Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.24 ) |
- 日時: 2010/08/17 15:56
- 名前: JUN
- 蝉時雨vol.3
「綾波、気持ちいい?」 「うん」 レイはシンジの膝の上に横たわったまま言った。蒼銀の髪が剥き出しの膝に触れて少々くすぐった い。柄の部分におなじみの小さな白い綿をつけた耳掻き棒を、もう一度レイの耳の中に入れる。 「んっ……」 レイが小さく身じろぎすると、シンジが危ないよ、と声をかける。レイが動かなくなると、シンジ は小さく声を上げて笑った。 「綾波の耳は綺麗だから、掃除するほどじゃないかも」 「そうなの?」 「そうだよ」 「でも、して」 「いいよ」 レイが目を閉じる。少し低めの体温を膝に感じながら、シンジは柔らかく微笑んだ。
そうして二人だけの時間を過ごすうち、シンジはレイの異変に気づいた。 「綾波……?」 レイは真紅の双眸から、一筋涙をこぼしていた。 「ご、ごめん。痛かったかな」 「平気。そうじゃなくて…………嬉しくて」 「耳掃除が?」 「碇くんと……一緒にいられることが」 「……そっか」
終わったよ、とシンジが声をかけると、レイは少しだけ残念そうにしながら頭を上げ、シンジの肩 に体重を乗せた。
「次は、何して欲しい?」 「ん……」 シンジがレイの頭に手を添える。こうした二人きりの時間を、シンジとレイはとても大事にしてい た。特にレイは一瞬でも多くその時間を共有しようとしていた。 「なにも……しなくていい。碇くんがいれば」 「……そっか」
またレイが目を閉じる。何もしない時間、というのを居心地が悪く感じたことはなかった。シンジ の匂いがする。自分の奥に眠る何かを呼び覚ますようなその匂いが、レイは大好きだった。
「碇くん、アスカとキスしたことがあるって、本当?」 「えっ?あ、いや、その……」 「怒らないから、教えて」 「あ、うん。その、一回だけ」 「そう」 「ごめん……」 「いいの。でももう、わたし以外とはしないで」 「うん、もちろん」 「わたしもう、碇くんがいなきゃ、だめだから……」 少しだけ寂しそうに、レイが溜息とも声ともつかない息を漏らす。 「大丈夫。僕は綾波のためなら、なんでもするよ。それにね」 「ん……?」 「僕も綾波がいなきゃ、だめなんだ……」 少し強引に力をこめ、シンジがレイを抱き寄せると、レイはシンジのほうに倒れこんだ。水色のソ ファが軽くきしみ、レイがシンジに覆いかぶさるような形になる。 「大好きだ、綾波」 その言葉に、レイの顔が紅くなる。付き合い始めて長くなるのに、未だこういったスキンシップに 弱い彼女の初々しさが、シンジは好きだった。 「わたしも……好き」 「うん」
言いようのない幸福感。シンジの匂いとレイの匂いが溶け合う。眠気にも似たそれが、二人を包ん だ。
「僕さ、そんなに頭もよくないし、運動だって得意じゃないけど……でも、綾波を好きな気持ちは、誰にも負けないから」 「嬉しい……」
何もいらないと思った。彼の胸に抱かれてさえいれば、それ以外何もいらなかった。レイは人の温 もりをまるで知らなかった。誰かと触れ合うことは、レイにとって定期的な診察しかなかった。彼に 会うまでは、誰とも関わりを持とうとしかなかった。愛を持った体温は、レイにとってシンジ以外あ り得なかった。今では時折、クラスメートから想いを告げられることもある。しかし、シンジ以外に 魅力を感じることはなかった。当然、全て断った。初めて温もりを教えてくれた彼に勝るものなど、 この世にあるはずがない。二人だけの時間は、そんな彼を独占できる、レイの宝物だった。
「碇くん、重くない?」 「ないよ。綾波は軽いもんね。すごく細い。胸は大きいけど」 「えっち……」 くすくすと笑うシンジに少し悔しくなったレイは、シンジのわき腹を指でつねった。いたた、とシ ンジがわざとらしい声を上げる。
「ほら」 「え……きゃんっ」 胸をつつかれ、レイが高い声を上げる。真っ赤になった顔で、シンジを睨んだ。 「仮にも男の上に乗ってるんだから、このくらい妥協して欲しいな」 「……けだもの」 「褒め言葉だと思っておくよ」 くっくっくとシンジがまた笑う。笑顔が見られただけでまあいいかと思ってしまう辺り、自分も甘 いのかもしれない。
ふう、とシンジが息を吐く。急に訪れた静寂。窓から静かに蝉時雨がしみ込んでいた。とく、とく、 というシンジの鼓動がレイの耳に妙に大きく響いた。
「綾波……」 「なに?」 「今まで、綾波に辛いことばっかりさせてきたけど、これからは僕が、綾波を護るから。だから……」 「うん……」 「頼りないかも、しれないけど――」 「そんなことない。わたしにとっては、碇くんがすべてだから……」 「綾波」 「碇くんだけ私の側にいてくれれば、わたし、すごく幸せだから……」
「……もし、僕がいることが幸せなら、これだけは約束する。絶対、幸せにするよ。綾波。どんなこ とがあっても、君と一緒にいる。離さない……!」 「碇くん……」 背中をきつく抱き締められる。圧迫感で少し苦しい。それがよかった。彼を独占したい。そしてそ れ以上に、彼に独占されたい。世界と彼、もし天秤にかけるのであれば、答えは一つしかなかった。 それくらいに、彼はかけがえのないものだった。 「今日はずっと、こうしてようか」 「うん、そうしたい……」 背中をさすられ、急激に眠気がこみ上げてくる。安らかな眠気の海に落ちていく寸前最後にレイが 見たものは、優しいシンジの笑顔と、そしてレイが何よりも欲している、たった一つの言葉だった。
「愛してるよ、綾波…………」
碇くんがいるから、わたしは生きていける。碇くんがいなくなる時、きっとわたしもいなくなる。 それは褒められたことではないのかもしれない。ひとは自立しなければいけないのだから。
それでも、わたしには彼が必要だから。彼が無くてはならないから。
大好きな彼と、わたしはずっと一緒にいたいから
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