イレギュラー


3話 Q.

いつも通りの蝉の声。
人が皆うなるような暑さ。
その空間の中の第3新東京市、市街地。
そこにある一つのベンチにレイとユウキは腰掛けていた。


「・・・ゴメン」

ユウキは申し訳なさそうに口を開いた。

「仕方ないわ。無いものは無いのだから」
「なんか意味わかんない行動してるね。
 オレ・・・さっきから」

「そうね」
「ぐふっ・・・ホントゴメン」

「それじゃ、帰りましょう」

そう言ってレイはベンチから立ち上がる。

「その、えっと、あの・・・」
「?」
「あ、足に力が入らない・・・」
「え・・・?」
「簡潔にいうと、その、立てない」
「体に栄養が足りていないからだと思うわ」
「冷静に分析されると困るものがあるね・・・
 それでサ、悪いんだけど肩かしてもらえませんかね?」

その言葉を聞くと無表情にレイはユウキの高さに合わせてしゃがみ、
脇の下へ腕を突っ込みそのまま上へと引き上げる。

「ありがと」

はにかむような笑顔で照れくさそうに礼をする。

「・・・・そこでなにか食べましょう」

レイがレストランを指差して言った。

「えっ?悪いからいいよ」
「飢え死にしたいの?」
「・・・いただきます」

という事で二人は直ぐファミレスへと入って行く。

店内へ入ると笑顔の店員が出てきてお約束のセリフを述べる。

「いらっしゃいませー!お二人様ですか?」

ユウキが「はい」と答えると

「それではこちらへどうぞ」

と、誘導された。もちろん禁煙席である。小さな丸いテーブル
を二人で挟むように座る。
その時は、というか店に入った時はもうユウキはレイの肩を離れていた。
半端じゃないハズかしさだったので最後の力を振り絞り席まで歩いてきたのだ。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

