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piece to Peace
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/11/26 00:13 |
投稿者 | : calu |
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■□■□ ■□■□
メインゲートから中央病院までは距離にして二三百メートルとそう遠くはない。それでも一度ジ
オフロントに出てから小路を辿る必要がある。大きく破壊され、僅かに嘗ての面影を残すだけのメ
インゲート前の正門を出たレイをチームリーダーとする警護班は、降りそそぐ陽光の下を中央病院
へと急いだ。ブーツのアスファルトを噛む音が空気を揺らし、銃器の擦れあう音が体感温度を下げ
る。交わされる言葉は無く、遠くで鳴り続ける警報だけがジオフロントを縫っている。
中央病院の敷地に入ると、メインエントランスへの空間が大きくひらけた。そこでは緑豊かな植
栽が太陽の陽射しに照らされ、その輝きを一面に振りまいている。嘗てと変わることのない風情が
この場所だけには存在していた。SUVとオフロードバイクが忘れ去られたように残された駐車場の
奥、休日の佇まいを見せる正面ロビーの前にその白衣の女性はいた。
「レイちゃん」
「碇くんは?」
「まだ眠っているわ。それ以外に特に変わったことは無し、よ」
こくりと頷いたレイに、婦長のバッジを胸に付けた女性はその笑みを一層深くした。
「レイちゃんも…もう大丈夫みたいね。安心したわ」
「………」
「それに、今日は強そうな殿方が二人も付いてくれているのね。心強いわ」
可憐な笑顔を浮かべるその女性に、レイの後ろの二人は静かにIDを翳して見せた。その所属は総
務局となっている。
「千代田ユキです。加賀さんに衣笠さん、今日はよろしくお願いします。…若しかして、どこかで
お会いしたかしら?」
「どうでしょうか…以前来院した際にお会いしているやも知れません」
「そうですわね。余計なことをお聞きしてごめんなさい。お二人には早速病棟内を簡単にご説明い
たしますわ」
「婦長、それには及びません。我々も総務局の一員ですので、病院内施設内については細かいとこ
ろまで頭に入れてきている積りです。婦長もご多忙だと伺ってますので、我々は早速警備フォーメ
ーションにつかせて頂きたいと思います」
「そう…実は緊急オペがあるので、助かりますわ」
それではよろしくお願いしますと、少女のようにぺこりと一礼し外科病棟へと向かおうとしたユ
キだったが、シンジの病室につづく回廊に視線を留めるレイに向き直ると、おもむろにその手を取
った。
「レイちゃん」
「…はい」
「…無理は、しないでね。お願い」
「………」
慌ただしく外科病棟に向かうユキの華奢なシルエットをしばらくの間、レイは目で追っていた。
千代田ユキ。ネルフ中央病院脳神経外科婦長。レイが物心ついた時には専属看護師として傍にい
た。サードインパクト以前から脳神経外科で適格者全てのケアを一身に受け持つ彼女は、どんな凄
惨な場に立ち会わされようが、その心を失意のどん底につき落とされようが、朗らかな笑顔を絶や
すことは無かった。その人間性を良く知るヴィレの嘗ての仲間からの幾度の説得にも頑として応え
ず、戦自が侵攻した時には自らがその銃口への盾となり適格者や患者達を守ってきた。そう、文字
通り最後の一人になっても。まるで少女のような純粋な魂と身体を純白の衣で覆い、彼女なりの戦
場を駆け抜けてきたユキは全てを理解し、そして捧げている――。
「では、われわれは正面ロビーの警護にあたりますので、リーダーは警護対象者の病室に」
レイが頷くのを確認した初老の男は、正面玄関から車寄せに出るともう一人の若い班員と打合せ
を始めた。その二人の物腰、そして目配せなどといった基本動作には一切の無駄も一瞬の隙も見ら
れない。ある種の不自然さを覚えるほどに。それは、中央病院に到着するまでに、レイが感じとっ
ていた違和感であったのだけれども。
(…慣れている)
(…保安局員でも無い、総務局の職員なのに)
白亜の病棟は、広く取られた窓いっぱいに受けた陽光に、南欧の建造物さながらに院内の壁面を
輝かせている。人気のない沈黙の中で、白に染め抜かれた回廊の空気を微かながらに揺らせている
のは澱みなく動くレイのブーツの音だけだ。5分もしないうちにICUの標示が現れるだろう。警護
対象者である碇シンジの病室はその隣に位置する。
誰にも読み取れない思考を巡らせていたレイを取り巻く底無しの静寂。それを破ったのは無線機
からの呼び出しでは無かった。異質な着信音はレイの持つ携帯端末が発する高位の秘匿回線に相違
なかった。知れず眉を顰めたレイが端末を取り出したとき、一発の乾いた銃声が木霊した。
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/11/26 00:11 |
投稿者 | : calu |
参照先 | : |
tambさん
有難うございます。
忙しさと妄想の膨らみは比例するようです(笑)。
相変わらず筆は進みませんが(哀)。
D・Tさん
こんにちは。caluです。
拙作を読んで頂き有難うございますー。
妄想が潰えるまで、頑張りますので引き続きよろしくお願いしますー(笑)。
有難うございます。
忙しさと妄想の膨らみは比例するようです(笑)。
相変わらず筆は進みませんが(哀)。
D・Tさん
こんにちは。caluです。
拙作を読んで頂き有難うございますー。
妄想が潰えるまで、頑張りますので引き続きよろしくお願いしますー(笑)。
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/11/24 16:52 |
投稿者 | : D・T |
参照先 | : |
見てます。潜水艦みたいにじっと息を潜めて。
新劇準拠でここまで面白い物を書かれると、もうこちらとしては姿勢を正して帽子を脱ぐしかありません(笑)。
続き、待ってます!
