昼でも薄暗いここ、司令室。
 そこに、無精髭の男がいた。
 加持である。
 わずかに表情を曇らせたまま、ゲンドウと冬月の方を向く。

「セカンドチルドレンの件、申し訳ありませんでした。」

 しかしゲンドウは、表情を全く変えずに応対する。

「仕方ないことだろう。作戦課の葛城一尉より報告も受けているしな。」
「そうですか……」

 すると加持は手に持った頑丈なアタッシュケースを机の上に置きながら、今度は誰にともなく呟くように言った。

「それにしても、波乱に満ちた船旅でしたよ……
 やはり、これが狙いでしょうか?」

 アタッシュケースを開ける加持。
 中から、さながら琥珀の中に閉じこめられた化石のようなモノが出てくる。
 思わず身を乗り出す冬月。

 「生きて……いるのかね?」

 加持は落ち着き払って返す。

「硬化ベークライトで固めていますが、確かに生きています。
 ここまでの復元、手間がかかりましたよ。」

 彼はそこで言葉を切り、さらに瞳に光を宿して続ける。

「人類補完計画の要ですね……」

 ゲンドウが応じる。

「ああ。
 最初の人間……アダムだよ。」


Together

第壱話 ― Bパート Asuka STRIKES!

 アスカが欠けたことはNERVにとっても大きな損害であった。
 増える筈だったチルドレンを欠くこと、それはかなり重い。  3機にエヴァは増えたものの、肝心のチルドレンが二人しかいないため、実質的な変化は少ない。
 だが、嘆いていても仕方がない。
 さっそく弐号機とのシンクロテストが始まっていた。

「シンジ君、行くわよ?」

 そう言うミサトと、準備を進めるリツコ。
 ドイツから来た機体である。いつもより神経質になるのは否めない。

「はい、大丈夫です。
 特に違和感もありませんし……」
「無理しないでね。
 いつもと違う感覚があったらすぐ言って。」
「分かりました。」

 そして、起動実験がスタートする。

「フェーズ40%完了。
 現在のところ異常なし。」

 マヤの声もややうわずっている。
 普通にシンクロするのでさえ暴走することがあるのだ。
 やはり不安は募る。
 そして、もう一人。
 今日の実験を心配そうに見守っているものがいた。
 レイである。
 シンジとの実験に問題がなければ、この後レイとの起動実験もある。
 そのためにそこにいたのだが、彼女はそのためだけにいたのではなかった。

≪この気持ち……何?
 碇君のことが心配なの……?
 関係ないのに?≫

 自分の心にわき上がる不安に、戸惑いを覚えるレイ。
 以前のレイならあり得なかったことである。

≪何故…?何故……?
 碇君が傍にいれば、落ち着くの?
 碇君の傍にいたいの、私?
 必要ないのに…?
 違う。
 心が求めているというの……?≫

 混乱しそうになるレイ。
 しかしかろうじて自我を保つ。
 それはまだ彼女の感情が完璧でないことの証でもある。
 ただ、レイに心が芽生えつつあるのもまた事実。

「絶対境界線、突破!
 エヴァンゲリオン弐号機、正常に起動しました!」

 マヤの声が響く。
 それによって、司令室の張りつめた空気がいささか和らぐ。


 初号機の時と大差ない起動フェーズ。
 その中でシンジは自分を落ち着かせていた。
 心の焦りなどがあると起動に失敗しやすいと、リツコに言われたことを思い出して。
 と、マヤが起動に成功したことを告げる。
 シンジは突然、いつもと違う感覚を覚える。
 とたんに、どこか他の世界に迷い込んだようになる。
 一瞬、また暴走したのかと焦るシンジ。
 しかし、暴走したからと言って、何かしても変わりあるわけではない。
 とりあえずここがどこなのか、それを確かめようとするシンジ。
 と、ほどなく誰か、人の気配を感じる。
 その気配は、やがて自分ほどの背の高さの金髪の少女としてシンジの前に現れた。
 その少女はシンジを認めるなりいきなり言い放った。

「冴えなさそうな奴ね〜。
 アンタ、誰?」
「え?
 そっちこそ、誰なんだよ?」
「アタシ?
 アタシは、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ。
 そういうアンタこそどうなのよ?」
「僕は、サードチルドレン、碇シンジ。
 よろしく……」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?!?!?!
 こんな冴えない奴がサードチルドレン…?
 訓練なしでエヴァを動かし、3体も使徒を倒したからには、
 もっと格好良い奴だと思ってたのに…
 イメージ崩れるじゃないの…」
「い、いくらなんでも非道いじゃないか……
 何もそこまで言わなくても…
 それより、なんでここにいるの?
 確か、事故にあったんじゃ……?」
「そう。そこなのね〜〜
 よくわかんないまま、気がついたら弐号機の中にいたのよ。
 アンタ、知らない?」
「し、知るわけないだろ。」

 沈黙が流れる。
 が、シンジは当初の目的を思い出し、アスカに尋ねる。

「ここ、どこ?」
「ここ?
 弐号機の中よ。
 誰かがシンクロしてきたから、ちょっと呼んでみただけ。」

 悪戯っぽく微笑むアスカ。

「あんまり長居してると心配するんじゃない?」
「そうだね。
 じゃ、帰ってもいい?」
「いいわ。
 また来なさいよ…」

 とたんに、目の前の世界が暗転する。


「どうなってるの?
 状況報告っ!」

 シンジが弐号機とシンクロを開始してから、シンジに応答はない。
 しかし、呼吸数、血圧、心拍数等、何一つとして問題ない状況である。
 しかも、シンジの脳波は至って安定している。
 この状況で強制的にシンクロを解除するのは得策ではないため、手を出すこともできない。
 そのまま数分が経つ。

