< ever : 2話 − 4th パート >


− e v e r −

「 桜 」


「そう、綾波さん、来れないって・・・・。」
翌日、五人は時間通りに駅前に集った。が、レイが来ないことを知ったヒカリは残念そうだ。
「ゴメンね。マナ達には昨夜連絡したんだけどさ、洞木さんの連絡先が分からなくって。」
「あ、ごめんなさい。教えてなかったわね。」
「ううん、僕もうっかりしてたから。」
「で、残念なんだけど、せっかくだからみんなで行きましょって話になったの。」
マナが会話に加わる。
「・・・・そうね、せっかくみんなで計画したんだし。」
沈んだ顔をしていたヒカリだが、気を取り直すように顔を上げた。
「ほな、そうと決まったら行こか。」
「ちょっと、トウジ?さっさと行かないで、洞木さんが作ってくれたお弁当くらい持ってあげれば。」
「い、いいわよ、別に。」
「あ、こらスマなんだ。いやイインチョ、まかしとき。大事な弁当はワシがキチッと守っとるから。」
真面目くさった顔で弁当を持ったトウジに、ケンスケが合いの手を入れる。
「トウジが一番危ない気がするけどな。」
「ホント。つまみ食いなんかしないでね。」
「なんや霧島。お前が持てえ云うたんやろが。」
そのやりとりを見て、ヒカリもクスクス笑う。
「おい、行こうぜシンジ。」
「う、うん。」
シンジは少し浮かない顔をしていたが、みんなの方へ駆け寄った。

電車で約一時間ほど揺られた後、シンジ達は暖かい陽射しを受けながら山道を歩いていた。
山道といっても舗装された道路で、道幅はけっこう広い。後ろから車が来たので脇に寄った。
「なあ霧島、この道を登ってけばええんか?」
「うん。この上に休憩所があって、そこから更に10分ほど歩くと公園があるの。」
「ふうん。さっきの車も、お花見目当てかしら?」
「そうかもね。でも去年、お父さん達と来たときは、そんなに人は居なかったけど。」
「なあみんな、休憩所があるならちょっと一休みしないか?」
息を切らせながらケンスケが提案した。見るからに重そうな荷物がガシャガシャ揺れている。
「ところで相田君、何をそんなに一杯持ってきたの?」
ヒカリが見たところカメラは首から提げている。三脚はともかく、他の荷物はよく分からない。
「そりゃあ万が一の為に備えて、いつでも野営出来るように、テントだろ、ナイフだろ、ハンゴウだろ・・・・。」
「や、野営!?」
「あ〜っ、イインチョ、気にすな。いつもの事やさかい。」
トウジはちらっとケンスケの格好を見る。迷彩の入ったカーキ色の軍服。対するトウジは普段通りのジャージ。
「大体、花見に行くだけやのに、なんでそんなもん要んねん。ぎょうぎょうしいカッコしおって。」
「トウジがラフ過ぎんだよ。いっつもジャージ着てさ。」
「いつもやないで。ちゃんと始業式の時、制服着とったやろが。」
「そういう時だけだろ。」
マナがコソッとヒカリに耳打ちする。
「・・・どっちにしてもさ、並んで歩くと結構恥ずかしくない?」
「・・・・同感だわ。」
ちなみにマナは白のブラウスにチェック模様の入った赤いスカート。ヒカリは淡い藤色のワンピースが似合っている。
シンジはGパンに長袖のポロシャツとおしゃれではないが、まあ、後の男二人よりはマシな格好である。
シンジはその会話に加わらず、別なことを考えていた。
(綾波・・・・今ごろ、何やってるのかな・・・・。)

