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サイト開設十周年カウントダウン企画・九月
日時: 2010/09/02 05:15
名前: tamb

月々のお題に沿って適当に書いて投下して頂こうという安易な企画です。作品に対するものは
もちろん、企画全体に対する質問や感想等もこのスレにどうぞ。詳細はこちらをご覧下さい。
http://ayasachi.sweet-tone.net/kikaku/10y_anv_cd/10y_anv_cd.htm

今月のお題は

・ごはんがおいしすぎて
・空の高さは
・Higher

です。
八月の企画、1111111ヒット記念企画も鋭意継続中、十月中には、インフォシークiswebライト
のサービス終了に伴う雑談掲示板「新・「綾波レイの幸せ」掲示板 二人目」移転記念企画も
ありますので(あるのか?)そちらもよろしくお願いします。

では、どうぞ。
メンテ

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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.23 )
日時: 2010/11/18 06:36
名前: tamb

■彼方へ/何処
( No.22 )

 普通に難しい。冒頭に出てくる金髪の少女はキヨコかなと思ったけど、よくわからん。
 中盤までの狂気は鬼気迫るものがあるので、それで押し通した方が良かったんじゃないだろ
うか。サイズ的に。要するにこのシンジを許すのは難しいと感じたのだった。

 巡音ルカは悪くない。いろいろあるんですなー。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.24 )
日時: 2010/11/26 23:10
名前: tamb


*****青くどこまでも高い空に*****

 おれはネルフでメカニックをやってたんだ、と男は語りはじめた。

 エンジニアじゃない、メカニックだ。そこは間違えてくれるなよ。

 子供の頃から機械いじりが好きでね、それで自動車整備工場に就職したんだよ。それなりに
充実した日々だったが、そこへセカンドインパクトだ。一週間後には東京に何とかって爆弾ま
で投下されちまって、会社は消えたよ。文字通り消えたんだ。
 当然おれも失業者の仲間入りだ。命があっただけ儲けもんだとは思ったけどな。
 それからいろんな仕事をしたよ。生きるためにな。街には失業者があふれていたし、仕事を
選んでる余裕なんてあるわけはない。文句なんか言おうもんなら嫌なら辞めろって即クビだよ。
そういう時代だったんだ。
 車の絶対数が減ってたし、車をいじる仕事なんか夢のまた夢だった。でも夢は捨てたくなか
ったからな、暇を見つけてはハロワに通ってたよ。たとえ可能性がゼロでも、人は希望がない
と生きてはいけない。そうだろう? 失意の日々でも無理して希望を見つけてたんだ。ハロワ
に通うことで逃げていたのかもしれないけどな。自分の人生を正面から見つめることから。
 そこにゲヒルンってとこから声がかかったんだ。有頂天になったね。応募したんじゃない、
声がかかったんだぜ。腕のいいメカニックが欲しいってね。見てる奴は見てる、神様はいるん
だって思ったよ。守秘義務に関する誓約書みたいなものを書かされたけど、そんなのはどうで
も良かった。ろくすっぽ読みもせずサインしたさ。機械がいじれるなら何でも良かったんだよ。

 後でわかったんだが、腕のいいメカニックじゃなくて勘のいいメカニックを探してたらしい。
冷静に考えればおれより優れたメカニックなんて掃いて捨てるほどいる。腕でおれが選ばれた
とは考えにくい。だが勘は確かにいいと自分でも思う。学校のどうでもいい試験なんてほとん
ど勘で乗り切ったようなもんだ。失業してる時にボランティアやってて、結果的に勘が冴えて
人の命を助け、新聞に載ったこともあった。どこからかそういう情報を手に入れたんだろうな、
奴らは。

 おれが入ってしばらくして、ゲヒルンはネルフって名前に変わった。ゲヒルンにしてもネル
フにしても、それは会社じゃなかった。組織だったんだ。ゲヒルンに至っては非公開組織だ。
 そしておれがいじるのは車じゃなかった。正確にいえば機械ですらなかった。汎用人型決戦
兵器、人造人間エヴァンゲリオンってやつだ。いったいなんなんだと思ったよ。そりゃ誰でも
そう思うだろう。
 要するに、使徒とかいう敵が攻めてくるからエヴァで戦うってことらしかった。正気とは思
えなかったね。素人を騙す大規模なドッキリ企画かと思ったよ。まあそうじゃなかったんだが
な。奴らは正気で、しかも本気だった。そういう奴らが一番手に負えないんだがな。
 その使徒って敵が使うA.T.フィールドとかいうバリアみたいなのに対抗するには純然たる機
械、つまり戦車みたいなのじゃダメで、NN系の兵器でもダメで、エヴァでやるしかないって話
だった。そのエヴァの肝心の動作原理がはっきりしないってのが何とも情けなかったけど、お
れたちはとにかくやった。やるしかなかったからな。勘がいい奴を探してるっていうのはこう
いうことかって、その時にようやくわかったよ。よくわからんものを何とかしないといけない
んだからな。ある程度以上のところは勘でやるしかない。

