死と新生、そしてサイカイ
第2話
Written by ヤブ
「発進!!」
ミサトの掛け声と共に射出される初号機.。
それと同時にシンジの身体に強烈なGがかかる。苦悶の表情を浮かべるシンジ。
初号機が地上に姿を現すのと同時に、エントリープラグ内にミサトの声が響く。
「いいわね? シンジ君」
その内容こそシンジに尋ねているようなものだが、ミサトのその言葉は有無を言わさぬといった雰囲気に包まれていた。
またこの状況下での選択肢は一つしか存在しない。
「……はい」
シンジは目の前に佇む第3使徒に意識を集中させていた。
「最終安全装置解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!」
ミサトの声と共に、初号機を拘束する最後の安全装置が外される。
対峙する初号機。
初号機の圧倒的な存在感が周囲にそびえ立つ高層ビルの群れを、ひどく小さく、脆い物に見せる。
その映像は人々の目を奪い、時間という概念を失わせ、一枚の写真としてその脳裏に焼きつく。
しかし、それは時間にしてみればまさに「一瞬」の場景にすぎなかった。
初号機は最終安全装置が外されるのとほぼ同時に駆け出していた。
その突然の行動に反応することの出来ない使徒。
初号機は一瞬の間にその間合いを詰め、スピードの乗ったその身体を肩から突き上げるようにして使徒にたたきつけた。
使徒は為す術無く弾き飛ばされる。
その映像を呆気に取られたように見詰めるミサト。
その表情は困惑した内心を鏡のように映し出している。
「えっ!? ちょ、ちょっと。……これ……シンジ君なの?」
ミサトの言葉に反応するものはいない。
リツコはなにも言わずに、ただその映像を見詰めている。
シンジは思う。
(……こいつは弱い。突然の攻撃であったにせよ、A.Tフィールドを張り忘れるなんて……。)
油断か、それとも反応できなかったのか、どちらにせよそれは弱者であることを示していた。
(…でも、二度目は無いだろうな)
初号機はシンジの思考が終了するのと同時にプログレッシブナイフを手に取り駆け出した。
その視線の先には体勢を立て直しこちらを見据える使徒の姿。
……と次の瞬間、使徒の両眼が強く光り、その一直線上に光の線が走る。
しかし初号機はそれを気にする様子も無く使徒へと向かう。
その初号機の動きは、管制塔にいる誰もが理解できないものだった。なぜこの子は使徒の攻撃を前に怯えることなく突き進むことが出来るのだろうか? それが共通した思いだった。あのまま進めば自ら攻撃を受けに行くようなものだ。
しかし、その光は初号機を捉える前に拡散して消えていった。
「初号機、ATフィールド展開!」
長髪のオペレーター、青葉シゲルが驚いたような表情で告げる。
「シンジ君が!?」
ミサトが驚きの声を上げる。それに対してリツコは静かに呟いた。
「彼、A.Tフィールドを自分の意思で展開できるようね」
(……でなければ、あんなことが出来るはずが無いわ。)
自ら使徒の攻撃に向かっていくことなんてね……。
初号機の前面には七色に輝くA.Tフィールドが展開されていた。
使徒の攻撃など何の抵抗にもならないかのように、尚も勢いを増す初号機。
その時、再び青葉の声が響く。
「使徒からのA.Tフィールドの発生を確認!!」
迫り来る初号機の姿を確認した使徒の前面にA.Tフィールドが展開される。
「やはり、使徒も持っていたのね」
リツコに驚きは無かった。
エヴァに展開できるのなら、使徒も展開することが出来るということは予想していた。青葉の報告はそのことの証明になったにすぎない。
しかし使徒の前面に展開された、その七色に輝く光の壁に干渉する者はいない。
使徒を飛び越える初号機。
そして着地と同時に両手を強く地面につきたてると、その反動を利用するようにして使徒へ背面蹴りをあびせる。
一瞬初号機を見失った使徒はよろめきながらも背後を振り向く。しかし、振り向きA.Tフィールドを展開するのが限界だった。使徒のA.Tフィールドは初号機によって完全に中和された。
初号機は蹴り出していた足を直ちに接地させ力を込める。
そして腰の回転を軸に、その回転を上体へと伝えていく。
そのまま右手に握られたプログナイフが凄まじいスピードで使徒のコアに突き刺さる。
コアに一瞬にして亀裂が入った。
尚もシンジは攻撃の手を緩めることはしない。
シンジは使徒の自爆を防ぐことに全てを集中させていた。
(……くっ、……はやくしないと!!)
