< ever : 1話 − 2nd パート >


− e v e r −

「 家 族 」


(あれ?もう帰ってきたのかな・・・・。)
結局あの後、2時間ほど公園で練習した。もっと早く帰るつもりだったが、何となくその場を立ち去り難かった。
家に入ると、おいしそうな匂いが漂ってくる。
「ただいま。・・・・母さん、帰って来たの?」
「おっかえりなさ〜い!シンジィ〜ッ。」
台所から母親のユイが返事をする。妙にはしゃいでるように聞こえるが、彼女は普段からこうだった。
「今日は早かったんだね。もっと遅くなると思ったのに。」
「早く終わったのよ。もっとも、仕事は山積みなんだけどね。」
「いいの?それ。」
「しょうがないのよ。いまやっている実験の予算でひと悶着あってね、カタが着くまでそちらのプロジェクトは凍結。」
ユイは夫とともに、NERVという研究組織で働いている。彼女はそのプロジェクトのリーダーだった。
「ふ〜ん。父さんは?」
「その件で会議中。まあ、あと1,2時間もすれば戻ってくると思うけど。」
「じゃあ、今日は早く帰れそうだね。」
「多分ね。・・・でもきっと、ヘロヘロになって帰ってくると思うわよぉ。あの人にとっては研究で何日も缶詰になるよりも、
よっぽどキツそうだから。」
クスクスと笑いながら鍋をかき混ぜるユイ。その無邪気な笑顔はとても14歳の息子を持つようには見えない。
実際、その若々しい顔立ちは20代、せいぜい20代後半くらいにしか思えない。
「もうちょっとしたら出来るわよ。シンちゃんが下拵えしてくれたから早かったわ。」
シンジは普段帰りの遅い両親の代わりに家事をこなす。今日も公園に行く前に夕飯の準備は済ましていた。
「別に、大したことしてないよ。」
「ごめんねえ〜。母さんいつも遅いから、いっつもシンちゃんに御飯作らせちゃって。」
「だって、仕事なんだし・・・・。それに僕も料理は楽しんでやっているから、気にしないで。」
事実、彼にとって料理は趣味であり特技でもある。
「うっうっ、母さん幸せだわ〜。こんないい息子をもって。」
「はいはい母さん、泣き真似なんかしてると、お鍋焦がしちゃうよ。」
「う、泣き真似だなんて・・・。母の感動に水を差すなんてつれないわ〜、シンちゃん。」
といっても、うそ泣きなのはそのスッキリした顔を見れば一目瞭然だ。
「いつものことでしょ・・・。それに母さんさあ、今はいいけどそれを人前でやるのはやめてよ。恥ずかしいから。」
「ひ、ひどい、シンちゃんがそんなことを言うなんて・・・・・・。」
更に芝居がかかり、ヨヨヨと泣き崩れるユイ。手にはしっかりおたまを握ったままである。
「ああっ!やっぱり母さんの育て方が悪かったんだわ。そうよね、いつも仕事ばっかりで家に居なくてシンちゃんだって遊びたい盛りなのに 料理や洗濯を押し付けて大事な一人息子なのに構ってやれなくて。母親失格って呼ばれても仕方ないわよね・・・・。だけど、 こんなあたしでもシンちゃんは立派に育ってくれて、それがどれほど心の支えになっていたことか・・・・。でも、でもやっぱり、 シンちゃんは私が嫌いなのよね・・・・。」
まるで悲劇のヒロインのようなポーズがよけい嘘臭い。
「誰も言ってないじゃない・・・・そんなこと。」
いつもの事だが、自分の演技に酔っているユイの相手は疲れる。キリが無いので放っておこうかとも思った。

「シンジ!お前はいつからそんな男になった!」
「うわっっ!?」
「あら、お帰りなさいあなた。」
いつの間にか背後に父、ゲンドウが立っていた。長身を屈め、顔をシンジの顔に迫らんばかりに近づけている。
「と・・・・父さん。・・・・・びっくりさせないでよ!」
シンジは思わず叫ぶ。危うく心臓が止まるかと思った。
「愚か者。そこまで驚くのは心にやましい事があるからだ。それにさっきから黙って見ていれば、私のユイを泣かせおって・・・・。」
「ふ、ふいに父さんのアップを見れば、誰だって驚くよ!」
確かに部屋の中でもサングラスを取らないゲンドウのアップは、暗いところはもちろん真っ昼間でも見たくない。
自分の父親でなかったら気絶しているかもしれない。・・・・あまり慣れたくはないが。
「む・・・、ユイを苛めただけでは飽き足らず、私にまでケチをつけるのか・・・。情けない、見下げ果てたヤツだ。」
「だから、なんでそうなるのさ・・・・。」
「う〜ん、確かにゲンちゃんの顔を間近に見れば、誰だって驚くわよねぇ〜。」
いつの間にかユイが素に戻っている。
「ユ、ユイ!お前まで私を裏切るのか。」
「あら?事実を客観的に見つめるのは、科学者として当然の事だわ。」
ゲンドウ、ショックでイジける。しかし、膝を丸めて落ち込むその後ろ姿は彼のアップ並みに見苦しい。
そんな彼の背中をユイがそっと抱く。
「でもね、ゲンドウさん・・・・。私は可愛い貴方のそのお顔も大好きなのよ。」
一瞬で立ち直るゲンドウ。ピシッと背すじを伸ばし、いつのまにか真正面からユイと抱き合っている。
「ふっ・・・、ならば問題ない。」
「ねぇ、あなた。さっきあなたが 『私のユイ』 って呼んでくれて・・・・・嬉しかった。」
「・・・・・・・と、当然だ。」
「そういえばあなた。お帰りなさい、のキスをまだしてませんでしたね。」
「も、問題ない・・・。」
首筋まで真っ赤にして照れるゲンドウ。しかし百歩どころか百万歩引いて見ても、可愛いとは言い難いのだが。
「・・・・・・あの〜、もう料理出来たんだけど。」
食事を並べながら、遠慮がちに声を掛けるシンジ。ほぼ毎日こうした光景を目の当たりにしているが、未だ馴染めない。
しかし、既にラブラブモードに突入している2人には聞こえていない。
「は〜っ、うちの親って、何でいつもこうなんだろう・・・・?」
がっくりと肩を落とす。こうした光景も、碇家ではいつものことだった。