 実際に使徒って奴が攻めて来てからというもの、おれたちはほとんど寝る暇もなかったな。
修理に次ぐ修理、改修に次ぐ改修だ。
 おれたちもそうだが、生体部品を担当してるチームも悲惨だった。スペアパーツなんかほと
んどないんだよ。どうするかっていうと、詳しくはもっと難しいのかもしれんけど、要するに
抗生物質入りの軟膏を擦り込んで、傷口を縫って、包帯を巻くんだよ。あとは自然治癒にまか
せるんだ。さすがにおれたちも笑ったけど、生体部品班の奴らも半笑いだったよ。あいつらは
基本的に医者なんだが、まさかこんなでっかいのを治療することになるとは夢にも思っていな
かっただろう。
 例えば傷口の大きさだって半端じゃない。エヴァにエヴァの傷を縫わせるってアイディアも
でたけど、おれたちにエヴァの操縦はできないし、パイロットの子供たちに傷は縫えない。結
局、おれたち機械班がマニピュレーターを作ったよ。エヴァ手術用のね。そのうちにでっかい
注射器やメスや鉗子が出来てきて、そっちはようやく何とかなった。現場を見ると漫画かと思
うけどな。

 戦闘後のエヴァの装甲を調べてみると、もの凄い負荷がかかってるのがわかった。これは使
徒の攻撃だけによるもんじゃないなって意見でおれたちは一致した。エヴァの持つ本来のパワ
ーを、何らかの理由で封じ込める必要があったんだ。意味がわからなかった。課長に聞いてみ
たが、それを知らせる権限は与えられていないと来たもんだ。自分も知らされていないんだな
ってピンと来たよ。
 それでおれたちは赤木博士に直接交渉したよ。理由を教えてくれ、そうでないとまともな修
理はできないってな。博士は、おれたちがエヴァの装甲が単なる装甲じゃないってことを見抜
いたのに驚いたようだった。全てを明かすことはできないけれど、と前置きしてから博士は言
った。全パワーを開放するとセカンドインパクトの再来、つまりサードインパクトが起こりか
ねないってな。
 全く新しい合金が必要だった。それは開発局の連中に任せるとして、おれたちは応急的な処
置を考える必要があった。結局、さして固くないが粘りのある金属を内側に、そこそこ固くそ
こそこ粘る金属を中間に、そしてひたすら固い金属を外側にするっていう三弾構えを考えた。
間にはカーボンナノチューブシートを向きを変えながら分厚く巻き付ける。カーボンナノチュ
ーブは引っ張り強度ならダイヤモンド以上だからな。それを計1万2千枚重ねるんだ。
 課長に打診したが、前例がないとか何とか言って書類を受け取ろうともしない。こいつは本
当に無能なんだよ。おそらくどっかの役所から天下ってきたんだろうな。事なかれ主義って奴
だ。
 で、またも赤木博士に交渉したよ。何も言わずに受け取ってくれた。それから24時間後には
ゴーサインがでたんだ。燃えたね。やってやるって思ったよ。零号機の色が変わったのにはそ
んな経緯があったんだよな。
 赤木リツコにしても、葛城ミサトも加持リョウジも一流大学を出た本物のエリートで、おれ
たちはどう逆立ちしたってああいう場所には行けないけど(街のお巡りさんが警察庁長官にな
れないみたいなもんだ。そもそも採用区分が違うんだからな)、話のわかる奴はいるもんだっ
て思ったよ。同じエリートでも課長とは人間の出来が違う。

 もちろん、おれたちのモチベーションには子供たちの存在があった。本当なら前線にはおれ
たちみたいな大人が立つべきで、子供たちは後方支援に回るかせめて安全な基地の中でなんか
の遠隔操作をしてればいいんだと思う。子供たちに守ってもらおうなんて問題外だ。だがそう
はいかなかった。使徒にはエヴァでなければ歯が立たず、エヴァは子供たちが直接乗り込まな
いと動かなかったんだからな。だからおれたちにできるのはエヴァの強化だけだった。

 パイロットの子供たちってのはとんでもないエリート中のエリートで、アスカちゃんはまだ
ほんのガキの頃からパイロットになるための英才教育を受けてたって話だし、レイちゃんはパ
イロットになるために生まれて来たみたいな良くわからない噂もあった。シンジ君に至っては
なんたって司令の息子だ。そもそも生まれが違う。
 だが可愛かったね。まだ中学二年だ。
 おれたちの大半はレイ派とアスカ派に分かれ、ごく少数が中間派だった。ミサト派、リツコ
派、マヤ派なんてのもいたな。少ないとは言えない女性スタッフの多くはシンジ派だった。あ
あいうちょっと気弱な感じの男の子に、女の子は保護欲を刺激されるんだろう。