「うわぁ〜っ!綺麗ね〜っ。」
ヒカリが歓声を上げる。公園では沢山の桜が見事な花をほぼ満開に咲かせていた。
「こっちの方が桜の開花が早いのかな?いっぱい咲いてるな。」
ケンスケが首にかけたカメラを構える。
「あ、ケンスケ君、写真ならもっといいところがあるから、そっち行こ。」
マナの案内で全員が公園の奥に入っていくと、思わぬところで呼び止められた。
「あっらぁ〜っ!どうしたのみんな。こんな所で?」
「えっ!!ミサト先生!?」
「いよっ、キミらもお花見かい?」
「加持先生!」
そこにはミサト、リツコ、そしてマナのクラスであるD組の担任―――加持リョウジが先に来ていた。
「びっくりしたぁ・・・・・。まさかあたし達が今日ここでお花見するって・・・・。」
「知ってるわけ、無いじゃないの。」
目をまるくするマナに、リツコが苦笑を返す。
「ミサ・・・葛城先生が花見に行こうっていうから、同期達で来ただけ。それにしても、まさかあなた達に遇うとはね。」
「へえぇ、偶然やなぁ〜。」
トウジが嬉しそうな顔で相槌を打つ。マナは少し悪戯っぽい視線で三人を見た。
「それにしても・・・・。えへへっ、両手に花っ!ですね、加持先生。」
「あははっ、どっちかっていうと俺はオマケだけどな。」
女子生徒の間で絶大な人気を誇る加持は男臭い笑みを向けた。ミサトがニコニコしながら会話に加わる。
「ね!よかったらみんな、一緒にお花見しない?」
「あなたねえ・・・・。少しは立場って物を考えなさい。」
「い〜じゃないリツコ、今日はプライベートなんだからさーっ!教師だの生徒だの、カンケー無いわよぉ!」
そういってリツコの肩をパシッと叩く。今日のミサトはいつにも増してテンションが高い。
「あの・・・・ミサト先生。ひょっとして、酔ってます?」
シンジの視線が、ミサトの前に転がっているビールの空き缶に注がれる。
「うっふっふ、な〜に言ってるのシンジくん!まだまだ序の口よん。」
「あのねえ!私は、未成年者がこういう場所に同席しているのが問題だっていってるの!」
「エ〜ッ、でも、飲まなきゃ良いんじゃないですか?」
口を尖らすマナの袖を慌ててヒカリが引っ張る。
「ちょ、ちょっと霧島さんてば!・・・・やっぱりまずいわよ。」
「ワシは大歓迎ですがな。なっ?シンジ。」
「う、え〜と・・・・ま、まあ、せっかくミサト先生が誘ってくれたんだし。」
「もうっ!碇君まで。・・・・・あれ、相田君は?」
ヒカリが振り返ると既にケンスケは荷物を拡げ、早速テントを組み立てていた。・・・・しかし、何故花見なのにテントを張る?
「ちょっと加持君、あなたもこの子達に何かいったら?」
「ん?まあ、他に見てるものもいないし、飲まなきゃ良いんじゃないか。」
「・・・・・・・あなた達。」
リツコが思わずこめかみを押さえる。ヒカリと目が合うと、どちらからともなく溜め息をついた。

「・・・そう、綾波さんも来るはずだったの。」
「ええ・・・・、でも突然、用事が出来たって・・・・。」
少し寂しそうに答えたシンジに、ミサトが笑顔を向けた。
「用事なら仕方ないわ。また誘えば良いじゃない。お花見じゃなくても、ね?」
「はい・・・・そうですよね。」
「でも嬉しいわ〜。あの綾波さんがそんなに積極的になってくれたのは、みんなのおかげよね。ありがとう。」
「本当。感謝するわ。」
シンジ達に御礼を云うミサトとリツコ。その光景を加持は、笑みを浮かべながら眺めていた。
