「朝だ・・・・・。」
シンジは目覚めた。へんな夢を見ていた気がする。体を起こし、耳をピンッと立たせ、ふにゃぁ〜っと欠伸をする。
「・・・・・・・・悪夢だ。」
清々しい朝。しかし、やはりシンジはネコのままだった。


「 ネコシンジ (中編) 」


一旦目覚めたものの、またコテンッと横になる。
「いいや・・・・寝よ・・・・・。」
そう呟いて布団に潜りこむ。再びウトウトし始めた頃、ドタドタと足音が近づいてきた。
「いつまで寝ているのよバカシンジぃ〜〜〜ッ!!さっさと起きて私の弁当作りなさいよ!!」
バタンッ!とドアを開けてアスカが怒鳴る。
「いい・・・・今日学校休む・・・・・。」
「アンッ!?なに寝惚けたこといってんの?」
「学校行かない・・・・。こんな姿で行けない・・・・・。恥ずかしいもん・・・・・。」
ピクッとアスカの頬が引きつる。左手で布団を引っぺがし、右手で力いっぱいシンジの襟首を引っぱる。
「なにグチグチいじけてんのよ!起きろーーーーっっ!!・・・・・って・・・・・あれ?」
あまりの手ごたえの無さに戸惑った。右手にはシンジが、パジャマを掴まれたままぷらーんとぶら下がっている。
「なにこれ?アンタ、異様に軽くなってない?」
「う、うん。確かに昨日から体が軽くなったような・・・・・。」
アスカがひょいっ、と持ち上げてもほとんど重みを感じない。アスカの顔がニヤリッと笑う。
「うっふっふ、シ〜〜ンジぃ〜〜?なんなら、この格好のまま学校へ連れて行ってあげようか?」
「い、いやだよぅ!」
「だったら早く着替えなさいっ!!そんで、あたしのご飯作るの!!」
「わ、わかったよぉ。わかったから離してよぉ・・・・・。」

着替えにちょっと苦労したシンジだが、とりあえず起きて料理に取りかかる。
「ミサトさんは?」
「まだ寝てるわ。ま〜ったく、タダだからって昨夜あんだけ飲むからよ。」
「じゃあミサトさんの分はいいか・・・・。アスカ、トーストと目玉焼きしか出来ないけど?」
「アンタがグズグズするからでしょっ!もうっ、時間ないから我慢するわ。あたしシャワー浴びてくるから。」
(時間なくてもシャワーは浴びるんだよなあ・・・・。)
心の中で愚痴る。考えたらまた気が重くなってきた。
(はぁっ、みんなこの格好みたら何て言うだろう・・・・。嫌だなあ・・・・。)

「シンジーッ、早くしなさいよ。」
「う、うん。もう出れるよ。・・・・あ、これ、お弁当。」
アスカは弁当を受け取ると、いつもと違ってシンジの少し後ろ側に回る。
「?どうしたの。いつもは僕に 『私の前を歩くな』 って言ってるのに。」
「アンタ、少し離れて歩いて。一緒だと思われると恥ずかしいでしょ。」
「そ、そんな言い方ってないよ!」
「うるさいっ!つべこべ言わず、さっさと歩く!」
(・・・・ほらみろ、自分だって恥ずかしいんじゃないか。)
溜め息をついてシンジが歩く。だが、アスカの意図は少々違うようだ。少し後ろを歩きながら、シンジの後ろ姿を見つめる。
時々耳がピクンッと動く。ゆらゆら動く尻尾が不意にヒュッと持ち上がる。それを見ているアスカの顔が和む。
微笑ましく見ながら、ふとアスカは疑問に感じた。
「ところでアンタさ、どうやって出してんの?その尻尾。」
見たところズボンに穴は開いてない。
「あ、ベルトをちょっと緩めて、上から出してるんだよ。ちょっと窮屈だけど・・・・。」
「そうじゃなくてさ、その下。」
「え、えっと・・・・・・。」
「なに恥ずかしがってんのよ?・・・あ、ひょっとして・・・・穿いてないの?」
「ち、違うよ!その・・・・・。トランクスを後ろ前にして、その・・・・・穴から尻尾出してるんだよ。」
顔を真っ赤にするシンジ。その格好を想像したのか、アスカが爆笑する。
「ぶわはははははっっっっ!!お、おっかしい〜〜〜〜っ!」
「そ、そんな笑わなくてもいいじゃないかっ!」
「だっ、だってぇ・・・・マ、マヌケよねぇ〜。あはははははっっっ!!け、傑作ぅ〜〜!!」
なおも笑い出すアスカ。よほどツボにはまったのか、涙目になっている。
「もう・・・・。だから嫌だったんだよ・・・・・。」
朝っぱらから落ち込むシンジであった。