新劇準拠でここまで面白い物を書かれると、もうこちらとしては姿勢を正して帽子を脱ぐしかありません(笑)。
続き、待ってます!
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/11/23 01:15 |
投稿者 | : tamb |
参照先 | : |
それでいい、と私も思う。
続き待ち。
そして
>あの人も(笑)
あの人とは!?
妄想は広がるが、これも続き待ち(笑)。
続き待ち。
そして
>あの人も(笑)
あの人とは!?
妄想は広がるが、これも続き待ち(笑)。
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/11/19 00:26 |
投稿者 | : calu |
参照先 | : |
▲▽▲▽ ▲▽▲▽
「綾波、大丈夫?」
「うん」
「もう少しだからさ。戻ったら直ぐにご飯の準備するから」
「うん」
両手いっぱいの荷物を抱えたシンジは、後ろのレイを見返った時にバランスを崩し、危うく荷
物を落としそうになる。思わずたたらを踏んでしまったシンジの後ろでは、レイが左手に大きな
ビニール袋を提げ、右手に持ったショパンの楽譜を大切そうに胸に添えている。仄暗い通路の前
方へと改めて意識を向けたシンジ。レイの部屋まではあと少しなのだ。
それにしても参った。高雄の話が終わったところで、出荷の準備が間に合わないとかで、結局
手伝されるはめになったのだ。それでも忙しい中、時間を割いて色々と教えてくれたんだからと、
差し出されたエプロンを渋々着けたわけだが、いざ山積みされた商品の山を目の当たりにすると、
その物資の多さに眩暈を覚えてしまった。折れそうになる心を立て直し、レイと一緒に作業を始
めたものの、いかんせん慣れていないこともあって、全てを終了するのに2時間もかかってしま
った。もう身体はくたくたお腹はぺこぺこ。だが、しかし助かったのは、そこが購買部という事
実。食料品であろうが何だろうが大概のものは手に入る環境にあり、更には機嫌を良くした高雄
が何でも好きなだけ持ってけ、などと大盤振る舞い発言まで飛び出した。いささか肉体労働との
バーター取引き的ではあるのだけれど。
(…それにしても、調子に乗って貰いすぎたかなぁ)
(…けど、食材だけじゃ意味ないし)
(…綾波の部屋って何にもないんだし)
(…ただの缶詰めじゃ、だめだ。意味が無いんだ)
(…温かいものを食べてもらいたいんだ…たとえ簡単なものでも)
そう、シンジの抱えている荷物は食材のみにあらず、実際のところ調理のための道具や器具が
その大半を占めていた。腕の中で器具の擦れあう音を聞きながら、シンジは嘗て海洋生態研究所
でレイに飲んでもらえた味噌汁、そして学校で手渡す弁当のメニューを懸命に考えていた時に想
いを馳せた。ここに来てからシンジに提供される食事の内容から考えても、レイに与えられる食
事は恐らくは最低限の栄養摂取だけを目的とした内容になっていることは想像に難くない。だか
らこそ、とシンジは思う。少しでも手を掛けた料理をレイに食べてもらって、昔の記憶を取り戻
すきっかけにならないだろうか……あの頃のことを少しだけでも思い出してもらえないだろうか、
と。奇しくも今日、高雄との出会いによって、全てでは無いものの新たに認識できた14年間。
まるで現実感の湧かないフィクションとも思えるその間の出来事について、もっともっとレイと
話したいことがある。そう、何より、レイはいつ初号機から出てきたのか、何故レイだけが先に
出されたのか、と――。
「…碇くん」
え? と振り返ると、レイが通路から横穴のように伸びている狭い通路を指さしている。
「水はここで手に入るわ」
人ひとりが通れる幅の通路だが、いかんせん真っ暗で奥の様子がよく解らない。それでも懐中
電灯を手に中に入ると、すぐ左手が流し台のあるスペースとなっていた。給湯室のようにも見え
るそこに懐中電灯の光をあてるとステンレスのシンクが鈍く光った。さらに注意深く足元を照ら
すと、無数のガラスの破片が壁側に掃き寄せられている。ここを使うレイがそうしたのだろう。
それでも蛇口をひねって実際に水が出るのを確認すると思わず安堵の溜め息が漏れる。ここなら
レイの部屋と目と鼻の先だ。シンジの考える計画に無くてはならないもの。その一つが水の出る
場所、なのだ。
「さてと、これで準備万端整ったよ」
レイの部屋では、運びいれられた食材が床に敷かれたシートの上に行儀良く並べられ、シンジ
によって手際良く組み立てられた段ボールの上には、既に電気コンロとステン鍋がセットされて
いる。シンジは鍋セットを目を丸くして色んな角度から眺めるレイに思わず笑みを洩らした。
「ところで、綾波はさ…その、いつもどんなのを、食べてんの?」
「これ」
