちゃんが出来ても、僕たちにはまだ育てることはできない。……だとすれば、その時に傷つくのは綾波だ。辛い思いをすることになる。
綾波をそんな目に会わせることはできない。我慢しなきゃだめだ。証しなんて形で残さなくても、自分たちの心にしっかりと刻んでおけば、それでいいんだ。
彼は自分が我を忘れ、耐えられなくなってしまう前に、そっとレイの中から出た。
「あ……」
レイは自分の中からシンジが去って行く空虚感に、切ない声を上げた。
「どうして……」
「我慢、できなくなりそうなんだ……」
「ずっとあたしの中に、いて欲しいのに……」
「だめだよ……」
シンジはレイの柔らかな胸に顔を埋め、荒い息をつきながら言う。
「僕たちは子供だから、まだ赤ちゃんは育てられないよ。……ちゃんと愛してあげたいんだ。僕たちの……僕と綾波の子供は」
碇くんは知らない。あたしの身体は、子供を産めるようには出来ていない……。
レイは唇をかんだ。
今すぐじゃなくてもいい。碇くんの子供が欲しい。でもそれは叶うことのない夢だから、せめてずっとあたしの中にいて欲しかった。あたしの中でもっと気持ちよくなって欲しかった。
レイには、それを口にすることはできなかった。もしも子供が出来て、育てることができないとしたら、何をしなければならないか。快感に耐えてそれを考えてくれたシンジの気持ちを、無駄にしたくなかった。
いつかは事実を伝えなければならない。でも今はシンジの心に甘えていようと、そう思った。
胸に顔を埋めているシンジの髪をなでながら、レイは自分の大腿に彼が押し付けられていることに気づいた。いまだ硬く、脈打っている彼。
シンジが耐えているのが、彼女にもわかった。我慢しないで、最後まで気持ちよくなって欲しいと、彼女は思う。
おとこの人が、最後まで気持ちよくなるということ……。
彼女は乏しい知識をたどる。保健体育の授業で習った以上のことは、レイの知識の中にはない。彼女は考える。自分がシンジにされていたこと。シンジが自分にしてくれたこと……。
レイはおずおずと手を伸ばし、彼に触れた。
「う……っ!」
シンジがうめいた。
「あ、綾波……だめだよ……」
「どうしたらいいのか、教えて」
「綾波……」
「あたしだけじゃ嫌なの。碇くんにも、気持ちよくなって欲しいの……」
「あや……くっ!」
レイにそっとなで上げられ、シンジは息を詰まらせる。
たとえ我慢しても、結局は一晩中熱い身体を抱えているだけなのかもしれない。綾波はずっと僕のことを気にするだろう。僕が最後まで気持ちよくなっていないことを。だったら、いっそ……。
シンジは快感に流されつつあった。それほどまでに、レイの手から流れ込む快感は甘美だった。
彼は無言でレイの手をとり、握らせる。シンジは大きく息を吸った。
レイは自分の手の中にある、熱く脈動するシンジに息を飲んだ。それは、レイの溢れさせた滑らかな蜜に濡れていた。
あたしの中に、いた……。こんなに大きくて……硬くて……熱くなって……。
彼女は自分の中に残る鈍痛を忘れた。
「こういう風に、して欲しいんだ……」
シンジは自分を握っているレイの手を取り、上下させた。
「うっ……」
快感が駆け抜け、シンジは再びうめく。思わず目を閉じてしまう。
――だめだ。こんなんじゃ、すぐに……。
「これで……いいの……?」
レイの不安げな問いかけにも、彼には答えることができない。息を詰まらせたまま手を伸ばし、レイの胸をつかんで激しく揉みしだいた。
戸惑うようにそっと動いていたレイの手が少しずつ動きを速め、それに連れてシンジの手も激しさを増す。急速に高まって行くのをどうすることもできない。まだいきたくなかった。もう少しこうしていたかった。
何か他のことを考えて、気を逸らせばいいのかもしれない。しかし、そんなことはしたくなかった。
優しく動く、レイの細くてひんやりした手を意識する。なぜ自分でするよりも、こんなにも強く感じてしまうのか。
それは触れているのがレイだからだ。自分はレイが好きで、自分のことを好きでいてくれるレイが触れているからだと、シンジは思う。
目を開く。
少し不安げな表情で、それでも頬を紅潮させてシンジに触れ続けるレイを見つめた。
視線が絡む。
どくん、とシンジの中を何かが走る。もう限界だった。
「綾波……待って……こ、このままじゃ、もう……」
このままじゃ、綾波の身体にかかってしまう……。
彼は少女のように脚を突っ張らせ、震わせた。
「たくさん、感じて……」
レイは手の動きを速めた。
「だめだ……だめだ、あやな…みっ……い…………くうっ」
レイの手の中で、シンジが大きく膨らむ。
そしてシンジは、強くレイの胸をつかみながら、弾けた。
「うっ……く……う……」
レイにすがりつき、甘美な快感に身を任せ、身体を震わせながら何度も何度も彼女に向けて放った。
レイも胸を激しく揉み込まれながら、胸にまで飛ぶシンジの熱い飛沫を受け、大きく身体を震わせた。
「んっ……」
「う………く……っ」
シンジの放出は止らず、その飛沫を浴びるたびにレイの身体も震える。気が遠くなりかけ、それでも手は動かしつづけた。
何度放っただろうか。線香花火が燃え尽きるように最後の精を絞りだし、シンジの爆発はやんだ。レイもゆっくりと手の動きを止める。
