第弐拾六話、其乃四

周囲は闇に包まれており、あたかもスポットライトが照らしているかのように白い巨人の存在だけが際立っていた。シンジは自分が叫んでいるような気がする。彼の前には宙へ浮かぶカヲルの姿があり、つぎの瞬間には右手の中だ。エヴァに乗ってても感覚は生身と変わらない。手のひらに伝わるのは人形のような小ささと、命のぬくもりだ。

「――くんっ、りくんっ」

カヲルがなにかを言うが、よく聞き取れない。シンジは必死になって返すものの声にならず少しずつ右手の力が入ってゆく。嫌だ、殺したくないとどんなに願ってもカヲルを握り締める動きは止められない。ついには叫喚とともに血潮が弾けた。

「がああっ!!」

がばりと上体を起こしたシンジは、こうして悪夢から目を覚ます。背中と額にはびっしょりと珠のような汗をかいており、息が荒い。すぐ隣には憂いた眼差しを向けるレイの顔だ。

「碇くん……」
「はぁはぁはぁ……ごめん、また……」

悪夢にうなされているとき、レイは必ず起こしてくれる。しかし、彼の悪夢のほうがほんの少し早く最後まで進んでしまいいつも間にあわなかった。彼女が悪いわけではない。むしろレイがいるから冷静さを取り戻せるし、暗い気持ちを引き摺らずに済んでいる。

シンジが力なくベッドへ仰向けになると、すぐさまレイが頭を抱いた。この部屋で同棲してから一度たりとも服を着て寝たことはなく、月に数回、悪夢を見るたびに彼女の体温が彼の凍えた心を温めてくれる。レイの背中にぎゅっと手をまわし、乳房へ顔を埋めて咽び泣いた。

「いいの。いいのよ、碇くん……我慢しないで、たくさん泣いて……」
「うん……うんっ……」

決戦も終わってだいぶ経つのにシンジの悲劇は終わらない。むしろ平和を享受すればするほど強く思い起こさせた。背中を撫でられるといっそう涙が止まらなくなる。レイの鼓動と存在だけが彼を許す。起床の時間が近いというのもあって二度寝はできない。削られた睡眠はひたすら慰撫に費やされた。

やがてふたりはベッドを出ると、一緒にシャワーを浴びて朝食を済ませる。まだ学校が再開されないから引き続きオンライン授業を受けるというのが一日の始まりだ。そのうち退屈に痺れを切らしたアスカが来宅する、というのもままあることである。ちなみに今日の授業は休みだ。

「今日は検査が長いから、惣流さんの家に泊まって」

台所で片づけを終えたレイが手を拭きながら言う。ひとになった彼女だが出自の関係上、どうしても検査はおこなわれる。もし変化があれば起源であるリリスにも福音がもたらされるかもしれない、というリツコの説明にシンジも不承不承ながら納得した。基本的に身体測定と脳波などの計測、膣分泌液の採取くらいで人体実験のようなことはおこなわれないし苦痛もまったくないとレイから聞いている。服薬の習慣はなくなっていた。

「父さんと食事してくるの?」
「そうなると思うわ」

月一回の検査のときはゲンドウと食事をしてくる。これはレイからの提案だった。シンジも交えて三人で、とならないところにまだ父の踏ん切りがついていないのだろうと彼も詮索しない。本部内で会えば挨拶はするし前ほど距離もない。少しずつ、時間を取り戻せたらいいと考えていた。

検査が夜通しなのはレイの睡眠時のデータを取るためだ。夢を見なかった彼女がシンジと結ばれて以降、何度か見るようになったことと関連していた。そして彼は決まってアスカの部屋で寝泊まりする。これもシンジがうなされたとき、ひとりにさせたくないというレイの気遣いだ。だが今日、少女たちが胸に秘めた決意を彼は知らない。

早々に検査へ向かうと言うレイを見送ってシンジはそのままアスカの部屋へゆく。レイという最高の恋人を得た彼であるが、いままでとは違ってひとりですごす方法を見失っていた。悪夢の件もあって孤独でいるのに耐えられなくなったのだ。

「おっそーい。なかなか来ないから、あたしカップ麺食べるとこだったわよ」
「待っててくれたんだ。ごめんね」
「冗談よ、じょーだん。でもおなか空いたわ」
「じゃあ買いに行こっか」

黄色いノースリーブシャツに赤いショートパンツ姿という無防備な服装で出迎えるのは、先月の憂いなど微塵も残っていない元気いっぱいなアスカだ。今日の髪留めは星型らしい。肩紐の色からブラジャーは黒いようだ。あらゆる食材を切らしているという彼女に促されて並んで売店まで行くが、ビーチサンダルで向かうものだから苦笑である。

「ここに長くいれば、こうなっちゃうのよねぇ」
「海に行くんじゃないんだから」
「海! そうだ、プールよシンジ。久々に行きたいわ」
「いつも言ってるように、僕は泳げないからね。う、浮き輪もないし……」

だいたい水着もないのにどうするのだと返すものの、売店のダサい水着で我慢すると押し切られてホットスナックを齧りながら本部内のプールへ直行だ。スイカ柄の浮きも買ったから、多少は安心である。

「ほーんと、だっさいわよねぇ」
「なんか海女さんみたいだよね、それ」

肘と膝まである長いスイミングウェアにアスカは口を尖らせた。背中を開閉させて着脱するしくみとプラグスーツがベースになっているような素材である。腕と脚は白で、袖から股間までの生地は黒一色なためスクール水着のように見えた。彼としても露出がほとんどないから目のやり場に困らず熱膨張の心配もないので安心だ。ちなみにシンジはトランクス型の青い海パンである。バックプリントでネルフと大きく描かれているのがダサい。

「なぁんだ、誰もいないじゃないの」
「さすがに時間が早いからでしょ? いま復興で忙しいみたいだし」
「ミサトとかリツコがダイナマイトなボディ引っさげて来たら面白かったのに」
「ううん。うーん……」

見てみたい気もするが、からかわれるのが目に見えているだけに却下である。そうこう考えているうちにアスカはさっさと水に入ってしまう。スクーバのなんたらエントリーと宣言して元気にドボンだ。

「ほぉら、シンジぃ。早くボール貸してぇ」
「ええっ? これ渡したら僕溺れちゃうよ……」
「へーきよ、平気。そんなに深くないからパスしなさい」
「だって足が着かないじゃないか。わ、わかったから膨れっ面しないでよ」

本当に大丈夫なのかとおっかなびっくりでスイカボールを飛ばせばアスカは華麗に打ち返してくる。もちろんレシーブなんて無理なので眼前の水面に落ちて水しぶきを豪快に被った。彼女からケタケタと笑い声が聞こえて、彼の闘志に火がつく。スイカの退治なら経験済みとばかりに打ち返すが、彼女は水上でも無駄なく美しい。栗毛をなびかせながらくるりと前面に回転して、あろうことか踵でリベンジしてくる。ぷりっとした水着の尻を一瞬見てしまったのが仇となってシンジは顔面に直撃だ。

「ヤラシィ。絶対に見とれてたでしょ? あははっ」
「ち、違うから」

ばさりと濡れた髪をかきあげて、アスカは満面の笑顔を見せる。いままで何度となく唱えてきた煩悩退散の言葉をシンジは今日もプールで繰り返した。お互い三年生になって彼の身長は彼女を越したが彼女もまたいっそう魅力を増したとは口が裂けても言えない。

「あたしに当てたらくすぐり放題してもいいわよ?」
「ようし、言ったなぁ」

冷静に考えると、自分はとても贅沢者なのではないかとシンジは思った。レイという恋人がいて、学校のマドンナ的なアスカとこうしてふたりっきりで遊ぶ。ともに世界を守ったかけがえのない戦友の、誰も知らないであろう素顔をいくつも見た。自慢するようなことはなくてもきっと羨む同級生が多いに違いない。

「やんっ。どこ狙ってるのよ。このエロシンジぃ」
「絶対嘘だろ。いまの違うって……違うよね?」

こうしてシンジとアスカは昼までプール遊びに興じ、ときには彼に泳法の教示を交えたりくすぐりあって溺れそうになったりと楽しい時間をすごすのだった。

つぎに彼らが向かうのは食堂である。昼が少しずれているというのもあって職員の数はまばらかと思いきや大勢が食事をしていた。またしてもリゾート帰りさながらの場違い感この上ないふたりではあるが、彼らを見る職員の顔はとても穏やかだ。子供たちが平和に遊べるいまが大人にとって最高の戦果である。

「さーて、いっぱい食べるわよ」
「って、取りすぎじゃないの?」

アスカはよく食べる。聞けば前はダイエットも頭にあったらしいが、ここのところ目的があるのか食事制限をしなくなっていた。それでも肥満にはほど遠いのだから影で努力しているのかもしれない。先月の冷製パスタの日以来、欠かさずシンジたちの部屋で食事をしていた。

「またそう言ってると、この前みたく食べらんなくなるわよ?」
「だからってステーキと鰻ってなかなかない組みあわせだよね」

ちなみにシンジのメニューはつけ麺である。なぜこうもネルフの食堂は豊富なのか不思議でならないが、味つけ煮卵を追加して麺も大盛りだ。しばし食事に没頭するふたりがやがて腹をさするようになると始まるのはアスカのゴシップである。

