碇シンジのサード・インパクト

第2話
Written by Sterope


誰も僕を必要としてくれないんだ。
誰も僕のこと好きになってくれないんだ。
誰も僕のこと理解してくれないんだ。

誰かに必要とされていたい、誰かの拠り所になっていたいのね。

でも僕にはその資格がない。
僕はずるくて、臆病で、卑怯だから。

だから誰かと一緒になるのが怖いのね。

僕には皆の気持ちがわからない。
皆が何を考えているのかわからない。

あなたは理解しようとしたの?

理解しようとした。

なぜ、理解しようとしないの?

僕は……。







人工進化研究所最深部、そのメインルーム。
日本政府直属の特務機関ゲヒルン。
そこでは軍事利用目的でクローン人間の製造が秘密裏に行われていた。

水槽の中をたゆたう無数のクローン達。
それらはわずか2ヶ月で、2〜3歳にまで成長していた。

「赤木ナオコ博士……計画は順調かね」

「はい所長。2%も遅れていませんわ」

ほの暗いその部屋には、ゲヒルン所長・碇ゲンドウと赤木ナオコ博士がMAGIの算出しているデータを見やっていた。

「A計画は?」

「……そちらも順調です。ですが、本当によろしいので?」

「ああ、問題ない」

A計画とはゲンドウが直接指示している、日本政府の知らぬ極秘計画である。
クローンの私的占有。これがどれだけの重罪になるかは火を見るより明らかであった。

「私は所長のことを思って言っているのです。A計画はやめるべきです」

「……これは私の為ではない」

「しかし…かといってこのような危険な橋を渡るべきではありませんわ……」

「……」

赤木ナオコは心底心配していた、この男がどれだけ危険な事をやろうとしているのか。
それを一番よく知っているのは他でもないナオコだった。








「食べなければ駄目よ」

「食べたくない。……嫌なにおいがするんだ……血、そう、血のにおいがする」

ここの料理はすべて血のにおいが染み付いているように感じる。
料理だけではない、枕もベッドもタオルもコップも…すべてから血の匂いをシンジは感じ取っていた。
シンジはここのところほとんど食事を摂っておらず、食事がくるたびにレイに注意されていた。
”食べなければ駄目よ”と。
栄養点滴のチューブが左腕に繋がれた状態のシンジは、レイのほうへ食事の乗ったトレイを押しやった。

「僕はいらない、綾波が食べなよ」

「…私はいい。碇君、次はお薬」

レイはそういうと”リスペリダール 2mg”と書かれたシートから2錠、薬を取り出すと、シンジの前へ置いてよこした。

「………飲みたくない。飲む理由がないよ」

「…これはエヴァの神経接続をスムーズにするためのお薬なの…。だから、飲んで。」

シンジにとっての綾波レイ役、――今は伊吹マヤ看護師である――は流石に手を焼いていた。
ご飯も食べない、薬も飲まないでは回復するはずがない。
毎回毎回、外への散歩やおやつや外出許可などでシンジの気を引き薬を飲ませていたが、それもそろそろ限界であった。
前回の服薬など、のどをカラカラにさせておいて水へ薬を混ぜて無理矢理飲ませたのだ。

(だめなのね、もう)
そう思い、薬を引っ込めようとしたマヤであったが。

「…………綾波が言うなら、飲むよ」とシンジ

「本当…?よかった。うれしいわ」

そういうとシンジは錠剤を水で喉へと押しやった。
…綾波レイという架空の存在ではあるが、それがシンジを回復へ導いてくれるのではとマヤは少なからず期待していた。

「それじゃ、また来るから…」

そういうと綾波レイこと伊吹マヤは食事のトレイを持って保護室を出ると、扉をロックした。





「服薬していれば症状もそのうち軽減するでしょう。今はとにかく休ませることです」

リツコ医長は碇シンジのカルテを見ながらそう言った。
未だシンジは妄想の世界から抜け出せないでいるが、以前より自発的に薬を飲むことが増えていた。
それに伴い、多少――本当に多少ではあるが――シンジの目は現実へと向けられはじめている。
例えばカヲルと呼ばれる妄想のヒトのことで泣き出すことも減ったし、僕はいらない子供なんだとひざを抱えてうずくまる事も少なくなった。

「そうですか、少しでも良くなっているなら希望が見えます…医長さん、本当にありがとうございます」

碇ユイ、シンジの母親はシンジの容態を一通り聞くと診察室から出て行った。
彼女も多忙な人間で、ゲヒルンで技術部長をやっているのである。





夫碇ゲンドウと共にゲヒルンで働く二人は、その忙しさの為かシンジの異変に気づくのが遅れた。
二人が異常に気づいたのは、ゲヒルン入り口でシンジが警備員に止められた時だった。

