碇シンジのサード・インパクト

エピローグ PART I
Written by Sterope


いつもどおり、目覚ましが鳴る5分前に碇シンジは起床した。

「おはよぉ〜」

そこではいつもどおり母ユイがキッチンへ立ち
そこではいつもどおり父ゲンドウが新聞を広げていた。

あとひとつ、今日はいつもと違う点がある。綾波レイの存在である。
一昨日から彼女は自分の自宅へ帰っていたのである。








「冷房はええのぉ、人類の生み出した最強の技術やで」

「ねぇねぇトウジ。あれからケンスケどうしてた?」

退院から2年、シンジはトウジと共に第三新東京市・第一高等学校へ進学していた。
ケンスケは第二東京へ引越し、アスカはドイツへ帰ってしまったため
元々友達を作るのがうまいほうではないシンジの友達は、実質トウジ一人だけとなっていた。
友達、というか彼女ならいたのであるが。

「いつもどおりや、まぁ〜たおとんのデータベースへ侵入するんやと」

「ケンスケも懲りないね、この前それで怒られたって言ってたじゃないか」

「今度こそうまくやるって言うてワシが止めても聞かんのや……しゃあないやっちゃで」

他愛ないことを喋りながらシンジ達は学校を終え、帰路へついていた。
やがてトウジの降りる駅が近づき、シンジは彼と別れた。

「ほなら、センセェまた明日な。そういや明日帰ってくるのやろ? 愛しのレイが」

「えっ、あぁうん、そうだよ」

と照れた様子のシンジは頭を掻きながら言った。

「まっがんばれや、ワシも待ってるさかい」

「ありがとう。じゃあね」



レイの里帰りと合わせるように帰りが遅くなっている両親に代わり、シンジは夕飯の支度へ取り掛かった。
(今日は冷蔵庫に野菜が残ってたから野菜スープと何がいいかな……)
などと今日はいつもより張り切っている様子である。
シンジの注意は明日またやってくる予定のレイに火花が出そうな勢いで注がれていた。いや実際愛の火花が出ているだろう。
明日とはいえ来るのは今晩遅く、シンジ達の両親に駅まで迎えられてである。
シンジも行くと言ったが、それは母ユイに却下された。

『あなたは夕飯作って待っててね』

あまりにしつこく言うと、レイに執着していると思われそうで嫌だったシンジは簡単に引き下がった。




(遅い……)
夜10時をまわっても帰ってくる気配のない両親とレイに、多少イラつきながらもシンジは待っていた。
(ご飯、温めなおさないとな……)

そう思いながら風呂へ入り、自室へ戻るシンジ。
布団へ転がると気持ちいい眠気が全身を包んでいくのがわかった。
寝ちゃだめだ……もう少し、もう少しだけ待っておこう。
そう誓うとシンジは彼女へ想いを馳せた。




いつもどおり、目覚ましが鳴る5分前に碇シンジは起床した。
(しまった…結局寝ちゃったよ…)
帰ってくるまで待っていて、出迎える予定だったシンジは慌てた。


「お、おはよう綾波」

「おはよう碇君」

「おはようシンジ」

「……起きたか」


昨日は遅くなってごめんなさいね。そんなユイの言葉を聞きながらシンジは違和感を覚えた。
レイはこの前彼女にプレゼントした腕時計をしていなかったのだ。

「綾波……腕時計は?」

「…?腕時計?」

こんな風に、レイが自宅から帰ってくると健忘気味になることが多かった。
この前はプレゼントした髪留めをつけていなかったし、自分のマグカップを間違えていた。
それは本当に些細な間違い。でもそれが積み重なるうちにシンジは少し違和感を覚えるのだった。

「さぁ、今朝は昨日シンジが作ってくれたのの残りを食べましょう」

ユイは半ば無理矢理話題を変えるかのようにそういうと、シンジが昨日作った野菜スープ、焼き魚、コロッケが食卓に並べられた。

(昨日、結局食べなかったのか……僕の晩御飯。)

