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ずっと看病をしたせいか、付き添っている間何度か唇を重ねたせいか、レイがミサトの 部屋を出た翌日、入れ替わるようにしてシンジは発熱した。 四肢に力が入らず、目を開くのすら億劫な虚脱感。薬はもちろんのこと、ただでさえ少 ない食事を摂ることすら煩わしい。そしてそれは、単に体調が悪いからというだけではな かった。まるで自分の中にある生への気力を、全てあの月夜の晩に置いてきてしまったか のようだった。 『碇くん、さようなら……』 もう本当に、自分には何もないのかもしれない。 熱のせいで意識がぼんやりとする中、シンジはそんなことを思い続けていた。 心から大事に思えるものを、やっと見つけることが出来たのに。 それを失ってしまった自分は、どうしてここにいるのだろう。 ここにいる理由なんて、もう何もないのに。 長い間考えることのなかったその疑問を思うとき、シンジの心は言いようのない虚無感 に満たされ、立ち上がる気力すら振り絞ることが出来ない。 だが周囲はそんなシンジを放っておいてはくれず、時計の針は前へと進むのを止めるこ とはない。体調が回復すればいつまでも学校を休むわけにもいかず、ネルフでの訓練をサ ボるのにも限界があるだろう。 だが真実がみんなの知るところとなったとき、一体どうすればいいのだろう？ 「シンジ君、入るわよ？」 部屋の襖が開く音がして、ミサトが顔をのぞかせた。 「どう、具合は？」 「少しは、良くなってるみたいです」 「熱は？」 「まだ少し……」 「ちゃんと薬は飲んだ？」 「はい」 「これもいい休養だと思って、ゆっくり体を休めてちょうだい。それと……」 勿体をつけるように一旦言葉を切ると、ミサトはニタリと笑った。 「ちゃんと風邪を治して、今度こそレイと初デートしなきゃねえ」 ミサトの言葉に悪意がないのはよく分かっていた。 ただ彼女は真実を知らないだけなのだ。 そして嘘をついたのは自分自身。 このままレイが葛城家に留ると、シンジやアスカに風邪をうつす可能性がある。チルド レン３人が全員風邪でダウンするわけにはいかないから、レイは自宅で療養することにし た。そんな作り話だ。 レイとの間に何かが起こったことは、やがてミサトやアスカの知るところとなるだろう。 作り出した嘘がいつまでも続かないことくらい、シンジにも分かっている。 だがどうして、レイのあの告白を打ち明けることができるだろう。 誰がそんな話を信じるというのだろう。 そして何より、これから自分はどうすればいいのだろう。 答えのない疑問を忘れ去ろうとするかのように、シンジは頭から布団をかぶり、眠りの 世界へと逃げ込むのだった。 Kimiの名は −第十二話− レイが去って一週間が経つころには、シンジの体調もすっかり回復していたが、心の中 の厚い黒雲が晴れることはなかった。ほんの少し前まではあれほど楽しかった日常生活も、 今ではひどく陰鬱なものとなってしまい、その雰囲気は周囲にも伝染しつつあった。 「ねえパパ……」 「何？」 「あんまし面白くないね」 夕食後のリビング。シンジとキミちゃんはクッションの上に腰を下ろし、何となく二人 でテレビを見ていた。いつもと少し違うのは、そうしているのが二人だけだったというこ とだ。 ミサトは本部で夜勤。アスカはヒカリの家に泊り込みで遊びに行くらしい。ペンペンは 冷蔵庫の中で眠ったままだ。キミちゃんと二人だけの家はがらんと広く、ひどく静かで寂 しげに感じられた。 (今までは、一人でもそんなこと感じなかったのに……) いつもは明るく活発なキミちゃんも、母親が恋しいのか、レイがいなくなってからとい うもの、目に見えて元気がなくなっていた。 お気に入りのテレビを見ていても、どこか心ここにあらずという様子だったし、夕飯を 少女の好きなメニューにしてみても、もそもそ咀嚼する表情は冴えないままだった。そん なキミちゃんを元気付けようと、シンジは無理をして明るく振舞ってみたりもしたが、そ の顔に笑顔が戻ってくる様子はなく、やがてご機嫌取りにも疲れてしまった。 「ママ、早く帰ってこないかな……」 小さな口からポツリと漏れた言葉が、シンジの胸に突き刺さる。 「ねえパパ……」 「何？」 「今日はママ帰ってくる？」 「……ううん、まだ帰ってこれないんだ」 「じゃあいつ帰ってくるの？」 「きっと、もうすぐ……」 「でもパパ、昨日も、その前もおんなじこと言ってたもん。なのにママ帰ってこないよ」 隣で膨れっ面をする少女の顔を、シンジは正視することが出来なかった。 ミサトたちに嘘をついたように、シンジはキミちゃんに、レイはどこかに出かけている だけだと話していた。