わかっている。

本当は、わかっている。

気のせいだってこと。






NEONGENESIS EVANGELION

-Growing Comedian-


Episode:6

決戦、第3新東京市







 死ぬ――!
 真っ白い光と煮えたぎるようなLCLの中で叫んでいた。尾てい骨から湧き上がった恐怖が脊髄を駆けのぼって、はじめて、自分は死ぬかもしれないと感じた。
 そう、僕はこの街――ビルにミサイルが仕込まれているあの街――に来てからの一カ月ちょっと、少なくともこれまでに二度、生死の分け目に、わかりやすく言えば「死にそうな目」にあったはずなのに、自分が操縦するエヴァを全然きちんと動かすことができなかった。でも、少しは訓練を積んで、三度目の正直というか、三度目の出撃で、はじめて自分なりの意思を持ってエヴァに乗り込んだ。
 でも、勇ましい気持ちは出撃直後に蒸発してしまった。使徒の攻撃をいきなり浴びてしまって、自分が「死」に確実に向かって行っている、どんどん死にそうになっている自分の状況を理解というか、自覚した。今から思えば、一番最初の出撃ではずっと混乱しきっていたし、二度目はヤケクソになっていた。どっちも、そのおかげで分からずに済んだ。でも、今度はダメだった。
 地上に出た瞬間に、これまでの二度の戦いにはなかった、敵の遠距離攻撃――僕の語彙で言うと、ビーム攻撃――を浴びて視界いっぱいに光に包まれて、でもやわらかいものではなく、胸に穴が空きそうな痛みを感じた。自分が未知の生命体と戦っていて、それに対抗するためとしてはあまりに突飛な解決策の担い手となった、そのために、今まさに敗北と死のすぐ近くまで来ていることを、絶叫の中で悟った。
 そこから先の事はまったく憶えていない。確かなことは、今僕は生きているということ。つまり、助かった。僕が所属しているネルフもまだ存在している。でもどうやって?それはわからない。
 周囲を見回すと、すぐに自分がいる場所がわかった。この病室には見覚えがあって、ネルフ本部があるジオフロント内にある病院だ。病院なんてそんな行ったことないから、断言はできないけど、たぶんそうだ。
 僕を殺そうとした使徒を殲滅することはできたんだろうか。僕以外にパイロットはもうひとりいる。綾波レイ。でも、綾波が乗る零号機は起動試験を終えたばかりで、ちゃんと動かせるものなんだろうか。
 身体を起こして、ベッド脇の引き出しの上にあるタブレットを立ち上げて、指紋認証と音声入力でログインすると、戦闘記録が更新されていた。タブレットの時計は4時すぎ。僕がエヴァに乗り込んだのは10時頃だったから、あれからとっくに6時間以上経っているってことじゃないか。戦闘記録は速報のテキストしか更新されていなかったけど、必要最低限の事柄は書かれている。これを更新しているのは誰なんだろう、と思いながらさっと目を通すと、次のことがわかった。

・エヴァ初号機は、地上に出て30秒でジオフロントに強制降下された
・その後、使徒はジオフロント侵入のために地面を掘っていること(どうしてあの攻撃を地面に撃たないのだろう?やっぱり、使徒ってよくわからない)
・使徒の攻撃は荷電粒子砲というもので、まっすぐ飛ばすことも難しいけど、使徒はA・Tフィールドを射線上に敷くことで磁場の影響を受けないようにしているとのこと(よくわからないけど、ビームとは呼ばないらしい)
・葛城一尉の立案により、他所から持ってきた大砲で使徒を狙撃する予定
・作戦決行時間は追って連絡。今回は零号機も参加予定
※戦闘に出たパイロット、碇シンジは一度心肺停止状態になるものの、現在のバイタルは良好。ジオフロント内の特別病棟にて治療中

 最後の注釈だけは見たくなかった。心肺停止だって?それでも無事生きていて、なのにこの真っ白い病室に一人ぼっちで放り出されているのが僕の現状ということらしい。僕は本当に人類の行方を握る人型兵器のパイロットなんだろうか。手厚い保護のひとつやふたつ、あっていいじゃないか。エヴァに乗る僕は、皆にとって大事な存在のはずなのに。目を覚ましたんだから、僕の健康状態をチェックしにナースが駆けつけてきてくれるのとか、それが普通じゃないのかな。
 それに、父さんは僕の状態をどう思っているんだろう。出て行ってすぐ負けた僕のことを。
 もう一度ベッドに寝転んだ。今度の作戦は零号機が出てくれるようだから、僕はお役御免だろうか。それなら、この冷たい対応にも、納得はいかないけれど緊急事態ならしかたがないかもしれない。何キロも離れたところから、あんな強力な攻撃ができる使徒なんて反則だ。しかも僕はすぐ負けてしまったから使徒はピンピンしていて、もうじきここにも来ようとしている。零号機がうまくやれなきゃ、今度こそ僕はお陀仏だ。死んだら父さんの夢枕に立ってやろうか。
 それくらいしか思いつかない自分の発想の貧しさと、恨み節を口に出せない自分の口下手さといったら、ひどいものだと思う。でも、父さんはもう、とっくに僕なんかいらないかもしれない、綾波がいるから――そんな可能性を考えるくらいなら、貧しさにだって縋りたい。
 最新技術が結集している組織に併設された病院だからなのか、この病院はひとつひとつが笑えるほど最新だ。窓からはジオフロントの景色が見えるけど、リモコンのボタンを押すと曇りガラスに切り替えることができる。カーテンも同じようにリモコンで動かせる。さっき動かしたタブレットはさっきのようにセキュリティ・チェックを通せば個人ページを開けるし、病室の出入り口は自動ドアだ。電源が落ちれば手動で動くようにもなるらしい。今は停電中ではないので普通に動く。それも、びっくりするほど早く、音もとても静かに。
 だから僕は、部屋をきょろきょろ見渡していなければ、ドアが開いたことに気づけなかったと思う。
 最初に目に入ったのは、開いた入口から入ってきた、食事が乗ったワゴン。運び手はその次だった。当然だけど。当然じゃないのは、運んできたのがどうしてだかスタッフではなく(ほんとうにどうしてだろう?)、零号機のパイロットである綾波だったこと。もういちど身体をおこして、ゆっくりワゴンを運んできてくれるのを見つめていると、綾波は鞄から僕がさっきいじったものより小さな手帳型タブレットを取り出して、僕と同じように生体認証を行った。
「綾波レイ」
 綾波の涼やかな声が、広すぎる個室にかすかに響いて、そして消えていくのを聞いていると、綾波がその声と視線を僕に向けた。
「明日、午前0時より発動される、ヤシマ作戦のスケジュールを伝えます。碇、綾波の両パイロットは、本日1730、ケイジに集合。1800、初号機及び零号機、起動。1805、発進。同30、二子山仮設基地に到着。以降は別命あるまで待機。明朝、日付変更とともに、作戦行動を開始」
 決して早口でもないのに聞き取れないほどあっという間に喋り終えたように感じたのは、僕の脳がまだおかしいとか、そういうことだろうか。どうも聞き取りづらかったけど、ついてこられた範囲では、なんか、僕も出撃すると言っていたような気がする。
 ちょっと待――僕の口がようやく開いたのを見計らったように。彼女は食事が乗ったワゴンの下から殺菌済のプラグスーツを放り投げて寄越した。
「これ、新しいの」
「いや、僕は――僕、また、あれに乗らなきゃいけないの?」
 あんな怖い思いしたのに、という言葉は飲みこんだ。でもきっと伝わっただろう。
 同時に、乗る直前には「今度こそ」とか思っていた自分がいたことを思い出した。僕の戦いはここから始まるんだとかなんとか。寒い攻撃は嫌だなと思ったこともあったっけ。
「そうよ」
 彼女の返答はICカードを認証した改札機のように早かった。親切心からは遥か遠い、その応答をじわじわと実感する。
 僕はいま、綾波レイと話しているんだ。
 そうだ、とても今日のこととは思えないけど、僕は綾波にすごく失礼なことをした。ふつう、ひとりで住んでる子にあんなことしちゃったら、一生恨まれても文句を言えない。挙句父さんの悪口を言って、問答無用でひっぱたかれて――あれはちょっと、意味わかんなかったけど。でもあんなことした上に怒らせたんだ。綾波からすれば、きっと僕に冷たい振る舞いをして当然なんだった。ただちょっと、僕はさっき死にかけたばかりなので、優しくしてくれないとつらい。だって、死にかけた――死にそうだったんだ。あれを忘れるためなら、午前中のしくじりを思い出すことだって許して欲しかった。でも綾波は、そんなことはお構いなしに赤い目で僕を殺そうとしてくる。
 でも、なんとなく、らしいなとは思う。思いやりのある綾波なんて、見たことないし。
「だって、僕はさっきさ……嫌だよ、あんな怖い思いしたのに」
 さっき飲みこんだはずの言葉がすらすらと出てきてしまった。瞼の裏に貼りつく使徒の閃光が頭の中から這いずり出てきて、全身に鳥肌が立った。熱すぎるLCLが顔面にヒリつく感覚も胸に受けた熱さも、過去に確かにあった現実として僕の脳みそを駆け巡る。あれは妄想でも空想でも訓練でもないし、そういう取り組みの想定内でもない。記憶と恐怖が間違いのないことを教えてくれる。僕は死にかけた、もうすぐ死ぬところだったんだ。
「嫌なら、寝てれば」
 想定外。なんの想定もしていなかったけど、それにしても。
「赤木博士が、初号機のパーソナルデータの書き換えの準備をしているから、初号機にはわたしが乗る」
「いや、でもそれは」
「搭乗拒否の場合は命令違反だけど、あなたが乗りたくない時のために、葛城一尉は解雇処分の準備をしているわ」
 綾波の言葉をゆっくり受け止め、理解すると、リツコさんにしてもミサトさんにしても、僕が乗らない事は想定内、織り込み済みで作戦を計画中、ということ。
 怒るより、納得してしまった。
 そりゃそうだよな、僕なんかがあんなメにあったら、乗りたくないと言いだすなんて、それこそ僕でも想像がつく。それくらい、僕は臆病な人間なんだから。でもやっぱり、本当は期待されてなかったってことかと思うと、堪えたし、二人は僕に期待してくれてるんじゃないかとすら思いそうになっていた恥ずかしさは、言葉にならない。
「食事、ちゃんと食べて」
「なにも、食べたくない。大体、どっちなんだよ、僕は、乗るべきなの、乗らなくていいの」
「それは私が決めることじゃない」
 それはそうだけど、そう聞こえた。
 綾波が、自分の腕時計をちらと見た。僕は腕時計をはめる習慣がない。同年代には少ないと思う。携帯電話があるのに、どうして時間をたしかめるための時計が必要なんだろう?だから、自分と同い年の人間のその仕草は少し珍しく映った。黒く細いベルトが彼女の細くて白い手首に巻きついていた。なぜか、思わず目を逸らした。
「出発は60分後。乗るかどうかは30分以内に決めて、技術部へ連絡を。内線番号600で繋がる人へ申し出れば、あとのことは大丈夫だから」
 言うや否や、開いたままだった手帳を閉じて鞄にしまうと、さっと踵を返した。ここまで含めての伝令だったみたいだ。病室の扉がさっきと同じように不必要に素早く開くと、一言だけ言葉を残していってくれた。ただし、振り向いたりはしなかった。僕は、綾波の赤い瞳は、少し離れてしまうと赤とわからなくなるのだ、ということを初めて知った。
「さよなら」
 涼しげな声のかすかな残響音も、静かに閉まった扉とともに消えてしまって、それからは平等な静寂が病室を包んだ。
 廊下から差し込む人工の光を浴びたときの綾波は、白い肌が透けてしまったかのようだ。自分の身体を見下ろして、日本人らしい肌を見つめて、ようやく気がついた。僕は裸だった、しかも上半身だけじゃなく下半身も!掛布団が臍まで覆い隠してくれていたので僕の僕を見られちゃいないと思うけど、それにしても、裸ってことに気づかないだなんて、なんて大間抜けなんだろう。
 あらためて、自分の身体を見た。そんなこと、普段はまずしない。自分で言うのも嫌だけど、細い。こんなやせっぽちの人間が世界を救うための戦いに参加しているなんて、一体誰が信じるんだろう――すぐにそれを知ってる友達が思い浮かぶ。僕が戦う姿を見た、友だちになれたふたりの同級生のことが。スポーツ万能で大食漢のトウジと、カメラとミリタリーオタクのケンスケ。この二人に助けられた。
 ――おかしいな、前の戦闘中に二人を助けたのは僕なのに、どうして今「助けられた」なんて思ったんだろう。
 でも、僕は、トウジを見習うべきだった。バスケをしているトウジはかっこよかったし、昼食の食べっぷりは見ていて気持ちがいい。だから僕も、食事のトレイを引き寄せた。本当はきっと、トウジみたいなヤツがパイロットに相応しいんだ。身体つきも立派だし、僕のように誰かを僻んだりしない、いいヤツだから。いきなりトウジみたいにはなれないけど、少しくらいは真似できるかもしれない。
 そして、もう一度タブレットを開いて「ヤシマ作戦」の項目を探した。僕はネルフやエヴァの話題に執着するケンスケを、少しは見習うべきなんだ。
 そうでなきゃ、僕は今度こそこの街を出て行かなきゃいけなくなる。それも、今度はみんなにそっぽを向かれた形で。そしたらきっと、みんなの中の僕がいなくなってしまう。父さんは二度と僕を必要としないかもしれない。かもしれない、じゃなくてきっとそうだろう。からからに乾いて、風化してしまうだろう。
 そんなのいやだ。だから今は、スプーンを掴んで食べなきゃいけない。そうでなけりゃ――みんなの中の、碇シンジが乾いて死ぬぞ。



