< ever : 2話 − 2nd パート >


− e v e r −

「 声 」


「おはよう。綾波さん。」
翌朝、自分の席に着くとシンジはレイに挨拶した。
「・・・・・・・・・・・・・。」
だがやはり、レイは返事をしない。
(う〜ん・・・・。どうやって切り出そうか?)
シンジは昨日のマナの提案に頷いたものの、最大の課題はレイをどうやって誘うか、である。
(普通に誘えば絶対断られるよな・・・・やっぱり。)
チラッとレイを盗み見る。
レイは相変わらずシンジの目線を避け、こちらを見ようともしない。
(う〜ん、ケンスケやトウジはこういう事は、あまり頼りにならないし・・・・。)
逆効果になるかもしれない、と失礼なことを考える。まあ、その通りではあるが。
(洞木さんにでも相談してみようか?・・・・そうだ、洞木さんも呼んでみよう。)

「お花見ねえ。私はいいけど・・・・。」
休み時間に、シンジとヒカリは廊下で話していた。
「綾波さんをどう誘うか、よね。難しいな・・・・。」
「う〜ん、口を利いてくれないんだよね。だからどう切り出すか、悩んじゃってさ。」
「ただ単にお花見しよう、じゃ駄目よね。何か興味を惹く云い方でないと・・・・。」
思案する二人。そこに、隣のクラスからマナが出てきた。
「やっほ〜っ、二人とも。」
「あ、マナ。あのさ、お花見に洞木さんも来てくれるって。」
「ホント?大歓迎です!・・・・で、シンちゃん、綾波さんは?」
「まだ全然・・・・。いま洞木さんと、どうやって声をかけるか悩んでいるところ。」
「綾波さん、そういう事に興味なさそうだし・・・・。」
「う〜ん、そうかぁ〜。二人ともそれじゃなぁ・・・・。」
マナも腕組みをし、考える。
「でもね。わたし、花が嫌いな女の子っていないと思うの・・・・。」
「え、マナもそうなの?」
「なによぉその言いぐさは?・・・・ど〜せアタシは男の子ですよ。」
「ゴ、ゴメン。そんなつもりで言ったんじゃあ・・・・・。」
「・・・・まあいいわ。でね、お花見自体は問題ないと思うのよ。でも、まだわだかまりが残ってるかも知れないから・・・・。」
マナの言葉に真剣に聴き入る二人。マナは教室の雰囲気を知らない分、客観的に見れるのかもしれない。
「だから、シンちゃんから先に謝って、ついでにお詫びのしるしに、とか言って誘えば?」
「え?・・・・僕が?」
「そうよ。シンちゃんだって、いつまでも悩んでるの嫌でしょ?素直に謝ったほうが楽だよ。」
「う、けど・・・・・。」
普段のシンジなら、自分が悪いと思ったらすぐに謝っている。なんでこんなに煮え切らないんだろうと、マヤは訝しむ。
「もう〜っ!シンちゃんらしくないよ、そんなの。仲直りする切っ掛けが欲しいんでしょ?」
「・・・・・わかった。言ってみるよ。」
「よしっ!頑張ってね。・・・・じゃあ、また後で。」
予鈴がなったので、マナは教室に戻る。シンジとヒカリも、自分の教室へ向かった。
「・・・じゃあ僕、お昼休みにでも綾波さんに声をかけてみるよ。」
「うん・・・・。碇君、私も居たほうがいいかな?」
「いや、僕一人でいい・・・・。謝るのは、僕だから。」