レイがつまみ上げるようにして見せた処方薬の袋に、シンジは思わず顔をしかめてしまった。
ある程度の予想はしていた。が、しかしこんなもので健康体を維持出来るはずは無い。これでは、
必死に助けたこの少女は……これからも一緒に生きようと誓ったこの少女は……。シンジは目前
で胸に添えた楽譜を離そうとしない少女が本当に心配になってきた。
「…それって、サプリメントだよね。でも、やっぱさ、出来るだけちゃんと食事は採った方がい
いと思うんだ」
「……」
「だからこれからはさ、出来るだけ、僕が食事を、その、作ろうと思うんだけど…いいかな?」
「…うん」
レイの返事を聞くや、シンジは給湯室に脱兎のごとく駆けだした。準備に取り掛かる為に。
今夜のメニューは水炊きだ。高雄から特別に奢ってもらった昆布で美味しいダシを取って、
大根もがりがり卸して、肉抜きでもお野菜をたっぷりポン酢でいただくのだ。締めのおじや
も忘れてはならない。
決めた。ネルフやヴィレ、そしてエヴァは、その時に悩めばいい。
今は、この少女を取り戻すために出来ることをしよう。
今は、それでいい。
それでいいんだ。
「綾波、大丈夫?」
「うん」
「もう少しだからさ。戻ったら直ぐにご飯の準備するから」
「うん」
両手いっぱいの荷物を抱えたシンジは、後ろのレイを見返った時にバランスを崩し、危うく荷
物を落としそうになる。思わずたたらを踏んでしまったシンジの後ろでは、レイが左手に大きな
ビニール袋を提げ、右手に持ったショパンの楽譜を大切そうに胸に添えている。仄暗い通路の前
方へと改めて意識を向けたシンジ。レイの部屋まではあと少しなのだ。
それにしても参った。高雄の話が終わったところで、出荷の準備が間に合わないとかで、結局
手伝されるはめになったのだ。それでも忙しい中、時間を割いて色々と教えてくれたんだからと、
差し出されたエプロンを渋々着けたわけだが、いざ山積みされた商品の山を目の当たりにすると、
その物資の多さに眩暈を覚えてしまった。折れそうになる心を立て直し、レイと一緒に作業を始
めたものの、いかんせん慣れていないこともあって、全てを終了するのに2時間もかかってしま
った。もう身体はくたくたお腹はぺこぺこ。だが、しかし助かったのは、そこが購買部という事
実。食料品であろうが何だろうが大概のものは手に入る環境にあり、更には機嫌を良くした高雄
が何でも好きなだけ持ってけ、などと大盤振る舞い発言まで飛び出した。いささか肉体労働との
バーター取引き的ではあるのだけれど。
(…それにしても、調子に乗って貰いすぎたかなぁ)
(…けど、食材だけじゃ意味ないし)
(…綾波の部屋って何にもないんだし)
(…ただの缶詰めじゃ、だめだ。意味が無いんだ)
(…温かいものを食べてもらいたいんだ…たとえ簡単なものでも)
そう、シンジの抱えている荷物は食材のみにあらず、実際のところ調理のための道具や器具が
その大半を占めていた。腕の中で器具の擦れあう音を聞きながら、シンジは嘗て海洋生態研究所
でレイに飲んでもらえた味噌汁、そして学校で手渡す弁当のメニューを懸命に考えていた時に想
いを馳せた。ここに来てからシンジに提供される食事の内容から考えても、レイに与えられる食
事は恐らくは最低限の栄養摂取だけを目的とした内容になっていることは想像に難くない。だか
らこそ、とシンジは思う。少しでも手を掛けた料理をレイに食べてもらって、昔の記憶を取り戻
すきっかけにならないだろうか……あの頃のことを少しだけでも思い出してもらえないだろうか、
と。奇しくも今日、高雄との出会いによって、全てでは無いものの新たに認識できた14年間。
まるで現実感の湧かないフィクションとも思えるその間の出来事について、もっともっとレイと
話したいことがある。そう、何より、レイはいつ初号機から出てきたのか、何故レイだけが先に
出されたのか、と――。
「…碇くん」
え? と振り返ると、レイが通路から横穴のように伸びている狭い通路を指さしている。
「水はここで手に入るわ」
人ひとりが通れる幅の通路だが、いかんせん真っ暗で奥の様子がよく解らない。それでも懐中
電灯を手に中に入ると、すぐ左手が流し台のあるスペースとなっていた。給湯室のようにも見え
るそこに懐中電灯の光をあてるとステンレスのシンクが鈍く光った。さらに注意深く足元を照ら
すと、無数のガラスの破片が壁側に掃き寄せられている。ここを使うレイがそうしたのだろう。
それでも蛇口をひねって実際に水が出るのを確認すると思わず安堵の溜め息が漏れる。ここなら
レイの部屋と目と鼻の先だ。シンジの考える計画に無くてはならないもの。その一つが水の出る
場所、なのだ。
「さてと、これで準備万端整ったよ」
レイの部屋では、運びいれられた食材が床に敷かれたシートの上に行儀良く並べられ、シンジ
によって手際良く組み立てられた段ボールの上には、既に電気コンロとステン鍋がセットされて