ではこの三人、夕飯はどうしたんだろうと思いながらシンジはいただきますと食べ始めた。
シンジはレイに自分の自宅へ帰った気分を聞きたかったが、前にそのことに触れるとひどく嫌そうな顔をしたのでそれ以来聞けないでいた。
親戚へ子供を預けるほどの理由なのだ、きっと僕には言えない秘密があるに違いない。
それはとても納得しやすかった。アルビノである彼女は特殊であったし、その背景になにか苦労があったのだろうと思った。



「それじゃ、行ってきます」

「…いってきます」

「いってらっしゃいシンジ、レイちゃん」

そういい、両親が見えないところまで来ると二人はそっと手を繋いだ。
手を通して温もりがお互いに伝わる。
しかし流石に駅や電車の中でまでベタベタとするわけにはいかない。
駅が近づくと、シンジはそっとレイの手を離した。
レイは少し不服そうにシンジを見る。

しかしそこはいくところまでいっちゃってる二人である。そんなことでは一々落ち込んだりしない。
人前では謙虚に、高校生らしく。それがシンジのモットーであった。

「ねぇ綾波、今度の休みはどこいく?」

「……この前行った海へ行きたい」

「海かぁ、いいね。それじゃ今日の帰りに新しい水着を買おうよ」

シンジはあれこれと理由をつけてレイをデートに誘っていた。
今回もそれのひとつに過ぎない。どこでもいいからレイと一緒に居たかったのだ。








「碇くん、クローンの私的占有。これがどれほどの重罪かわかっているのかね?」と正面の男が言う

「キミ達親子は予算をどれだけ無駄にすれば気が済むのかな? 綾波レイ、これの維持費に月6千万というじゃないか!」

「……そのような事実はありませんが…。なんならMAGIを調べてくださって結構です」

「ふん。MAGIに走らされた偽装データなど見たところで何の価値もないな」

碇ゲンドウは日本政府との会合を行っていた。そこではゲヒルンの製作するクローンに焦点があてられている。
ゲンドウを囲むようにして4人の高官が座っている。

「まぁ、そのことはこれまでの功績を見て不問としよう。それよりだ、クローン兵士の育成はどこまで進んでいるのかね?」

「全体としては10%ほど遅れております……兵士にインストールするダミーシステムの問題と見られます」

「ダミーシステム。それのせいにしたいのだろうが、それを作っとるのもキミのところなんだよ」

「我々には早急な軍備拡張が必要なのだよ碇君。それを忘れないでくれたまえ」

「わかっております……そのためのゲヒルンです」

「期待しているよ」

そういうと周囲のホログラフィックが消え、あたりは暗闇へと包まれた。
綾波レイの存在は政府に筒抜けであった。隠し通せるはずなどなかったのである。
しかしそれがクローン兵士・ダミーシステムの早急な完成と交換に不問にされるというのは、願っても無いことだった。
綾波レイから得られたデータがダミーシステムの元となっているのは、皮肉なことであろう。

来週にもゲヒルンに武器の搬入がはじまり、戦闘訓練場でクローン達とダミーシステムが評価される手はずとなっていた。
すでにゲヒルンを中心とするジオフロント周辺には有事の際、要塞となるべくあらゆる類の兵器軍が運び込まれ設置されていた。
93式ミサイル・87式ミサイルをはじめとし、各種レーダーや監視システムが運用開始を待っている。
ロシア、中国との関係悪化に伴い、日本国国防軍は早急な軍備拡張が求められていたのだ。








「こんなの、どうかな?」

少々照れながらシンジが水色の水着をレイへ差し出す。
水着といってもビキニである。このむっつりスケベは照れながらやることはしっかりやるのである。

「……碇君はかわいいとおもう?」

「そ、そうだね……前買ったのより刺激的だと…いやかわいいと思うよ」

「……前のはオレンジだったから…これも、いいとおもうわ」

「そうだね、同じ色じゃ意味ないし」

「……いえ……あれだとサイズがあわないと思うから……」

サイズがあわないと思うから
その言葉はシンジが帰宅するまでずっと頭の中をぐるぐると回ることになった。

レイの正面にはチョコレートパフェ、シンジはストロベリーパフェ。
カチャカチャと機械的にそれを口に運んでいくレイを見ながら、シンジは考え込んでいた。
彼女はいったい何者なのか。
これまでは考えないようにしてきた、本当のことを知るのが怖かったから。
なんだかそれはとても繊細ですぐ壊れてしまうもののような気がしていたから。
自分の両親が超法規的に守られたゲヒルンでなにかやっているのをシンジは知っている。
それと関係があるのだろうか?

