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サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ―
日時: 2011/07/30 05:40
名前: tamb

月々のお題に沿って適当に書いて投下して頂こうという安易な企画です。作品に対するものは
もちろん、企画全体に対する質問や感想等もこのスレにどうぞ。詳細はこちらをご覧下さい。
http://ayasachi.sweet-tone.net/kikaku/10y_anv_cd/10y_anv_cd.htm

今月のお題は

・綾波レイの幸せ
・Over The Rainbow

です。

1111111ヒット記念企画に始まり、物議を呼んだゲロ甘ベタベタLRS企画を挟み、いよいよこの
企画も終了間近。ま、少なくとも私が全お題を書き切るまでは企画そのものは終わらないわけ
だが(笑)。

しかし企画が終わるってことはこのサイトが10周年を迎えるってことで、もちろんそれにはそ
れなりの感慨はあったりするわけだけれども、それはそれとしていつも通りぬるい感じでやっ
ていきましょう。ちなみに10周年の隠し球は、少なくとも今のところは無いっす。
メンテ

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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.15 )
日時: 2012/01/02 13:01
名前: tamb

 話が途中なので軽く雑感など。

 誤変換の判別がひたすら困難(笑)。「只管」って読める? どんなご入力だって考えちまっ
たよ(笑)。しかし明らかな誤変換は存在する! いいけど。良くはないか。

 caluさんはスターシステムを採用しているのだろうか。

 剣と魔法のファンタジーの世界については造詣が深くないのでよく分からないけれど、洞窟
が黄泉につながっているのかという感じはある。

 「わたし、生きてる」というほとんど倒れているような状態から翌朝「裏強羅」に行くとい
う流れ、そしてダイアリーに今日の日付を書き込むという部分に伏線を感じる。間にアスカの
話が入り、最後にまたアスカが出てくるのも異様感を露わにする。何かある。当たり前だけど。

 地図にない場所「裏強羅」。地図にない場所というモチーフは古くからあって、私的にはマ
イナータイトルだけどPKディックのその名もずばりの「地図にない町」だったりする。ディッ
ク知ってますか。ブレードランナーの原作者ですよ(アンドロイドは電気羊の夢を見るか?)。
さらにマイナーで山野浩一にも印象的な話があったはずだけどタイトル忘れた。
 ファンタジー系のRPGだと地図ってのは基本だと思うんだけど、やはりそこから外れた場所
ってのが重要なんだろうか。

 離れてはいけないなら手を繋げばいいんじゃないだろうか。


 何はともあれ続き待ち〜。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.16 )
日時: 2012/01/08 18:49
名前: calu

tambさん

コメント有り難うございます!

>しかし明らかな誤変換は存在する! 
うひゃあ。ぼつぼつ修正しますぅ。

>caluさんはスターシステムを採用しているのだろうか。
はい(アッサリと)。タン塩さんとのギターバトル以外は(笑)。

>離れてはいけないなら手を繋げばいいんじゃないだろうか。
御意(笑)。シンちゃん次第(爆)!

それでは、続きまして、後編ですー。
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.17 )
日時: 2012/01/08 18:54
名前: calu

          ◇ second anniversary 後編 - 綾波レイの幸せ - ◇


「碇くん?」

 シンジが待っている筈の三叉路にその姿は無かった。
 世界中の夜を集めたような暗闇の中、レイが反射的に顔を向けたのは一層の漆黒を澱ませる右の洞窟。その
先で不吉な瞬きを見せる光をレイは見逃さなかった。脱兎のごとく駆け出すや暗黒の空間に軽い靴音を響かせる。

「碇くん!?」

 レイがその足を止めたのは、おどろおどろしい浸食痕に囲われた横穴の前。その狭隘な入口に据えられたベ
ンチのような石台の上にシンジはいた。石台に腰を掛けてはいるが、ぐったりと背中を壁に預けている。眠っ
ているのか、意識を失っているのか、その状態は解らない。それでもシンジの右手はしっかりと木箱の取っ手
を握りしめていた。

「碇くん!」

 シンジが体を預ける石台の向こう側には、旧世紀に忘れ去られた古井戸のような階段がその口を開け、そこ
から無数の触手にも似た燐光を湧き出させている。それは、シンジが階段に倒れこむのを待ち構えるかのよう
にようにぬらぬらと不気味に蠢いているが、シンジが離そうとしない木箱が、重しとなり辛うじてシンジの上
体を支えているようにも見えた。

「碇くん、ダメ。ここにいてはダメ――」 

 シンジの体に手を伸ばしたレイは、そのあまりの冷たさに一瞬言葉を失った。マグライトで照らされたシン
ジの全身には、シャーベットのような氷がヒルのように付着している。ポケットから出したハンカチで、シン
ジの頭や顔に喰い付いた氷を叩き落すと、レイはシンジの体をひしと抱きしめた。レイの体にも喰い付き始め
た氷に構わず、レイは上半身を密着させ、この世のものとは思えないほどに冷たくなったシンジの頬に、自分
の頬を擦りつけた。

「…碇くん、ダメ…目を覚まして!」
「…………」
「目を開けて!」
「…………」
「……碇くん」

                     …… 手遅レダ ……               

「!?」

                …… ソイツノ命ノ炎ハ、ジキニ消エルノダ ……

「誰?」

                     ……    ……

「誰?」

                 …… ワレハ、第三ノ門ノ守護者 ……

「…何故、どうしてこんなことを?」

           …… 悪意ノ闖入者ヲ奈落ヘト引キ摺リ込ムノガ私ノ役目 ……

「碇くんは闖入者ではないわ」

        …… デハ、ソノ木箱ハ何ダ? 何故、ソイツハソンナモノヲ持ッテイルノダ? ……

「持ち出した訳ではないわ。元いた場所に放しに行く、その途中なの」

                  …… ソノヨウナ出任セヲ ……

「出任せかどうかは、あなた自身が一番良く解っている筈」

                     …… ……

「なのに、何故?」

          …… ココデハ、アマリニ決マリゴトガ多ク、ソシテ時間ハ無限ダ ……

「………」

     …… ソイツノ血肉モ魂モ、コノ洞窟ノ一部トナル事モマタ既ニ決マッテイルコトナノダ ……

「………」

             …… ソレヲ、アマエハ悉ク邪魔シテクレタ ……

「………」

           …… ダカラ、ワタシ自身ノ手ニ掛ケルコトトシタ ……

「………」

   …… オマエノ声色ヲ使エバ、造作無ナク釣レタゾ…余程オマエノ事ガ大切ナノダナ、クックッ ……

「…狂ってしまった……ここの守護を司るあなたが」

        …… 何トデモ言エ…サア、ソノ手ヲ離シテ木箱ト共ニ立チ去レ ……


 今の今まで様子を伺うように蠢いていた触手が、妖気を一気に滾らせると血に飢えた獣のように一斉に
シンジへと伸びる。

                     …… ! ……

 次の瞬間、大地に爪を立てたような轟音で洞窟内は埋め尽くされた。突如として発現したネーブルの彩が闇
を引き裂き、熱波と衝撃波が洞窟内を激しく揺るがせた。今まさにシンジに襲いかかろうとした無数の触手は、
激しい拒絶の意志で波打つオレンジ色の壁を前に、忽ちの内に蒸発するようにかき消えた。

                     …… ! ……

「……碇くんには指一本たりとも触れさせはしない」

                     …… ! ……

「…………」

                    …… オマエ ……









   