レイは、荒い息をついてすがりついてくるシンジの頭を抱えながら、胸からお腹にまで浴びたシンジの残したものを指先でそっとすくった。それはまだ熱く、レイの指先にまとわりつく。
碇くんの……。
レイは指先を見つめる。そして、シンジを乗せた指を、そっと口に含んだ。
少し、苦い……。
そんなことを思った。
「綾波?」
シンジは我に返り、レイのしていることを知る。
「だ、だめだよ」
「どうし……ん……」
彼女の言葉を口唇で遮り、強く口づける。深く舌を差し入れ、清めるように口の中をまさぐった。自分の放ったものが身体につくのも構わず、強く彼女を抱きしめる。
口の中で暴れるシンジの舌を自分の舌で受け止めながら、レイは自分がとても安心した気持ちでいるのを感じていた。
長く深いキスを終え、二人は見つめあう。
ふとシンジは照れたように笑い、下を向いた。
「汚しちゃったね……」
「……汚れる?」
「ほら」
シンジは照れ笑いを浮かべたまま、彼女の胸に付着しているシンジの放った精を、指でたどった。
「汚くない……」
レイは彼を真っすぐに見つめた。
「碇くんの、だから……」
「……そう?」
「うん」
「そう……だね」
「碇くん……」
レイの声が急に涙声になる。
「あたし、ここにいても、いいのね……」
「そうだよ」
レイを抱きすくめ、彼も涙をこらえて言った。
「僕たち、ここにいても、いいんだ」
シンジの言葉に安心したように、レイは彼の胸に顔をうずめる。顔をこすりつけて涙をぬぐった。
シャワーも浴びたくなかった。彼の匂いの中で、彼に抱きしめられたままで、ずっとこうしていたい。
腕枕をして、優しく髪の毛をなでてくれるシンジの手が心地いい。レイも彼の背中に手を回し、脚を絡めて、そっと目を閉じた。
あたしは、碇くんに感じた。碇くんも、あたしで感じてくれた。あたしのこと可愛いって、言ってくれた……。ここにいられて、よかった……。
シンジで感じられる。シンジが感じてくれる。自分の身体が愛しいと、彼女は生まれて初めて思った。
下腹部の、鈍い痛みを自覚する。それは幸せな痛みだった。
シンジは、まるで安心しきった仔猫のように丸くなって眠ってしまったレイを見つめた。そっと頬に触れる。たまらなく愛しいと思う。
ずっと、僕がそばにいるよ。絶対に守るから。
そう心の中で語りかけ、彼も目を閉じた。
「す、すいませんっ。寝坊しましたっ」
シンジの上ずった声が響く。隣にはレイの姿もあった。
「大丈夫よ。焦らなくていいから、ゆっくり着替えてらっしゃい」
ミサトの声はいつになく優しかった。
「は、はいっ」
シンジはレイの手を取り、ロッカールームに向かって駆けて行った。
ミサトは手をつないで走ってゆく二人の後姿を見送る。
「……ねぇ、マヤ」
「はい」
すでに準備を終え、手持ち無沙汰な様子のマヤに話し掛けた。
「あなた、昨日はここに泊まったの?」
「はい」
「シンちゃんも泊まったのかしら」
「いえ、シンジ君、昨日はレイちゃんのテストが終わるのを待って、一緒に帰りましたけど」
「そう」
「何か……あったんですか?」
少し考える風にしながら、ミサトは口を開いた。
「あたし、昨日は久しぶりに帰ったんだけど」
「……」
「シンちゃん、家にいなかったのよね。久しぶりにおいしいご飯が食べられるかなって、思ってたんだけど」
「……注意、しなくていいんですか。レイちゃんもシンジ君も、まだ中学生ですよ」
その言葉の意味する事を捉え、マヤが言った。
「あたしたちもそうだけど、あの子達、明日にも死んじゃうかもしれないのよね……」
マヤははっとして顔を伏せる。
「他に方法のないことはわかっているつもりだけど……、でも、許されることじゃないって、思うわ。子供たちに戦わせて……」
「……」
「もしあの子たちが死んで、自分が生き延びて……。あたしは生きて行く自信がないわ」
「……」
「みんな死んでしまえばいいって、思う時もある。それは許されないって、わかっているけど」
マヤはうつむいたまま黙っていた。
「せめて今だけでも、あの子たちの好きなようにさせてあげたい。一緒にいるのが幸せなら、一緒にいさせてあげたいの」
「……」
「もし、あたしもあの子たちも生き残ることができたら、あたしは何でもするつもりよ。死ねと言われれば死ぬわ。奴隷になってもいい」
「……」
「もっとも、こんな奴隷なんていらないって、言うでしょうけどね」
ミサトは力無く笑った。
この人は何にも知らないんだ。マヤは思う。どちらにしても、今のままの姿でいることはできない。あの子たちは、手をつないでひとつのベッドで眠ることもできなくなるんだ……。
自分のしていることに対する漠然とした不安が、彼女の中ではっきりと形をあらわし始めた。
「ねぇ、綾波……」
乗り込んだエレベーターの中で、シンジは荒い息をついている。
レイも息を切らしながら、シンジを見つめた。
「あとで、目覚まし時計を買いに行こうよ。大きい音のするやつをさ」
「そ、そうね……」
彼女は微かに頬を染めて答えた。
今朝、いつも使っている目覚ましのベルを止め、ベッドの下に放り込んだのは内緒にしておこうと、レイは思った。