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[554] サイト開設十周年カウントダウン企画・八月
日時: 2010/07/28 18:30
名前: tamb

月々のお題に沿って適当に書いて投下して頂こうという安易な企画です。作品に対するものは
もちろん、企画全体に対する質問や感想等もこのスレにどうぞ。詳細はこちらをご覧下さい。
http://ayasachi.sweet-tone.net/kikaku/10y_anv_cd/10y_anv_cd.htm

今月のお題は

・蝉時雨
・キスしてください

です。では、どうぞ。
メンテ

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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月 ( No.46 )
日時: 2010/09/07 19:19
名前: tomo

突然に、理不尽に、不可解に。

 ただその気持ちだけが僕の心を支配する。

 あらがうことも、なぜと理由を問うこともできないまま。

 不意に沸き起こったその感情は徐々に、しかし確実に僕のすべてを変えていく。

 まるでそうなることが当然だったかのように。

 僕にとっての唯一の救いなのは。

 僕の心を淡く染めあげるその思いの正体を知ってることだけだった。

 
 そう。


 斜陽によってすべてが赤く染め上げられた世界の中で。

 沁みいるようなひぐらしの鳴き声に包まれて。

 僕は、彼女に恋をした。




 

Title : ひぐらしの鳴く中で
written by tomo







 扉を開けた僕の目に最初に飛び込んできたのは、まばゆいくらいの赤。

 窓から差し込む斜陽が、机もイスも黒板も、教室の中のすべての物を赤く染め上げていた。

 誰もいない教室。赤く染まった夕暮れの世界。

 何と言えばいいのだろう。

 僕はしばらく扉を開けたその姿勢のまま、教室の中をただ見つめている。

 何とも言えない寂寥感が僕を否応なくひきつける。

 それはずいぶんと長い時間だっただろう。

 だから、僕は彼女の存在にそれまで気付かなかったことに驚いた。

 驚いて、そして、気付かなかった理由に思い当たって。
 
 かわりに僕の頭に一つの疑問が生じてくる。
 
 
 「……まだ帰らなかったのか?」


 教室の一番奥の窓際に腰掛ける彼女にかけた僕の言葉は、ひどく間抜けに聞こえたかもしれない。

 けれど、それ以外に僕には彼女にかける言葉が見当たらなかった。


 「……………………」


 赤く彩られた窓の外の景色に視線を向けながら、彼女はただそこに座っていた。

 僕の言葉に返事はなく、返事をする気配すら感じられなかった。


 「……………」


 そんな彼女の態度を見て、僕はそれ以上声をかけるのをやめた。

 誰にだって他人から何も言ってほしくない瞬間がある。

 きっと、彼女にとってはそれが今のこのときなだけ。

 それなら僕は彼女を無視すべきなのだろう。

 無視することがやさしさの表れだとは思いたくはないが。

 僕は黙って自分の席に向かい、机の中から一冊の文庫本を取り出した。

 この一冊のために再び教室に戻ってくるのはいささかためらわれたが、こうやって現実に手にしてしまえば、案外簡単なものだった。

 ここ最近、頻繁に目にしている青色のブックカバーを一瞬だけ見つめ、僕はその本を手にしたカバンの中へとしまいいれた。


 それで僕の目的は果たされた。


 つまりは、もうこの教室にとどまる理由がなくなったわけだ。
 
 なのになぜか僕の足はドアへと向かおうとはしなっかった。

 僕は一瞬だけためらい、振り向いて後方へと視線を向ける。


 そこにあるのは先ほどと変わらぬ姿勢でたたずむ彼女の姿。  


 もともと朱色を帯びた彼女の髪は、夕陽に染められさらに深い憂いを秘めた朱色へと変わっていて。

 窓の外へと向けられた蒼い瞳は、この赤き世界でいったい何を見ているのか。
 
 再び僕が見つめた彼女の姿は、普段とは全く別の存在にすら思えた。


 たとえるなら。


 普段の彼女は太陽のようなもの。

 まばゆくて、きらめいていて、近づきすぎれば眩しくて見つめていられない。

 それでいてその光は人をひきつける。
 

 対して。


 今、僕が目にしている彼女は、まるで夕暮れの斜陽。

 今まさに、はかなく消えゆくがごとく、じっと見つめていなければすぐにでも沈んでしまいそうな、そんな最後の灯。
 
 そう、まさに今この瞬間とまったく同じ雰囲気を彼女はまとっていたのだ。

 同化してしまって、見つけることが出来ないほどに。


 「……何があったんだよ?」


