碇シンジのサード・インパクト

エピローグ PART II
Written by Sterope


『条約違反だ、中立地帯へ侵入してしまった』

『しかし重力場に捉えられた輸送船には600名の命が乗っているのです』

『敵の巡洋艦が3隻、迎撃コースで向かって来ます』

『条約を破ったのは我々だ、降伏すべきだ』

シンジとレイはテレビをボーッと見ていた。
ぐびぐびと炭酸飲料を飲み、しばらくののち「ぐぇぇ」とゲップするレイ。
小さく「ごめんなさい」とつぶやく。
ポテトチップをバリバリ食べながら、シンジは「気にしないよ」と本当に全く気にしない様子でテレビを見続けた。
なんでこんな生活がはじまったのか。それは2週間前の出来事だった。







『はい、おしまい。それじゃ行きましょうか』

そう言ったユイに連れられ、真っ暗な搬入路を抜けた三人は箱根へと脱出していた。

『やり残した仕事があるのよ』

と、シンジ達を隠れ家まで案内するとユイは二人を残し帰っていった。
残された二人は、隠れ家を探索する。
探索したといっても2LDKほどのそこには、電化製品一通りとタンスが置かれているくらいだった。
それでもかなり立派な隠れ家である。
シンジは蒼い髪のため目立つレイを家に残し、ユイからもらった幾ばくかのお金で食料を買出しにでかけた。

街へ繰り出すと、街頭に置かれたテレビがニュースを伝えていた。
その内容といえば些細なこと……ではなかった。
某国がゲヒルンと国防軍のいざこざを内戦とみて、これ好機とフリゲート・海兵隊を従え日本の離島へ武力侵攻したというものだった。

(やっぱり戦争がはじまったんだ……)

シンジは不安を抱えながら、スーパーで持てるだけの食料を買い漁ったのであった。





『右舷側からミサイル! 回避できない!』

『取り舵いっぱい!』

炸裂するミサイル

『第4デッキ大破!』

『シールドが破られた、ここまでだ艦長』

最高に盛り上がっているそれを見ていた二人であったが、レイがふとあることに気づいた。

「雨……」

「ほんとだ……」

ポツリポツリと振り出したそれはやがて小雨へと変わっていく。
シンジは慌てて干してあった洗濯物を取り込む。
レイが早々に気づいたため、洗濯物たちの被害は最小限であった。

レイといえば、雨が降ってきたことに少々浮かれ気味であった。
普段こそ目立つ蒼髪を帽子で隠しながら出かけるレイであるが
完璧に髪を隠せるほど大きな帽子をかぶると逆に怪しさ爆発であり、雨の日は大きめのレインコートを頭からすっぽりとかぶり
気兼ねなく外出できるので雨が好きなのだった。
碇くんとおでかけ。それはとても楽しいこと。

レインコートに身を包んだ二人は、早速散歩へとでかけることにした。
まずシンジが出て周囲に怪しい人影が居ないか確認すると(いわば儀式のようなものである)レイの手を取り外へと繰り出す。
さきほどまで小雨だったそれは今や大雨になっており、アスファルトを激しく叩いていた。

川べりを通り、自転車道を少し進んで浅間山の方向へ向かう。

雨のせいで余計に蒸し暑くなった周囲より熱い手を通して、レイはシンジの温もりを感じる。
温もりを感じながら、レイは切羽詰った思いに囚われていた。

人工進化研究所 最深部 A計画用 第2分室。
水槽から引き上げられ、死んだ古いレイから記憶を移された新しいレイはユイに注射を受けていた。

『新しい抗生物質は、あなたを急死から救うわ。』

『でも、持ってせいぜい三週間程ね。残念だけどコレの複製はまだなのよ』

『つまりは三週間後に再投与しなければ、体が崩壊してしまう危険があるの』

ユイは去り際に言っていた”やり残した仕事がある”と。
レイは毎日、新しい抗生物質の複製を持ってユイがやってくるのを待っていた。
しかしユイは既にこの世の人ではないかもしれない。良くて国防軍に捕まっているであろう。
となれば自分に残された寿命はあと一週間。そのことはシンジに話せないでいた。
レイは密かにシンジが一人残されたときのため、その想いを手紙へと綴っていた。
それはレイの下着が入ったタンスの一番奥にしまってある。
私になにかあったらそこを探して。なんとかシンジにそれだけは伝えてあるのだ、大丈夫。そう自分に言い聞かせレイは歩く。


シンジはレイの手を握りながら不安を感じていた。
母は言っていた。

『でもその体は何故か長くは保てなかった。命がね、消えてしまうの。だから私達はたくさんの予備を作った。』

それはつまり今のレイに至っても同じことではないのか?
急死することはない、とも言っていた。だがしかし、それはレイが常人と同じように生きていけるという意味ではないと思う。
シンジはレイを失うことへの恐怖を隠すので精一杯であった。

「そろそろ、帰ろうか」

「ええ」

もう十分に外の空気は吸った。
あまり長い間うろついていて、国防軍の検問にかかったりしてもまずいだろう。





家に着いたときシンジは目を疑った。
国防軍の兵士二人が、ユイを取り囲むようにして玄関口で待っていたのである。
とっさにレイの手を引き逃げ出そうとするシンジだったが、レイはそれに従わず一歩、二歩とユイのほうへ歩み寄った。