「知ってる? マヤ、いま不倫してるらしいわよ」
「そうなの? 前に整備士のひととって聞いたけど、もう別れてたの?」

彼が知る限り、マヤはここ数ヶ月の間に連続してひとりの女性、ふたりの男性と交際していた。いずれも期間が短く、すぐに乗り換えている。いったいどうしたのか謎だが怪しい色気みたいなものが出ているので魔性の女になったのかもしれない。

「なんか、あたしが思うにリツコをリスペクトしてるっぽいのよねぇ」
「僕もそう思ったけど、でもリツコさん黒髪に戻してたよ? それにそんな噂も知らないし」

ここのところ憑物が祓われたように明るい雰囲気のリツコとは対照的だが、もしかするとマヤは迷走しているのだろうか。大人はいろいろあるんだなと、緑茶を啜る。

「それと、あのメガネが少し浮かれてんのよ。ミサトと妙に距離が近いから、ね?」
「よく見てるなぁ。ってか、日向さんとミサトさんそうなの? 片想いっぽいけど違ったのかな」

何回か飲みに行ったというのはミサト本人から聞いてるが、色恋沙汰のようには見えずけろっとしている。これは男によくある哀しい勘違いではないのだろうかと心中を察した。

「ああ、そうそう。ヒカリからメールあったんだけど、ジャージと進展ないんだって。あと一歩ってトコらしいんだけどねぇ」
「あそこまでやって? そろそろトウジも気づいていいだろうに……鈍いのかな」

天井を見あげて首をかしげるシンジだが、対面のアスカが眉を寄せて目を細めていることには気づかない。この町に戻って来たらなにかセッティングでもして決定打を与えてあげようかとプランを練るばかりだ。

「あと、シンジのこと狙ってるコがいるみたいよ?」
「ええっ、僕? 誰のこと? 病院のひと? 食堂のおばさん?」

自身を指差してきょとんとした顔をするシンジに、アスカは腕を組んで見下ろすような顔になる。お前の目は節穴かと胸倉を掴んで小一時間説教してやりたいが、ここはぐっと我慢だ。

「さあて。ニブチンなシンちゃん、つぎ行くわよ」
「今度はどこ?」

シンジがアスカの部屋に泊まる日は毎回よく連れまわされる。ジオフロントの中をピクニックするときがあったし、湖で水浴びするときもあった。ある日など本部のピラミッドに登ろうと言われたこともあって全力で拒否したものだ。

「残念ながら外は雨だから、ゲーセンね」
「今日は勝つからね、アスカ」

本部内の娯楽施設へやって来たふたりはゲームをすることになった。ゲームとはいっても筐体を用いたテレビゲーム的なものは少なく、エアホッケーやバスケットボールを投げるやつだ。ビリヤード、ダーツなども揃っており、いい運動になるものが多い。

「まずは太鼓よ。これで身体を温めるわ」
「音ゲー苦手なんだよなぁ」

並んで立って前にある和太鼓を模した端末を叩くゲームをシンジは苦手としていた。ほかにも画面の上から降ってくる矢印にあわせてステップを踏む音感ゲームもあるが、転倒するほど下手である。ユニゾンのときは瞬間的とはいえアスカと心を重ねたはずなのにエヴァを降りてしまえばこんなものかもしれないと落胆だ。

「下手っぴぃ。だいたいなによ、そのへっぴり腰は」
「しかたないだろう。アスカが強すぎなんだよ」

当然ながら対戦の結果は惨敗である。アスカは片手を腰へ、もう片手を顎の下に添えて上品にオホホと高笑いした。彼はバチを握りすぎて手が痛い。なぜハードロックを選曲したのかと問えばシゲルに歌ってくれとせがまれているうちに覚えてしまったと言う。以来、なにかと誘ってくるのが面倒になったと彼女は口をへの字に曲げた。

「あたし久々に踊るから、シンジ見てなさい」
「対戦じゃなくてよかったぁ」

そう言ってダンスゲームに興じるアスカは上体を捻っては飛び、華麗なステップを繰り出す。栗色の髪がなびき、鼻歌交じりだ。横からそんな彼女を画面と交互に眺めるが、ゆさゆさと某所が揺れてつい鼻の下を伸ばしてしまう。こんなに大きかったっけ、などと口にしたらきっとビンタされるに違いないと沈黙だ。

「ふふんっ、パーフェクトよ!」
「いろいろお見事だね」

おっと口が滑ったと手を当てるが、満悦にピースサインを出したアスカは気づいていないようだった。それにしてもしっかりリハビリした甲斐あって、あれだけの重傷を負っていたとは思えない完全復活だ。いまも脚と腕には大きな傷跡がはっきりと残っているが見ているほうが元気づけられる。

「喉渇いたわ。なんか飲みましょ」
「そうだね。ジュース買うよ」

アスカにはスポーツドリンクを、シンジは箱根の天然水を買ってベンチへ腰かけた。彼女はごくごくと気持ちよさそうに白い喉を鳴らし、別腹とばかりに自販機のアイスも食べている。

「んー、甘すぎたわ。お水ちょーだい」
「あ、うん、いいよ」

飲みかけのペットボトルを渡すとシンジは顎を撫でてごまかす。間接キス、なんてことは考えないのだろうかと邪推した。アスカとは二度、キスをしている。一度目は暇つぶし、二度目は危険な情事……同級生が知ったら自分はどうなってしまうのかとまた考えた。レイがいるとはいえ、これで交際していないのだから変な関係だと思う。

「まだまだ遊ぶわよ、シンジ」
「いっそうのことマシン買ったほうが早いんじゃないの」

そんな馬鹿な返しをつつペットボトルを受け取ると、シンジも水を口に含んだ。アスカの食べたミントアイスの味と香りがほんのりとして胸がズキズキと痛む。なにも不貞はしていない。けれど、こうして楽しく彼女と遊ぶたびに彼はやるせない気持ちが膨れあがった。

いくつかのゲームを終えてつぎにやったのはダーツである。じつのところ数ある遊戯の中で一番成績がいいのをシンジは誇っていた。激しい動きも筋力も必要なく、心と集中力というのが楽器の演奏に通じているとは本人談である。

「シンジって、意外に才能あるんじゃないの?」
「そう……かなぁ。自分ではなんとも……」
「ねぇ、教えてよ。コツってヤツをさ」
「コツってほどじゃないけど、いいよ」

アスカの横に立ち、手を取り肘を取る。肩に手を添えて、背中や顎にまで姿勢をただすようアドバイスを送った。髪の毛をうしろに束ねた彼女の顔と耳が赤いのは運動したからだろう。やっぱり鼻が高いし顔も小さいなとか、頭蓋骨の形からして違うなどと思いながら一投を見送れば、見事三倍の得点に刺さった。だが、彼女の表情はどこか冴えない。

「真ん中を射止めるのは難しいのね……」
「でももっと練習すればきっと命中するよ」
「無理よ。時間ないもん」
「そう? そうかなぁ……」

結局それからアスカは不調になり、そろそろ夕方というのもあって売店で弁当を買うと彼女の部屋へ向かった。これもレイが検査のときは料理をしないという慣例だ。帰る途中なにか思い詰めたような表情の彼女だったが、自室に戻れば一転、明るさを取り戻す。それぞれ風呂へ入り、食事を終えてこっそり買ってあった缶チューハイをアスカが取り出せばシンジも未成年うんぬんと言いながらも杯を交わした。

「溶岩のとき、助けてくれてありがとね。泳げないのにさ」
「どうしたの急に? 当然じゃないか」
「あの手、凄く嬉しかったのにお礼も言ってなかったから」
「そんな……だってあれは」

ベッドの上で体育座りになったアスカがひと口飲んで言う。シンジは向かいあって缶を唇に添えたままの姿勢できょとんとする。助けようと思ってやったのではなく、気づいたら地面を蹴っていたと言えば彼女は目を潤ませた。

「なんかちょっと酔ったかも」
「もう寝る?」

そうシンジは促すが、アスカは首を縦に振らない。まだ九時前なのでさすがに早いか。何度も深呼吸を繰り返しているのはアルコールによる効果かもしれない。だが彼女は違う。むしろなぜ酒なんか飲んでしまったのかと後悔していた。べつに癖になったわけでもないのに、ほんの少しだけ頼ってしまったのだ。だから酔いが醒めるまでは床につかないと決めていた。

「シマシマの使徒んとき、あたし怖かった。シンジが戻って来ないんじゃないかって、凄く怖かった」
「あれは本当に生きた心地がしなかったね。いやよく戻れたよ」

こうやって想い出話を語るのは何度目になるか。退院したときもしたし、なにかと話題にあがった。それだけ苛烈な戦いだったとも言えるのだが、どうにも今夜のアスカは違うような気がするとシンジは思う。

「それとさ、前に悪く言ったり怒ったりしてごめんね」
「そんな……誰だって調子悪いときもあるんだし」
「ううん、違う。あたしがいけないの。当たってばっかりだった……ホントは違うのに、いまでも悪いって思うわ」
「僕ももっとアスカのこと、その……駄目だったから」

お互いさまだと言いかけるが、これもただしくない気がした。酒のせいないのか、アスカがとても弱々しく見える。もう少し自分に勇気と言葉があれば笑顔に変えてあげられるのに……そんな想いが缶をへこませた。