「ところであなた、思ったより会議が早く終わったのですね。」
「うむ。あまりにも下らない事で騒ぐのでな・・・・・。無能どもを一喝して無理やり打ち切った。」
ゲンドウは実質的なNERVのリーダーであり最高責任者である。
「あらあら、そこまで話がこじれていたなんて。」
ユイによると職場でゲンドウが怒鳴る、というのはよほどの事らしい。
「話が進まんので、相手のトップを引っ張りだす事にした。明日からまた仕切り直しだ。」
ゲンドウが好物の里芋の煮っ転がしを頬張りながら喋る。
「頑張って下さいね、あなた。折角みんなであそこまで漕ぎ着けたのだから、何とか形にしたいの。」
「当然だ。キミや赤木君を始め、皆の努力を無にするわけにはいかん。」
ゲンドウが咽の奥でウムと唸る。難しい顔だが、実は里芋の美味さに舌鼓を打っている事はユイにはお見通しだ。
「問題ない・・・・・。既にシナリオは完璧だ。」
「フフ・・・・・。頼りにしていますわ、あなた。」
ユイはそう言いながら自分の皿の里芋を箸でつまみ、ゲンドウの口元へ持っていく。
「はいあなた、アーンして。」
流石のゲンドウも恥ずかしいのか、耳を真っ赤にして口を噤んでいる。
「む・・・・。シンジの前だぞ・・・・・。」
「ウフフ、いいじゃありませんか・・・・・。ねっ?シンちゃん。」
それまで会話に加わらず黙々と食べていたシンジ。二人が何かの研究をしていることは知っているが、内容までは知らない。
極秘の研究が多いので、シンジも両親の仕事の会話には口出ししないよう心得ている。
「別に、いまさら恥ずかしがることでも無いでしょ?父さん。」
普段だけで十分恥ずかしいんだから、とは流石に口に出さなかった。
「シンジ、何か引っ掛かる云い方だな。」
「気のせいだよ。それにそろそろ、母さんをその姿勢から開放してあげたら?」
ユイはまだジッと箸を構えている。満面の笑みは変わらないが、よく見ると微妙に口許が引きつっている。
その笑みの後ろに少し危険なものを感じとったゲンドウは、パカッと口を開ける。
「はい!アーーーン。」
ハートマークが3ペアで並んだような甘〜い声を出しながら、ゲンドウの口の中に里芋を放り込む。
「おいしい?」
「・・・完璧だ。私の味覚と0.000000001%の誤差もない。」
「嬉しいっ!ゲンちゃん。」
食べながらでもラブラブ空間を発生することが出来る二人。だが、本人達は幸せでも、周りはそうとは限らない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
シンジは黙々と食べる。見慣れているとはいえ、唐突にこの空間を展開されるとやはり面食らう。
(やっぱり、世間一般からすれば変なんだろうなぁ・・・・・うちって。)
しかしこの環境でよく、世間的な感覚を身につけたものだ。ユイの云うとおり、シンジは立派に成長しているようである。