答えは、いつもでなかった。









シンジは先月、レイと海で撮った写真を見ながら、つい昨日のことのように思い出していた。
(水色の水着……似合ってるなあ……)
レイの水泳授業のおかげでシンジはだいぶ泳げるようになったし、水も怖くなくなっていた。
当のレイといえばまた彼女の実家へと帰っていたのであった。
コンコン、とドアがノックされユイが顔を出した。

「シンジ、行くわよ。ゲヒルンへ」











「クローン軍の開発、ごくろうであった」

「ついに我々は軍備拡張の糸口を掴んだのだよ」

「私たちには力がある、すべきことをやらねばならないのだ」

「碇君、これまでの功績を称え君には多大な報酬を払おう」

「それと引き換えに、ゲヒルン・完成したクローン軍・MAGI・綾波レイはこちらで押収させてもらう」

「……レイも、ですか」

「左様、彼女はダミーシステムの内部プログラム発達の上で必要不可欠なのだよ」

「まさか我々が、彼女がダミーシステムの中核を成しているのを知らないとでも思ったのかね?」

「……彼女とその施設の押収は……拒否します」

「…息子のために自ら血を流すというのかね?」

「君はここにきて全てを無に返そうというのか」

「施設の所有権は政府にある、君が裏でA計画を進めていようと全て終わったことなのだよ」

それらを遮るように正面の男が言った。

「君が拒否するのもシナリオのうちだ。ここにA801を発令し、ゲヒルンの超法規的保護を破棄する」

そういうと周囲は暗闇へと戻り、静寂があたりを包んだ。
それとほぼ同時に、緊急電話が管制室より届いた。






『MAGIネットワーク A エリア に 侵入者 詳細 不明』

「防壁Aがハッキングを受けています。侵入者不明」

「攻撃か!? 敵はロシアか? 中国か?」と冬月副所長

中国だな、冬月はそう読んでいた。しかし次のオペレーターの報告は彼を驚愕させた。

「逆探に成功。…これは!? 侵入者は第二東京のMAGIシステムです!!」

ゲヒルンのメイン管制室は激しい混乱のさなかにあった。
エマージェンシーを伝える警報が鳴り響き、味方であるはずのMAGIシステム MARK II からのハッキングを受けていた。

「左側、青の非常通信に切り替えろ! 衛星をひらいても構わん!
 第二東京へ確認を取れ! 何かの間違いだ!」

「その必要はない」

と上段からゲンドウの声が飛んだ。

「……今、第二東京からA801が発令された。第三新東京市を戦闘形態へ移行し第一種戦闘配置につけ」

「しかし、一般人の避難は始まってすらいませんが…」

「なら今から避難させればいい。はやくしろ」





シンジはユイの車に揺られながら、ラジオから流れる非常事態宣言を聞いていた。

『ただいま、第三新東京市に特別非常事態宣言が発令されました。住民のみなさまは指定のシェルターへ避難してください』

繰り返しますとそれは告げると、何度目かのそれを繰り返した。
車がジオフロントへ入り、カートレインによってゲヒルン本部へ降りていく。
シンジにとってジオフロントへ来たのは一度や二度ではない。レイと共にデートへ来たこともあった。
(戦争がはじまったんだ)
攻めてきたのはロシアだろうか、中国だろうか……。朝のニュースでは某国が長距離ミサイルを日本海に向け発射したと言っていた。
それが引き金になったのだろうか?母に聞いてみるが答えは返ってこなかった。





「MAGIへBダナン型防壁を展開しろ。赤木博士、頼む」

「了解しました」

そういうと赤木ナオコはキーボードを叩き始めた。

「主、データベース閉鎖! ……ダメです信号をカットできません!」

『MAGIネットワーク B エリア に 侵入者』

「防壁Aが突破されました! 防壁Bの2に侵入されています!」

皆はなぜ味方であるはずの政府がA801をだし、自分達が攻撃されているのかわからないでいた。
これは一種の対テロ訓練だ、と自分を納得させる職員もいた。
第二東京に中国の部隊が侵攻し、すでに掌握されてしまったのだと信じる職員もいた。