昼休み。シンジ、トウジ、ケンスケ、マナの四人は屋上で食事していた。いち早く食べ終わったシンジが立ち上がる。
「お?どこ行くんや、シンジ。」
「ほら、花見の件で綾波さんに声をかけてみるから。」
「うえっ、・・・・なあシンジ、ホンマに呼ぶんか?あのオナゴ・・・・・。」
「なにいってんのよトウジ!せっかくその為に企画したんだから。」
「そうだよ。頑張れ、シンジ!」
ケンスケの声援にニコッと笑うと、シンジは走り去った。
「ケンスケ・・・・お前、まだあの女がええんか?ワシ、あれで醒めてもうたわ。」
「お前は席が離れているからいいけどさ、俺だってすぐ近くなんだぞ。いい加減、針のむしろだよ・・・・・。」
情けなさそうな顔をしていたケンスケだが不意にニッと笑うと、眼鏡をキラリンと光らせる。
「それにさ、もしこれで仲良くなれたら、写真撮らしてもらえるかもしれないじゃん。」
ケンスケが趣味の写真を生かして、こっそり女子生徒の写真を売っていることは周知の事実である。
「はぁ〜〜っ!お前ホンマ、自分の欲望に素直なやっちゃなぁ〜。」
「あ、そうそう二人とも。他に洞木さんも来るからね。」
「な、なんやてっ!?なんでアイツまで呼ぶねんっ!!」
「いいじゃない、その方が綾波さんを誘いやすいでしょ。」
苦虫を噛み潰したようなトウジの顔を見て、ケンスケがボソッという。
「そういえば委員長ってさ、すっごい料理が上手らしいよ。もしかしたら、お弁当作ってくれるかも。」
「えっ、そうなの?・・・・ひょっとして、シンちゃんより上?」
「分からないけど、期待していいんじゃないか。・・・な?トウジ。」
「う、シンジより上か・・・・・。しゃ、しゃあない!アイツだけ除けもんも可哀そうやしな。」
赤くなって腕を組むトウジ。それを見た二人は、こっそりVサインを出した。

シンジが教室に戻ったときは生徒の数はまばらだったが、レイは自分の席に座って本を読んでいた。
「綾波さん・・・・その、ちょっといいかな?」
「・・・・・・・・・・何?」
久々にレイの声を聞いた。が、顔はシンジの方を向いていない。
「その、ちょっと・・・・・話があるんだけど。」
「・・・・・ここじゃ言えない事?」
「え、いや・・・・そんな事無いけど。」
「で・・・・・何の用?」
相変わらず抑揚の無い声に一瞬シンジは怯むが、気を取り直して一気に喋った。
「そ、その!!・・・・・このあいだの事、謝ろうと思って!綾波さんの気持ちを無視して、勝手なことしちゃって・・・・。」
「?・・・・・・・・・。」
「綾波さんに迷惑かけたと思うから。・・・・御免なさい。今までちゃんと云えなくて。」
「・・・・・・・・・・。」
「それでその、お詫びという訳じゃないけど・・・・。あ、あさって、僕たちと一緒にお花見に行かない!?」
「・・・・・・何故?」
「やっぱり、綾波さんと仲直りしたいし。・・・・それに、洞木さんも一緒に行くから、きっと楽しいよ。」
「・・・・・・・・・・。」
口を噤んだままのレイに、シンジの心はだんだん萎んでいく。
(やっぱり、駄目かな・・・・・?)
「・・・・・・いいわ。」
シンジがふぅっと溜め息をつく。
「そっか・・・・そうだよね・・・・無理に行きたくないよね・・・・って・・・・・・ん?」
てっきり断られたと思い込んでいたシンジだが、どうやら気付いたようだ。
「あの、ゴメン・・・・。今、なんて・・・・・?」
「・・・・別に、かまわないわ。」
「ホ、ホント!?」
思わず聞き返したシンジに、レイが小さく頷く。
「ありがとう!よかったぁっ!!」
シンジが心からの笑顔でレイに感謝する。一瞬、その笑顔に惹き込まれそうになったレイが、慌てて視線を逸らす。
「別に・・・・御礼を言われることじゃないわ・・・・。」
相変わらず愛想の無い言葉だが、心なしか少し声が上ずっていたかもしれない。
「じゃあ、集合場所と時間が決まったら、後で教えるから。」
「え?・・・・ええ。」
昼休みの終わりの予鈴が鳴り、どやどやと生徒が入ってくる。その中にケンスケとトウジの姿が見えた。
(・・・・どうだった?)
ケンスケが目顔でサインを送る。それに対し、シンジは笑顔で答えた。

