「ねぇシンジ、明日空いてる？」
掃除の時間、アスカがシンジに声を掛けている
だが、シンジは
「御免」
と言うだけ
「何？何か用事あるの？」
いきなり暗い感じになったシンジに不安を感じたアスカが更に問いかける
が、シンジはそれにも
「うん、ちょっとね」
と、奥歯にものが挟まったような言い方をするだけ
「ちょっと！一体何なのよ！？男でしょ、はっきり言いなさいよ」
遂にキレるアスカがそうシンジに詰め寄るが
やはり
「御免」
とだけしか言わないシンジ
シンジの纏う拒絶感を感じて、アスカは何も言えなくなってしまった
そんなアスカに、ヒカリが声を掛ける
「え〜、デート！？」
ヒカリの話に驚き、大声を出すアスカ
それは多分にシンジの気を引きたいアスカの芝居
その証拠に、アスカはシンジの方をチラリと見るが、シンジは気にしていないかのように余所見している
そんなシンジを見たアスカは
「分かった、行くわヒカリ、デートに」
大声でそうヒカリに言い放った
レイはそんなシンジ達の様子を、雑巾を絞りながら窺っていた
それは、今日一日シンジの視線を感じていたから
シンジが自分に何か用事があるのでは、そう思ってもいた
シンジの視線を感じていられる事は嬉しい事
だが、何処か思いつめた感じがして、少し心配でもあった
そして今、アスカと話し終わった後も、シンジの視線を感じている
シンクロテストが終わった後のエレベータに二人で乗った
その間も感じる、シンジの視線
「明日、父さんと会わなきゃならないんだけだ。何話せば良いと思う」
突然のシンジの質問に
「如何して私にそんなこと聞くの？」
その意図が掴めず、逆に質問するレイ
その質問に答えたシンジの言葉から、ゲンドウとの接し方が分からないのだと判断するレイ
だが、どう接すれば良いかなど、レイ自身にも分かるはずがなく、どうアドバイスして良いのか分からない
だから正直に
「分からない」
と答えるレイ
「そう」
明らかに落ち込んだ雰囲気がシンジの方から漂ってくる
シンジの返事に胸が痛くなるレイ
と、そこに
「あ、掃除の時さ今日の、雑巾絞ってたろ？アレって何か、『お母さん』って感じがした」
そんな言葉がシンジから掛かる
「お母さん？」
思いもかけなかった言葉に、聞き返すレイ
「うん、何か、『お母さんの絞り方』って感じがする。案外綾波って主婦とかが似合ってたりして。アハハ・・・」
照れるレイ
「何を言うのよ」
とそっけなく返してしまった
部屋に閉じこもってじっと明日の事を考えているのであろうシンジの事を心配に思うレイ
シンジの部屋の襖を開け、声をかけようとするが、シンジの背に拒否の意思を感じ、結局声を掛けることが出来ないまま
それはアスカも一緒なのだろう、イラついているように見える
いや、明日のデートについてシンジが何も言わない事にイラついているのかも知れない
（そう言えば今日ずっと、碇君に対する文句を言ってた気がする）
そう思うレイ
そんなギスギスした雰囲気の中、ミサトが帰って来た
帰って来たミサトにラベンダーの香水を貸してくれとせがむアスカ
だが、まだ早いとあっさり断られる
ミサトは一旦、自室に着替えに入ると、着替えて出てきた後、シンジの部屋に向かった
「シンジ君、開けるわよ」
そう言って襖を開けるミサト
そんなミサトに背を向けたままのシンジ
「怖いの？お父さんと二人で会うのが。逃げてばかりじゃ駄目よ！自分から一歩を踏み出さないと、何も変わらないわ」
ミサトの言葉に、背を丸めると
「分かってるよ」
と答える
「これから分かるのよ。最初の一歩だけじゃなく、その後に続ける事も大事だって事が。兎に角、明日は胸を張って行きなさい。お母さんにも会うんだから。じゃ、お休み」
ミサトがシンジに何を言ったのか、レイには分からなかった
ただ、ミサトの言葉をシンジがどう受け取ったのか、その事が気になった
「「いってきます」」
アスカとシンジがそう言って、マンションを出て行く
シンジは、ゲンドウと会わなければいけないことに
アスカは今もってデートのことに関して何も言ってくれないシンジの事で
暗い雰囲気を纏いつつ
二人を見送るレイも今ひとつ浮かない顔をしている
彼女が大切だと思っている二人が揃って暗いのだから、しょうがないのかもしれない・・・・・
眼下に見える多数の墓標
その中の一つの前に、二人の人影がある