                  …… ヒトデハ無イノカ ……










                …… マ、マサカ…オマエハ―― ……




















 
「ねえ、綾波」
「なに?」
「あれから随分と歩いてるけど、出口ってまだ遠いの?」
「もう少しよ」
「そっか、良かった……さっきから寒くて仕方がないんだ。体が凍えてさ、どうしようかななんて思ってたん
だ、はは……」

 突然脚を止めたレイに、暗闇の中でレイの背中を必死に追っていたシンジは寸でのところでレイにぶつかっ
てしまうところだった。ど、どうしたの、とレイの顔を覗きこもうとするシンジの前で、レイはステップを踏
むように軽やかに踵を返す。近い、顔がとても近い。キャンドルのように揺れる淡く紅い眸はシンジをまっす
ぐに捉え、魔法を降らせたようにシンジを動けなくするのだ。

「……碇くん」
「ど、どうしたの?」
「寒いの?」
「え? う、うん…」 

 そう、と呟くと、少し目を細めたレイは両腕をシンジの首にまわした。驚くシンジの体に自らの体を沈み込
ませるように、レイはゆっくりと体を密着させていく。僅かな隙間を見つけてはその部位を馴染ませ、暗闇の
中で二人のシルエットはやがてひとつになった。

「碇くん」
「…あ、綾波」
「寒く、無くなった?」
「うん」
「気持ち、いい?」
「うん」
「ずっと、こうしていたい?」
「うん。なんだか溶けちゃいそうだ」
「…碇くん」
「………」
「…ひとつにならない?」
「…うん」
「いい?」
「綾波となら」
「ひとつになってね、還るの。碇くんと」
「どこにでも、僕は行くよ」
「やっと思い出したの。大切なことなの」
「ずっと一緒なんだ」
「それがわたしの望みだったの」
「綾波となら」
「それがわたしの望みなの」
「綾波だから」











「………でもダメなの」




「え!?」

 既にレイとの境界さえ漠としていたシンジの体から、何か、とても大切な何かが引き剥がされた。言葉にな
らない苦痛に、シンジはその身を大きく仰け反らせ天を仰いだ。

「…ごめんなさい」
「あ、綾波、そんな」
「…碇くん」
「待って、綾波ぃ!」
「……これ以上は…もたないの……わたしの体」
「綾波、行っちゃダメだ、そんなの嫌だよ!」
「……ごめんなさい」

 再び凍えだしたシンジの胸にぽっかり穿った空洞には、何も無かった。最期に残されていた筈の希望の欠片
さえも。

「い、嫌だよ、綾波ぃ!」
「…碇くん」
「綾波ぃーー!」
「…て、碇くん」
                       「綾波ぃ!」

 海の底から抜け出したように世界が割れた。思いきり見開いたシンジの眸には、心配そうに眉根を寄せるレイ
が大写しになっている。

「碇くん、大丈夫?」
「あ、綾波、ダメだ!」  

 悲愴な顔で体を起こしたシンジにかき抱かれたレイは、次の瞬間シンジの腕の中にいた。

「――碇くん?」
「綾波、ダメだよ、行かないでよ! 僕を一人にしないでよ…」
「碇くん、わたしはここにいるわ」
「嫌だ。嫌だよ…」
「…どこにも行かないわ」
「……綾波」
「碇くん…」
「…あや、なみ?」
「……痛い、わ」

 水をかけられたように意識を覚醒させたシンジは、慌ててレイを抱きしめていた腕を解く。

「綾波、ゴ、ゴメン。ぼ僕は?」
「碇くんは、ここで少しの間、気を失っていたの」

 要領を得ない表情を貼りつかせたシンジは、帰路を失った小動物のように忙しなく洞窟内に視線を巡らせた。
すぐ脇に見覚えのあるベンチ状の石台を見つけると、上に置かれた木箱を慌てて手に取る。

「…ぼ、ぼくはここで?」
「そう。ここで碇くんは第三の門の門番に捕えられそうになったの」
「そうだったんだ。あのとき、綾波の声が聞こえたんだ…それで、ここに慌てて来て……そうだ、僕は綾波と
の約束を破ってしまったんだ…」
「ごめんなさい。碇くんを一人にしたわたしのミス。この洞窟の中では、誰もあの誘引に打ち勝つことは出来
ないから」
「…そうだったんだ。ここまで来るとさ、こんどは階段の下からアスカや加持さん達の声が聞こえてきたんだ。
早く来いって、みんな待ってるからって、僕を急かせてさ。でも、突然木箱が重たくなって、僕はベンチから
動けなくなって。そしたら、今後はみんなが階段下から手を伸ばしてきて……あれは、全部幻覚だったんだ」
「その階段の先は奈落だったの。碇くんが見た幻影全ては門番に見せられたもの。最初、誤解もあって門番は
碇くんを闖入者として絡め取ろうとした。でも、気を失ってもなお木箱を離そうとしない碇くんに、門番は手
を出せなかったわ。だから彼は消えた。奈落の底へと自ら帰っていくしかなかったの。そして門番が消えたこ
とで、私達が通るべき階段が現れたの」

 レイに従い目を向けたベンチの向こうには、シンジの記憶にある下りの階段が消え、昇りの階段が現れていた。

「本当だ……つまり、ここが」
「そう、ここが第三の門。その階段こそが出口に通じる道なの」



                     ∞ ∞ ∞


 
 石造りの階段はすぐに緩やかな勾配の上り坂へと姿を変え、五十メートルほど歩いたところでピンホールの
ような小さな光が見え隠れし始め、シンジの脚を軽やかにした。しかし、歩を進めど昆虫的な跋扈を見せるだ
けで一向に大きくならない光点に、実は自分達はうねる洞窟内を遠回りさせられているのではないか。足を進
めれば、その分だけ出口が遠ざかっているのではないか。そんな妄想の膜に頭が覆われ始めたところで、レイ
が足を止め肩からおろしたリュックの中を何やら探し始めた。

「碇くん、これ」
「え? これって…その、サングラスだよね?」
「そう、サングラス。外は真昼の陽射しが降り注いでるから、そのままでは眩しくて外に出れないわ」

 確かにその通りだ。これだけの時間、これほどの暗闇の中を歩いてきたのだ。炎天下の陽射しのシャワーなど、
開き切った瞳孔にとっては堪ったものではない。それにしても気が利く。いや、リツコがレイに持たせたもの
だろうか。

「昨日、購買部で買ったものだから合うかどうか分からないけど…」と言いながらテンプルを広げ、唐突にサ
ングラスをシンジにかけたレイのリアクションに、シンジは大層うろたえてしまう。
 
「……大丈夫、みたい」と言ったレイの口調は、さながらシンクロテストの結果を見るような真剣さだ。
「あ、綾波ぃ…」
「どうしたの?」
「…真っ暗で、何も見えないよ」と足をよろめかせる振りをして、おどけたシンジだったが、思わず口もとを
右手で隠す素振りを見せたレイの顔の表情までもが実はよく見えていた。
 なんと言ってもネルフ謹製なのだ。至って実用的なのである。保安諜報部の怖いおじさん達とも実はお揃い
かもしれない。そして、なんと言ってもレイのチョイスなのだから、自分に合わない筈は無いのだ。
 気がつけば豆粒ほどだった光は、目覚まし時計くらいだろうか、その位の大きさにはなっていた。新しいア
イテムの登場をあたかも待っていたかのように成長した光に向かって、シンジは木箱の取っ手を握る手に力を
籠め、力強く足を踏み出した。出口はもうすぐソコだ。