◆◆◆



 葛城ミサトは、今回の作戦の要となる陽電子砲の使用にめどが立ちそうだという中間報告を聞いて、今頃途方もなく面倒くさい計算をしているに違いない赤木リツコと彼女の部下達の有能さに感謝した。徴発の許可が下りたと同時に研究所に乗り込んでの拝借――強奪スレスレだ。それがいざいじってみて「やっぱり使えませんでした」では、いくらなんでも開発元の戦略自衛隊に対して顔が立たないし、そもそも最も成功率の高いこの作戦に人員も追加予算もすべて注ぎ込んでいるのだから、今更引き返す事も出来ない仕事だったが、それを「予定通り」運用させてみせる彼等の有能さをねぎらう気持ちに嘘はない。
 ミサトは次々と更新されていく各部の進捗状況の中で、特に自分が目を通すべき箇所にだけ集中した。些末なことを気にする余裕はないし、些末でないことも、いちいち自分が決めようとしていたらただの嫌われ者でお邪魔虫だし、そもそも間に合わない。ミサトは自分を、本作戦準備中に停滞しそうな部署間をつなぐハブだと位置づけていた。作戦指揮官の本領は、実際には24時を回ってからになる。それまでは、ひたすら連絡、連絡、連絡。「ホウ・レン・ソウ」という、誰かが考えたダサい「社会人の常識三原則」なるものがあるが、今のミサトにとっては連絡に次ぐ連絡だ。もちろん、時には使用許可が必要な車輛にサインもするし、一方では、病室で眠っていた『三人目の少年』こと碇シンジの確認も行う。
 作戦の連絡をレイに任せるように指示したのもミサトだ。この街に来てからまだ一カ月あまりのシンジには、この特務機関ネルフの中でも知り合いが極端に少ない。そもそも、パイロットの機密情報が漏れる事を避ける意味でも、操縦者の少年少女と職員の不要な接触がないように計らっているので、知り合いが少ないのは当然のことだ。しかも瀕死の状態に陥ったところから回復したばかりの内向的な少年が、知らない人間から今後の予定を伝えられても拒否するのではないか、とミサトは考えた。自分が行ければそれが手っ取り早いかもしれないが、ここから20分かかる病院を往復している余裕なんぞあるはずもない。そこで、唯一の同い年の綾波レイに頼んだ。今朝は彼女のIDカードをシンジが届けに行ったし、その時会話がほとんどなかったとしても、知らない人間よりはいいだろう。そして、ここも重要な事だが、この状況下でも、綾波レイにはシンジに甘いことを言う感傷や感情的な発言は心配しなくても良い。そういった点から見ても、碇シンジをひとまず動かすには彼女が適任だと考えたのだった。それが功を奏したかどうかは不明だが、シンジが食事をし始めたという報告が入ってきた時は、思わず喧騒の中で胸を撫で下ろした。
 自分たちがどんな作戦を立てようとも、相手が使徒である以上はエヴァでなければ勝負にならない。パイロットが自ら動いてくれなければ、生体兵器であるエヴァとの高いシンクロ率も望めない。リツコは強制的な搭乗も視野に入れていたようだが、そんな事をしても不確定要素が増えるだけで、弾除けにも不十分だ。それならば彼は計算に入れるべきではない、というのがミサトの見立てだ。だからレイにも、シンジが搭乗を望まない場合も処罰はない事を伝えるように言っておいた。もっとも、その場合はシンジよりもシンクロ率の低いレイ一人での作戦となる。その場合の成功率は8%から2%まで落ちる。薄氷もいいところだ。
 今回の作戦は、実に単純だ。大砲を用意して、エヴァで狙撃。
 小細工はない。が、問題はある。
 まず一つには、そもそもの準備だ。敵はジオフロントの装甲板全22層を24時06分に貫通する。作戦開始を24時00分と設定しているが、狙撃地点は作戦開始時間まで敵に撃たれるようなことのない距離からの狙撃となる。その距離では、使徒のA・Tフィールドを中和できないため、使徒のそれをも貫通せしめる1億8千万キロワットもの大電力が必要だが、その仮設電力設備の設営が時間内に終わるかどうか。基本的かつ根本的なところで、今はそのために関係各位の協力のもと、多くの人間がこの作業に腐心している。
 もう一つの問題は、狙撃手だ。狙撃に使う陽電子砲は、使徒の荷電粒子砲同様、地球の磁場を受けて直進してくれない。その改善がうまくいかずに戦略自衛隊の倉庫に眠っていたものを徴発したので、ただ撃つだけでは当たらない。これの解決方法そのものは簡単だった。使徒同様、弾道誘導をA・Tフィールドで行えばいい。ミサトは詳しい事はわからないが、使徒と同様の方法でA・Tフィールドで砲弾を誘導できれば、まず当てられるとのことだ。
 しかし、それだけの距離までフィールドを展開するとなれば、ある程度の高いシンクロ率が求められる。それは、再起動試験を終えたばかりの零号機とレイには望めない。だから、シンジでなくては物凄く困る。シンジがいないと成功率が下がるのも、ひとえにそこに尽きる。ただ、無用の混乱を避けるため、そのことを知っているのは、作戦部および技術開発部の一部の関係者だけだ。諦めて手が遅くなっても困る。C級職員までには、作戦成功率は30%と伝えてあるくらい、まずは時間との戦いだ。
 ミサトは再び乗ってくれそうなシンジに感謝の気持ちを伝えたかったが、今はそういった感情に煽られている場合ではない、どこで問題が発生するかどうか読めない状況で、闇雲に席を外すわけにはいかない。
「葛城一尉、5分だけでも休んでください」
 日向マコトが声をかけてくれた。このタイミングで、コーヒーを持って。一事が万事気の利く年下のこの部下がいることは、間違いなく幸福な事実だと胸に刻みつけ、気遣いを受け取った。拒むだけ時間の無駄だ、という合理主義的なところも自分と似ている。少し無駄口や憎まれ口が多いところもだが。
 空いた片手で携帯電話を取り出し、病院への連絡先を呼び出して、やめた。今の時点での妙な刺激が、作戦遂行に益をもたらすか、という疑問が手を止めさせ、結局、自宅のwebカメラに繋いだ。飼っている温泉ペンギン、ペンペンのねぐらに設置してあるのだ。彼はいつものように小型の安楽椅子に、仰向けに寝ていた。ペンギンとしてはあるまじき姿だが、品種改良された彼にそういう常識は通じない。カメラは彼の正面で、これは柔らかくふくよかな腹部がよりでっぷりと映る角度だ。規則的に上下する鳩胸のふさふさした毛がまた愛おしい。30手前で、死ぬ前に話しておきたい恋人もいないという事実に、思い出しても仕方のない男が一瞬よぎったが、本当に、今は思い出しても仕方がない。万が一、億が一、感傷と重圧に耐えかねて電話したとしても、特殊監査部という文字通り特殊な部署にいる男だ、連絡がつくはずがない。
 ――男も女もないわ、こんな時に。
 皆死ぬか、生き残るか。そのどちらかしかないのだから。
 あと2分。貴重な時間だ。ミサトはWebカメラを切って、メールボックスを見た。映画と酒屋のメルマガが一通ずつ。目を通すんじゃなかったと後悔がよぎる。それらのメールの下に、今朝届いて返信していないメールがあったことを思い出した。アドレスを登録していなかったので、差出人の欄に、名前と数字のシンプルなメールアドレスが表示されている。例の飲み会で初めて会った、技術部員の座間ハヤトからだ。大学時代の友人達のような気楽さで付き合いやすい、いい男だった。上背だが足が短く、ずば抜けて頭の位置が高く、雛壇に飾られたお内裏様を思わせた。その癖酒には弱く、しかも大の甘党で、初っ端からカルピスサワーなんぞ頼むような男でもあった。
 あの恒例の飲み会も、この間でお仕舞かもしれないんだな、と思うと寄りかかった壁の冷たさが際立った気がした。気を引き締め、コーヒーを胃に流し込む。あと2時間でとりあえず食事だ。どうせケータリングのおにぎりかサンドイッチを一つでもつまめればいい方だろうが、まずはそこを目標に再び全力疾走する準備を整えた。鼻歌の一つでも歌うくらいの気楽さがあってもいいのかもしれないが、あまり思い浮かばない。
 廊下のごみ箱にコーヒーカップを投げ入れて歩き出すと、ひらめいた歌を口ずさんだ。今でも夢はパティシエだという、件の大柄な技術部員が呂律の回らない舌で歌った下手くそな絵描き歌。よくよく思い出してみれば、菓子職人を夢見る青年にこれを歌わせるのは失礼な話だった。
「棒が一本あったとさ、葉っぱかな……」
 謝るにせよ、こんな呑気な絵描き歌を唄える飲み会をまたやるにせよ、そのためにまず、明日を迎えなくてはならない。その事実は確かに、新たな活力を生んでくれそうだった。
「カエルじゃないよ、アヒルだよ……っと」



◆◆◆



『シンクロ率/49.2%』
 指示通りに第6ケイジに着いてみると、綾波はもうエヴァに乗っちゃったのか、姿が見えなかった。綾波は目立つ服装と髪の色をしているから(服装に関しては、僕も人のことは言えないけど)、見つけやすい。ふらふら通路で油を売るような様子を見たこともないし、きっともう零号機に乗ってるんだろう。僕はがっかりしている自分のままで指示通りにエントリープラグに乗り込んで、そろそろ慣れてきたエヴァとのシンクロを行った。一番最初に乗った時よりシンクロ率が上がっているのは、訓練のたまものだって、今日の最初の出撃のときに言われたっけ。あのときは、意気揚々としたんだった。なにやってんだろ、ほんと、浮かれちゃってただなんて。
 そういえば、僕はどうしてがっかりしてるんだろう。綾波に会えたとして、なにか話ができるわけじゃない。万が一話ができたとして(話をするのが『万が一』だなんて!と思うけど)、さっきの様子じゃマトモな会話になる気が全然しない。
『初号機、発進準備開始』
 LCLが満たされた中でもアナウンスは滞りなく聞こえる。それどころか、視界が揺れたりすることもない。理由を一度講習で習ったけれど、難しくてちんぷんかんぷんだった。戦闘のときに色々サポートしてくれる、技術部オペレーターのマヤさんによると「細かい理屈はわからないだろうから、結論として、あなたの呼吸の手助けや衝撃を緩衝してくれるものだから、心配は要らない」そうだ。しかも、肺まで満たしても、最終的には身体に浸透して吸収されていくので、吐いたりする必要もない。便利すぎて気持ちが悪いよな、と思うのは僕だけなんだろうか。そもそもどうやって作っているんだろう。このエヴァに関わる全て、きっと教科書やネットで検索しても出てこない、すごい技術ばっかりだ。まあ、背中にコンセントがあるっていうことは親しみやすいけど、お金はどれくらいかかっているんだろう、一機作るのに。ケンスケは、原子力空母一隻作るのにいくらかかるって言ってたっけかな。何千億とか、何兆とか。残念ながら思い出せない(ちゃんと聞いていないから)でいると、気がつけばブリッジから運ばれた先の排出口で、僕らの移動先に一番近い出口に出るため、ここからは下駄(エヴァを固定する、足にはまっているロックのことをみんなそう言う。ネルフに関わるようになったわかったことは、大人の世界でもあだ名とか愛称とか通称が、結構な幅を利かせているということだ)を外して地下道を歩いていく。地上に出たら専用の航空機にエヴァを取りつけて、作戦場所まで移動する予定だった。エヴァで街の外に出るのも、飛行機にくくりつけられるのも初めてだ。訓練でもやったことがない。僕はまだ基礎訓練ばかりだけど、今回の作戦はこんな風に移動ひとつとっても例外的な作戦なんだろう、ということがなんとなくわかった。エヴァの力だけでは勝てない敵、というのは確かにネルフにとって例外だと思うけど、乗ってるのが僕なので、僕にとっては当たり前というか、準備不足なんじゃないかと思える。
 僕の前にいる零号機が下駄を外して(脱いで、の方がいいのかな)地下道を歩いていく。ここはもうジオフロントの東端で、暫く歩いていくとリフトがあるのでそれで地上に出られるらしい。有事に備えて、天井都市を経由しないでもエヴァをジオフロントから地上へ運び出す設備だ、と今回の作戦マニュアルの解説に手書きの注釈で書いてあった。
 初号機も下駄を脱いで、坑道を歩く。両肩についているライトをオンにして、目の前を歩く零号機のケーブルを踏まないように操縦をオートに切り替えた。これで僕はあと何分か、零号機の背中を見ることだけが自分の仕事になった。ミサトさんからは、操縦に慣れるために極力マニュアルで操作するように言われているけど、とてもそんな気にはならない。大体、僕は今夜、これから大仕事なんだ。これくらいのサボりが許されないなら、それこそパイロットをやめさせてもらいたい。今は幸いみんな大忙しで、ただ移動しているだけの僕にかまけている暇なんてないだろうから、注意されたりしないだろう。
『初号機パイロット、こちら綾波レイ』
 うわ、まさかの通信、綾波から!?
『10秒後に零号機の操縦をマニュアルモードに移行します。オートとの歩行速度の誤差が生じるかもしれません、気をつけてください』
「初号機、了解」
 これは聞いていた通りだったので、念のため操縦桿に手をかけた。咄嗟にマニュアル操作にもできるようにするのも、僕が自分で動かしたいと考えるだけでいい。本当に便利に出来てるよな、こんなことができるだなんて。どうしてそんなことができるんだろう。っていうか、零号機はオートが許されてるのはおかしくないのかな。だって、綾波だって実際の出撃は、これがはじめてなわけだし。
 数歩先の零号機の歩行バランスが、一瞬ぎくしゃくした。本当に一瞬で、すぐまたさっきと同じ調子で歩き始めていった。本当、よくこんな大きなものがスムーズに動いてる。本当――
「エヴァってなんなんだろう?」
 非常灯だけが灯る道はもちろん明るくない。エヴァの両肩のライトも、そんな強いものではない。リフトの昇降場があるだけなので零号機の肩越しに先を見ようにも、地面に傾斜がついているせいもあって先が見えない。まっすぐ歩いているだけのはずなのに、どんどん気が滅入ってくる。紐で繋がれて、ひたすら前を歩かされている。こういう状態をなんというのか、僕は知っている。でも違う、違うはずだ。だって、自分で望んだはずだ、望んでこうなったはずだ、こうなることを。でもずっと歩いていると、なんだかわからなくなってきそうだった。果たして僕は、自分でちゃんと考えて、ここにいるんだったっけ。駅まで追いかけてきてくれたミサトさんを見つけたからここに残ろうと思っただけなんだったら、それってほんとに僕の意思って言えるんだろうか。
 前面右下のモニターにマップを表示させてみると、思っていたよりこの道は短く、もうじきリフトに着くらしい。もうあと2、3分って感じ。地上に出る場所の確認のため、上の街の地図を確認すると、たしかにそこからすぐのところに広大な空き地がある。
『零号機、リフトを確認しました』
「初号機、了解」
 綾波の声にも普通の反応で、普通に返事ができた。これも初めてだ。綾波は全部はじめてのはずなのに、いくら訓練を積んでいるからって、どうして緊張しないでいつもの調子のままでいられるんだろう。エヴァに乗るのに緊張しないだなんて、僕には全然想像つかない。零号機が少し歩みを遅めたのにあわせて、初号機をマニュアルに切り替えた。そうしたくなった。マニュアル操縦だなんて、僕はなにやってんだろう。
 リフトに到着し、縦に並んで下駄を履かせる。固定を確認してリフトが動き出すと、昼間の出来事が瞼の裏から視界いっぱいに広がった。次また撃たれたら今度こそおしまいかもしれない。いやでも、零号機が前にいるなら、撃たれるのは零号機だけで済む?自分は脱出できたりして。リフトの、古いデパートのエレベーターに乗る時のような、重々しい振動が体に伝わる。これはエヴァとシンクロしている自分の脳が感知しているだけで、実際の振動は何重もの緩衝材で和らげられている。振動は強くなるだろうけど、使徒の攻撃に備えて下駄は外したほうが正解じゃないか。
 僕は画面左下のロック表示を左のレバーで選択して、スイッチを押した。緑で表示されていた表示が真っ赤な「UNLOCK」に切り替わると、揺れが一気に大きくなって警報が鳴った。
『こちら司令部。初号機、下駄を履かせてください。ひっくり返ったら真っ逆さまですよ!』
 ミサトさんでも日向さんでもないオペレーターの声が届いた。
「でも、使徒が攻撃するかもしれないし……」
 綾波だって、早く逃げられる状態にした方が良い。
『初号機、マニュアルからオートへ!もしくは姿勢制御を最優先にしてください。落ちますよ!?』
 なに言ってるんだこのひと、と思って全周囲モニターを振り返ると、初号機の腰より低い柵の、その向こう側では、底が見えない縦穴が僕の背中を突き立てていた。ちょっと、嘘だろ。普通の出口のようにもっと狭くないのか、ここは?僕は咄嗟に初号機をしゃがませて、左右の柵を掴んで揺れる機体を支えさせた。正面には零号機の山吹色の両脚が見え、見上げるとさっきまで見つめていた背中が高い壁のように聳えている。こちらを振り向く様子はない。
『初号機、下駄を』
「いやでも、あの」
『でしたら、地上まで7秒です、しっかり掴まっていてください。落ちて損傷させないように』
「は、はい」
 死ぬか、ちょっと壊してしまうかもしれないか、どちらかを選べというなら僕はもちろん後者を選びたい。それだけのことなのにうろたえてしまった。ずずん、とリフトが動き始めより重々しい音を立てて止まって零号機が扉を開ける。
「綾波、気をつけて。敵の攻撃があるかもしれないから、下駄をはずしてから開けたほうがいいよ」
 結果、零号機は僕のアドバイスが聞こえなかったのか、綾波は扉を開けてから下駄を外した。
『零号機、出ます』
「初号機、出ます」
 おそるおそる地上に出て市街地方面を確認する。使徒の姿は見えない。本部からの指示が飛ぶ。
『初号機パイロット、そこはすでに使徒の射程距離外です。零号機を見習って、安心して移動を開始してください』
「……了解」
 見習えだって?僕は身を以て体験したんだ、あの攻撃を。それも、たったの8時間前に。僕の慎重さに、本部も綾波も見習うべきなんじゃないのか。綾波はわかってないんだ、エヴァに乗ることが、どれだけ怖くて恐ろしくて、死にそうになるっていうことが、どういうことか。自分がなくなってしまうかもしれない恐怖が、どういうものか。
 そういえば、綾波は実験中に物凄い大怪我をしたんだったっけ。それなのに、今またこうして平気な顔して(顔は見えないけど)操縦している。怖くないのかな。一体どんなことを考えてエヴァに乗っているんだろう。
 夕焼け空が広がっていた。その中に向かって歩く山吹色の零号機は、太陽に溶かされそうなほど真っ赤に燃えて見えた。エヴァが溶けたりしたら、パイロットなんてひとたまりもない。ほんとうに、僕は危なかったにちがいない。夕焼けを見て、明日は晴れだと思うより自分が溶かされそうになったことを思い出すようになってしまった。明日が晴れだなんてこと、明日を安心して迎えられる人にしか湧かない感慨なんだろう。
 発着場に着くと、僕たちは誘導通りに機体の固定台の上にエヴァを寝そべらせた。奇妙な形の固定台に思えるのは、僕が素人だからなんだろう。どうみても十字架の形としか思えない固定台にエヴァを乗せると、十字架のてっぺんと左右を専用のワイヤーで航空貨物機にくくりつけられたエヴァは、貨物機に空を引きずられるように飛び立った。A・Tフィールドを展開して空気抵抗を弱めることもできるらしいのだけど(やり方はわからない)、使徒に感知されることを警戒して、今回はそれはなし。だから揺れに揺られていくことになった。はっきり言って気持ちが悪い。密室で揺られることがこんなに不愉快だとは思っていなかったけれど、これもLCLの機能によって大分軽減してくれた。LCL便利すぎ。僕らがどんな状態であっても物事を円滑にするために助けてくれる、万能の液体だとしてもまさか、酔い止めまでしてくれるなんて。あとは、ついでに背も伸ばしてくれれば完璧だ。
 二子山仮設基地までは30分。エヴァで歩いて行ける距離だけど、それにはケーブルの確保が面倒だし、そんな電力を割くのも勿体ないらしい。それほど、今はその基地にすべてが集中している。それだけのことをしているんだから、確かに、昼間よりは安全なんだろう。でも、作戦の詳細は着いてからでないとわからない。どの程度安全で、どの程度危険な作戦なのかは、現場に着けばわかるだろう。これだけ大掛かりな作戦で、エヴァに乗せる僕たちの安全が少しも確保されないということは、さすがにないだろうから。ミサトさんはもちろん、父さんだって、僕や綾波に死んでほしいわけじゃないはずだし。