いる。シンジは鍋セットを目を丸くして色んな角度から眺めるレイに思わず笑みを洩らした。
「ところで、綾波はさ…その、いつもどんなのを、食べてんの?」
「これ」
レイがつまみ上げるようにして見せた処方薬の袋に、シンジは思わず顔をしかめてしまった。
ある程度の予想はしていた。が、しかしこんなもので健康体を維持出来るはずは無い。これでは、
必死に助けたこの少女は……これからも一緒に生きようと誓ったこの少女は……。シンジは目前
で胸に添えた楽譜を離そうとしない少女が本当に心配になってきた。
「…それって、サプリメントだよね。でも、やっぱさ、出来るだけちゃんと食事は採った方がい
いと思うんだ」
「……」
「だからこれからはさ、出来るだけ、僕が食事を、その、作ろうと思うんだけど…いいかな?」
「…うん」
レイの返事を聞くや、シンジは給湯室に脱兎のごとく駆けだした。準備に取り掛かる為に。
今夜のメニューは水炊きだ。高雄から特別に奢ってもらった昆布で美味しいダシを取って、
大根もがりがり卸して、肉抜きでもお野菜をたっぷりポン酢でいただくのだ。締めのおじや
も忘れてはならない。
決めた。ネルフやヴィレ、そしてエヴァは、その時に悩めばいい。
今は、この少女を取り戻すために出来ることをしよう。
今は、それでいい。
それでいいんだ。
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/11/19 00:24 |
投稿者 | : calu |
参照先 | : |
□タン塩さん
部屋とワイシャツと綾波の第二章お待ちいたしますー。
>何のことかなぁ? あ、手が勝手に画像を
やっぱし持ってたー(笑) 最高っす。タン塩アニキぃ。
□tambさん
有難うございますー。
ののさんに触発されて軽い気持ちで始めたリハビリ企画だったんですが、
仕事があまりに忙しくなって妄想が膨れあがってしまい…暫くは終われ
そうにない状況に…。
>千代田って婦長!
はい。ネルフ本部も人手不足らしく、登場いただくことに(笑)
あの人も(笑)
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/11/17 02:27 |
投稿者 | : tamb |
参照先 | : |
千代田って婦長!
まじでおもしれえぞ、この話。
わくわくして待つ。
しかしこの掲示板も今やこれと親父補完委員会と二大連載状態だ。この時代にあってこれ
は望外の喜びかと。こっちも何とかせねば。ねえののさん? 見てる? でーちゃんは?
まじでおもしれえぞ、この話。
わくわくして待つ。
しかしこの掲示板も今やこれと親父補完委員会と二大連載状態だ。この時代にあってこれ
は望外の喜びかと。こっちも何とかせねば。ねえののさん? 見てる? でーちゃんは?
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/11/09 18:19 |
投稿者 | : タン塩 |
参照先 | : |
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/11/04 17:11 |
投稿者 | : calu |
参照先 | : |
■□■□ ■□■□
耳を劈く警報と赤い非常灯が交錯する通路を、わたしは保安局警備室へとひた走る。人影の途
絶えた無限軌道にも思える回廊に、わたしの足音だけが鳴り響く。保安局に到着すると、無人警
備室の入退出コントロールボックスのスリットに素早く自らのIDを通した。大気開放音と共に開
放されるエアロックドア。そして、その向こうには鈍色の光沢を持つロッカーが顔を覗かせる。
扉のキーボードにPIN CODEを落とし込むと、冷たい音と共に解錠された扉の向こうに幾多の銃器
と弾薬が姿を見せる。
わたしは架台に掛けられたアサルトライフルとハンドガンを手に取ると、精密機械のように目
にも止まらない速さで作動チェックを行う。弾帯ベルトを肩に掛け、警備室を飛び出そうとして
刹那足を止める。少し考えて、50AE弾が装填された幾つかの予備マガジンをベルトに差し込み警
備室を後にする。中央ホールへと急がなければならない。
「レイ、来たか」
「…敵」
「ふむ、第3の少年を奪取したのだからな。ヴィレによる相当規模の作戦がなされることを想定
し、L結界内には量産型も配備しておいたのだが…裏をかかれた一部部隊にジオフロントへの侵入
を許すこととなった」
「………」
「まあ幸いにして侵入したのは、嘗てはネルフに所属していた部隊という点だ。先般おまえに重
傷を負わせた元UN軍の連中ではなくてな」
「………」
渚カヲルは既にヴィレが潜伏しているとされる現場に出立した後でここにはいない。副司令と
のブリーフィングを終え、持ち場の中央病院に向かおうとしたわたしは、前方に立ちはだかった
