< ever : 3話 − 2nd パート >


− e v e r −

「 悲しみ 」


自宅に戻ったシンジが夕飯の仕度をしている最中、ユイが帰ってきた。
「シ〜ンちゃんっ!たっだいまぁ〜っ!!」
「お帰り母さん。後少しで出来るから、着替えてきたら?」
「ええ。・・・美味しそうな匂いね。ね、今日は何?」
「美味しそうな鰆があったからさ。照り焼きと、かぶら蒸しにしたんだ。」
「そう、今いい季節だもんね。」
「後、菜の花とホウレン草の御浸しとか・・・・。」
「うふっ、楽しみだわ〜。じゃあ、着替えてくるからね。」
ユイが着替えてくると、シンジはお皿を並べ始めていた。
「シンちゃん、何か手伝うことなあい?」
「あ、じゃあ、そっちのお鍋の火加減見といてよ。」
「了解。」
ユイはお鍋に入った味噌汁をおたまで一掬いし、味見した。
「ん・・・・美味しい。また上手くなったわねえ?」
「え、昨日も食べたでしょ?そんなに急に上手にならないよ。」
「ふふっ、わかるのよ。私には。」
微妙な味加減だがユイの舌は鋭い。まして、シンジの料理となれば尚更である。
(少しずつだけど、ドンドン成長しているのよねぇ・・・・。)
「ふうん・・・・。でも、母さんがそう言ってくれるなら嬉しいな。」
シンジにとって料理の師匠であるユイの言葉だ。他はともかく、料理に関していえば絶対の信頼がある。
「さ、これでOKと・・・・。じゃあ盛り付けましょうか。」
「ところでさ、父さん何時ごろ帰れそうなの?」
「あら、何言っているの?後ろにいるじゃない。」
ギクッ!
反射的に少し飛びずさってから後ろを振り返る。やはりそこにゲンドウが、前屈みの姿勢で立っていた。
「と、父さん・・・・。心臓に悪いから、そうっと背後に忍び寄るの止めてっていったでしょ。」
「シンジ、それが父を迎える言葉か。」
「だったらちゃんとただいま、って言えばいいじゃないか。どうしていつも泥棒のように帰ってくるんだよ?」
「む・・・ユイは気付いていたぞ。」
たしかにユイは振り向きもしていない。
「あのねえ・・・・僕はテレパスでもなければ妖怪でもないんだから、無理言わないでよ。」
「あら酷いわね、私だって妖怪に知り合いはいないわよ。」
「下らんことを言って己の失態をごまかすとは・・・・情けない奴だ。一体誰に似たのか。」
「安心して。父さんには 絶 対 似ていないから。」
「・・・ふん、私に喧嘩を売るとはいい度胸だ。」
「売った覚えはないよ。ただ事実を有りのままに言っただけだし。」
カツーン!ユイがおたまで鍋を叩く。
「はいそこまで!せっかくのお料理が冷めちゃうでしょ。あなた、早く着替えて。シンちゃん、盛り付け手伝って。」
二人とも大人しく従う。やはり仕切るのはユイ母さんなのである。

食事を終えリビングでくつろいでいたシンジの所に、ゲンドウが将棋盤を持ってきた。
「シンジ。さっきの暴言の決着をつけるぞ。」
「・・・・しつこいね、父さんも。」
「怖いのか?ふ、臆病者は我が家に不要だ。今すぐ去れ。」
「自分こそ、得意な将棋を持ってきて・・・フェアじゃないね。」
「ほう、では何で決着をつけるのだ?私は何でも構わんが。」
シンジは指を伸ばしゲーム機の電源を入れる。画面に映ったのは、落ちもの対戦パズルの永遠の名作。
「む・・・・。貴様こそ卑怯だぞ。」
「じゃあこうしようよ。最初にゲームをやって、負けた方が将棋かゲームか選ぶっていうのは。」
「ふ、つまらん小細工を考えおって・・・。問題無い、受けて立とう。」
たちまち対戦ゲームに熱中する二人。シンジの読み通り、負けるとゲンドウは益々ムキになってゲームにのめり込む。
「二人ともーーっ。遅くならないように、ほどほどにしなさいねーっ。」
洗い物をしながら声をかけるが、耳に届いた様子は無い。ユイはクスリと笑う。
(なんだかんだ云って、そっくりだわ・・・・あの二人。)
「ぐぅぅぅっ!!」
リビングの方からゲンドウの呻き声が聞こえた。どうやらまた、シンジに五連鎖を決められたらしい。