使徒はコアに亀裂が入るのと同時に身体をムチのようにしならせ、初号機に掴み掛かり束縛しようとする。
「自爆する気!!?」
ミサトが叫び声をあげる。
「……って、えっ…?」
しかし、それよりも早く初号機が使徒を蹴り上げていた。
空中で使徒の身体が強い閃光を放つ。
初号機は両手を大きく天にかざし、より大きく、そしてより強固なフィールドを展開させた。
使徒の身体から発せられる閃光が一層その輝きを増した次の瞬間、使徒の身体が一気に圧縮したかと思うと、凄まじい爆音と共に爆炎が辺り一帯に広がった。
A.Tフィールドの光に波紋が広がる。
その向こうは一面、白い煙に覆われていた。
「……目標は、完全に沈黙しました」
青葉が唖然とした表情のまま使徒の殲滅を告げる
シンジは全身の力を抜くようにして大きく息を吐き、緊張を解いていく。
(爆発を防げてよかった。だけど、これからいろんなことを聞かれるんだろうなぁ……)
シンジはこれから起こるであろうことを考えるとすこしうなだれてしまう。シンジもこの戦闘での動きが有り得ないものだったのは重々承知していた。しかも、今回の戦闘は今までと違ってシンジ自身も精神的に切羽詰ったものでなく、いくらか余裕があったこともあり、その有り得なさに拍車をかけていた。
(それにしても……なんて答えればいいのかなぁ? まさか未来から来た、なんて言っても信じてはくれないだろうし……。それに、ミサトさんはともかくリツコさんを相手にするのは厳しいよな。……はぁ〜)
……綾波は大丈夫なのかなぁ?
やっぱり今回もあんなに酷い怪我をしてるんだろうな……。
……今日中にお見舞いにいけるといいけど……。
前回の世界から死に至るほどの怪我ではないことはわかっているが、それでもあれほどの大怪我をしているはずだ。心配でないはずが無い。
それに、シンジはこの世界に来てからまだレイに会っていない。できることなら今日中に会っておきたいと思った。
ケイジに着いたシンジは、整備士の人たちに軽く頭を下げながらケイジを後にした。
そしてロッカールームへ戻ると、L.C.Lをシャワーで洗い落とし、身支度を整え管制室へ向かった。
管制室は静寂に包まれていた。
誰もがその目の前の映像に目を奪われている。
スクリーンに映し出されているのは、使徒の殲滅を終え、静かに佇む初号機の姿であった。
「……目標は、完全に沈黙しました」
青葉の声と共に止まっていた時計の針が再び動き出す。
「……そんな、信じられない。あの使徒をこんなにあっさりと……、それこそ赤子の手を捻るように倒すなんて……」
ミサトの表情は混乱と驚き、そして自分の仇である使徒がこうも簡単に倒されたことに対する虚無感に満ちていた。
それでも半ば混乱したような状態のまま考える。
(サードインパクトを起こしたのが使徒であるように、今のもまた使徒なんでしょ? それを、こんなに簡単に……。)
それに、エヴァを動かすだけでも大変だというのに彼はそれ以上のことまでやって見せてくれたわ。
……だけど、司令もケイジで彼のことをシンジと呼んでいた。やっぱり、外見上はどうみたってシンジ君でしかありえないわ……。
なら、どうしてこんなにも普通じゃないの?
ミサトはその疑問を親友に投げかける。
「……リツコ。あなたはシンジ君のこと、どう思う?」
「とても優秀なパイロット、といったところかしら」
「それはあんたの予想通りだったてこと?」
「……いいえ、期待以上よ」
「……ねぇ、彼のあの強さは一体なんなの? あんなことが有り得るの?」
「……確率は0では無いでしょうね」
「そんなの答えになってないわよ」
「そうね。でも、私にだって分からないことはあるわ」
「……そうよね」
「ミサトが不思議に思うのも仕方が無いわ。……たしかにこの『碇シンジ』君は普通では無いから」
リツコはあくまで冷静に淡々と告げる。
その表情こそ冷静さを装ってはいたが、内心は穏やかなものではない。
ミサトは今のリツコの言葉に引っ掛かるところがあるのを感じた。
(……この『碇シンジ』? この、って……まさか!?)