「ユイ博士……」

「ごめんなさいね、二人とも。驚かせてしまって」

「それではユイ博士。彼女に薬を打ってこちらへ渡してもらおう」と兵士の一人が言う

「か、かあさん……これって……いったいどういう?」

「とりあえず、家の中で話しましょう」

そういうとユイは合鍵を使い中へ入っていく。レイもそれに従ったので、シンジも後をついていくことにした。

国防軍の兵士二人は、玄関口を固めている。しかもここは4階だ、窓から逃げるわけにはいくまい。
シンジは母の真意を掴みかねていた。
ユイはポケットから注射器を取り出すと、レイへと歩み寄った。

「レイ! ……シンジの為にあなたは死ぬと言っていたわね」

その言葉に玄関の兵士二人が身構える。

「ダミーシステムとして生きるくらいなら!! ここで清く死になさい!!」

そう言うとユイはレイの腕へ注射器を刺し、中身を注入していく。
慌てて止めようとするシンジを弾き飛ばし国防軍の兵士達がユイを拘束した。
レイは体をビクリビクリと痙攣させている。

「ユイ博士っ! また我々を裏切るのか!」

「連れて行くぞっ!」

「レイ! あなたは自分の為に死ぬのよ、最後までその命は自分の為に使いなさい!」

あっはっはっはっはと高笑いしながら狂った形相のユイは兵士達に連れられ外へと出て行った。
シンジは半ば唖然としながらもレイに走りよる。

「綾波ッ! ねぇ綾波ッ! しっかりしてよ!」

しかしレイからの返事はない。

なんということだ
水槽内だけのレイだけでなく、最後のレイまで母の手によって殺されてしまった。
今から台所にある包丁を持って母を殺してやろうか。
しかし、外から聞こえる怒号は兵士が複数人居ることを示している。出て行っても取り押さえられるだろう。
シンジはガクガクと震える体を抱えながら、ふとレイが何かあったときタンスを探してくれと言っていたのを思い出す。
レイのショーツを掻き分けシンジはついにそれを見つける。

”碇くんへ”と書かれたそれを恐る恐るあけていく……。

「待って……」

シンジが驚いて振り返ると、恥ずかしさに顔を真っ赤にしたレイがそこに立っていた。

「それはまだ……読まないで」

「あ、綾波……どうして?」

「……中身を見られると恥ずかしいから……」

どうして生きているの?そう聞いたつもりだったが伝わらなかったようだ。
手紙のことを言っているのだとシンジは悟る。
シンジはレイとの話の食い違いをなおすため、聞きなおした。

「あの、母さんは綾波に何したの?」

「……彼女は私に抗生物質を投与しただけよ」

「抗生物質?」

そこからレイは自分の状態を話した。
何ヶ月かで消えてしまう命を保つため、ユイ博士が抗生物質を開発していたこと。
その抗生物質の投与無しでは生きられないこと。
抗生物質の効果は、最後に聞いた段階で三週間だったこと。等。

「あ、あははははは! なっ、なんだ……びっくりした」

シンジは心底安心していた。いや、抗生物質の投与無しでは死んでしまうというのには驚いたが。

「私、ユイ博士にこっそり言われたの。”死んだフリをして”って
 だから……碇君には悪いと思ったけど、そうしたわ。」

そこでふと、さきほどのひと悶着で床にあるモノが転がっているのが目に留まった。
青いケースのそれには、注射器が4本と小さく丸められた紙が入っていた。
シンジはレイの手紙を元あった場所へ戻すと、その丸められた紙を広げた。

”シンジとレイへ、ごめんなさい。
 これを読んでいるということはうまくいったということです。おめでとう。
 私は国防軍に拘束されてしまいました。
 レイの寿命が迫っていることもあり、危険を覚悟でこの作戦に挑んだのです。
 これは抗生物質を強化し、複製したものです。
 一本で効果は1年ほど持続するはずです。
 レイが疲れやすいといったり、月経が不規則になったら投与してください。
 あらゆるルートに話をとりつけ、これの複製が定期的にあなたたちへ渡るようにしました。
 最後に。シンジ、レイをよろしく。レイ、シンジをよろしく。支え合って生きていくように。 母より”

それとともに、新しい隠れ家の位置が記されていた。小田原市にあるそれへ向け、出発する準備を整える二人。
シンジはレイに死んだフリをするよう命じ、背中へとかかえた。


シンジはレイを背中へおぶり、雨の中を歩く。
いつのまにか家の周囲を固めていた兵士達は、それに敬礼で答える。
なかには少女の死へ祈りを捧げるものも居た。

しかしシンジ達が行くのは地獄ではない。新しい、現実なのだ。
背中へおぶったレイは雨のせいか、少しだけ冷たい気がした。



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あとがき
碇シンジのサード・インパクトいかがだったでしょうか?
最後までお付き合いいただきありがとうございました。

この話は特定の疾患の方を貶めるつもりも、馬鹿にするつもりも皆無です。
誤解を与える部分があることをお許しください。


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