                     ∞ ∞ ∞


 
 期待に胸を膨らませていたシンジにとって、洞窟の出口から目の前に開けた光景はいまひとつパッとしない
もののように思えた。行く先に視線を移すと、鬱蒼とした森の中へと道が伸びている。朝方の窒息しそうな霧
は晴れ渡っているものの、サングラス越しのせいもあってか陽射しは少し頼りなげないものに感じる。気持ち
色の薄い樹々を見上げると、その隙間からは変わり映えしない空が顔を覗かせている。雲の流れがいつもより
早い。鼻先を掠めた風も少し冷い。上がり框でリスのように周囲を不安げに見渡していたシンジだったが、早
速山道をリズム良く歩きはじめたレイへと小走りに駆けよっていく。

「ねえ綾波、ここがその、裏強羅、だよね?」
「そう、ここが裏強羅よ」
「でも、何て言うか、普通の山だね」
「見た目には変わり映えしないと思うかもしれない。でも今わたしたちがいる世界は、地図には無い世界なの」
「そうなんだ…となると、また何かおっかないものが出てくるのかなぁ。虎とか…」

 シンジを見て、それは無いわ、と言ったレイが微笑んだ気がしたのは、多分気のせいだろう。難所の洞窟――
少なくとも僕はそう思っている、あんなおっかない場所がそう出てきたんでは堪ったものではない――をクリア
したのだ。これまでの道中と比べると、流石のレイでさえその雰囲気が柔かくなったと感じるせいかも知れない。
そして僕はというと、余裕がでてくると、そんなレイの表情をときおり盗み見したりして、意外にサングラスも
似合うんだな、などと全く関係のない事をまっ白な頭でループさせ、懸命に足を動かしているのだ。それにして
も、山道をひた歩く中学生ふたりが制服姿にサングラス(しかも、一人は木箱を抱えて)では、傍から見ると
いかにも不審だ。ガード班のお兄さんお姉さんが見ればきっと驚くだろう。しかし、ここを歩いている限り、
顔見知りに遭遇する事は万に一つもないのだろう。ここは地図にも存在しない世界なのだから。そして、自分
達はこの箱の中の生物を解き放つべき場所へと懸命に歩を進めている。ただそれだけのためにここまでを踏破
してきたのだ。ハイキングなどで迷い込む場所では無いのだ。
 森を抜けたかと思うと、そこは樹木が神様の手で間引かれたような広場だった。宗教的な陽光が降り注ぐそ
の草原は、あるいは何か厳粛な意図を以って創られた場所であるようにも見えた。前方には森の続きを構成す
る樹木が低く見え隠れし、その上に広がる余白を見慣れない雲が風に手を引かれるように慌ただしく流れている。

「碇くん、この広場の真中あたりに石台があるの。わたし達の目的地に通じる目印はそれ。でも、そのすぐ先
は切り立った崖になっている。だから、気をつけて」
「うん……綾波、あったよ。きっと、あれだよ」

 確かにあった。緑なす草原には不似合いなオフホワイトの無機質な物体だ。刹那、走りだしたい欲求がシンジ
の体を支配したが、それでもシンジは用心深く草原の中心あたりに据えられたそれに近づいていった。油断は
大敵なのである。ここは地図にも載っていない世界なのだ。
 その石台は洞窟の途中で見たものに良く似てはいたが、複雑な文様の入った陶板が太陽の光を暗示的に歪め、
異様な光沢を見せている。一息ついてそこに木箱を置こうとしたシンジは、石台を境としてその先が切り立った
崖になっているのに気付き息を呑んだ。崖の際に据えられたその白い石台は、崖下への飛び込み台のようだった。
 シンジが周囲に視線を這わせていると、石台の側板を撫でていたレイが納得したように首を縦に振りシンジ
に声をかける。

「ここから崖を降りるの」

 釈然としない表情を貼りつけたシンジの前で、レイの手で撫でられた側面の板は、何かの装置を作動させた
ようにその中心周辺を観音開きに割り、およそ五十センチ四方の入口を作った。驚くシンジの目の前で、ぽっ
かり口を開けた入口の中では、岩肌を削って作っただけの階段が遥か崖下へと伸びている。俯瞰のアングルの
せいもあるのだろう、その貧相な階段はあまりに狭く急勾配で、そして果てしなく伸びているように見えた。
しかも相当に脆そうだ。そんな階段だから、崖面にへばりつくよう降りていかなければならないことは想像に
難くない。しかも片手に木箱を持ってだ。
 思わず唸りそうになったシンジの目の前で、レイは何でも無いかのようにさっさと入口に片脚を入れ、すぐ
傍まで伸びる階段の頂上に足を着けた。もう片方の脚を通そうと膝を上げた際に捲れ上がったスカートから覗
いた白い太股に、慌てて目を逸らせるシンジ。少ししてそろそろと顔を戻した時には、既に階段を数段降りた
ところでシンジを待つレイと視線がぶつかり、これが年貢の納め時と覚悟を決めた。だが、その決意虚しく、
シンジは脳裏から離れない白い太股、いや木箱に気を取られ、入口の縁にしこたま後頭部をぶつけると著しく
気を滅入らせた。

「碇くん、大丈夫?」

 う〜と頭を抱えこんだシンジに心配そうな眼差しを向けるレイ。条件反射的に泣き笑いの顔を作ったシンジ
だったが、足元から滑り台のように伸びる階段を見ると、へこんでる場合じゃないんだと、自らの心に鞭を入
れる。
 岩肌を削っただけの階段は一見脆そうに見えたが、ステップの部分は思った以上にしっかりしている。それ
でも幅の狭い階段はシンジとレイに容易く降りていくことを許してくれはしない。そして、一見しっかりして
いるように見えるステップでも端がいつ崩れ落ちないとも限らないのだ。胸を崖に這わせながら、特にシンジ
は木箱を崖面にぶつけないように神経を使わなければならなかった。少しして遠い鳥の鳴き声に頭上を見上げる
と、不自然さを際立たせる石台の一部が、崖の上から石鹸のような片鱗を覗かせている。牛歩的でも、着実に
降りてきているのだ。

「碇くん、あそこ」

 レイの声が谷間に反響した。進行方向に視線を向けると、階段の切りかえし部分に小さな踊り場が出来ている。
絶好の休憩ポイントに、痺れはじめた右手に励ましの念波を送りながら、シンジは逸る気持ちを抑えてレイの
後に従った。
 断崖を抉っただけの踊り場は、そこそこの広さがあった。崖面に背を預け木箱を降ろして、ようやく一息つ
くことが出来たシンジ。はい、とレイから差し出された水筒をにっこり笑って受け取った。喉を潤す程度でも、
指先まで沁みとおる清涼感が、シンジの疲れを心地よいものへと変えていく。
 改めて焦点を合わせた目の前に広がる樹々の緑が、その色彩を一層深くしたような気がした。まるで天から
吊られた樹々が緑に輝く枝葉を手足のように広げる景観を一頻り眺め渡したシンジは、今更ながらその美しさ
に息を呑んだ。天から降ろされた緞帳が如く張り巡らされた葉むらから、その綻びを通す糸さながらに幾筋も
の陽射しが崖下へと差し込んでいる。ひょうと吹いた風に捩られた葉むらが、光の筋を方々に揺らせては崖下
の樹海を薙いでいく。