「あなた、無茶しすぎよ。初号機に溶けるとか……もう、ホントやめてよね」
「それを言うならアスカだって……」

彼女は首を横に振って否定する。飲酒によってアスカの傷はいっそう濃度を増して赤くなっていた。一生消えないだろうとはつい尋ねた医師の返答だ。余計な口を開いてしまったと彼も酒の力を悔やむ。しかし彼女は傷のことは、少なくともシンジやレイに対して微塵も悪意や劣等感を持ってない。

「あたしのはいいの。強がりじゃなくて、本当にいいのよ」
「うん、わかった……」
「シンジと、レイが生き残ってくれればいいの。本当に」
「アスカもだろう? きみが抜けてちゃこうして話せない。感謝しているのは僕のほうさ。本当に、帰って来てくれてありがとう」

アスカは伏せぎみだった顔をあげる。頬も唇も赤く、それでいて切ない瞳をしていた。ぎゅっと唇を噛み、おもむろに立ちあがって台所へ向かうと残りの酒を捨てている。シンジもそれがいいと思って彼女に続き、同じように流しへ捨てた。

「シンジ、歯を磨きましょ」
「そうしよっか」

並んで歯を磨く姿が鏡に映る。ふたりは遠い昔のような懐かしさを覚えていた。ユニゾンのときの生活がいまでも鮮明に思い出せる。ジェリコの壁と言って閉められた襖、自分の布団と間違えて目の前に寝転がった姿。同じ音楽を聴き、リズムゲームに興じた日々。青春なんだろうなと互いに笑みを浮かべた。

「あたし、もう一回シャワー浴びるから、さきに横になってていいわ」
「じゃあそうするね。気分悪くなったら言うんだよ?」
「あら、全裸のあたしを介抱してくれるの? えっちね」
「はいはい。その様子だったら平気みたいだね」

軽くあしらうように言ってシンジはベッドで横になった。彼女が戻ってきたときなんとなく気まずいからいつもクローゼット側を向いている。いっぽう浴室に入ったアスカは全身をくまなく隅々までしっかりと洗う。少し冷たいくらいの水で酔いと火照りを醒まし、呟く。

「レイ……本当にありがとう」

深呼吸を繰り返して身体を拭き、髪をドライヤーで丁寧にブローする。ちらりと寝室を覗けばシンジは背を向けており、枕元の灯かりしかついてない。ちょうどいいとアスカは気持ちを落ちつかせ、そっと隣で横になった。まだ寝てないのは雰囲気でわかる。それでも一応確認した。

「まだ起きてる?」
「うん」

セピア色の背中を憂いた瞳で見詰める。白いTシャツにグレーの短パン姿。彼がここへ泊まるときに持参する寝巻きだ。今夜もぐっすり寝られるだろうか。いつもあっちこっち引っ張りまわして疲れさせてるから、彼女がシンジの悪夢に遭遇したことはない。レイの気配りが届いていないなどとは考えておらず、タイミングがいいだけだ。夜になれば彼の心中は穏やかでないだろう。

「無理に忘れようとしたらダメよ?」
「やっぱりそうなのかな……」
「そうよ。だから余計に思い出しちゃうの」
「余計に?」

好きだと言ってくれた友人を殺さなければいけなかった罪悪感。それをアスカもレイも完全には共有してあげることができない。シンジだけが持つ苦しみだ。だからこそ忘れてはいけない。

「好きなひとにいつまでも覚えていて欲しいのよ。たとえそれが悪夢であったとしても、忘れて欲しくないの」
「好きなひとに……」
「そう。あたしでも同じこと思うわ」
「そうなのかな……呪いみたいに思ってた」

呪いでもいいだろうと喉元まで出かかって止めた。それでは逆効果だ。もっと彼が受け止められるようにしなければいけない。自身になぞらえて、言葉を選ぶ。

「たとえばね。もし渚が女だったとするじゃない? で、明日死んでしまうと知ってる。もうシンジに逢えないってわかってたら、きっと抱いてって言ったと思うわ」
「女の子だったら、そうなるの?」
「病気とかで考えてみて。もう姿は写真くらいしか残らないのよ。だったら、最期くらい好きなひとに抱かれて、彼の中で生き続けたいって願うの。シンジが逆の立場でもきっとそうするわ。でも渚にはそれができなかった。だからああいう選択しかなかったのよ。精一杯の気持ちね」
「カヲルくんが僕の中で生きていたい……そう願ってるってこと?」

ずるいとアスカは思った。死なんて不滅の象徴みたいなものだ。老いることも喧嘩することもなく、永遠に彼の中では微笑み続けている。生きている人間には絶対にできない強力な暗示と言ってもいい。

「そういうこと。だから、忘れようとすればするほど抵抗するの。忘れないでって。つらくても覚えていてって」
「ともに生き続けるってことか……」

髪を優しく撫でてあげた。ぴくりと肩が跳ねたのは驚いただけだろう。彼から嗚咽(おえつ)は聞こえない。じっくりと胸に落とし込んで理解しようとしている。少し柔らかい毛質に指をくぐらせ慰めた。

「だから、忘れちゃダメ。シンジだけがしっかり胸に刻んであげて……それが友達にしてあげられる最大の供養よ?」
「僕は、認めたくなかったのかな……そうかもしれない」

これでもすぐに入眠への不安は消えない。ただ、きっかけはとても大切だ。考えかた、捉えかたひとつでひとの心はいくらでも形を変える。しばらくそうやって無言で髪を撫で続けたアスカはシンジの向こう側にあるクローゼットへ視線を向けて、震えそうになる声を抑えながらゆっくりと言葉にした。

「ねぇ、シンジ。もし……もし、あたしがいなくなっても忘れないでね」
「アスカが?」
「たとえば、よ。あたしは絶対に忘れない……だから、お願い」
「もちろん忘れないよ。だって、だってアスカは……」

シンジがなにを言おうとしたのか彼女にはわからないし、いつもならそのまま踏み込まなかったかもしれない。けれど今夜だけはもっと話を聞きたかった。だから一歩を前に出す。酒の酔いはない、余計なことも言わない。

「あたしのこと、どう……思ってる?」
「アスカの、こと……?」
「そう。あたしのこと」

以前のように問うのではなく、しっかりと彼の心を受け取りたい。どんな返答でも逃げずに最後まで胸にしまいたかった。シンジが返答するまでの時間は長い。葛藤か、あるいは言いわけか、謝罪かもしれない。秒針があればきっと十周はしていたであろう沈黙のあとに彼はいよいよ口を開く。それは吐いた息の最後に絞り出したような弱々しさだった。

「好きなんだ」

きっとあらゆる言葉が脳内をめぐっていたのだろう。レイがいるからとか、ただの友達ではないとか、格好いいとか美人とかそんな単語を重ねたに違いない。でも結局、彼が選んだのはただのひと言だった。アスカにはそれでも充分なのだが、やはりもっと欲しがってしまう。どう好きなのかと具体的に問おうとしたとき、彼は続けた。

「僕は綾波のことが好きだよ。でも、だからと言ってアスカのことを心から追い出すなんてできない。前だってあんなことがあったのに、反省したのに。いけないことだって、何度も忘れようとしたんだ。けど、そのたびに胸が苦しくなって、とんでもない浮気者だと思う。軽蔑してくれたっていい。それでもこうして一緒にいて楽しくて、優しくて魅力的で……だって、せっかく三人で世界を救ったんじゃないか。それなのにいつかきみはいなくなってしまう。誰かのところへ行ってもう逢えなくなってしまう。それがとても怖い。綾波のこと好きなのに、愛してるのに、欲張りにもこんなことを考えてしまう。彼女になんの不満もないんだ。心からしあわせなんだ。なのに、きみのことも手放したくないって、いまはそう思う……」

苦しみを吐き出すように言い切ったシンジに、しかしアスカは軽蔑などしない。これだけ一緒にいれば好感触だということくらいわかるものだ。自身が素直になればなるほど彼との距離は縮まった。それでも想いを伝えなかったのは関係を崩したくなかったからだ。もちろんレイを二度も裏切れないし、恋愛対象に見られているとまでは確信が持てなかった。だからずっと心に押し込めていた……今夜まで。

「あたしのこと、好き?」
「うん。好きだよ」
「それは異性として?」
「当然だよ……僕はその程度の男なんだ。綾波がいるのに、頭から消せない」
「消したいの?」
「だって悪いことじゃないか。絶対に間違ってる」
「じゃあなんで好きって、言ったの?」
「こんなこと言われたらアスカが迷惑するってわかってるよ。でももう自分に……嘘はつきたくなかった」

背中を向けてても顔を歪めてるのが声でわかる。彼はどれくらい前から悩んでいたのだろう。そんなことを考えつつ口元が緩みそうになるのを堪えた。さきほどまでの緊張を翻し、いまは鼓動が高鳴っている。

「あたしと……えっちしてみたいって、思ったことある?」
「そりゃあるよ。だって、その……自分でも……してたし」
「どうやって?」
「手で、こう……」
「そうじゃなくて。なにを考えながらって意味」
「ビデオとかの映像をきみにすり替えて……」
「気持ちよかった?」
「うん。でも終わると凄く嫌な気分になった」
「どうして?」
「だって一緒に住んでる子を使って穢したんだ。そういう目で見ちゃう自分が嫌で、気づかれたら怖くて……」