ミサトは、ハッとしたようにリツコに振り返る。
「……彼が偽者だというの?」
「いえ、100%偽者だとは思っていないわ。……でもね、そうでなければ説明のつかないことが多すぎるのよ」
ミサトはなにも言えない。
彼女もまた少なからずリツコと同じことを考えていたから。
(……そう、彼のこの異常さは、そう簡単に説明でるものではないわ)
リツコは使徒戦での初号機の一連の行動を思い返していた。
(あの動き……、とても今の彼に出来るものではないわ。……そしてあの行動……)
すでに放心状態であったミサトは気付くことの無かったことだが、リツコはその不自然な行動を見逃すことはしなかった。
……使徒の自爆。
その被害は彼の適切な行動によって防がれた。
……だけどなぜ? 彼には次の使徒の行動がわかっていたというの?
……タイミング的には本当に紙一重だったわ。
使徒の行動に反応してからでは遅すぎるほどに……。
それでも……使徒の行動を完璧に予測することなど、できるはずがない。少なくとも私達には。
でも、では彼のあの動きは? ……わからない。
それともあれはただの偶然だったというの?
その答えを導き出すことは出来ない。
誰がシンジが時代を逆行してきているなどと考えることが出来るだろうか。
その時、空気の抜けるような音と共に管制室の扉が開いた。
「碇シンジ、ただいま戻りました」
そういうとシンジはミサトの下へと歩み寄る。
ミサトは怪訝な表情を浮かべシンジを見ている。
「あの……シンジ君? あなた、どうしてここに来たの?」
シンジはその言葉の意味が理解できなかった。
シンジにとっては戦闘終了後に管制室で反省会が行われることは当然のことだからだ。
「えっ? っと……それはどういうことですか?」
「いや、まぁ私もいまからシンジ君を呼ぼうと思っていたからいいんだけど……。ここに何をしに来たのかな〜、っと思って……」
「何って、それはここで……」
(……しまった……)
「? ……ここで?」
(そういえば、僕はまだここで反省会が行われることなんて知らないんだった……)
ミサトは尚も怪訝な表情を浮かべている。
「あの、えっと……、やっぱり戦闘が終わったらミサトさんの所に行った方がいいと思ったんで……」
「あぁ、なるほどね〜。……で、ココの場所はどうして分かったの?」
「えっ? えっと……それは……ケ、ケイジで聞いたんですよ! ミサトさんはどこにいますか? って」
シンジは内心も外見上も取り乱している。
しかしミサトにとっては、何故シンジが取り乱しているのかということよりも、シンジの異常性を説明する情報を得ることのほうが優先される事項だった。
「ふ〜ん、まぁいいわ。それじゃあシンジ君にはいくつか聞きたいことがあるの、準備はいいかしら?」
ミサトもシンジの言う事に一応の納得をし、またそこまで深く追求する気など無かったこともあり、普段の柔らかい表情で切り出した。
「はい」
ミサトは自分の発した言葉に違和感を感じていた。
(……なぜ私は「準備はいいか?」なんて聞いたのかしら? そんなことは聞く必要が無いはずなのに……。無意識のうちに彼に言い訳を考える時間を与えたのかしら? ……結局私も、彼のことを疑っているってことみたいね……)
ミサトは一瞬考え込むように俯いたが、その顔に自嘲的な笑みが浮かんでくる。
しかし次の瞬間にはその笑みも消え、シンジへと視線を移した。
シンジはその様子を首を少し傾けるようにして眺めていた。
(……? ミサトさん、どうしちゃったんだろう?)