二人の男に行く手を遮られた。初老の男、そしてまだ少年といってもいい若年の男は、およそ保
安局員らしからぬ格好――まるで昔の警備員のような制服――に身を包み、背筋をぴんと伸ばし
ている。よほどわたしは不審な表情をしていたのだろう、副司令はその二人を中央病院の追加警
備要員として、若干の捕捉を添えてわたしに紹介した。
人員不足の状況下、僅かながらの現役保安局員はカヲル率いる要撃部隊に編入されている。よ
って中央病院の警護はわたし単独で為さざるを得ない状況だった。しかしながら、先の戦闘でわ
たしが重傷を負ったことを聞きつけ、他部署の何人かが応援志願したとのことだった。勿論、今
次の侵入者が元ネルフの人間でもあることから、激しい戦闘に発展する可能性は低く、かつ病院
警護という限られた条件が二人の配備を許可させたことは容易に想像がつく。が、それでも戦闘
による死傷というリスクに直面することとなるのだ。下命された命令をただ遂行するだけのわた
しには、その二人の志願動機を理解できなかった。
「そういう訳でな…まあよろしく頼む、レイ」
「はい」
「ああ、それでな。渚君がこれを」
副司令がわたしに手渡したのは、小さなペン型の発信機だった。
「万が一、敵の来襲が中央病院に及びそうになった時は、躊躇無く押してくれ、とのことだ」
「………」
エアロックドアが開放されると、部屋の中央に据えられた巨大なモニターが目に飛び込んでき
た。画面には荒涼としたジオフロントが映し出されているが、その中央には不自然な体勢で着陸
したオスプレイが黒い煙を吐き続けている。
ローバックチェアに腰を沈め、いつもの体勢で画面を見据える司令服の男。定位置とも言える
その男の隣に冬月は歩を進めた。既にその眉間には深い皺が刻まれている。
「どんな様子なのだ、碇?」
「…侵入したのは単機。量産型の攻撃で不時着に近い状態だが、乗員の数は解らない。…無線で
投降の意思を出している」
「まあゼーレの少年を中心とするチームに包囲されているのだからな。無理はない」
「…ただ」
「どうした? 何が気に掛るのだ? 認識信号は元ネルフのものではないのか?」
「………」
モニターの中では、渚カヲルの率いるチームが次第に包囲網を狭めている。戦闘服の保安局員
がFN SCARを黒煙を吐き続ける機体に向け身を低くしてにじり寄る中、カヲルだけはいつもと変わ
らない様子でその機体の正面から躊躇無く距離を詰めていく。その包囲網が、毒々しい黒煙と計
器類のショートする音がジオフロントを薙ぐ風の合間に聞こるまでに狭められたとき、ふとカヲ
ルの足が止まった。静寂。今一歩、目前に迫った漆黒の機体へと歩を進めようとしたカヲル。眉
をひそめた次の瞬間、右手を大きく掲げ、体躯にそぐわぬ大音声で周りの隊員へと指示を出した。
爆裂。赤黒い断片が拡散し、天をつく爆音がジオフロントを駆け抜け、大地を揺らした。
「トラップ!?」
「…まさか…カモフラージュだというのか、これは…だとすれば」
「既に本隊は潜入。目的地に向けて潜行していると考えるべきだろう」
「…中央病院、か? …何故ここまで手のこんだ事をするのだ? 単なる第3の少年の奪還では
ないのか?」
「…確実なる抹殺。我々が奪取することで証明したトリガーとしての機能の封殺と考えるべきだ
ろう」
「…解らん。DSSチョーカーさえ作動出来なんだ葛城大佐の意思とも思えんが……」
「冬月、忘れたか? ヴィレの成り立ちを。…もう一つの意思の存在を」
「一枚岩では無い事実………UNの連中、か!?」
「…ああ」
「不味いではないか、それは!?」
メインモニターの脇の小さなモニターに視線を移したゲンドウ。そのモニターには、中央病院
の緑豊かな植栽が陽光を受けるメインエントランス、その穏やかな情景が映し出されている。
「……レイ」
件名 | : Re: piece to Peace |
投稿日 | : 2013/10/31 23:04 |
投稿者 | : calu |
参照先 | : |
▲▽▲▽ ▲▽▲▽
「それで、何から聞きてえんだい?」
「あ、え? その、今のネルフについてなんですけど…」
「だから、ネルフの何を知りてえんだ?」
「その…全部です。僕が覚えてるのは、第10使徒戦で綾波を助けたところまでなんだ……。で
も、そこからは記憶が無くて…目を覚ましたら、あれから14年が過ぎてるってミサトさんに言
われて…でも、そのミサトさんもネルフじゃ無くてヴィレって聞いた事もない組織で指揮をとっ
てて、ネルフのエヴァは全部殲滅するなんて言って……それに、なんか冷たくて…どうしてだか、
みんな怒ってるみたいで、リツコさんとかも僕に何もするなって言うだけで、何も説明してくれ
なくて…アスカ、そうアスカにも会ったんだ! それで無事だったんだって喜んでたら、なんか
