＜ ｅｖｅｒ ： １話 − 3rd パート ＞

− ｅ ｖ ｅ ｒ −

「 友 人 」

「あーーっ！シンジ君、おっはよーーーっ！」
シンジが振り返ると、深い紅茶色の髪を揺らしながら少女が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「あ、おはよう、マナ。」
霧島マナ――シンジと同じ、第壱中学校に通う三年生。シンジとは小学四年生からの付き合いである。
「えへへっ、久しぶり、シンちゃん。」
日焼けした小麦色の肌が健康的な少女は灰色がかった瞳をキラキラ光らせ、可愛らしい笑顔で答える。
「お帰り、ずいぶん日に焼けたね。楽しかった？グアム。」
「うんっ！きれーだったよーーーっ！空も海もまぁ〜っさおで。」
マナは春休み中、家族旅行でグアムにいっていたのである。
「たぁくさん泳いだし、美味しいものも食べたし、の〜んびり出来たしね。」
「海外か、いいなあ・・・・。」
「行った事ないの？」
「うん、二人ともめったに休み取れないしね。出張で海外は何度もあるようだけど、家族で旅行は無理だろうなあ。」
「そっか・・・・・。じゃあさ、今度また行くことがあったら、一緒に行けるよう頼んでみようか？」
「そんな、悪いよ・・・・。それにお邪魔でしょ？僕なんかがいると。」
「あらぁ〜っ？あたしはシンちゃんと一緒に行きたいんだけどなぁ。」
マナが指でシンジの脇腹をツンツン突付く。
「もう、すぐそうやって調子にのって。」
「フフッ、冗談じゃないんだけどぉ。」
「それが調子にのってるって言ってんの。」
いつの間にかマナは右腕をシンジの左腕に絡ませる。
「いーじゃない、久しぶりなんだからさーっ。」
そういってぎゅっと体を寄せる。
「んもーっ、歩きづらいって。それにあんまり体を押し付けると、その、ム、ムネがさ・・・・・。」
「ムネ？」
瞬間キョトンとしたマナだが、すぐに察してシンジをジト目で見る。
「あ〜っ！シンちゃん、朝っぱらからヤラしぃ〜っ！」
「デ、デカイ声で言うなよ！違うって、別に変なこと考えたわけじゃ無いって！」
「うっふっふ、そ〜んなエッチなシンちゃんに、いいもの見せてあげようか。」
そういってマナは制服のボタンに指をかける。
「ちょ、ちょっと！？なにやってるのさ、マナ？」
「うふっ、見たいでしょ？み ・ ず ・ ぎ ・ の ・ あ ・ と。」
「な、何言ってるんだよ！？こんなところで！」
「えっ！？じゃあ・・・・二人っきりならいいの？」
「それもダメッ！！」
「きゃははっ、かっわいいーっ！シンちゃんたら照れちゃって。」
真っ赤になって手をほどくシンジ。ケラケラ笑うマナ。いつもの二人のやりとりである。

後ろからオーーーイッ、と呼ぶ声が聞こえ、二人は振り返る。
「あ、ケンスケ、トウジ。」
「トウジ君、ケンスケ君、おっはよーーーっ！」
メガネをかけた栗色の髪の少年――相田ケンスケと、短髪の活発そうな少年――鈴原トウジが近づいてきた。
「おはよう、二人とも。」
「な〜んやセンセら、朝っぱらからアツアツやな。」
「ほんと、イヤ〜ンって感じ？」
挨拶がわりにシンジをからかう。男三人にマナを加えたこの面子が小学校以来の ’いつものメンバー’ である。
「そんなんじゃないってば。」
「聞いて聞いて！シンちゃんたらエッチなのよ〜。」
「な、何いってんだよ！マナが変なこと言うから・・・・。」
悪戯っぽく微笑むマナと真っ赤になるシンジを見て、トウジとケンスケがやれやれ、と言いたげに顔を見合わせる。
「せやから、それがアツアツや云うとんのや。」
これ見よがしに片手でパタパタ扇ぐ真似をするトウジ。
「くぅ〜っ！シンジ、俺たちの中でなんでお前だけ・・・・。」
けっこう本気で悔しがっているケンスケ。
「あのさあ〜っ、だからそんなんじゃないって・・・・いい加減にしてよ。」
「むっ！シンちゃん、それは聞き捨てなりませんねぇ・・・・。」
マナはチロッと横目で睨むと、ハンカチで口元を覆い泣き真似をする。
「ひどいわ・・・・私を騙していたのね・・・・今までのことは全部嘘だったのね。」
「やめてよ・・・・それ、いい加減疲れてるんだからさぁ・・・・・。」
昨晩のユイの泣き真似を思い出し、シンジが溜め息をつく。
マナも何度かシンジの家に遊びに行ったりして、けっこうユイに影響されているようだ。
「・・・・夫婦漫才もええけどな、ワシら、そろそろ走らなヤバいで。」
トウジが腕時計を見せると、予鈴まであと５分足らず。
「ああ〜っ！もうこんな時間っ！？ダッシュよ、みんな！」
マナがスカートを翻して走り出す。陸上部に所属する彼女の脚力は素晴らしく、どんどん姿が見えなくなる。
「ちょっと、待ってよ〜、マナ〜っ！」
「ほれ、ケンスケもボサッとせんと。いくで！」
「わ、わかってるって。」
遅れて三人が走り出す。どうやら、ギリギリ遅刻せずにすんだようだ。