しばらくの間はそれでお茶を濁すことが出来た。だがいくら幼児と はいえ、キミちゃんも馬鹿ではない。いつまでも同じ言い逃れが通用するはずもなく、い つしかシンジは質問の答えに苦労するようになっていたのだ。 「ねえパパぁ、ママいつ帰ってくるの？ ママのとこに連れてって」 「うん、今度ね……」 「今度じゃなくて、今行こうよぉ」 「今は駄目だよ……」 「なんでダメなの？」 「だって、今日はもう遅いし、今は綾波も忙しいから……」 「じゃあ、いつならいいの？」 「きっと、そのうち……」 「それじゃ分かんないよ。ねえ、ママはいつ帰ってくるの！？」 「そんなの、僕だって分からないよ！」 つい声を荒げてしまった後で、すぐにシンジは後悔した。いくら鬱屈したものが溜まっ ていたからとはいえ、子供相手にそんなことをするなんて最低だ。この子にそんなことを しても、何も変わらないというのに。 突然怒鳴られたキミちゃんは驚いたようにシンジを見つめていたが、やがてその頬が真 っ赤になっていき、瞳からはポロポロと大粒の涙が零れ始めた。 「ぅ……ぅぇ……うえぇぇん！」 「ゴメン……。君にあたってもしょうがないのに」 「うえぇ、ママに、うえ、会いたい……」 「僕だって……」 あの日別れを告げて以来、レイは意識してシンジとの接触を避けていた。 学校でレイの姿を見る日はなく、エヴァのテストで顔を合わせることはあっても、交わ されるのは本当に必要な業務上の言葉ばかり。仕事が終わった後には、レイは半ば逃げる ようにしてネルフを後にしてしまう。勇気を出して携帯に電話を掛けてみても、回線が繋 がることはなかった。 そして時がたつにつれ、シンジ自身、レイと顔を合わせるのを怖れるようになっていた。 出会った頃のような冷たい眼差しを向けられたり、素っ気ない態度を取られるのが怖い。 もう一度拒絶の言葉を投げられたら、自分は本当に立ち直れないかもしれない。一度そん な思いに捕らわれると、レイと向き合う勇気が出てこないのだ。 だがその一方で、抑えきれない思いがシンジの中で燻っていた。もう一度レイと会って 話がしたい。戻ってきてほしいと、その思いを伝えたい。そうすればもしかしたら……。 怖れと期待、或いは未練。幾つかの相反する感情の板ばさみになり、やりきれない思い に身を焦がす日々が続いていた。 （でも、もう限界だ……） まだぐずっているキミちゃんを抱きあげると、シンジはその耳元で囁いた。 「会いに、行こうか……」 「う？」 「一緒に、会いに行こう」 「ママに、ひっく、会えるの？」 「うん、行こう」 次の日の夕刻。人気のない廃墟のような集合団地の入り口に、シンジとキミちゃんは二 人佇んでいた。 ネルフでのルーティーンワークを終え、キミちゃんを保育施設から引き取った後、二人 はレイの住むアパートへとやってきたのだ。 シンジがこの場所に来た回数は片手に余るが、何度来ても好きになれそうな場所ではな かった。日が暮れかかっているにも関わらず、灯りの点く街灯がまばらにしかないため周 囲は薄暗い。部屋に点る明かりや、ベランダに置かれた観葉植物といった、日常生活の匂 いも全く感じられない。そこに人が存在する気配といったら、団地の駐車場に銀色の車が 一台止まっていたくらいのものだった。 もうこの場所にレイは戻ってくるべきではない。シンジは強くそう思った。周囲の物事 に無関心だったレイは、もういない。シンジたちとの生活を通じて他人との繋がりを知り、 ようやく人並みの感情が芽生えたレイにとって、この場所はあまりにも寂しすぎる。 「ねえパパ、ママはホントにここにいるの？」 「うん」 「あたし、あんましここ好きじゃない。だからママに、早く帰ろうって言おうよ」 周囲の殺風景な光景に何か嫌なものを感じたのか、キミちゃんがシンジの腕にしがみつ きながらそう訴えた。 「そうだね、帰ろうって言わなくちゃね」 以前の記憶を頼りに団地内を進むうち、胸の鼓動が徐々に早くなっていく。怖くないと いえば、それは嘘になる。やはり思い直して帰った方がいいのではないか、そんな思いが 心をよぎりもする。だがシンジは迷いを振り払って歩き続けた。今の宙ぶらりんの状況で 立ち止まっているよりは、少しでも前へ進む努力をしたほうがいい。レイに好きだと言っ たときも、そうだったではないか。自分にそう言い聞かせた。 「気を付けて、転ばないでね」 「うん、だいじょぶ」 蛍光灯が切れかかっているため薄暗い階段を、足下に気を付けながら進む。４０２号室 の前に立つと、シンジはノブに手をかけようとして躊躇い、少し考えた後でドアをノック した。 「綾波、碇だけど」 返事はない。