怒りと悲しみの累積なんて殴りかかられて……もう訳が解んなくなって、僕は……僕は………。
でも、それでも綾波が僕を迎えに来てくれたんだ…すごく嬉しかったんだけど、ここに戻ってき
てみると、ジオフロントの天井都市が無くなったりして、すっかり変わっちゃってて、ネルフも
まるで廃墟のようになってて…なんか本当に14年間も過ぎちゃったんだって、その、実感が湧
いてきて。でも、そんなネルフで父さん達はまだエヴァを造ってて、また僕にエヴァに乗れって
―」
「ストップ、そこまでだ。…なるほどな。その様子じゃ、お前さんが目を覚ましてからは、誰も
何にも教えてねえんだな。その意図までは図りかねるがな。まあ、全てのことは俺にゃ解らんし、
お前さんにどうこう言う役柄でもねえ。だが、ここで遭ったってのも何かの縁だ。今のネルフが
どうなってるのかについては教えてやるよ。お前さんが眠っちまっている間にネルフに起こった
ことについてもな。勿論、俺が知ってる範囲になるけどな」
「は、はい」
近くにある椅子をシンジに勧め、自らもエレピの椅子にどっかと腰を降ろした高雄。レイの奏
でる音楽をBGMに、その魁偉から語られた内容は、シンジにとって驚くべきものだった。
第10使徒はシンジが思っていた通り殲滅されていた。しかしその際に覚醒した初号機を目の
当たりにした国連はネルフを危険視し、日本国政府に圧力をかけA-801を発令させ、ゼーレという
上位組織にネルフの指揮権を移譲させたという。その際、ネルフ本部に突入した戦自により葛城
ミサト、赤木リツコなどネルフの幹部職員は拘束され、国連の監視施設に幽閉されたこと。碇ゲ
ンドウ、冬月コウゾウの二人は首尾よく脱出しその行方をくらましたこと。そして、特務機関ネ
ルフとしての使徒殲滅の任務はゼーレから新たに任命された渚カヲルを司令とする新生ネルフに
引き継がれることとなり、パイロットも旧来のパイロット2名に加え新たに4名の子供たちが補
強されることとなったこと。そして、その直後に出現した第11使徒との戦い、そしてターミナ
ルドグマにまで戦闘の場が及んだ第12使徒との戦闘の中、遂にサードインパクトが発生するに
至った、ということ。
「…やっぱり、サードインパクトは起こってたんだ…でも、人類は? そう、人類はどうなった
んですか?」
「人類は滅亡したわけじゃねえからよ、慌てるない。現に俺たちがこうして生きてるじゃねえか」
「…そう、そうですよね」
「正確には俺も解らんがな、サードインパクトは『止められた』、って話だ。勿論、相当な被害
をもたらしたって話だがな」
「…そうだったんだ」
「ところが話はそれで終わらなかった。その後がまた大変だったのさ。今度は直接UN軍が攻め込
んできて武装解除を強要したりしてよ。そんで、ここもいつのまにかひょっこり戻って来た碇司
令らが指揮をとるようになったりしてな」
「ミ、ミサトさん達は?」
「ミサトぉ? ああ作戦局にいた葛城ミサトなら、幽閉されてた施設から脱出して生き残ったUN
軍と合流してヴィレを結成したって話だ。その裏じゃ加持が暗躍したってことらしいがな。まあ
奴もここで単にスイカ転がして購買部に卸してただけじゃ無かったってこった。それにしても、
ここに攻めてくるUN軍がいつのまにかミサト率いるヴィレって組織になってたんで、ホントぶっ
たまげたぜ!」
「ミサトさん、ネルフのエヴァは全部殲滅するって言ってた…どうしてなんですか!?」
「それは…ほっとけねえから、だろ。ほっとけねえ理由は詳しくは俺にゃ解らんけどな」
「…そ、そうなんだ」
「こんなもんでいいかい? 碇シンジ君よ」
「あ、あと、今のネルフなんですけど」
「おお、俺としたことがうっかりしてたよ。今のネルフだが組織自体は昔と殆ど変わっちゃいね
え。勿論、非生産部署は機能してねえけどな、基本お前さんがNERV Netで見たとおりってことだ
な。ただ、職員は運用のための必要最低限の人数だけは確保できてる状態だな。それでも100
名は下らんがな」
「まだ、そんなにいるんだ…」
「なんてったって、あのエヴァンゲリオンを造ってんだからな。ほとんどは技術者だがな、それ
でもギリギリだとは思うぜ。バックアップ要員はシェアしてるって話だし…。そして、あとは俺
達みたいに日常生活を維持させるための要員さ。人間だからな。衣食住は必要だし、そのサポー
トもしかりだ。だから中央病院も機能しているよ。まあ気の強い千代田って婦長が一人で切りま
わしてるような状態だけどよ」
「…つまり、みんな自分の持ち場を離れることが出来ないんだ。だから…」
「おうよ。ここで職員の姿を見ないのはそのせいさ。オペレーター、実務者だけが既定の業務に
追われてるだけなんでな。他部署への訪問なんてものも殆どねえし、ここでの連絡は全てNERV Net
で事足りるし、書類や物資の運搬は本部内を血管みたく張り巡らされてるLCLシューターで出来る