始業式――この行事を楽しみにしている生徒は、まあ、まずいないだろう。
当然、校長の話なんか聞いちゃいない。立ちっぱなしで痛む足を組みかえながら、緩慢な時計の針を気にしている。
シンジも例外ではない。こみ上げて来る欠伸を必死でかみ殺しながら聞き流している。
（退屈だなあ・・・・。母さんは人生の節目の行事って言ってたけど、こんなことする意味あるのかな・・・・？）
早く終わらないかなあと思いながら退屈そうに周りを眺めていると、視界に青色の髪が飛び込んできた。
（綾波さん・・・・。）
唐突に、昨日公園で会った少女の横顔を思い出す。
（綺麗だったな・・・・。）
シンジを見たときの緋色の瞳。まるで宝石のような輝き。
（でも、多分・・・・綾波の目のほうが綺麗だ・・・・。）
本物のルビーなど見たことないが、なぜかそう確信する。
思考が別世界に行ってたシンジの背中を、誰かが引っ張った。
「？・・・・・・・・・。」
後ろを振り向くと誰もいない。あれっ、と思って目線を下に向ける。
「終わっているよ・・・・。校長の話。」
シンジの制服を引っ張った男子の言葉にハッとなって周りを見ると、いつの間にか全員座っていてシンジに注目していた。
クスクスと笑う声が聞こえ、教師からの冷たい視線が突き刺さる。
状況を悟ったシンジは真っ赤になって座った。

「よっ、シンジッ！体育館のヒーロー！」
「ほんま、新学期早々かましてくれるわ。」
「まったく、恥ずかしいんだからぁ〜。」
式が終わって教室に向かっていると、早速三人からの冷やかしが入る。
「もうやめてよ〜っ。早く忘れたいんだからさ。」
「いやぁ〜っ、でも、あれは注目の的やで。」
「そうそう。シンジ、何で気づかないんだよ？」
「ほんと、皆が座ったのにボケ〜ッとしちゃって。何考えていたの？」
マナがシンジの目を覗き込むように顔を近づける。
「な、なんでもないよ・・・・。」
「あ、目を逸らした・・・・・む〜っ、シンちゃんあたしに隠し事？」
「まあ、どうせ霧島のことでも考えてたんちゃうか？」
「エッ？もしかしてぇ〜、アタシの水着姿を想像してデレデレしてたとか？」
「し、していないよ！」
赤くなってうろたえる。実は綾波レイの事、とは言えない。
「ほ〜っ。でもあの時の締まりの無い顔ってさあ、絶対女の子のことを考えていたよな。」
「ホンマ、あのセンセのスケベいな顔は絶対そうや。」
「し、してないってば、そんな顔！」
「・・・・・ホントは誰の事を考えていたの。シンちゃん、白状しなさい！」
「も〜っ！カンベンしてよぉ。」
逃げ出したシンジが、教室の前の人だかりに気付いた。
生徒達は新しいクラス割りの貼り紙を見ながら一喜一憂していた。あちこちで賑やかな声が上がる。
「お、すごい人だな。」
「早く見に行きましょうよ。・・・・あ〜ん、良く見えない。」
「トウジ、背伸びして見える？」
この四人の中ではトウジが一番背が高い。
「おぉっ、まかしとき。・・・・え〜と、ワイはＣ組やな・・・・ケンスケもＣと・・・・おっ、シンジ！ おまえもＣ組や。三人一緒やで！」
「ねえねえ、あたしは〜？」
「霧島の出席番号って何番やったっけ？・・・・ええと霧島、霧島・・・・と・・・・あら？Ｄ組やな。」
「うっそ〜っ！？なんであたしだけ別のクラスなの！！」
「やっぱ、日ごろの行いちゃうけ？ウケケケケ・・・・アタッ！！」
マナがぴしゃりとトウジの後頭部をハタく。
「む〜っ、納得できない！あたしだけ離れるなんて・・・・・。」
「二年の時だって、マナもトウジも僕らと別々だったじゃないか。」
ケンスケとシンジは中学に入ってから三年間ずっと同じクラスである。
「だから今年こそは一緒になりたかったのにっ！・・・・こんなのってないよ・・・・わたしだけ離れ離れなんて・・・・・。」
マナの声が小さくなる。三人組が同じクラスになった分、余計割り切れないのかもしれない。
「そんな・・・・、大げさだよ。同じ学校だし、隣のクラスなんだからさ。」
「もう〜っ！なんでシンちゃんはそうやって平気なの！？・・・・残念じゃ・・・ないの・・・・？」
「別にそういう訳じゃ・・・・。」
「・・・・昨夜、一緒のクラスになれますようにって、あんなにお願いしたのに・・・・・想いが足りなったのかなぁ、わたし・・・・・。」
俯いて寂しそうに呟くマナの様子に心配したシンジは、彼女の手をとって慰める。
「そりゃあ僕だって残念だよ。出来ればマナと一緒のクラスが良かった・・・・。でも、さっきも言ったように、これで別れ別れって
わけじゃないんだからさ。いつでも会える・・・でしょ？」
少し照れながらも精一杯の優しさを込めて、シンジがいたわるように微笑む。
「・・・・・・・・・・・・ 。」
「・・・・・ね？マナ。」
「・・・・・・・Ｃ組とＤ組って隣りだよね？」
「え？・・・・・う、うん。」
「・・・・・隣同士のクラスって合同で授業、あったよね？」
「う〜んと、体育とか家庭科とかはそうだね。」
「・・・運動会でもクラス合同ってあったよね？文化祭なんかも隣同士で合同イベントしてもいいんだよね？」
「・・・え〜と、たしかそのはず・・・。」
「修学旅行は全クラス一緒だもんね？」
「そ、そりゃそうだよ。」
「・・・・・よしっ！じゃあ、文句はあるけど許してあげる！」
「はあ？」
マナがすっと離れて、にこやかに振り返る。
「じゃあアタシ、教室に行ってくるから。終わったら一緒に帰ろうね！まったねっ！！」
元気良く手を振って、自分の教室に入っていった。
（ひょっとして、からかわれたんだろうか・・・・？）
思わず考え込むシンジだが、恐らくいまの彼には理解出来まい。

