< ever : 4話 − 3rd パート >


− e v e r −

「 バランス 」


ジリリリリッッ!!けたたましく騒ぐ目覚ましの音が朝の静寂を破った。
面倒くさそうに布団から這い出た白い腕が、枕元をウロウロ探索する。
目標を捕獲した指が目覚ましの息の根を止め、獲物を布団の中に引きずり込む。
再び訪れる至福の沈黙。だが束の間の平和は、扉を激しく叩く音によって壊された。
「マナ〜〜ッ!!起きなさい!何時まで寝てるつもり!?」
扉の向こうからでもよく通る声とゴンゴン鳴り響くノイズが、眠りの海に沈もうとする意識を強制的に引き揚げる。
「・・・・・・ふわ・・・・・もうちっと・・・・・・。」
布団からソロリと顔を出し一声、抵抗を試みる。だが寝言のようなヘロヘロの抗議が届く筈もない。
夢の中へ意識を半分置き去りにしながらも、覚醒したもう半分が手に持った時計を覗き見る。
遅刻!!!!
瞬時に目が覚めた。だらけきってた脚が布団を弾き飛ばし、素早く跳ね起きる。
「ちょっとお母さんっ!!起こすの遅いってばっ!!」
パジャマのままドアを開けると、ひきつった顔の母親が腕組みして立っていた。
「・・・さて質問。こんな時間まで太平楽に寝てたのは一体どこのどいつでしょう・・・・?」
「あ・・・・・ア、アハハッッ、あったしかなぁ・・・・・?」
「正解。」
云うが早いか、笑ってごまかそうとするマナの頭をぺチンと叩く。
「ヘラヘラしないで、さっさとその寝ぐせだらけの頭をなんとかしてきなさい。」
「ふわ〜〜い。」
裸足のまま廊下をダッシュすると、階段を二段飛ばしで駆け降りる。
「静かに降りるのっ!」
とりあえず怒鳴ったが、どうせ言ってもムダなことは分かりきっている。
(やれやれ・・・・・いつの間にあんなガサツな子に育ったんだろ・・・・・?)
マナと瓜二つの紅茶色の髪をかき上げ、あれで彼氏とか出来るのかしら?と我が娘を案じる母親だった。

洗面所へ向かうにはダイニングを通過する。食卓の前を横切ると弟のケイタが食事をしていた。
「おっはよ、ケータ。」
おざなりな挨拶で目の前を素通りしようとしたマナが、ピタリと立ち止まる。
「ちょっとぉ!なにアタシのおかず食べてんのよ!!」
「別にいいじゃんか。どうせ今からメシ食ってる時間なんて無いくせに。」
「だからって勝手に人の朝ごはんとらないでよ!」
ケイタは今年、第壱中学に入学したばかりの一年生。2つ年下だが、身長はマナやシンジよりも更に高い。
おまけにこの頃、気弱だった弟がよく口ごたえするようになったのが、なんだか面白くない。
「メシよりさぁ、その髪の毛なんとかした方がいいんじゃない?笑われちゃうよ、誰かさんに。」
サクリと痛いところを突いてくる。昔は口喧嘩なら必ず勝っていたのだが、最近は黒星がポツポツ増え始めてきた。
(む〜〜、ケイタのクセに生意気!)
ジロリと睨み返したが、今朝はマナの負けである。憶えときなさいよと胸の内で捨てゼリフを残し、洗面所へ向かう。
冷たい水で顔を洗い、鏡を覗く。ミルクのような色白の肌を水滴が滑る。もう日焼けのあとはすっかり消えていた。
ドライヤーとブラシ、ウォータースプレーを武器に髪と格闘するが、これがまた手強い。
元々のくせっ毛に寝ぐせが絡みついて、解きほぐすのに骨がおれる。
(・・・・あたしの髪って母さん似よね・・・・・お父さんの方が良かったなあ・・・・。)
ケイタの真っ直ぐな黒髪は父親似である。ちなみに彼の身長と大人しそうな顔も父譲りなのだろう。
母から貰った髪を嫌うわけではないが、サラサラヘアには女の子として憧れる。
(ストレートパーマでも試してみよっか?シンちゃん何て云うかなぁ・・・・・・。)
にへらっ、と頬が緩みかけたが、今は浸っている余裕はない。とりあえず妥協出来るレベルまで髪型を直す。
身支度を整え鞄を掴む。マナの焼き魚はケイタによってきれいに殲滅され、白御飯だけが虚しく残っていた。
犯人のケイタはとっくに逃亡。キャメルクラッチ決定、と心に誓う。
「じゃあ、いってきまーす。」
「マナ、お弁当持った?」
「だいじょ〜ぶ、自分を置いてってもそれだけは忘れないから。」
「・・・たまには忘れなさい。」
いつも考えてるわけじゃないもん、とちょっとだけ反論。靴紐をピッと結び、疾風のように駆け出した。