シンジは何がなんだか分からないといった表情を浮かべている。シンジはリツコはともかく、ミサトにまで疑われているとは思っていない。
前回での家族としての生活を送った日々の印象が強すぎるから。
ミサトは質問をはじめる。
「シンジ君。あなた、どこかで戦闘訓練みたいなものを受けていたことがあるの?」
やっぱりな、とシンジは思う。
まず第一に、シンジには初陣に対しての恐れが殆どなかった。それはシンジにとっては当然ことではあるが、他の人たちにしてみれば異常としか言いようが無いのだ。
また当然のごとく、今回のシンジの戦闘での動きもとてもではないが「普通の中学生」に出来るものではなかった。
シンジもそれは自覚していた。
しかし前回の世界で幾度となく死線をくぐり、NERVでの戦闘訓練を積んだシンジは頭で考えるよりも先に身体が動いていた。
特に回避運動や、安定した姿勢を維持することに関してはその成果が顕著に現れてしまっていた。
ミサトがそう考えるのは自然な流れだ。
「……いえ」
シンジはそう答えることしか出来ない。
他にいい言い訳が思いつかなかった、……いや、そんなものがあるはずが無かった。
『碇シンジ』のデータはNERVが完璧に調べ上げているのだから。
ミサトは少し肩を落とすようにして答える。
「……そう」
わかっていたことだ。
碇シンジという少年は戦闘訓練は愚か、ケンカで殴り合いすらしたことが無い少年だった。
そしてだからこそ不自然……。いや、異常なのだ。かといってこれ以上追求しても無駄なのは明白だった。
「まぁいいわ、次の質問よ。……シンジ君、あなたは使徒が怖くないの?」
ミサトの表情はいつの間にか厳しいものに変わっている。
それに呼応するように、シンジの表情もまたいくらか硬くなる。
しかしその目は力強い輝きを失うことは無い。
「……もちろん怖いですよ。怖くない訳がないじゃないですか。……でも、それでも僕は戦わなきゃいけないんですよ。今や、この世界の命運は、僕の……、僕のこの肩に預けられているんですから……」
(自惚れかもしれないけど、今この世界を救うことのできるのは僕だけなんだ。そして、僕はもう……誰も失いたくはない)
ミサトは返す言葉が見つからなかった。
シンジのその言葉は余りにも重いものだったから。
そして、それが上辺だけの言葉ではない、ということもまたわかった。
しかし、なによりもミサトの胸を締め付けていたのは、中学2年という幼い少年のその肩に「世界の命運を握る」というこれ以上ないほどに重い使命を与えたのが自分だという事だった。
実際はNERV、特にゲンドウによるものなのだが、エヴァへの搭乗命令を下し、直接指揮をとるミサトには、それは自分の責任であるような気がしてならなかった。
そしてシンジのこの力強さに、ミサトは知らないうちに気圧されていた。
それ故にミサトはシンジが使徒という言葉を理解しているという不自然さに気付かなかった。
そこで、その状況を黙って見詰めていたリツコが口を開いた。
「ミサト。もういいかしら?」
ミサトはその声を聞いて我に返る。
「えっ? え、えぇいいわよ」
「じゃあ、シンジ君は私が借りていくわよ。いいわね、シンジ君?」
その表情はいつにも増して冷たさが際立っている気がした。
もはやシンジに逃れる術はない、また逃げるための理由も無い。
そして黙ってうなずくと、スタスタと進んでいくリツコの後を追う。
エレベーターに乗り込む二人。
二人に会話はない、この状況下ではシンジは生きた心地がしない。
(うぅ……、いったい何を聞かれるんだろう……。リツコさん相手にまともに答えられる自信なんてないよ……)
シンジとって、冷静さを際立たせた時のリツコは、まさに生きたコンピュータだった。
生半可な言い訳では通用するはずがない。
そんなシンジの心配をよそに、二人はリツコの部屋に到着する。
前回の世界でも来たことがない場所なだけに、その緊張に拍車がかかる。
部屋に入ると、リツコはイスに腰掛けた。
「シンジ君もそこのイスに座って楽にしてていいわよ」
「あ……、はい」
シンジは壁にかけてあった、パイプイスを引き寄せて座る。
とてもではないが、楽にすることなど出来はしなかった。
部屋の空気は相変わらず重く、冷たいままだ。
リツコにとってその空気は「普通」なのかもしれない。
そして、沈黙を破るようにしてリツコが口を開く。
「さて、シンジ君。あなたがここに呼ばれた理由はわかっているでしょう?」
「……はい」
「……それじゃあ、聞かせてもらうわよ。まず、あなたがA.Tフィールドを展開したときのことを教えてくれる?」
シンジはエレベーターの中でこのことを聞かれることは予想していた。
そして、今までの間にそれなりの言い訳も考え付いていた。
「あの……、そのA.Tフィールドって言うのはなんなんでしょうか?」
少なくとも今は余裕があるシンジだからこその反応。
あそこまでA.Tフィールドを使っておいて今さらといった感じもあるが、今のシンジは無意識に展開することが出来たとしてもその名称など知るはずが無い。
