レイとシンジの休日
EVA外伝第参話 その1
朝8時ごろ、シンジはゆっくり目を覚ました。今日は土曜日なので学校は休みなのである。シンジが朝食をのんびり食べていると、レイから電話があった。
「もしもし」
「あ、碇君?おはよう」
「ああ、綾波。どうしたの?何か困った事でもあったの?」
「うん。これからうちに来てもらえる?」
「うん。いいよ」
「シンちゃん、誰からだったの?」
「綾波からだった。ちょっと出かけてくるね」
「もしかして、レイちゃんとデート?」
「ち、違うよ。何か困った事があったんだって」
「ふーん。気をつけていきなさいね」
「うん。行ってきます」
(レイちゃんも焦ってるみたいね)
シンジはレイに人類補完計画後にいろいろな事を教えていた。特異な生活を送ってきたレイは一般常識がなくシンジも苦労しているのであった。
(綾波が僕に電話してくるなんて今まで無かったからな。きっとよっぽど困った事があったんだな)
今までシンジから電話する事はあっても、レイから電話してくる事は1度もなかったのである。シンジは急いでレイの家に向かった。
(ここに来ると思い出しちゃうな。あの時のこと)
シンジはベルを鳴らしたが、やはりまだ壊れているようで音は鳴らなかった。
「綾波、碇だけど入るよ」
入ると以前の殺風景な部屋ではなく、女の子らしい小奇麗な部屋になっていた。その光景を見たシンジは言葉を失ってしまった。
「碇君?」
「あ、綾波…」
またしても、レイはバスタオル一枚で出てきた。シンジを呼んでからシャワーを浴びる。こんなところがレイの常識の無いところなのである。無論、シンジにその姿を見られたからといって恥ずかしいとも思わない。
「あ、綾波!!服着てよ!!」
「どうして?」
「どうもこうもないよ!何でもいいから服着てよ!!」
「わかったわ」
(せっかく碇君に私の裸見てもらおうと思ったのに…)
どうやら、これは計画的犯行だったらしい。
(綾波は一体なに考えてるんだろ?僕の事男だと思ってないのかな?)
シンジには訳の分からない行動である。
−着替え終了−
「着終わったわよ」
「そ、そう?と、ところで困った事って何?」
「実はね、この部屋の間取りの事なんだけど」
「何か変わった事ある?この部屋に」
「うん。ちょっと物足りない感じがして」
そう言われて見回してみると確かに綺麗で整っているが、それは前の部屋と比べてであって、少し物足りない感じはした。
「そう言われてみればそうかもしれない」
「だから碇君に手伝ってもらおうと思って」
「手伝うって言ったって僕だってたいした事出来ないよ」
「碇君なら分かると思ったんだけど…」
レイはシンジにいろいろな事を教えてもらっていたので、シンジは何でも知っていると勘違いしているのであった。幼児の頃の親への気持ちと似たようなものだろう。
「じゃあ家具売り場でも見に行こうか?」
そうシンジが言うとレイは目を輝かせた。これもレイの計画のひとつだったからである。
「うん!」
二人は、近くにあるデパートの家具売り場に出かけた。小一時間ほど探してみたがこれと思うものはあまりなかった。
「これなんかどう?」
「いいと思うけど…おっきすぎない?」
「そ、そうだね」
そんなこんなで昼になってもいいものは見つからなかった。
「ねえ、もう1時だよ。お昼ご飯にしない?」
「ええ」
2人は10階にあるレストラン街に向かった。
「綾波はなに食べたい?」
「ラーメンが良い」
「そう?じゃここにしようか」
2人は1番空いている(と言っても混んで入るのだが)ラーメン屋に入った。
「綾波、何にする?」
「にんにくラーメンチャーシュー抜き」
「そんなのあるかな?」
「ないの?」
レイは本当に悲しそうな声で言ったので、(実際にとても悲しかったのだが)そういったことに免疫がないシンジは焦ってしまった。
「あ、あったあった」
「本当?良かった」
(綾波っていきなり悲しそうな顔したりするからなー。焦ったよ)
「すいませーん」
「はい。ご注文はお決まりでしょうか」
「えーと、にんにくラーメンチャーシュー抜きと醤油ラーメンをください」
「分かりました。にんにくと醤油いっちょう。それから、にんにくはチャーシュー抜きね」
(しかし変なもの頼むよな、綾波も。そういえば前も頼んでたような…)
「何か思った?碇君」
「う、ううん。何も」
(あーびっくりした。僕って思ってる事顔に出るからな)