家を飛び出したマナは五月晴れの下、自慢の脚力を駆使して学校へと走る。
透明な朝の空気が肺に流れ込む。濃さを増す緑が太陽の光を反射しながら、さらさらと揺れる。
だがその清々しさを味わう余裕も無い。一心に走りながら時折り腕時計を覗いてはタイムを計る。
(ん・・・・このペースなら、ちょっとばかし歩いても大丈夫ね・・・・。)
もっともその代償として、朝ご飯という貴い犠牲者を出してしまった。
校門の手前まで近づくと脚をゆるめる。余裕が出たのと、目の前を歩く二人が目に入ったからだ。
「綾波さーんシンジくーんオハヨーーッ!」
ハアハアと息が切れそうなところを、一息で元気良く挨拶する。
「おはよう、マナ。」
「おはよう、霧島さん。」
シンジとレイも振り向き、挨拶を返す。シンジはともかく、レイがこの時間に登校しているのは初めて見る。
「綾波さん・・・・・・ハァ・・・珍しいよねこ・・・・んなじ・・・・・・時間て。」
「・・・・今朝、少し遅かったから。」
「ははっア・・・・アタシも。ちょっ・・・・・と寝坊しちゃ、って・・・・・・ふぅ。」
「マナさあ、喋るのと深呼吸するの、どっちかにしたら?」
「・・・・・あぃ・・・・・。」
歩きながら呼吸を整える。下駄箱まで来たらかなり落ち着いた。
「よし、ふっっかつ!」
「どうせ家から全力疾走したんでしょ?」
「んーっ、全力じゃないよ。まだ余裕あるもんね。」
「そんなに汗流しながら言うセリフじゃないと思うけど。・・・ほら、ちゃんと拭いて。」
シンジは胸ポケットからハンカチを取り出し、マナに差し出す。
「へへっ、ありがと。有難く使わせて戴きます。」
嬉しそうに微笑みながら汗を拭うその様子を、レイが立ち止まって見つめていた。
「えと・・・・どうしたの?」
マナは不思議そうな顔をしながら、無意識に自分の髪をかき上げた。
(寝ぐせ、直ってないかなぁ・・・・?)
「・・・・・何でもない。」
上履きに履き替えたレイはさっさと歩き出す。
「あ、綾波、ちょっと待ってよ。」
「遅刻する・・・・先にいくから。」
一瞬こちらを振り返ったレイは 「じゃ」 と言い残し、小走りに去って行く。
「・・・・ねぇねぇ、あたし、なんかヘン?」
「別に・・・いつもどおりだと思うけど?」
ハンカチを返しながらシンジに訊ねたが、こういう事で彼に鋭さを求めるのは無理な注文であった。