 余談になるが、おれたち男のスタッフと女性スタッフで付き合ってる奴はいなかった。考え
てみれば当たり前のことなんだが、そもそも女の勘ってのはやたら鋭い。そして女性スタッフ
ってのはおれたちと同様に勘のいい奴が選抜されてる。つまりそもそも勘のいい中から更に選
抜されてるわけで、その勘の凄まじさはほとんど超能力の域にまで達しているのではないかと
思えたよ。それが勘のいいおれたちにはわかるわけだ。女たちも男たちがわかっているという
ことにもの凄い勘で気づいている。一切の隠し事は不可能だ。付き合いが始まっちまえば別な
んだろうが、あの娘はいいなと思い始めた段階で周囲のあらゆる女性に何もかもがバレバレだ
と思うと、想いを行動に移すのは困難だ。男と女ってのは理解しあおうという方向に進むもん
だと思うが、それが鋭い勘を武器にした腹の探り合いからのスタートになるんだからな。

 まあそんなことはいい。話を戻そう。

 アスカちゃんっていう二番目の女の子が弐号機と共に来て、おれたちの忙しさには拍車がか
かった。だってそうだろう? 担当する機体が増えたのに人間の数は変わらなかったんだから。
だが弐号機はさすがにプロダクションモデルだった。実装が曲芸的だったり構造に複雑怪奇な
部分がほとんどなかったんだ。メンテナンス性も考慮されていたよ。おれたちは胸をなでおろ
した。これならなんとかなるってな。もっとも、できなくてもやるしかなかったんだが。
 アスカ派が形成されたのはこの頃だ。余裕が出来たんだな、おれたちにも。機体が増えれば
戦力は上がるんだし、子供たちが生き延びる可能性も上がるってもんだ。
 おれか? もちろんレイ派だよ。あの儚げな雰囲気がたまらなかったね。ほとんど笑顔を見
せないのもいい。だから碇司令に笑顔を見せた時には実験場内がどよめいたよ。あの時はまだ
アスカちゃんはいなかったからアスカ派なんて無かったけど、レイちゃんに関心のないやつら
や女性スタッフまで手を止めてたからな。ま、おれたちがどよめいたことに司令もレイちゃん
も気づいてなかったみたいだったけどな。シンジ君は気づいたのかな?

 アスカちゃんの話だ。なんでも高飛車で高慢なところがあるって噂だったし、美少女すぎて
おれは敬遠してた。なんてったって金髪碧眼だからな。
 弐号機と共に来日してしばらくたったころ、おれたちはアスカちゃんが時々キャットウォー
クからこっちを見てるのに気づいた。おれはどうでもよかったしアスカ派の面々は恐れ多いっ
て感じだったけど、中間派のやつ等が何とも気軽に声を掛けたんだよ。「アスカ、こっち来い
よ」なんてな。呼び捨てだぜ。おれは怒鳴りつけられるんじゃないかとびびったし、アスカ派
の連中もアスカちゃんと言え馬鹿ご機嫌を損ねたらどうするとか小声で怒鳴ってたよ。でもア
スカちゃんは「はい!」とか元気に返事して降りてきたんだよ。「アスカ、スパナ取ってよ」
とか言うと、「スパナってどれ」とか言いながら取ってくれるんだ。可愛かったね。おれもど
こが高飛車で高慢なんだ、噂なんていい加減だなって思ったよ。
 次の日から、つなぎにヘルメットで(作業中は一応それが決まりだったからな)ポットにコ
ーヒーと手作りのクッキーかなんか持って来るようになった。そうするとおれたちは休憩に入
るんだ。クッキーはちょっとばかりしょっぱかったりしたけど、うまかったよ。正直、おれは
泣いたよ。アスカちゃんには「おじさんなに泣いてんの」とか言われたけどな。別におれだけ
のために作ってくれてるわけじゃないってわかってはいたけど、手作りのクッキーなんて食べ
るのは生まれて初めてだったんだ。思いやりってやつを感じたよ。思わずアスカ派に転びそう
になったね。実際、相当数の奴らがアスカ派に転向したよ。

 食堂で遅い晩飯を食ってると、実験だかテストだかを終えた彼女が姿を現す事もあった。ト
レイを持ってあたりを見回して、おれたちの姿を見つけると嬉しそうな顔をするんだよ。で、
こっちに来て座って「男ばっかでむさくるしいから来てやったわよ」なんて言うんだ。可愛い
よな。で、今日はこんなことがあった昨日はあんなことがあった、ファーストのこんな態度が
気に入らないけどこんなとこはちょっと可愛い、バカシンジのあんなとこがムカツクけどあん
なとこはちょっと素敵かも、リツコがどうミサトがどうととにかくよく喋るんだ。おれたちも
笑ったり突っ込んだりしながら聞いてるんだけど、結局淋しかったんだろうなって、今にして
みればそう思うよ。

 そのうち、レイちゃんとシンジ君も連れてくるようになった。シンジ君はおばさん――失礼、
女性のスタッフに取り囲まれて笑顔が完全に固まってたし、レイちゃんはどうしたらいいかわ
からないみたいで、最初はシンジ君にくっついてたけど、おばさんたちに弾き出されてアスカ
ちゃんの後ろに隠れるみたいにしてたよ。アスカちゃんはおれに「おじさん、ファーストのフ
ァンなんでしょ? 連れてきてやったわよ」なんて言ったよ。おれは完全にバレてるなって思
ったけど、みんな娘みたいなもんだから生き延びて幸せになって欲しいんだ、みたいなことを
言ったよ。アスカちゃんは一瞬顔を歪めたけど、おじさんたまにはいいこと言うじゃんって笑
ってた。でもちょっと泣いてたな。
 おれたちもそうだけど、たぶんあの子たちも幸せに生きていくっていうことが現実として感
じられなかったんだと思う。目の前の闘いに対処するので精一杯だったからな。その日その日
を暮らしていくだけで、今日と違う明日が今日の続きにあるなんて考えられなかったんだ。