「あぁ、そういえばそうね。A.Tフィールドは、あなたが使徒の自爆を防いだ時に使っていた、あの光の壁のことよ」
そういったリツコの表情が微かに厳しいものになる。
しかしシンジにその微かな変化を見て取ることはできなかった。
「あぁ、あれのことですか……。う〜ん……、えっと、その、上手くは言えないんですけど……。あれが出たときは強く使徒を拒絶する思いがあった、ってことは確かだと思います……。僕が使徒を拒絶する心が強ければ強いほど、大きなフィールドが張れた気がするんです」
「……そう」
リツコは眉間に皺をよせ考える。そのシンジの言葉はリツコにとってなかなか興味深いことだった。そしてそれだけにリツコの意識はそちらへ向かってしまう。そしてシンジは謀らずもその言葉の中の矛盾を隠すことに成功した。
(……エヴァの能力が、人の心によって引き出されるというの? ……A10神経の接続、魂の入ったコア、そしてA.Tフィールド……。エヴァと人の心の関係は切り離して考えることなど出来ないのかも知れないわね……)
「そうね、わかったわ。では次の質問よ。……あなたは使徒の自爆を見事に防いだわ。……でも、使徒の行動を確認してからでは到底間に合わないタイミングだったのよ。……あなたはなぜあの時、使徒が自爆することがわかったのかしら?」
リツコは、なぜあの時にあのような行動をしたのか、とは聞かない。
あれは使徒の行動を予測していたものだと確信している。
シンジはこのことについては何も考えていなかった。それでも何とか言い訳を考えつくために頭を回転させる。そして暫しの沈黙を経てゆっくりと口を開いた。
「いえ、僕もあの時使徒が自爆するなんて思っていませんでしたよ。……ただ、僕はあの時使徒のあの赤い光りの玉……コアでしたっけ? それを破壊すれば使徒が死ぬなんて知らなかったんです。だから……その後も攻撃の手を緩めることはしませんでした。……蹴り上げたのは、ただの偶然なんです」
「……偶然ね。そんなものが信じられると思うの?」
(だけど、使徒のコアを狙ったのは想像できるわね。あそこまで目立っているのだから誰だってそこを狙いたくなるわ。それに、蹴り上げた後に両手を上に向けたのは、使徒を拒絶していたということなんでしょうね……。その方がイメージもし易いでしょうし。)
……それにしても、偶然ね……。便利な言葉だわ……。
「いえ……、でも本当に偶然なんです。信じてもらえないのなら、それは仕方のないことですけど……」
リツコはシンジを鋭い視線で見据える。リツコにしてみれば自分の問にシンジが即答できなかった時点で、それは作り話にしか聞こえない。
シンジはその視線を受け、心臓を直に掴み上げられるような感覚に襲われていた。
それからどれほどの時間が過ぎたのだろう……。
突然、ふっと、リツコの表情から厳しさのようなものが消え、部屋の空気が幾分か軽くなった。
しかしそれはシンジにしてみれば「長い時間」だったのだが、時間の流れの中ではほんの数秒にすぎなかった。
「……まぁいいわ。これで終わりにします。お疲れ様」
「えっ……、あ、はい。……ありがとうございました。……それでは、失礼します……」
シンジは突然の終了に呆気に取られてしまったが、そそくさとリツコの部屋を後にした
リツコとしては、現段階で必要以上にシンジを問いただすことで、自分達に対して敵対心を向けられるのは避けたかった。
それに問いただしたところで偶然という言葉を使ってしらを切るのは目に見えている。偶然を認めるつもりは無いが、まだ偶然が度重なった訳ではない。
そしてシンジがどんなに異常であっても、その力は確実に自分達にとってプラスになる。
それに今の質問での収穫がゼロだった訳でもなかった。なら今はそれでいい。
L.C.Lについて聞かなかったのは、聞く必要が無かったからだ。今回の質問の一番意味は、シンジがリツコにとってどう感じられる人物かを見極めることだった。また聞いたとしても他の質問のことから、適当な言い訳を答えるものと推測した。そしてリツコはシンジを注意すべき人物として認識した。
シンジは廊下に出ると、緊張がとけどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
(ふぅ〜……本当に生きた心地がしなかったよ)
でも、思ったより深く追求はされなかったな。……それでなかったら、いつボロがでちゃうかわからないよところだったよ……。
……それにしても、疲れたな〜……。
リツコとのやり取りは、見事にシンジを精神的に疲労させた。
それはシンジにとって永遠にも感じられたる時間だった。
(……でも、これでやっと自由に行動できる)
……綾波に会いに行こう。
そしてシンジはレイのいる病室へと足を進めた。
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