授業の合い間にお手洗いにいったマナは、そこで偶然、レイと顔を会わせた。
マナが挨拶するとレイは無言のまま肯き返す。鏡の前でマナは櫛を取り出し、髪の毛をちょいちょいと撫で始める。
ふと、隣で手を洗うレイに視線を移す。織り重ねた銀糸さながらに硬質に輝くその髪を、しばし見つめた。
「綾波さんてさぁ、いつも髪のお手入れどうしてるの?」
「え?・・・洗って櫛で梳かして、・・・・・それだけ。」
「それだけ!?何もつけないの?」
「ええ。」
「へえ〜っ!!じゃあそのヘアスタイルって、生まれつきなんだぁ。」
マナの声に羨望が混じる。頬を縁取るように流麗なカーブを描くレイの髪筋は、全く崩れてない。
「てっきりアタシ、普段から美容室とかでパシッとセットしてるんだと思った。」
「いけないかしら?」
「まさか!?・・・いーなあーっ、いつ見てもキマッてて。」
「・・・・良くない。この髪、嫌いだから・・・・。」
手を拭きながら、若干沈んだ声で応える。
「いいと思うけどなあ〜。アタシなんてほら、こんなだし。」
二人の顔が鏡に納まるよう顔を近づけるが、レイは正面を向かないでスッと目を逸らす。
「・・・・・鏡も、嫌い。」
そういえばさっきから鏡の方を見ようともしない。
「・・・・あ、ご免なさい。調子に乗りすぎよね、わたし。」
少しではあるが彼女の過去は小耳に挟んでいる。ちょっと無神経過ぎたかなと、心の中で反省した。
「いい・・・・。気にしてないから。」
「ありがとう。」
ホッとしたように笑顔を返すマナは、さっきからレイが一度も視線を合わそうとしない事に気が付かなかった。


「ん〜〜待ちくたびれたあっ!!おなかペコペコ、ごはんごはん。」
待ちに待った食事の時間。いつものように屋上でお弁当の包みを拡げていると、早速トウジがチャチャを入れてくる。
「いつぞやは人の食い意地にケチつけおって。やっぱお前もメシのことしか頭にないんやろが。」
「お前も、ってことは自分がそうだと認めてるわけよね?トウジ君は。」
ようやく食べ物にありつけたマナは、サラリと機嫌良く流す。
「あ、美味しそうな焼き魚めっけ。いただき!」
そう言うが早いか、シンジの弁当箱にひょいと箸を伸ばす。
「も〜っ、またそうやって人のおかず取るんだから。」
「あたしだって朝ごはん、ケイタに横取りされたんだもん。これでお互いさま。」
「あーのねぇ、そんなの僕と関係ないでしょ。」
「怒らない怒らない。・・・はいっ、アタシのお弁当箱からどれでも好きなもの取って。」
しょうがないなぁと苦笑しながら、シンジは玉子焼きを選ぶ。
「あれ?ハンバーグでもいいのに。」
「いいんだよ。この厚焼きが美味しそうだったから。」
実際、遠慮などしていない。なんだかんだ云って気安い仲だ。そんな二人のやりとりを見たヒカリはクスリと笑った。
「ほんと仲良いわよね、二人って。」
「いやもうイインチョ。コヤツらいっつもこれやから、見てるほうは熱うてかなわんで。」
「そうそう、『まぬわぁ〜っ』 『シンちゅわ〜ん』ってな。」
自分で自分の肩を抱きながらクネクネ体を揺らすケンスケに、マナとシンジの冷たい視線が刺さる。
「もうケンスケッ、気持ち悪い真似しないでよねっ!」
「僕らがいつ、そんなことしたんだよ?」
「いやぁ〜、それはちょっとぉ、恥ずかし過ぎて言えませんねぇ〜。・・・解説の鈴原さん、どう思われます?」
「そらアンタ、ホンマは影に隠れてあないな事や、こないな事とか・・・・。グゥエッヘッヘッヘェ〜ッ!よろしゅうおますなぁ〜〜。」
ニヤニヤ怪しい笑いを浮かべたトウジに対し、向けられた視線は更に冷たい。
「・・・・・トウジ、今の笑い下品過ぎ。」
「・・・・・スズハラ、なにイヤラしい想像してんの・・・・・フケツ。」
「・・・・・なんでボク、こんなのと友達やってんだろ・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
四人からの軽蔑の眼差しにたじろぐトウジ。無言ではあるが、最後の視線が一番痛かったりする。
(な、なんで綾波までワイを睨むんや!?)
「チ、チョイ待て!なんでワイばっかなんや!?・・・コラぁケンスケッ!おのれも一緒やったのに知らん顔すな!」
無視を決め込んでパンにかぶりつくケンスケ。都合が悪くなったときの戦略的撤退はお手の物だ。
一人あたふたと踊るトウジに興味を無くしたかのように、レイがすっと立ち上がる。
「あれぇ?・・・・もう行っちゃうの?」
「・・・・・・ええ、食べ終わったから。」
そう言って去ってゆくレイの後ろ姿を、マナは目で追った。
彼女が去り際にこちらを見たときの視線が、ずっと気になった。


