< ever : 4話 − 2nd パート >
− e v e r −
「 アクティヴ 」
天気のいい日は屋上で食事する。いつの頃からか、それがシンジ達の習慣になっていた。
屋上で食べるときはシンジ、トウジ、ケンスケ、そしてマナ、大抵この面子が揃う。
最近ではその中にヒカリとレイも加わって、一緒に食事することが増えている。
この日も天気は快晴。午前の授業が終わるとシンジ達はいつものように屋上へ出た。
6人のうち弁当持参組はシンジ、マナ、ヒカリの3人。その中でマナだけは自分で作らない。
屋上でシンジ達が一足早く弁当を拡げていると、残る購買組も戻ってきて輪を囲む。
「どっこいしょっと。さあ、食うでぇ〜〜!」
トウジは嬉しそうにビニール袋からパンを取り出す。ズラリと並んだその数に、マナはちょっと目を丸くした。
「ねえトウジ、今日お腹空いてんの?」
「ん?何でや。」
「いつもの倍はあるでしょ?その量。」
「おう!午後から体育やしな。途中で腹減らんよう食い溜めしとかんと。」
「普通逆じゃない?あんまり食べすぎたら動けなくなっちゃうよ。」
「そんなヤワな胃してへんわ。」
ぐわっと大口開けて頬張るトウジに少し呆れたような視線を送る。
「・・・なんかそれ見てると、やっぱ男の子の胃袋ってアタシたちと違うんだなあ〜って思うわ。」
マナも女の子にしてはよく食べる方だが、それでも弁当箱は小振りなサイズである。
「とか云いながらそれっぽちで、腹きゅーきゅー鳴っとんちゃうか?ホンマはワイより食いしんぼなクセに。」
「あたしはこれで十分です!ね?ヒカリさん。」
「うん、女の子はそんなに食べないわよ。男の子と違うもん。」
「言っとくけど俺を一緒にしないでくれよ。トウジが特別なだけだから。」
サンドイッチをパクつきながら、ケンスケが同意する。
「なんやケンスケ、ワシのどこが普通ちゃうねん?」
「まあ、トウジらしくていいんじゃない?本人気付いてないみたいだし。」
「シンジぃ、お前フォローする気ないやろ?」
憮然としたトウジの声に笑い声が上がる。レイは耳を傾けているだけだが、この雰囲気に心地よいものを感じている。
まだ完全に溶け込んでいるとは言い難いが、以前のように一人だけでいることは減っていた。
ケラケラ笑っていたマナが、ふと思い当たったように隣を向く。
「ねえシンちゃん、体育っていえば今日初めてだよね?クラス合同の授業。」
この学校では科目によって、二クラスを組み合わせて授業を行う。体育は月一、二回の割合で合同授業があった。
「あ、そうだね。僕らはサッカーだけど、そっちは?」
「あたしらはバレーボール。へへっ、楽しみね二人とも。」
ヒカリとレイに同意を求めたが、ヒカリは曖昧な笑みを返した。
「・・・・う〜ん、私はちょっと憂鬱かなあ。スポーツって苦手な方だから。」
「そうなんだ。あ、綾波さんはどう?スポーツとか得意?」
「・・・良く分からないけど、多分、駄目だと思う。」
「多分って、バレーとかやったこと無いの?」
「少しだけ。みんなが一緒にやりたがらなかったし、私もスポーツはあまり好きじゃないから・・・・。」
「ふ〜ん。でもさ、おんなじチームになる可能性もあるじゃない?その時は頑張ろうね!」
「・・・・ええ。」
屈託の無い笑顔を向けたマナに、レイは少し固い表情で応えた。
昼休みが終わる少し前にレイ達は着替えを済ませ、体育館へ集合した。
まだ新設したばかりのこの学校では一クラス30人前後。生徒数はさほど多くない。
隣のクラスとまとめて授業を行うのは人数の都合もあるが、主としてクラス間の交流を深めるのが目的だ。
「じゃあみんな、チームは適当に分けたから。最初はAとB、CとDチームで試合を行うわよ。」
女子の体育を受け持つのはミサト。生徒数以上に教師の数が足りないこの学校では、一人が二、三科目を掛け持ちしている。
C組とD組の女子あわせて30人足らず。ミサトはチームを4つに分け、一チームの人数が多い分、ローテーションを組ませた。
チーム分け毎に集まると、マナもメンバーの中に居た。
「やったね綾波さん!同じAチームだね、よろしく!」
嬉しそうに笑顔を見せるマナに、レイは少々遠慮がちに頷く。
