Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.27 ) |
- 日時: 2010/08/20 02:00
- 名前: ななし
- 目が覚めた
雨の音がした 時間は朝の5時を過ぎたばかり 起きるにはまだ早い 窓から朝日が差し込んでいる すりガラスの窓を静かに開ける 水色の空と白い雲が見えた 雨は降っていない
でも、確かに聞こえる雨音
耳を澄ませ、外の音を意識して聴く
あぁ、これは蝉
蝉の鳴き声
◇蝉時雨 ななし
日が高く昇った昼下がり、レイが辿りついた場所は新箱根湯本駅だった。 レイは誰もいないホームに入る。 3分後に下りから電車がくる。その電車が去って8分後に今度は上りから電車がくる。レイが待っているのは上りの電車の方であった。 大きな屋根が夏の暑さを遮り涼しい風がなびく。 レイはホームの片隅に淋しく置かれたベンチに近寄ると静かに座り本を読み始めた。レイが読んでいる本は後ろ姿の猫と扉の表紙が印象的な文庫だった。 ホームにアナウンスが流れ下りからの電車がやってきた。到着してドアが開くとまばらに人が降りてくる。レイは本を読み続けた、人の流れに興味なく。 再びアナウンスが流れドアが閉まる。電車は去っていく。 静けさがホームに戻った時、レイはふと顔を上げた。視線を感じた。辺りを見渡すと少し離れた場所で赤い髪の少女が仁王立ちでレイ一人を睨んでいた。
レイは彼女を知っている。彼女はかつての戦友、二番目の子 式波・アスカ・ラングレー
アスカはため息をついた。ようやく気づいたのねと呆れた顔。その表情のままレイに声をかけた。それは棘のある言い方だった。
「バカシンジはまだ起きてないわよ」 「……そう」
レイは理解した。彼女はさっきの下りの電車に乗ってきた。自分がこれから向かう場所へ先に訪れていたのだと。
ネルフは全ての使徒を殲滅し、ゼーレと決別、彼らの陰謀を打ち砕き、今の世界を手に入れた。 LCLの赤い世界ではない。全ての人が望んだ、平和な世界。
だが
碇シンジだけ、あの戦いから目が覚めない
「もう起きないわよ」 「世界の平穏と引き換えに一人の少年が犠牲になった」 「至極上のヒーローよね、カッコいい」 「バカがつく、英雄」 「ムカつく」 「エコヒイキ」 「この世界は碇シンジを捉えて離さない」 「離したら世界は滅びるかもしれない」 「それでも」
アスカは自分の中のどす黒い部分をさらけ出すかのように言葉を吐き出す。
「アンタはシンジを求めるの?」
アスカは碇シンジが怖かった。 自分の存在意義を他人に認めさせる為に、そして自分自身の為にアスカはエリートの道を歩んできた。 エヴァに乗る事、使徒を倒し世界を救う事が自分の使命だと思っていた。 しかし、世界を救ったのは自分ではない。 自分より学力も体力も劣る普通の少年。
だから、怖かった。
碇シンジが目覚める事で、自分の役立たずさが浮き彫りになるのではないだろうか。 実際、そう言い咎める者はいない。今もこれからもそうだろう。 これはアスカの心の問題。自己暗示に近いマイナス思考。誰に相談せず、負の感情を自分の中に押し込める。それがアスカの強さであり、弱さであった。 アスカは毎日病院に行き、シンジが目覚めていない事を確認し安堵する。 しかしその安堵は長く続かず、いつの間にかシンジが目覚めた事により自分の立ち位置が崩れる恐怖で心がいっぱいになる。 あの戦いが終わり人々は平和を手にしたが、アスカは平和ではなく恐怖を身に抱えた。その恐怖と戦う毎日だった。
アスカの声は震えていた。その声でレイはアスカと初めて向き合えた感覚を掴む。 ストレートが自慢の彼女の毛先にくるりと跳ねた寝癖。化粧で誤魔化していたがうっすらと目にクマ。よく見ればアスカは疲れきった、ボロボロの姿であることに今、気づいた。
思った事を言葉にし、意見し、堂々たる『大人』な彼女。 それをを羨ましいとか凄いとか思った事はない。彼女は彼女、私は私。そう思っていた。 でも、今の彼女の心は小さく震えている、怖がっている、助けを求めている。
