レイを巨大な抜け殻から運び出したシンジは今、非常に困惑していた
あれから数日経つというのに、レイは一向に目を覚ます気配を見せないのだ
手をレイの口元に持っていってみれば、確かに息をしている
なのに、どれだけ呼びかけてみても反応を示さない
軽く頬を叩いてみたりと、刺激を与えてみるのだが、それでも目を覚まさない
シンジはだんだんと不安になってくる
このままレイが目を覚まさないのでは無いかと
まるで植物人間にでもなってしまったかのようなレイ
そんなレイの様子に、シンジは早くも誓いを破りたくなっていた
例え、レイがすぐそばに居ても、反応が無いのでは居ないのと同じだから・・・・・
再び孤独感に囚われるシンジ
少しずつ心を閉ざし始める
周りの物が全てモノクロになっていき
その目に映るものからは次第に色が褪せていく
やがてレイまでもが目に映らなくなっていった
レイ自身が存在していないかのように・・・・・
一人海岸線を彷徨い歩くシンジ
捨て子が自分の親を探すように
しかし、目の前には血のように紅い海が、波立つ事も無く広がっているだけ
優しさに包まれたいと願っても
それを与えてくれる存在は無い
波の音があれば、肌に感じる風があればまだ、気分転換が出来たのかも知れないが、目の前に広がるのは死の世界のみ
その事が、シンジの心に再び狂気を纏わせる
再び破壊への衝動に駆り立てられるシンジ
荒ぶる心は、見えるもの、触れるものを手近な所から破壊し始める
心に溢れてくる悲しみをぶつけるかのように
脳裏に甦ってくるレイとの思い出がそれに拍車をかける
破壊を続けていたシンジは突然、何かに躓いて転んだ
怒りと憎しみとで彩られた表情で振り返る
そこに見えたものはレイ
だが、目覚めている様子を見せていない
自分の不甲斐なさと、レイの様子に
遂に決壊するシンジの涙腺
シンジはレイの上に突っ伏して大声で泣き始める
止め処と無く流れる涙
それはレイの胸元を濡らす
それがキーであったかのように瞼が微かに震え、ゆっくりとレイは目を開ける
状況を理解しようと彷徨うレイの視界に、自分の胸元に埋もれる黒いものが映る
それは、何処か懐かしさを感じさせる少年の髪
そう理解したとき
自分の上で泣き崩れる少年の頬にそっと手を伸ばすレイ
だが、レイは戸惑った
何故自分はこの少年に懐かしさを感じ、頬に手を伸ばしたのかと・・・・・
頬に触れる手のひらの感触に、シンジは驚き、レイの顔を見る
そこには、紅い瞳がしっかりと見開かれた無表情な少女の顔があった
とたんに笑顔へと変わるシンジ
「綾波！良かった！目が覚めたんだね」
そう言って、レイを抱きしめる
どれだけ抱きしめていたのだろうか、シンジはある違和感を感じてレイを離す
目の前に居るのは確かに綾波レイなのだが、何かがおかしい
レイが頬に触れてきた所から、今までの事を振り返るシンジ
そしてシンジは気がついた
レイが未だに一言もしゃべっていない事に
確かにレイは無口な少女であった
それでも、最低限の事は言葉にしてきた
なのに、今は一言もしゃべっていない
いや、拒否するなり受け入れるなりの行動もしていないのだ
ただ、人形のようにされるがまま
それが今のレイの状態にぴったりと当てはまる表現であった
あの日からシンジはレイに一生懸命に話し掛けていた
昔の思い出話や、今日何を考えたか
それこそ、過去で話せなかった分を取り戻そうとするかのように
言葉を無くした彼女に言葉を教えるように
ただただ、ひたすらに・・・・・
ゆっくりと語るシンジをレイは、真摯な瞳でみつめる
まるで、それがひどく大切な事であるかのように
変化を呼び起こしたのは日々の積み重ねだったのかもしれない
ただシンジをみつめるだけのレイだったが、やがて口を開いたり閉じたりするようになった
言葉にしたいのに言葉にならない
そんな様子をみせるレイにシンジは更に話し掛ける
ゆっくりと、大きく口を動かして、一語一語をはっきりと区切りながら
シンジの唇に指先を当て、動きを感じ取り
そのまま自分の唇に当て、その動きを真似するレイ
やがて、レイの口から言葉が発せられる
だが、最初にレイがシンジに向かって発した言葉は・・・・・
「貴方、誰？」
だった
レイが言葉を発した瞬間、風がこの死の世界を吹き抜けた
それと共に波立ち始める紅き海
静寂に包まれていた世界に音が戻ってきた
それは、新しい世界が生まれた事を意味している
母なる存在が言葉を取り戻した事によって生まれた音が告げる新しき世界
世界を動かす歯車が遂に回り始めた
第１話 音
公開です
何だかありきたりな目覚めです（笑
レイは言葉以外に、表情、感情、記憶を失っています
一つ取り戻すたびに何かが甦っていく
そんなストーリーなのですが・・・・・
さて、第２話では何が取り戻され、甦るのでしょうか？（笑
両方共当たった方には、洩れなくご希望のシチュエーションのSSを進呈致します（嘘
それでは
タッチでした