しな。それに…」
「…それに」
「各部署のオペレータールームに籠って仕事してりゃ、ヴィレが突入してきたときでも安全なの
さ。特殊装甲製のドアは対戦車ライフルでも破れねえし、兵糧はこっから俺がばんばんシュータ
ーで送ってやるしよ。俺が息してる限りはよ」
「と、ところで」
「なんだい、まだあんのか?」
「どうして、その、おじさんはここに残ったんですか? もともと本部には千人以上の人達が働
いているって、その、聞いたことがあるから」
「…半分、いやそれ以上の職員がな、消えちまったんだよ。サードインパクトの時にな」
「え? き消えたって」
「…ああ、ここ購買部でもな、何故か管理職とか実務を持ってねえ連中を中心にな…あまり思い
出したくねえ情景だがな」
「………」
「あとは、ヴィレん中でも元ネルフの連中が潜入してよ、投降を促されて出てった連中も結構い
たぜ。家族持ちが殆どでよ。そりゃここにいたんじゃ、外界のことは何にも解らねえし、そら心
配だわな。まあ、逆に兄弟を放って出てったヤツもいるけどな…」
「え?」
「まあ、どうでもいいわな、そんなこたぁ。…でもよ、俺ぁ行けなかったよ。本部施設が出来て
からこのかたずっとエヴァを造ることに色んな形で携わってきたんだ。上が誰に変わろうが俺達
にゃ関係ねえ。エヴァを造ってる限り、ここに俺達の仕事場があって、誰かが俺を必要とする限
りはよ、ここで役割を果たすのさ。いまここに残ってる職員はそんな連中ばかりってこった」
「それで、何から聞きてえんだい?」
「あ、え? その、今のネルフについてなんですけど…」
「だから、ネルフの何を知りてえんだ?」
「その…全部です。僕が覚えてるのは、第10使徒戦で綾波を助けたところまでなんだ……。で
も、そこからは記憶が無くて…目を覚ましたら、あれから14年が過ぎてるってミサトさんに言
われて…でも、そのミサトさんもネルフじゃ無くてヴィレって聞いた事もない組織で指揮をとっ
てて、ネルフのエヴァは全部殲滅するなんて言って……それに、なんか冷たくて…どうしてだか、
みんな怒ってるみたいで、リツコさんとかも僕に何もするなって言うだけで、何も説明してくれ
なくて…アスカ、そうアスカにも会ったんだ! それで無事だったんだって喜んでたら、なんか
怒りと悲しみの累積なんて殴りかかられて……もう訳が解んなくなって、僕は……僕は………。
でも、それでも綾波が僕を迎えに来てくれたんだ…すごく嬉しかったんだけど、ここに戻ってき
てみると、ジオフロントの天井都市が無くなったりして、すっかり変わっちゃってて、ネルフも
まるで廃墟のようになってて…なんか本当に14年間も過ぎちゃったんだって、その、実感が湧
いてきて。でも、そんなネルフで父さん達はまだエヴァを造ってて、また僕にエヴァに乗れって
―」
「ストップ、そこまでだ。…なるほどな。その様子じゃ、お前さんが目を覚ましてからは、誰も
何にも教えてねえんだな。その意図までは図りかねるがな。まあ、全てのことは俺にゃ解らんし、
お前さんにどうこう言う役柄でもねえ。だが、ここで遭ったってのも何かの縁だ。今のネルフが
どうなってるのかについては教えてやるよ。お前さんが眠っちまっている間にネルフに起こった
ことについてもな。勿論、俺が知ってる範囲になるけどな」
「は、はい」
近くにある椅子をシンジに勧め、自らもエレピの椅子にどっかと腰を降ろした高雄。レイの奏
でる音楽をBGMに、その魁偉から語られた内容は、シンジにとって驚くべきものだった。
第10使徒はシンジが思っていた通り殲滅されていた。しかしその際に覚醒した初号機を目の
当たりにした国連はネルフを危険視し、日本国政府に圧力をかけA-801を発令させ、ゼーレという
上位組織にネルフの指揮権を移譲させたという。その際、ネルフ本部に突入した戦自により葛城
ミサト、赤木リツコなどネルフの幹部職員は拘束され、国連の監視施設に幽閉されたこと。碇ゲ
ンドウ、冬月コウゾウの二人は首尾よく脱出しその行方をくらましたこと。そして、特務機関ネ
ルフとしての使徒殲滅の任務はゼーレから新たに任命された渚カヲルを司令とする新生ネルフに
引き継がれることとなり、パイロットも旧来のパイロット2名に加え新たに4名の子供たちが補
強されることとなったこと。そして、その直後に出現した第11使徒との戦い、そしてターミナ
ルドグマにまで戦闘の場が及んだ第12使徒との戦闘の中、遂にサードインパクトが発生するに
至った、ということ。
「…やっぱり、サードインパクトは起こってたんだ…でも、人類は? そう、人類はどうなった
んですか?」
「人類は滅亡したわけじゃねえからよ、慌てるない。現に俺たちがこうして生きてるじゃねえか」
「…そう、そうですよね」
「正確には俺も解らんがな、サードインパクトは『止められた』、って話だ。勿論、相当な被害