私に彼女を救えるだろうか。 とレイは考えたがすぐに悩むのはやめた。 救えるかは分からないが自分の中にある言葉を彼女に伝える事にする。 自分の思いと言葉と、そして――――
「この世界が本当に碇君が望んだ世界なら決して滅びない」
他人が傷つくくらいなら自分が傷つく方がいい、自分の存在で世界が壊れるならは自身の消滅を選ぶ。 自分を犠牲に、誰かを救おうとする。
彼のその優しさに私は惹かれた。
「私の代わりはいない、碇君の代わりもいない」
そして彼女の代わりもいない これは私の言葉ではなく彼の言葉 彼がここにいれば、必ず紡ぐだろう言葉
「碇君は消えようとした私に手を差し伸べてくれた。だから私はここにいる」
あの日の事を思い出す。 生きる事を諦めた自分に『代わりはいない』と叫び私に手を差し伸べてくれた。 右手にあの日の熱が再び宿る。彼の手の温かさを思い出す。
「だから、次は私の番」
彼が望む世界に私が存在する。 その私が彼の存在を望む。
帰ってきて
もう一度、私を抱きしめて
自分がこの世界で生きている事を感じて欲しい
『――――3番線に電車が参ります、ご乗車ご注意下さい……』
電車が到着した。 レイは手に持っていた文庫本をカバンにしまいベンチから立つと一番近いドアから電車に乗り込み、後ろを振り向いた。振り向くとアスカが自分と対面するようにドアの前に立っている。 アスカの目はレイを睨んでいなかった。眉間の皺が消え、肩の力が抜けているように見えた。
「…………レイ」 「なに?」
アスカは何かを言おうとした、しかし戸惑った。顎を引き何かを考えている。 意を決して話そうと顔を上げた時、電車のドアが閉まった。 アスカが何かを喋っている。しかし電車の分厚いドアで聞こえない。 レイはドアの窓に手を当てアスカの口の動きを凝視する。アスカの言葉を読み取る。アスカの口の動きに自分の口の動きを重ねた。
アスカの言葉を読み取れたレイに胸から何かが湧き上がった。 それはとても暖かで、くすぐったい新しい感情。 その言葉にレイは優しい眼差しでアスカを見つめ頷いた。
2人を違いさせながら電車は動き出す。 しかし、彼女達の心は違えていない。 その感情は2人の心に確かに残っていた。
◇
新箱根湯本駅から5つ目の無人の駅でレイは電車を降りた。駅を出たレイは北へと伸びる田舎道を歩く。 歩く道から見えるのは青々と生えてる一面の稲穂。西の山は何かに抉られたかのように欠けていた、昔のエヴァでの戦闘の名残。 駅が見えなくなり、目的地もまだ見えない中間地点。レイの靴の底が熱くなっていた。アスファルトから伝わる暑さ。レイの額や頬に汗が流れおちる。 レイは立ち止まりカバンから少し大きめのタオルを取り出すと頭を覆うように被った。次に赤い水筒を取り出し水分補給をする。 コップ一杯の水を飲みきり水筒をカバンにしまうとレイはタオルで汗を拭いながら再び歩き始めた。
タオルで軽く外部の音を遮断しても、耳に聞こえる蝉の声。空高く鳴り響く、鳴り響く。
レイが辿りついた場所は病院だった。自動ドアを開けると冷房の風が彼女を出迎える。冷房の風と共に病院独特の匂いが鼻に沁みた。 最初は心地よかった冷気の風だったが、エレベーターを使い3階に登った時には体が冷え鳥肌が立つ。レイは先程まで頭に被せていたタオルを首元へと下ろし腕を擦りながら廊下を歩く。 少し広いロビーへたどり着くと女性が2人話していた。レイは彼女らが誰なのかすぐ分かった。自分の上司である赤木リツコと葛城ミサト。
「レイ」 「赤木博士、葛城二佐」
挨拶をするか迷った時、レイの存在に気づいたリツコから先に声をかけられた。レイは2人の名を呼びぺこりとお辞儀する。
「毎日ご苦労様」 「今日は熱中症対策してきたの?」 「……タオルを」
レイは自分の首にかかっているタオルを2人に見せた。
「結局それにしたんだ」 「日傘の方がいいんじゃないかしら」
レイは首を振り、これでいいと表現した。