「マナぁ〜。あんた前衛やる?」
遠くから同じチームの女子が声を掛ける。レイは見覚えがないので、マナと同じD組だろう。
「やるやるっ!あ、綾波さんは前衛と後衛、どっちがいい?」
「あの・・・・。最初は私、見ているから。」
Aチームは7名なので、一人外れる。
「そお?・・・じゃ、後で。」
マナ達がコートへ整列し、お互いに挨拶を済ませゲーム開始。最初のサーブからAチームは好調な滑り出しを見せた。
相手にサーブ権を与えないまま順調に点を重ねてゆく。マナともう一人、ひときわ背の高い女子の活躍が目覚しい。
さっきマナに声を掛けたのもこの少女だ。二人はいいコンビのようで、息の合った連携をみせている。
一人残ったレイは得点係。サーブ権が移ると必ずポイントも入るので進行は早い。
ふと隣のコートに目をやると、ヒカリが出ていた。普段とは違い、少しおどおどしている様子が珍しい。
レイも自分の姿を重ねて、ちょっと憂鬱になった。今までこういった団体競技は殆ど経験が無いし、バレーもよく知らない。
そんな事を考える間にこちらのコートは終了。Aチームがそのまま押し切り快勝した。
隣コートの試合が終わるまでの待ち時間を所在なく過ごしていたレイの所へ、マナが背の高い少女を引っ張ってきた。
「紹介するね。あたしと同じクラスでチトセっていうの。」
「ども!初めまして。東雲チトセです。バレー部員やってます。」
「初めまして。」
チトセが手を差し出したので、レイも握手を返す。
「今度綾波さん入るでしょ?いっしょにがんばろ!」
「でも私、こういうの苦手だから・・・・。」
「だいじょ〜ぶ!そんなのカンケーないよ。スポーツはやることに意義があるんだから。」
「うん、マナの言うとおり上手い下手じゃない。一生懸命やったらきっと楽しいって!」
チトセが快活に笑う。さっぱりした口調と長身がショートヘアと相俟ってボーイッシュな印象の少女だ。
「あ、ほら。隣終わったよ。」
もう一方の試合も終わり、チームの組み合わせを変える。今度はCチームとの対戦。レイは最初、後衛についた。
鋭い笛の音に緊張が激しくなる。ボールが飛んできませんようにと、心の中で祈った。
幸い、マナやチトセがいるのであまり出番はない。Aチームのサーブ権が動かないまま試合は流れる。
特にチトセはバレー部だけあって流石に上手い。セッターのポジションにいる彼女は大抵のボールを難なく捌く。
1ゲーム15点とればゲームは終了。Aチーム主導でゲームが進み、このまま終わるかと思われた。
だが後半、相手が打ち返したボールがたまたま、レイの方に飛んで来た。
思わず伸ばした彼女の腕にボールが当たり、コート外へと飛んでいく。
Cチームに得点が入った。レイと目があったマナはドンマイ、と云いたげに笑顔を向ける。
今度はスピードの乗ったサーブがレイ目掛けて来た。返そうとしたがまたも棒打ちになり、自コートに戻せなかった。
サーブを打った女子がこちらを見ているのに気付き、レイは嫌な予感がした。
そして、その不安は的中する。相手のサーブは明らかに、こちらを狙っている。
受けようとしても手で弾いてしまって、思うようにいかない。自分のレシーブミスのせいで相手チームがどんどん追い上げてくる。
体育の授業とはいえ、勝ち負けに拘る者もいる。同じチームの人間から非難されているような気がして、だんだん惨めな気分になってきた。
「綾波さん、頑張って!」
マナが声援を送る。フォローしてあげたいが、前衛の自分とは正反対の場所にいるため、手が出せない。
またも飛んできたボールにレイが逃げ腰になる。無意識に身体を引いた瞬間、腕に当たって跳ね返る。
勢いよくコートに返ったボールをチトセが咄嗟に拾う。少々無理な体勢だったが、何とかマナにトスを上げた。
タイミングを計ったマナのアタックが相手コートに突き刺さり、ポイントを奪う。久々にAチームの方から歓声が上がった。
「いいよ、ナイスレシーブ!」
偶然返っただけなので返事に困ったが、それでも一応ピンチを脱したことにホッとする。
その後攻勢に回ったAチームは勢いを取り戻し、辛くも逃げ切った。
最後の組み合わせでのゲームが始まる直前、レイが自分は抜けたいと言い出した。