好奇の目に晒されながら教室に入ると、クラスの全員がシンジに注目する。
「・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・。」
みんなの視線がネコ耳に注がれる。一瞬の間をおいて、ハチの巣をつついたような大騒ぎ。
「ええっ、碇君!?なにそれ?どうしたの?本物なの?」
「きゃあああああっ、ネコ耳よネコ耳っ!!あああんっ、しっぽまで生えてるぅっっっ!!!」
「に、似合いすぎるうっ!!かっ、可愛いすぎるようっっっ!!!」
「触らせてぇ〜っ!!!!」
たちまち女子にもみくちゃにされる。それを呆然と眺める男子たち。
「シ、シンジ。おまえまさか、ヘンな道に目覚めたんじゃ・・・・。」
「センセえ・・・・なんぞ悪いもん食うたんか?」
ケンスケはともかく、トウジの指摘は正しい。この場合、飲まされた訳だが。
シンジは女の子から頭を撫でられたり、尻尾を触られたり、完全におもちゃだ。見かねてヒカリが注意する。
「ちょっとみんなっ!もう授業が始まるわよ。いい加減、席に着いて。」
「シンジッ!アンタもデレデレしてないで、さっさと座りなさい!!」
「そ、そんなこと言ったって・・・・。」
女生徒の一人が頬ずりするのを見て、アスカの額に青筋が浮かび上がる。
「むぅ〜〜〜っ!!いい加減にしないと・・・・・。」
怒りに震えるアスカの前をレイがすっと横切った。シンジの首を掴んで女の子達から引きはがし、ぎゅっと抱きしめる。
「碇くんはあなた達のものじゃない。・・・・でも私は碇くんのものなの。だから碇くんは私が預かるの。」
「ちょっと!そこの天然バカッ!!ワケわかんないこと言ってないで、シンジを離しなさい!!」
「馬鹿はあなただわ。彼を連れてくるからこうなるの。・・・・碇くん、一緒に帰りましょう。これからずっと二人で暮らすの。」
「こっ、この変態ストーカー女めぇ〜〜〜っ。」
「いやぁっ!綾波さん、フケツよぉっ!!」
お約束のヒカリの叫び声で教室が一瞬静かになった瞬間、のほほんとした声が聞こえた。
「・・・・・え〜〜〜っ、それではみなさん。授業を始めてもよろしいですかな・・・・・。」
いつの間にか老教師が教壇に立っている。とっくに授業は始まっていたようだ。

「え〜〜っ、そのころ私は多摩川の土手の近くに住んでいました・・・・。」
老教師が朗読をするようにしゃべり続ける。
「その時はまだ、今ほど汚染が進んでいませんでな。そうそう、野生のアザラシなんかが居たことがあります・・・・。」
すでに授業から脱線して昔話になっている。こうなると長い。居眠りするものが続出している。
(ふわぁぁぁっっ!!なんだか今日は、やけに眠いなあ。)
シンジは朝から何十回目かの欠伸をする。
「碇くん、眠そう・・・。よかったら肩を貸してあげるわ。」
隣に座っていたレイが椅子をつつっと動かして、シンジにくっつく。
「ファーストッ!アンタの席は向こうでしょっ!?なんでシンジの隣に居るの?」
「そんなの、些細な事。・・・・あなたには関係ないわ。」
「な、なんですって〜っ!?」
「や、やめなよ、二人とも・・・・。」
「大丈夫。碇くん、貴方は私が守るから。」
そう言ってシンジの頭を撫でる。シンジは思わず目を細め、頭をレイの手のひらにすり寄せる。
「シ、シンジッ!?何やってんのよ、アンタ!!」
「だ、だって、体が勝手に・・・・・。」
「猫はこうすると気持ちいいもの。碇くんもそうなんだわ。」
ムカッとしてレイを睨んだアスカだが、すっとシンジの首に手を伸ばし、シンジの喉元を撫で始める。
「んふっ、知らないのアンタ?猫ってのはね、ここが一番気持ちいいのよ。・・・・ねぇ、シンジぃ〜っ?」
たしかにそこはツボなのか、シンジは切なげに眉をひそめ、頭をアスカの肩に預ける。
(シンジのこの表情・・・・か、かっわいいっっ!!)
シンジを取られたレイはムッとふくれていたが、後ろからシンジの頭を掴むと、膝の上にのせる。
「知らないのはあなたの方・・・・・。猫はこうやって膝の上で可愛がるものなの。」
膝枕しながらシンジの喉を撫でる。ゴロゴロと鳴く声が聞こえてきそうな様子に、アスカの怒りがレッドゾーンまで上がる。
「返しなさいよっ!この泥棒猫!!」
「・・・・泥棒はあなた。猫は碇くん。」
「返せっていってんのよっっ!!!」
アスカがシンジの手を引っ張る。負けじとレイもシンジの頭を掴んだまま立ち上がる。
「こらっ!」
突然の叱責に教室全体が固まる。過去、どんなに騒いでも、この老教師が叱ることは無かった。
「・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・。」
あまりの意外さにアスカ、レイ、シンジの三人も驚いて視線を向ける。
老教師は眼鏡越しにジッとこちらを見ている。慌ててシンジが謝る。
「せ、先生、ご免なさい・・・・・。」
老教師の視線がネコ耳に集中している。
「・・・・・碇君、アクセサリーは校則で禁止されていますぞ。」