(う〜ん・・・・・なんかあれ、機嫌悪そうだったな、綾波さん・・・・・。)
午後、理科の授業中に指でシャーペンをくるくる回しながら、マナは考える。
(・・・・・でも、何でだろ?)
そのまま自分の思考に埋没してしまう。良く言えば集中力があるのだが、その分周りは見えなくなるのが欠点だ。
(やっぱり、髪のことかな?でも、綾波さん気にしてないって言ってくれたし・・・・。)
「―――では1番目の問題。・・・霧島さん、解かるかしら?」
「・・・・わかんない。」
思わず口走ってしまってから、ハッと気が付く。リツコの冷ややかな目線がこちらを向いている。
(ヤバい!よりによって赤木先生のときに!!)
怒られる!と察知したのか条件反射のように席を立った。
「・・・解らなくても、考える努力ぐらいしなさい。」
「アハハッ・・・・そ、そーですよね?やっぱ人間、努力が大事っすよねぇ・・・・。」
余計なセリフだと判ってても、ついつい口に出してしまうのが悲しい性分である。
「あら霧島さん、いい心がけね?その通りだわ。」
リツコがニコッと微笑む。このときの彼女の笑顔が危険だということはクラス全員、身に沁みて承知している。
「じゃあ折角だから黒板の問題全部、お願いするわ。頑張ってね。」
笑みを崩さないまま、楽しそうな声で死刑宣告。ガックリ肩を落とすマナ。
「・・・・・バカだねぇ。」
チトセの呟きが、更なる追い討ちをかけた。

「赤木先生の授業でボケかますなんてさ、いい度胸してんじゃん。」
一日の授業が終わると、チトセが早速マナをからかいに来た。
「ど〜せ愛しのダンナのことでも考えてポ〜ッとしてたんでしょ?熱いね〜っ。」
彼女が言ってるのはシンジのことだ。チトセ個人はシンジを知らないが、そうらしい、という噂は聞いている。
「そんなんじゃないってば。」
意外と素っ気なく答えるマナ。チトセは少しおや?という顔をした。
(別に、イヤって意味じゃないけど・・・・・でも実際、そうじゃないもんなぁ・・・・・。)
その噂の内容がどうだか知らないが、今のところ友達以上にはなってないと自分では思う。
(・・・・ヒカリさんや綾波さんからも、そう見られてるのかなあ・・・・?)
噂とは本人の知らないところで無責任に飛び交うものである。まだ知り合って間もないチトセさえ耳にしていた。
そこでふと、さっきまで考えてた事に思考が移る。
「ねえマナ〜〜っ、部活行きましょ。」
教室の入り口を見ると、同じ陸上部の女子が誘いに来ていた。
「・・・・・ゴメ〜ン。ちょっと今日、用事があって出れないんだ。先生に云っといて。」
彼女に一言断りを入れたあと、一足早く教室を出た。