「え〜っ、一緒にやろうよ。」
マナが不満げに声をあげたが、レイは頷かない。
「でも、私がいると迷惑かけるから・・・・。」
「迷惑だなんて、そんなあ・・・・・。」
渋面を作るマナの顔とレイを見比べてたチトセが、レイの腕を引っ張った。
「綾波さん、ちょっとこっち来て。」
「・・・・え?」
「すぐ済むから。・・・マナ、ちょっとだけ借りるね。」
体育館の隅の方にレイを連れてくると、転がっていたバレーボールを拾い高々と放り投げる。目で追いながら腰を落として構えた。
アンダースローで打ち返したボールは緩やかな弧を描きながら、ゆっくりとレイの腕の中に降りた。
「ね?こうやって身体の正面で受け止めるようにすれば、ボールの勢いを殺せるでしょ。」
朗らかに笑いながらレイに歩み寄ると、彼女の手からボールを受け取った。
「最後、綾波さん身体を引いたよね?あれでいいんだよ。今まで腕だけで跳ね返してたから、変な方向へ飛んでったってわけ。」
また歩いてレイから距離をとるとボールを持った両手を振り上げ、ハンドスローの体勢をとる。
「ちょっと最後の感覚を思い出してみて。打つんじゃなくてさ、柔らかく腰で拾うつもりで。」
相手のペースに呑まれたようにレイは軽く膝を曲げ、おずおずと構えをとった。
チトセがボールを放る。胸の前に飛んで来たボールを当てる瞬間レイは膝を屈め、身体を少し沈ませた。
フワッと高めに浮かんだボールはチトセの立っている位置からやや右脇へ返る。彼女は片手を伸ばしてキャッチした。
「そうそう!今のでオッケーッ!後は打ち返す瞬間に腕を内側へ絞るようにすれば、方向をコントロール出来るから。」
「いえ、私・・・・。」
自分は出るつもりは無い、そう言いかけたレイを元気づけるように背中を叩いた。
「気楽にいこうよ、楽しくやらなきゃソンだって!わたしらもちゃんとフォローするからさ。」
やんわり押し切られ、何も云えないままコートに戻った。
最後の対戦相手はヒカリのいるDチーム。今回ヒカリは出ないらしく、得点係をやっている。
相手チームも既に2勝を挙げている。今までで一番強い相手だろう。
試合開始を告げるミサトの笛の音で、レイは気持ちを切り替えた。うまくやる自信はないが、このゲームだけは頑張ってみよう。
さっきのCチームとの対戦を見ていたらしく、相手からの最初のサーブはやはりレイを狙ってきた。
教えられたとおりボールを受け止める。低めに受けたのでネットに当たってしまったが、見当違いの方向には飛んでいない。
また相手からのサーブ。コートの線ギリギリに飛んできたため一瞬迷った。その分反応が遅れ、やはりちゃんと打ち返せなかった。
「大丈夫、いまの入ってたよ。判断は間違ってないから、自信持って。」
チトセの励ましに、少し心が軽くなる。
更に飛んできたボールはスピードはあったが、今度は身体の真ん中でしっかり受け止めることが出来た。
コート中央のチトセへ返ったボールはマナへと繋がれ、彼女得意のスパイクを打つ。見事に決まって得点を奪った。
「ナイス!その調子そのちょうしぃ!」
「いまのレシーブ、すっごく拾いやすかった。上手かったよ。」
二人の賞賛の言葉に戸惑いはしたが、悪い気はしない。重荷を下ろしたように肩が軽くなった。
サーブ権が移ってAチームからの攻撃。マナが鋭いサーブを打つが返され、低い弾道のボールが戻ってくる。
そのボールをレイが拾う。今度はさっきよりも危なげなくチトセに渡せた。相手コートへ打ち返したが、また拾われる。
ラリーが続く中、徐々にレイ、チトセ、マナの連携が取れてきた。レイはボールを逸らすようなミスをしなくなった。
彼女にしてみればただ夢中だったが、だんだんと思った方向にボールを返せるほど上達している。
試合は一進一退。中々の緊迫した展開に、試合が終わった隣コートのチームからも声援が上がっていた。
(意外ね・・・・。綾波さん、最初はあんなに引っ込んでいたのに。)
ミサトもレイの変わりようを感心して見ていた。いまやボールを受け止めるのは彼女が中心となっている。
腕時計を覗くと時間が迫っていたが、ここで止めさせるのも勿体ない。どうせ次の授業はHRである。