これは既知の情報だ。見知らぬ誰かが自慰のネタにしているならともかく相手がシンジとあらば怒る理由はない。口ではさんざん罵ってはいても優越感があったのは事実だ。どうしようか、言うべきか、言うまいか。そんな葛藤は一瞬で、勢いがアスカの口を滑らかにする。

「べつに、あたし怒ってないわ」
「そう……なの?」
「あ、あたしもさ……シたことあるんだ」
「えっ?」
「だ、だからっ。シンジで……お、お、オナニー、シたこと、あるの」
「アスカ、が……僕で?」

彼は肩越しに振り返ろうとするのをなんとか堪えているようだ。どんな顔をして言っているのか知りたい好奇心と、とんでもない告白に冷静さを欠いてる。きょろきょろと首を動かす姿にアスカは赤面して、言った。

「だってあたし、シンジのこと……好きだもん」
「えっ……僕のこと、を? アスカが……だよ、ね?」
「うん。あたしは、シンジのことが大好き。オカズにして自分でシちゃうくらい、好き」
「えっ、あっ、アスカっ!?」

たまらずうしろから抱きついた。ベッドに寝てるから両腕ではできないが、傷跡のある左腕を前にまわす。案の定シンジは戸惑っており体温を一気に高くしている。自分が好きになる以上に好かれるのはもっと臆病という彼らしい。幼少期からカヲルに至るまでを思えば無理もない。

「嘘だと思う?」
「そんなことは言わないけど、驚いてるっていうか……」
「ずっと我慢してたけど、やっぱり言っちゃった。でも、ようやく言えた……ようやくよ」
「そ、そうなのか……アスカが僕を……僕を……」

もう心臓が爆発する想いで腕の力を強めたアスカはほっと息を吐き、振りほどかない彼に安堵した。だがここまでは道半ばだ。喜びだけで終わってはいけない。それはレイのためにもしっかりと伝える必要がある。

「でもね、シンジ。あたしのこと、本気になっちゃダメ」
「どう、して……?」
「レイはどうするの? それにあたし、欲張りだからシンジみたいに器用な気持ちでいられないの。だから、あたしのこといま以上に本気になるんだったら、レイと別れて。でもそんなことできないでしょ? だから約束して。本気にならないって」
「本気に……なっちゃ、駄目……」

この言葉の意味を彼はどこまで理解しているだろうか。腕の傷を優しく撫でる手が止まったり動いたりするのを感じながら思った。全部を欲しがってしまう自分と板ばさみで苦しむことになるシンジ。レイは身を引くと言いかねない。それでは駄目なのだ。だからこそ念を押す。この想いは今夜だけでいい。

「ね、だから誓って。あたしのためにも、レイのためにも、シンジのためにも誓って」
「誓わないといけないのか……でも、やっぱりそんな都合のいい話はないよな」
「あたしもそうだし、レイも凄く嫉妬深いわ。そうなったらふたりの女の子が苦しむの……それはシンジだって望まないでしょ?」
「そう、だね……そうなんだよ。うん、わかった。誓う……僕の我侭はいけない」

何度も誓うと呟いているのを聞いて、アスカはますます喜んだ。そうまでしないと振り払えない彼の中の自分。きっとこれからも葛藤するだろう。それは決して忘れない想い出となるはずだ。

「じゃあさ。あたしの我侭ひとつだけ、聞いてくれる?」
「我侭? うん……いいよ」
「今夜だけ。今夜だけでいいから、シンジの恋人にして。これでもうお互いなにもナシよ……どう、かな?」
「今夜だけ……恋人。これっきり、本気にならない……」

ここからが真価を試されるときだ。早鐘を鳴らす鼓動に釣られて揺れる息をなんとか堪えた。抱きつくのが早かった感は否めない。言葉の選択も想定したとおりうまくは運べなかったし、本当はもっと彼にだけ語ってもらうつもりだったのだ。なるべくフラットに、フェアでありたいと律していたのについ勇んでしまった自分が情けない。それに、言葉の意味をシンジはどう理解しているのか。さきほどよりも長い沈黙からさまざまな思考が窺える。

「シンジの素直な気持ちを聞かせて。ここまで話しして無理や嘘はイヤよ?」
「うん……」

何度も深呼吸するのが聞こえた。腕に伝わる鼓動はそこまで激しくない。彼が独白したことを考えれば矛盾にはならないだろう。だが、結末をどう受け入れるのか。それを問うているように思えた。やがてシンジは意を決したように言う。

「今夜だけ、うん……僕は今夜だけアスカの恋人になる」
「そう? 誓い、忘れないでね?」
「うん。きみも綾波も裏切らない。今夜だけだ」
「じゃあさ……こ、こっちを、向いて、シンジ……」

ほどかれるアスカの腕。少しだけ離された背中。面と向かって告白するのか、それとも改めて誓うのか。キスはするだろう。もしかしたらそのさきも……そんな期待と不安、緊張交じりにシンジが振り向けば、果たしてそこにあったのは彼女の素肌だった。彼は直感する。なにも着ていないと。胸も下も見てないが、まさかドッキリということもあるまい。そう理解していても口を突く。

「あの、アス……」

言い終わるより前にふたたび抱き締められる。胸に顔を埋めたアスカの肩が震えているのは告白した緊張か、不安か。羞恥のような気もする。そして彼女ははっきりと言った。

「だっ、抱いてっ、シンジ! あたしのヴァージン、誰にもあげたくない。あなた以外にもらって欲しくないっ」

確固とした意思が窺えるアスカの声にシンジは胸を打たれた。彼女が未経験だったのも驚きだが、堅持していた大切なものを捧げるほど好かれていたという事実。なぜ今夜限りと言ったのか。なにも見えていなかった自分を悔やむが、いまはまずなにより彼女への想いが大切である。

「好きだよ、アスカ……僕はきみのことも好きだ」

そう言うと、小さい肩をそっと抱く。それから背中に手をまわせばやはりブラジャーはない。対するアスカは腕の力を強めると、涙声の中に爆発を混ぜて応じた。

「あたし、あたしっ、シンジが大好き。ずっとずっと大好きっ!」
「僕も忘れないよ。きみを好きなこと、きみに好きだと言われたこと」

ここで泣くまいとシンジは堪えて腕を緩めれば、アスカの腕と身体も緩まる。あげられた彼女の顔は涙に濡れ、それでいてまっ赤に染まっていた。うぶな面持ちの彼女に向かって首を倒し、唇を重ねる。アスカの舌にためらいはなかった。それは彼も同じだ。長く味わうように互いを絡め、息を荒くする。右へ左へ顔をくねらせ熱い想いをぶつけあう。

「シンジぃ……」
「アスカ……」

鼻息が当たる距離で見詰めあえば青い瞳に彼が映り黒い瞳に彼女が映る。アスカの目に涙はなく、くすりと同時に笑ったが最後、彼女は力強く組み敷いてきた。シンジが仰向けになればすぐさま頬や鼻、顎に唇の雨を降らせてくる。両手が彼のTシャツを掴み、そのまま勢いよく上に引っ張られると今度は首筋に唇が舞った。

「シンジ、シンジっ……あたしのシンジっ」
「アスカ……うん、うん……僕のアスカ」
「ホントに、ホントに好きなんだからねっ」
「ありがとう。僕も……僕も、だよ……」

涙を滲ませた彼も応じるのが当然であると考え、自ら短パンと下着を同時に下ろす。左右へ踏むようにして脱げば腰骨に彼女の陰毛が触れる。背中に両手をまわすと熱い肌があり、そっとさがればむっちりとした尻があった。ぎゅっと抱き締めるとアスカの乳房が胸板に重さを作る。彼女の乳首がとても硬い。

「少し、太りすぎちゃったかも……」
「そんなことないよ。胸、大きくなってない?」
「うん。大きいのが好きかなって」
「やっぱりそうなんだ。あと太もももさ……」

シンジがさらに体型を寸評しようと口を開けばアスカは遮るように啄ばむキスを打つ。彼が言葉を発するのを待って、また啄ばむ。恥ずかしいことをしていると自覚してもなお、今夜だけは本物の恋人であると迷わない。

「ふふっ。どうしたの、シンジ?」
「アスカってばずるいや。そんなに可愛いの隠してたなんて」

言われてアスカは口元をまごつかせる。見詰めあえずに肩口へ顔を埋めた。胸と胸を重ね、彼女の下腹には彼の硬い陰茎が当たっている。早くさきへ進みたいと焦がれつつこの時間も捨て難かった。頬を擦りつけ、囁く。

「みんなにはナイショよ。あたしすっごく甘えん坊なの……」
「甘えん坊なアスカ、可愛いよ。僕だけの秘密だね」
「あと……あのときのキス、初めてだったんだ」
「そう、なの?」
「でもさ。あたし恋愛って経験なかったからどうしていいかわからなくて」
「加持さんは違うの?」
「恋に恋してるって言うのかな。酔ってただけね……なのにあんな酷いこと言ってごめん。ごめんね」
「てっきり下手だったのかなって。嫌われたのかなって」
「ううん。あたし、バカだった。ギクシャクして……本当は違うのに」
「じゃあ、もう嘘はなしだね」
「うん。許してくれる?」
「うん、いいよ。もういいんだ、アスカ」

尻を撫でられるだけでぞくぞくとした痺れがある。片手が髪を梳いてくれる感触に心が開かれた。どうしようもなく好きなんだと恋慕を募らせる。今夜だけの恋人。なにもかも捨てて、あらゆるものを受け取る。