そう言ってお冷やとメニューを置いて店員は違う客の方へと行ってしまった。


「さて、レイちゃん。何にする?」
「・・・これ」

そういって指差したのは和食コーナーの欄にあるきつねうどんだった。

「・・・ハンバーグとか食べるんじゃないの?って言うか隣に『そば・うどん』って
 いう店、あったじゃん」

「・・・ニク、嫌いだもの」

(じゃあせめてパスタとか食おうよ!!)
心の中で突っ込むのであった。

「というか、オレもそれ」
「なぜ・・・?」
「・・・ニク、嫌いだから」


てなことで店員を呼びつけ360円のきつねうどんを二つ頼んだ。

「・・・以上でしょうか?」
「以上です」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」

その笑顔は心なしか苦かった。

その後、思いのほか早く来たきつねうどんを二人は美味そうに平らげたのであった。




店からレイとユウキが出てくる。

「ふぃーーー。マジうまかったぁーーー!」

のびをしながら妙にスッキリとした表情でユウキは言った。

「そう」

いつものように無表情で答えるレイ。

「うん、ホントに有り難うございましたぁ」

そんなレイを横目で見ながら御礼を言った。

「どういたしまして」

ぎこちない言葉だったが迷いは無かった。
だからユウキは嬉しくなりニッコリ微笑んだ。

そしてのびをくずし、ふっと息を吐き出すと話を切り出した。

「さーてと、帰りますか。しっかしこの街、入り組んでてわかりにくいなぁ。
 今度いろんな所に探検に行ってみようかな」

「やめて」
「なんで?」
「困るから」
「・・・・・・」


熱さのピークはまだ遠い午前の一時。そんな中早くも帰路に付き歩いてゆく二人。
しかし突然レイが足を止めた。

「!」

何かに気が付いたようだ。

「?・・・どうしたの?」

振り返り、そう聞くと共にユウキも立ち止まる。

「用事、思い出したわ」
「ふーん。どっか寄ってくの?」
「ええ」

そう言って又、レイは歩き出した。

「どこ行くの?」

追ってユウキも歩き出す。

「本部へ行くわ」
「ホンブ?ほんぶねぇ・・・なんだかわからんけど、ま、いっかぁ」

疑問を抱きながらもそんなには気にしていない様子でユウキは
レイの後を追ってゆく。

しばらく歩いていると突然ユウキが喋りだした。

「そういえばさぁ、あそこで倒れる前に峠の方に行ったんだよ。
 結構鮮やかに木が生い茂ってたけどあれって植林なのかな?」
「・・多分」
「やっぱり?なんか種類に偏りがあったんだよね・・・」
「・・そう」
「うん。それとね、モーローとしながら街を歩いてたら
 すっごい良いにおいがしてさぁ、そこがラーメン屋だったんだ。
 んで、塩ラーメンめっちゃ好きだから食べてこっかなーって
 思って財布を開けてみたんだ!でも探せど探せどお金が無い!
 最後には両手で財布をがっちり掴んで振ったね。オレは・・。
 結果は変わんなかったけど。おまけに入ってたカードは
 ボロボロ落ちるし。ホントマジ泣けたっすよ・・」

情熱的に身振り手ぶり加えながらユウキは語った。

そして返ってきた返事は

「・・そう」

この一言だけだった

その後も食べ物の話が続く。肉の匂いで吐き気がした、とか
又ラーメン屋があった、とか
イタリア料理のめちゃ美味そうな所があった・・などなど。
・・・よっぽど腹が減っていたようだ。
そんな感じでユウキが喋り、レイが一言二言返事をする。
そんな会話ともいえない会話がよどみなく続いていた。
その会話なはなんとも言えない充実した雰囲気が漂っていた。
レイの表情には出ていないが、どこか楽しそうな。
ユウキの活き活きとした語り口調はレイにはとても
新鮮で、斬新で、面白いものだった。もっとも、自分でそう思っている事を
レイは解っていなかったが・・・。




―― 改札口 ――

「電車乗るのかぁ・・・あ!定期なら持ってるよ。
 日本のヤツは千葉行きだけど・・・」
「使えるの?」
「無理っぽい・・・」

そしてレイが切符を買い、ユウキがそれを貰う。それと同時に軽く礼を言い
二人は電車に乗り込む。

数分電車に揺られ少し歩くと、
そこはユウキが倒れていた、
あの改札口のようなところだった。

「ここが、ホンブ?」
「その入り口」
「何をしてる場所なの?」
「・・・」
「答えられないような事、か」
「・・・」

少し表情が濁っているような、いないような。

「・・・どうしたの?
 ・・・別に答えられない事を無理に聞いたりしないよ」

柔らかく微笑んで安心させるような口調で言う。

「それじゃ、ココで待ってるから行って来なよ」

レイはその言葉に頷くとポケットからあるカードを取り出す。

「それって、え?それで入れるの?・・・ちょ、ちょっと待って」

そういうと財布をポケットから取り出しその中を
なにやらごちゃごちゃ探っている。

「・・・・・・あ、あった!」

そう言って取り出したカードは
幼い男の子の顔写真が張られ『ゲヒルン』と書かれたものだった。
その顔写真は紛れも無く幼き頃のユウキの顔だった。

「これじゃ、無理かな・・・?」
「!」

あまり顔に変化は無いが明らかに驚いている表情に見える。

「ん?どしたの?」
「何故それを持っているの?」
「ん?なぜって言われてもねぇ・・・貰い物だし、
 絶対なくすなって言われてたからねぇ・・・ナオコさんに」
「・・・とりあえず赤木博士の所にあなたも連れて行くわ」
「えっ、ナオコさんの所?いやーひさしぶりだなぁー・・・
 どんな顔して会えばいいのか分んないや〜・・・
 しかし赤木博士なんて堅苦しいな〜フツーに呼べばいいじゃん」
「・・・赤木ナオコ博士は、死んだわ」
「えっ・・・!!どういうこと!?」
「・・・原因不明の自殺」
「・・・そ、そんな・・・」
「今いる赤木博士はその娘よ」
「・・・あ、ああ、そう言えばいたな・・・
 いっつもナオコさんの後ろを付いて歩いてたお姉さん。その人?」
「・・・きっと、そうよ」

その言葉と共にレイは歩きだす。
自分の抱く不安と疑問を振り払うかのように。
ユウキも手を引かれレイのカードによって開かれたゲートをくぐって行く。


「うおぉ・・・なんか凄い・・・」

感嘆の声を漏らしているユウキをよそにレイは終始無言だった。
エスカレーター、通路、エレベーターを抜け、ついた先は、
『技術開発部技術局第一課赤木リツコ博士研究室』
と、書かれた可愛らしい猫の掛札の掛かっている扉の前だった。

「赤木、リツコ博士、か・・・」

その言葉と共に扉が開く。

「赤木博士、只今参りました」
「あ、レイ。ちょっとまっ・・・・誰?その子?
 部外者は立ち入り禁止よ!ココは!」
「え、あの・・・ご、ゴメンナサイ!」

勢いに押されつい土下座する。

「謝って済む問題じゃないのよ!レイ、早くその子を本部から
 連れ出しなさい!」

「コレ・・・」

そう言うとレイがユウキのカードを差し出す。
(はっ!いつの間に!)