「綾波、きれいな所だね」
「…………」
「…綾波?」
「……あったわ」

 レイのやや堅い口調に不審げな顔を向けたシンジ。サングラスを外したレイの視線は、踊り場から先の崖壁
に据えられていた。そのレイの視線の先へとサングラスを外し目を凝らしたシンジは、その抉られた崖壁部分
から青い葉をつけた二三筋の白っぽい茎が宙へと伸びているのを見た。

「あ、あれって、もしかして?」
「そう。あれがローズマリー」

 あれが、から先、シンジは続く言葉を呑みこんだ。いまシンジ達がいる踊り場の端からそのハーブまでは微妙
に距離があり、手を伸ばしたところで到底届きそうには無い。沈黙を守っているレイは、恐らくは何か手段は
無いか考えているのだろう。せめて棒きれのようなものでもと、ぐるりと周りを見渡したところで、シンジを
呼ぶレイに振り返ると、レイが踊り場の際に立っている。だが、その位置からでもローズマリーまでは、どう
みてもまだ1.5メートル以上の距離があるように思えた。

「綾波、危ないよ」
「碇くん、見て。あそこに崖壁が抉れているところがあるの」

 レイの指さす方向に目を向けると、確かに踊り場から向こう60センチほどのところの壁面が抉れている。
意図を計りかねるシンジに言葉を被せるレイ。
 
「あそこに片足を掛けて手を伸ばせば、届くかも知れないわ」
「ええっ!?」これにはさすがのシンジも驚きを禁じ得ない。「だ、ダメだよ。危険すぎるよ。足を滑らせで
もして落ちたらどうするんだよ?」

 あまり覗き込みたくない崖下に目を向けると、密生し樹海となった葉むらが水面のように忙しなげに波立ち、
その底を垣間見ることはできない。いずれにしても、どこまで崖が続いているかは解らない。転落したら最後、
目的地に繋がる路を失うどころか、生命の保証さえ無い。

「でも、このチャンスを逃すと、多分後は無い」
「…で、でも」
「碇くん」と、シンジを決然と見据えたレイが言葉の穂を繋ぐ。「弐号機パイロットのことは、いいの?」

 噛みしめるように首を横に振ったシンジ。いい筈はない。

「……綾波」
「なに?」
「…僕、僕がやらないとダメなんだ」レイに託すように木箱を差し出すシンジ。「失くしたものを……取り戻
せるものなら取り戻したいんだ……そしてそれは、僕が、僕こそが、やらないとダメなんだ」
「………」

 でも、とレイは言う。そして、シンジが差し出した木箱を持つ手と反対側の左手をしっかりと握る。

「碇くんの体重では無理、だわ」

 皆まで言わず、レイは踊り場の向こうの崖面へとその身を翻し、足を踏み出した。まるで宙に翔んだように
見えたレイに仰天したシンジは、殆ど条件反射的にその反対方向へと体重をかけレイを支える。
 いまシンジの腕にかかっているのはレイの命そのものの重さ。そして、それはシンジが思っていた以上に軽
いものだった。

「…あ、綾波。どう、かな?」
「……ダメ、届かない」
「無理しちゃ…ダメだ」
「…もう少しだけ、手を緩めて、欲しい」
「…こ、こう?」
「…もう少し」
「…だめだよ、これが限界だよ。あっ!?」
「!?」  

 砂糖ときな粉を固めただけのような壁面は、思った以上に脆かった。シンジの目の前で、レイが足を掛けて
いた崖面は破砕し崩れ落ちた。

「綾波!」

 次の瞬間、それまでとは比べようもない重さに、シンジの左腕は一気に崖下へと持っていかれた。まさに藁
にも縋る思いで思わず木箱を掴んだシンジ。その左手の先ではレイが宙に揺れ、二メートルほど下方には樹海
がふたりを誘うように痛いほどの濃緑を広げている。シンジの目には、そこは緑色の底なし沼のように映った。

「だ、大丈夫…綾波?」
「…わたしは大丈夫」
「い、いま、引き揚げるからさ…」

 踏ん張りをきかせるには踊り場の端の地面はあまりに脆い。右手に体重をかけると地面はいとも簡単に崩れ、
シンジをヒヤリとさせた。決死の表情で左腕をジワリと持ち上げようとするが、すぐにまた地面が破砕されて
は崖下の葉むらへと飲み込まれていくのだ。

「綾波ぃ、待っててよ、直ぐに…すぐに上げてあげるからさ」
「…碇くん」
「な、何?」
「このままでは二人とも落ちてしまうわ」
「そんな事、ないよ…今あげてあげるからさ」
「手を離して」
「え?」
「手を離して欲しいの」
「なっ?」
「少なくとも碇くんは助かるわ……それに、わたしのことは大丈夫。このすぐ下で崖は終わっているかも知れ
ない。だから碇くんは階段を降りてきて欲しいの。また会えると思う。だから――」
「嫌だ…」
「…碇くん」
「嫌だ、絶対嫌だよ……綾波……僕は絶対にこの手を離さない」 

 手を離すことなど絶対に出来ない。それは、シンジにとってレイとの永遠の別れを意味していることのよう
に思えた。何があっても離しはしない。例えこの命が死に瀕していたとしても。

「そうなんだ、綾波……この手を離すくらいなら、綾波と一緒に落ちる方がいい」
「…碇、くん」

 シンジの必死の眸を哀しげに見上げるレイの目の前で、踊り場の際から中心へと大きな亀裂が走った。

「碇くん、ダメ、逃げて!」
「綾波ぃ!」

 山が啼いた。シンジ達のいた踊り場の半分ほどが轟音と共に崩落した。宙に投げ出された格好のシンジは、
次の瞬間にはレイを胸にかき抱き、樹海へとダイブした。枝が折れる激しい音が耳朶を突き、突然の侵入者に
為される幾多の抵抗が、シンジの体のあらゆる部位を激しく鞭打った。レイの頭を胸に抱き、投げ出されるで
あろう斜面との衝撃に身体を硬直させたとき、予想したものとは違った種類の衝撃を背中に受けて意識を混沌
とさせた。大きく弾んだ体は、次の瞬間には見えざる巨人の手で掴まれたように停止していた。
 動かない視界にじわりとせり上がった安堵感は、喉もとに来るまでに霧散した。息が出来ない。まるで気道
をコンクリートで固められたように。実は最初の衝撃で五体を大地に四散させ、既にこの体は絶対的な死に向
かいつつあるのではないか。安堵感が一転し恐怖に色を変えようと身を震るわせた数秒後には、浅い呼吸を再開
した肺に杞憂だったと溜め息にならない息を吐く。それでも安堵を沁み込ませるゆとりなど無く、再起動した
全神経は腕の中のレイへと必然的に向かう。

「…碇くん」と、腕の中から上目遣いにシンジの表情を伺うレイが蚊の鳴くような声をあげた。
「…イテテテ……あ、綾波…大丈夫?」
「碇くんが庇ってくれたから、だから大丈夫…碇くんは? 怪我はない?」
「うん、何とか…大丈夫」と、ニコッと無理やり笑顔を作ってシンジは応えた。