◆◆◆



 成功率8%とわかっている作戦の指揮というのは、気分のいいものではなかった。
 19時30分。空腹を感じないのも、そのせいだろうか。いや、さっきリツコが持っていたアーモンドチョコをつまんだおかげだろうか。そんなはずはない。これから、成功率の低い作戦の鍵を握る少年少女に、作戦内容を伝えなければならないせいだ。ミサトは車両を出て、外で待機していたパイロットの前に立った。移動後にシャワーを浴びたのだろうが、LCL特有の鉄臭さが風に乗ってわずかに鼻についた。対面する二人は軍人ではないので、少年の方は両手が赤ん坊のようにふわふわと開いたり閉じたりして落ち着きがない。対照的に、少女はまっすぐ立っていた。しかし少女のそれは規律を体現する直立不動とは異なり、命令を待って、ただ立っている。少女のその姿は、資材運搬車や作業員の声や未だ建設中の基地を作る金属の衝突音などのけたたましさを意に介した様子がなく、むしろ彼女の周りだけ音が吸われてしまったかのようで、かえってミサトの方がたじろぎそうになる背骨を意識する必要さえあった。出来る限り快活に聞こえるよう、お待たせ、とだけ言った。二人の背筋がすっと伸びるのを見て、己の声の強制力にうんざりしたくなる気持ちが芽生えた。自分は、子供の身体をこうやって拘束しているのか――しかしその実感も、彼女の作戦遂行への意志に漣を立てることはなかった。揺らぐ必要はないのだ、と言い聞かせる必要はあったが。
「これより、ヤシマ作戦の役割を伝えます。直前のシンクロ率と機体整備の状況から判断しました。砲手はシンジ君、防御をレイに行ってもらいます」
 二人は喧騒に負ける声で了解の意思を発した。かすかに聞き取れるだけだと、二人の声が少し似ているように聞こえた。シンジの緊張がレイにも伝わったりしているのだろうか。
「今回のオペレーションは、シンクロ率の高さによるA・Tフィールドの調整と拡張範囲が大きな鍵を握ります。陽電子砲は地球の磁場の影響を受けるので、その誤差修正にA・Tフィールドを使う必要があるためよ。その方法、技術的な説明はこの後行われますので、その時に。防御にももちろんA・Tフィールドが必要不可欠、と言いたいけれど、砲撃地点付近で展開することで、陽電子砲がどのような影響を受けるのか、そこは計算しきれないわ。だから、今回の防御はA・Tフィールドを使わずに行う必要があります。そこで、レイ」
「はい」
「あなたは、シールドで敵砲撃から初号機を守ることだけを考えて頂戴。初号機が砲撃の際、フィールドは解除。すでに目標が砲撃中の場合でも、防御は盾だけで行ってもらうことになります。盾の耐久予測時間20秒。急拵えであることは否定しないけど、耐久力については技術部お墨付きよ」
 とはいえ、耐久予測時間はマギの予測では、という但し書きがつく。使徒の砲撃の威力の上限は、実際のところは予測不可能だ。ミサト自身は、10〜15秒が限界だろう、という状況も想定していた。が、それをここで言うのは憚られた。レイよりもシンジの精神状態を考慮しての事だが。
「一撃目を外したら、綾波に守ってもらうっていうことですよね」
 少年――碇シンジがミサトの顔を見ていた。肩がすくみ、腰が引けて明らかに怯えた仕草。無理もない。現実は、進んで自分の命を掛ける少年パイロットの登場など絵空事だということをよくよく思い知らせてくれる。それならばせめて、彼に負担がかからない事を言うのが務めであることを自覚しているミサトだが、少々わざとらしく肩をすくめてみせる、それが精一杯だった、
「まあね、そうなるわ。ただ、再装填にはスムーズにできても30秒程度必要なの。このあとシミュレーションをやってもらうから、そこで少しでも短縮できるように頑張って頂戴。そもそも、一撃目が勝負ってのは確かなのよ。先制攻撃で仕留められれば、取り越し苦労で済む話だしね」
 シンジの目から、怯えは消えない。嘘でも安心できる一言をかけるべきか、逡巡しかけたが、ここで飴を舐めさせて、実際の危機的状況に直面した際にどうなるのか、予想がつかなかった。ミサトは、偽らない事だけを心がけるよう密かに己を諭した。
「2発目が外れたら……?」
「戦略自衛隊に指揮権を渡すわ。ジオフロントへ侵入するシールドは、ジオフロント内部でN2爆雷を使って足止めして、最大火力で一点突破。その勝率は、まあ、ウチらよりは低いとだけ言っておきます。今までと同じね。もちろん、あなたたちの撤退は最優先で行われるわ。そこは安心して頂戴」
 ミサトに向けていた目をつぶり、シンジが深呼吸をひとつ挟む。綾波レイは変わらずただ立っている。
「では、このあと技術部からの説明後、シミュレーションに移ります。二人とも、赤木博士の説明をよく聞いておいて」
 喧騒の隙間を縫って、二人の返事が聞こえた。
 二人の少年と少女の肩にかかっている命運は、どんな言葉で誤魔化してもなくなるわけではない。今回の作戦がいかに無茶かも、察していることだろう。ミサトはその場を後にした。背後の気配は、すぐにお祭り騒ぎのような喧騒に紛れていった。
 送電設備は点検中で、特にケーブルの断線等の目視が必要とされるものは、作戦直前まで行い、作戦中もモニタするが、修繕に備えてスタッフは近くに待機させることになっていた。その中には電力会社の人間もいれば、ネルフの技術部員もいる。ミサト自身もそうだが、パイロット以外のネルフ職員は初めてジオフロントを出て使徒と戦う。下手すれば全員仲良く使徒の砲撃で蒸発だ。全てが準備不足の中で、再び勝負ができるところまで漕ぎつけたのだから、これで満足しなければならないだろう。
 喧騒はいかにも最前線らしい活気に満ちていた。もちろん、喧騒に呑まれて浮き足立つことなく、冷静さと正確さだけが必要だと理解していた。少年少女への感傷など、ミサトには判断が鈍る材料にしかならない。現実は、背負うものがあると強くなれるというようなおとぎ話ではないことを痛感するが、間違いのない現実は判断を早くしてくれる事は、彼女を僅かばかり後押ししてくれてもいた。
 空を見上げると、こちらの事情をてんで鑑みずに月が真円を描いて浮かんでいた。月明かりすらエネルギーに転換したいくらいだが、生憎そんな術はない。それならば、せめて夜を照らしたりせず、大人しくしていてほしかった。今は自分たちの動きを悟られる、あらゆる要素を使徒から取り除きたかった。祈る余裕もなく、一瞥した月の下、各部の状況を確認するため、指揮車に戻ると、日向マコトが作戦の進捗状況が記されたボードを差し出してきた。
「お疲れ様です、葛城一尉。あの子たち、どうでした?」
「まあ、らしい感じね。正直、シンジ君は少し心配だけど」
「それはそれで、いつも通りってところですかね」
 彼は彼らしい軽妙さで、現実と向き合おうとしているらしい。
「ま、そういうこと。で、状況は?」
「電力供給、20時45分には試験運用開始します」
「5分も縮めてくれたのね」
 掛け値なしの言葉のつもりだ。
「あとで連中に言ってやって下さい、喜びますよ」
「OK、それから伊吹二尉、陽電子砲の弾道計算は大丈夫よね?」
「初号機のA・Tフィールドとのリンクを計算中です。これはシミュレーション終了後に最終チェックがあるので、終了予定は22時15分、データの更新終了は22時25分を予定しています」
「OK、上々ね」
「先輩の計算ですから大丈夫ですよ、葛城一尉。これで駄目なら、いよいよ白旗です」
 彼女の口から出た「白旗」という言葉は昼間もマコトから聞いていたので、もしかしたらこの同期たちの間で流行っている言い回しなのかもしれない。殺せなかったら白旗などというのは甘ったれにすぎる考えだ、とミサトは瞬間的に唾棄したい気持ちに駆られながら喉の奥で飲み込んだ。
「ま、失敗したらそん時はそん時よ。それに私は、100%勝てると思ってるから白いハンカチ持ってこなかったわ」
「俺もですね。日本政府の連中は、たぶんコソコソ用意してると思いますけど。住民避難はすでに完了しています。住民データと避難者のデータ、完全に一致しました」
「ありがとう、青葉君。日向君、陽電子砲の弾数は実際のところどうみてる?」
「陽電子砲そのものは技術部からの仕様書通り3発ですが、撃てる機会は2発が限界かと思います。ヒューズの交換時間と目標の射撃の精密さを考えれば」
 そこはミサトと同じだ。
「なんなら、1発勝負だと思ってた方がいいかもしれません」
「外した時の指示が鈍るような考えはしたくないわ。当然、先制攻撃が最良だけど、頭の片隅には、2発で考えておくようにしましょう」
 相手に撃たせていいのは一発だけ。そこから導き出せる、結論だ。二発も撃たれたら、とても耐えられまい。
「はい」
 生き残れるかどうかは、五分五分と考えてもいい。当たれば勝ち、外したら負け。
 そう思えば、たった三度目の戦いで、随分いいところまできたものだ。一番最初の、指揮もへったくれもない、初号機の暴走による決着や、命令を聞かないパイロットの決死の突撃とナイフ一本で決着のついた二度目の戦いに比べれば、今回は恵まれているだろう。なにしろ砲弾を当てることだけ考えればいいのだから。もちろん、そこに至るまでに無尽蔵の出費と各方面への徴発、徴用など、使える権利はすべて使って整えた舞台でようやくここまで来た、というのも普通に考えれば暗澹たる気持ちにさせられるが、喜ぶべきなのだろう。仮にカラスが鳴く毎に借金が膨らむような法外なやくざから金を借りることになっても、生き残ることができるなら。
「威嚇射撃の火力の余波で陽電子砲の弾道がズレる可能性は?」
「そこは、マギがリアルタイムで行ってくれます。粉塵などでエネルギーが拡散する割合がゼロではありませんが、敵の反撃の影響に比べれば、微々たるもんです」
「無人攻撃機の設定は大丈夫?どう考えても有人でやるのは危険すぎる」
「もちろんです、今のご時世、有人飛行でピンポイント爆撃なんて行いませんよ、ご心配なく」
「上々」
「では一尉、食事にしてください。ケータリング、結構イケましたよ」
 ミサトは野営地に引っ込み、サンドイッチをコーヒーで流し込む作業を5分で終え、残った休憩時間を睡眠にあてた。いつでもどこでもどんな姿勢でも寝るのを苦にしないのは昔からの特技だ。南極でも病室でも、寝る事はいつだって大事だ。パイプ椅子に足を乗せて目を瞑った。一度はジャケットを脱ぎかけたが、剥き出しの肩を撫でる夜風の冷たさに、着直した。そうでなければ温もりを求めてしまいそうな自分、などという感傷的な意味ではなかった。
 目を閉じてきっかり10分眠り、目を醒ました。
 その後の準備も順調に進んだ。パイロットのシミュレーションも21時20分には完了し、仮眠を取るように指示を出す余裕もあるほどだった。
 問題があるとすれは送電設備だ。今のところ準備そのものは順調で、これ自体が快挙と言っていい。もちろんそれらの設備が実戦に於いてどの程度の耐久性を持っているかは実の所不明だ。第一射はいけるだろう、マギを信用する限りは。だが、第二射はわからない。使徒の砲撃によって第二射に支障が出るようであれば、即座にエヴァを撤退させ、作戦権を戦自へ移譲せねばならない。その判断は最高責任者にあるが、自分が生き残った場合には、進言をする必要もある。ここにも一切の私情は不要だ。
 碇シンジの顔がちらついた。不安そうな厳しそうな、少年特有の顔そのものだと思う。今回は、彼が前回の戦いで披露した特攻精神を発揮して倒せる相手ではないし、一秒が貴重になる精度を求められるだろう。そして、実際には碇シンジも綾波レイも、安心してそこまで任せられるほどのパイロットではない。今、エヴァの操縦者でこれほどのオペレーションを安心して任せられるのは、ドイツ第3支部にある弐号機と二人目の操縦者である、赤い髪の少女だけだろう。勿論、ないものねだりが折角の作戦を巨大な花火にするようなことがあってはならない。思い浮かべた少年少女の顔を払って、ただ作戦のことに思いをめぐらせた。それでも片隅には、不思議と少年の弱くやさしい笑顔がうっすら残る。
 22時30分を回り、陽電子砲の砲身が送電設備との接続が完了すると、あとは各部が最終点検を23時50分まで行うだけとなった。
 いつ、どこから、どういう風に襲ってくるかわからないもの。過去二回の戦闘と、十五年前のセカンドインパクトに居合わせた経験から、それこそが使徒の怖さだと思っていたが、今の周囲の雰囲気は、決して正体不明の相手と戦っているような不安感は感じられない。実際、この地上で活動中の使徒がこれほど長時間ひとつの場所に留まり、人類がそれを目撃できている事は初めてだろう。そうなってくると、不思議なもので「準備さえ整えれば殺せる」とさえ思えるようになってくる。
 確かにそうかもしれない。いや、本当にそうか?
 やっぱり、皆、恐怖に足が竦むより、殺戮への準備に酔う方がマシだと思っているだけかもしれない。
 ミサトは己に問いかけた――自分はどちらだ、平静であろうとしている自分は、果たして?
「葛城一尉、連絡事項です」
「どこから?」
 訊ねてから、これを訊ねさせること自体、日向マコトが明言を避けようとしている事に気づき、彼が渡してくれたボードを受け取った。副司令からの転送されたファイルのようだ。元々の差出人はマルドゥック機関執行部。この作戦中には闖入者と言って相違ない相手だ。

