第1の使徒、アダムの発見。
 そして引き起こされた、セカンドインパクト。


 14年の歳月を経て現れた、第3の使徒。
 人類は神に似せて作ったエヴァと、たった一人の14歳の少年の心を頼りに、辛うじてそれを撃退する。


 次々と現れる使徒。3人のチルドレンと呼ばれる14歳の少年少女は、体を、心を、傷つけながら
 互いに補い、反発し、迷いながら闘う。


 第17番目、最後の使徒が現れる。それは人の姿を纏い、渚カヲルと名乗り、碇シンジの前に現れる。
 彼との交流は、碇シンジの心に温もりをもたらす。だが、それはつかの間の安息だった。
 人類か、使徒である彼か、二者択一の選択の中で、碇シンジは、好きだと言ってくれた彼を自らの手で殲滅させる。


 ぶつかり合うゼーレの計画と碇ゲンドウの計画。人類の闘いは終局を迎え、各々が全力を尽くす。
 そんな中、ついに始まる、サードインパクト。碇シンジは、自己の内面と向き合い、彷徨う。
 ひとたびは選択された、全てが曖昧で、一つになった世界。
 だが、綾波レイ、渚カヲルとの対話の中で、これは違う。と感じる。
 彼は望んだ。人が人を傷つけ、傷つけられ、裏切られ、愛し合う、そんな世界を。
 世界は、歓喜の中で、再生していく。









 
「キミが、いないから」
 
episode 1. 〜目覚める心〜
 







 葛城ミサトが、赤木リツコが、冬月コウゾウが、司令部に立っていた。


 加持リョウジ、碇ゲンドウの姿は、無かった。


 サードインパクトの瞬間に生きてはいなかった者、生きる事を望まなかった者の姿は、見る事は出来なかった。





 しかし、振り返る時間は、彼らには与えられない。
 生き残った者には、生きる事を選択した者には、世界への責務があるのだ。


 「チルドレンの確保、急いで!!」


 司令部の中を、ミサトの檄が飛ぶ。


 「セカンドチルドレン、サードチルドレンを発見!!」


 「確保のため、ヘリを向かわせました!!」





 ふぅ、と、ミサトとリツコはため息をついた。
 ミサトが、コーヒーサーバに向かう。
 二人分のコーヒーを手に持ち、一つをリツコに差し出した。

 「ご苦労様」


 リツコは軽く礼を言って受け取り、口に含む。

 「ミサトの入れてくれたコーヒーをこんなにおいしいと思ったのは、久しぶりね」

 「ちょっと前に聞いた気がするわよ?」

 ミサトが、苦笑しながら返す。


 「色々あり過ぎて、遠い昔のような気がするわ・・・」

 「リツコ、アンタだけ年を取ったのかもね?」


 しかし、リツコの冷静な言葉が、ミサトの勝ち誇ったような顔に突き刺さる。


 「あら、事地球上に関する限り、時間の流れは誤差の範囲と言っていいわ」
 「まぁ、アナタはお気楽な性格だから、苦労が身に染みないのかしらね」


 ミサトの顔が敗北に歪む。
 だが、それも軽口を言える状況になったからだ。
 チルドレンの確保。
 それが、現在の急務だった。











 「後は、レイね・・・」


 まだ、彼女は見つかっていない。
 見つかる保証はないが、全力を注がなくてはならない。
 現在以降は、リツコはセカンド、サードチルドレンの健康状態のチェックにはいるため、ミサト一人の肩に、重責が掛かってくる。


 「更に捜索範囲を広げて」













 ふと、引っかかるものを感じた。


 「セントラルドグマ、捜索した?」
 「あ・・・、いえ、即座にチェックします!!」


 オペレータの日向の手が、監視システムに介入する。
 カメラが切り替わり、生体反応を走査していく。





 「セントラルドグマ、LCLの海に、人影!! ファーストチルドレンです!!」


 ミサトは、眉根を押さえた。


 「盲点だったわ・・・。今すぐ救出に、いえ、ここは任せるわ!!」


 カッ!!
 鋭い音を立ててミサトが反転し、ターミナルドグマへと急ぐ。


 一旦出口で止まって振り返り、指示を飛ばす。


 「リツコにも連絡、レイの収容、検査の手配よろしくってね!!」


 言い捨てて、再び駆け出していく。





 チルドレンが・・・誰一人欠けることなく、発見できた・・・
 ミサトはこみ上げてくる喜びをかみしめた。
 もちろん、体は衰弱してるかも知れない。怪我しているかも知れない。
 それでも、再び、出会えるのだ・・・