「そっかあ〜!やっぱり、言ってみるもんじゃない。」
「マナのおかげだよ。」
「でも、本当に良かった・・・・。綾波さん、少しは私達と仲良くしたいって思ってくれたのかしら。」
放課後、シンジとヒカリは、マナの教室で花見の相談をしていた。
「じゃあ当日だけど、場所はあたしに任せて。ちょっと遠いけど、いい場所知っているから。」
「電車で行くんだっけ?」
「うん、ここからだと一時間ちょっとかな。たしか駅からバスに乗った後ちょっと歩くけど、けっこう穴場よ。」
「じゃあ、マナにまかせるよ。」
「それじゃあ私は、お弁当作ってこようか?」
ヒカリの言葉に、マナがパチンッ、と手を鳴らす。
「まってました!・・・へへっ、シンちゃん。洞木さんのお弁当って、すっごく美味しいらしいわよ。」
「え、本当に?」
「そ、そんな、大げさよ。ただ、料理は好きだから・・・・。」
ヒカリが真っ赤になって手を振る。
「じゃあ、楽しみにしているよ。・・・でも、洞木さん一人で大変だから、僕も作ろうか?」
「え、碇君も?・・・・・あ、そういえば、お料理が好きだって。」
「ふふっ、洞木さん、シンちゃんのお料理も美味しいのよ。あたしなんか落ち込むくらい。」
「マナはさ、そもそも料理しようとしないんだから。」
「だって、作るより食べてるほうが幸せなんだもん。」
「ウフフッ、じゃあちょうどいいじゃない。美味しく食べてくれると作る方も楽しいから。」
「ま〜かせてっ!好き嫌いなんて無いから、何でもOKよ。」
それを聞いてヒカリがアッと声をあげる。
「そういえば、綾波さん・・・・・たしか、お肉嫌いだって言ってた。」
「え、そうなの?お魚とか平気かな?」
「どうかしら?あの、他のみんなは好き嫌い無いの?」
「え〜と、トウジは確か納豆がダメだっけ・・・・ま、一番食うのはアイツだし、それ以外は何でも大丈夫だよ。」
「そんなもんね。シンちゃんもケンスケ君も、嫌いなものは無いし・・・。」
「わかったわ。ところで、碇君の得意な料理は?」
「う〜ん、得意というほどじゃないけど、お弁当でよく作るのはハンバーグとか唐揚げとか・・・・。」
「じゃあ、私はお野菜中心で作るから、お肉とかは碇君が作ってくれる?」
「うん、わかった。僕も野菜を多めにするよ。」
「えへへ・・・・楽しみ。あたしとかトウジとか一杯食べるから、たぁくさん作ってくれると嬉しいな。」
マナの嬉しそうな顔を見て、ヒカリがクスクスと笑う。
「ええ、たぁくさん作るから、沢山食べてね。」
「じゃあ後は、集合場所と時間を決めようよ。明日、綾波さんに言わなきゃいけないし。」
その時、マナの教室にケンスケが血相を変えて走ってきた。
「シ、シンジッ!大変だ。止めてくれっ!」
「どうしたのさ?そんなに慌てて。」
「ト、トウジが、クラスの奴とケンカを・・・・。と、とにかく早くきてくれ!」
その言葉に驚いて、シンジ達は教室を出た。