『特務機関ネルフ 執行役員各位
 作戦進行中ですが、第四次、第五次選抜者の最終候補者が確定した事をお伝えします。
 第四次選抜候補生:第三新東京市 第壱中学校 2年A組より選定予定
 第五次選抜候補生:委員会推薦者を用意、ドイツ第3支部へ派遣済

 なお、第四次選抜候補生につきましては、現在建造中のエヴァ3号機、4号機への登場も視野に入れておりますため、本部以外に第一支部のあるアメリカ国内でも選抜を行う予定です。しかしながら、使徒がネルフ本部を目指す性質がある事を考慮し、日本国内での選定も行うべきと判断しまして、以上のようなご報告となりました。
 また、第5次選抜候補生につきましては、推薦がありましたため、上記の者を予備候補生としました。この決定は、ネルフ本部で操縦者の欠員が発生することを考慮し、可及的速やかに行う事を優先し、ご報告が遅れた事につきまして、お詫び申し上げます。なお、日本への入国予定日は9月1日を予定しております。
 以上の点をご考慮いただきながら、本日の作戦の遂行と完遂を願います。』

「ま、要するに――」
「代わりは用意するから、操縦者の命を最優先にするな、ってことですね」
 二人の会話は、他部の人間ながらメインオペレーターの伊吹マヤや青葉シゲルにも聞こえていた。二人とも、聞かせるつもりの声量である。リツコはすでにこの話を聞いていたのか、ミサトに寄って「機関から?」とだけ訊ねてきたので、ミサトは頷かずに皮肉たっぷりの半笑いで応えた。
「心配性ね、彼等も」
「舐めたマネしてくれるわ、くそ野郎ども」
 度し難い無神経さだ、と断ずるにやぶさかでないのはリツコも同じらしく、珍しく演技ではないため息をつく彼女の様子をみて、ミサトはかえって落ち着きを取り戻すことができた。
「副司令あたりで止めて、ひと晩寝かせてくれりゃいいのに」
「そういう気が利く人ではないわね、副司令は」
 非常識なタイミングでの伝達事項を、なんの躊躇もなく送ってくるからには、むしろそうでなくては困る。ここに深淵なる意味など持たされても、今の沸騰寸前の頭では、湯煎して平らげるのが精一杯だ。腹を下すのも覚悟の毒虫入りなのだから、それでも気が利きすぎているほどの寛容さではないか――。
「まあいいわ、コレはあとでじっくり考えますわよ。ていうか、それなら弐号機とパイロット出向の話を聞きたいけどね、これだったら」
「それはネルフの組織内部の話だから、機関は関係ないでしょ?」
「わぁってるわよ。日向君、今後、作戦に関わらない連絡は報告しなくて良し。既読スルーでよろしく」
 大声を出すまいと抑えた声は、却って彼を怯ませたらしく、喉を詰まらせて「了解っ」と、やけに歯を食いしばった物言いになったことが、張り詰めた空気を静かに緩ませてくれた。つくづく得難い部下だ。
「シンジ君はどうなの?」
 リツコの問いに、珍しく感情が含まれていた。さすがに一緒に食事するようにもなると、いかな彼女でも、先のため息と言いい、余裕がないのか、それともここまで含めて演出に包まれているのか。図りかねる真意に時間を割く楽しみは後に取っておくべきとは思いつつ、ミサトは会話の波に乗ってみた。
「乗ってくれるだけマシだわ、あんな思いした後なんだから」
「シンジ君に賭ける、なんて言わないならいいわ。そういうのは困るから」
「言い方の問題でしょ」
「心構えの問題よ、葛城作戦部長。それに、彼にいなくなられたら、誰があなたの壊滅的な食生活を改善するの?」
「はいはい、わかりました。私情は挟まない事をここに誓います、赤木技術部長殿」
 作戦開始まで、残り75分――場を和ませるにはちょうどいい時間かもしれない。
「でも彼、どうして乗ってくれるようになったのかしらね。あんな思いをした後で」
 答えをわかっている口調だった。それがわかったから、ミサトは無視した。
「各員、気を引き締めて、頑張って明日を迎えましょう」