 碇くん、と掠れた声をあげたレイに、あっと慌てながらも緩慢な所作でレイから腕を解いたシンジは、染ま
った頬を誤魔化すように、擦っていた腰を上げ、辺りを見回した。周辺が樹々に囲まれた空間然としたその場
所は、さきほどまで身体をへばり付かせていた崖壁とはまるで景観を異にしている。顔を上げると濃緑の天蓋
が一面に広がっているが、シンジ達が落ちてきた際にできた穴からの木漏れ日が聖剣のようにその空間に差し
込んでいる。

「綾波、水筒が落ちちゃってるよ……これは?」

 周囲に目を巡らせていたシンジが、落ちていた水筒を拾い上げたとき、近くの雑草に半分埋もれた空色のノ
ートのようなものが目の端にかかった。それを手に取り何気にパラパラ捲ってみるシンジ。ページを埋め尽く
す几帳面な字、そして規則正しく右肩に並んだ日付に気がつくや、シンジはあっと声を上げた。

「碇くん。それ、わたしの…」
「綾波、ごごゴメン! 綺麗な色の表紙だったんで思わず……日記だったなんて、その、知らなかったんだ。
ゴメンよ!」

 両手で恭しく差し出した日記帳を、レイはいいの、と受け取った。レイのいつもと変わらぬ表情に、シンジ
はほっと息をつく。

「で、でも、綾波って日記をつけてんだ。…エライなぁ。僕も以前挑戦したことがあったんだけど…結局三日
坊主に終わったもんなぁ」
「中学に転入した日から始めたの」
「綾波が中学に転入した日って、たしか僕がここに来る一年くらい前、だったよね?」
「そう。わたしが転入したのは中学一年のとき。赤木博士がその手続きに、わたしを学校に連れて行ってくれ
たの。そして、その帰り道、わたしは道に迷って…」
「ふーん。綾波でも道に迷っちゃうことがあるんだ」
「……あの日が、わたしにとっては特別な日。だから日記をつけ始めようと思ったの」
「綾波にとって特別な日か…それって、記念日のようなものだね」
「そう、そうかも知れない」
「でも、また新しい日記帳を買わないといけないね。残りのページ、少なそうだし」

 シンジは考えていた。自分もレイと一緒に新しい日記帳を買いに行けないかな? お揃いの日記帳で、同じ
日から日記をつけ始めることは出来ないかな、と。それは、とても素晴らしいことのように、シンジには思えた。
そしてそんなシンジは、僅かに顔を俯かせたレイに気付くことはなかった。

「それは…無いわ」
「え? ………どうして?」
「…必要が無くなる、から――碇くん!」

 突然のレイの声に、シンジがその視線を重ねる。レイの視線の先にあるもの――木箱が痙攣するように揺れ
動いている様子に、シンジは瞠目した。

「そうだ、木箱だ。僕達と一緒に落ちてたんだ。出てくる。何か出てくるよ、綾波!」
「…ダメ。ここで解き放つ訳にはいかない」

 え? と顔を歪めたシンジを尻目にレイが木箱へと駆けだすと、木箱はまるでからくり箱のように二つに割れ、
ふたりを硬直させた。そして次の瞬間、固唾を呑んで見守るシンジとレイの目の前に、小さな蒼い影が不規則
な弧を描きながら浮かび上がった。それは、天蓋からの光を浴びながら、幻想的な群青の軌跡を残して天蓋の
隙間から外界へと飛び出していった。

「…蝶?」
「そう、喋。追って捕獲しないといけない。ここではまだ放すことは出来ないの」

 脱兎のごとく駆けだしたレイは、蝶が飛びだした方角の樹木の狭間へと体を潜り込ませる。遅れまいとシンジ
も続く。数メートル進んだところで山道に出ると、陽射しが瀑布のように降り注いだ。だが、シンジの頬をなぶる
風は冷たい。

「碇くん、あれ」

 レイが指す方向に咄嗟に向けた目に碧い影が掠る。猛ダッシュをかけるシンジ。

「ここまで一緒にきたんだ。何としてでも目的の場所に連れていくぞ!」

 吹きすさぶ風に煽られながらも、その碧い蝶は最期の力を振り絞るように飛んでいる。まるで空に碧い暗示
をかけるように。

「碇くん、向こうに降りたわ」
「ようし、行くよ、綾波!」

 目の前に生垣のように立ち塞がる密生した樹木の僅かな隙間にシンジは体を突っ込ませた。木々の枝が折れ
る音が、砂のシャワーのようにシンジの耳朶を震わせた次の瞬間、その体から神経が抜け落ちたように、あら
ゆる抵抗が消え失せた。




 ……あ。



 ごうと鳴った風を抜けると、視界が大きく開けた。
 ふたりが体を踊らせるように飛び出したのは小さな展望台だった。そこからパノラマに開けた遠望に、眼下
に見下ろす山間一面に敷きつめられた鮮やかな紅の彩に、暫しふたりは言葉を失った。
そんなふたりの頭上へと、シンジ達が追ってきた蒼い蝶が風に吹かれた木の葉のように舞い降り、展望台を
囲う手摺の上にその羽を落ち着けた。
 深山渓谷が如き清々しさのなかで、太陽の光を受けた紅のグラデーションが色とりどりの遍照を振りまいて
いる。

「……綾波。まるで…山が燃えているみたいだ」
「……これが、わたし達が書籍でしか見たことのない紅葉といわれるもの……この世界には季節がある。そして、
今は秋、なの」
「…きれいだ。セカンドインパクト前はこんな世界だったんだ」
「…そう。ここは失われた季節を持つ世界。人類が或いは選択したかも知れない、あったかもしれないもう一
つの可能性なの」
「…そうなんだ」

 シンジとレイがいる展望台のすぐ下でも、樹々が待ち焦がれるように、今まさに紅の傘を広げようと身じろ
いでいる。あと数日もすれば全てが緋色に埋め尽くされるだろうとレイは思った。

「綾波、すごいよ。紅色がすぐそこまで来ているよ」
「そう。そして、すぐに次の季節がやってくるわ」

 レイに従い視線を上げたシンジは、遥か遠方に望まれる俊峰の頂に抱かれ、眩く光る白銀に目を細めた。

「…あれは……若しかして、雪、なの?」

 シンジに向けた顔をコクリと頷かせたレイに、…冬ももうそこまで来てるんだ、とシンジは独り言のように
呟いた。肌寒い風がひょうと吹き、レイが髪の毛を押さえる。展望台を囲う手摺で羽根を休めている蝶は耐え
忍ぶようにしてその風をやり過している。

「…ねえ、綾波」
「…なに?」
「雪を…」レイに穏やかな顔を向けたシンジが言葉の穂を、ややあって継いだ。「…見てみたいなぁ」
「…………」
「冬にまたここに来てみたいよ」
「…………」
「いつでもこの世界への門は開いているわけじゃない、と思うんだけど」