二限目は体育。男子はバスケット、女子はバレーボール。
シンジはあまり運動は得意でないので、普段はなるべくボールに触らず、目立たないようにしている。
しかし、今日は違う。
「キャーーーーーッッッ!シンジく〜ん、素敵ィッッーーーーーーー!!!」
女子の黄色い声援を一身に受け、攻守ともに大活躍。なにせ、誰もシンジの動きについてこれない。
あまりに素早いためガードできない。加えて、驚異のジャンプ力。
自ゴール前からジャンプし、ひとッ跳びで相手ゴールにダンクを決める。ほとんど反則。
「い、いつの間にシンジって、あんなに凄くなったの?」
「ワ、ワシの見せ場が・・・・。」
普段なら自分が主役とばかりに張り切るトウジも、全くいいとこ無し。
ふわっと尻尾を浮かせ、華麗にジャンプ。リングにボールを叩きこんだ後、クルッと一回転して着地。
試合終了。もちろん、シンジのチームの圧勝である。
「碇君、ホントにすごい・・・・碇君じゃ無いみたい。」
「バ、バカシンジのくせにやるじゃない・・・・・。」
「碇くん・・・・素敵・・・・・。」
授業そっちのけで観戦していたヒカリ、アスカ、レイの目がハート形になっている。 あ、レイはいつもか。

「バスケの時はスゲー活躍だったよな、シンジ。」
「はぁぁぁっ、ワシの出番が全くあらへんかった・・・・・。」
「ご、ごめんよトウジ。」
お昼休み。ケンスケ、トウジ、シンジの三人は、屋上でお弁当を広げている。
「ところでお前さあ、なんで授業終わったのに体操服のままでいるの?」
「あ、半ズボンだからさ、しっぽが動かしやすくて。」
ヒュンヒュン尻尾を振ってみせる。なんか、けっこう馴染んでいるように見えるのは気のせいか?
「シンジーーーーーッ!!なんなのよーーーーーーっ!このお弁当は!?」
シンジ達が振り向くと、アスカが怒鳴りながら走ってくる。後ろからヒカリがパタパタと追っかけてきた。
「何怒ってんだよ?アスカ。」
「なにすっ呆けてんのよ!なんなのこれっ!おかずが全然入ってないじゃないのっ!!」
アスカが弁当の蓋を開けると、中は見事な白御飯。おかずはおろか、梅干し一つ入っていない。
「ああ、渡すの忘れてた。はいっ、これ。」
「ん?カツオブシ・・・・・?あんた、これで一体どうしろというの?」
シンジはカンナを取り出し、カツオブシをシャッシャッと削る。
削りブシをご飯にパラパラと振りかける。
仕上げにトポトポとしょうゆを注ぐ。これで出来上がり。
「あんた・・・・・。まさかこのアタシにネコマンマを食わせる気?」
「ん?・・・・結構美味しいよ、これ。」
「くぅおのバカネコッッッ!!アタシのお弁当なんだと思ってるのよっ!!ほんっっとに役立たずなんだから!!」
アスカの罵声にビクッと耳を伏せ、シュンとなるシンジ。
「ちょっと!アスカこそ碇君に頼りっきりのくせに、そんな言い方ってないわ!!」
「ヒ、ヒカリ!?なんでアンタが怒るわけ?」
「可哀想に、こんなに怯えちゃって・・・・・。よしよし、もう大丈夫だからね・・・・・。」
ヒカリが頬を染めながらシンジの頭を抱き、優しく髪の毛を撫でる。シンジが懐くのを見たアスカはブチッと切れた。
「この裏切り者〜〜っ!!ヒカリィッ!今すぐシンジから離れなさいっっっ!!」
「だ、だってえ〜、髪の毛サラサラで気持ち好いんだもん・・・・。きゃんっ!お耳くすぐったいっ。」
「シ、シンジぃ〜〜っ!!ワシはお前を殴るっ!殴らなあかんのやぁーーーーーっ!!」
「お、落ち着けよ、トウジッ!」
あわや乱闘かと思われたその時、背後から間の抜けた音が聞こえた。
―――シャッシャッシャッ。
―――パラパラパラ。
―――トポトポトポ。
「・・・・・いただきます。」
緊張感の無い声に全員が振り向くと、レイがアスカのネコマンマをモグモグと食べている。
「・・・・・おいしい。」
レイ、どこから湧いて出た?