◆◆◆



 時刻は、日本時間で23時を回った。地球の運命を決める戦いまで、あと1時間。23時を回ったと言っても、北米大陸に電話をかければそこでは太陽がてっぺんに居座っているし、欧州でもまだまだ昼下がりだ。地球が今の速さで自転している限りは動かない宿命。あるいは、人間が時間という概念を採用し続ける限り、日本時間の23時は、ドイツにおいては16時であり、依然太陽はごく高い位置にあるのがルールである。欧州は日没の時間が日本より遅いので、なおさら太陽は落ちる気配を見せていない。
 ネルフ・ドイツ第3支部で先日まで唯一の未成年スタッフだった少女は、いつもどおりの訓練メニューをこなし、シャワーのあとでスポーツドリンクと軽食を平らげた。いつもならそのまま帰路につき、途中でアイスを買って帰るかどうか悩んでいるところだが、今日ばかりは予定を変えて、訓練を終えるや否や、早めの夕食をたっぷりとってブリーフィングルームの一角を陣取った。少女の、短パンにサンダルという格好が、この場において不釣り合いであることまったく意に介さず、スタッフはこれまでにない活気に溢れており、それぞれがネルフ本部の要請に従って弾道計算の最終確認等を行っている。
「ったく、ウチのスタッフをこれだけ使うなんて、本部はどんだけ人手不足なワケ?」
 同僚たちの活気も、少女の翡翠色の眼には本部から要請された仕事で嫌々きりきり舞いさせられているように映るらしく、その意思表示にと少女は不満を露悪的に吐き出してみせた。
 すると、隣に座る新人の男が振り向いた。少女は無視した。部屋に入ってからずっとしているのと同様に。
「そうじゃないよ、今のご時世、グローバル企業だったら当たり前なんだから。お役所体質のネルフだって、いざという時には全員一致でやるさ。向こうは夜中で、マンパワーの質も落ちてるかもしれないし」
 彼は気を利かせたつもりか、少女にもわかりきった補足説明をしてくれる。御高説のおりに広げられた腕はひょろりと長く白く、男とは思えない程だ。これで人類を救う組織の一員に選ばれたというのだから、笑わせてくれる。少女は己の責務の重要さを相対的に噛み締めながら、未だ活躍の場を許されていない状況に苛立ちを隠さずに彼の説明を吐き捨てた。
「わかってるわよ、そんなこと。あたしが言いたいのは――」
「皆が心配?」
「あんた、バカ?頼りないってことよ、特にテストタイプ・初号機の。偶然とやけっぱちだけで乗り切ってるヤツに、まともな作戦も射撃も期待しろって方がムチャでしょ」
「それはそうかもしれないけど、僕たちはここで見守ることしかできないからね」
 いちいち当たり前のことしか言えないヤツだ。本物の馬鹿なんだろう、自分がいかに当たり前すぎて無意味な事しか言っていないことに気づけないなんて。少女は立ち上がって、テーブル中央に置いてあるバスケットからチョコレート・バーを選んで、いかにも慣れた手つきで包装を破って齧った。さっき食事を済ませたばかりだが、こちとら午前も午後もみっちり体操や格闘技の訓練を行って、いくら食べても神様も栄養士も許してくれる身分なのだ。
 見渡せば、いつもは実戦もなく静かなブリーフィングルームの人口密度は過去最大だ。とは言え――少女自身もそうだが――野次馬も多い。支部長も含め、日本の状況を知るだけなら各々のオフィスで十分だろうに。理由はわかりきっている。いつもより口数の多い自分がまさしくそうであるように、訓練と演習ばかりの日々を過ごしたドイツ第三支部メンバーが、間接的にであれ、初めて実戦に関わっている現場を、雰囲気を味わうには、PC上で更新されるテキストだけでは物足りなくて、ここに来た誰もかれもが落ち着きなく戦況を見守っている。実際に仕事をしている人間も、野次馬を迷惑そうに一瞥するが、かと言って満更でもなさそうなご様子だ。我らの勇姿、とくとご覧あれ、といいたところか。先に実際に関わっている彼らのことを羨ましく思っている自分がいることを内心認めつつ、少女はことさら仏頂面をしてみせ、メッセージを放った。すなわちこうだ――自分が日本にいれば、こんな苦労はせずに済むのに。
 ぷしゅん、と空気の抜ける音と摩擦音の混じった音と共に開いた扉から、またひとり野次馬が加わった。少女はその男の姿を見つけるや否や、さっきまで会話していたスタッフには目もくれず入口に駆け出した。
「お、アスカ。皆に迷惑かけてないか?」
 アスカ、と名前を呼ばれた少女は、男の指摘に渋面で応えた。
「なによう、それ。加持さん、あたしがそんなバカに見える?あそこに借りてきた猫のように座ってるヤツに言ってよ、そういうことは。いるだけで邪魔なんだから」
 アスカが指さすと、彼は少しだけ眉をハの字に寄せて笑って、加持と目を合わせると会釈した。加持も気軽に、よう、と手を挙げるので、二人が顔見知りと思っていなかったアスカは驚きを隠せなかった。
「加持さん、知ってるの」
「ま、廊下で顔合わせた程度だよ。なあ?」
 呼ばれた彼はパイプ椅子から立ち上がり、加持と向かい合った。その間に立つアスカには、彼のしなやかな動きが、妙に猫を思い出させる歩き方に映る。彼のさらっとした髪や大きな目がそう思わせるだけなのかどうか、小首を傾げたくなった代わりに彼を指さした。
「それならあんた、ちゃんと挨拶しなさいよ」
「自己紹介はさせてもらっているんだよ。でも、改めてよろしくお願いします」
「おう、今度、楽しみにしてるよ」
「なんですか?加持さん、挨拶だけじゃないじゃん」
「いや、彼、バスケが好きらしくてな。今度有志で集まる時には声かけるって言ったんだよ」
 第3支部はどの支部よりも組織内のスポーツが盛んなのはアスカも知っている。アスカ自身はそういう「戯れ」には興味がないが、だからと言って二人がそれを楽しみにしている様子を見るのは、彼女にとって面白い話ではなかった。出自の怪しい新人が、加持さんとバスケですって?
「あんた、パイロットになるならそういうお遊びやってる場合?」
「駄目とは言われてないよ。それにホラ、僕、正式なパイロットじゃないし、乗るエヴァもないし。それなのに活動自粛する必要ないだろ?」
「そんな心構えでも、エヴァの操縦者が務まると思ってるワケね」
「いつどこで何が起きるかわからないなら、僕はできるだけ色んなコトがしたいってだけなんだけど」
「渚」
「カヲルでいいって言ってるじゃないか、アスカさん」
「名前で呼んでいいなんて、許してないわ」
「こだわり屋だな、アスカは」
 混ぜっ返す加持からは、余裕を感じさせる。その彼が浮かべる笑みには大人としての余裕があり、そしてそれは、自分がまだ持っていないものだ。だが、今のやりとりでも終始微笑みを絶やさない渚カヲルのそれは違う。ただ余裕ぶった、生意気な顔だ。
「わかったよ、馴れ馴れしくてごめん、惣流さん」
 渚カヲルはしおらしく肩をすぼめはしたが、それでも笑っていた。
「前途多難だなあ、お前ら。一緒に戦うかもしれないんだから、仲良くしておけばいいじゃないか」
 アスカはかぶりを振った。
「やめてよ、そんなの有り得ないし。ぶっちゃけ、使徒は奇抜なだけで強いわけじゃないわ。あたしくらいなんでも出来れば、今日も皆こんな興奮してないんだから。あたしが日本に行ってればね」
「僕がお腹からドアを出してあげられれば、日本に連れて行くこともできたんだけど」
 訳の分からない事を言って本気で残念がる少年の肩を小突いた。なんなんだ、コイツ。
「あんた、うざいんだけど。マジであたしを怒らせたいとか考えてんの?望み叶えてあげようか?」
「いや、そんなつもりじゃないよ。そうじゃなくて、惣流さんも戦えたら、日本にいる操縦者もラクだっただろうから、残念だってことだよ」
 彼は少し肩を落とし、目を伏せた。彼の睫毛の長さにようやく気がついたアスカは、その奥の瞳の色が深まっていくように見え、口を噤みそうになった。
「同い年の――まあ、僕はひとつ上だけど――操縦者なんだから、心配になるだろ?」
 笑う少年の言葉を無視して、彼を睨んだ。
 2日前に「操縦者候補生の内定者」としてひょっこりここにやってきた少年の第一印象は「身綺麗な家出少年」だった。無地の白いTシャツに黒いジーンズを履いて、スーツケースを引きずって入っていくところを、アスカは上階の窓から見ていた。話には聞いていたが、自分よりずっと前から操縦者として活動している綾波レイにも会ったことのないアスカにとって、その時会う少年が初めての「同業者」だった。ドイツ第3支部はジオフロントがあるわけではなく、ミュンヘン郊外の自動車工場の隣に建っている。そんなところにタクシーで乗り付けて入ってくる子供など、自分と同じ境遇以外にはありえないことくらい、それこそ馬鹿でも分かる。
 いけすかない男だった。もうじき十五になる男だというのに手足や首は日本のマンガの登場人物のように細く頼りないし、何のポリシーなのか知らないが、ほとんどいつもと言っていいほど薄い笑みを絶やさない。大体、上位組織が直接推薦した人間という、依怙贔屓の塊のくせして、妙に屈託がなくて気味が悪いったらありゃしない。
 一言でいえば「嫌い」だ。
「アスカが日本にいないのは間違いなく痛手だよ。だが、俺たちはずっと、少ない手札でやってきてるからな。このテの事には慣れてるっちゃ慣れてる」
「慣れきってはいけませんよ」
 少年がなにがしかの反対意見を述べるのを聞いたのは初めてだった。会話をそれとなく聞いていた周りも、少し驚いた雰囲気を醸し出した。
「そりゃそうだが、かと言って不慣れな連中に務まる仕事じゃない。そういう意味じゃ、本部の現場指揮官は信用できるぜ」
「そういう人なんですか、葛城さんという人は」
「加持さんはミサトのこと買ってるけど、そんなかなあ?」
 言ってから、おそらく直接の上官になるであろう彼女の、わざとらしい笑顔と二日酔い明けの顔が思い浮かんだ。
「こういう時にあいつと一緒に仕事できるってのは、まだマシな方さ。折れるようなタマじゃないからな。アスカも、近いうちあいつの指揮下に入ることに関しちゃ、不満はないだろう?」
「あたしは上官が誰であれ、結果を出すけどね」
「でも、加持さんの言うような人だったら心強いよ、惣流さん。僕たちを前向きにさせてくれそうじゃないか。例えば、初号機のパイロットは、惣流さんのように強い人間じゃないみたいだし」
「そんなのは、操縦者やらなきゃいいのよ」
「そう?僕は好きだな、痛みが分かる人間が」
 奇妙な言い回しをするやつだ。だからいけ好かない。
「この場はとにかく勝ってもらわなきゃ困るわ。人間性なんて二の次でしょ」
「かもね」
 まったく無駄話だ。アスカは言い返すのをやめた。時間は迫ってきている。作戦開始まで、あと40分――お手並み拝見といこうじゃないの、零号機と初号機の共同作戦。唇を舐めた。興奮を抑える時の癖だとは、自覚していなかった。