「はぁ〜っ、青春だねぇ〜〜〜っ。」
「何やっとんのやシンジ？男ならそこでガバッ、と抱き締めんと！！」
いつものように二人からのツッコミが入る。
「・・・・なに他人事のように見てるんだよ。なんでいつも僕ばかりにやらせるのさ？」
「ドアホゥッ！お前がやらんで誰が霧島を慰められるんや！？」
「なあシンジ、お前、ひょっとして真面目に言ってる？」
トウジの怒ったような視線と、ケンスケの呆れたような視線が痛い。
「な、なんの事いってるのさ？訳わかんないよ。」
その情けない声を聞いた二人はぷわぁ〜っと盛大にため息を吐いた。
「ここまでナチュラルにボケた奴やとは・・・・・ほんま霧島も苦労するのお。」
「あのさ、お前自覚無いかもしれないけれど、お前ら二人って、周りからは付き合っているように見えるの。」
えっ、と驚いてシンジは他の生徒を見廻す。シンジに対し冷やかしの目でみるもの、嫉妬の目でみるもの、様々だ。
マナも校内では指折りの美少女だ。加えて人懐っこい性格が誰からも好かれる。彼女に想いを寄せる男子も多いだろう。
「だ、だから、僕とマナとはそんなんじゃ無いって・・・・。」
どもりながら目を逸らすと、一人の少女と視線があった。
（あ・・・・・。）
昨日から頭を離れない瞳。紅玉のような輝き。
「そうそう、ビックニュース！なんと、あの綾波レイが同じクラスだぜっ！」
ケンスケがシンジの背中をパンッと叩く。ビクッとしてシンジは振り向く。
「まあ、霧島の事は不憫やけど、ワシらは楽しみやな〜っ。」
トウジが少女の居た方へ視線を向けた。慌ててシンジも振り返る。
しかし、すでに彼女は教室へと消えた後だった。


―――あんなにお願いしたのに、想いが足りなったのかな―――

マナの寂しそうな声が甦る。
昨夜、マナのメッセージを聞いた後、誰の顔を思い浮かべていただろう？
マナが祈っていたとき、自分は誰の事を考えていただろう？
（・・・・まさか・・・・ね。そんなことある訳ないけど・・・・。）
自分でその考えを否定する。まさか、ばかばかしい。
（・・・・・あるはず無いけど・・・・・。）
なぜ、胸がチクチク痛いんだろう？
なぜ、後ろめたいんだろう？
（そんなことあるはず無いけど・・・・・でも・・・・・ごめん、マナ。）
シンジは彼女の教室の方を向き、心の中で謝った。


＜ 続 ＞