声を大きくして、もう一度呼びかけてみても同じだった。だがテストが終 了して大分時間が経っているし、帰り道にレイが寄り道をするとも思えない。となれば、 彼女が戻ってくる場所はここしかないはずだ。 できることならレイの方からこの扉を開いてほしい。そんな思いを胸に、シンジはドア を叩き続けた。 「綾波、いるんだろ？」 「ママぁ！」 キミちゃんと二人で呼び続けても、相変わらず反応が返ってくることはなかった。やは りそう簡単には会ってくれないということなのか。しばらく粘ってみたものの、ドアが開 かれる気配はない。 今日のところは一旦諦め、また明日出直そうか。 そんなことを思いかけたとき、シンジは、ドアの向こうからカタリと微かな音を聞いた 気がした。 「綾波、そこにいるの？！」 ざわりと、背筋を伝うように震えが走る。直感でレイがそこにいると確信したシンジは、 ドア越しの呼びかけを続けた。 「綾波、僕だよ、話がしたいんだ」 繰り返し呼びかけてみても、返ってくるのは沈黙ばかり。だがレイがドアの前まで来て いたということは、まだ可能性はあるということだ。 「綾波、入るからね？」 そう宣言した後、シンジはドアノブに手を掛けた。火照った手の平に、ひんやりとした 金属の感触が伝わっていく。ゴクリと唾を飲み込むと、シンジは意を決してドアノブを捻 った。 「鍵が、閉まってる……」 何か固い物で殴られたかのように、頭がくらくらとした。 レイが自分の意思で鍵を閉めている。その意味を理解するのは、さほど難しいことでは なかった。 今のレイには、部屋に入ってきてほしくない人間がいる。その人物がこの場所を訪れる のを予測して、彼女は鍵を掛けたに違いない。そしてレイが予期していた来訪者は……。 微かな希望を絶たれ、シンジはその場にへたり込んだ。 自分はレイに拒絶されたのだ。 もう以前のようには戻れないのだ。 二人で手を繋いで歩くことも、夕食の準備を一緒にすることも、キミちゃんに一緒に絵 本を読んであげることも、もう二度とない。失ってしまった物の重さと、押し潰されるよ うな胸の苦しさに、いつしかシンジは嗚咽を漏らしていた。 「パパ、何で泣いてるの？ どうしたの？」 「う、ぐ、うう……」 「パパ、どこか痛いの？ 泣いちゃダメだよぉ」 突然その場に蹲ったシンジに驚いたのか、キミちゃんは狼狽した声をあげた。 少女はシンジの傍にしゃがみこむと、痛みがシンジの中から飛んで行けとばかり、何度 も何度も背中をさする。洋服越しに感じるキミちゃんの手と、少女なりの一生懸命さが温 かい。だがその温かさすらも、今はシンジの失ってしまったものを思い出させるのだ。 子供の前だったが、涙が枯れてしまうまでシンジは泣き続けた。 いつしか完全に日は暮れ、周囲は闇に包まれる。 やがて目尻から零れるものも尽き果てると、シンジは座り込んだまま両膝を抱え、その 間に突っ伏すようにして顔を埋めた。 もう全てがどうでもいいことのように思えた。 絶望が通り過ぎると、それに入れ替わってやってきたのは無気力だった。 抜け殻のようにその場に蹲り、周囲の全てから自分自身を閉ざすシンジ。 その脇には、同じようにしてその場に座り込むキミちゃんがいたが、その存在は今のシ ンジにとって何の意味も持っていなかった。 「う？」 するとキミちゃんが、何かに気づいたように声を漏らす。 「あ……」 隣に座っていたキミちゃんが突然立ち上がったのを、シンジは別の世界のことのように 感じていた。ふっと空気が流れる気配がし、少女の嬉しそうな声が廊下に響き渡ったとき でさえ、まるで現実感が沸いてこなかった。 「ママぁ！」 走り出す少女の足下で、クマの絵がプリントされた靴がパタパタとリズム良く音を立て る。キミちゃんが見つけたのは、廊下の向こうからシンジたちの方へ歩み寄る二つの影だ った。小さな体で一生懸命駆け足をするキミちゃんは、やがて目的の人物に辿り着くと、 飛び込むようにしてその足にしがみついた。 「ママ、どこにいってたの？ あたしね、ず〜っとママが帰ってくるの待ってたんだよ」 「そう、ごめんなさい」 「ママ、もうどこにも行かない？」 「ええ、どこにも行かないわ」 「ず〜っと、あたしとパパと一緒にいる？」 「そうね、ずっと一緒にいるわ」 「ほんと？ やくそくする？」 「ええ、約束するわ」 「じゃあママ、抱っこ」 何度も確認した後でやっと安心したのか、キミちゃんは嬉しそうに微笑むと、“ママ” と呼ぶ相手に抱っこをせがんだ。そしてすぐにその願いがかなえられると、少女は抱かれ ている腕の中から、その場にいたもう一人の人物を見つめた。 「う？ パパ？」 「そうだよ。キミ、ちゃんといい子にしてた？」 