 みんなで写真を撮ったのもこの頃だった。そういうアイディアを出すのはいつもアスカちゃ
んだ。その日は司令も副司令もいなくて、葛城さんは非番、赤木博士は徹夜明けで帰ったばか
りだった。アスカちゃんはおれたちにリクエストを求めて、結局プラグスーツに着替えようか
ってことになった。闘いが終わったらプラグスーツなんて着ることもなくなるんだから、平和
な時代から今を振り返ってあの頃は辛かったねって笑い合えるようにってね。おれたちは勝手
にエヴァを移動して三体並べた。完全な越権行為で、バレたら始末書じゃ済まないが、そんな
ことは知ったことじゃなかったね。
 三体のエヴァを背景におれたちがずらりと並び、最前列には子供たち三人だ。シンジ君が真
ん中で、左右にアスカちゃんとレイちゃん。シンジ君は両手に花だななんて言われて顔を赤く
してたよ。

 でもそんな束の間の平和も長くは続かなかった。零号機は自爆し、九死に一生を得たレイち
ゃんはまるで別人のようになっていた。アスカちゃんも使徒の精神攻撃が元でシンクロ率が低
下したまま戻らず、結局入院してしまった。おれたちは見舞いに行くことも許されなかった。
せめてとみんなで花束を山のように買って贈ったけど、それも届けられなかったみたいだった。

 そこに戦自の突入だ。なんなんだと思ったよ。子供たちは、そしておれたちだって、お前ら
みんなを守るために命を賭けてたんじゃなかったのか。何かの間違いだと思ったよ。
 でもそうじゃなかった。アスカちゃんが弐号機に乗せられて地底湖に隠され、ロストしたレ
イちゃんと自己を失いつつあるシンジ君を守るために必死になってるって情報が断片的に入っ
て来て、もう信じるしかなかった。
 非戦闘員の白兵戦は極力避けろなんていう命令が入ったけど、冗談じゃない。おれたちは動
ける。そして大人だ。もう人類なんて知ったこっちゃない。子供たちを守る、それだけの理由
でおれたちは走った。
 だが相手はプロ、こっちはしょせんメカニックで戦闘は素人だ。月に一度のおざなりみたい
な訓練で扱った程度のサブマシンガンなんか撃ったってあたるわけがない。必死で応戦しなが
らも後退するしかなかった。
 だれかが「パレットガンだ!」と叫んだ。そうだ、おれたちにエヴァは扱えないが、武器な
らあった。とんでもなく強力な武器だ。人間が直接扱える代物じゃないが、おれたちには手術
用のマニュピレーターがある。
 おれにやらせろって、生体部品班の奴が叫んだ。そいつは筋金入りのアスカファンで、ひ弱
な奴だったがマニュピレーターの扱いに関しては超一流だった。おれたちは格納庫に走り、マ
ニュピレーターをキャリアに乗せて、パレットガンを積んで前線に戻った。
 戦自の奴らはでっかいパレットガンを見て慌ててたよ。おれたちにはもう人を殺すんだって
意識はなかった。そのアスカファンの奴はろくすっぽ狙いもせずに撃ちまくったよ。地獄のよ
うな轟音と振動で失神しそうになったが、戦自は一目散に退却だ。奴は「やったぜ」とマニュ
ピレーターの上で歯をむき出して笑ったが、次の瞬間には眉間を撃ち抜かれていた。退却なん
て見せかけだったんだな。もちろんパレットガンはそれなりの損害を与えたはずだが、やっぱ
り奴らはプロなんだ。
 おれは死んだ仲間を押しのけてマニュピレーターに取り付いたが、狙いをつける間もなくス
タングレネードを投げ込まれた。音響閃光手榴弾ってやつだ。おれたちは凄まじい閃光と轟音
に目も耳も麻痺させられ、棒立ちになったところを撃たれた。おれも右肩と左足を打ち抜かれ
て気を失ったよ。戦自の濃密な弾幕に包まれても即死しなかったのは、おれがパレットガンの
影になっていたからだと思う。運が良かったんだな。