自分の教室に戻ると、トウジが2、3人の男子生徒と掴みあっていた。
「トウジッ!何やってんだよ!」
「ちょっとアナタ達!やめなさい!」
「一人相手に複数なんて卑怯よっ!」
三人の叫び声にトウジとケンカしていた生徒は動きを止めると、一瞬、バツが悪そうにシンジの方を見る。
シンジがトウジのそばまで駆け寄り、トウジが胸倉を掴んでいた男子生徒を引きはがした。
「トウジ・・・・。血が出ている。」
トウジは顔を背ける。鼻血が流れ、左目はアザが出来ていた。
ジャージを腕まくりした肘からも血を流している。喧嘩していた男子生徒の中にもアザを作ったものがいた。
「ちょっとみんな!?何でこんなになっているのに止めないのよっ!」
ヒカリが周りを睨むと、傍観していた生徒たちは慌てて目をそらす。
「トウジ、どうしてさ・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「こっち向けよ!!」
怒気をはらんだシンジの声に、トウジは顔を背けたまま答える。
「そいつら、ちぃっとばかし気に食わんかったから、手ぇ出してもうた。」
「だから、何故なんだよ?」
「・・・・・コイツらから聞けばええねん。ほな、ワシはこれで・・・・・。」
床にへたりこんでいる男子をギロッと睨んだ後、トウジはシンジの手を振り払い、教室を出て行った。
「スズハラッ!」
ヒカリが呼び止めるが、トウジは振り返らない。残されたシンジはケンスケに聞いた。
「ケンスケ・・・・・。知ってるんだろ?」
「うん、でも・・・・・。俺もコイツらの前では話したくない。」
ケンスケも男子生徒を蔑むように見る。止めようとして巻き込まれたのか、彼も頬にアザを作っていた。
「ねえ、委員長。悪いけど、トウジのこと、探してくれないかな・・・・。」
「え、でも・・・・。」
ヒカリはこの場を離れていいものかとためらう。
「じゃあ、あたしが・・・・。」
ケンスケはそう言いかけたマナを、目顔で制する。
「頼むよ。アイツ、怪我してるし・・・・。こっちは何とかするからさ。」
「う、うん。・・・・・じゃあ、お願いね。」
そう言い残すと、ヒカリはトウジの後を追いかけた。

ヒカリが教室を出て行った後、シンジはケンスケに聞いた。
「どうして洞木さんに行かせたの?」
「ん、委員長には聞かせたくなかったからな・・・・・。」
「ひょっとして、洞木さんに関係すること?」
「いいや・・・・原因はお前さ。」
「え・・・・・?」
「下らないヒガみだよ・・・・・コイツら、お前が綾波や委員長を花見に誘ったのを見ていて、陰口叩いてたんだ。」
男子生徒は床を見たまま、顔を上げない。
「それをトウジが聞きとがめ、口論になって・・・・、コイツらの言ったことにキレて、殴ったのさ。」
「なんて言ったの?」
「・・・・シンジが綾波と仲良くしたいために、副委員長を押し付けたとかさ・・・・。それ聞いてムッとしたトウジが文句を言うとさ、
コイツ、『お前もボヤボヤしていると委員長を取られるぞっ!』 て・・・・。それでトウジ、カッとなって・・・・。」
シンジは黙って下を向く。自分の行動が周りからそういう目で見られてたのが、ショックだった。
「僕に・・・・僕に不満があるなら・・・・直接言ってくれればいいのに。」
「そんな度胸が無いから、陰口叩くんでしょ・・・・最低ね。」
マナが恐い顔で睨む。立場の無い男子達はますます小さくなった。
「わ、ワルかったよ・・・・・。」
「なあおい?そんな言い方じゃなくて、ちゃんとシンジに謝るのが筋じゃないか?」
「僕はいい・・・・。トウジに謝ってくれないかな・・・・・?」
シンジは屈んで生徒の目を見る。しゃべり方は穏やかだが、その声は必死に感情を押し殺しているように思えた。
「傷ついたのは、トウジだ。・・・・だから、必ず謝るって、約束して欲しい。」
「わ、わかったよ・・・・・。」
(傷ついているのは、シンジだって同じなのに・・・・・。)
マナはシンジの背中を見つめる。
(でもシンジは、自分より誰かが傷つくのが嫌だから・・・・。いっつもそうやって、人の事ばかり気にして・・・・。)


トウジは、階段の隅でしゃがんでいた。
傷の痛みよりも、胸が痛んでそれ以上歩きたくなかった。
小さくうずくまっていたトウジを、ヒカリが見つけた。
「鈴原・・・・・・。」


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