「うん、あたしいい子にしてたけど……」 「してたけど、どうしたの？」 「あのね、パパは、あたしのパパだよね？」 「そうだよ。キミはパパのこと忘れちゃったの？」 「ううん、忘れてないよ。でもねパパ、あっちにいるパパも、あたしのパパなの」 「うん、そうだね」 「じゃあ、なんであたしのパパが二人いるの？」 「そうだなあ、どう説明したらいいかな。キミと今話をしているのは大人になったパパで、 あそこにいるのは子供の頃のパパなんだ」 「う？」 「はは、キミにはまだ少し難しかったかな」 「よく分かんないけど、こっちのパパもあっちのパパも、あたしのパパなの？」 「そうだよ。だからどっちのパパも、キミのことが大好きなんだよ」 「ほんと？ えへへ」 三人の間で交わされるそんな会話につられ、シンジはのろのろと顔を上げた。 「綾……波？」 キミちゃんを抱っこしているのはレイだった。少なくとも最初はそう思えた。だがよく 目をこらすうち、シンジには確信が無くなっていった。 それは、シンジが知っているレイではなかったのだ。 白無地のワンピースに水色のカーディガン。蒼銀の髪は肩の辺りまで伸ばされ、唇には 淡いルージュの色が見て取れる。シンジの目の前にいるレイは、記憶の中にいる制服姿の 少女ではなく、落ち着いた大人の女性の雰囲気を纏っていた。 そのレイはキミちゃんを抱いたままシンジの方へ歩み寄ると、深みのある真紅の瞳で少 年を見つめた。 「ごめんなさい、こんな時に。でも、他に良いタイミングが思い浮かばなくて」 訳が分からないまま、呆然とその場に座り込むシンジ。するとレイの隣に立っていた男 が、やや困惑気味に言葉を繋いだ。 「えっと、やっぱり、初めましてっていうのかな、こういう時は……」 そう言って少し困ったように微笑む男に、シンジは思わず息を飲んだ。デニムシャツに ジーンズというシンプルな服装の男は、自分自身にあまりに似すぎていたのだ。 男の身長はシンジよりもずっと高く、肩幅も大分広い。だが無造作に垂らされた前髪や 細身の体、顔の作りなどは瓜二つだったし、その眼差しの奥に宿る光には、シンジと通ず る何かがあった。 「ゴメン、やっぱり驚かせちゃったみたいだね」 「あ、あの、あなたは……」 「僕は、君だよ」 「へ？」 「正確に言うと、未来の君だよ」 「み、未来？」 「うん。こんなこと言われても、急には信じられないだろうけど……」 最早パンク寸前の頭を必死に宥めると、シンジは男の隣に立つ女性に尋ねた。 「じゃあ、あの、あなたは……」 「私はレイ。あなたの知っている綾波レイよ。もう今は、綾波は旧姓だけど」 「旧姓？」 「ええ、今は碇レイなの」 「碇……」 頭がどうにかなってしまいそうだとシンジは思った。 未来からやってきた自分自身？ 目の前の二人は夫婦で、自分はレイと結婚している？ この人たちは一体何を言っているのだろう？ どうしてそんなことが信じられるだろう？ 自分は悪い――或いは最高に素敵な――夢でも見ているのだろうか？ そんな心の内を見透かしたのか、もう一人のシンジは落ち着いた口調で語り始めた。 「君の気持ちはよく分かるつもりだよ。僕だって、初めて未来の自分に会ったときは信じ られなかったもの」 「あなたが？」 「うん。僕が未来の僕と会ったのも、やっぱりこの場所だったよ。レイの部屋のドアが閉 まっていて、自分はレイに拒絶されたと思って泣いていた」 「なんで、それを……」 「さっきも言った通り、僕は君なんだ。だから君のことはよく知っているつもりだよ」 などと言われても、そんな話がおいそれと信じられるはずもない。 まだ納得していない相手の様子を見てか、未来からきたというシンジは更に続けた。 「じゃ、こういうのはどうかな？ 君の英和辞典の表紙裏に何が挟まっているか、僕は知 ってるんだけどな」 「英和辞典？ ……あ！？」 少し考えた後で、見る見るうちに赤く染まっていくシンジの頬。その様子に興味を引か れたのか、レイが夫に尋ねた。 「ねえシンジ、何が挟まっているの？」 「え？ あ、いや、まあ、別に大したものじゃないよ」 「……そうやって、隠しごとするのね」 「べ、別に隠してなんか……」 「シンジ、目が泳いでる。後ろめたいことがある証拠」 「う……」 「……」 「わ、分かったよ、言うよ。……挟まってるのは、レイの写真なんだ」 「私の？」 「うん。ケンスケに売ってもらった、レイの写真が何枚か。別に変なやつじゃないよ。レ イが本を読んでるところとか、教室から外を見てるとことか、そういう普通の写真」 「そう、全然知らなかったわ」 「そりゃそうだよ、そんなことレイに言えるわけないよ」 どこか嬉しそうなレイに対し照れくさそうに言うと、未来のシンジは微笑みながら続け た。 