「本当は、こんなにもえっちよ?」
「自分でしちゃうくらいに?」

耳が熱い。息が当たってうまく言葉にできなくなる。なんて淫らな発言をしたのかと思いつつも知ってもらいたくて小さく、うん、と返した。白いエヴァに犯されそうになったときの光景が脳裏に浮かんでどんどん言葉が出る。

「いまだって、あたしの……アソコ、とっても濡れてるんだから」
「そんなに? アスカが言うと凄くやらしいね」

彼の左手が太ももに来たので片足を近づける。すると傷跡に指を這わせた。少しだけ抉れた肌は入浴すると目立つから誰かと温泉に行けば奇異の目で見られるだろう。些細なことだ。

「いつもね。おっぱい触って……お、お豆さん弄るの。そしたらあっと言う間にイッちゃうわ」
「僕も早いから同じだ」

右手が髪から尻、太ももへと向かうのでまた膝を近づける。こちらには傷がない。なんの面白みもない、普通の脚。必死に戦ったなんて誰も知らないだろう。つまらないことだ。

「朝と夜にシちゃうくらい……シンジのせいよ?」
「アスカだっていけないんだよ。こんなにも可愛くて、エッチな身体してるんだからさ」

顔をあげてシンジを見るととても嬉しそうな笑顔を浮かべている。嫌らしい、下品な表情だ。そしてそれは自分も同じだと彼女はわかっていた。ずっと欲しかったこの時間。髪の毛一本、汗の一滴まで感じたい。

「いっぱい触って……あたしはシンジだけのものなんだから」
「うん、僕だけだ」

激しい昂奮と赤面を隠すように顔中に唇を当てる。キスの音を鳴らすのは知ってもらいたいから。これだけ好きなんだと、恋しているんだと言葉だけでは足りないからだ。

「あたしを全部、シンジにして……」
「うん……」

彼の右手が髪から前腕に至るとまた傷跡を撫でられた。それが嬉しくて、彼の唇を噛むように引っ張って遊ぶ。この傷のすべては彼に生きていて欲しいからついたものだ。命さえ投げ出しても構わないほどに彼が大切だから、まごころを捧げた。

「シンジ、愛してる……心の底から、世界中の誰よりもシンジを愛してる」
「僕も……」

言おうとした彼の唇をキスで塞ぐ。それを受け取るわけにはいかないとつまらない意地を張った。返してくれようとした想いだけで充分だ。それだけでこのさきなにがあっても生きてゆける。

「その言葉はレイにあげて……ね?」

できれば彼女の名前は出したくなかったが、彼はきっと線引きができないだろうと思う。ふたりの女性が好きだと言った彼は苦しんでいた。けれど、やはり一番はレイだ。自分は間違えたからここなのだ。それを横取りしてはいけない。なのにシンジは言うのだ。

「嫌だ。僕だってきみを愛してるんだ。そんなの嫌だ」

アスカは言葉を詰まらせる。酷いひとだ。そうやってどんどん弱らせてゆく。少しの虚勢も引くのも許さないと。もっとどっぷり骨の髄まで溺れろと言われて、彼女の中にめらめらと独占欲が渦を巻いた。

「だったら……もっとあたしを見て。ねぇ、シンジを虜にさせて」

ゆらりと上体を起こし、胸板に手をつく。すべてを曝け出せと求められたのなら応じるまでだ。羞恥はある、可憐でいたいという想いも残っている。しかしいまそれを上回るのは彼の中へ永遠に刻みつけたい呪いだ。ほかの女性を見るとき、レイと交わるとき、重ねて見てしまうような強烈な印象を残したい。

「綺麗だ……前よりさらに色っぽいよ」

ライトに浮かぶアスカの半身を見たシンジは呟く。決して太ったというほど肥満ではなく、むしろ薄皮何枚分か肉厚になってよりエロスが増した。それでいながら細い腰には六個に割れた腹筋があるのだから反則である。また乳輪と乳首はレイよりもわずかに大きく、色が濃いのもアクセントだ。

「そう? ふふっ……Dカップになったのよ。まだ大きくなるかもしれないわ」
「これがD……凄い……」

シンジは手を取られると、影を作っている豊かな乳房に導かれる。弾力があり夢のある膨らみを横から寄せ、下から掬うように愛撫した。はぁはぁと息を荒くするアスカは時折ぴくぴくと肩を弾ませて感じているようだ。そうなると下半身にも興味が湧くが、察したかのように彼女は腰を少しあげると距離を詰めて腹の上へ着地した。視界がアスカで埋め尽くされる。

「重くない?」
「ううん。全然だよ」

アスカはいよいよ昂奮しているように見えた。シンジの両手に自らの手を重ね、目を細めながら胸をまさぐる。もっと触って欲しいと言われなくてもわかった。そして、なんとあろうことか両脚を大きく開くのだ。まさにM字と呼ぶにふさわしく、ライトに照らされた女陰が露になる。彼もそんなことをするとは思わず、目を皿のように丸くして凝視した。

「見て……これがあたしの……アソコよ」
「凄い、濡れてる……やっぱり茶色なんだ」

陰毛は鋭角の逆三角形で幅は狭く、尿道の横くらいまで栗色の縮れ毛がグラデーション状に薄く生え揃っている。西洋の血ゆえか、中心にある小陰唇はビデオで見たグロテスクさが微塵もなく薔薇の花弁のように美しい。頂点にはつんと主張するレイより大きな(つぼみ)で、膣口からは透明な蜜が溢れていた。

「ほら、こうするの。いつも、こうしてたの」
「アスカ……」

そう言ってアスカは中指を一本伸ばすと愛液を絡め、こりこりと包皮の上から左右にしごきだした。彼はこんな光景、レイですら見たことがない。美人と評判の、ほとんどの男子生徒が憧れる彼女の痴態に目は血走った。

「んあっ……あっ、ああっ、シンジっ……あっ……見てっ」
「見てるよ、アスカ……凄い……」

羞恥に赤面しつつも甘く切ない表情を浮かべるアスカ。それでも目線はしっかりと向けてくる。もちろん彼としても放置などできない。すぐさま胸の愛撫を再開させると、さらに感じさせるべく持てる性技を総動員した。くちゅくちゅと瑞々しい音を立てる秘部へ添えられた白い指の動きは、たしかな慣れを感じさせる。彼女は恍惚の面持ちで顎をあげると淫らに喘いでいた。

「あうっ、あっ……ヤバイっ……あっあっ、もう……もう、イキそうっ……」
「うんいいよ、逝っていいよ」

シンジの両手が乳房の外周から乳首と乳輪へ移動する。忙しなく指先を動かすのはアスカにあわせているからだ。彼女の腹が呼吸とともに激しく波を打っている。ならばと乳首を弾き、きゅっと優しく摘む。ぐにぐにと指の腹で転がせばたちまち彼女を参らせた。

「ダメっ……イクっ、イクっ! 見てっ、イクぅうっ!!」
「逝って逝って」

眉を寄せ、下唇が震えている。息も止まり、肩と腰が痙攣していた。大陰唇はぱくぱくと開閉し膣口もくちっくちっと鳴って追加の愛液を垂らす。首筋がぐっと一気に赤くなり、激しい吐息が絶頂からの復帰を告げる。

「っあーーーーっっっ!!」

しっかりと余韻まで自身でコントロールするアスカにシンジは感動すら覚えた。細かい喘ぎを残しつつも息を切らせた彼女は、やがてどさりと彼にしなだれかかる。背中に両手をまわせば汗が滲んでおり、まだ上下に動いていた。髪が彼の顔にいくつもかかりコンディショナーの香りが鼻腔をくすぐる。

「アスカ……僕、もう我慢できないよ」

呼吸が治まったのを聞いて声をかけた。変なもので、当人を目の前にして自慰をしたくなるほどの情欲に飢えている。ただでさえ濃艶(のうえん)で肉感のある裸体がいまや蠱惑(こわく)的だ。むしゃぶりつきたい、もっと彼女を乱れさせたい。何度も絶頂させて死ぬほどの快楽を与えたい。

「ええ、いいわ。あたしがイかせてあげる」

顔をあげたアスカはぞくりとするほど妖艶な笑みを浮かべていた。艶のある唇が迫り貪るような長いキスをされるが、離された口は1センチの距離で止まって鼻が当たる。彼はつぎにどんな言葉が出るのかと、ごくりと喉を鳴らした。

「シンジ……アンタはあたしのものよ。死んでも、あたしのもの……いまはレイに預けてるだけ。絶対に、逃がさないわ」

アスカはギラつく瞳で言った。可愛い、素直だと言ってくれた彼の期待を裏切ってるつもりはない。それもまた自身の一部だ。甘えたがりで寂しがりや。乙女チックで、ツンツンしてしまうときもある。だが抑えている本性もあった。それがいまだとしっかり自覚している。シンジの温かさを知ってから爆発した醜い独占欲。前からその傾向はあったけど、あのときの抱擁とキスがよくなかった。今後ほかの男に抱かれるなんてありえないし、彼以外はいらない。金もルックスも地位も興味なかった。世界でただひとり肩を並べて戦った、男。シンジだけが彼女の恋人である。