 彼女に近づいて、僕は一言そう告げる。

 彼女に変化はない。 

 あいかわらず、僕の存在など気にはかけていないのだろう。


 「……とりあえず、話すだけでも気分は変わると思うけど?」


 僕は気にせず彼女へと近づく

 もう彼女に係わると決めたのだから。
 

 「……何かあったんだろ?」


 近づけば近づくほど、彼女の拒絶があからさまに目に見てとれるようになる。

 そんなこと関係ないけれど。


 「……返事ぐらいしてくれてもいいんじゃないか。惣流」


 手を伸ばせば届くほどに近づいて、僕は歩みをとめる。

 そのときようやく彼女が僕の方に顔を向ける。

 僕の視線と彼女の視線が交錯して絡み合う。

 彼女の蒼い瞳は、それまで見たことないような光を携えていた。


 「……あんたには関係ないわ、如月」


 ややあって、彼女は一言そう告げる。

 そして視線を僕から外した。

 少し違うが、あらかじめ予想してた範疇の答えが帰ってきて、僕は少しだけ笑いたくなった。


 「あのな、惣流」


 僕は言い含めるように言葉を紡ぐ。


 「僕がそうだと思えば、世の中のすべてのことは僕に関係あることになるんだよ」


 言っている内容が尊大なだけに、せめて口調は慇懃に。

 それがこういうことをいうときの鉄則だと、僕は教わっていた。


 「…………」


 再び彼女は僕へと視線を向ける。

 僕への尊大さへの不満なのか、彼女の瞳にいらだちが宿っている。
 

 「なんでもないからほっといて」


 しかし、それすらも一瞬のこと。

 そう言い放った彼女は、またすぐに視線を外してしまう。


 「……僕の知っている惣流・アスカ・ラングレーという人間は……」


 彼女の態度に構わず僕は続ける。


 「邪魔だと思った人間には、容赦なく邪魔だと言い切れる人間だ。それに……」


 ほんの少しだけ早くなる口調。

 一呼吸置いて僕はその先を述べる。


 「さっきからのお前の態度は、言葉とは裏腹にほっといてくれとはいっていない」


 最後まで言い切って、僕は語るのをやめる。

 沁みいるようなひぐらしの鳴き声が、一段と大きく聞こえてくる。
 
 やがて。

 彼女は、一瞬だけ自嘲気味に笑って、また、僕に視線を向けた。


 「……さすが、プロファイラーはなんでもお見通しなのね」


 どうやら、僕は彼女の関心の中に入り込むことができたようだった。


 「別に、こんなことちょっと察しのいい奴ならすぐにわかるさ」

 「……そう?」

 「そうだよ。第一、プロファイラーは僕の親父であって、僕はただの高校生だ」

 「……そう、そうだったわね」


 スッと彼女が立ち上がり、一つ大きな伸びをする。

 それはしばらく動かすことを忘れていた関節が一つ一つの動きを思い出しているかのような動作だった。

 きっと彼女はずいぶんと長い間この場所にいたのだろう。

 
 「で、察しがいいプロファイラーの卵は、あたしに何があったとおもっているわけ?」


 しばらく体を動かした後、彼女は僕に尋ねてくる。

 明らかに僕を試している口調。

  
 「質問を質問で返すなよ」   

 「答えないなら、あたしも何も言わないわよ?」


 たぶんそれは事実なのだろう。 

 何というか、どこまでいっても、彼女は一筋縄ではいかない人物なようだ。


 「…………」

 「……答えられないわけ?」

 「……ちょっとは考えさせろ」

 「……はいはい」


 言って彼女は笑みを見せている。

 何が楽しいのかわからないが、ま、笑えるというのは悪いことじゃない。

 そんなことを頭の片隅で思いつつ、僕は最近の彼女の行動を思い出しながら、原因を探ってみる。


 ……………………………………


 誰もしゃべらない教室にひぐらしの鳴き声だけがこだまする。

 しばしの時間が経過して。

 僕は口を開いた。


 「……先に言っておくが、正式なプロファイラーでも人の心を読むなんて芸当はできないぞ」

 「先に泣き言から言うなんて、かっこ悪いわよ?」


 そういう問題ではないのだが。


 「プロファイラーは、状況から統計的に相手の性質を読むに過ぎないんだから」

 「……はいはい。それで?」 


 あくまで先を促す彼女。


 「……たぶん、大元の原因は、碇と綾波だろ?」

 「…………どうして?」


 誰だって自分の心をしられるのは嫌悪感が伴うはず。それなのに平静でいられるのは彼女強さの証とみるべきか。


 「それまでお前らは三人で下校していた。なのにここ最近は、碇と綾波が二人で帰ることが多い気がする。お前と碇は一緒に住んでいるにも関わらず、だ」


 もちろん、これはあくまで僕が見かけた範囲の話だが。


 「それに、お前、最近の昼飯は学食だろ? 今までは弁当持参だったのに」