 若し、いつか、

「ここに来て、あの雪を見てみたいなあ」

 ここに一緒に来ることがあったとしても、

「一緒に来たいんだ」

 それは、わたしであって、わたしではないの。

「一緒に見たいんだ。ここで、その時間を一緒に過ごしたいんだ」

 そして、あなたはそれに気づく事はないの。

「それは…」

 レイの眸をまっすぐに見て、優しげな表情で言葉を紡ぐシンジに、レイは苦しげにその表情を歪ませてしまう。

 今、わたしはどんな顔をしているのだろう。
 自分を、コントロールできない。彼の言葉を、通過させることが出来ない。彼の言葉が胸に積って、締め付
けられるように胸が苦しい。音を立てて潰れてしまいそうだ。
 わたしをこんなにも不安定な状態にする世界でただ一人のあなた。日に日にわたしの中で膨らむその存在に、
わたしはわたしでなくなった。
 だが、それでも絶対に変わることのない事実、そして宿命。今も心配そうにその眸を揺らせながら、わたし
の顔を覗きこんでいるあなたが想像だにできない事実。そして、絶対に明かせない事実。それは、機密中の機密
であるわたし自身の秘密。知られたが最期、なんびとたりとも逃れることの出来ない絶対的な死を容赦無く降
らせる鋼鉄のロジック。タナトス。それは例え総司令の子供であっても例外ではない。だから、明かすことは
出来ない。絶対に。『その日』までは。機密の意味が意味を為さなくなるその日までは。
 そして、その日、綾波レイという存在は無に還る。わたしの魂に永遠の安息が訪れ、悲願が成就する約束の
時でもある。そしてまた、その日は人類にとって最期の審判の日でもある。その日あまねく一切の衆生に等し
く訪れる事象を回避する術は無い。
 ただ、彼だけはわたしが守り抜く。その時の綾波レイが、自らの存在意義を全うした後、無に還るまでの狭
間に、持てる力の限りを尽くして彼を守り、自らが彼のための水先案内人となるのだ。そして、その為の準備
を今わたしは進めている。それがこの体に残された時間の中で、わたしが為すべき最も大切なこと。彼と出会
ってしまったわたし自身の持つべくして持つこととなったもう一つの宿命。或いはわたしがこの世に生を受け
る前から決っていたことかもしれないし、一人目のわたしから齎されたものかも知れない。
 だから、今のわたしが彼の言葉を正面から受け取ることは避けなければならない。今わたしが為すべきこと
は、この日記帳に全てを託して、三人目のわたしに全てを引き継ぐこと。総ては三人目になるであろう綾波レ
イのため。その心を、いまのわたしが持っているこの心で、約束の日までに覚醒させるため。それが、わたし
の役割…この痛みを乗り越え、全うしなければならない二人目である綾波レイの本懐。
 レイは、両手を小さな胸に添えて、紅い眸をシンジから燃えるような山間へと逸らせた。
 
「…綾波じゃないと…君でないと、ダメなんだ」
「…碇、くん」
「……ダメ、かな?」

 …ごめんなさい。

「…僕なんかと一緒だと、イヤだよね、はは…」
「…そんなこと、ない」

 レイの心がキュッと絞られたような軋みをあげた。

「ほ、ほんと? それじゃ、また一緒に来てくれる?」
「…うん」
「よ、良かった…。あの洞窟は少しおっかないけど、次来るのが楽しみだ……」
「……うん」

 それは、わたしにとっては儚い夢。

「…二三カ月くらい経ってからかなぁ」
「ええ、そうね」

 …見果てぬ夢なの………碇くん。  


 気まぐれな風がレイの頬を撫で、空色のカケラをシンジとレイの目の前に舞い上げた。目を瞬かせるふたり
の前で、懸命に二三度羽を翻した蒼い影は、風に吹かれながらも降下し、先に手摺で羽を休めていた蝶の隣に
ゆるりと降り立つと、そっとその羽を寄せた。

「あ、綾波、あれ」
「…つがい?」
「待ってたんだ。戻ってくるのを待ってたんだよ」
「………そう、ここが目的地だったのね」
「ずっと、待ってたんだ」
「………」
「戻ってくると信じて。ねえ、綾波」
「………」
「……待ってたんだ。諦めないで」

 レイが向けた視線の先では、シンジがこの上なく優しげな笑顔を浮かべレイを見つめている。
 シンジが眩しい。これ以上、見つめることが出来ない程に、シンジの笑顔が眩しい。

「綾波、ぼくも諦めない……これから先、どんなことがあっても一緒にいたいんだ。その…君のことだよ」
「…いかり、くん」

 レイの胸の奥でふたたび軋みをあげた心。
 そこから堰を切ったように何かが溢れだしてきた。
 止めどなく溢れだしたそれは、レイの身体の隅々までも熱くすると、次の瞬間、眸にかかったフィルターが
取り除かれたように、前方の眺望はひと際鮮やかなものとなり、一層その美しさを際立たせた。
 自然、その造形の、そして色彩の美しさにレイは思わず心を震わせてしまう。眦がじわりと熱くなる。
 これまでに経験のない感情の波を受け止めきれずに、堪らずレイはそこに救いを求めるように天を仰いだ。
 いまレイの体に溢れんばかりに満たされたそれは、嘗て見た同じ瑞雲に向け、まるで祈りをささげるような
小さな声となって天に放たれた。



                    あなたと一緒にいたい
                    ずっとずっと傍にいたい



「え? 綾波、何か言った?」
「…ううん」

 小さく首を振ったレイの目の前に、控えめに差し出されたのはシンジの小指。

「いいかな、綾波。約束だよ? もう一度、一緒にここに来るんだよ」

 …わたしの宿命は変わらない。

「…碇、くん」

 …でも、希望を持つことを、夢を見ることを、許されるのなら、

 卒然と小指をシンジの小指に絡ませたレイは、生まれたての笑顔をシンジに向けた。

「約束、するわ」

 …碇くんが、いまのわたしを求めてくれるのなら、

「…綾波……ありがとう」

 …精一杯、努力してみよう。

「お礼を言うのはわたしの方。ありがとう…碇くん」

 …諦めないで手を尽くしてみよう。赤木博士にも相談してみよう。

「そ、そんな改まって言われると、なんだか照れるなぁ……あ、そうだ。お弁当を作ってきたんだよ。眺めも
いいしここで食べようよ、綾波」

 …そして、今のこの気持ちを大切にしよう。

「うん」

 …そして、このわたしの想いの全てをこの日記帳に残しておこう。わたしの真心といっしょに。

 レイの言葉を待っていたように、つがいの蝶が手摺からふわりと飛び立った。

 …ありがとう、碇くん。わたしは今日という日を決して忘れない。

 空を見上げたシンジとレイに、その舞いを見せつけるように羽を翻しては風に乗せ、やがてひとつになった

 碧い影は一気に上空へと舞いあがった。

 紅に萌える眺望が、蒼の残像の向こうで一段と煌めきを増した。

 ひと呼吸ごとに美しさを増す晩秋の自然に、レイの中ではち切れんばかりに膨らんだのは、生きているという

 実感であり、この上ない心の安寧だった。身体中の細胞は新たな生の息吹を得、血流は清々しい酸素を全身に運び、

 胸の鼓動は活気に溢れたリズムを刻み始め――。

 いきなり歩きだしたレイに、まだ小指を絡めたままのシンジの右腕が伸びる。

 驚いたシンジがレイに言葉をかけたが、気まぐれな風がその殆どを持っていってしまう。

 辛うじてレイの耳に届いた綾波という声に、眩い笑顔をシンジに向けたレイの手には一本のローズマリー。

 レイがタクトのようにそれを振るうと、魔法をかけたように清々しい香りと短い旋律が広がった。

 慌てて捕まえようとしたシンジの前で、レイの唇からこぼれた僅か数小節のハミングは、ふたたび展望台を吹き

 抜けた風に瞬く間に舞い上げられていった。高く。どこまでも高く。

 風に乗ったそのメロディーは、いまだ消えない碧い残像を追いかけるように、抜けるような秋の空へと吸い込まれていった。



                        The End




 主題歌『second anniversary』
 唄 初音ミク


 
 改めまして、綾幸サイト開設、十周年おめでとうございます!
 このサイトで幾多の素晴らしい作品と出会う機会をいただき感謝しています。
 これからも、ずーーーと、綾幸らしい発展が継続することを祈念いたします! 