数日前、レイはぎらぎら照りつける真夏日に病院まで歩いてきて、倒れた。 医者から熱中症と診断され、点滴を打ちながら1日の入院を余儀なくされる。 見舞いに来て患者になるなんて本末転倒。 レイは同じ事を繰り返さないよう熱中症対策を考え、見舞いに来る際はタオルと冷たい水が入った水筒を用意することに決めた。帽子や日傘も考えた。でも、病院に入った後の冷房の寒さを凌ぐにはタオルが一番ちょうど良かった。
レイが2人にシンジの容態を聞こうと思った時、気づいた。葛城ミサトの目が赤く充血し、目元にクマがある事に。そういえばアスカの目の下にもクマがあったと思い出す。
「じゃ、リツコ。あと宜しく」 「えぇ、貴女も無理しないでね」
またね、レイ。と声をかけレイが来た道を辿っていくミサト。彼女の後姿を見つめるレイとリツコ。 蝉の声が聞こえた。外で聞いた時より、大きく聞こえる。まるでミサトの去り際を見送っているかのように。 エレベータに乗る前にミサトはこちらを見て手を振った。レイはその姿を黙って見つめ、リツコは合わせるように手を振った。 レイはミサトの姿が見えなくなると窓の外へと視線を移した。大きな木からの枝葉が見えた。緑の葉が綺麗に生い茂っている。
「どうしたの?」 「今日は蝉の声がよく聞こえるんです」 「もしかしたら秋が近いのかもしれないわ」 「秋?」 「夏の次の季節」
最後の戦い、そしてサードインパクトで地球の軸はセカンドインパクト前に戻った 暦どおりではないがもうすぐ長かった夏が終わる 涼しくなって周りの色が変わる 緑色が赤や黄色に染まり、葉が散る それが、秋
「蝉達が秋を招く、音」 「そうよ。自分達の命と引き換えに」 「寂しくて、切ない」 「………………」 「だからその先にある知らない季節が尊く感じます」
そのレイの言葉にリツコは目を大きく開き驚いた。そして微笑んだ。彼女の成長を心から喜び、微笑んだ。彼女は生きている、生きることに希望を持っている。生まれたばかりの彼女には決してなかった感情だった。
「赤木さん」
奥の通路から白衣を着た医師がやってきた。リツコは医師の呼びかけに振り向く。
「303号室の子の脳波の変化が見られました」 「変化?」 「はい」
医師が歩いてきた通路の奥、303号室に碇シンジは眠っている。 医師の説明によると今までのシンジの脳波は深い眠り状態であった。が、先程確認したら浅い眠り状態に変化したとの事だった。
「もうすぐ目が覚めるかもしれません」
その言葉にいち早く反応したのはレイだった。
「赤木博士」
リツコは医師に聞いた。病室に入ってもよいかと。医師は『くれぐれも過激な行動ではなく優しく彼を呼びかけてください』と注意を1つして許可してくれた。
「レイ、シンジ君をお願い」
レイは小さく頷くと医師を横切りシンジが眠る病室へと歩いていく。その足取りは今までの中で一番早かった。
病室に入るとまず聞こえたのが心拍数や血圧を表示する規則正しい機械の音。 次に蝉の声。気づけばカーテンが開いていた。空気の入れ替えで看護士が開けていったのだろう。沢山の蝉達が一斉に鳴き立てている、不協和音。 レイはシンジが眠るベットに近づく。 久々に見るシンジは酷くやせ細って白かった。 生きているのか死んでいるのか分からない。 点滴に繋がれた、布団がかかっていない右腕。点滴の雫がぽたりぽたりと落ちる。 レイはシンジの右側に立ち、跪く。そして恐る恐るシンジの右手をそっと握る。 暖かなぬくもり、シンジが生きていることに安堵した。そして涙した。
蝉の鳴き声はレイが聞いた中で今日一番の大合唱。彼の目覚めを促す音になるべく高らかに歌っているのかもしれない。
「碇君」
自分の右手とシンジの右手を繋いだまま、彼女は語りかける。
「もうすぐ夏が終わるの」
シンジは動かない。レイはゆっくりと語る。
「新しい季節がやってきて、紅葉が見られるの。とっても綺麗な景色だって赤木博士が教えてくれた」
伝わる、シンジのぬくもり。右手をぎゅっと握る。自分の今の気持ちを言葉にする。
「その景色、碇君と一緒に見たい」
その声に答えるかのように微かにだがシンジの右手はレイの右手を優しく握り返した。
◇
あれ、今日ですね。丸九周年おめでとうございます!
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