「行かせてください! エヴァに乗らなきゃ、皆死んじゃうんだ!!」

「君、碇所長の息子さんだね?ちょっとまってなさい。電話を繋ぐからね」

そう言うと警備員は内線へ電話を掛けた。

「あ〜もしもし、第3ゲート警備の田中ですが…実は息子さんがいらしてまして、…えぇ…えぇ…はい。
 なんでも”エヴァ”とやらに乗らなければ皆死んでしまうということで…すみません! はい! お願いいたします!」

碇ゲンドウが慌てた様子で第3ゲートに着くころには、シンジはさらに支離滅裂になっていた。

「アスカも、綾波もやられてしまったんでしょう!? 僕が初号機に乗ります! 出してください!」

「……シンジ! 落ち着きなさい。誰も死にはしない。落ち着いて説明なさい」

そのような経過を経て、シンジは第一神経・精神総合病院へ入院することとなった。
診断名は、F2 統合失調症。







誰も僕を必要としてくれないんだ。
誰も僕のこと好きになってくれないんだ。
誰も僕のこと理解してくれないんだ。

誰かに必要とされていたい、誰かの拠り所になっていたいのね。

でも僕にはその資格がない。
僕はずるくて、臆病で、卑怯だから。

だから誰かと一緒になるのが怖いのね。

僕には皆の気持ちがわからない。
皆が何を考えているのかわからない。

あなたは理解しようとしたの?

理解しようとした。

なぜ、理解しようとしないの?

僕は…。
僕はエヴァに乗って、使徒と戦わなくちゃいけない。でも使徒は居なくなってしまった。カヲル君を殺したから。
僕がエヴァに乗る理由も無くなってしまった。
僕がここに居る理由も無くなってしまった。
僕に価値が無くなってしまった。

どうしてそういうこというの?


碇シンジは毎日、レイと会話していた。
何もせず椅子に座って本を読んでいるレイを見つめていただけの日があった。
頭を撫でながら話してくれた事もあった。
レイが食事を口へ運んでくれることもあった。
レイが見えない日は声とおしゃべりだけした。

「……もっと、撫でて」

「そう……わかったわ」

そういうとレイはそっとシンジの頭を、慈しむ様に撫でた。
この時間がずっと続けばいいとシンジは考えていた。
だがしかし、レイはどう思っているのだろうか。毎日どこが悪いでもないのにNERVによって監禁されてしまった自分の見舞いなど、苦痛ではないだろうか。

「……綾波はさ、僕のこと……好き?」

「……」

「……綾波はさ、僕のこと……好き?」

「……」

「……答えてよ…」

「……」

「……僕にやさしくしてよ……僕のことを無視しないで……殺さないで……」





ガシャン! ガシャン!
その音を聞きつけたのは日向医師と青葉研修医であった。

「青葉くん! 鍵あけて! はやくっ!」

「はっはい」と焦る青葉

「僕を一人にしないで!! 僕にかまってよ! 一人は嫌だっ!!」

「シンジ君どうした? 誰も君を傷つけたりはしないよ、落ち着きなさい」と日向医師

その言葉がストッパーとなったのか、鉄格子の入った窓ガラスへ椅子を叩き付けるのをやめたシンジ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

荒い息遣いでドサリとその場へへたりこむ。
椅子を振り回したときに切ったのか、唇からは少し血が流れていた。
もう自分がなんで暴れていたのか思い出せない。綾波はひどいことを言ったりしないから、きっと自分が悪いんだろう。
今度会ったら謝らなくっちゃ…。そう思いながら振り返ると、レイがベッドに座って本を読んでいた。

「そこに居たの……綾波……」





「何事?」

そう言って飛び込んできた医長が見たのは、誰も居ないベッド脇を見つめながら何事かしゃべり続けるシンジの姿だった。

「…さっきまで酷く取り乱していたのですが…。今はこの調子です」

「…唇を切っているようね、消毒しましょう」

そう言って近づいたリツコはシンジに払いのけられた。
自分の好きなヒトとの触れ合いを邪魔するなとでも言わんばかりに。
それを見た周囲の人間は、もうどうすることも出来なかった。




あなたは何を願うの。

誰も傷つかない世界。

あなたは何を願うの。

僕のことを皆が受け入れてくれる世界。

あなたは何を願うの。

僕が必要とされる世界。

そう…あなたが望むのはそれなのね…。


僕は、皆に必要とされたいんだ。



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