「あ、先生。もしよかったらお弁当、食べません?綾波さんの分も沢山作っちゃったから・・・・。」
そう言いながらヒカリが重箱を拡げる。
「へえ・・・・あらちょっと、凄いじゃない。これ全部、洞木さんが作ったの?」
「あ、こっちの半分は、碇君が・・・・。」
「おおっ!こらまたゴーカやなあ。」
「へぇ〜、凄いや、二人とも。」
「わ〜い!いっただっきま〜す。」
マナの声と同時に、トウジ、ケンスケが箸を伸ばす。
「ウマイ!めっちゃ美味いわ!イインチョ。」
「ホント、シンジの腕は知ってたけど、委員長もスゴイ上手だよ。」
「美味しい〜っ。幸せ〜〜。」
三人からの賛辞にシンジとヒカリが顔を見合わせ、嬉しそうに笑う。
ヒカリに勧められ、ミサトと加持も箸を伸ばす。
「う、美味しいわ。」
「・・・・うん、ウマい。大したものだ。」
「私も戴いていいかしら?」
「勿論ですよ。」
シンジが重箱の一つをリツコに差し出す。
「有難う。・・・・へえ、凝っているわね。隠し味や下拵えもキチンとしているし、作り慣れているのね。」
「ありがとうございます。」
「碇君、碇君の作ったお弁当、食べてもいい?」
「あ、じゃあ僕も洞木さんの方を・・・・。」
お互いの料理を摘む。
「・・・・・美味しい。」
「うん、すごく美味しいよ。これ。」
「すごい・・・・。碇君、上手だって聞いてたけど、ほんと美味しい。・・・・私、立場無いかも。」
「そんなことないよ。これなんか僕が作ったのより全然美味しいよ。」
「このお肉、柔らかい上にあっさりしている・・・。どうやって作ったの?」
料理談義に花を咲かすシンジとヒカリとは対照的に、ミサトは少し落ち込んでいた。
(・・・・中学生の料理がこんなに美味しいなんて。立場無いのはアタシのほうじゃん。)
「本当に二人とも上手だわ。・・・・誰かさんと違って。」
リツコは笑顔のまま、皮肉を込めて言った。
「あ、あによぉ!そんな事をみんなの前でいわなくてもいいじゃない。」
「あら?私は別にあなたとは言ってないけど。」
とかいいながら、露骨に視線はミサトの方を向いてたりする。
「え、ミサト先生って料理苦手なんでっか?てっきりワシ、その料理ミサト先生が作ったもんと思とったわ。」
「もう!鈴原君。ちゃんと葛城先生と呼びなさいって言ったでしょ。」
「あ、い〜のよ洞木さん。堅苦しいの苦手だし、なんか親しみが込もっていてワタシも嬉しいし。」
「この弁当はリッちゃ・・・・赤木先生が作ったんだよ。彼女のもウマいぞ。」
「あ、もしよければだけど、私のも食べてみて。」
「わあ、いただきます。」
喜んでみんなで箸をつつく。リツコの料理は、シンジやヒカリのものよりも上だった。
「・・・・美味しい。やっぱり上手ですよね。私なんかまだまだだわ。」
「そんなことないわ。とても美味しいし、これからもっと上手になるわよ。」
おそらくリツコに他意は無かっただろうが、それを聞いたミサトはふて腐れる。
「へえへえ、ど〜せアタシはヘタですよ〜。」
「すねるくらいならちょっとは精進しなさい!・・・みっともない。」
「ア、アタシだって全然ダメなわけじゃないわ!カレーとかはチョッち自信があるわよ。」
その言葉にビキッと固まる大人二人。
「葛城・・・・それだけは止めておけ。人命にかかわる。」
「そうよ。これ以上罪を重ねるのはお止しなさい。」
冗談まじりのツッコミ・・・にしては二人とも、声も表情も恐ろしく真剣である。
(ミサト先生のカレーって一体・・・・・。)
シンジ達の背筋に、冷たいものが流れた。