「何コレ?・・・!!・・・結気・・・ユウキ・・・なんなの、これ!?」
「ユウキ君が所持していたものです」
「そう、僕が所持していたものです」
「なぜ、アナタがコレを・・・?取りあえずこのカードは預かります。
 今日は帰って下さい。レイ、検査はいいわ。
 明日また改めて来なさい。
 その子を出口まで案内したらそのまま帰っていいわ。じゃ」

その言葉の直後ドアは機械的な音と共に閉じられた。




―― 数分後 ――

赤木博士研究室の扉が開く。

「いったい、何なの?これは・・・」

そう言いながらリツコが部屋を出る。
その後直ぐに扉が閉まる。

「結気 ユウキ・・・検索該当数ゼロ・・・。
 なのに・・・なぜコレを持っているの・・・?
 レプリカで無い事は確かだわ。
 IDナンバーにもおかしい所は何も無い。
 ・・・マギに調べさせるしか無さそうね・・・」

小さく低い声で自分の疑問を口にしながら歩いていく。

すると向かい側通路になにやらキョロキョロあたりを見回しているネルフの一職員と思しき女性がいた。
その女性がリツコに気付くと、小走りに近寄り話し掛ける。

「あ、いた。先輩。あれ?どうかしたんですか?あまり元気無さそうですね・・・?」

リツコの後輩にあたる伊吹マヤだ。心配そうにリツコを見ている。

「・・・・・・・・」

しかしリツコは眉間にシワを寄せ手元にある何かを
見つめたままツカツカと通り過ぎてしまう。

不審に思ったマヤが追いかけながら少し大きめな声でリツコを呼んだ。

「先輩!どうかしましたか?」
「えっ!!」

いきなり呼ばれたことで一瞬体が硬直し、手の力が緩む。
緩んでしまった手から持っていたカードがひらりと落ちる。

「?・・先輩、何か落としましたよ」

マヤがそれを拾おうとしゃがみ、手を伸ばす。

「っ・・・!」

しかしそれを上回る速さでリツコが拾う。

「??・・先輩、どうかしたんですか?なんか今日変ですよ?」

段々と心配が深まってゆくマヤ。顔に出やすいタイプのようだ。

「な、なんでもないわ。それよりマヤ、どうかしたの?」

とぼけるような口ぶりで話をそらす。

「ああ、E計画担当者は全員集合だそうです。
 きっと零号機機動実験の打ち合わせですよ」

まんまと思惑にはまり、リツコに促されるままに歩き出すマヤ。

「そうね。明後日までには全て終わらせておかないといけないわね」
「そうですね。でもちゃんと動いてくれるのでしょうか?
 そもそも本当に使徒なんてものが来るのでしょうか・・・?
 セカンドインパクトからもう15年・・・。
 世界は活気を取り戻し始めています。
 科学での更なる高みへの移行も可能な気がします。
 そのための一歩と考えた方がいいのではないでしょうか。
 ココと、エヴァは・・・」

「・・でも、もし本当に使徒が来たらどうするの?」
「・・・それは・・・」

「来る可能性はゼロでは無いのよ。
 そこの所をわきまえて置いた方がいいわ。
 敵が来た後に嘆いても遅いのよ。
 何のためにネルフに入ったのか。
 そのことを頭の中にちゃんと入れておいて頂戴」

「・・・・・・ハイ・・」

その言葉に戸惑いと不快感を隠せないマヤの表情が濁る。

「・・・まあいいわ。取りあえずエヴァが動かなければ話にならない。
 急ぎましょう」

「・・ハイ」

リツコとマヤは歩いてゆく。

進んでゆく。








つづく



悩み

疑問

解けた先にあるものは・・・

幸福だったとしても

絶望だったとしても

戻れない

逃げられない 

ヒトは、進むしか、道は無い


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