多少長引いても最後までやらせてあげたい。男子の面倒をみている加持には後で自分が謝ろう。
シーソーゲームのまま試合が進み、あとどちらかが2点入れれば勝利という場面。Aチームからのサーブ。打つのはチトセ。
彼女は授業では誰でも拾える簡単なサーブを打つ。当然、軽く返されるが、素早く自コートに戻ったチトセは的確にボールを捌く。
相手からのスパイクを前衛の女子がブロックし、逆に押し込む。Aチームに得点が入った。
あと1点。再びチトセのサーブ。緩いサーブを拾った相手チームのセンターが今度は高めにボールを返してきた。
そのボールをレイはしっかりと拾い、前に繋げる。前衛の女子がアタックを打つが相手のブロックに阻まれ、こちら側に落ちてくる。
ネットぎりぎり。辛うじてマナが拾う。ボールはコートの外へ出ようとしたが、先程アタックを打った少女がなんとか繋ぐ。
前衛が居なくなった中央のスペースにボールが返る。レイが咄嗟に走りこんでジャンプした。
彼女の伸ばした手に当たったボールは軌跡を変え、ネットの向こう側へストンと落ちる。
ミサトの笛が響き渡り、得点したことを告げる。試合終了、Aチームの勝利。
「いやったぁ〜!勝った〜〜っ!!」
Aチームの面々は手を叩いて喜びあう。思いがけず最後の得点を入れたレイはむしろ呆然としていた。
立ち止まった途端、更に汗が吹き出る。こんなに一生懸命、身体を動かしたのは本当に久しぶりだ。
肩で息をしていると、ニコニコしながらマナが駆け寄ってきた。
「ほらぁ!早く手を出して。」
「え?・・・ええ。」
なんだかよく分からないまま言われた通り手を差し出す。
「綾波さんのおかげで勝ったよ!ありがとう!!」
その掌をマナが軽くパチンッと叩く。
「やったじゃない。」
笑顔で近づいてきたチトセもレイに声を掛けると、パチンッとその手のひらを叩いた。
同じチームの他の女子もレイに近寄り、差し出したままの彼女の手を叩き、勝利を喜ぶ。
パチンッ、パチンッ。手のひらが触れ合う度、心の中で妙なもやもやが膨らんでくる。
(なんだろう・・・・?)
よく分からない感覚。でも、決して不快ではない。
その様子を満足げに見ていたミサトがパンパンと手を鳴らし、大声で云った。
「はいっ!じゃあこれで終了。ちょ〜っち時間オーバーしてるから、みんな早く着替えて。」
女の子達にとって絶好の雑談場所である女子更衣室。今もご多分に漏れずワイワイと賑やかだ。
普段はその輪から外れているレイだが、今回はむしろ話題の中心にいた。
「綾波さん、さっきの試合、大活躍だったよね。」
ヒカリが汗を拭きながら隣のレイに話しかけた。
「そうそう!最後なんて殆ど全部拾ってもらったからね。」
同じAチームだった女子の賛同に、レイは少し恥ずかしそうに応える。
「そんなことない・・・・。私はただ、教えてもらった通りやっただけだから。」
「教えたっていってもあれだけだよ。飲み込み早いよね。」
部活用にこっそり隠し持ったスポーツドリンク片手に、チトセが口を挟む。
下着の上に首にタオルを掛けた格好のマナも寄ってきて、会話に加わる。
「うんうん!すっごく上手だったよ。最後は綾波さんがパシッと決めたし。」
「そうそう、ああいう点の入れ方ってけっこう難しいんだよ。」
「あの・・・・あれは本当に偶然だから・・・・。」
反射的に手を伸ばしたのがたまたま上手くいっただけなのに、そう言われると却って気恥ずかしい。
「気〜にしないって。綾波さんてやっぱり運動神経いいよ。ね?」
同意を求めるマナにチトセも頷き返す。
「うん。あたし二試合目みててそう思ったんだ。ボールの打ち方はあれだったけど、けっこう反応速いしバネもあったし。
・・・だからさ、ボールの受け方さえ解れば大丈夫かなと思ったんだけど、あそこまで上手くなるなんて正直、ビックリだよ!」
「そ、そう・・・・・?」
「あんな短時間ですぐコツを覚えたし、絶対バレーとか向いてるって!・・・ね、今からでもどう?」
「そこぉーっ!こんな所で部員の勧誘しな〜い!」
ピッと指を差したマナにチトセはチロッと舌を出した。
「でも私・・・・まだ膝が震えてる。二人のようにはいかないわ。」
レイが少し頬を緩めたのは苦笑したのかもしれない。