お昼を終えたシンジは片膝を立て、しばらく桜を眺めていた。
マナも彼の隣に座り、同じように桜を見上げていた。
青い空に浮かぶ白い花が、柔らかい陽射しを受けて瑞々しく輝いている。
はらはらとゆるやかに零れる桜の花が、くるくる回りながら身体をかすめる。
シンジが片手を差し出すと、その上に薄桃色の花びらがひらり、と着地した。
「ねえ、なんか ・ ・ ・ ・ ・ 和むよね。」
「・ ・ ・ ・ ・ そうだね。」
ぼんやり応えた彼の手のひらに、横からふっ、と息を吹きかける。
ふわっと舞う花弁をマナが両手で受け止めると、悪戯成功、と云いたげに笑顔を向ける。
シンジも微笑みを返すと、彼女の前髪に舞い降りてきた花びらを、指先でそっと払う。
その花びらが、マナの掌の中に滑り込んだ。
寄り添うような二枚の花が愛らしく、両手でそっと包みこむ。
コツンと触れ合った肩の温もりを求めるように、彼に身を寄せた。


「でっへっへっへ〜〜っっ!!シぃ〜〜ンちゃん?マぁ〜〜ナちゃん?」
雰囲気ぶち壊しの声とともに、誰かが二人の肩を背後から掴んだ。
「んふふっ!相変わらず仲良いですわねぇご両人?」
「ミ、ミサトせんせぇ!いつの間にっ?」
ビックリしたシンジが振り返ると、真っ赤な顔をしたミサトがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「あ〜〜〜ら、気が付かなかったの?もうっ!二人だけの世界に浸っているからよ〜ん。」
「べ、べつに・・・・。そういうわけじゃ・・・・。」
シンジがドギマギしながらうろたえる。一年の時も、こうしてミサトによくからかわれた。
「ミサトセンセぇ、ちょっと飲み過ぎなんじゃないですか?酔っ払いはあっち行って下さい。」
マナはあからさまにムッとしている。ミサトに対して親しみを持っている分、不機嫌を隠そうともしない。
「霧島さんのいう通りよ。ミサト、あなた真っ昼間からいくら飲んだら気が済むの?」
教育上良くないわ・・・・。こうなるのが目に見えてたから同席させたくなかったのだが。
「んも〜リツコッ!自分が飲まないからって、そーんな怒んなくてもいいじゃん。」
「そんなこと云ってんじゃないのっ!大体アナタ、教師としての自覚ある?」
「だからぁ、今は先生とか生徒とかじゃ無くてえ、ただの オ ・ ト ・ コ と オ ・ ン ・ ナ ・・・・・ねぇ〜?シンちゃん。」
ミサトがシンジの首に腕を回し、ギュッと抱き寄せた。
「せ、せんせぇっ!酔ってるって、絶対っ!!」
いきなり顔が柔らかい感触に包まれ、耳まで真っ赤になるシンジ。
「ちょっとセンセェッ!調子に乗りすぎっ!!」
「か、葛城先生ッ!今のは不潔過ぎます!」
マナはともかく、ヒカリまで抗議するのを見たトウジは何故か面白くない。
「シ〜ンジィ?羨ましいやっちゃのう、ワレ。・・・みんなで花見に来といて、一人占めは許さへんでえ!」
「よぉしトウジッ!右足押さえろ!久々にツープラトンでアキレス腱固めを掛けるぞ。」
「うおりゃぁっ!!カクゴせえ〜〜〜!」
「いでででででっっ!!」
両足それぞれに関節技が極まる。ただでさえ痛いのに、ミサトに首を掴まれているので苦しさも倍増。
「せんせぇっっ!イイ加減離してっ!!く、くるしい〜っ!」
「あらぁ〜っ?ゴメンねえ〜。」
ミサトがパッと手を離すと、トウジとケンスケも手を緩めた。解放されたシンジはゼイゼイ息を吸う。
「シンちゃん、大丈夫?・・・・も〜っ!センセエが首を絞めるから!!」
「い、いや・・・・・苦しかったのはどっちかというとムネの方が・・・・・。」
馬鹿。
マナはピクリと眉をつり上げると、背後からシンジの頭を抱え込み、顔面をギリギリ締め上げた。
「ん〜〜〜っ!?シンちゃん何だって?ムネがどうしたってえ!?」
「いてっ!よ、よせってばっ!!」
痛いことは痛いが、それよりも後ろ頭に押し付けられた胸の感触が気になる。
「トウジ!ケンスケ!遠慮はいらないから思いっきりやっちゃって。」
「ガッテンやっ!」
「や、やめてよみんな!・・・・だ、だれか助けてよ!洞木さん!?」
「・・・・不潔。」
ヒカリはプイッとそっぽを向く。
その様子を加持はニコニコしながら見ており、ミサトはケタケタ笑っていた。
(・・・・・無様だわ。)
リツコは頭を抱え、花見に来たことを後悔した。

そろそろ日も傾き始める頃、シンジ達は帰り仕度を始めた。
「ホントは送っていければいいんだけど・・・。今日は私の車で来たから、大勢乗れないのよ。」
「いいえ、気にしないで下さい。」
リツコ達は車なので、駐車場で別れる。
因みにあの後、ケンスケのテントの中で寝ていたミサトは車に運び込まれ、後部座席で寝ていた。
「ところで・・・・あの、ミサト先生、大丈夫ですか?」
「ああ、まあいつもの事だし。」
(いつもの事なんだ・・・・。)
加持が気軽に答えるが、答えられた方はあまり気軽に受け取れない。
「本当に、みんな御免なさいね。せっかくのお花見を台無しにしちゃって。」
「う、ううん。そんな事無いです。楽しかったですよ。」
「ミサトには後でこってり絞ってあげるから。・・・・あなた達、くれぐれもあんなふうになっちゃ駄目よ!」
そういわれても答える方が困る。全員、ひきつった笑みを浮かべた。
「あ、あんまり、怒らないであげて下さいね。楽しかったのは本当ですから・・・・。」
「有難う。じゃあみんな、気をつけて帰ってね。」
「はい。」
リツコと加持が車に乗り込み、軽くクラクションを鳴らして去ってゆく。シンジ達は手を振って見送った。
「しかし、知らなかったな・・・・。ミサト先生って、あんなに酒癖悪かったんだ・・・・。」
「そうね・・・・。」
別にミサトを嫌いになった訳ではない。でも、ちょっと見る目が変わったかもしれない。


道路脇にある小さな公園。抜け道代わりに通り過ぎる人はいるが、立ち寄る人は殆どいない。
その公園の奥にポツンと、桜の樹があった。なぜかこんな目立たないところに、一本だけ立っていた。
既に日は落ち、人影はない。暗い公園の中、うす暗い街灯に灯された桜の樹だけがボウッと光っている。
その樹の下にポツンと、桜の精を思わせるような少女が一人、立っていた。
冷たくなった夜風に吹かれ、彼女の青い髪が寂しげに揺れていた。


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