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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.18 )
日時: 2012/01/19 01:59
名前: tamb

■second anniversary - 綾波レイの幸せ -/calu
( No.14,17 )

 恥を忍んで正直に書こう。この話、はっきり言ってわからんかった。

 レイはもちろん、リツコでさえもシンジの知らない何かを知っているはずだが、それはシン
ジには明かされない。もちろん読者にも。

 霧の中をくぐり抜けると、地図にない「裏」という言葉が指し示す通りそこは異界である。
異界への入り口といった方がいいかもしれない。
 そこを知るレイもまたこの世のものとは思われない(ヒトデハ無イノカ)。
 様々な罠と門とくぐり抜けてたどり着いた裏強羅は季節のある地であった。あり得たかもし
れない可能性、まさに異界である。

 様々なキーワードが出てくる。ローズマリー、蝶、つがい、木箱、サングラス……。
 それは何かを意味しているはずだが、それが何なのかわからない。基礎的な素養ともいうべ
き何かが私に不足しているのだと思われる。

 大きな流れの中で最も気になったのは、果たして二人は季節のない場所――現世へと還って
きたのかということだ。
 本当に霧をくぐって異界へと入っていったのか。「思考力を半ば失い朦朧とした頭には、今
日ここに来た目的さえ不明瞭になり始めている。」あたりから既に異界で、レイはまだベッド
の上にいるのではないか。そんな気もする。もしそうだとすれば、誰が何のために何をしよう
としていたのか。というか、ファンタジーのお約束というか基本を学ばなければならないよう
な気が(^^;)。

 ただ雰囲気は良く出てるしイメージは鮮烈なんだよな。エンディングあたりは私なんかが読
んでもとてもファンタジックで、すごく美しい。これを理解しきれないのはすごく悔しい。

 というわけで作者(あるいは識者)の詳細な解説を激しく求む!


 エンディングテーマ。
 今更な話だけど、歌もののオリジナルを作った時、一昔前なら公開するのはほとんど不可能
だった。だって、メインの歌はどうするのよ。仮に歌がそこそこ上手かったとしてもどうやっ
て録音する? そしてほとんどの場合は単なるカラオケになってしまう。その意味でVOCALOID
はあまりに偉大だ。
 ベースラインは聞くに耐えんとまではいわないけれど、音色が良くないな(笑)。懐かしのシ
ンベ感がありすぎる。
 イントロとかの、こういうピアノでコード感を支えるっていうのは、ボイシングとか音量の
バランスとかベロシティとかデュレーションとかいろいろ問題はあるけれど、普通に人間が弾
いても雰囲気をだすのは難しい。いわんや打ち込みでをや。

ttp://www.youtube.com/watch?v=LClYIjpKNrU
これは山下達郎の「2000トンの雨」という曲。ピアノはたぶん難波弘之(あんまり自信ない)。
極端な例だけど、これ、打ち込みでできると思う? caluさんはやって分かったと思うけど、
音色の問題も含めてピアノってのはそれほど難しいんですよ。

 そういう細かい部分はともかく、メロディーは美しいと思う。サビの盛り上がりにはやや欠
けるけれど、それはアレンジにもよるかな。歌詞はあんまりよく聞き取れないです。ユニゾン
で鳴ってるシンセがちょっと邪魔してる感じ。再掲を求む。
 4:35あたりからのGソロは異常に生々しい。ここは生演奏とみた!
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.19 )
日時: 2012/01/21 16:04
名前: calu

tambさん

コメントを有難うございました。
今回の『second anniversary』は、現在連載中のepisode20.02と23.01との間に入る外伝としての
位置づけとなっておりまして、原作『涙』直前のレイの心情と二人の関係がどこまで高まっているか
を描いておきたいと思いました。そして、わたしが原作から一貫して感じるモチーフ、『囲われた世界』、
を背景に設定できないかな、とも。結果、妄想の膨れ上がるままに二人を『裏強羅』という非日常
へと導いていったわけですが…。ただ作品としては、要となるストーリー部分に瑕疵があったようでして、
それはtambさんに何かが不足している等では決して無く、作り手たるわたしの未熟さ以外の何もの
でもありません(汗;;)。
というわけで、解説の苦手なcaluとしましては、補完話をどこかで書かせて頂こうかなと(汗;;;)。

尚、前述の『囲われた世界』ですが、これまでも何度か拙作に出てはきていました。
連載のepisode20.01とか、本作に紐付く1111111hit記念企画の『anniversary』では、そこに迷い込
んでしまったレイが、自分を救い出してくれた少年にふたたび会う為に、自らそこに足を踏み入れて
しまいます。

>「レイはまだベッドの上にいるのではないか。そんな気もする。」
いずれにしましても、tambさんの何気ないコメントにはいつもドキッとさせられます(^^;;)。

そして、エンディングテーマにまでコメントいただき恐縮です(滝汗)
よもや自分がDTMやVOCALOIDを使うとは夢にも思わなかったのですが、正直SONARの手軽さとVOCALOID
にはビックリ。ところがこのVOCALOIDが予想外に手強く、まるで最新の電子制御インジェクターを
積みながら半クラの使えないマニュアルのスポーツカーを飼いならすようなもので、なかなか思
うように歌ってくれません。それで、色々と先輩たちのサイトを見て調整したり、なだめたり(?)
などして歌ってくれると非常に嬉しい…。ご多聞にもれず、みっくみくにされるとこでした。
因みに、初音ミクを選んだキッカケとなったのは、何処さんの『ミラクルペイント』です(笑)。
結果、あの程度に仕上げるだけでも結構な労力を使うこととなってしまい、SONARの方は全く未調整
…なんて、恥ずかしい言い訳なのですが、かけるべき箇所には時間をかけて、キチンとしたものを
作れるようにしたいと思います。ピアノのベロシティを調整するだけでも全然違ったんですよね(後悔)。

>「2000トンの雨」
古い曲ですが、とてもいい曲で、たしか2バージョンありましたよね。
>これ、打ち込みでできると思う?
無理(爆)。

>歌詞はあんまりよく聞き取れないです。
わたし、ミクに叱られそう(^^;;;)、折角なんで以下に歌詞を載せておきますね。 

>4:35あたりからのGソロは異常に生々しい。ここは生演奏とみた!
出た! レイの白カスか!? なんて(笑)。



 second anniversary
 by calu


 思いがけず開いたdiary 見つけたあの日の優しさ

 まっしろなページに添えられた1行だけの初めてのコトバ いま見つけたのね

 通り過ぎた時間を、つたないコトバが 色を重ねてくdiary

 あとどれだけのコトバを詰めこめるの 流れる時が優しくわたしの時間を溶かしてく

( 間奏 )
 
 遠い昔の物語 まっ白なノートに浮かんでは消える 幻
 
 喪したおもちゃ箱を探すように あなたとの絆を求め彷徨う ねえ、いつの日にか

 あなたといっしょに過ごす日々を、今日もdiaryに 虹の鍵をあけて詰めるの

 あとどれだけのコトバを詰めこめるの

 流れる時が優しくわたしの時間を溶かしてく

( 間奏 by 碇シンジ )

 今日はじめて気付いたの 知らなかった事実よ

 あなたには そっと教えるわ 大切なことなのよ

 空の青 山の緑 花の赤 白い雲 

 美しいもので満ち満ちて いる世界なのよ

 移りゆく時のなかで姿を変え

 心和む世界なの ノートに書いた あなたへの感謝のコトバ を添えて

 少し重くなったdiaryを手に 今日もあなたの笑顔に 会いにいくの

( 間奏 by 綾波レイ)

 そして わたし

 はじめて気付いたの 知らなかった事実よ

 あなたには 教えることなどできない この想い

 ふたりで (いっしょに) これからも (ずっと もっと) はるかな

 時を駆けてくの ただそれだけの私の望み

 移りゆく時のなかで、そんな気持ちに気付かせてくれた

 あなたへの感謝のコトバを添えて

 少し重くなったdiaryを手に 今日もあなたの笑顔に会いにいくの
 


メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.20 )
日時: 2012/01/21 16:38
名前: タン塩

うん、わからん。でも、分からなくていい。そんな空気感のある作品。それほど
鮮やかなイメージがありますね。いい!