食事が終わって、ユイは後片付けをしながらシンジに話しかけた。
「ところでシンちゃん、明日は始業式よね。学校ってお昼までだっけ?」
そう、今日は春休み最後の日。明日からまた学校が始まるのである。
「うん。始業式とHRだけじゃないかな。」
「はやいわねぇ〜。あのシンちゃんがもう三年生だなんて。」
「うむ、まさに光陰矢の如し、だな。」
そう感慨深げに呟いた二人だが、突然ユイがシンジを見、少し悪戯っぽく微笑む。
「ね?明日の始業式、母さんも行っていい?」
「あのねえ・・・・。入学式じゃないんだら、母さん達が来たらおかしいでしょ。」
「あらぁ?別にいいじゃない。確かに入学式は一大イベントだけど、学年が変わるのだって成長の節目となる大事なイベントよ?
やっぱり親としては毎年、ううん、出来るなら毎日でも我が子の晴れ姿を見てみたいわ。」
親馬鹿。
バカ親。
この場合どちらの表現がピッタリなんだろう。一瞬シンジは考え込んでしまった。
「だってさ・・・・。そりゃあね、私がいつも仕事ばかりでシンちゃんの傍に居られないのは母さんが悪いんだけど、でもね・・・・・。
・・・・でも、こうゆう形で我が子が成長しているのを感じるのは、嬉しいような・・・・辛いような・・・・・。」
ユイが両肘をついてふうっ、と溜め息交じりにつぶやく。
「辛い?」
ユイの声がさっきまでとは違っている。思わずシンジは聞き返した。
「・・・・・母さんは今の仕事が好きよ。やり甲斐もあるし、自分に向いている。一生この仕事が出来れば、とまで思っている・・・・・。
・・・・・でもね、シンジと離れているのも辛いの。シンジが成長する過程を私は見逃してるんだなと思うと、すごく悔しい・・・・・。
・・・・・例え、あなたにとってはどうでもいい事でも、些細な事でも・・・・・私は、シンジをずっと見守っていたいの・・・・・。」
そう言って俯いたユイの瞳は真摯な光を湛え、寂しそうに揺れている。
その瞳を見たシンジは言葉に詰まる。所詮自分は子供であり、養われている立場だ。
親としての苦労、一人の大人としての苦悩が理解できるはずもない。
「母さん・・・・その、うまく云えないけれど、僕は父さんや母さんに感謝している。二人の子供で、幸せだと思っている・・・・・。
僕の幸せのために、父さんや母さんが何を犠牲にしているかなんて想像もつかないけれど・・・・でも、本当に、ありがとう。」
こんな言葉しか両親にかえす事の出来ない自分がもどかしい、不甲斐ない。
「ごめん・・・・今の僕ではこれが精一杯で・・・・。本当はもっと、ちゃんと感謝したいのに・・・・・。」
「うぅん、シンジ。嬉しい・・・・・本当に嬉しい。」
溢れる涙を拭いもせず、ユイがぎゅっとシンジを抱きしめる。
「ありがとう・・・・。その言葉だけで母さんもっと頑張れるから、強くなれるから・・・・・。」
「母さん・・・・。」
「もっとシンジの事を守れるようになれるから・・・・・。」
(僕も早く、父さんと母さんを守れるようになりたい・・・・。)
抱き合う二人をゲンドウは黙って見ている。サングラスに隠れてその表情は見えない。
だが、腕組みをした肩が小刻みに震えてるのは、感動の余韻に浸っているのかもしれない。
「・・・・・だから、シンジ・・・・・。」
「なに・・・・・?」
「だから・・・・明日行ってもいいでしょ?学校に。」
コロッと表情を変え、悪戯っ子のような笑みを向ける。
「も〜っ、何言ってるのさ!それとこれとは別!」
「ひどい!シンちゃんたら、さっきまであんなに優しかったのに!!」
「ぬぅ〜っ、ユイを泣かすとは!シンジ、そこになおれ!」
「あ〜っもうっ!ややこしくなるから父さんは口を挟まないでよっ!!」
「むぅ、それが実の父親に言う台詞か!もう許さんから覚悟しろ!」
「アナタッ!シンちゃんを傷つけると赦しませんからねっ!! ・・・シンジ、そのお皿は高かったのよ。投げるならこっちになさい。」
「くぅぅっ、ユイ!それでは私が不利ではないか!?」
再び始まるドタバタ。飽きない家族である。


いつものようにひとしきり騒いだ後シンジは風呂に入ってサッパリし、自分の部屋に戻った。
「はぁ〜。毎度毎度の事とはいえ疲れるよ・・・・あの二人には・・・・。」
あまり子供が親に云うセリフでは無いが、彼の苦労もわかる。
電気を消してベッドに潜り込むと、枕元で携帯がチカチカ光っている。
「?・・・・あれ、着信している?・・・・メッセージが入ってら。」
シンジも一応携帯は持っているが、あまり使わないせいか、よく置き忘れる。
記録を見ると、何度か同じ番号から電話があったようだ。
(この番号・・・・マナからだ・・・・。)
メッセージを再生すると彼女の元気な声が耳に飛び込む。
 『 もしもーしっ、マナでーーっす!・・・・・むーっ、シンちゃん?さっきから何度も掛けているのにまぁーた携帯置いていったでしょ?
  えーっと、今日帰ってきました!話したかったけど明日会えるから、今日はメッセージだけにしまぁーすっ!じゃあ、またあしたっ!
  ・・・・・・・・・同じクラス、なれるといいね・・・・・・・・・。 』
(・・・・マナらしいや。)
メッセージを聞いていると彼女のくるくる変わる表情が浮かび上がり、思わず笑みが零れる。
(同じクラスか。)
携帯を置いて目を閉じたシンジは、マナや少しだけ会っていない他の友人の顔を思い出していた。
不意に、夕暮れの公園で会った少女の横顔が浮かび上がる。

(なれるといいな・・・・・同じクラス・・・・・。)

いつしかシンジは眠りに落ちた。


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