◆◆◆



 町中の明かりが消えていた。作戦の詳細を聞いた時に、今回の作戦は日本中から電気をかき集めて使うと聞いたので、今はきっと、ここだけではなく、日本中の街から明かりが消えてしまってるんだろう。人類の未来のために使うのが日本の電力だけで済む事は、効率がいいのかどうか、僕にはよくわからない。
 山から吹く風が心地よかった。僕と綾波は、いま、エヴァの肩に取りつけられたエントリープラグに乗り込むためのタラップをのぼった上に座っていた。しゃがませているといっても20メートル以上の高さなので、下を見るのは怖かった。そうなると、もう、星か月くらいしか見られるものがない。頼りになるのがそれくらいしかないだなんて、僕は本当に科学技術最先端の兵器を操る立場の人間なんだろうか。でも、これが現実なんだ。それくらい、大ピンチってことなんだ。敵に対して山の影になっている中腹に積み上げられた電力設備。僕にはどういう仕組みかわからないけれど、それが日本中からかき集めた電力を陽電子砲に送ってくれるらしい。たった半日でこれだけの準備が整ったこと自体が凄いことなんだっていうことは、僕にもわかる。でも、その機械の作動音がやかましいので、最後の休憩時間なのに、落ち着ける雰囲気じゃない。すぐに準備ができるように控え室ではなく、ここで待機していろという指示もどうかと思う。突風が吹いて落ちて死んだらどうしようっていうんだ。そういう事を含めてこの状況は仕方がないことなんだとしても、せめて毛布の一枚くらい僕と綾波にくれれば、まだ納得してもいいんだけど。
 それにしても、どのみちだ。どのみち、ここで――
「死ぬかもしれないんだよね、僕達」
 風に千切られそうな僕の声はきっと頼りなかったけど、隣のタラップで膝を抱えて座る綾波に届いたみたいだった。綾波はこっちを向くほどではないけど、少しだけ首を動かした。
 綾波がまともに話を聞いてくれるどうかも考えずに話しかけてしまった。
「僕、やっぱり怖いよ、乗るのが。だって、死ぬかもしれないんだから」
 あ、やばい――自分の後頭部がざわついて、ただでさえ暗い夜の視界がもっと狭くなった。恐怖が来る。怖い。死ぬのが。死ぬのが怖い。
 僕はとんでもない間違いを犯している気がした。たかが自分の居場所のために命を賭けるだなんて。父さんに認められるにはエヴァに乗るしかないと思ったからって、死ぬかもしれないことをするだなんて。それをちゃんとわかってなかっただなんて。
「綾波は怖くないの?だってさ、だって、死んじゃったらすべて終わりなんだよ。怖がることだってできなくなっちゃうんだ、こうして話すことだって」
 綾波はたぶん、無表情のままだ。きっとそうだ。怒らせるようなことも言っていないから、まだ、僕の話を聞いてくれるだろうか。どんな顔をしているか、確かめるのも怖くて、ずっとまっすぐ向いたままの自分に気づいた。表情ひとつ確かめるのも怖い僕なのに、それなのに――
「でも今は、こんな格好して、またエヴァに乗ろうとしている。ミサトさんたちは安全なところにいて、僕たちだけが使徒の攻撃が当たるところに出て行かなきゃいけない。失敗したら、死んじゃうんだよ。綾波は、怖くないの、大怪我も、死ぬのも」
 同じ立場のはずの綾波は、どうして平気そうなんだろう。
「綾波は、なぜ、エヴァに乗るの」
 なにが綾波に、ここまでのことを。
 綾波は少しだけ俯いたらしかったのが、横目で見えた。考える様子、というのを見るのだって初めてだった。それくらい、僕らは話をしたことがない。それなのにあんな話を聞いてもらって、こんなことを尋ねているんだ、僕は。自分勝手なやつなんて、殺してしまいたいと、死んでしまえばいいと思っているような、僕なのに。
「絆だから」
「父さんとの?」
「みんなとの」
 そのためには怖くても大丈夫なのか、それとも怖くないのかまではわからない。綾波が強い人間だっていうことだけわかった。
「強いんだ、綾波は」
 素直にそう言うと、彼女はかぶりを振った。
「わたしには他になにもないから」
「他になにもないって」
「エヴァに乗れなかったらなにもないのと同じ。それは、死んでいる事と同じだもの」
「そんなこと――」
 それ以上は、言葉を紡ぐことを許してくれなかった。僕達のスーツからアラームが鳴ったからだ。サービスエリアのフードコートの呼び出し音のように安っぽい音。こんなものに呼び出されるのが現実だ。僕たちは黙って立ち上がった。エントリープラグの開閉ボタンを押す間際、背中から声が聞こえた。
「碇くん」
 綾波が、こんな時でも涼しげな声で僕を呼ぶ。風の音だってするこの中でも、不思議とよく通る声。
「あなたは死なないわ」
 僕を元気づけてくれるためか――いいや、きっとそんなんじゃない。綾波の左手が何かを握りしめているのが見えて、わかった。
「私が守るもの」
 これは誓いなんだ、きっと。
「さよなら」
 だから、それが終われば僕に用はない。用がない相手とは、確かにさようならだ。それでいいんだ、綾波は、ちゃんと目的があって乗ってるんだから。
 でも、じゃあ僕はどうする。結局僕はどうすればいい。
 綾波に答えを求めてたわけじゃないはずなのに、焦ってしまう。僕は、ぼくは、って、どうして僕は僕のことで頭がいっぱいなんだろう。綾波だって死んじゃうかもしれないのに。誰かを守りたいとか、僕にはそういう格好いいものはないのか、そういうものが。父さんが必要としている僕でいるにはこれに乗らなきゃいけない、そのためだけに僕は死にに行くのか。他にないのか、乗る理由は。
 状況が、考える事を許してくれそうにない。エントリープラグに乗り込むと、直ちにLCLによる身体洗浄が始まった。それが済むとコンソールの類に一斉に灯が入り、エヴァを立ち上がらせ、戦いに身を投げなきゃいけなくなった。
 いつもハキハキした声の日向さんの指示に従うまま移動して、所定の位置につくと、砲撃のための足場が用意されていた。初号機をうつ伏せで寝そべらせ、位置が少し遠かったので匍匐前進で進ませると、足場の鉄板と初号機の装甲がこすれ合って不愉快な音を立てた。これだけでも、皆にとって大迷惑に違いない。でもどうやら大丈夫みたいだ。つまり、この辺りにはもう人はいない。1キロほど離れたところが駐屯地で、ミサトさんたちも皆そこに退避して、そこから指揮を取るらしい。送電線の点検係だけは、外で見張りを続けているらしいけど。みんな、大変だなあと思う。でも、悪いけど僕の方が大変だ。死ぬならまず僕からなんだろうから。
『シンジ君』
 ミサトさんの声だ。きっと張り詰めているに違いないと思ったけれど、びっくりするほど優しい声だった。
『もう一度、エヴァに乗ってくれて、ありがとう。みんなそう思ってるから、私が代表して言わせてもらうわね。本当にありがとう』
「はい……すいません」
 みんな、僕なんかに命を賭けなきゃいけない。こんな不幸ってある?きっとないだろう。でも、それももう三度目だと慣れてしまったのかもしれない。僕は慣れないどころか、今までで一番手が震えていた。みんなの命まで預かって、自分の命を賭けるほど戦う動機が、見つからない。
 時刻は十二時。
『ヤシマ作戦、発動』
 ミサトさんの声が操縦席いっぱいに広がった。それくらい気迫に満ちた声だった。それから一拍の間を置いて、モニタの右上に陽電子砲のエネルギー充填情報が浮かんだ。きっとこのゲージが溜まっていくのも、何万人という人が努力を重ねた結果に違いない。それが僕のボタンひとつで消費されることだって、どうかと思う。
 リハーサル通りの指示が出て、レバーを長距離射撃モードに切り替える。いつもライフルを撃つときとはボタンが違って、レバー下部のボタンを押してロックを解除し、レバーを腰まで引き寄せてもう一度固定する。画面に表示されるアナウンスに従って、更にレバーの両ボタンを同時に長押しすると、レバー上部のアタッチメントが外れて、やや下向きだったレバーが水平に固定された。
『撃鉄、起こせ!』
 これはエヴァの操作なので、シート脇のパネル操作と僕の意思でエヴァが適切な動きを行ってくれる。僕の認識にあわせて初号機が撃鉄を撃鉄と認識する能力については『疑似脳』とかいうものがあるからとかなんとか、言われた気がする。でも今は気にしている場合じゃない、集中しなきゃ。初号機が陽電子砲の砲身の付け根にあるレバーをスライドさせると陽電子砲の現状を表示するモニタが『装填』に切り替わった。なんで漢字なんだろう、ここだけ。気にしてどうする、集中だ。
『スコープ用意!』
 日向さんの声も、今までにない切迫した声だ。僕にはわかる、それくらいはわかる。皆怖いということが。何が起きるかわかるから怖い、ということが。失敗したら絶対に死ぬ、その結論を見ないようにするための気合いに違いない。
 シート脇の操作パネルのボタンを押して、シート背部に下がっている射撃メットが下りてくる。洗脳でもされそうな、銀色の金属でできた、顔半分を覆い隠すヘルメットだ。呼吸が一気に荒くなるのがわかる。
『シンジ君、弾道計算終了まで、まだ1分半ある。メットが動かせるかどうか、確認を』
「はい」
 実践では、射撃後にこのメットを外さなきゃいけない。ゆっくり機械が動かすのを待っていられないので、メットに上がれと命令しながら支柱を上げると、メットは簡単に上がった。エントリープラグの操作は基本的にはすべて機械仕掛けだけど、操作によってはエヴァ同様に僕の意思がトリガーになっているものもある。このメットは元々そういう仕様ではなかったらしいけど、今回の一発勝負にあわせて換装した部分らしい。確かにこの方が便利だ。そんなこと、最初からわからないものなんだろうか。
「大丈夫です、動きます」
『了解』
『では、目標に対して威嚇射撃開始』
 無人機による攻撃が開始された。市の郊外に設置された兵装ビルや自動操縦の戦闘機が使徒に対して弾幕を張りはじめる。物凄い数のミサイルや銃撃による弾幕を展開して、こちらの動きを察知されないようにするのが狙いだ。
『シンジ君、あなたのA・Tフィールド展開のタイミングはこちらで指示します。それまで待機』
「はい」
 メットの望遠レンズをオンにした。僕の網膜の動きに合わせてCG処理を施された使徒が映る。高層ビルの窓のように磨き上げられた正八面体の身体は、昼間にはビルや空を映し出していたけど、今はサーチライトを反射して、その光がビルに更に反射して、妙に複雑な光に包まれていた。なんだか、テレビで見たダンスホールの舞台上のように見えた。あいつがプリマドンナなら、僕は――?
 最大望遠にすると、使徒の身体から、同じ色の棒がまっすぐ下に伸びているのが見える。CG処理では省略されている部分だけど、アレは回転していて、もうじきネルフ本部にまで到達しようとしている。使徒の身体の中に収納されている、というよりは溶けた飴が滴るように伸びていて、一見硬そうな雰囲気と不釣り合いなそれは、ハッキリと気持ち悪かった。
 あと十秒でミサイルが使徒に当たるところで、使徒の身体の中心の隙間から閃光が走った。
『第一波、全弾防御。第二波、3秒で到達!』
 報告が飛び込んできた瞬間、モニタの減光フィルタが作動してグレースケールに変わった。エントリープラグに映る画面のなかで、いくつもの火球が使徒の周りに出来上がっている映像が映った。一瞬の煌きは、加粒子砲をぐるりと360度、掃射してきたものらしい。なんて器用なんだろう。
『使徒、A・Tフィールド展開!内部エネルギー再度反応あり!』
『第三波までは我慢よ。シンジ君、準備して!』
「はい」
 次のミサイル郡は命中した。でもA・Tフィールドが僕の目にも見えた。ダメだ。でもそれでいいらしい、あくまでオトリだから。
『使徒、フィールドを散開、広範囲攻撃準備!』
『了解、税金攻撃はこのまま続けて。全弾撃ち続けてもかまわないわ。シンジ君、A・Tフィールド展開』
「はい」
 いよいよだ。僕は表示のちらつくメットの表示を見ながら、初号機のA・Tフィールドを弱く展開する。この操作は、機械ではできないので完全に僕の感覚だ。野球のバットを振るように、バスケのシュートの強さを調節するように、茶碗にこびりついた米粒を落とせる程度の強さでスポンジをこするように、身体の感覚で調整する。「弱め」「ふつう」「強め」「全力」の4段階くらいでしか調節できないけれど、弱く展開しようと意識を集中するために半分目を閉じるような状態になった。強くするより弱くする方が難しい。でも、これは絶対に必要なことだった。そうでなければ、使徒に感知されてしまう。
 薄皮一枚を身体から剥がすような感覚を経て、リニアのレールをイメージした。僕か綾波の目でしか見えないくらい薄いA・Tフィールドが、溝に入りこむ水のように滑らかにまっすぐ使徒に伸びていく。うまくいった。
『使徒の様子、変化ありません。依然全方位にフィールドを展開、広域射撃体勢のままです!フィールド展開の領域は半径3キロ』
『6E送電、残り5秒、4,3,2,1・・・続いて、7E送電開始。そのまま、全エネルギーを陽電子砲へ!』
 照準はOKサインがまだ出ていない。それでももうすぐだ。
『弾道計算終了まで15、14!』
 こうやってカウントダウンが始まるだなんて、劇的な話だ。それにあわせて、スーツの中の僕の手は信じられないくらい汗をかいている。スーツの吸水機能でも追いつかないくらいだっていうのに、すべってずれそうになるその度にスーツは自動的に手首の部分で締まり具合を調節してくれるせいで、僕はレバーを握り損なうようなことがない。服のせいでボタンを押し損なうことはなさそうだ。今押しても、もちろん発射はできないようになっているんだけど。
 モニタ上の使徒は攻撃のいくつかを食らっているけれど、さっきので、防御のためのA・Tフィールドを展開する必要はないと判断したらしいけれど、それでも無数の砲弾が襲い掛かってくるので、仕方なくといった感じなのか、きちんと迎撃を続けている。一体いくらくらいお金を使えば、あんなに沢山のミサイルを撃てるんだろう。何人が働いて、工場を動かして、運んで……そうだ、そうだよ、冗談じゃない、それは全部人間がやっているんだ。機械が作っても運んでも、全部そこに人間が関わっている。僕はそういう人達の仕事も無駄にしちゃいけないのか。うまくいってくれと、願われているのか。
 ああ、いやだ、いやだ。こんなところにノコノコ来るから、背負いたくない期待を背負うことになって、迷惑がって、怖がって、期待して、怖がって、怖がって、こんな時にでもこんなことを。
「僕なんかに、こんな、くそ」
 人類の未来を、託すなんて。
 そんな事にも今更気づく、僕はなんなんだ。もう、それすらもよくわからない。
『弾道計算終了!』
『充電完了まで、5,4,3,2――』
『目標、A・Tフィールド消失!』
『発射!』
「――っ!」
 あたれ、という言葉が声にならないままトリガーを引いた。震えていた手でも、引き鉄は引けるということは、死ぬ前の勉強になったかもしれない。
 防音は最大のはずだけど、ばちん、とホチキスを綴じる音に似た音が、その何十倍もの音量で背後から聞こえたと思うと、青白い光が砲口から吐き出された。それから、ぱあん、と機械と空気の震える音が聞こえた。
 メットを上げる。お願いだから、当たって、死んでくれ。僕を殺さないでくれ。
『命中!』
 モニタでも見えた。命中だ。ど真ん中ではないけれど、使徒の身体の上部は吹っ飛んで、真っ赤な血を撒き散らしながら、少しずつ落下しはじめている。
 胸を撫で下ろすと同時に、尿意が下半身から脳へ送られてきた。ダサいな、僕は、と息を吐こうとした僕を見ていたかのように、その直前に画面が真っ赤に染まって、ぐは、とむせた。
『目標、爆散した破片は消滅!推定質量は73%まで減少しています!ですが、なんだこりゃあ――身体を再構築しています!』
 モニタでも見えた。吹っ飛んで焦げた部分は、玩具ブロックを外すように分解されてばらばらと落ちて、不恰好になった形が裂けるように何度もめくれ上がるように形を変えて、みるみるうちにこれまでの均一な図形は見る影もなくなった。ものの数秒で、見た目はさっきより大きくなって、プリズムで輝く鉱石の塊のような身体に組み変わっていった。
『内部に高エネルギー反応!』
『第二射は!?』
 ミサトさんと日向さんの声が聞こえた。
『予定通り、充電完了まで25秒、発射まで30秒!』
 30秒。改めて聞くと、絶望的な時間だ。それまで撃たれないはずがあるもんか、絶対に間に合わないじゃないか、そんなの。でも、なんで外したんだ、そもそもそれがおかしいじゃないか。
『敵シールド、ジオフロントに到達!ですが動きは止まり……いえ、逆回転開始!目標に収納されています!』
 僕を無視したアナウンスに腹が立って、咄嗟に怒鳴った。
「初号機は!?」
『初号機は待機!充電完了次第、発射準備に入る!』
 待機?ここで、ここまま?
「動いちゃだめなんですか、使徒が――」
『移動は認められない。そのまま待機!』
 くそ、くそ。
 初号機は、岩のように山のように動かない。動かないでいることがこんなに大変だなんて思わなかった。傍らの零号機も、石のように動かないままだ。
『目標本体、シールドが完全に本体に収納されました。本体部分の質量を回復した模様!』
 それでも、形は歪なままだった。それだけでなく、岩が積みあがっていくように大きくなっていっている。回収した身体は植物に水を吸い込まれるように、ではなく、そのまま上に乗っかるように積まれていっているらしい。そんなことが原理的にありえるかわからない。形状はどんどん変わって行っていて、手前に見えていた出っ張りが奥まっていくようにも見えて、もうなんでもアリだ。なんだか、昔テレビで見た、古い映画に出てくる映像と使徒が重なった。めまぐるしく形が変わって、理解不可能だ。
『再度威嚇射撃は!?』
『一斉射のみ、いけます。再充電開始直後に予定』
『いいえ、今、砲撃を遅らせる。用意出来次第、撃てぇ!』
 LCLに溶けていく汗に、自分でも気がつかないほどの荒い呼吸。肺まで満たされたLCLが吸う酸素の量を調節してくれるので、過呼吸の心配はないらしい。今こんなことを考えるほど、実は僕は、自分が死ぬって思ってないのか?それなら、全身の震えはどう説明する。誰にだ、ばか、そんなのどうだっていいはずだ。
 ああ、もう死ぬのか。死にたくないのに。
『目標変形、更に高エネルギー反応。きます!』
 ごつごちした、中国奥地の岩山みたいに切り立った形になっていた使徒は、その頂点ひとつひとつが煌めいて、中心の真四部分に光が集まった、と思うと、既に僕が寝そべる基地の脇を光の束が通過していて、爆風で身体が浮いた。
「うわっ!」
 爆風に煽られて身体を固定する土台そのものが吹っ飛んで、左に横転した。あっという間すぎる出来事に、手に握っていたライフルから手を放してしまったせいで、何度か転げまわった。いや、それだけで済んだのならよかったかもしれない。ただ、ホントにそれだけ?おそるおそる、使徒の砲撃が通過した跡を見ると、山が溶けて抉られていた。へんてこな形でぶっ放してきて、いったい、昼の何倍の威力なんだ、山が溶けるなんて!
 通信も乱れて聞こえない、充電状況もアラート表示ばっかりで、何もわからなくなった。
 くそ、くそ。やっぱり死ぬのか。激しい動悸に吐き気に眩暈がした。どうすればいいのかわからないし、逃げ出したい。それなのに、なぜか身体は金縛りにあったように動かない。レバーを握る力も湧かない。全身の震えが操縦もさせてもらえない。おかしい、動かないぞ。せめてもっと泣きわめいて、取り乱して、暴れまわっていなきゃおかしいはずなのに、僕の足は強張って、背中はシートに接着剤でくっつけられて、髪をひっぱったりかきむしったりしなきゃいけない腕は、ただ震えるだけで指先も動かない。
 どうしよう。
 身体が、動かない。
『……ジ君……ン…君!』
 乱れておかしな音程の通信が遠くで聞こえた。
 誰の声かもわからない。



