< ever : 1話 − 4th パート >


− e v e r −

「 級 友 」


シンジ達が自分の教室に入り各々の席に座ると、少し間を空けて女性の教師が入って来た。
「きりっーつーーーっ!礼!」
「おはようございます、皆さん。本日からあなた達の担任を勤めさせて頂く葛城です。よろしくねっ!」
黒髪のロングヘアに大人のスマイルを見せるとびきりの美女――国語教師の葛城ミサトは笑顔で挨拶した。
「やったーっ。ミサト先生だぜ!」
ケンスケがコソッと後ろを振り返り、シンジにささやく。
「あはは、楽しいもんね、あの先生。美人だし。」
小声でシンジも応える。
「ミサト先生は担任だし、綾波はいるし。霧島がいないのは残念だけど、ラッキーだよな、このクラス。」
「・・・う、うん。」
隣に座っている少女にチラッと目をやり、シンジはあいまいに返事する。
席順は男子と女子が一列毎に分かれており、出席番号順で並んでいる。
前列から相田ケンスケが一番、碇シンジが二番。女子では秋山サナエが一番、綾波レイは二番。
ゆえにシンジとレイは隣同士。別にシンジのせいではないが、マナの事を考えると何となく後ろめたい。
「くぉらっ!そこの2人!最前列でヒソヒソ話するとはいい度胸じゃないの。」
慌ててケンスケが振り向くと、ミサトがチョークを構えて二人を指している。
「あらぁ、偶然ね、相田君に碇君。先生、また一緒のクラスになれて嬉しいわぁ〜。」
「は、はい!僕もですっ!」
ケンスケがいきなり直立で立ち上がる。
「センセッ!葛城センセェッ。ワシもいまっせっ!」
後ろの席でトウジが手を挙げる。三人とも、一年生の時の担任がミサトだったのである。
「あらぁ〜っ、鈴原君まで。三人仲良く同じクラスになれて良かったわねぇ。」
「いやぁ〜っ、またミサト先生のクラスになれて光栄ですわ。」
その時、窓際の席に座っていた少女が立ち上がった。
「ちょっと鈴原君!勝手に話しちゃ駄目でしょ!?それに先生にはちゃんと葛城先生、って呼ばなきゃ。」
「げっ!?イ、イインチョ!やなくて洞木、お前も一緒のクラスやったんか!?」
思わずガタッと腰を浮かすトウジ。イインチョと呼ばれたおさげ髪の少女――洞木ヒカリはジロッとトウジを睨む。
「何その言い方。私だってアンタと同じクラスなんてなりたくなかったわよっ!」
「くわ〜っ!!相変わらずムカつくやっちゃなぁ〜。」
怒って席を立つトウジ。そんな二人を見ながら、シンジはケンスケに小声で聞く。
「ねえ、僕あのこ見たことある気がする。」
「ああ、二年の時トウジと同じクラスだったんだよ。洞木ヒカリって名前で、トウジのクラスの委員長やってた娘さ。」
「あ〜っ!そういえば去年、トウジのクラスにいったらなんか喧嘩してたような。・・・・仲悪いの、あの二人?」
「う〜ん、悪いというか・・・・。たしかに口げんかはしょっちゅうやってたみたいだけど。」
「ふ〜ん。」
シンジは二人に視線を戻す。睨みあってはいるが、険悪という雰囲気ではない。
「スト〜ップ!新学期早々、二人ともそこまでにしてくれない?」
「す、すみません。」
ミサトの静止に、ヒカリがそばかすの残った顔を真っ赤に染めて謝る。
「ま、とりあえず、原因を作った子にはおしおきしなきゃね・・・・・。相田君、碇君、鈴原君、前に来なさい。」
「「「げっ」」」
三人の声がシンクロする。
「ほらぁ、時間ないんだから、さっさと前にくる。」
渋々前に出てきた三人は黒板の前に立たされる。
「じゃあみっなさ〜ん、良〜く憶えといてね。この三人が左から相田君、碇君、鈴原君。有名な三バカトリオよ。多分、これからクラスの
みんなにた〜くさん迷惑かけると思うけど、根は良い子たちだから、見捨てないでやってねぇ〜ん。」
冗談じみたミサトの紹介に、クラス全員がドッと笑う。
「とほほ、殺生やがな、ミサトセンセェ〜。」
「はぁっ、なんか今日、恥ずかしいことばっか・・・・。」
「ウゥッ、カッコわる・・・・。」