食事が終わって午後。お腹いっぱいになった為か、シンジは机を枕にして寝ていた。
子猫のように無邪気な寝顔がかわいい。レイとアスカは授業をほったらかし、幸せそうに寝顔を見つめている。
「碇・・・起きろ、授業中だぞ・・・・。」
教壇で男の教師がピクピクと顔をひきつらせる。ま、これが当然の反応だろう。
悪いことにこの教師、短気なことで有名で、特に男には容赦がない。
「碇っ!いい加減に起きんかっ!!」
大声で怒鳴る。しかしシンジは起きる気配もなく、耳だけをピクピクッと動かす。
ツカツカツカ。
血管がぶち切れんばかりに青筋を立てた教師がシンジに近づく。
「キサマッ!!俺をバカにしてんのかっっっ!?」
シンジの襟首を掴もうと手をのばすが、脇からその腕をガシッ!と掴まれる。
「碇くんはお昼寝中なの。邪魔しないで。」
「な、なにをする綾波?先生はただ注意しようとしただけで・・・・。」
うろたえる教師にアスカも横槍を入れる。
「別にい〜じゃん、寝てるだけなんだから授業の邪魔にはなんないでしょ。」
「バ、バカモンッ!授業中に寝ていること自体が悪いんだっ!」
正論である。が、相手はアスカだ。憤然として立ち上がり、教師を睨みつける。
「バカですってぇ!?しょせん三流大学出のくせに、このアタシをバカ呼ばわりするとは無礼なヤツねっっ!!」
「ぶ、無礼なのはお前だろ!?教師に向かって!」
「どーせ図星なんでしょっ?しかも三流大学出るためにワザワザ浪人なんかしてるんじゃないの?ハンッ、ブザマねっ!!」
「そ、惣流・・・・。もう許さんぞ。」
握りこぶしをプルプル震わせる。気持ちは解るが、大の大人が完全に言い負かされているのも情けない。
「あーーら、なにその手?ヤル気なの?」
「先生!暴力なんて最低です!!」
「そうよそうよ、こんなに大人しくしている碇君に何するつもりなの!!サイテーッ!!」
ヒカリをはじめ、他の女生徒達も敵にまわる。どうもこの教師、あまり女子の受けは良くないようだ。
「お・・・・俺はただ、先生として当然のことを・・・・。」
基本的にアンタが正しい。ただ相手と、日頃の行いがちょっと悪かった。
レイが掴んでいた腕をパッと離し、刺すような視線で射抜く。
「去りなさい・・・・・。それとも殲滅されたいの?」
燃えるような真紅の双眸にたじろく教師。完全に迫力負けしている。
「う・・・・・。くそおぉっ!!」
居たたまれなくなって教室を出て行く。哀れと言えば哀れ。

そんな騒ぎの中、シンジはひたすら寝ていた。・・・・幸せなヤツ。


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