このまま2人は10分以上黙ったままだった。
(綾波と一緒に居ると時間が長い……話が続かないよ)
「へい、お待ち」
「どうも」
「いただきます」
「なに、それ?」
「それって、『いただきます』のこと?」
「うん」
「分からない。生まれたときからやってる習慣みたいなものだから。作ってくれた人に対する、お礼の言葉みたいなものじゃない」
「………」
「あ、ごめん…」
「いいのよ。別に」
レイはひとりで生活してきたうえに、ゲンドウやリツコもそのようなことを教えなかったのである。料理にしても作ってくれたものではなく、どこかで買ってきたようなものばかり食べていた。
(まったく、父さんもリツコさんも酷いよな。一体綾波にどんな生活させてたんだよ)
といまさらながらリツコとゲンドウに腹を立てたシンジであった。
「…私には何もない。私は3人目だもの」
「そんな事言うなよ。3人目だって綾波は綾波だろ。ぼくはそんな事気にしないよ」
レイはシンジのその言葉を聞いて泣き出してしまった。こういったことに免疫が全く無いシンジは、急に泣き出したレイに焦ってしまった。
(私泣いているの?これが涙なのね)
「どうしたの?綾波。僕なんか悪い事入った?」
「違う、違うの。これ嬉し涙よ。私は他の人と違うのに碇君は、碇君は…」
レイも伊達に本を大量に読んでいる訳ではなく、ほとんど流した事のない涙の事もすぐに理解できた。
「へ?」
「私の正体の事、聞いてくれる?」
「リリスと母さんのクローンだって事?」
「違うわ、それ以外にもあるの。私は血を流さない女…私には生殖機能がないの……」
「そんな…」
「それに私がいつまで生きられるかだって…」
「綾波!!もう止めてよ!」
「お願い、お願いだから最後まで聞いて…もし、私が死んでも、私のことを忘れないでくれる?」
「当たり前じゃないか!お願いだからそんな悲しい事言わないで…」
そう言うシンジも涙目になっていた。シンジはそれを袖でぬぐった。
「早く食べないと冷めちゃうよ。早く食べよう?」
「……ええ」
その後2人は言葉少なに、ラーメンを食べ終えた。自分達に視線が集中しているのにも気づかずに。
「ちょっと、今の見た?」
「ええ、泣いてたわよ」
「あの年で別れ話でもしてたのかしら」
注目の的になっている2人であった。
「ご馳走様でした」
「それもさっきの『いただきます』と同じような物?」
「うん。そうだね。そうだ、これからどうする?まだ探す?」
「…今日はもういいわ。また今度にしましょう」
「そうだね。じゃあこれからどうしようか?」
「…良かったら私の家に来ない?」
「え?良いよ」
2人はまた会話をすることも無くレイの家まで戻ってきた。
「お邪魔します」
「私は碇君のこと邪魔だなんて思ってないわよ?」
「でも、人の家に上がるときはこうやって言うんだよ」
「そうなの…用意するから上がって待ってて」
「あ……うん」
台所から何かを炒めるような音が聞こえていたので、シンジはレイが何か作っているんだと判断した。
(料理でも始めたのかな?それなら教えられると思うけど…)
「ちょっとこれ食べてみてくれる?」
「良いよ」
シンジはそれを食べてまた言葉を失った。ユイや自分が作った料理よりもはるかに美味しかったからである。(シンジにはそう感じられた)
(教えるどころかこっちが教えてもらいたいぐらいだよ……)
「碇君?」
「あ、ごめん。これ凄い美味しいね」
「そう……でも碇君みたいに上手く作れないの」
「そんなことないよ。僕より確実に上手いと思うよ」
「本当に?でも、碇君の料理のほうが美味しかったわ」
「そうかなぁ?僕より上手いと思うけど…」
決定的な違いはレイがシンジで好きで好きでたまらない事である。
好きな人が作ったものなら美味しくて当然だし、好きな人に作る料理が美味しいのも当然のことだ。
「まあ、料理の味付けとかでわからないところがあったら言ってよ。料理は長いことやってるから」
「ありがとう」
「あ、結構時間たっちゃったね。遅くなると母さん心配するから…」
「うん……また明後日」
「じゃあね、困ったことがあったら何時でも言ってよ」
「うん!」
(さてと……早く帰らないと)
(碇くんが美味しいって言ってくれた……今度お弁当でも作ってみようかな)
誰かさんから借りた少女漫画のせいでどんどんピンク色に染まっていくレイだった…