全てを知るゲンドウは戦闘準備を進め、もう一人の全てを知る人物はシンジを安全なセントラルドグマへと案内していた。
途中、戦闘服に身を包んだ人間が廊下を自動小銃片手に警備していたり
耳障りな警報がずっと鳴っていたりしてシンジはすっかり萎縮してしまっていた。

「この部屋で待っていて、落ち着いたら迎えにくるから」

そう言われてもさっきの戦闘員はなんだったのか、それにここは戦場になるのではないか?
そんな恐怖からシンジは言われた通り待つことができず、周囲を散策しはじめた。




「民間人の避難、完了」

「第三新東京市、戦闘形態へ移行します」

「対地・対空システムの状態は?」

「国防軍との連携が取れないため、システム稼動率は14.7%です」

「それで構わん。先手を打て、周囲の国防軍の施設へ攻撃開始」

「こ、国防軍へ攻撃するのですか?」

「そうだ、彼らは敵だ。我々は自らの身を自らで守らなければならない」

「りょ、了解……」

オペレーターが端末を操作すると、第三新東京市の道路がせり上がり中からSSM・ARMが大量に撃ち出される。
それは周囲の山に設置された国防軍のレーダーや、ミサイル施設を射抜いていった。






「碇はMAGIに対し第666プロテクトをかけた」

「それだけではない。碇は配置された国防軍へ攻撃している」

「……彼には死を与えよう」

「貴重な男を失うことになりますな」

「彼は3年前から狂っていたのだよ。息子が壊れてからな」

「これは正当防衛だ、議会にはそう伝える」

「予定通りだ、はじめよう」





ゲヒルン第3ゲート警備の田中は律儀な男である。
20歳で警備会社へ就職し24歳にして特務機関ゲヒルンの警備を任されていた。
その彼も今年で28歳、すでに結婚し二児の父である。
その彼の後ろに迫る影があった。



爆音




「第3ゲートにて火災発生!」

「予備の2回路、封鎖されました!」

『第1層 Eフロアー に 侵入者 人数 不明』MAGIだけが冷静に現状を報告していく

「全てのクローン兵士への投薬中断、ただちにダミープラグを挿入。出撃させろ」

ゲンドウの指示が飛ぶ。

「えぇ…し、しかしダミーシステムには未だ問題も多く、ユイ博士の指示もなく……」

「私が許可します、ダミーシステムを対人モードに設定して配置」

「りょ、了解」

管制室に飛び込んできたユイはそう告げると、2・3オペレーターへ伝言し
ナオコに並んでキーボードを叩き始めた。

「!? 何故シンジをロストしているの!?」とユイ

焦ったオペレーターがログを確認していく。

「現在より4分前にセントラルドグマ第6層、Cフロアからロストしています」と報告した

「国防軍に捕まるわよ!? 捕捉急いで!」






当のシンジはほの暗い通路を歩きながら心底後悔していた。
さっきの部屋を出たあたりはよかったのだが、完全に迷子になってしまったのだ。
階段を昇ったり降りたりしたような気もするし、さっきから同じところを回っている気もする。

「…やっぱり、来るんじゃなかった…」

そう一人愚痴るシンジの目に、部屋らしきものが飛び込んできた。
”人工進化研究所 A計画用 第2分室”と書かれたそれに薄気味悪さを覚えつつも、横のカード認証機へIDカードを通した。
ビーッという軽い警報音と共にそれが開く、中は冷凍庫のようになっていた。寒さに身を縮めつつ、周囲を見て回る。

中央にはまだ生きている端末に、A計画処理状況と表示され何かのメーターが100%を示していた。
部屋の端には頭をすっぽりと何かの機械につつまれた少女の……死体が置かれていた。
ひっ と声をあげるともんどりうって部屋から逃げ出すシンジ。なんてところに入ってしまったんだろう、シンジは心底後悔した。