シンジ達が先に帰るのを確認してから、間を置いてレイは帰宅する。どうも今日は、あまり付き合いたくないらしい。
校門を出て右に曲がると、彼女の脚が止まった。マナが塀に背を預け、どこか人待ち顔で立っていた。
「あ、待ってたんだ。一緒に帰ろ?」
マナが笑顔を向けると心なしかレイは怯んだように見えたが、無言で頷いた。
しばらく肩を並べながら歩く。二人とも会話はない。
前を向いたまま、マナがポツリと話しかけた。
「ねえ・・・・・今日あたし、何か悪いことしちゃったかな?」
「・・・・・・別に。」
怒っているとも、いないとも取れる返事。どっちつかずの答えに、ずっと心に引っ掛かっていたことを口にした。
「それとも・・・・・アタシのこと嫌い?」
「・・・・どうして?」
「う〜ん・・・・どうしてって言われても困るけど・・・・。」
初めて会ったときから、レイが自分に対してどこか遠慮するような、距離を置くような雰囲気を漠然と感じてはいた。
「なんとなく、かな?・・・・それに、今朝から不機嫌そうだったし・・・・。」
レイの視線が徐々に下がっていく。歩調がどんどん遅くなる。
「・・・・・ご免なさい、霧島さんが悪いわけじゃないの・・・・・。もし、そう見えたとしたら・・・・・。」
ピタリ、とレイの脚が止まった。俯いた顔が微かに紅いのは、暮れはじめた太陽の光だけではない。
「・・・・・・ハンカチ。」
「・・・・・え?」
意味がわからず、レイの方を振り返る。
「・・・・・碇くんって・・・・・誰にでもああするのかな、って・・・・・。」
途切れ途切れの言葉に何の話か解らなかったが、しばらく考えて思い当たった。今朝の玄関でのことを。
「もしかして、わたしがシンちゃんのハンカチを借りたの・・・・・まずかった?」
レイは俯いたまま、小さく首を左右に振った。レイが気にしているのは、シンジが涙を拭いてくれたときのことだった。
自分にとって特別だったことでも、シンジにしてみればごく当たり前に、泣いている女の子を慰めただけだったのかもしれない。
だとすれば、彼にとって自分は ”誰にでも” の一人なのかも―――そう考えると、なぜか切なく胸が疼く。
レイの素振りになにかを感じとったマナは、少しカマを掛けるつもりで訊ねてみた。