「先輩っ、パイロット応答有り、通信繋ぎます!」

 シンジがこちらに戻ってきた。
 とたんに、リツコとミサトが先を争うように叫ぶ。

「シンジ君、異常はない?」
「シンジ君、何があったの?」

 いきなり二人に叫ばれて、焦るシンジ。

「ま、待って下さい。
 まず、ここを降りてから……」


「アスカが…いた?」
「はい。
 起動した瞬間に、意識が遠くに飛んだみたいな感じで…
 なんていうか、違う世界に迷い込んだ、ていうか…
 この前暴走したときに見た世界とは、また違う感じで…」
「リツコ、そんなこと、あり得るの…?」

 シンジの話を聞いていたミサトが、リツコに聞く。
 しかし、リツコも「お手上げ」とでも言うように手を上げるという。

「分からないわ。
 自慢じゃないけど、エヴァにはまだ未知の部分が多すぎるのよ。
 他に選択肢があるのなら、極力エヴァは使いたくないくらい、にね。
 ただ、可能性としては、あり得ないわけでもないわね……
 エヴァとシンクロする、ということは、エヴァに対して心の壁を解放すること。
 無意識のうちに、エヴァの中にバックアップのような物を構築しているのかもしれないわ。
 普段は表に出ていないのが、アスカ自身の体が弱っているために、心がエヴァに移ったのかもしれないわ。」

 言っている内に自己嫌悪を感じるリツコ。

≪本当、バカな大人よね、私たち……≫

 と、突然非常サイレンが響く。
 とたんに各々が司令室に集まった。

「海上沖、はるなより入電。
 未確認の物体を発見とのことです。」
「目標確認、パターン解析…青、使徒ですっ!」
「やはり…第七使徒か。
 戦自が介入する前に決着をつける!
 葛城一尉、速やかに撃破してくれ!」
「了解しました。」
「葛城一尉、エヴァの編成なんだけど、
 確実を期すなら初号機にシンジ君で出すべきね。
 ただ、一つでも多く戦力が欲しい場合は、テストが済んでいるシンジ君+弐号機と、レイ+初号機をおすすめするわ。
 もっとも、シンジ君と弐号機の組み合わせについては不安要素もあるけど……」

 周りからの報告を受け、ミサトは決断する。

「シンジ君、弐号機での出撃準備を。
 ソニックグレイヴを装備。オフェンスを担当。
 レイ、初号機で出撃。
 シンジ君のサポートをお願い。」
「「分かりました。」」
「速やかにお願いね。」


 起動にかかるエヴァ。
 弐号機の中でシンジは、唱えるように呟いていた。

『惣流さん、使徒を撃破するんだ。
 お願い、力を貸して欲しい。』

「限界点、突破!
 エヴァ弐号機、起動!」

 起動実験の時とは違い、普通に起動する弐号機。
 が、シンジの頭の中に、アスカの“声”が響く。

『いい?今回はアタシがエヴァをコントロールするわ。
 あんたはアタシが倒すのを見ていなさい。
 いいわね?』
「分かったよ……
 黙ってみてろ、ってことだろ。」

 不満そうなシンジ。さらにアスカが追い打ちをかける。

『本当はアタシ一人で十分なのよ!』

 ため息をつくシンジ。
 そんな様子を見ていたのか、レイが通信を入れる。

「碇君……大丈夫?」
「え?
 あ、大丈夫だよ、綾波。心配しないで。」
「無理しないでね……
 碇君は、私が護るもの……」

 通信を切って、さっきよりもさらに深いため息をつくシンジ。

『ねぇバカシンジ、あの女誰?
 アンタの彼女…?』
「ち、違うよっ!?」

 焦るシンジ。

≪綾波は、綾波はそんな、つきあいたいとか、そういうのじゃなくて……
 昔に引き裂かれた自分自身みたいっていうか、なんていうか……≫

 思考の渦に閉じこもるシンジ。
 が、今戦闘中であることを思い出し、我に返る。

『たぁぁぁぁぁぁぁ!』

 アスカはそう叫ぶやいなや飛び出し、使徒の方へと飛び込んでいく。
 シンジもあわててレイに通信を送る。

「綾波、援護射げ……」

 が、アスカがシンジの言葉を途中で遮る。

『いらないわよ、そんなの!!』

 アスカは援護射撃など必要ともせずに、使徒の頭上でソニックグレイヴを構える。
 が、そのときシンジは、使徒の光球が何故か二つあることに気付く。

≪光球が…二つ…?≫

 が、次の瞬間には、使徒はまっぷたつにされていた。
 そのときシンジは、素直にアスカの動きに感動していた。

「スゴイ……
 どうしてこんな風に動けるんだ…?」

 アスカの“声”が高らかに響く。

『どおってこと無い敵でしたわね。』

 しかしそれでも、シンジは使徒を眺めていた。
 と、突然使徒の残骸が動いた気がした。

「まだ、動いてる!」
『え!?』

 という間に、使徒は二つに分裂し、見事に再生した。

『「「信じられない……」」』

 皆の声が見事にユニゾンする。

『こんなのインチキよぉ〜〜〜〜……
 もうやってらんない。
 バカシンジ、後頼む。』
「あ、後頼むったって…」

呆然とするほか無いシンジだった。


To be continued


【前話】   【次話】

あとがき

 ちょっと中途半端な終わり方になってしまいました(汗)
 今回、アスカ嬢の出番が多かった気がしますね。
 彼女を交通事故に遭わせたせいで、シナリオがかなり変わってきてしまいました。(^-^;
 では、また次の話でお会いしましょう。

柳井




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