 地震みたいな振動でおれは意識を取り戻した。戦自の奴らはもういなかった。撃たれたとこ
ろはめちゃくちゃ痛かったけど、弾は貫通してたみたいだし、出血も激しかったけど動脈はそ
れてたみたいだった。戦自の使ってた弾は恐らく被甲弾だったんだろう。ハーグ何とか条約っ
てのを守ってるってわけだ。ホローポイントだったら背中にすりばちみたいな射出口を残して
まず即死だ。まあこっちのパレットガンは劣化ウラン弾なんだけどな。
 やっとの思いで上半身を起こしあたりを見ると、仲間が死んでたよ。つい何日か前まではみ
んなで写真を撮ったり笑い合ってた仲間だ。もうみんな口もきけないし笑うこともできない。
これが戦争なんだって思ったよ。命の奪い合いだ。でも敵は使徒じゃない。同じ人間なんだ。
たしかにおれたちは生き延びるとは思ってなかった。でも同じ人間に殺されるとも思ってなか
った。
 でも、とおれはもう一度思った。おれたちも人を殺した。パレットガンで、戦自の人間を。
 おれは地上を目指し、痛む足を引きずって歩き出した。子供たちに戦自の人間を相手にでき
るだろうか。アスカちゃんならためらいなくやるだろう。あの子はそういう子だし、それは正
しい行動だ。それでもおれは彼女を止めたかった。アスカちゃんが手を汚す必要なんかないん
だよ。責任はおれたち大人が取らなきゃいけない。最後の最後で互いに争うような人間なんて
生きるに値しないのかもしれない。でも子供たちは違う。子供たちには未来がなければいけな
いんだ。
 地上は果てしなく遠かった。おれは一歩ずつ階段を昇り続ける。薄れてそうな意識を必死に
奮い立たせる。長くは持たないことはわかっていた。でも一歩ずつでも歩き続ければ前に進む
ことができる。それはまだ生きているということだ。そうだろう?
 意識が混濁し、目的と手段が混乱しているのはわかっていた。それでもおれは歩みを止める
つもりはなかった。
 そしておれは最後のゲートを渾身の力で押し開き、地上にたどり着いた。だがそこまでだっ
た。おれは力尽き、そのまま倒れこんだ。でもここまで来たんだ。
 アスカちゃん、レイちゃん、シンジ君、おれの姿が見えるかい? ようやくここまで来たぜ?

 おれは最後の力であおむけに転がった。

 空がとてつもなく高い。考えてみれば、もう何ヶ月も地上に出たことなんてなかった。ずっ
とジオフロントの作られた天井ばかり見て暮らしてきた。本物の青空が高いのは当たり前だ。
でもこんなに高いなんて思わなかったな。なあ、見てみろよ。空が高いってのは、こんなに素
敵なことなんだぜ。
 ……レイちゃんじゃないか。無事だったんだな。良かったよ。本当に良かった。
 なあレイちゃん。おれは、おれたちが君たちのために何かできたなんて思わないよ。でもひ
とつだけ聞かせてくれ。幸せになれそうかい?

 還る? いや、いいよ。やることはやったつもりだ。できることは、と言うべきかな。思い
残すことはないよ。……いや、ひとつだけあるな。葛城ミサトの乗ってたオリジナルのガソリ
ンエンジン、左ハンドルのルノーA310をいじってみたかったよ。あれのメンテにはちょっとし
たコツがあるんだぜ……。


 男の話はそれで終わりだった。男の魂は沈黙し、もう何も語ることはなかった。
 ぼくはため息をついて男の魂をなで、目を閉じた。

「ラミちゃん、なにうるうるしてんの?」
「う、うるうるなんかしてないよ」

 イロウル君のからかうような声にぼくはあわてて反論した。

「あと三日で全部終わらせないといけないんだ。感傷に浸ってる暇はないよ?」
「わかってるってば」
「でもいいよな。ラミちゃんたちは哺乳類担当でさ」

 イロウル君は微生物担当で、何を言っているのかわかりにくいっていつもこぼしていた。
 ぼくたち使徒――正しい意味での神の使いの今の仕事は、あらゆる生物の意向を聞き取り、
それを叶えることだった。つまり、還るのかどうか。
 あと三日で全てを終わらせる。それが神様たちの命令だったんだ。絶望的な仕事量だけど、
がんばるしかない。

「せめて手伝ってくれないかなあ、神様たち。ちょっとだけでも」

 水中生物一般を担当しているガギエル君がぼやく。

「無理だよ。人間として生きるための準備で忙しいんだから」

 鳥類担当のアラエル君が諦めたように言う。ぼくたちの神様たちは、しばらくは人間として
生き、その寿命が来たら神様としての仕事をするって言ってる。そのくらいのわがままはしょ
うがないかなって思う。だって、神様だし。

「それにしてもよぉ、タブリスの野郎は何やってんだよ?」

 一番口の悪いレリエル君が言う。

「たまたまヒトの姿してるからって、仕事もしないでアスカ様といちゃいちゃしやがってよ。
許せねぇぜ」
「みんな、頑張ってる?」
「あっ、アスカ様!」

 ぼくたちの神様たち――アスカ様、レイ様、シンジ様と、自分も神様みたいな態度のタブリ
ス君が来た。ぼくたちは姿勢を正したけれど、タブリス君の態度にはちょっとむっとなった。

「ラミちゃん、調子はどう?」
「はい。大丈夫です」

 アスカ様がぼくの方に来て声を掛けてくれた。アスカ様とぼくは直接の出会いがなかったか
ら、ぼくはちょっと緊張する。アスカ様もそれを知っていて、ぼくを気にかけてくれる。