携帯では曲が見れますんorz
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.21 )
日時: 2012/01/22 19:53
名前: calu

タン塩さん

読んでいただき有難うございます。

>うん、わからん。
ひぇぇーごめんなさいー。

>携帯では曲が見れますんorz
タン塩さんは確かようつべ派ですよね。失念しておりましたが、
ようつべにもうpしてたんです。次回修正版うp時にギターパートお願いしますん。


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メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.22 )
日時: 2012/01/30 02:23
名前: tamb

> 今回の『second anniversary』は、現在連載中のepisode20.02と23.01との間に入る外伝としての
> 位置づけとなっておりまして

 「Episode 18.01 to 20.01 伝えたい - I wish I could be with you」と「1111111hit記念
企画の『anniversary』」を読み返してみた(ざっとだけど)。うーむ。というしかない感じ。
空中に放り出されたような浮遊感がある、とでも言っておこう。というか、今更だけど「彷徨
う虹」ってのはすごい話だな。
 それからあれだ。1111111hit記念企画はどっかにリンク作っとかないと話を探すのが大変す
ぎるな。このまま埋もれされるべきではない話もあるし。

 DTM。レコポ(さすがに誰も知らんだろ! DOS時代だ)とPerformer(デジパフォにあらず)は
必要があって使ってた。SONARは趣味で買ったんだけど、必要に迫られてなかったんで一通り
遊んでぶん投げた。高い買い物だ(^^;)。そんなに取っつきやすい印象はなかったんだけど、
やる気になれば使いやすいのかもしれん。まあパフォーマーはともかく、レコポが使いやすい
とは思わないけど(笑)。慣れの問題はあるし。いずれにしろ全部MIDIで鳴らすって話じゃなけ
れば面白いんだよな。エフェクトとかばんばん使えるし。

> >「2000トンの雨」
> 古い曲ですが、とてもいい曲で、たしか2バージョンありましたよね。

 いい曲です。上に書いたライブバージョン(売ってないそうですが)を入れると3バージョン
になりますか。

> 出た! レイの白カスか!? なんて(笑)。

 白カスなのか! そして最初の間奏がシンジとは気づかなかった!
メンテ
Re: サイト開設十周年カウントダ ( No.23 )
日時: 2012/02/05 00:29
名前: 何処

《シアワセナワタシ》


今日も碇君が泊まりに来る。

肌を重ね合わせるのは気持ち良い。碇君の躯は暖かいし、普段はキスする時位しか見る事の無い間近で見る碇君の表情をずっと見ていられる。



行為 が 終わ る 。 



灼熱にぬちゃつく汁…粘液が熱を失い、冷たくなっている。ふと濡れたシーツの触感が私を現実へ引き戻す。

隣に眠る碇君の顔を見る。


うっすらと黴の様に伸びた髭、うなじには一本の白髪。


そっとシーツから躰を引き剥がし、風呂場へ裸のまま足を向ける。



手を掛けたドアノブの発てる音に一瞬怯えた。



脱衣場に入り慎重にドアを締め、灯りを付けて振り向けばそこには一枚の鏡。

私は裸身を姿見に映す。

鏡の中には青い髪に赤い瞳の雌。



綺麗な肉体だと思う。



白い裸身のあちこちに付いた痣の様な跡は碇君の唇の付けた印。

そう、この裸身はさっきまで雄に組敷かれて汗まみれに蠢き、跳ね、絡んでいた。

体液の残滓がこびりついた下腹部。否、顔に、髪に、乳房に、太股に、碇君の欲望の証が付着し、私の身体中が碇君に染められている様。



一瞬、汚された様な嫌悪感を感じる。



以前は私が碇君と一つになった証と感じていた。碇君をいつまでも感じたくてシャワーすら浴びたく無いと思った。

碇君に包まれ、一つになる感覚。それはさっきまで私が堪能した感覚。

冷静になれば聞くに耐えない唸り声と喘ぎを繰り返しお互いを求める二人の姿は宛ら発情期の獣だっただろう。



…獣。人と言う 獣



私は獣、欲望の化身



私は人、考える葦



私 は 獣


私 は 人


… 人 …


人とは何?


ヒト …


私 は

ヒ ト

なの?



…つまらない疑念と眠気を体を汚す二人の体液と共に振り払う為、私は鏡から目を反らして浴室の扉に手を掛ける。



…鏡の中の女が妖しく笑った様に見えた。



シャワーの蛇口を開け、熱目の水流を裸身に叩きつける。

ごわごわした乾いた体液が粘り気を取り戻す。その感触に鳥肌を起てて、私はボディソープを身体に塗り付けて擦る。

あれほど愛しく感じた温もりの残滓を洗い落としながら、私は熱い何かが視界を曇らせている事を自覚する。手を顔に当て、目から零れる体液に触れた指先の感触に戸惑い呟く。



「…涙…これは何?これは、涙…涙?何故?何故私は泣いているの?」



私は茫然と湯に叩かれながら立ち尽くし、解析不能な感情に当感しながら嗚咽を漏らす。



涙は溢れ続けていた。



※※※



風呂を上がり、ベッドに眠る碇君の隣に裸のまま潜り込む。

さっきまでの嫌悪感は…無い。

碇君は抱き合って眠る事を嫌がる。事が終わればまるでいけない事をする様に抱き着いている私を押し退けてしまう。

眠る碇君に抱き着く私、どうせ朝には押し退けられるにしても構わない。


今この刻、私は至福に包まれる。


手の内には碇君がいる。これが私の、綾波レイの幸せ。

碇君を抱き締める満足感に浸りながら私は眠りの園へと落ちて行った。



【モザイクロール】歌・GUMI
http://www.youtube.com/watch?v=rfjaq9rYQ1Y&sns=em
YouTube 動画ポップアップ再生
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Re: サイト開設十周年カウントダウン企画・八月―カウントゼロ― ( No.24 )
日時: 2012/02/08 22:31
名前: tamb

 彼女というのは彼方の女と書く。女の子の気持ちはわからない。
 濡れたシーツは気持ち悪いと思うけれど、自分の腕の中でことりと眠ってしまう女の子はと
ても愛しいと思う。でも私は碇くんじゃないし。でも。
 いいところだけじゃなくて嫌なところも見えてきて、それでもやっぱり好きで、腐れ縁かな
と思った時に見えてくるものも、きっとあるんだろうと思うのですよ。

メンテ

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