結局ゆうべは真夜中まで熱中していた為、翌朝シンジはすっかり寝坊してしまった。
「ご、ごめんよ母さん。ご飯いらないから・・・・いってきま〜す。」
「シンジぃ〜、待ちなさい。これ、お弁当。」
「え・・・・作ってくれたの?」
「たまには作らせてよ。それからはい、ハンカチ。」
お弁当箱と一緒に真っ白なハンカチを手渡す。
「ハンカチはいいよ。ちゃんと持っているし、昨日取り替えたばかりだから。」
「いいから・・・いつも云ってるでしょ?ちゃんとハンカチは毎日取り替えなさいって。」
「まだキレイなんだけどな。」
釈然としない顔のシンジだが、結局、ユイの言葉に従う。
「いいこと、男の子のハンカチはね、女の子の涙を拭くためにあるの・・・。だから毎日取り替えるのが礼儀なのよ。」
そう言ってユイはウインクした。

そろそろ一時限目が始まろうという頃、自分の席で本を読んでいたレイにヒカリが声を掛ける。
「おはよう、綾波さん。・・・ねえ、碇君、まだ来てないのかな?」
「まだみたい。」
レイが隣の席に視線を移す。
「あのね綾波さん。さっき葛城先生に会って、クラス委員は放課後残って欲しいって言われたの。」
「そう、わかった。」
「お〜す。」
「おはようさん。」
トウジとケンスケが入ってきて二人に挨拶する。しかしシンジの姿は見えない。
「おはよう・・・あら、碇君一緒じゃなかったの?」
「ん?今朝は会ってないけど、何か用事?」
「先生がね、今日の放課後、クラス委員は職員室に来るようにって。・・・碇君にも伝えとこうと思ったんだけど。」
「ふ〜ん、じゃあシンジが来たら俺が云っとくよ。」
「本当?ありがとう、相田君。」
ヒカリが席に戻った後、ケンスケはチラリとレイを盗み見、意を決して話しかけた。
「と、ところで綾波さん?ちょっと、聞きたいことがあるんだけど・・・・。」
「何?」
「綾波さんてさ、ひょっとして・・・・し、写真なんか、興味無いかな?」
「無い。」
即答。あまりのレスポンスの速さに落ち込む暇も無い。
「あ、そう・・・・は、はは、やっぱりね。そうじゃないかと思ったんだよな・・・・アハハ。」
虚しくカラ笑いするケンスケ。その時、一時限目の担当である加持とシンジがほぼ同時に入ってきた。
「先生、セーフ・・・・ですか?」
シンジが恐る恐る伺う。加持は手にした出席簿で、パンッとシンジの頭を軽く叩く。
「ま、今回はこれで見逃してあげるよ。」
ヒカリの号令が響く中、そそくさとシンジは席についた。


授業が終わって放課後になるとすぐ、ケンスケはシンジとトウジを教室から引っ張り出した。
「な、なんだよケンスケ!急に。」
「決まっているじゃないか、写真部の新人集めだよ。手伝うだろ?」
「ちょ、ちょい待て!じぶん、名前だけでええ云うたやんか!?」
「シンジが言ってただろ?三年生を入れても仕方ないって。だから一年を勧誘しなきゃ。」
「な、何だよそれ!昨日はどうでもいいなんて言ってたくせに。」
「ま、部長としては放っとくワケにいかなくてさ。・・・それにシンジがいたら、一年の女の子が入ってくるかもしれないだろ?」
結局それが目当てか。
「お前・・・・とことん自分の欲望に素直なやっちゃな。」
「僕が居てもどうしようも無いと思うんだけど・・・・。」
「やってみなきゃ判んないだろ。ほら!ボケッとしてないで、さっさといくぞ!」
普段はどちらかというと宥め役に回るケンスケだが、こういう時の強引さは一番だ。
「全く・・・・やっぱり入るんじゃなかったよ。」
そのことをよく知っている二人は不本意ながら、渋々従う羽目になるのである。