「無理しないでね」
「ありがとうございます」

 優しい言葉にぼくは感動した。

「あ、このひと……」

 アスカ様はぼくがさっきまで話を聞いていた人の魂を見て驚いたような声を出した。

「ファースト、シンジ、ちょっと来て」

 アスカ様はその魂の名を言って二人を呼んだ。

「どうするって言ってるの?」
「はい。ガフの部屋に……」
「そう……」

 ぼくは出来たばかりのレポートをアスカ様に提出した。アスカ様はレポートを読み、顔を伏
せてレイ様に回した。うつむいていて良くわからなかったけれど、泣いているのかもしれない
なと思った。レイ様もシンジ様もレポートを読んで押し黙ったままだった。

「大丈夫ですよ」

 だからぼくはそう言った。

「きっと幸せになれます」
「ありがとう」

 レイ様が小さな声でそう言った。
 ありがとう。なんて素敵な言葉なんだろう。
 ぼくは他の魂たちにしているのと同じように、虹の欠片をその魂に添えた。こうしてガフの
部屋に送り出すとその魂は幸せになれるって言い伝えがあったんだ。

「さあみんな、休憩にしましょう! 今日は焼きいもパーティよ!」
「ブラボー!!」

 気を取り直したようなアスカ様の声に、ぼくたちは歓声を上げた。ぼくたちは焼きいもが大
好きなんだ。焼きいもの王道はサツマイモだけど、何人かはジャガイモ好きもいる。ぼくもそ
の一人だ。もちろんバターも欠かせない。見ると、タブリス君は大量のジャガイモとサツマイ
モを持たされていた。荷物持ちってわけだ。そのくらいはしてもらわないとね。もっとも、シ
ンジ様も持たされていたけど。
 とにかくぼくは、神様たちがぼくたちの好みを憶えていてくれたのが嬉しくてしょうがなか
った。

 ぼくたちは芦ノ湖の湖畔に移動し、結界を張った。こうすれば先に還った人間たちからも姿
は見えない。鬼門は湖の方になるようにしたからまず安心だ。

 盛大に焚き火を起こし、シンジ様が野菜スープを作り始める。レイ様が隣で玉ねぎを切りな
がら涙を流している。この二人の神様をみていると心が和む。レイ様の言葉を借りれば、ぽか
ぽかするって感じかな。
 アスカ様はアラエル君の隣に座って、いつものように何やらからかっている。アスカ様はア
ラエル君をからかうのが好きみたいだ。アスカ様らしいといえばらしいし、アラエル君もそれ
を喜んでいるみたいだ。ちょっとマゾっぽいよね。
 タブリス君は愛想笑いを浮かべながらレリエル君と話をしている。なにか言い訳をしている
みたいだ。

 平和だな。ぼくはそう思いながら、寝っころがって空を見上げる。

 焚き火から上がる煙が、青くどこまでも高い空に吸い込まれ消えていった。

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.25 )
日時: 2010/11/29 23:28
名前:

tambさんの『青くどこまでも高い空に』の
アスカが可愛かったです。
ということと、
色々と感情移入しすぎたせいか携帯を片手に涙目になってしまいました…。

と、いうことをお伝えしたくて書き込みさせていただきました(苦笑)

失礼しました。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.26 )
日時: 2010/12/02 21:31
名前: tomo

>tambさん

 素晴らしいです。泣きました。職場だけど、関係なく泣きました。

 こんな大人に、私もなりたいと思いました。

 感動をありがとうございました。

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.27 )
日時: 2010/12/04 08:37
名前: tamb

 ひこにゃんマジックを使わずして楓さんの召還に成功したということだけでも、この話は成
功であったといえるのではないだろうか。書いてよかった。

 でもこの話を読んで泣いてはいけないのです。笑わないと。アスカみたいにね。

メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.28 )
日時: 2010/12/04 11:23
名前: calu


■tambさん *****青くどこまでも高い空に*****

名も知れぬ男のその真摯な生き様に心を打たれました。
チルドレンやネルフの仲間との関わり合いのなかで、いちメカニックからまるで家族のような時を
過ごした男は、悲愴な最期にも悔いを見出さなかったのですね。
十四歳の子供が日々の闘いのなかで心も身体もボロボロになっていくのを目の当たりにしたとき、
取り巻く大人達はどのように感じ、行動したのか。命令に従っての退却や投降ではなく、身体を張って
子供たちを守ろうとした彼らは、大人としての責務に覚醒したのだと思います。
前作、『BLUE MIDNIGHT』に続き底辺に一貫したテーマが流れているように思えます。
良かったです。原作のストーリーでは決して光の届くことの無い、チルドレン達が関わり合いを持った
人々の懸命に生きた証でしょうか。名も知れぬメカニックがルノーを汗を流しながら整備する姿が浮か
んでくるようです。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.29 )
日時: 2010/12/07 10:16
名前: tomo  <bellweatherjp@yahoo.co.jp>