「じゃあ次は、みんなの事簡単に紹介してくれる?じゃあ、相田君から。趣味でも特技でも何でもいいから一言添えてね。」
「あ、はい、相田ケンスケ。好きなものはカメラ、あとミリタリー関連のものなら何でも。よろしく。」
「碇シンジです。えっと、得意というほどではないですが、好きなのは料理、あ、あと、チェロの演奏とか・・・・・。」
そう言ってチラリと隣を盗み見る。レイはさっきから前を向いたままで、こちらに視線を向けようともしない。
(はあっ、昨日のアレ、やっぱりお世辞だったのかな・・・・・?)
内心残念に思いながら座るシンジ。自己紹介は進んでいって女子の番。
「秋山サナエと申します。趣味は絵を描くことで、好きな画家はモネ、ミュシャなどです。皆さん、これから一年間宜しくお願いします。」
「綾波レイです。」
名前だけ名乗って座るレイ。
「・・・・ええっと、綾波さん?先生、何か一言付け加えてって言ったんだけど、何かないの?趣味とか、特技とか・・・・・。」
「別に、ありません。」
「ないって・・・・何かあるでしょ?別に趣味とかじゃなくても・・・・あ!好きな男の子でもいいわよん。みんな、聞きたいでしょ〜?」
いきなりミサトの爆弾発言。男子全員の雰囲気がビキッと固まる。
「別にいないわ。」
あっさりと答えるレイ。ほぼ全員の男子がホッとしたような、残念なような顔をする。
ミサトもこういう反応が返ってくるとは思わなかったのか、拍子抜けした顔をしている。
「あ・・・・そ、そう。べ、別に無理に好きなものじゃなくても、えーと・・・嫌いなものとか・・・・。」
「肉・・・・・。」
「・・・・・へ?」
「肉が嫌いです。」
「あ?ああっ!?お肉ね。・・・・そ、そう?好き嫌いは良くないけど、誰にだって嫌いなものはあるもんね。」
ミサトがアハハと笑うが、まるでフォローになっていない。レイはもはや喋ろうとせず、ジッとミサトの方を向いている。
(・・・う〜ん。苦手だわ、こういうタイプ。)
心の中でちょっと怯んだが、ミサトは取りえず自己紹介を最後まで終わらせた。

「じゃあ後は、クラス委員を決めなきゃいけないんだけど・・・・・普段なら多数決だけど、時間もないし、先生に任してくれる?」
後15分ほどでHRが終了しようという時間にミサトは言った。
「念の為言っとくけどこれは強制じゃないし、ましてや贔屓でもない。先生がお願いするだけ。押し付ける気はさらさら無いから。」
そう前置きしてミサトはヒカリを見た。
「まず委員長だけど・・・・、洞木さん、お願い出来るかしら?」
「はい、私ですか?」
「ええ、理由は洞木さんが経験あるというのもそうなのだけど・・・・、さっき鈴原君を叱ったでしょ?誰かが注意してくれると思っている
人じゃなくて、自分が注意しなきゃと思っている人でないと委員長はつとまらないと思うの・・・・・。駄目かしら?」
「別に、駄目じゃないです。前の時だって嫌々やってるんじゃなかったし・・・・・。」
「ありがとう。じゃあ、委員長はこれで決まりね。」
「ミサト先生、大丈夫ですわ!この口うるさいのに委員長はピッタリですわ。」
トウジが横からチャチャをいれる。
「なによっ!そもそもの元凶はアンタじゃないっ!」
「お〜っ、怖わっ!な?センセ、云ったとおりでっしゃろ。」
「スズハラッ!わたしがクラス委員になったからには覚悟なさい!!」
「あ〜っ、嫌なオナゴよのう。権力握ったとたんそれかい!?」
「あら?私、副委員長は鈴原君にしようと思ったんだけど。」
「「エエッ!!!」」。
ヒカリとトウジの絶叫がハモる。三バカトリオに劣らない、見事なシンクロ率である。
「だってあなた達、なんだかんだいいながらけっこう気が合いそうじゃない?」
「ちょ、ちょっと、センセ!そりゃどういう意味でっしゃろか!?」
「そうです!いくらなんでも聞き捨てなりません。こんな野蛮人と気が合うだなんて!!」
「や、野蛮人やと〜っ!!言うに事欠いてオンドれはっ!!」
「ホントのことじゃないっ!そんなヤクザみたいな口をきいて!!」
「アホッ、誰がお前なんぞとクラス委員なんかやるかいっ!!」
「わたしだって、死んでもお断りだわっ!!」
(チェッ・・・・逆効果だったか。)
「・・・・・う〜ん、まいったわね〜。じゃあ洞木さんにまで辞められると困るから、鈴原君は見送りね。」
「当たり前やわ。」
「当然です。」
内心ミサトは苦笑する。反発しあっているようだが、意見は合っているのだ。
(ま、気付くかどうかは、あの子たち次第だけどね・・・・。)