「ああ、アスカだ……」

シンジは自分がマゾヒズムなのかサディズムなのかわからない。責めるのは好きだが、求められるのにもたいへんな喜びがある。罵倒は嫌だし暴力も嫌いだ。なのにこの縛るようなアスカの声はなんだろうかと思った。レイが言わない強い命令口調。そこに自分の存在意義を見出しているのかもしれない。

「そうよ、これもあたしなの。淫らで、汚い女……恋人の前でオナニーだってするわ。アンタとふたりだけの世界に憧れるような女よ。いい? 覚えときなさい。あたしのヴァージン、アンタの命と引き換えよ」
「やっぱりアスカは変わらないや……」
「こんなあたしでもいい?」
「うん。きみはそうじゃなきゃ。最近ちょっとおとなしかったし……」
「ばかね、ホント……ばかシンジよ」
「そうだよ、アスカ。僕は馬鹿なんだ」

安堵したように微笑んだシンジの口腔内を貪って喉、鎖骨と唇を這わせてゆく。斜めの傷にしっかりとキスをし、腹の傷跡も唇で撫でた。そして彼の股間に至ると顔をあげ、まじまじと観察する。自分と同じく粘液で濡れているのがとても嬉しい。びくびくと脈動する肉棒に鼻息を暴風として掴むとビデオを再現した。亀頭が出たり隠れたりするのをゆっくりしごいて反応をたしかめればシンジは声に出せない息を漏らす。

「気持ちいい? こうするんでしょ?」
「うっく……はぁ、はぁ、うん、うん……」

上擦ったような声にアスカは喜ぶ。ぶっつけ本番であったが間違っていなかったと安堵する。思いのほか硬く熱く、大きかった陰茎なれど構造はだいたい知っていた。自身より少ない陰毛の彼が可愛いと思いながら顔と股間を交互に見る。包皮で半分ほど隠れる亀頭は弾けそうなほどぱんぱんで、段差の感触が陰核と陰核包皮の関係に似ていた。先端の鈴口からは透明な粘液が流れ、彼女の親指にまとわりつく。

「まだイッちゃダメよ?」

力加減を巧みに変えて少しペースをあげると困ったような声を出すから、よくないと判断する。ここで射精させるわけにはいかない。男性は一度放出するとしばらく充電が必要だ。性欲も減少すると習ったから、無駄弾は撃てない。ならばと大きく口を開けて、ぱくりと咥え込む。じつは密かにバナナで練習していたと言ったらどんな顔をするか。そんな想像をして、優しく舐めまわした。

「ああ、いいよ……ああ、アスカ……いいよ……」

裏にある筋が感じるらしい。矢印の段差と尿道の両脇へ歯が当たらないように舌を這わせると唇で吸引する。レイの書籍をこっそり熟読した甲斐があるというものだ。陰嚢に手を添えるのもポイントだとあったので追加した。するとシンジはますます上擦った声を発しながら見下ろしてくる。彼の表情が可愛くて大好きで微笑を返す。

「逝きそう……もう、僕、出ちゃうよ……ああ、ああっ……」

陰茎がぐわんぐわんと太さを増す。それを受けて頭を上下に動かした。舌先をちろちろと弾くだけで亀頭は爆発するほど硬くなる。彼女はこのあとの展開を知った上で咥えたまま促した。くぐもった声で、いいよ、と言うのだ。

「あっ、あっ、出るッ!」

びゅっと飛び出す精液。勢いよく口腔に放たれ、熱さがある。知らなければ驚きで口を外していたかもしれないほどの衝撃だ。だが彼女は怯まずに口を止めない。自身に照らしあわせて余韻まで大切にしようとした。その判断はただしく、射精は何度か放たれる。どくどくともう出ないくらいに唇で搾りあげた。

「うくっ、うくっ……」

やがてぽんと口から外すと鼻の奥に独特の臭気が充満するが、なんの逡巡もせずにごくりと飲み込む。決しておいしいものではないが、シンジの一部なのだ。捨てるだとか口をゆすぐなどありえない。いまだ猛々しさを残す陰茎を見ればちろりと白い精液が漏れていたので手でぎゅっと包皮を搾ると残りを舌で絡め取った。彼の心地よさそうな顔に自然と目が細まる。

「ふふっ。出たね」
「あ、アスカ……その、飲んじゃったの?」
「当然でしょ? 初めてのフェラチオにしては上出来じゃない? だったらご褒美もらわないとね」

顔を近づけて口の中を見せればシンジは感動した目を向ける。狙ったわけではなく無心でやったことだ。笑顔も、心からの喜びも、すべて彼にだけ捧げるものである。そして、そんな想いを受けて止まる彼ではなかった。

「あ、アスカっ」
「ひゃんっ」

がばりと起きあがったシンジはそのままの勢いでアスカを押し倒す。腰を掴んで引き寄せると両脚を大きく開いた。ライトの灯かりがより鮮明に女陰を照らす。鼻息を荒くしつつも硝子細工を扱うように繊細な動きを心がけて、小さいホクロのある大陰唇を親指でそっと開く。

「今度は僕の番だよ」
「や、や、ちょっと、広げすぎぃ」

とても積極的な淫事と強気な言葉を放っていたアスカだが、守りに入ると途端に弱かった。自慰を披露したとは思えないほど恥じらい、ついには両手で赤い顔を覆ってしまう。なにを見られるのかわかっているだけに少し、緊張した。

「もしかして、これが処女膜ってやつ?」

シンジは指先を滑らせながら蜜壷を覗いた。いまもなお愛液が滾々と湧いてくる膣口からわずかさきにぴんと張った白い膜のようなものがある。全体を封じているわけではなく半分ほど隙間があった。レイのときは見る間もなく挿入しただけに、新鮮な感動だ。

「ちゃ、ちゃんと、残ってた?」
「うん……あるようだよ」

アスカは自慰で指を入れた経験はないものの、激しい運動などによって損傷する場合もあると知っていたから心配だった。エヴァを操縦するためそれほど過酷な訓練を自らに課したのだ。そして彼は確認して終わり、とはならない。あっと思ったときには遅く、むちゅっと顔が密着する。

「ひうっ。あ、あっ……いきなりっ……まっ、待ってぇ」

なんの予告もなしにぬるりと舌先で膣口を舐められた。それほど奥ではないし痛みもない。ただ変な味と匂いがあったらどうしようかという不安があるだけだ。自分はフェラチオしててもそこはやっぱり気になってくる。慌てて止めようと手を伸ばすが見あげた彼と視線があって、咄嗟に顔を隠してしまう。それでも指の隙間から窺えば恥丘のさきで丁寧に舌を這わせている表情だ。鼻息で陰毛がひらひらと逆立ち、顔が燃えるように熱くなる。

「うっ……んんっ……はんっ……あっ、あっ……あくっ」

しかもずるいことに彼は両手を伸ばすと胸を目指すのだ。それだけではない。ちゃんと脇腹の深い傷跡も撫でてくれる。臍の横から半分ほどうしろに走る赤い線を彼が見るのは初めてだろう。何度もたしかめるように、記憶に留めるように指が動くのを見てアスカは陥落した。もう殺されてもいい、と。こんなにも愛してくれる彼になら殺されたって構わない。自分の態度が稚拙に思えるほど彼の深さを知って、彼女は目の奥が熱くなった。

「んあっ、あっあっ……そこっ、舐めたらっ、だっ、ダメなのっ……ああっ」

とはいえ、感動に浸る間もないくらい彼の舌は一匹の生きものさながらに動く。指とは違う未知の快感はとても甘美で、両手も胸へ到着すれば待っているのは大好きな愛撫だ。もうこの手には嫉妬しないしレイとの営みも考えない。彼を愛したのならそれでいいと思った。いまはただ夢中になってシンジの行為を受け入れようと。

「あたしっ、弱いからっ、あっ、ああっ!」

両手を顔からほどいて見下ろすと、言葉とは裏腹に彼の頭を押しつけた。性器をぐいっと持ちあげれば股関節にぴんと筋を張る。大きく開いた自身の太ももと波打つ腹筋、丸出しの胸を愛撫されて彼と肌を重ねているのだとより強く認識した。

「いいのっ、いいのっ? イッちゃうよっ!?」

もう猶予がないと悟り、わかってても訊いてしまう。こんな醜い女でも気持ちよくしてくれるのかと問う。そんなところを舐めてくれるのかと顔を見てしまう。

そして彼は表情こそ真剣だが、明らかに優しさを含んだ声で肯定するのだ。うん、と言葉になってなくても目線を絡めてそう返されたら耐えられるわけがない。

「イクねっ、シンジっ、ああっイクっっ!」

ぎゅんと一気に絶頂まで飛翔したアスカは黒髪を握り締めて快楽に頭を白くする。乳房をまさぐられ乳首を苛められての同時攻撃に彼女は胸を反らす。長い痺れは膣にまで伝わり何度も収縮を繰り返した。ぶるぶると全身が痙攣し、太ももが波を打つ。つぎに来るのは開放の吐息、のはずだった。

「んひぃいい!! クリっ、クリぃぃ!」

なんと、彼は口を少しずらして陰核を責めて来たのだ。なぜ着地を許さないのかとアスカは息もできずに歯を食い縛る。腰をどかせて逃げたくともさきほどより強い刺激があれば身体は応じてしまう。唇で包皮を剥かれ、吸われている。刺激が強すぎるからと自慰ではいつも包皮の上からしごいていたのに舌先が激しく上下左右に突起を踊られて彼女は悶絶するほかない。