「どうかな、少しは信じてもらえた？」 「は、はあ……」 誰も知らないはずの写真の在処とその中身まで当てられては、少しは目の前の人物を信 じざるを得ない。完全に疑念が晴れたわけではないが、今はもう少し相手のことを知る必 要がありそうだった。 「でも、あなたが本当に未来の僕なら、ここで何をしてるんですか？」 至極当然のシンジの問いに、二人は顔を見合わせた。 「僕たちは、未来を伝えに来たんだ」 「未来？」 思いがけない答えに、シンジは目を白黒させた。 「レイ」 「ええ、少しキミをお願いね」 「うん」 キミちゃんを夫の手に預けると、レイは持っていたハンドバッグの中から鍵を取り出し、 閉ざされた扉に差し込んだ。 「鍵なんて、あったんだ……」 「あったんだよ。今までそれが使われることはなかったけど」 カチャンという金属音がして、ロックが解除される。他人を拒絶するレイの空間に、未 来から来たというレイ自身が入っていく。シンジの頭の中は、まだ混乱から立ち直ったわ けではなかった。だが目の前のレイがやろうとしているのは、きっと自分たちにとって悪 いことではない。それは何となく理解できた。そしてシンジは半ば放心状態のまま、暗い 玄関の中に消えていくその後ろ姿を見つめるのだった。 何か見えない力に締め付けられているかのように、胸の辺りが苦しい。 鋭い針を突き刺されたかのように、心がズキズキと痛む。 涙など、もう尽きてしまったのだと思っていた。 全ての感情を断ち切ってしまおうと決めたはずだった。 それなのにどうして自分は、ドア越しにシンジの声を聞いていたのだろう。 シンジが嗚咽を漏らしたとき、どうしてドアを開きたいという衝動に駆られたのだろう。 古びたベッドに突っ伏すようにして、レイの意識は同じ所をぐるぐると回り続けていた。 一つ確かなのは、これでもうシンジがここを訪れることはないということ。そして自分 は、深い深い心の海に彼への想いを沈めたまま、全ての感情を凍らせてしまえばいい。そ れは悲しむべきことではない。レイはそう考えようとした。そこには喜びもない代わり、 辛いことも苦しいこともないはずだから。 (ただ、戻るだけ。以前の自分へと……) 様々な思いがない交ぜになりながら、レイの意識はまどろみと現実の境を泳ぎ続ける。 この部屋は、少女にとって絶対に侵されることのない領域だった。ここにいれば、外界 との繋がりを絶ったまま、静かに全てを捨て去ることができる。 だがその聖域は今、侵入者に侵されようとしていた。 (誰？) 聞き慣れない金属音の後に、何かが軽く軋むような音が聞こえる。それが玄関のドアが 開く音だと気づくのに、さして時間は掛からなかった。 レイはベッドから身を起こし、廊下とその奥にある空間を凝視した。カーテンを閉め切 っているため部屋の中は闇に包まれており、侵入者の姿を見分けることは出来ない。やが て闇の中から人影らしきものが現れ、レイは心を緊張させたが、部屋に入ってきたのはレ イが怖れていた人物ではなかった。 「この部屋、懐かしいわ」 その人物は部屋の中を見回すと、やがて正面からレイを見据えた。 「今晩は」 「あなた、誰……」 「私は、あなたよ」 「……何を言っているの？」 身を固くして警戒を解こうとしないレイを前に、侵入者は僅かに苦笑したようだった。 「そんなに固くならないで、と言ってもきっと無理ね。今のあなたには、そんな余裕はな いものね」 「……」 「この時の事は良く覚えているわ。彼が来て、ドアを叩いて、私の名前を呼んでいる。本 当は彼のところに飛び込んでいきたくて仕方がないのに、あなたは自分の心を殺して、じ っとベッドの中で蹲っている。楽しいことも嬉しいことも、そしてどうしようもなく辛い ことも、全てを心の奥に沈めてしまおうとしている。そうでしょう？」 レイは微かに身じろぎしたが、沈黙は守ったままだった。 「隣、座るわね。それと電気も付けるわ」 そう断って傍らにある電気のスイッチを入れると、女性はベッドの上に腰掛けた。 蛍光灯の光に目が慣れ、徐々に周囲の光景が識別できるようになると、レイは侵入者の 外見に軽い動揺を覚えた。 特徴的な蒼銀の髪、白磁のような白い肌、見た者に強い印象を残す深紅の瞳。少女と大 人の違いはあるとはいえ、目の前の女性はあまりに自分自身に酷似している。まずレイの 脳裏をよぎったのは、あの水槽に浮かぶ抜け殻の人形達のことだった。 するとそれを見透かしたかのように、その女性――碇レイは言った。 「大丈夫。私は、あそこから抜け出してきたわけではないから」 「……」 「私は、碇レイ」 「……碇？」 「ええ、今は碇シンジの妻だから、綾波は旧姓なの」 「碇くんの……？」 