「いきなり筋肉使ったからねぇ〜。まあ普段から慣らせておけば、どってこと無いよ。」
「そうそう、あたしも毎日部活で走ってるから・・・・あ!じゃあさあ、綾波さん陸上部に入って一緒に走らない?」
「アンタこそ勧誘するなって。」
今度はチトセがマナの額をペチッと叩く。バレーだけでなく掛け合いの息まで合っているようだ。
ケラケラ笑いあう二人に、着替え終わったヒカリが訊ねた。
「ねえ、霧島さんと東雲さんって、付き合い長いの?」
「いや、あたしらが知り合ったのって、今のクラスなってからだよ。」
「そうなんだ?でも、ずっと古くからの友達みたい。」
「ん〜、まあマナもあたしも体育バカだから気が合うんでしょ。」
「え〜〜っ!チトセはそうだけどアタシまで一緒にしないでよぉ!」
「な〜に一人マトモな振りしてんのよ?くのっ!」
片手でマナの頭を抱え込み拳骨でグリグリ回す。下着姿のままじゃれあう二人にヒカリの方が赤面した。
「ちょっと二人とも!いつまでもそんなカッコしてないでっ!時間無いわよ。」
「あ、いけねいけね。」
いつの間にか自分達だけになったのに気付いた漫才コンビは慌ててロッカーへ戻る。
ヒカリ自身はとうに着替えているが、最後の一人まで待っているのが彼女の面倒見の良さだろう。
「・・・・あれ?綾波さん、どうかしたの?」
ふと目をやると、レイはブラウスを肩に掛けたままボウッと突っ立っている。彼女にしては珍しいと思った。
「・・・・・いえ、何でもない。」
思い出したように答えると、胸のボタンを止め始める。
「はやく着替えないと遅れるわよ。」
「ええ・・・・・。」
どこかぼんやりとしながら、ネクタイを通した。
放課後。途中でトウジ達と分かれたシンジとレイは揃って下校する。途中まで同じ方向なので、帰りが一緒になる日もあった。
マナと二人の時と違いあまり会話は無いが、特に気まずくもない。むしろ落ち着く感じがするのはお互い慣れてきたのだろう。
だがさっきからシンジが首をコキコキ鳴らしているのは、リラックスしてる訳ではなさそうだ。
歩きながらしきりに首を傾ける彼を、レイは不思議そうに見た。
「・・・・どうしたの?」
「あ、体育の時、ヘディングをミスっちゃって・・・。」
ちょっと変に首を捻ったらしい。痛みは取れたが、まだ少し突っ張るような感覚がある。
「そう・・・・・大丈夫?」
「まあ、寝れば治るさ。・・・ところで綾波はどうだった?バレーの方。」
そう問われて思い出した。あの時胸の辺りに感じたもやみたいなものが、また膨らんでくる。
心の中でフワフワと掴み所の無いその感情を、レイは少々持て余した。
(なんだろう、この気持ち・・・・。)
交差点で信号待ちをしながら考え込む彼女の表情を見つめながら、シンジが問いかけた。
「何か、いいことでもあった?」
「・・・・どうして?」
「何となく・・・・・嬉しそうな顔してるな、と思って。」
(・・・・・嬉しい?)
パチンッ
胸の中で膨らんだものが音を立てて弾け、心地よい感覚がじわりと染み渡る。
―――嬉しかったんだ、わたし。
みんなから必要とされて。力を合わせて頑張って。
みんなに褒めてもらって。
くすぐったいような、恥ずかしいような、なんだか浮き立つような感覚。
それが嬉しいからだったのだと、いまさらのように気付いた。
「そう・・・・そうかもしれない。」
いま、微笑んでいるのかもしれない。確かめるように人差し指でそっと、唇をなぞった。
信号を渡りきった先の曲がり角で二人は立ち止まった。ここからは反対方向になる。
「じゃあまた、綾波。」
シンジが云うと、仄かな微笑を湛えながらレイは彼の方に向き直った。
自分で気付かなかったことを教えてくれた。何より、自分の変化に気付いてくれた。
「―――ありがとう、碇くん。」
「え・・・・?あ、いや、どういたしまして。」
少し面喰った顔でシンジが応える。
「じゃあ、また明日。」
「う、うん・・・・またね。」
普段より柔らかい表情のレイに挨拶を返しながら不思議に思う。
(・・・・・・何で ”ありがとう” なんだろう?)
彼女の後ろ姿を見送りながら、また首を傾ける。コキリと軽い音だけ鳴った。
< 続 >