「それじゃあ副委員長だけど、鈴原君の代わりに綾波さん、お願い出来るかしら?」
教室全体がエエーッと意外な声をあげる。当人であるレイは表情を変えずに聞いた。
「何故ですか?」
「綾波さんが転校してきたのは今年の一月だったわよね。この中では一番日が浅いし、名前の知らない子たちも大勢いるでしょ?
クラス委員をやったらそれだけ早くみんなの事を知る機会が増えるわ。」
「必要ありません。」
相変わらず表情の無い声で答えるレイ。その返事を聞いてミサトの顔が強張る。
「綾波さん・・・・。今の答えは何?みんなを知る必要がないってどういうこと?」
「言葉通りです。・・・私は一人だから。」
ミサトは険しい表情でレイの机に近づいた。
「何馬鹿なこと言っているの?一人ぼっちで生きていけるはず無いじゃない。今のはクラス全員に対する侮辱よ。謝りなさい。」
「そんなの、無意味だわ・・・・。」
バンッッッッ!!!!
ミサトがレイの机を叩く。普段ニコニコしている分、怒ったときの迫力は凄まじい。
「私があなたの意思を無視して、クラス委員を押し付けようとしたのなら謝ります。嫌なら、嫌だって云ってくれればいいの・・・・。
・・・・でも、今の言葉は許せない。あなたを育てて下さったご両親がそれを聞いたら、どんなに悲しむと思って?」
「親は関係ない!!」
突然の叫び声に、クラス全員が驚愕する。
「親なんて関係ない・・・・私は一人だから・・・・。他人なんて関係ない・・・・誰も近寄ってこないから・・・・・。」
レイが立ち上がり、ミサトを睨みつける。真紅の双眸が燃えるように輝いている。
怒っている―――あの綾波が。 叫んだ―――あの綾波が。
あまりの意外さとその迫力に、生徒達は凍りついたように動かない。
ミサトもその剣幕に一瞬たじろいだが、ここで退くことは出来ない。怖い目でレイを睨みつけている。

「ぼ、僕が副委員長をやります。いえ、やらせてください!!」
ガタッと椅子を鳴らしてシンジが立ち上がる。凝固していた全員の視線が、シンジに注目した。
「・・・・・シンジ君、座ってなさい。私はそんな事で怒っているんじゃないのよ・・・・・。」
「わかっています。僕が綾波さんと一緒に副委員長をやります。」
「・・・・・・勝手に決めないで・・・・・・。」
レイが怒りの視線をシンジに向ける。が、シンジは怯まない。
「・・・・いや、綾波さんもやるんだ。今の君の言葉は違うと思う。一人だなんて・・・・そんな寂しい事をいうなよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「でももし、本気でそう思っているんだったら、なおさら君はみんなを知らなければいけないと思う。僕も手伝うから副委員長として、
みんなと一緒に協力してみようよ。キミが本当に一人なのかどうか、みんなを知ってからでも遅くないだろ?」
睨みあう二人。だが怒りを正面からぶつけるレイとは違い、シンジには咎めるような雰囲気はない。
シンジはレイの視線をまっすぐ受け止める。それを見ていたミサトは、フゥッと息を吐いた。
「シンジ君、解ったわ・・・・・。あなたと綾波さん、副委員長として働いて下さい。・・・・・お願いしていいわね?綾波さん。」
レイは暫くシンジを睨んだまま動かなかったが、やがて黙ったまま座ると小さく頷いた。
「じゃあ二人とも、お願いするわ・・・・・。みんな、ご免なさい。だいぶHRの時間を過ぎてしまったわね・・・・。」
そう言ってミサトはチラッと腕時計を見た。
「 今日はこれで終わりにします。皆さん、明日から宜しく。」
ミサトの言葉にしばらく固まっていたクラスの緊張が解け、やがてそそくさと帰り仕度を始めた。

「・・・・おっかなかったよな。二人とも。」
「ああ、一時はどないなるかとおもったで。」
「しっかし、シンジも思い切ったよなあ〜。あの場を収める為とはいえ、副委員長までかって出て・・・・ん?どうした、シンジ。」
教室を出ようとしたケンスケとトウジが振り返る。シンジは窓の外を眺めていたが、ふと視線を上げ、誰かを見つけた。
「ごめん二人とも。ちょっと僕、用事を思い出したから、先に帰ってて。」
「え、せやけど霧島も待っとるで?」
「ごめん、マナには謝っといて。今日一緒に帰れないから・・・・・それじゃ、また明日。」
そう言い残すとシンジは、ポカンとした二人を残して教室から走り去った。

学校の屋上。既に生徒は帰り、誰もいない―――ただ一人、青空を見つめる少女を除いて。
晴れ渡った空色の髪をもつ少女は、背後から聞こえたバタンという物音に振り返った。
「・・・・・・何しにきたの?」
シンジが立っているのを確認したレイは険しい視線を向け、冷たい声をシンジに投げつける。
「教室の窓から姿が見えて・・・・・多分、綾波さんだと思ったから。」
「・・・・だから何?まだ何か言い足りない?・・・・そんなに私の言葉が気に入らなかったの?」
「そりゃあ、綾波さんのあの言葉は言い過ぎだと思うけど。・・・・・でも、僕がああしたのは、別に怒っていたわけじゃない。
君が傷ついていたから・・・・・悲しそうだったから・・・・・そんな姿を見たくなかったんだ。」
「・・・・・・・・・・!!」
衝撃を受けたようにレイは、自分に辛そうな視線を向けるシンジの瞳を見つめる。
空気が固まったような息苦しさの中、沈黙を破ったのはレイの呟きだった。
「・・・・・・どうして?」
「・・・・・・え?」
「・・・・・・どうして、あなたは・・・・・・。」
レイが顔を背け、そのまま走り去る。
階段を降りるカンカンという響きが、やけにシンジには大きく聞こえた。
(・・・・・綾波・・・・・・泣いていた・・・・・・。)


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