「そうよ。そして私は、十年後の未来から来たあなた自身。だからあなたのことは良く知 っているわ」 相手が軽い混乱から立ち直りきらない内に、もう一人のレイは、かつて自分が体験した 出来事を語り始めた。 シンジのことを意識するきっかけとなった、二子山での出来事。 彼への恋心に気づき、慣れない感情に戸惑ったこと。 祭の夜、初めて唇を重ねたときの感情の高ぶり。 他人との何でもない関わり合いにも意義があることに気づき、いつしか自分自身の未来 を求めるようになったこと。 それは綾波レイが辿ってきた道と、ピタリと一致していた。 「でもあなたは、自分に未来なんてないと信じ込んでいる。自分が幸せになることなどな いと思い込んでいる」 目の前の相手が話をしている間、ずっと無言のままのレイ。だが、外見とは裏腹にその 心は千々に乱れていた。 自分の心中をこうまで正確に言い当てるとは、目の前の女性は何者なのか？ ネルフのテクノロジーを以てすれば、水槽に保管されている人形の外見を、大人の女性 に変えることは可能なのかもしれない。だがどんなに科学が発展したとしても、こうも正 確に誰かの心中を把握することなどできないのではないか。 目の前の人物が未来の自分だなどというのは、あまりに突拍子もない話に思える。だが この女性は、本人でなければ知り得ない事柄をあまりに知りすぎている。 もし、万が一彼女の話が真実だとするならば、自分には、自分が思い描いていたのとは 違う道が存在するのだろうか？ 自分にもそれを歩むことが許されるのだろうか？ 「……私にも、未来があるの？」 碇レイの真紅の瞳が瞬き、優しく細められていく。 「未来は、いつだってあなたの前に広がっているわ」 「私の、前に……」 「今のあなたには、それが見えていないだけ。それを見ようとしていないだけ」 「……私には、分からないわ」 「いいえ、分かっているはずよ」 今にも消え入りそうな声で答えるレイに、間髪入れず言葉が返ってくる。 未来からやってきたレイには、かつての自分の心の内が手に取るように分かっていた。 「自分が何を望んでいるのか、あなたはわざと考えないようにしている。ほんの少し手を 伸ばせば、答えはすぐに見つかるはずなのに、それを恐れている。全てを失ってしまうの が怖いから。今の自分は、それに耐えられるほど強くないことを知っているから」 「……」 「あなたは何を望むの？」 「……」 「自分の心の中にある想いを、見失わないようにしなさい。そして心の片隅に、いつも希 望を持ち続けなさい。希望は、未来へと繋がっていくのだから」 俯いたまま、レイは何も答えない。だがそれも不思議ではないと碇レイは思った。良き につけ悪しきにつけ、自分が信じていたものを覆すのは簡単なことではない。今の自分が すべきなのは、かつて出会った未来の自分がそうしたように、少女の目を新しい可能性へ と向けさせること。そしてその後は、彼女が彼女だけの未来を作り出していくのだ。願わ くばあの少年と共に。 「もう気づいているかもしれないけれど、キミは、私とシンジの間にできた子供なの」 「……」 「あなたは、あの子の名前がどうしてキミなのか分かる？」 レイが僅かに首を振った。 「キミのキは希望のキ、ミは未来のミ。キミはね、私とシンジにとって、希望と未来の象 徴だったの」 「……」 「あなたと同じ年だった頃、私はキミと初めて出会ったわ。そしてそれからずっと、あの 子とシンジが私の心の拠り所だったの。私も二人と一緒の未来を共有したい。その思いが、 私を変えてくれたわ」 「……」 「それは、あなたにとっても同じはずよ。あの子はね、あなたの未来を映し出す鏡なの。 そしてそこへ繋がっていく希望。それをあなたに知ってほしくて、あの子をここに連れて きたの」 碇レイは微笑むと、少女の肩に手を置き、優しく語りかけた。 「今すぐに答えを出せとは言わないわ。でも、一つだけあなたにも知っていてほしいの。 この世界は可能性に満ちている。そしてその中には、あなたが望む未来も必ずあるはずよ。 だから、自分から全てを捨て去ろうとしないで」 「……」 「この後、きっと彼がここにくるわ。彼に、あなたの気持ちを伝えられる？」 「私は……」 一言だけ漏らしたきり、レイは沈黙した。その姿は、ハンターに追いつめられた小さな 動物のように弱々しい。おそらく少女の心の中では様々な思いが入り乱れているのだろう。 碇レイはそれを黙って見守っていた。もう彼女が綾波レイにしてあげられることは何も ない。ここから先は他の誰でもない、綾波レイ自身が答えを出さなければならないことな のだから。 