 彼女のそれまでの弁当はたぶん碇が作ってきたもののはずだ。確証は全くないが、碇の料理上手は有名だし、彼女に弁当を自分で作るイメージはない。


 「ま、後は雰囲気だな。碇と綾波がの雰囲気は、これまでと微妙に違う。こればっかりはうまく言葉にできないけどな」

 「……それで?」

 「あいつら二人付き合うことになったんだろ?」


 この結論については、僕の中で確信があった。

 いつも身近にいる二人が付き合っているかどうかを見抜くぐらいの力なら、今の僕にもある。


 「……だから?」


 対して、ここから先の結論には全く自信がなかった。
 
 できればここまででやめておきたかったが、それは彼女が許してくれないだろう。


 「……親友だった二人が付き合って、惣流、お前、さびしいんじゃないか?」


 あらためて口にすると、その結論はひどく馬鹿げているように感じられた。
 
 さびしいなんて、普段の彼女からすれば、およそ縁遠い感情だ。

 ただ、一方で、さっきまで見た彼女の印象からは、「さびしい」という感情を真っ先に思い浮かべるし、統計的にも、彼女のような立場におかれた女性がさびしいと思うことはよくありうることでもある。
 
 とはいえ、何らかの結論に確信が持てるほど、僕は彼女のことをしらない。

 プロファイリング的にいえば、対象の情報が決定的に不足しているのだ。

  
 「………………」


 彼女は黙っていた。

 沈黙が肯定を意味することもある。

 この沈黙は肯定なのか、それとも、否定か。

 鼓動が早くなるのがわかった。


 「……たいしたものね」


 体感的にはひどく長く感じられた時間が経過して、彼女は口を開く。


 「……何が?」

 「……妄想もここまでくれば本物ってことよ」


 いって彼女は笑った。
 
 それは今までに見たことのない種類の笑顔だった。

 
 「……妄想じゃなくて統計的見地から導き出される推論」

 「そう卑下しなくてもいいわよ。当たっているところもあるし」

 「碇と綾波が付き合っているってとこだろ」

 「そう。それに関してはほめてあげるわ」

 「別にそんなのうれしくもなんともない」  


 思っていることと微妙に違うことをつぶやきながら、僕もまだまだだなと改めて自覚する。

 相変わらず彼女は笑みを浮かべている。
 
 何がそんなに楽しいのかわからないが、その笑みは、僕を妙にひきつけた。

 彼女の笑みをこんなに間近でこんなにはっきりと見たのは、たぶん、はじめてだったろう。

  
 「さて」


 ひとしきり笑ったあと彼女はクルリと踵を返す。

 思わず、どこに行くと口走りそうになってやめる。

 どうやら彼女はようやく帰ることにしたようだ。

 自分の席に戻り、カバンを携えて。
 
 不意に彼女はこちらを振り返った。

 
 「ねえ、最後に聞いていい?」

 「……なんだよ」


 ふわふわとまだ浮ついた気持ちを引きずって。

 俺はぶっきらぼうに答えてしまう。


 「仮に……仮に、あたしがさびしがっていたとして、あんたはあたしになんていうつもりだったわけ?」


 彼女の問いを耳にして、俺は改めて思い直すことになる。

 さっきまでの彼女の行動の意味を。

 同時に、今ここで、答えるべき答えについて考える。

 それは意外と早く見つけることができた。 
 

 「……決まってんだろ」

 「何?」

 「別にさびしがったっていい。お前にはさびしがる権利がある。二人はお前の大事な親友だから」

 「……それだけ?」

 「ああ」

 「なんだか拍子抜けするくらいあっさりね」


 言葉とは裏腹に、彼女に落胆する様子は見られなかった。

 かわりにすっと彼女が近づいてくる。


 「……!?」

 不意に自分のパーソナルスペースを侵されて、思わず緊張してしまう。

 今や、彼女の唇は、望めば触れることができるくらい近くにあった。


 「…………」 
 
 俺自身の動揺が彼女に伝わっているのかどうか。

 彼女はゆっくりと唇を動かす。



 あ



 り



 が



 と



 う
 
  
 それは音を伴わない彼女の心の声。

 俺がその声の意味を認識できたとき、彼女は一瞬だけほほ笑んだ。


 それをみて、僕の中の何かがはじける音がした。

 
 


 


 
 突然に、理不尽に、不可解に。

 それは僕の心を支配する。

 自分自身ではどうしようもないその感情は、確実に僕のすべてを変えていった。

 はかなく消えゆく刹那の輝きに照らされて。

 遠くなりつつあるひぐらしの鳴き声を惜しみながら。

 僕は、彼女に恋をした。

 
 
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