「碇、良いのか?」
「何がだ。」
「レイ君が最近、シンジ君に首っ丈ではないか。
彼女が感情を持つことは、君のシナリオの邪魔になる、そうではなかったのか?」
「…………そうだな。
だが、シンジには可哀想なことをするかもしれんな……」
「碇。」
「何だ?」
「お前にもそんな心があったのか?」
「まあ、な。
シンジには今まで辛い思いをさせてきた。
これからもさせていくだろう。
私は所詮、不器用な男さ。」
「………」
「何がおかしい、冬月。」
「いや、ユイ君の言った言葉を思い出してな。」
≪ユイ君。こいつが可愛いかどうかは甚だ疑問だが……
寂しがりやで不器用なのは確かもしれんな。≫
シンジとレイはネルフに呼ばれていた。
いつもの起動実験。
ただ、前回使徒の侵攻の影響でできなかった、弐号機とレイのシンクロテストも行うらしい。
そんな説明をミサトとリツコから受け、プラグスーツへと着替えるシンジとレイ。
カーテンの向こうから聞こえる衣擦れの音に、シンジは何故か胸の高鳴りと焦りを覚える。
やがて出そろう二人。
シンジが心配そうに見守る中、レイと弐号機との起動実験が始まる。
「コアの変換、神経接続完了!」
「A10神経シンクロ開始!」
リツコの凛とした声が響き渡る。
「A10神経シンクロ70%、80%完了!
今のところ精神汚染等の異常なし!」
「絶対境界線、まもなく突破します!」
レイはエヴァとシンクロするときの――そして、彼女にとっては慣れっこになった――特有の感覚を覚える。
がしかし、すぐにそれは今まで味わったことのない無力感へと変わる。
≪何……この気持ち……?≫
『ハン、アンタみたいな人形みたいな奴は、あたし大っ嫌いなのよ!』
それは今まで味わったことのない気持ち。
零号機が暴走したときとも違う感覚に、レイは戸惑いを隠せない。
「レイ、上がって!」
「はい……」
どうやら暴走はしなかったらしい。
それでシンジを傷つけなかったのが、レイにとっての救いであった。
「レイ……」
「何ですか、司令?」
「話がある。後で司令室まで来てくれ。」
「はい。」
突然ゲンドウに話しかけられたレイ。
そしてその後レイは、シンジに対してと違い、何故かゲンドウには心の底から柔らかな気持ちで接していない自分に気付いてしまう。
≪何故……?
碇司令は、私の存在意義……
碇司令の計画のために生まれてきたのではなかったの?≫
「と、いうことだ。
分かったな、レイ。」
「………」
「どうした、レイ。」
「……分かりました。」
レイは、その顔に何一つ表情を見せずに去っていった。
かつての、そう、シンジと出逢う前のように…
シンジはレイを探していた。
テストのあと、何処かへ行ってしまったのだ。
ミサトやリツコも知らないといっていた。
本部の中を歩いて探そうとも思ったが、行き違いになってはどうしようもないので、とりあえず迷わない程度の所を。
しかしレイは見つからず、仕方なしに家へとシンジは帰っていった。
やがてレイが帰ってくるだろうと信じて。
「……シンジ君、あそこまでレイのことを想っているの……?」
「惨い事しましたかね、先輩?」
「仕方ないでしょう。
それに……」
「それに……?」
「なんでもないわ。」
翌日。
シンジはげんなりとした顔で登校していた。
レイを夜遅くまで待っていたことによる肉体的な疲れもある。
だが、それ以上に彼を疲れさせたのは、レイが結局帰ってこなかったことによる心の疲れ。
学校にも当然レイは来ていなく、そのまま失望とともに帰っていった。
『今日は授業を受ける気がしない』、そう言い残してシンジは本部へと行った。
「碇の奴……今日はどないしたんやろ?」
「さあ。」
本部に着くなり、司令室の方へと向かったシンジ。
そこにはミサトとリツコが居た。
「あら、シンジ君じゃない。
どうしたの?元気なさそうよ。」
「いえ、別に……」
「そう。」
「あ、シンジ君、ちょっち。」
そのまま立ち去ろうとするシンジを、慌ててミサトが引き留めた。
「なんですか?」
「その、あなた達は修学旅行には行ってもらうとマズいの。
いつ使徒が来るか分からないからね。」
「そうですか。」
「そうですかって、もう少し驚くとか、悲しむとかないの?
『せっかくの修学旅行、楽しみにしてたんですよ』とか抗議の一つぐらいしても良いものなのに。」
「別に。」
「……そう。
帰って良いわ。」
ミサトは、シンジのその反応にいささか拍子抜けした。
『今日は何か変だ。』ミサトはそう思ったが、それ以上訊ねることは彼女には出来なかった。
それから数日のある日。
ミサトとリツコは浅間山付近の研究所に来ていた。
「ネルフの方でしょうか?」
「そうよ。技術一課の赤木と作戦課の葛城です。」
「どうなさったんですか?突然お越しになられて。」
「……この研究所の責任者は?」
その中年――というにはまだ少し若かったが――の研究員の質問にはあえて答えなかった。
そのような末端の職員に知らせることが出来ない事情、そしてネルフが動く……当然、使徒だった。
昨日、浅間山から正体不明の熱源反応があった。
それをネルフが解析したところ、まさしくそれは第八使徒――サンダルフォンだった。
「所長初め、“上”は今出払っておりまして……私が代理ということになります。」
「そう。…この大事なときに……」
「はあ?」
「いえ、なんでもありません。
では、あなたに国連からの通達をお知らせします。
『本日ただ今をもって、浅間山噴火観測研究所はネルフの指揮下にはいる。
現在まで48時間以内、及び作戦行動終了までの記録については一切極秘。作戦終了後に廃棄すること。』
ということです。」
「あの熱源反応ですね……分かりました。」
その男は意外に物わかりがよかったらしく、素直に従うことにしたらしかった。
それを確認すると、ミサトは携帯電話を取り出した。
「……あ、司令でしょうか?
研究所の方は話がつきました。
後はエヴァの到着を待つのみです。
はい。頼みます。」
電話を切ると、ミサトはため息をついた。
「司令と話すとやっぱり萎縮するわね……
電話越しでも変なオーラが漂って来るんだから。」
リツコは苦笑するしかなかった。
To be continued
あとがき
長らく失踪していて腕が鈍ったせいか、今回は短いです。
3パートに分けるという当初のもくろみからすると、ここらがちょうどなんですが……
ゆらりと次をお楽しみに。
ミレア