「話、まだ続いてるのかな……」 「そうだね」 「綾波は、また戻ってきてくれると思いますか？」 「僕には何とも言えない。レイがどんなに心を込めて説得しても、最後に一歩を踏み出す のは綾波自身なんだ」 再び閉ざされた扉を見つめながら、未来のシンジは静かに言った。 「綾波の未来は、綾波が作り出していくしかない。今は、彼女を信じよう」 「そうですね……」 会話が途切れ、再びレイを待つ時間が始まる。じりじりと真綿で首を締め付けられるよ うな、もどかしい時間。碇レイが綾波レイの部屋の中に入ってから、一体どれくらい経っ たのか。ひどく長い時間が過ぎ去ったようにも思えたが、実際には十五分も経っていない のかもしれない。あまりにいろいろなことが起こりすぎて、シンジはすっかり時間の感覚 を失っていた。 未来からやってきたという自分、その妻となった綾波レイ。そしてレイをママと呼んで いたことから見ると、キミちゃんは二人の娘に間違いないだろう。 （あの３人は、家族なんだな……） シンジの知らない家族の温かさがそこにはあった。 望んでも決して手に入れることの出来なかった父と子の会話。仲が良さそうに言葉を交 わす夫と妻の姿。キミちゃんたちが作りだす家族の雰囲気は、シンジに淡い羨望のような ものを抱かせるのだった。 「ねえパパぁ、早くママと一緒にお家に帰ろうよ」 「キミ、今ママはすごく大事なお話をしているんだ。だからもう少し待っててね」 「でもあたし、お腹すいちゃったの」 「そっか。でも、もうちょっとだけ我慢してくれないかな。そうしたら、家に帰ってキミ の好きなクリームシチューを一緒に食べよう」 「クリームシチュー？」 「そうだよ。キミが好きなマッシュルームもたくさん入ってるよ」 「ほんと？ じゃああたし、もうちょっと我慢するね」 「ありがとう。キミはいい子だね」 「うん、あたしいい子だよ」 そう言って顔を見合わせ笑う二人に、シンジは緊張していた心が少しほぐれるのを感じ た。 （僕も、いつかあんな風に家族を持てるのかな？） キミちゃんたちが本当に未来から来たというならば、自分にもその可能性はあるのかも しれない。もし自分が家族を持てるとしたら、それはどんなものになるだろう。自分の横 にいる女性はどんな人なのだろう。 と、架空の光景に思いを巡らせる内、ふとシンジはあることに思い当たった。 目の前の二人が自分の未来の姿だというのなら、自分とレイは将来一緒になることが決 まっているのだろうか？ 自分たちの前には、結婚へと続く長い道が既に敷かれているの だろうか？ 「どうしたんだい、ボーっとして？」 「え！？ あ、え、えっと、別に何でもないんです」 その場から飛びかけていた意識が、かけられた声によって現実に引き戻される。 「何となく、今君が考えていたことが分かる気がするよ」 「そ、そうですか？」 「うん。多分、昔僕が考えたのと同じことじゃないかなって」 そう言って微笑む青年に、シンジは罰が悪そうに身じろぎした。 どうも目の前の相手には全てがお見通しらしい。 考えていたことを読まれたのが照れくさく、また心をよぎった疑問の答えが気になり、 シンジは思い切って話題を変えることにした。 「あの……」 「何だい？」 「あなたのいる未来はどんなところですか？ まだ僕たちはエヴァに乗ったり、使徒と戦 ったりしているんですか？」 「いや、僕もレイもアスカも、もうエヴァには乗っていないよ」 「てことは、ネルフは使徒との戦いに勝ったんですね」 「そうだね……。そう言ってもいいのかもしれない」 どこか歯切れの悪い答えが引っかかったが、シンジは質問を続けた。 「じゃあアスカやミサトさんや、ネルフのみんなは元気なんですね？」 「うん、昔ほど頻繁に会っているわけじゃないけれど、変わらずやってるよ」 「そうなんだ、良かった」 シンジは、ほっと胸を撫で下ろした。どうやらエヴァパイロットの中に、使徒との戦い で命を落とした者はいないらしい。明日をも知れぬ戦いに巻き込まれている身には、それ は何よりの朗報だった。 「じゃあ使徒との戦いが終わった後、僕たちはどうなってるんですか？」 「それはあまり言わないでおくよ。変に固定したイメージを君に与えたくないしね。でも 一つ言えるのは、僕は今の生活がとても気に入っているっていうことかな」 「それは、あの、綾波と結婚したからですか？」 「もちろんそれもあるよ。それに可愛い娘にも恵まれたし、気の置けない友達もいる」 「幸せなんですね」 「そうだね、そう思う」 「あの、変な質問かもしれないけど……」 そこまで言いかけて、何かを躊躇うようにシンジが言葉を濁していると、もう一人のシ ンジは軽く微笑みながら言った。 「自分と綾波は結婚するのが決まっているのか、だろ？」 