 通路を駆け抜け、セントラルドグマへと降りるエレベータを目指す。
 焦燥に、下りのボタンを連打してしまう。


 ジリジリするような時間を待ち、やっと来たエレベータに乗り込む。
 目指すは最下層、本来ならば、レベル6のセキュリティカードがなければ入れない場所。


 だが今は全て解放状態となっている。
 セキュリティレベルの回復を行うには、まだまだ時間が掛かるからだ。
 救助作業、復旧作業、やるべき事はたくさんあり、機密情報などは万が一盗まれても、MAGIレベルのコンピュータでもなければ解析もままならない。
 そんな理由から、冬月副司令の判断で後回しとされている。






 最下層についた事を告げる音が、ミサトの耳に届く。
 セントラルドグマ、最高機密フロア。
 開きかけたエレベータの扉の隙間から、一秒も惜しいと言わんばかりに駆け出す。



 激しい軍靴の音が、誰もいない通路に響き渡る。
 鍛え抜かれた肉体は、障害物などものともせずひたすら目的地へと身体を運んでいく。


 セントラルドグマへの扉が見えた。
 今は開かれている。
 その向こうに見える、巨大な十字架。リリスを磔にしていた、土台。
 今はもう主を失った、ただの十字架。





 その足下はリリスから流れ出た赤い液体で満たされて。

 たゆたうように、異質な蒼色。



 「レイ!!」



 悲鳴のような声が自分の口からあふれ出るのを知覚しながら、液体の中へと駆け込んでいく。
 服が濡れていくのにもかまわず、そっとレイの体を抱き寄せる。


 体温は・・・低い・・・
 見たところ、外傷はなさそう・・・
 慎ましやかな胸が、わずかに上下している。





 ああ・・・生きてる・・・
 今は意識はないみたいだけど、リツコの所に連れて行けば、きっと大丈夫・・・

 安堵で崩れ落ちそうになる足を、気力で支える。








 く・・・う・・・
 溢れる涙をこらえようともせず、ミサトはレイを床の上にそっと横たえた。


 もうすぐ医療班が来る。彼らと共に、リツコの所へ行こう・・・・・・。





















 二日後。





 「どう? あの子達の様子は?」

 ミサトが尋ねた。


 「アスカとレイは、意識レベルが上がってきてるわ。今日中にも、目が覚めるかも知れないわね」

 「そっか、よかった・・・」

 「当然だけど、当面は一歩もここを出られないわよ?」

 「わかってるわよぉ。生きてただけでもめっけもんよ」

 「違うわよ。精神汚染の可能性、意識の混在、混濁、記憶の一部欠落、そういった検査が必要なのよ」
 「体力の回復に関しては論外の話ね。しばらくは絶対安静よ」

 「そっか・・・」


 ミサトの顔がやや曇ったが、再び明るく尋ねる。

 「でぇ〜、シンちゃんはぁ〜?」











 「・・・・・・・・・」











 「ちょっと、なによ、なんか言いなさいよぉ」



 「彼の意識レベルは、最深層に潜ったままよ・・・」

 「・・・どういうこと?」





 「・・・覚醒する気配がない、って事よ」





 ミサトには意味がよく飲み込めなかった。


 「何を言ってるの? アスカとレイはもう間もなくなんでしょ? なんでシンジくんだけが・・・」


 「理由は判らないわ・・・」
 「今MAGIに可能性を探らせてはいるけれど・・・今のところは情報不足すぎて、回答保留、よ・・・」


 「そんな・・・」


 「シンジくん、サードインパクト、再生された世界・・・そういった情報をMAGIにインプットするだけでも、1ヶ月はかかる」
 「それからMAGIにシミュレートさせて1週間、ってところかしら」
 「それだけ掛けても、答えが出るとは限らないわ・・・」