「だっ、ああっ! むっ、剥いたらっ!!」

白いシーツの波の上をアスカの両腕が暴れる。肩を左右へ浮かせ、顔は苦しげに振られた。首に深い筋を何本も現して唸るような喘ぎを漏らす。思考はまったく追いつかず、ただ蹂躙されるままに身体を乱れさせては悲鳴に似た声を響かせる。

「ダメダメ、ダっっメぇぇぇっっっ!!!!」

腰をぐんと突きあげながら痙攣すると激しい絶頂に全身を揺らした。両脚はピンと伸び、爪先まで震える。未知の長い性感は一瞬だけ意識を飛ばしてしまうほどのものであった。アスカが気づいたときは余韻に喘ぐ自分で、ぐちゅぐちゅと鳴る股間の音だ。どれくらいの嬌声だったか、身体をどうしたのか夢中になりすぎてはっきりとしない。股間も胸もそのままにぐったりと弛緩して荒い息と大きい鼓動を耳にする。

ようやっと思考が動いて去来するのは、頭を撫でられる嬉しさであり連続して逝かされた悔しさだ。見て欲しいと願った以上に乱れた自分が恥ずかしくて涙を浮かべた熱い顔を覆うと、勢いのないいじけた声で抗議する。

「もう、ばかぁ……ヴァージン相手に、なんてことすんのよぉ……」
「へへっ。ついムキになっちゃった」

シンジの本気を受け止めたからこそ、彼がレイと同じことをしてくれたのだとわかる。声の穏やかさ、甘い室内の空気、絡まる目線は間違いなく自分だけに向けられていた。もっと感じたい……アスカは上体を起こして抱きつくと首に腕をまわす。二回、三回とキスをしたあと、肩口に顔を埋めて囁いた。

「あたし、もう入れたい……」
「うん。僕も……」

シンジがそっと押し倒そうとしたのでアスカはやんわり留めて首を振ると、自分から倒れ込んだ。枕元のライトを一番明るくして彼の瞳を見ながら髪を撫でる。

「ありがとう、シンジ。ヴァージンあげられて、よかった」

彼の返事を待たず、唇を塞ぐ。消えない呪いをこれから自分に与える。本当の意味での初恋は実り、いままさにひとつとなるのだ。アスカはともすれば泣いてしまいそうになる心の震えを叱咤して、彼に跨った。いきなり入れるのではなく、前後に馴染ませるのがいいと書いてあったのを実践する。

「んくっ……」

割り座で両手を胸板に乗せ、腰を揺らす。肉厚の大陰唇が陰茎をぴったりと挟み、亀頭の裏側が陰核を強烈に刺激する。膣口がぬるついてそのときを催促してきた。彼は乳房ではなく太ももを促すように無言で撫でている。

「あんっ……あっ、んんっ……あっ、気持ちいい……」

このままではまた果ててしまう。それも悪くないのだが、いまはなにより中へ入れたい。ぐちゅぐちゅと水音がどんどん大きくなってきたので前後の距離を少し広げる。すると膣口と陰核を亀頭が往復した。クンニリングスより押される力が強く、絶頂への誘惑がちらつく。いけない、と慌てて位置を少しずらしたときだ。

「っつはっっんっ!」

にゅるりと明らかな異物感を膣に覚えた。1センチか、2センチくらいか。動きをぴたりと止めて様子を窺う。予想していた破瓜の痛みはなく、恐怖もない。もしや入っていないのかと疑いたくなるほど平和だが、あせってはなるまいと慎重に腰をくねらせる。前にレイからもらった助言を実践した。息を吐き、前後左右に円を描いて愛液を馴染ませるのだ。

「痛くない?」
「へいっ、きっ……おっ、おおっ、あっ、あふっ……すうっ、くっ……ううっ……つ、つあっ……んんなっ……ぐっ、おおふぅ……んんっ……」

彼がしっかりと感じさせてくれたからか、それとも愛液の量が思っている以上に豊富だったお陰か、ぬるりと挿入した陰茎に痛みらしいものは少しのつっぱりくらいだ。逆に内側から受ける感覚は明らかな性感である。シンジの感想を耳にしつつ唇を窄め、搾り出すような声が腹から放たれた。

「凄い……締まるっ……」
「これっ、がっ……シンジのっ……おおっ、おふっ、感じ、るっ……ヤバぃ……結構、気持ち……いい、かもっ……」

少し入れては少し戻る。腰ではなく股間を意識した動作が肝要だとすぐに理解して、マッサージのように自ら膣を広げる。根元まで到達するのが遅いようで早く感じたのはほとんど抵抗がなかったからだろうと察した。それにしても凄い存在感だと陰茎を知らず締めあげる。

「大丈夫そう?」
「はぁ、くはぁ、はぁ……うん、平気……」

シンジから問われて動きを緩めると見下ろす。不安そうな表情だったので笑顔を向ければ目を細めて涙を流していた。初めてでもないのにもしや痛かったのか。いや、違うだろう。そっと涙をぬぐってあげると泣き笑いで答えてきた。

「嬉しくて、つい……」
「シンジってば、泣き虫さんね」

小さく笑うと倒れ込む。すぐさま背中をぎゅっと抱かれて彼の鼓動に耳を当てる。ここまで長かった。トラウマを受けたのも、エヴァのパイロットになったのもこのときのためにあったのかもしれない。彼も自分も生きててよかった、好きなひととようやく結ばれたという達成感でもう胸がいっぱいなのに、また言ってくるのだ。

「アスカ……愛してるよ」
「もうっ、もうっ……ばかぁ。知ってるもん、知ってるもんっ。なんで言うのよ、ばかばかばかぁ」

何度も肩を叩く。一度だけでも充分なのに、この瞬間にまで言葉をくれた。駄目なのに、それはレイだけなのに、本気になってはいけないと約束したのに。堪えることができずに大粒の涙を流す。こんな彼だから好きになったのだ。

「だって、まるで遺言みたいだったから。嫌だから、もう……」
「違うのっ。違うのよ……でもっ、でもダメなのっ」

優しい言葉はときとして残酷だ。どんなに壁を築いても愛する相手から穿たれる槍はいとも容易く貫いてくる。胸から吹き出す鮮血はもう止められない。すべてを白状したい、もっと傷つけて欲しい。突き入れられた陰茎とともにアスカの心は砕かれる。

「駄目じゃないよ?」
「イヤっ。シンジなんてキライっ」
「そんなこと言うアスカには……お仕置きだっ」

ぐいっと打ちあげられた腰によってベッドが大きく弾む。じわりと陰茎に馴染んでいた膣は上下の動きにあっさりと喜びの喝采をあげる。狭く密着していた肉と肉が擦れてたちまちアスカは快感を覚えた。

「あっ、ちょっ……ばかっ、ばかっ、ばかシンジぃ」
「逝かせてやるぞう」

だが彼女は負けない。体重をかけているのはこちらなのだ。これ以上は動かせまいと上下ではなく前後に腰を振る。奥に押し込み入り口付近まで引き戻す。一瞬だけぴりりとした痛みを覚えるが、それを上回る性感が彼女を虜にした。シンジは呻いて言葉を返さない。もっと気持ちよくしてやる、今度は果てないと勇ましく股間をしごいた。しかし、嬌声をあげるのはまたしてもアスカだ。

「くうっ、あっあっ、あたしの中っ、気持ちっ、いいっ!?」
「うんっ、いいよっ。アスカっ、いいよっ」

彼が胸を愛撫してもお構いなしに陰茎を味わい尽くす。けれども、彼女がコツを掴めば最適な角度となってより内部を苛めるのだ。加えてシンジの恥骨が絶妙な加減で陰核を押せば二点同時攻撃ならぬ、三点責めだ。ぐぢゅぐぢゅと股間が鳴れば鳴るほど彼女は喜ぶ。もっと濡らしたい、もっと感じたいと濁流のような情動を滾らせる。

「あっあっ! あうっ、おうっ! あんっ、ああんっ!!」

栗色の髪を振り乱し、軋むベッドの上で自慰さながらに膣を刺激したアスカは瞬く間に快楽の山を駆けあがる。息を切らせ汗と涙が乳房を伝う。腹から空気が押し出されて嬌声もひときわ大きい。金と黒の陰毛が編み込まれると、耐えることなく頂へと到達してしまう。彼の顔を見る余裕さえなく目を閉じて息も止めた。なにか言われたような気がしたつぎの瞬間にはきつく窄んだ膣の蠕動(ぜんどう)と凄まじい絶頂だ。

「イっっグぅうっっ!!!!」

挿入された状態でのオーガズムとはこうも違うのかと戸惑うほど、全身の震えが止まらない。硬い陰茎が中で唸っているのは射精だろうと歓喜した。口の端から涎が垂れてもぬぐえず余韻とは呼べない強い性感に繰り返し喘ぐ。最後にどっぷりと細胞が溶けたような虚脱を受けて倒れかかった。

「もっと、抱いて……いっぱい、中に、出してっ」

ひくつく尻と荒い息もそのままにねだる。彼ならもっと刻んでくれると確信してキスすればすぐさま組み敷かれた。互いにすべての欲求を吐き出すかのように身体を打ちつける。熱い抱擁に愛してると告げ、愛してると返された。二度の射精によって強い持続力を獲得した彼が激しいピストン運動をおこなえば、彼女も淫水を放つ。