ヒカリが教室に戻ってくると、レイ一人だけが残っていた。
「あれ、綾波さん一人?碇君は・・・・?」
「碇君なら、相田君が連れて帰ったわ。鈴原君も一緒。」
「ええっ!相田君、碇君に伝えてくれるって言ったのに。」
(相田君なんか信用したのが間違いだったわ・・・・。)
ヒカリが溜め息をつく。
(それにしても、見てたんなら綾波さんも引き止めてくれればいいのに・・・・。)
「・・・・仕方ないわね。先生には謝っておくから、行きましょう。」
「ええ。」
二人は職員室にいるミサトの元へと向かった。

「で、碇君は居ないというわけ・・・?」
「御免なさい。私がちゃんと云っておけばよかったんです。」
ヒカリはションボリうな垂れ、頬杖をついたミサトに謝る。
「まあ、アタシも洞木さんにお願いしたから人のことは言えないか・・・。わたし、これから会議があるのよ。 悪いけどこのプリントのコピーをとって、みんなの席に配っておいて。明日のHRでみんなに書いてもらうから。」
そのプリントには 『進路相談』 と書いてある。
「それから明日なんだけど、ちょっと朝一に外せない用事があってね、申し訳ないけど自習の時、みんなのまとめ役をお願い出来るかな?」
「まとめ役・・・ですか?」
「もし誰かが騒いだら、注意してくれればいいの。多分30分くらいしたら顔を出せるから、よろしくねん。」
話が終わった後、ヒカリとレイはコピー機に向かった。

コピーし終えた二人は教室に戻り、各々の机の上にプリントを配る。
その紙を眺めていたヒカリが、軽い話題のつもりで口を開いた。
「進路相談か・・・・。ねえ、綾波さんはどこの高校を受験するか、決めてるの?」
「私は進学はしないわ。」
「・・・・え?」
ヒカリは驚いて彼女を見た。
「中学を卒業したら働くつもり。だから、高校には行かない。」
「そ、そうなんだ・・・・。何か、やりたい仕事がある、とか?」
「別に・・・。働く事が出来れば、何でもいい。」
ヒカリは以前リツコが話した、レイの家庭の事情を思い出した。
(悪いこと聞いちゃったかしら・・・・。)
「そっか、残念ね・・・・。綾波さんって学年トップでしょ?優秀だし、いい高校に入れそうなのに。」
「別に、高校に行くために勉強していた訳じゃない。それに、働きながらでも勉強は出来る。」
その言葉にヒカリは赤面する。当たり前のように親に進学させてもらえる、自分の立場が何となく恥ずかしい。
「・・・偉いよね、綾波さんは。ご両親がいなくて一人で生活しているのに、その上・・・。」
「・・・・・いない?」
自分が漏らした言葉に焦ったヒカリは、つい口を滑らした。
「あ!ご、ご免なさい!!あの・・・・別に離婚がどうとか、そういう意味じゃ・・・・。」
しまった、と思ったがもう遅い。レイの冷たい視線が突き刺さる。
「・・・・どうして知っているの?」
感情が凍りついた無機質な声に、思わず身震いする。
「御免なさい・・・・その・・・・そんなつもりじゃ・・・・。」
「誰から聞いたの?」
「・・・・き、聞いたのは先生からだけど・・・・あの・・・・わ、わたし、本当に御免なさい。」
レイが一層無表情になり、能面のように白い顔になる。
「・・・・そう、そういうこと。」
「・・・・・・え?」
「先生から仲良くしてくれって言われたからなのね。私が浮いた存在だから・・・・。」
「ち、ちが・・・・・・。」
「私が見捨てられた子だから、哀れな子だから・・・・。」
彼女の真紅の瞳が、まるで血の涙を湛えているように光る。
「だから同情して・・・・そうなのね。」
「ちが・・・う。お願い・・・・・信じて。」
ヒカリは半泣きで訴える。レイはもはやそんな彼女を見ようとせず、教室を出て行こうとする。
「!!・・・・・。まって、綾波さんっ!」
ヒカリが慌てて、レイの腕を掴む。
「それは誤解なのっ!お願い、話を聞いて!!」
「放して!」
以前、ミサトに投げつけたような鋭い声にヒカリは動揺する。その隙に手を振り払った。
「みんな同じなんだわ・・・・あなたも、彼も・・・・。」
「・・・・・そうじゃない・・・・・。」
「放っておけばいいのに、私なんか・・・・。私なんて、誰からも必要とされないもの・・・・。」
「そんな・・・・。」
「私も、誰もいらないっ!」
普段とは違う、呻くような叫び。鋭い刃物で心を切りつけられたような痛み。
呆然と立ち尽くすヒカリを置いて、足早にレイは走り去った。
(どうしよう・・・・・・?)
独り取り残された教室で、ヒカリはただ嗚咽するしか出来なかった。