「! シンジ君のIDカードを捕捉、セントラルドグマ第8層のAエリア……第2分室です!」

「……あなた……」

「ああ」

「私、行ってきますわ。ナオコさん後を頼みます」

「ええ、二人によろしくね」

それは、ナオコなりの別れの挨拶であった。




炸裂音、爆風 自動小銃の発射音

クローン兵士達は侵入してきた国防軍に優勢を保っていたものの、数に押され後退を余儀なくされていた。

「第2層まで破棄する。戦闘員は下がれ。第1層と2層の隔壁を封鎖、特殊ベークライトを注入しろ」

「了解。第103管区から203管区まで、特殊ベークライト注入。完了まで30」

「隔壁を封鎖します。セントラルドグマを物理閉鎖」

しかし降りた隔壁は国防軍によって爆破され、ベークライト注入用のケーブルは切断されておりほとんど効果をなさなかった。
されに下層へと侵入していく国防軍に、死を恐れないクローン兵士達が食って掛かっていく。



『被害が大きすぎます。すでに全体の15%を失いました』と兵長

「後方の第2師団の援軍はまだか?」

『第三新東京市の防衛システムの破壊に手こずってるようです』

「上層部へN2爆雷の使用許可を求めろ! 町ごと吹き飛ばしてもらえ!」

『了解』

高度25000、成層圏を飛行する大型爆撃機。
それからミサイルが切り離され、第三新東京市へと飛行を開始した。






ほの暗い通路を涙目で歩いていたシンジは、前方に人影を捕らえた。

「シンジ……」

「!! 母さん! よかった……迷っちゃって……どうしようかと思ってたところなんだ」

母ユイはできうる限りの笑みで息子を迎えると、シンジの手を握り歩き始めた。

「母さん?」

「付いて来なさい。見せたいものがあるわ」

”人工進化研究所 A計画用 第3分室”そう書かれた扉の前に立つ二人、シンジが認証機にIDカードを入れてみるが拒否された。
ユイがIDカードを取り出すと認証機へ通す。
ガコン という音を出しながら扉が左右へ割れていく。
部屋の中は暗く、端末の光だけが瞬いていた。
ユイがその端末のひとつを操作すると、周囲に明かりが灯った。



「……綾波、レイ……!」

一斉にシンジへ向けられる無数の目。
それらの口はこう言っていた「イ・カ・リ・ク・ン」と
そして部屋の中央にあるカプセルの中をたゆたう一人の少女、それを指差しながらユイは話し始めた。

「彼女はね、あなたの妄想を元に私の遺伝子から作り出されたクローンなのよ」

シンジの目の前が急速に暗くなっていく。

「でもその体は何故か長くは保てなかった。命がね、消えてしまうの。だから私達はたくさんの予備を作った。
 レイの体が死にそうになると、MAGIを通して記憶をバックアップした。でもなぜかいつもそれは不完全に終わってしまったの。
 だからマグカップを間違えたり、腕時計を忘れちゃったりしたの……うっかりさんね……」

シンジの心が急速に冷たくなっていく。

「このレイは4人目よ…幸い開発した抗生物質を打ってあるから、急死したりはしないでしょう」

「……かあさんはそんなこと言って、僕にどうさせたいの?」

「ここをもう少し行くと非常用の搬入路へ着くわ。そこから戦闘を回避して箱根へ脱出できます」

「……」

「あなたは選びなさい。この、4人目のレイと一緒に生きるのか。これまでの事は忘れて一人で生きるのか。
 どのみちこの施設はすぐに掌握されて、全てが奪われてしまうでしょう。そうなればレイはもう体を取り替えることもできない
 …もちろんこの施設を無傷で渡す気もないんだけどね」

「それって……どういう……」

「あなたがこのレイと生きることを望むなら、私はあなたがここを出た後、ここのクローン達とレイの記憶バックアップを破壊するわ」

「そんなっ! どうして……みんな、みんな生きてるじゃないか!」

「このまま日本政府に彼女達を渡せば一生モルモットとして飼い続けられるわ。クローン兵士にはココロが宿っていない。
 でも、でもね、彼女達には確かな意思があるのよ。あなたと生き続けるか、さもなくば死を選ぶか……というね」

「僕は、僕は綾波と一緒に暮らしたい。綾波が居なきゃやっていけない……でも……これは……」

「なら決まりね」

そういうとユイは端末を操作し、中央のカプセルを開いた。
中で意識を取り戻した彼女は地面へ足をつくと、正面の少年を確認し目を見開いた。

「碇君!」

彼がここに居る理由、それは全てが終わってしまったということ
彼がここに居る理由、それは自分の全てが彼にバレてしまったということ
彼がここに居る理由、それはレイの破滅を意味していた