「ああっ、いいッ! 凄いっ、凄いッ! シンジぃ!!」

騎乗位、正常位、後背位とどの体位も最高だ。数え切れないくらいのキスをし、あらゆる肌に触れあう。恥ずかしげもなく卑猥な言葉を馬鹿みたいに言いあったかと思えば壊れるほど乱れてシーツはくしゃくしゃだ。少しの休憩を挟んではまた再開して、ふらついても肉体をぶつけあう二匹の獣だった。

「――ホント、死ぬかと思ったわ……」

こと切れて泥のように眠るシンジの寝顔を見下ろす。照明はもっとも弱く落とされて、優しい光だ。自身はしなかったが嬉しいことに彼は何箇所もキスマークをつけてくれた。首から背中、脹脛(ふくらはぎ)まで無数に赤い斑点が残っている。

「こんなに気持ちいいなんてダメね。いくらでもシちゃうもん」

痛みがあると思っていたから、当初は想いをひとつにして情交を結べるだけで充分だった。ところが実際には果てしない快感しかなかったのだから驚きだ。恋人との初体験でこんなにも心身が満たされるひとはそうそういないのではないかと鼻が高くなる。

「これ絶対に筋肉痛よね……ふふっ」

終わってみれば乳首と性器はひりひりしているし膣にはいまでも挿入されているかのような感覚が残っている。子宮まで鈍痛になって少々励みすぎたかもしれない。ベッドを見渡せば本当に酷い有様で、毟りあって散った陰毛や破瓜の血痕がありありだ。

「愛してるって、言いすぎよ。ばか……」

膝枕で呟いても彼に起きる気配はない。睡魔を必死に堪えながら頭を撫でて眠るのを見送った。これだけ運動すれば悪夢も見ないと思いたい。万が一のときに起こしてあげられず申し訳ないがいままでの幸運を祈るばかりだ。

「でも、愛してる。この気持ちは永遠よ?」

起きたらきっと怒るだろう。裏切ったと思うに違いない。でもこうするしかなかったのだ。彼の友人と同じように、今夜が最初で最後の機会だった。だからどうか許して欲しい。

「縁があればまた……ね」

そっと膝をほどいて彼の頭を枕に預ける。しばらく寝顔を見詰めて額にキスすると、枕元に隠してあったタンポンで栓をした。退院してからピルは飲んでないし周期的にも排卵日だ。もし可能ならふたりだけの証が欲しかった。

「いまの世界じゃ難しいかな、やっぱ……」

下着をつけて黄色いワンピースに袖をとおす。クローゼットからトランクを出してふたたび彼を見下ろせば、とめどなく涙が溢れた。どんなに歯を食い縛っても嗚咽(おえつ)は漏れ、膝を突きそうになる。それでも、起こしてしまったら最悪だと緩みそうになる気持ちに叱咤してタオルケットをお腹までかけてあげた。

「あたしの、シンジ……さようなら……」

もう一度だけ唇にキスすると彼の頬へ雨のような涙が落ちる。もっと名前を呼んで欲しい、微笑んで欲しい、今夜だけで終わりにしたくないと胸が張り裂けそうになった。

「くっ……うくっ……うぐぅっ!」

震える拳を握り締めてなんとか傍を離れる。そろそろ待ちびとが痺れを切らすかもしれないから入り口へ向かい、室内を見渡して(きびす)を返した。廊下でトランクを引きながら何度も涙をぬぐう。ほかに誰もいない。

「もういいのね?」

エレベータ前で待機していたミサトが沈痛な表情で言う。夜明け前にもかかわらずこうして送ってくれる彼女に感謝を禁じえない。アスカは肩を竦めると声の低い相手に向けて気丈に振る舞った。どれほど酷い顔になっててもほかに言葉を持たなかったのだ。

「ええ、いいわ」
「そう……なら車出すから」

無言でエレベータへ乗り込むふたりだが、聞きたくない声が廊下に響く。アスカは閉じかけたドアのさきに全裸で駆けて来る彼を見た。涙を流し、必死に叫んでいる姿が自身の救助されたときの光景と重なる。いますぐ開扉(かいひ)を押したい。その胸に飛び込んで縋りつけたらどんなにいいか。愛してる、一緒に来てと喉元まで出かかった。

だが、できないのだ。シンジにはレイがいるのだ。純潔まで受け取ってもらってこれ以上どうして求められようか。だから彼女はぎゅっと拳を握った。肩を怒らせ俯くことで視界を封じる。ぱたりと無情にもドアが閉まると息が震えた。

「ふくっ……服ぐらい、着なさいよ、ば……かっ……」

最後に強がるだけで精一杯だ。ミサトから声がかけられることも、また肩を抱かれることもない。そのほうがありがたかった。いまだ身体に残る感触は本部を出るときまで残したかったのだ。いくつもの想いを床へ落とし、アスカはただひたすら歯を食い縛った。


アスカの部屋でひとり泣くシンジの許へミサトが戻ってきたのはおよそ一時間後のことだった。ショックのあまり下着も穿かずにベッドへ腰かけているのでタオルケットをかけてあげる。顔は泣き腫らしており、手にきつく手紙を握っていた。すぐ隣にはチェロが立てかけられている。決戦前に自宅へ寄ったときシンジの部屋から消えたと思っていたら、アスカが引越しのときに持ち出していたようだ。クローゼットが開いてるから隠していたのだろう。彼の誕生日が近いので驚かせようとしていたのかもしれない。

ミサトは乱れたベッドを見て不謹慎ながら安堵する。生々しいと言ってしまえばそれまでだが、多くの染みと血痕からいかにふたりの想いが強かったのか窺えるというものだ。アスカが願いを果たせたことに後喜を感ずるのは同性ゆえか。もちろんそんな態度はおくびにも出せない。いまのシンジを見れば憂いも同じくらい込みあげる。

第三者である自身が下手な慰めを口にするのは感情の逆撫でにしかならないと知っているミサトは、事実だけを淡々と告げる。ひと月ほど前にアスカの父親が倒れ、現在入院中であること。残念ながら病状は芳しくなくターミナルケアの状態であり、余命はあまり期待できない。日本へ移すのも可能ではあるが、故郷で最期を迎えさせてあげたいというのが母娘と本人の希望である。そのため、彼女は帰郷する必要があった。今後ひとりになる母親のこともあるから向こうですごす、と。

「なんで教えてくれなかったんですか……」
「アスカがシンジ君には教えないでって言ったのよ」

このことを知っているのは司令、副司令、ミサトとレイだけである。なにも知らないシンジの偽りのない気持ちを受け止めたかったのだろうと彼女がつけ加えれば彼は咽び泣いた。そして最後の夜を強く提案したのはレイのほうからだったと伝えると、さきの言葉と重なって号泣する。

「綾波が……」
「レイを恨んだり、怒るのは違うわよ? シンジ君を捨てたとかどうでもいいんじゃないの。同じひとを好きになったからこそ、想いを叶えさせてあげたいと純粋に思ったの。もしかしたらもう逢えないかもしれない……ってなったら、わかるでしょ?」

彼からすれば浮気に違いないだろう。アスカからは一度そうなりかけた、とも聞いている。誘惑に負けた、またレイを裏切ったと考えるのは当然だ。しかしシンジは決して好色というわけではない。彼の育ってきた環境に問題がある。世界の中で取り残された感覚、誰からも愛されないと思い込んでいるのに求めてしまう矛盾。それが多くの戦いを通じて傍にいて、楽しくすごしていれば反動が爆発するのは当然だった。もっと愛されたい必要とされたいという欲求と若い肉体があればこうなるのは自然の流れであり、むしろ正常とも言える。それに、かつてはふたりがくっつくものだとばかり思ってたのだ。ほんの一歩を踏み出せなかった勇気がここまでのまわり道をさせてしまっていた。

「僕はどうしたら、いいんですか?」
「私、前にも言ったわね? 倫理なんて関係ないって。あなたたち三人はとてもよく似ているの。それがエヴァに乗る条件でもあったんだから磁石のように惹かれあうのは当然なのよ。だからこそ、シンジ君。ほかのひとに気を許しては駄目。世界で三人だけ、この関係が許されたのよ」

アスカが母親を伴って再来日するとは思えないが、特務権限が残っている間にゲンドウが手を打っていたのは知っている。ああ見えて親馬鹿なのだが、本人たちが望めば将来的に〝その選択〟もありうるのだ。ただ、いま教えるのは完全な悪手で、まずは彼が受け入れなければならない。

「綾波に……僕は……」
「たぶんアスカはあなたに言葉を残しているでしょ? それを忘れないで」

レイとのしあわせを壊すのが目的でないことくらい彼も理解しているはずだ。本気で恋をしたアスカにとって告白と純潔はそれほど大切なものである。そんな彼女がひと晩の想い出だけで立ち去るわけがない。また彼もそれを受け止め立ちあがる強さを得たはずだ。

「綾波に逢って……いや……家に、帰ります」

とても長く沈思黙考(ちんしもっこう)したシンジはそう言うと、ベッドから腰をあげる。ぱさりとタオルケットが落ちて某所が見えた頃には以前の彼らしさが少しだけ窺えた。あとはふたりだけの問題である。それもきっとすぐに解決するだろう。そんな柔な絆ではないのだ。シンジとレイは。