 あの青い空に溶けてしまって消え入りたくなるときが俺にだってあるのだ。

 それはちょうど,こうやって屋上で大の字に寝転がって,果てしなく高く広がる空をぼおっと眺めているときなんかによく湧き起こる。

 どれだけおセンチなんだと自分で自分に突っ込みを入れながら,でも,生じている感情自体は紛れもない事実だったりするわけで。

 そして,こういうときは必ず思い出す。

 俺の中で一番起伏に富んでいた,あの中学2年生の日々とあのころのあいつらを。










Title : 空の高さは









 不思議なことにサードインパクト後の世界は,前とほとんど変わらない様相を示していた。

 全世界の人類がいきなり一緒くたに溶け合って海を赤く染め上げるという前代未聞の経験をした割には,人類に進歩は無かったようで。

 しばらくの混乱期を抜けると,いつものように大人は会社へと向かい,子供は学校へと行かされ,世界の片隅では今日もどこかで誰かと誰かが戦って,夏の日差しはじりじりと俺の肌を焼いていた。

 3年近くもたつと,人々は,まるでサードインパクトなど無かったかのように振るまっていた。

 そのように振舞いたい気持ちはわからなくもないし,実際に世界はあまり変わっていないのだろう。彼らにとっては。

 だが。

 当然のことながら,世界には変わった部分だってある。少なくとも,俺にとってみれば確実に変わっていた。

 トウジもシンジも綾波も惣流も。
  
 エヴァとシンクロした者は,まるでそれが世界の理であったかのように誰一人帰ってこなかった。

 最初は,そのうち帰ってくるだろう,なんて気楽に思っていた。

 赤い海から帰ってくる時期については個体差があったし,なんというか,俺はあいつら,すぐに帰ってくるのが忍びないと思っているんじゃないかと思っていた。

 サードインパクトは,あの時現存していたエヴァが原因となって引き起こされた,というのが,ネットのアングラ界での定説だ(もっとも,具体的にどのエヴァがどういう経緯で起こしたのかはまったく不明だけど)。
 
 それが本当なら(俺はそうじゃないかと思っているが),シンジや綾波や惣流は,サードインパクトを引き起こした張本人となる。

 トウジは直接の関係は全然ないし,惣流がそんな風に思うイメージは無いけど,シンジなんかは絶対そう思っているに違いないだろう。

 しかし。

 予想に反して,世界のほぼ全ての人間が,それこそ,パイロット以外のネルフ関係者が帰還したにもかかわらず,あいつらはまったく帰ってこなかった。

 そうやって,時間は過ぎて,いつの間にか俺は高校三年生になっていたわけだ。

 原因は良くわからないらしい。

 エヴァにもっとも詳しい赤木博士ですらわからないそうだ。まして,たかだか高校三年生の今の俺にわかろうはずはない。

 ミサトさんは彼らを帰還させる方法を賢明に探っているらしいけど,どうなのだろう。

 ひょっとしたら,あいつらはもう帰ってくるつもりは無いのかもしれない。

 エヴァもない,戦いもない,こことは違う世界で――そう,ちょうど,あのどこまでも高く高く,蒼く蒼く澄んだ空の向こうのどこかにあるかもしれない世界で,彼は面白おかしくやっているのかもしれない。
 