 「ちょっと、リツコ!!」


 「それが事実よ、ミサト」
 「もちろん、自然に彼が目覚める可能性だって、0ではないけれどね・・・」








 二人を、重苦しい雰囲気が包んだ・・・

 世界最高峰の頭脳とコンピュータを持ってしても、答えのでない可能性も、あるのだと・・・








 その日の夜遅く。
 アスカとレイは、目を覚ました。





















 目覚めた二人にはかなりの衰弱が見られた。
 特にアスカはげっそりと頬がこけ、肉体、精神共にかなりの衰弱状態が見られた。
 魂の邂逅を果たした母との別れが、負担を掛けたのかも知れない。
 2週間、ないしは3週間の安静が必要とリツコは診断した。


 レイの方は、さほど衰弱は見られなかった。
 会話にも特に支障は見られない。
 数日の安静の後、精神面のチェックに入った。



 精神汚染の可能性・・・ゼロ。
 意識の混在・・・ゼロ。
 意識の混濁・・・ゼロ。
 記憶の一部欠落・・・ゼロ。



 これだけでは全くのオールグリーンとは言えないが、一番大きな部分の心配はなくなった。
 リツコは、ふぅ、とため息を漏らした。

 「レイ、今日はもういいわ。病室に戻りなさい」



 だが、すぐにそれには従おうとはせず、じっとリツコの方を見ている。



 「なぁに? 聞きたい事があるの?」

 促してみた。


 「セカンドは同じ病室にいました。衰弱はしていますが、命には別状はなさそうでした」


 「そうね、二人とも命に別状があるわけではないわ。アスカの方は、言うとおりしばらく安静が必要だけれど」








 「・・・碇くんの姿が見あたりません」








 リツコは、じっとレイを見つめた。
 いつもと変わらない、無表情に見える。
 だが、何故かリツコには、シンジを気遣っているようにも聞こえた。








 意を決して、リツコは答えた。

 「シンジくんは、集中治療室よ」


 わずかに、レイの眉がひそめられたようでもあった。

 「重傷、なのですか・・・?」


 「いいえ、彼の体に、外傷は見あたらないわ」


 ますます、レイの顔が当惑したようになる。
 レイが・・・シンジくんに、興味を・・・?
 いえ・・・今はそういう事考えてる時じゃないわね・・・


 本当の事を言うべきだろうか・・・
 しばし迷い・・・。
 端的に伝える事にした。
 素早く端末を操作し、碇シンジの病室をモニタに映し出す。


 「見ての通りよ。彼は今、眠っているわ」

 ものものしい計測機器に取り囲まれ、静かに眠りを続ける碇シンジ。


 「・・・まだ、目覚めないのですか?」


 質問を投げかけながらも、食い入るようにモニタを見つめているレイ。
 リツコは、ミサトに答えた事を繰り返した。


 「シンジくんの意識レベルは、最下層。未だ目覚める気配は、全くないわ」
 「MAGIによる予測は、一ヶ月以上先になるわね」








 「そう・・・ですか・・・」





 少し伏し目がちになったレイの表情は、困惑・・・それとも、落胆・・・?


 こんな豊かな表情、前には見れなかった事ね・・・
 リツコは煙草に手を伸ばし、心の中でつぶやいた。


 もっとも、それも前のレイと比較しての話であって、通常の年頃の女の子の水準から見れば、無表情と大差はないのだけれど。


 「さて、シンジくんの事は私たちに任せておいてくれるかしら? 彼の事については全力を尽くすし、アナタはまだ休息が必要の身よ?」





 「判りました・・・。失礼します」








 レイが付き添いと共に退出して行った扉を、じっと見つめる。











 ゆっくりと瞳を閉じ、しばし思索にふける。











 世界の敵を相手に、その身を、心を削って闘ったチルドレン。誰一人、不幸になどさせるものですか・・・











 リツコは、秘めたる決意を込めて、煙草の先に火を灯した。
 その炎こそが、自分を導く道標だとでも言うように。




to be continued...

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