◆◆◆



 砲撃の爆風だけでもこの有様か――。
 指揮車は横転こそ免れたものの、大きく傾いたせいで、盛大にひっくり返るはめになったミサトとリツコは同時に同じ考えが頭をよぎった。科学者でヒール履きのリツコはまっすぐひっくり返ることもできずに腰を打ったが、ミサトは軍隊経験の強みを活かしてどうにか受け身を取って、頭を打つことだけは避けた。その分肩に荷重がかかりすぎたか、右肩に鈍い痛みを感じ、左腕だけで身体を起こすこととなったが、他は大丈夫だ。リツコは呻いているが、構っている暇はない。
 一瞬の閃光と爆風、その被害はどうだ。初号機と零号機に当たるコースではなかった気がするが、一瞬ではわからない。通信状況も大事だが、何より肝心なのは二発目だ。こちらもあちらも、二発目が勝負だ。
「状況は?」
 怒鳴っては駄目だ、焦らせては駄目だ。だがその心配は無用で、背中を打ったせいか、すぐに大きな声は出せなかった。衝撃に備えて固定ベルトを締めていたオペレーター陣は、ミサト達より回復が早く、すでに自分が担当している範囲の状況を理解しつつあった。
「初号機、零号機は無事です。通信回復まであと8秒ください!」
「陽電子砲送電設備に断線箇所アリ!充電完了まで45秒、発射まで50秒かかります!」
 あれだけの衝撃でそれは、喜ぶべきか、嘆くべきか。それはまだわからない。
「なんとか10秒縮めて。使徒は!?」
 それならば、嘆く前にやれるだけのことを、やれるだけ。
「依然変形を続けています。恐らく誤差修正のため、組織を再構築していると思われます」
「目標の第二射までの予測時間は?」
「マギによる予測、30プラスマイナス5です」
 マギにしては、命より大事な1秒を随分と軽く扱うものだと悪態をつきたくなる気持ちを誰もが堪えていた。被弾は必須。その上、相手はすでに、基にしているデータとは別物の存在と思った方がいいのは誰の目にも明らかだ。25秒後の砲撃に対して、約45秒後に反撃。盾と加粒子砲の我慢比べが、どこまで通じるか。この予測は最早マギでも出来ないであろうことを、この場の誰もが理解していた。
「第一射を外した原因は?」
「寸前で消えたA・Tフィールドでずらされたのよ」
 よろめきながら立ち上がったリツコが即答する。こんな中でも彼女の頭脳が正常に働いてくれている事は何より心強い。
「でもダメージが大きく、回復のためにシールドを回収して迎撃」
「そういうこと。でも、再構築の身体で照準がいまひとつだったようね」
「ツキはまだあった。次はもうない。日向君」
「通信、回復しました」
 迷わず砲手のシンジに繋げた。レイにはシンジの状況次第では砲手を担当してもらわなくてはならない。まずはシンジの状況が最優先確認事項だ。把握している生体反応では撃てるか否かは判断できない。
「目標、肥大していた全長が収縮しています」
 おそらく、その目的は単純だ。
 向こうも必死、早撃ち勝負。
「シンジ君、シンジ君、聞こえる!?」
 通信が回復したと言っても、向こうの砲撃で通信状況は大概悪くなっている。がしかし、不通ということはないはずだ。しかし、応答はなく、その代わり、ごぼごぼという水の音――山中の戦場に似つかわしくない――だけが聞こえてきた。声にならない、荒い、溺れているかのような。ミサトは背骨に釘を打ち込まれたような衝撃を感じた。
「ミサト、砲手を交代すべきよ」
 リツコの助言も早かった。彼女も同じことを感じ、脊髄反射の如き反応を示してくれたのだろう。自分だけなら勘違いで見逃したいくらいだが、二人ともなら話は別だ。
「シンジ君!」
 ミサトは我慢しきれず怒鳴った。拳に力も入った。自分が力んでいる事、せめてそれだけでも伝わって欲しかったのかもしれない。
『ふっ、うっ、う、うぅっ』
 まぎれもない、碇シンジだ。碇シンジだから、呻いている。間違いない。だから彼は、恐慌状態に陥っている。
「葛城一尉、ご判断を!」
 日向マコトが振り返らずに声を荒げた。いからせた肩がシートに縛りつけられているかのようだ。その肩と背中だけでも彼の言いたい事をミサトは十分に理解していた。砲手は再起不能だ。そして、より低い勝算に、さっきと同じ莫大な賭け金を場に乗せるしかない。
「レイに代わるべきよ」
 リツコも同じ考えだ。
「砲手交代で発射可能は何秒後で、命中率は?」
「時間は変わりませんが、命中率は42%です」
 伊吹マヤの即答。すでに計算終了していたとは。第一射目のデータを参考にして、作戦前の予想命中率よりも格段に上昇している。ミサトは逡巡を誰にも見せず、感じさせない速さで通信をレイに切り替えた。
「レイ!」
 綾波レイはこれ以上なく戦場に似つかわしくない声で応答した。
『はい』
「初号機の前に出て、防御の準備を。相手の方が速い。A・Tフィールドの使用は状況次第で判断して!」
『零号機、了解』
「ミサト!」
 リツコの激昂もわかるが、今は鬱陶しいだけだ。ミサトは人差し指を立てた右腕を、肩の痛みも忘れて彼女につきつけた。議論の時間などない。零号機に交替したら、防御を失い、42%の砲撃の前に相手の一撃で全員蒸発だ。
「第二射の準備急がせて。シンジ君!」
 それにしても呼びかけるしか出来ないとは、無能さ、無力さに腹が立つ。が、自分への殺意を楽しむ時間も今は貴重だ。呼びかけながらオペレーター達の、狂騒を噛み殺したカウントダウンを聞く。使徒の砲撃予測は最短であと10秒、こちらの砲撃可能時間までは25秒だが、充電完了までにシンジが復活しなければ、発射はその分遅れる、絶望的な敗走へ全力疾走中だ。
「初号機の状況は!?」
「依然動きありません」
『こちら零号機、陽電子砲と初号機、どちらを守ればいいですか?離れていて、二つ同時には守れません』
 レイの冷たい声も、今この場では清涼剤だ。
「陽電子砲を優先して」
『了解』
 あと5秒以内に初号機が動いてくれなければ、判断を変えざるを得ないだろう。盾の影からレイの一撃に賭けるしかない。渇いた唇をわずかに舐めて、シンジに呼びかける。
「送電状況は?」
 思考を切り替えたリツコがマヤの後ろに取りつくようにモニタを覗き込んだ。ミサトが単機勝負には出ないならば、役割も自然と決まってくる。
「状況改善、ユニット交換に緊急対応した模様!充電完了まであと15秒!」
 10秒縮めてみせた現場スタッフに感謝しつつ、その努力が報われることを期待した。そして、その感謝も期待も、すべて勝負への賭け金。
「碇司令より連絡!」
 強制的な入電だった、無視できない。
『初号機パイロットを現時刻で更迭、砲手を零号機に交替させろ』
 この連絡はオールレンジだ。通信設備のあるすべての場所で伝わっているだろう。無論、エヴァに乗るパイロットにも。しかし、むしろこれは――
「日向君!」
「はい!」
 これだけで済むのだから、本当に助かる。
「初号機、起動!起き上がります!」
 強制入電から、わずか2秒程度の空白。命令に従わない自分に感謝だ。
「レイ、初号機を引っ張り上げて!」
 さあ、これでもう一発ぶち込めるだろうか。ミサトは掴んでいた腕を解いた。それが弛緩だと、誰も責めない所作であるが、結果から言えば次の報告にミサトは震えることになった。
「目標、エネルギー収束、来ます!」
 まだ、初号機は零号機の後ろにいない。
「シンジ君!」
 それは、悲鳴だった。



◆◆◆



 父さんの声だけは、何故か理解できた。誰の声かも、何を言っているのかも。
 震えと痺れで動けなくなっていた頭と身体が、その声と言葉に突き動かされた。僕は理解してすぐ、腕に力を込めてレバーを押し込んだ。
 父さんが、僕をいらないと言っている。捨てようとしている、10年前の、あの時のように。脳裏に駅から消えていく父さんの背中が見えた。今よりずっと大きく見えるのは、きっとその時の僕が小さかったせいだろう。そうだ、父さんの背中は高くて大きい。一緒に住んでいた時の父さんの背中のそれは、肩車の時に違う世界を見せてくれる、憧れの大人の世界だった。
 周囲の怒号のようなアナウンスが急に聞き分けられるようになってきた。充電完了までのカウントダウン表示が、僕の記憶よりずっと進んでいる。そんなにぼうっとしていたんだろうか。焼けた木々の灯りや、遠くに見える使徒の姿も。
 刻一刻と再構築を繰り返していた使徒の身体は、今や不恰好な雲丹を中途半端に切り取ったような形にまとまり、切断面のような部分がこっちに向いている。その背面には無数に棘が生えていて、その刺という棘の先端が発光している。構造体の内部で反射して、見た目には七色に光って見えた。
 初号機をなんとか上半身まで起こす。盾を構えて銃の前に立つ零号機が見えた。綾波が砲手になっていない。作戦はまだ、僕が砲手のままなんだ。どうしてだ、僕はあんなに震えていたのに。
「シンジ君、急いで!」
 ミサトさんの声が聞こえた。いや、きっとさっきからずっと声をかけてくれいたに違いない。何秒か前のうすらぼんやりした記憶がそう囁く。そうだ、最初からあの人は僕を呼んでいた。
 零号機が首をこちらに向ける。零号機の一ツ目は赤いけれど、盾の影でよく見えない。僕は思わず零号機に手を伸ばした。ここの土はふんばりをきかせにくくて、立ち上がりずらかった。早くしないと、またあの一撃が来る。助けて欲しかった、引っ張り上げて欲しかった。でも、零号機こそ、山のように動かない。作戦に忠実に、盾と足場を守っている。そうだ、綾波が守るのは作戦で、僕じゃない。命令を守るから死なないと言っていただけだ。
 助けを求める、この手は甘えだ。踏ん張りきれないこの足も。
 死にたくない。
 だから、僕の足で。
 片足を引き抜いて、大股で零号機の後ろへ着地させて転がり込んだ。体勢を整えながら陽電子砲を掴む。モニタで使徒の状態を確認する。
 光を放っていた刺の先端から光がすべて中心核に取り込まれ、こちらを向く切り立った断面だけが光ったのが見え、知覚できない速さで光の奔流が放たれた。
 つぶっていた目を開けたら、エントリープラグが真っ白に染まっていた。光の理由は確認するまでもなく理解できていたので、僕は死んで、天国に来てしまったんだろうかと思いたかった。でもそんなはずがない。今まで聞いたことのない爆風の巻き起こす風の音が耳に突き刺さる。
 開けた目をどこに焦点を合わせるのかわからなかったけれど、光に落とし込まれた影があることに気づいてそこに合わせてみると、僕の目の前に立ち、さっきと変わらない姿勢で大地を踏みしめ盾を支える零号機の姿を見つけてしまった。光の中で寒気が走った。
「綾波!」
 陽電子砲を探すと、元の位置に鎮座している。こんな状況下でも溶けていない。零号機のおかげだ。改めて初号機に引き鉄を握らせると同時にA・Tフィールドを展開して、弾道計算が始まった。
 この光の中では、さっきまで聞こえていた音声も乱れた。陽電子砲に関わる計器類は作動している。初号機に陽電子砲のヒューズを交換させると、充電時間のカウントが減り始めた。あくまで制御は司令部で行っているはずだから、こちらの状況を分かってくれているということにちがいない。アナウンスは聞こえない。でも、10、9、と減っていく発射までのカウントダウンが、みんなが生きている証だ。生きていて、自分が生きていることも知ってくれている。
 目の前の零号機と盾は耐えている。使徒は万全の態勢で砲撃をするため、思っていたより撃つのが遅かったみたいだ。これなら余裕で間に合う。
 でも、僕が生きていると信じて呼びかけて続けてくれたミサトさんがいたから、ここに滑り込むことができた。
 綾波が作戦を守るおかげで、こうして砲撃準備が整っている。
 父さんは僕をいらないと言った。そんなの嫌だ、そんなの。
 残り7秒の時点で、光が俄かに強くなった。減光フィルタが限界まで機能していても、ほとんど何も見えない。メットはCG処理されているから問題ないけど、頭をずらして目の前を確認した。
 零号機をすっぽり覆っていたはずの盾が、半分以上溶けていた。
「綾波!?」
 嘘だろ、いつからだ。いつから?
 盾はない。あと6秒。零号機は立っている。陰になっている足元が目に入る。あと5.5秒。零号機は足首まで粘土質の土に埋もれていた。埋もれさせたのか、押されて埋もれていったのかはわからない。だけど、どのみちそれでも立っている。それだけが事実だ。剥き出しの暴力そのものの光を浴びても、それでも。あと5秒。5秒!?
「早く!」
 何が十分間に合うだ。遅すぎる、遅すぎるじゃないか。
 遅い。遅い。僕はなんでもかんでも全部遅い。死ぬのが怖いことに気づくのも、それでも自分を助けるために命懸けで動いてくれる人がいる事を知ることも、なにもかも。それだけじゃ飽き足らず、その人がどんな苦痛に晒されているかに気づくのにも遅いだなんて。
「早くッ!」
 光はどんどん増して、零号機の外郭が、夕日を浴びているかのように歪み始めていた。零号機はそれでも折れかかった膝を伸ばした。初号機の射線を邪魔しないためだ。どんどん光に押されて丸まっていく背中をもう一度起こそうともがいている、装甲がほとんど溶けているのが後ろからでも分かるほどなのに。溶けて、消えていく。今はもう夕焼けじゃないのに。真夜中なのに。夜中に太陽だなんて、許されないはずなのに。
「綾波ぃ!」
 照準マークが真っ赤に染まった。手の震えが止まっていたおかげでしっかりトリガーを引くと、光が光を押しのけて、遠く遠くの結晶体のど真ん中を貫いた。
 陽電子砲の砲身は溶けて、繋がっていた電線もすべて焼けた。もう出来ることはひとつもない。だったら、使徒を殲滅したかどうかなんて、確認しても仕方がない。うまくいってれば僕は生きてるし、駄目だったなら逃げるか死ぬかしかない。互いの砲撃の衝撃のせいか、また繋がらなくなった通信からの指示を待つまでもなく、倒れた零号機を抱えた。
 予想通り、光を真正面から受け止めた前面の装甲は完全に溶けていて、以前見た初号機の装甲の下同様、生々しい素肌が露出して、両腕はすっかり焼け焦げていた。幸い、エントリープラグはうなじにあたる部分から挿入されて、そこはまだ装甲が溶けかかっているだけだった。緊急脱出機能が作動するとは思えないので、躊躇する選択肢も浮かばないくらい、とっさにプラグを隠す装甲を剥がそうとしたら、ジョイント部分が溶けて動かなくなっていた。
 初号機の肩に仕込んであるナイフで切り取ろうと、肩部ラックの開閉スイッチを押すけど、反応がない。横目で見ると、初号機の肩の装甲も溶けかかっていて作動しないらしい。すぐに初号機をしゃがませて、両手で支えていた零号機を膝の上に置いて左腕だけで身体を起こさせ、空けた右腕で肩の装甲を叩き割る。内部の構造は無事だったらしく、ラックが開くとナイフがスライドして取手を差し出してきた。零号機のプラグの蓋を切り落とすと、プラグが途中まで伸びて、LCLを抜く機能も作動した。そっとプラグを抜いて地面に置く。
 初号機のエントリープラグも排出させて、訓練通りに簡易リフトを使って地上に下りると、たった3,40メートルを駆けつけるのに二度も転んでようやくハッチに辿り着いた。笑えないほど、膝が笑っていた。生きているのに怖い。その理由は考えたくない。高熱のハッチを掴む。熱くて冷たい。でも、大丈夫だ。こういう時もスーツのお蔭で、齧りつける。あとはハッチの開閉機能まで溶けていないことを祈るだけだ。訓練よりもずっと固いレバーをどうにか回転させて、なんとか回しきってハッチを開けることができた。手前に倒れたドアから生臭い湯気がもうもうとたちこめる。LCLが蒸発している。そんな中にいたら、人間はどうなるんだ?
 縁に頭をぶつけないように気をつけながらハッチをくぐって、シートに横たわる、綾波の肩を掴んだ。僕はまだ生きているから、両掌が氷の針が刺さっているかのように痛む。スーツの防護も熱したハッチには敵わなかったらしい。
「綾波、大丈夫!?綾波!」
 揺り動かすと、それが正しい処置かどうかはわからないけど、綾波の唇と眼がゆっくり動いて、閉じていた瞼がゆっくり開いた。血の色の瞳が少しずつ焦点を合わせて、何度かのまばたきを経て、僕の顔を認めてくれたらしいことを感じると、思わず腰がLCLの残るプラグに沈んだ。
「よかった、綾波が無事で」
 僕の震えた喉と唇では、これだけ言うのにもひと苦労だった。まだ湯気の残るプラグの中では視界が良くなくて、睫毛に蒸気が張りついた。そのせいなのか、僕の視界が急速に歪んでいるのは。
「なに、泣いてるの」
 自分が泣いていることに気づかされて、なにか言おうとしたけれど、喉がけいれんしていて、とっさに声が出なかった。綾波が首をかしげたらしく、青い髪が揺れたのがわかった。
 熱気の残るプラグの中でも涼しげな綾波の声が、分厚い金属の塊のプラグに少しだけ響いた。濡れぼそった髪にLCLが滴って落ちるのが、歪んだ視界でも妙にはっきり映った。綾波が左耳を覆う自分の髪をかきあげて、耳を出した。肌が白い。綾波のなにもかもが、ここでは不釣り合いに見える。喉が鳴るのも目から涙があふれて止まらないのも一向に止んでくれない。僕は泣いている。子供みたいに泣いている。ついさっきまで、人類の叡智を結集した力を使ったばかりの人間なのに、そんなことは何もなかったかのように泣いている。
 彼女の質問に、応えられない。答えも出ない。
 生きていること、生きててくれたこと。助けてくれたこと。わからない、だからなにも言えなかった。なにか確かなことはないだろうかと、何度も濡れた腕で濡れた目をこすって綾波を見る。綾波の耳が見える。さっき髪を後ろにかけたせいだ。
 うん、綾波レイが見える。無駄な事をしない綾波レイがここにいる。任務を終えて、なんの用もないだろう僕の言葉を待っている。
「自分にはなにもないなんて、そんなこと言うなよ」
 考えている事と言葉が一致しない。一致してないのかどうかもわからない。
「別れ際にさよならなんて、悲しいこと、言うなよ」
 つっかえつっかえ、思ってもいない言葉しか出てこない。止まらない涙が何度も目の前を霞ませる。綾波が顔を伏せて、後ろにかけた髪が、ぱらりとまた彼女の頬を覆った。
「ごめんなさい」
 任務を終えた綾波から、なにか聞ける言葉があるなんて。
「こんなとき、どんな顔をすればいいか、わからないの」
 自分自身がどんな顔をすればいいのかわかってないのに、そんなことを聞かれても、やっぱり答えられない。僕にわかるのは僕だけで、その僕にも僕がわからないのに。
 死にたくなかった。父さんの役に立たないままだなんて、ミサトさんが呼んでくれるのに答えられないだなんて。ただそれだけのために立ち上がって、綾波に助けてもらえた。
 そんな僕をみて綾波がどんな表情すべきかなんて、僕にはわからない。
 わかってることは、生きているということ。僕も綾波も、無事生きている。どう考えても、死にそうだったのに。
 でも生きている、こうして向かい合っている。
 だから、今すべき表情は、たったひとつしかないんじゃないか。
「笑えばいいと思うよ」
 僕はいま、お手本を見せることができているだろうか。なんの保証も自信もない。でも、その無理のせいか、涙がおさまってくれて、綾波の姿はよく見えた。生き延びて、助かって嬉しい。なによりも自分がまだ生きていることが。そして、生かしてくれた綾波も生きていたことが。だからきっと、僕は笑えるはずなんだ。それくらい、普通はわかりきったことだ。そうだ、わかっている、実はわかっているんだ、僕は。
 綾波が、眉を上げて、目を丸くして、僕が見たことのない顔をしていた。意味のないことをしない綾波レイがこんな顔をするくらい驚くなんて、僕は今、どれだけ不細工な顔をしているんだろう。
「立てる?」
 綾波にそんな顔をさせている自分に耐えられなくなって、手を差し出した。綾波が伸ばしてくれた手を掴まえて、ゆっくり引き上げた。
 薄明りの中で、僕の目の焦点が自然と切り替わって綾波の顔を見つけた。プラグから出てくる綾波の頭を下がって、耳にかけていた髪が、今度こそ完全に落ちた。
 エントリープラグをくぐり抜けた綾波の顔が上がった。