シンジとゲンドウ、二人の人影が・・・・・
それをＶＴＯＬの中からみつめるレイ
やがて、話が終わったのだろうか、ＶＴＯＬが降下を始めた
着陸と同時に、ＶＴＯＬを飛び出し、シンジの隣に駆け寄るレイ
「あ、綾波？」
シンジは驚いているが、レイはそんな事気にせず、シンジのシャツの裾を掴むと、シンジ達が見ていた墓標を眺める
その時、レイは気がついていなかった
ゲンドウの目の雰囲気が少し変わっていたことに
ジェットコースターに乗る為、順番待ちしているアスカとコダマの男友達
だが
「つまんない、帰る」
アスカはそう言うと、列を抜け出した
「ちょ、ちょっと待ってよ、アスカちゃん」
慌てて追いかけてくるコダマの男友達
「気安く下の名前呼ばないで」
アスカは振り返ってそう叫ぶと、一気に駆け出す
早く家に帰りたくて
早くシンジに逢いたくて
アタシはシンジが好き
アタシに優しくしてくれた加持さんに憧れてもいたが
加持さんにとってのアタシは子供であり、妹であり、セカンドチルドレンしかなかった
とても恋人になんかなれない
でも、シンジは違う
アタシを一人の人間、「惣流・アスカ・ラングレー」として見てくれる
アタシがピンチに陥ったら身を挺して護ってくれる
アタシの我侭を優しい笑顔で聞いてくれる
等身大のアタシを、包み込んでくれる
アタシがアタシでいられる
だから、アタシはシンジが好き
デートをすっぽかして家に帰る途中、アスカはずっとそんな事を考えていた
シンジと共に帰宅するレイ
シンジは徐に部屋に入ると、何かを持って出てきた
それはチェロ
シンジはチェロを構えると目を瞑り、静かにチェロを弾き始める
その音色に耳を澄ますレイ
胸の中に何か暖かいものが流れ込んでくる
やがて終わるシンジの演奏
と、そこに拍手が
振り返ると、デートに行っている筈のアスカの姿があった
帰って来たアスカの耳に届いたもの
それはチェロの音色だった
シンジの心そのもののように、優しく暖かい音色
そんな音色に誘われリヴィングを覗くと、そこには目を瞑り、一生懸命チェロを弾いているシンジの姿と、同じく目を瞑り音楽に聞き入っているレイの姿
再びデートの帰りに湧き上がってきた想いが溢れてくる
そして思う・・・・・
アタシはレイも好き
ちょっと常識知らずだけど
人に必要にされたかったアタシを必要としてくれるから
人に認めてもらいたかったアタシを認めてくれるから
レイもシンジと同じようにアタシを一人の人間として見てくれる
だから、アタシはレイも好き
だけど、シンジへの想いは譲れない
アタシがアタシで居られるための人だから・・・・・と
レイがシャワーを浴び終わって、居間に帰ってくると
キスをしているアスカとシンジの姿が目に飛び込んできた
ショックを受けるレイ
キスという行為に込められる意味は分からない
だが、胸の奥から込み上げてくるはちきれんばかりの悲しみに
レイは無意識のうちに家を飛び出した
「待ってシンジ！」
後ろでアスカがシンジを呼び止める声が聞こえる
その後どうなったのかなどどうでも良い
遮二無二走るレイ
どれ位走ったのだろう、レイはいきなり腕をつかまれ、抱き寄せられた
そこは最近のレイのお気に入りの場所
胸に広がるシンジの温もり
レイは再びこみ上げる、先程とは違う感覚によく分からないうちにシンジにしがみ付き、大声で泣いた
シンジがレイを追いかけて出て行った後、アスカは呆然としつつも考えていた
二人だけが機体交換テストした時、堪らなく悔しかった
ヒカリにデートを頼まれた時、シンジが何も言ってくれなくて哀しかった
こんなにシンジの事が好きなのに
振り向いてくれないシンジが憎らしくて
だからシンジに無理矢理キスをした
レイが帰ってくるタイミングを見計らって
アタシの想いを二人に伝える為に
でも、シンジにはアタシの想いは伝わらなかったみたい
逃げるように飛び出していくレイを追いかけようとするシンジ
そんなシンジに
「待ってシンジ！」
と叫んだけど、シンジは聞きもせず飛び出して行った
悔しい
でも、レイには悪い事しちゃったな
それでも、いつかシンジの心をアタシの方に振り向かせて見せるんだから！！
そんな事を・・・・・
後書き
どもタッチです
ちょっとの変更、書き足し及び外伝アスカの心を挿入
今回はこんな所ですね
如何でしょうか？
それでは