「ねえ、ひょっとして・・・・・・シンちゃんのこと、好き?」
不意をつかれ、レイは見開いた目を向ける。マナの口許には、少し悪戯っぽい笑みが漂っていた。
視線を合わせたのも束の間、慌てて下を向く。赤みを帯びた頬が、さっきよりも更に紅潮している。
「・・・・・・・・・・・・。」
黙りこんだレイからクルリと背を向けたマナは、二、三歩大股で歩く。ジワリと朱に染まる空を仰ぎ、明るい声で告白した。
「あたしはね・・・・・好きだよ。シンちゃんのこと・・・・・。」
その言葉にレイの心臓が早鐘を打つ。頬に昇っていた血が引き、自分の鼓動が激しく取り乱すのを耳の奥で感じる。
沈みゆく太陽がマナの影を足元まで伸ばす。近づくその影から逃げるように、レイの片脚が無意識に下がる。
二人とも互いの表情は見えない。だがマナには、いま彼女がどんな表情なのか想像出来る気がした。
「・・・でもね、それは綾波さんも同じ。綾波さんの事だって好きだよ。」
ぱっと勢い良く振り向く。とびきりの笑顔を用意して。
「綾波さんも、ヒカリさんも、チトセも・・・・ケンスケやトウジだって、みーんな好き!」
その言葉に、レイはゆっくりと眼差しを上げた。マナの微笑みが、夕日よりも眩しい。
「・・・・・だから、嫌われるのヤなんだ・・・・・。わたし、みんなと仲良くしたいから・・・・・。」
眩しかった笑顔に、沈みきった夕日のような暗い影が差す。その顔から、レイは目を逸らすことが出来なかった。
「・・・・嫌ってるんじゃない、ただ・・・・・。よく・・・・わからないの。」
紅い瞳はただ一点を凝視しながらも、心の揺らぎを映すかのように弱々しく揺れる。
「私は誰かに好かれたことも、好きになったこともないから・・・・・・どうしてこんな気持ちになるのか、よく分からない・・・・・・。」
哀しい言葉だと思った。なぜ彼女が他人を拒絶しているように振舞ってたのか、その理由を垣間見た気がする。
「好かれたことないって・・・・それは違うよ。わたしだって好きな相手じゃなきゃ、こんなに気にしないもん。」
なおも揺れている心を勇気付けるように、静かに言葉を繋ぐ。
「だから・・・・・綾波さんもわたしを好きになってくれると、嬉しい・・・・・。」
そう云って自分に向けられたマナの優しい視線を、レイは初めて笑顔で迎えた。
「ありがとう・・・・。」
どこか恥じらうような柔らかい笑みを見て、マナの顔も翳りを払い飛ばした。
「んじゃっ!!仲直りの記念に、パフェでも食べに行かない?アタシがおごるから。」
「え・・・・?い、いい、気を使わなくても・・・。」
赤くなったレイの背中に回りこむと、肩に手をのせて無邪気に笑った。
「そ〜じゃないって!前から行きたいところあったんだ!一緒に行こうよ。ねっ!」
マナはレイの背中をぐいぐい押しながら強引に連れて行こうとする。
レイはちょっと気恥ずかしくはあったが、くすぐったいような嬉しいような、不思議な気分を感じた。


「たっだいま〜っ!!」
マナの声が玄関から聞えたとき、母親はちらと台所の時計を確認した。
「おかえり。・・・遅かったわね、部活。」
「ん〜〜、ちょっとした付き合いでね・・・・。あ、お母さん、悪いけど晩ごはんいいや。食べてきちゃった。」
「あんたねえ〜っ、買い食いもほどほどになさい!」
「ご免なさ〜い。でも、たらふくパフェ食べてきちゃったもん。へへっ、美味しかったよ〜っ!」
まったく食い意地ばかり、と母親の愚痴が届いてこないうちに、トタトタと二階へ逃げ込んだ。

自室へ入ると、明かりを点けようと伸ばした手を止め、暗いままの部屋へ進む。鞄を置き、ベッドに腰掛けた。
(ちょっとは綾波さんと、仲良くなれたかな・・・・?)
彼女は言葉少なながらも、いくつか打ち明けてくれた。昔のこと。この学校に来てからのこと。そして、ハンカチのこと―――。
自分もパフェをつつきながら色々話した。楽しかった―――そう思う。
仰向けにベッドに寝転がると、真っ暗な天井を見上げる。
(パフェ、甘かったっけかなぁ・・・・・?よく憶えてないや・・・・。)
本当はたらふく食べるどころか、少しばかり残してしまった。
なのに何故か食欲が湧かない。だからあれでお腹一杯なんだ・・・・・きっと。
暗闇に、ほの白い顔が浮かぶ。戸惑いに揺れる紅い瞳。その対極に、彼の顔を思い浮かべる。ずっと見てきた笑顔。
スッと指で、一本の線を引く。二人を水平に結ぶように。
その線の中央を指で差す。が、どちらに傾くか見極める前に、白い手が空想をかき消した。
(いいよね・・・・・・私もシンジも、みんなと仲良くしたいから・・・・・・。)

ふわりと虚空に浮かべた彼女の笑みは、ほんの少し、寂しげだった。


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