翌日、レイは学校を休んだ。その理由を知っているのは一人だけ。
ヒカリは朝から落ち込んでいた。うわの空で、みんなに注意を促すどころではなかった。
彼女の様子がおかしいのに気が付いたシンジは声を掛けた。
ヒカリもシンジ以外に相談出来る生徒はいない。昼休み、人目につかないところで昨日の事を打ち明けた。
「そんなことが・・・・あったんだ。」
シンジの表情が沈む。昨日ケンスケと一緒にいかなければ、と後悔の念が湧く。
「どうしよう、私・・・・綾波さんを・・・・傷つけて・・・・・。」
ヒカリは泣きそうになるのを必死で堪えている。
「とにかく、誤解を解かなきゃ・・・。放課後、先生に事情を話して、綾波さんの家を教えてもらうよ。」
「じゃあ、私も。」
「そうだね、一緒に行こう。」
出来るだけ明るい声で、シンジは頷いた。

「そういう事ね・・・・。どうりで、あの子の自宅に電話しても留守電ばかりだと思った。」
腕組みしながらミサトが唸る。
「先生、綾波さんの住所を教えてもらえますか?今から洞木さんと二人で話に行きたいんです。」
「・・・・わかったわ、私も行く。」
立ち上がったミサトに対し、ヒカリは申し訳なさそうにいう。
「先生、あの、有難いんですけど・・・・でも、綾波さんの気持ちを考えると、私達だけの方が・・・・。」
確かにその方がいいかもしれない。聡い子たちね、と感心しながらも教師としては一抹の寂しさを感じる。
「じゃあ、あなた達を彼女の家まで送っていくわ。せめてそれぐらいはさせて。」


二人を車で送ったミサトは、レイの住むアパートの前で二人を降ろした。
「私は駐車場で待ってるから・・・・・頑張ってね。」
ミサトに見送られ、二人は彼女の部屋の前に来た。シンジがチャイムを鳴らす。
しかし、反応は無い。何度か鳴らしたが、出る気配はない。
(居ないのかな・・・?)
そう思いかけたが、ドアの覗き穴から誰かが伺う気配がした。シンジはノックをし、声を掛ける。
「綾波さん?碇です。今日、学校を休んだから心配して・・・・・。」
「・・・・・・・帰って。」
「綾波さん、お願いです!話を聞いて欲しいの!!」
ヒカリが涙声で訴えるが、返ってきたのは冷たい拒絶。
「・・・・・・・話すことなんて、無い。」
「そんな・・・・話さなきゃ、解らないかもしれないだろ?」
「・・・・・・・どうして、あなたにそんな事がいえるの?」
切りつけるような鋭い言葉で返され、シンジは返事に窮した。
「何も知らないくせに・・・・・解ったようなことを言って。他人の気持ちが解っているような振りをして・・・・・。」
あからさまな敵意を受け、何も言えない。どう声を掛けていいのか解らない。
シンジはただ、俯くだけだった。レイも再び口を開く事はなかった。
「碇君、今日は無理みたい・・・・・。帰ろ・・・・先生も待っているから。」
「・・・・・うん。」
「綾波さん・・・・。私は謝りたかったの、あなたを傷つけてしまったことを・・・・。話たいの、本当のことを・・・・。」
またも零れ落ちる涙を、ヒカリは拭った。
「・・・・もし、私の事を許せなくても・・・・・お願い、明日は学校に来てね。」
「・・・・・・・・・」
「それじゃあ、私達、帰るから・・・・。」
そういった後も二人はレイの返事を待っていたが、何も反応は無かった。

帰り際、二人はわずかな期待を込めてレイの部屋を見上げる。
しかし扉は、閉ざされたままであった。


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