 最近,そんな風に考えるようになった。

 ただ,一つ。

 唯一つだけ癪に障ることがある。

 ぎりぎりと俺の中にくすぶり続ける小さな黒き炎が,いつまでたっても消えうせないのだ。


「相田君」


 不意に名前を呼ばれて,俺は体をゆっくりと起こした。


「山岸か……」
 
   
 確認しなくても大体わかっていたし,何より,名前を呼ぶ必要なんてまったく無いのに,俺はなんとなく彼女の名前を呼んでみる。

 トレードマークの黒髪ロングヘアーは,成長して女性らしくなった彼女の魅力をよりいっそう引き立てる。

 
「洞木さんが呼んでるわよ。もうすぐ,相田君の番だから……」

 
 相変わらず,委員長は委員長なんだなと苦笑する。

 高校三年生の二学期。儀式のように行われる進路相談。

 フけてしまおうかと思っていた俺の心を見透かすかのような周到さ。


「……山岸が来なくてもいいだろうに」

「……たのまれたから。それに――断る理由も無いしね」


 それがもっとも適格な人選だろう。俺にとっても,たぶん,山岸にとっても。


「……わかった。今行くよ」

 
 さもおっくうに体を起こし,俺は山岸がいる扉のほうに向かって歩き出す。

 山岸の隣を横切ったとき,彼女の淡いシャンプーの香りをかいだような気がした。


「ねえ?」

 
 俺の後に続いて扉をくぐったところで,山岸が急に声を掛けてくる。


「……相田君は,進路,どうするつもりなの?」

「……知りたい?」

「……よければだけど」


 控えめだけど,意思はしっかりこめている口調。俺は,幾度となく話しているうちに,彼女が実は意外と意志が強い人物だと思い知らされていた。 
 

「進学するよ。ありきたりだけど」

「どこに?」

「たぶん,山岸と一緒だよ」

「でも,学部は違うでしょう?」

「そうだな。山岸が理系に転向すれば,同じ学部になれるかもな」

「無理よ,いまさら。もともと私は文系だもの」


 言って山岸はクスッと笑った。女子というのはどうしてこう,わけのわからないところで笑えるのだろうか。


「ねえ,もう一つ聞いてもいい?」

「……何を?」

「……理系の,どの学部に行くつもりなの?」


 俺が理系の学部に行くことは,履修している授業を見れば一目瞭然。
 
 たぶん,山岸が本当に聞きたかったのはこっちの方なんだろうとなんとなく予想する。

 
「……形而上生物学」

 
 別に隠していたわけではない。ただ,言う機会と,言おうと思う気持ちが今まで無かっただけだ。

 だから,俺はすぐに答えた。


 ……………………


 山岸の返事は無かった。

 しばらくして,階段を下る足音が一人分しかないことに気づいた俺が後ろを振りかえると,山岸はなぜか階段の中央で歩みを止めていた。

 4,5段上にたたずむ彼女の顔は,光の加減でよく見えなかった。

 
「……ずっと,引きずるつもりなの?」

 
 振り向いた俺に掛けられたその言葉は,たぶん,叱咤と激励が半分くらい混ざっているのだろう。


「……勘違いすんな」


「……なら,なんで,『形而上生物学』なの?」


 形而上生物学。エヴァを生み出し,エヴァの運用を可能にした学問。

 そして。

 たぶん,あいつらを戻す方法を唯一生み出すことのできる技術。

 山岸のいいたいことは,半分当たって,半分はずれている。

 何の説明も無ければ,しょうがないことといえるけれど。  
 
 
 「……答え…られないの?……」

 「……まあ,まて。とりあえず,俺の話を聞け」


 そういって一呼吸。俺は間を取った。

 誰だって自分の気持ちを語るのは恥ずかしいものだ。山岸が相手ならなおさらのこと。


 「俺には昔から,一つだけ腑に落ちないことがあってな」

 「…腑に…落ちないこと?……」

 「ああ……で,なんというか,俺が形而上生物学を目指すのは,そのへんをすっきりさせたいと思ってのことなのだ」

 「……??」

 
 雰囲気から山岸が理解していないことが良くわかる。わかっている。こんな説明じゃだめなことぐらい。

 だから,もうちょっと待ってくれ。


「……つまり,だな……俺はいつも,あいつらの戦いを見てるだけだった。遠くから見てるだけの傍観者。芝居の役でいったら,村人その1,みたいなもんだ。けど,な」

「けど……?」

「もし,将来俺があいつらをこっちに帰還させることができたなら,俺は,初めてあいつらと対等になれたと思うんだ。つまり――」

「つまり……?」

「その,なんだ……俺だって,一生に一度くらい主役になったっていいんじゃないかってことだ」

  
 思いというのはどうしてこう,言葉に出してしまうとひどく滑稽に聞こえてしまうのだろうか。

 一度空間に投げかけられた言葉は戻らない。戻らないながらも,心はそれにひどく動揺させられる。


「………………」

 
 無言の山岸。笑われなかったことは僥倖といえるかもしれない。

 もっとも,相変わらず表情はよめないため,どんな顔をしているのかはわからないが。


 やがて,充分すぎるほどの間をおいて。

 長い黒髪が,宙に漂いほのかな甘い香りが一瞬だけ空間に充満する。

 同時に,ストンというひどく軽い音が俺の隣でこだまする。


「………………」


 再び,無言の山岸。
 
 蒼い眼鏡はふちが無く,山岸の幼さといたずらっぽさを引き立てる。
  
 俺と同じ身長で俺を見つめる黒い瞳は笑っているようにも,羨望を向けているようにもみえた。


 「かっこいいじゃない」


 一瞬だけ絡み合った視線の先で,山岸は一言だけそうつぶやくと,すたすたと階段を下りていった。

 山岸の予想もしない言葉にあっけにとられる俺。

 だが。

 この瞬間だけは,誰がなんと言おうと俺が主役だと思うことができたのだった。     
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.30 )
日時: 2010/12/07 22:38
名前: タン塩

まさかのケンスケ×マユミとは!やられた!
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.31 )
日時: 2010/12/21 03:40
名前: tamb

■caluさん
 ありがとうございます。
 彼には、古いだの扱い難いだの文句を言いながら、でも笑顔でルノーの整備をしてもらいた
いと、そう思います。それがきっと彼の幸せだから。
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・九月 ( No.32 )
日時: 2010/12/21 03:40
名前: tamb

■空の高さは/tomo
( No.29 )

 これはかなりすごい。マユミっていうのは私は良く分からなくて、だからちゃんと扱ったこ
とはないんだけど、こういう女の子かなっていう気がする。
 自分が主役になれるっていうのは結果であって、やっぱりケンスケは納得できなかったんだ
と思う。彼らが還って来ないということがどうにも腑に落ちない。同時に、ようやくオレの出
番だな、という感情もあるように読める。
 いずれにせよ、女の子にかっこいいとか言われると男は主役になれるんだよね。

メンテ

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