「あ……」 まさしく図星を言い当てられ、少年は恥ずかしさに頬を赤く染めた。 「その通りって言ってあげたいところだけど、正直僕には分からない」 青年は遠くを見るような目で、そう答えた。その表情に何か一筋縄ではいかないものを 感じ、シンジは恐る恐る尋ねた。 「分からないって、どういうことですか？」 「これから、君は君の道を進んでいく。その先に何があるかは、僕には分からないから」 「未来は、決まっているんじゃないんですか？」 すると未来のシンジは、ゆっくり首を横に振った。 「きっと、未来は作られるものじゃなくて、自分で作るものだと思うんだ」 「自分で、ですか？」 「どう説明すればいいかな。例えば僕とレイが一緒になったのは、まだ学生の時だった。 でも僕が中学生の頃に出会った未来の二人は、二人とも社会人になってから結婚したらし いんだ」 「でも、それじゃ結局……」 「うん、僕とレイのことに関していえば結果は変わらないように見える。でも……」 そこで言葉を切った未来のシンジは、明らかに何かを逡巡している様子だった。 「でも、何ですか？」 「全く違う未来を生きている人もいるんだよ」 「違う未来？」 「この子、加持さんに合わせたかい？」 「加持さんにですか？ ええ、何度か」 「この子は、加持さんを知っている感じだった？」 「いえ、そう言われれば、特に……。ミサトさんやアスカのことは良く知っているみたい だったけど」 そこまで考えて、シンジはふとあることに思い当たった。 「あの、それって、もしかして……」 「そう、僕がいる世界には、加持さんがいないんだ」 「そんな……」 「ある日突然、加持さんは僕たちの前から姿を消した。そのすぐ後に、ミサトさんが部屋 で一人で泣いてるのを見たこともある」 「どうしてそんなことに……」 「加持さんは、何か危険な任務に就いていたらしいんだ。でもそれ以上のことは、僕もよ く知らない。ミサトさんにそんなことを聞けるはずもないし……」 「そうですか……」 「でもね、僕が出会った未来の僕は言っていたよ。ミサトさんは加持さんと一緒に暮らし ていて、二人でうまくやっているって」 言葉を頭の中で整理してみる。 加持がいる未来と、そうではない未来。そこにどのような過程があるのかは分からない が、ハッキリしているのは、加持にとっての終着点は一つではなかったということだ。そ して同じことが当てはまるのは、おそらく加持に限った話ではないのだろう。 「要するに、僕たちの未来は一つじゃないってことですか？」 「きっとそうなんだと思う。だから君の前にどんな未来が待っているのか、それはきっと、 今この時を生きている君次第なんだ」 「僕次第……」 「君がこれから進んでいく道には、辛いことや嫌なこと、逃げ出したくなるようなことも たくさんあると思う」 あまり思い出したくないことを思い出したのか、未来のシンジの表情が硬くなった。 「それでも彼女を、綾波を守らなきゃ駄目だなんて、そんな偉そうなことは僕には言えな い。だって、僕のことは僕が一番良く知っているからね」 青年は苦笑気味に微笑んだが、すぐにその表情が引き締められた。 「でも、目の前の現実から逃げないでほしい。そこから目を逸らさず、向かっていく勇気 を君には持ってほしい。僕はそう思ってる」 「でも、僕はそんなに強くないから……」 「そうかな、今君がここにいること自体、すごい進歩だと思わないかい？ きっと少し前 の君なら、綾波の前から逃げ出したままだったんじゃないかな」 「でも、僕は……」 「忘れないで欲しいんだ。僕は、未来の君自身なんだ。僕に出来たのだから、それは君に もできるはずなんだよ」 「本当に、僕にもできると思いますか？」 「これから君がどんなことを経験していくのか、僕には分からない。君は君の道を進んで いくんだから。でも変わらないのは、君の中に、辛いことや悲しいことを乗り越えるだけ の強さがあるっていうことなんだ」 「……」 「きっと、もうすぐレイが部屋から出てくる。その時君は、もう一度あの部屋に入って、 綾波と話ができるかい？」 そう言って自分を見つめる相手に、シンジの中では言いようのない不安が湧き上がって いた。心の片隅には、未来から来たという自分が、魔法のように全てを解決してくれるの ではという期待があったのだ。 だが、道を切り開くのは自分自身なのだと、目の前の相手は告げている。 本当に自分にそれが出来るのか。 軽い息苦しさを覚え、シンジが喘ぐように息を吸い込むと、レイの部屋のドアが開き、 碇レイがその場に姿を現した。
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