 あ――。

 電力が回復していない山の中はまっくらだと思ったら、そういえば薄明りが灯っている。そうでなきゃ、山の中では何も見えない。周りの設備も初号機についているライトもすべて使徒の攻撃で壊されているのに、この灯りの正体がなにか、彼女の赤い瞳に空に浮かぶまん丸いもので初めて気がついた。この薄明りは頼りなく、薄い。 
 行こう、とだけ言った。綾波はまさか、どこへ?なんて聞き返すことはなかったけど、発した言葉が自分にそのまま返ってきた。
 いったい、どこへ、だれのため、なんのため。
 あの瞬間の答えが見つけ出せただけで、この先のことは、やっぱりなにもわからない。わかったなんて、過去になれば気のせいになるんだ。
 そして気づいている。捜索隊の明かりの方へ行けば間違いなく帰ることができて、あの病室に逆戻りで、また一人ぼっちになるってこと。

 でも、笑った。

 いま、笑ったんだ。









<つづく>

































◆◆◆◆



「いやあ、よく買えましたね。並ぶとすごい待つんですよ。予約してくれたんですか?」
 実は甘党だという青葉シゲルが手に取ったシュークリームをまじまじと見つめながら、自慢げな顔を一向に崩さないミサトを気遣って言った。
 葛城ミサトが買ってきたのは、彼女の住むマンションから比較的近い洋菓子店『近江屋』のシュークリーム。生クリームとカスタードが二層になっていて、それが夏の雲のように立体的で大きなシューの皮にたっぷり入っているのが特徴的な、毎日売り切れ必至の商品である。お値段はサイズに反して170円、増税にもめげず、創業から変わらぬ値段らしい。
「いやでも、よく買えましたね。予約してたんですか?」
「そうよお、それでも持ってくるのに開店同時で受け取れてギリなもんだから大変だったわよ」
「すいません、わがまま聞いていただいて」
「マヤ、わがままなのはミサトだから気にしなくていいのよ。部下のリラックスぶち壊す上司なんて、ロクなもんじゃないんだから」
 自称「数合わせ」で呼ばれているリツコが、周囲のイメージに反して豪快にかぶりついて、ついたクリームは上品に拭いながら部下を気遣ってみせた。
「来てるアンタが言うなっつうの」
「まあね。でも正直、忘れる可能性もあったからホッとしたわ。あなた、食に疎いじゃない」
 いかにも、思い当たる節がありますといった口調だ。
「人間関係は疎くないから大丈夫よ。寝坊対策もばっちりッス」
「あれからこっち、皆そうよ」
 とは言いつつ、リツコもミサトの激務はよくわかっていた。ヤシマ作戦後、ミサトは積もりに積もった請求書と、法律上ギリギリの行為(ギリギリアウト、という意味で)をこれでもかと駄目押しに次ぐ駄目押しで通していった分の始末書を処理するだけで一日が終わるほどだった。
「ま、ちゃんと対策取るんだから、成長したわね。目覚まし10個置いたとか?」
 長い付き合いゆえにそんな意地悪そうに笑うことも不自然ではないとは言え、リツコのそんな顔を、さも珍しげな顔で見るマコトをマヤが目顔で咎めた。
「まっさかあ、やっぱ最後はマンパワーってやつよ、みんなもヤシマ作戦でわかったでしょう?結局信じられるのは人の心っつうね」
「てことは――」
「シンジ君に並んでもらったの。確実でしょ?」
 うっとりシュークリームを眺めていたシゲルが思わずといった様子でこぼした。
「マジすか」
「葛城さん、やばいっす、それは、ちょっと」
「……」
 伊吹マヤが無言でシュークリームに目を落とした。
「あなた、恥ずかしくないの」
 リツコの声は震える寸前だ。
「え、あー、やっぱまずかった、かしら」
 自分たちが舌鼓を打っていたものが、それを食べるきっかけとなった作戦の功労者の更なる犠牲によって成り立っていた――安い量販店の服を作る新興国の住民のドキュメンタリーを見たような気まずさが立ち篭める。
「おほほほ、えーと、ごめん、退散するわ!」
 手にしていたシュークリームを強引に頬張ったミサトは、残された人間の気持ちも知らずに退室した。
「盛り下がったなあ……」
「誰だよ、葛城さん誘ったの」
「日向君です」
「いやその、悪気はないっていうか、まあそれが問題っていうところもあるっていうか」
 ぶつぶつと言い訳する様子を尻目に、リツコがそっと退室して後を追った。ミサトの背中の小ささに、ついには堪えきれずに声を漏らすと、憮然とした顔に出迎えられた。
「なによう、どっちなのよう」
「まったく、シンジ君は怪我してるんだから。退院したばかりの恩人を働かせてどうするの?」
「まあそうだけど」
「ふふ、まあ、シンジ君をそういう日常の場に出す事は良い事だと思うわ。今回は理不尽だけど――」
 その先の言葉は飲み込んだ。その代わりに訊ねたい事があった。
「通夜、どうするの?」
 リツコは立場上行かねばならないが、ミサトは直接的な上司ではないので興味があった。しかし予想通り、彼女はかぶりを振った。
「行かない。どのみち、全部に出席できないから」
 だから多分、あんたが死んでも私は行かないわ、とミサトは付け加えた。リツコは安心して頷いた。自分もそれでいいと思ったこと、それが相手に伝わるという確信を持って。
「それじゃ、また」
 自分のオフィスへ戻っていくリツコの後姿を見届け、ミサトは自分のオフィスへの道を再び進み始めた。
 ヤシマ作戦。結果は使徒殲滅、人類側の死者はわずか一名。奇跡的な勝利だ。
 あの決戦の分け目のひとつは、間違いなく送電設備の回復だった。第一射後、予定されていた45秒を10秒縮めることができていなければ負けていた。あの時点で、盾も零号機も限界を超えていた。薄氷どころか、湖を走り抜けるような奇跡。
 10秒を縮められた理由は、破損した電線を延長させるユニットの交換方法だった。通常のオペレーション通りならば作業車に乗り込んで行うところを、時間短縮のため危険を承知で現場作業員が手作業での交換を行った。それが勝利をもたらした。そして、その作業員は流れた電流でショック死した。即死だったという。
 かぶりを振って、ミサトはちらつく犠牲者の顔を思わず払おうとした。この作戦を提案した自分に、感傷に浸れる資格などない。被害者面なんて以ての外だ。ミサトは何度もかぶりを振ったが、離れない笑顔に舌打ちしたい衝動に駆られ、無礼さに気づいて必死でこらえた。
 深呼吸して、オフィスの椅子に腰かけ、口の中に残る甘さが、パティシエになるのが夢だというろれつの回らない彼の言葉を思い出させた。
 目の前の散らかった書類をどかして、メモ用紙を引き寄せてペンを取った。
 少し、そのままでいた。
 それからゆっくり、歌を口ずさみながらペンを動かした。この絵描き歌は、実は得意だ。子供の頃、病院で時折書いていたから。だからこの歌は好きではない。それでも描いていくと、大きな目や口が少し彼に似ている事に気がついた。似ているなんて言ったら失礼だろうか、なんて考えてしまったから、最後に彼が憧れたコック帽を大きく描いていくと、最後の最後で喉が詰まって声にならなかった。
 彼は迷わず飛び込んだ。いつもそういう、目標のために頑張る男だったと、技術部3課の課長の言葉が耳の奥で再生される。昨日からずっと彼女のどこかで鳴っている。
 どんな手段を使っても、使徒を必ず倒す。そのために生きてきた。
 誰が、如何にして死のうとも。そういう意味だとわかっていた。
 だから、彼女は最後まで歌わなければならなかった。締めつけられた喉を開いて歌って、己の身体に刻みつけなければならなかった。他人の夢や希望も命と合わせてまるごと燃料に進む道を歩いていることを。そしてこれからも、人懐っこい笑顔も可愛らしい夢も信頼も、すべて食い物にして。

「あっ、という間に、かわいいコックさん♪」






























あとがき

こんにちは、ののです。
いきなりですが、まずは感謝の言葉を。

まずは、10数年、すべてのアヤナミストと僕の重要拠点となってくれている、このサイトの管理人、tambさん。

そして、まさかの復活を遂げたHIROKIさん!
今回はHIROKIさんからとても影響を受けました。
偉大なパイセンが頑張ってる!おれもまだやれるはずや!
そう思うことができました。

そしてそして、掲示板で感想をくれる常連の皆様がた。
また、なにより、読んでくれた皆様。

これまで、本当にありがとうございます。
なんとか復活しました。

さて。
改めまして、こんにちは。ののです。
『Growing Comedian』連載再開です。
連載開始から8年目で5年ぶりに4話目の公開というのは、なかなかの珍事かと。
連載のつづきなんですが、時系列はうんと遡ってしまいました。
理由は色々ですが、簡単に言うと「書きたいことが多すぎて、はじめから書かないといけなくなった」ということに尽きるかと思います。
始め方が悪かったかな、という気もしますが、はじめてなければそう思うこともないわけで、そもそも、昔のことを言っても仕方がありません。
とにかく、ひとまずここからまた始めることにしました。
その意味も込めて第5話のタイトルは『ここから』としました。

ヤシマ作戦をちゃんと書いたのは、なんと15年ぶりです。
え!?私のキャリア、長すぎ……?(゚o゚;;
実際、今はなき某サイトで、スパシンものの連載を書いた時以来です。
大人になって書いてみて、色々と新鮮でした。やっぱり、すごくアイコンとなった話だなと改めて感じます。
題名は毎回頭を悩ませるんですが、今回ばかりは原題に勝るものなく、そのままで。やはり、それだけ訴求力のある話なんだと思います。
とはいえ今回、実際にはテレビ版と新劇場版の展開がごちゃまぜになっています。これはもう、ある程度しょうがないなと。新劇場版も定番になっていますから。世間的にも、なにより自分の中でも。新劇場版も「再構成」って感じですしね。
中身は二次創作のご多分に漏れず、話を色々都合よく動かしてます。
でも、アスカとカヲル君出しちゃう予定なかったんだけどなあ。
この二人は、僕の手に余ります。勝手な事するんですよ、本当に。
そこが魅力です。

それにしても、すごいボリュームになってしまいました。
お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
次回は、さすがに、5年も空けずに書きたいと思います。
いつになるかのお約束はできませんが、これからも書いていきたいと思っています。

感想・批判・悪口など、メールや掲示板でお寄せいただきましたらば幸いです。

この先も呑気に書いていられる平和が続くことを祈りつつ。

では、また。




ぜひあなたの感想を


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