をもたらしたって話だがな」
「…そうだったんだ」
「ところが話はそれで終わらなかった。その後がまた大変だったのさ。今度は直接UN軍が攻め込
んできて武装解除を強要したりしてよ。そんで、ここもいつのまにかひょっこり戻って来た碇司
令らが指揮をとるようになったりしてな」
「ミ、ミサトさん達は?」
「ミサトぉ? ああ作戦局にいた葛城ミサトなら、幽閉されてた施設から脱出して生き残ったUN
軍と合流してヴィレを結成したって話だ。その裏じゃ加持が暗躍したってことらしいがな。まあ
奴もここで単にスイカ転がして購買部に卸してただけじゃ無かったってこった。それにしても、
ここに攻めてくるUN軍がいつのまにかミサト率いるヴィレって組織になってたんで、ホントぶっ
たまげたぜ!」
「ミサトさん、ネルフのエヴァは全部殲滅するって言ってた…どうしてなんですか!?」
「それは…ほっとけねえから、だろ。ほっとけねえ理由は詳しくは俺にゃ解らんけどな」
「…そ、そうなんだ」
「こんなもんでいいかい? 碇シンジ君よ」
「あ、あと、今のネルフなんですけど」
「おお、俺としたことがうっかりしてたよ。今のネルフだが組織自体は昔と殆ど変わっちゃいね
え。勿論、非生産部署は機能してねえけどな、基本お前さんがNERV Netで見たとおりってことだ
な。ただ、職員は運用のための必要最低限の人数だけは確保できてる状態だな。それでも100
名は下らんがな」
「まだ、そんなにいるんだ…」
「なんてったって、あのエヴァンゲリオンを造ってんだからな。ほとんどは技術者だがな、それ
でもギリギリだとは思うぜ。バックアップ要員はシェアしてるって話だし…。そして、あとは俺
達みたいに日常生活を維持させるための要員さ。人間だからな。衣食住は必要だし、そのサポー
トもしかりだ。だから中央病院も機能しているよ。まあ気の強い千代田って婦長が一人で切りま
わしてるような状態だけどよ」
「…つまり、みんな自分の持ち場を離れることが出来ないんだ。だから…」
「おうよ。ここで職員の姿を見ないのはそのせいさ。オペレーター、実務者だけが既定の業務に
追われてるだけなんでな。他部署への訪問なんてものも殆どねえし、ここでの連絡は全てNERV Net
で事足りるし、書類や物資の運搬は本部内を血管みたく張り巡らされてるLCLシューターで出来る
しな。それに…」
「…それに」
「各部署のオペレータールームに籠って仕事してりゃ、ヴィレが突入してきたときでも安全なの
さ。特殊装甲製のドアは対戦車ライフルでも破れねえし、兵糧はこっから俺がばんばんシュータ
ーで送ってやるしよ。俺が息してる限りはよ」
「と、ところで」
「なんだい、まだあんのか?」
「どうして、その、おじさんはここに残ったんですか? もともと本部には千人以上の人達が働
いているって、その、聞いたことがあるから」
「…半分、いやそれ以上の職員がな、消えちまったんだよ。サードインパクトの時にな」
「え? き消えたって」
「…ああ、ここ購買部でもな、何故か管理職とか実務を持ってねえ連中を中心にな…あまり思い
出したくねえ情景だがな」
「………」
「あとは、ヴィレん中でも元ネルフの連中が潜入してよ、投降を促されて出てった連中も結構い
たぜ。家族持ちが殆どでよ。そりゃここにいたんじゃ、外界のことは何にも解らねえし、そら心
配だわな。まあ、逆に兄弟を放って出てったヤツもいるけどな…」
「え?」
「まあ、どうでもいいわな、そんなこたぁ。…でもよ、俺ぁ行けなかったよ。本部施設が出来て
からこのかたずっとエヴァを造ることに色んな形で携わってきたんだ。上が誰に変わろうが俺達
にゃ関係ねえ。エヴァを造ってる限り、ここに俺達の仕事場があって、誰かが俺を必要とする限
りはよ、ここで役割を果たすのさ。いまここに残ってる職員はそんな連中ばかりってこった」
目覚めたわたしに光は届かない。
わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
色んな思考が交わっていたような気がする。
わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
それが、わたしと言われるモノ。
簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。
小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
いつもと変わらない午前7時の朝。
あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
それに気付いたのは最近のこと。
ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。