「あや……なみ」






「N2爆雷捕捉! 高度15000より接近中! 9000! 7000! 5000!」

「アブソーバー最大、スタビライザーを起動しろ」

「了解!」

「高度1000!! 来ます!!」

ピカリと光ったかと思うと全ての計器が振り切れ、轟音が辺りを包んでいく。
第三新東京市のあった部分がくり貫かれ、ジオフロントが露呈していく。

「直撃です! 地表堆積層融解!!」

「第二波が本部周辺を掘削中!!」

「無茶をしよる……」






振動はセントラルドグマ第8層まで届いていた。
意識を取り戻したばかりのレイは足元がふらつき、倒れた。
それをシンジが抱き上げる。

「いかり…くん…?」

その声を聞いたシンジは、自分の意思が本物がどうか確認し、言った。

「綾波…僕は綾波がどんな生まれだって、どんな目的を持ってたって関係ないんだ。僕は君が好きだ。
 だから、だから最後まで僕と一緒に……ついてきてくれるかな……?」

レイはしばしシンジの目をじっと見た後

「……わかったわ……」

とつぶやいた

……レイにとってシンジを受け入れる事そのものが幸せなのだ。
そのように造られたから。
MAGIに、ユイたちにそうインプットされた、いわば刷り込み。
そこにそれ以上の意味はあるのか、些細なことである。
いまやシンジの幸せはレイの幸せでもあるのだ。
そのことは誰よりもレイが自覚していた。

ユイは手早くレイについたLCLを拭き服を着せていく。

「これからやることは少し刺激が強いから、二人とも外へ出ていなさい」

しかしシンジは首を横へふるとこう言った

「母さん…ここの綾波をみんな連れて行くことってできないのかな?」

「それは、無理ね。どうやって40人もかくまう気かしら?」

40人…それだけのココロを持った綾波が目の前で消えようとしている。
シンジは軽い目眩を覚えたが、足を踏みなおしユイを見た。
せめて、せめて最後くらい看取ってあげなくちゃ。

「見せてよ……かあさん」

ユイはそう、とささやくと端末を操作し、水槽内のLCL圧縮濃度を限界へと引き上げていく。

『破壊機能、作動』とMAGIのオペレーション音声が聞こえる。

『20%……40%……60%……80%……完了』

警報音の後レイだったモノたちは潰れ、肉片へと姿を変えていった。


 そう 私たちはあなたを失望させてしまった
 私たちは無駄な努力をしてきたの
 あなたの為だけに生きていけると思っていた

 私たちの愛する人に 何よりも大切な人に 敬意を表すときがきた
 私たちはベストを尽くした
 でも悲しいことに 私たちが今してあげられることは
 すべてに休止符を打つこと そして永遠に去りゆくこと
 過去は過去にすぎない 苦しいけれど かつて幸せだったことが今は悲しい
 もう 二度と愛したりしない 私たちの世界は終わりを告げている
 時間を遡りたい
 あなたの 愛なしには生きてられない

 そう 私たちは過去を忘れられない
 あなたは私たちを忘れられない
 それが 私たちを深く傷つける
 無へと還ろう
 みんな 崩れていく 崩れていく 崩れていく
 無へと還ろう
 私たちは 壊れていく 壊れていく 壊れていく
 心の底から思う もう二度と愛など求めないと
 私たちはすべてを失った すべてを
 私たちにとって意味あるものすべてを この世で意味あるものすべてを


その光景にシンジは思わず吐きそうになる。
”綾波 レイ 記憶バックアップ”というファイルがデリートという文字で塗りつぶされていく。
MAGI上のデータに過ぎない、シンジとレイの思い出が消えていく。
それはひとつひとつとても大切な思い出。
それはもう最後の一人となったレイにしか宿っていない思い出。


「はい、おしまい。それじゃ行きましょうか」

そうユイは言うと、二人を外へと導いた。
シンジは一度後ろを振り返り水槽を見ると、ぐっと目を瞑り少しの間黙祷を捧げた。



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