シンジはいつものように3人(と1匹)の夕食を終え、皿洗いをしていた。
ミサトはともかく、レイとシンジは自分からそれほど話そうとするわけではない。
それでも3人の間には、暖かな雰囲気、といった物があった。
すっかりなじんでしまいながらも、そんな雰囲気の中でレイが違和感のないことに、シンジは喜びを感じる。
そう考え事をしているうちに皿洗いを終えると、自分の部屋から裁縫用具と家庭科の課題を持ってきた。
袋から布を出すと、それを手際よく縫っていく。
しばらくするうちに、それはエプロンに形を変えていった。
と、横からレイが出てきたひょいとシンジのもとをのぞき込んだ。
「え、どうしたの、綾波?」
「その……家庭科の課題…」
言葉を選ぶような素振りを見せつつ、レイはシンジの縫っているエプロンを指さす。
それは今日の家庭科の授業で作った物で、時間の足りなかった人は持ち帰って仕上げてくるのが課題となっていた。
しかし、レイの記憶が確かならシンジは自分のエプロンを真っ先に仕上げた筈。
「ああ。これ?
トウジ達にちょっと頼まれちゃってさ。」
照れたようにして頬を掻くシンジ。
だが、レイはその言葉尻を見逃さなかった。
「スズハラくん…『達』……?」
「………」
「………」
そのまましばしシンジは沈黙する。
が、こういうときに折れるのはいつもシンジだ。
シンジは観念したように、部屋から同じ様な袋を十か二十個ほど取ってきた。
さすがにレイも少し驚いてしまう。
「え〜っと、これがケンスケので、これがリュウの。これは安室くんので、こっちは東江ので……」
どうやらクラスの殆どはシンジ頼りらしい。
「これが佐々木さん、こっちが松本さんで……」
不意に、レイが何ともいえない視線をシンジ――というよりその袋――に向ける。
「綾波?」
「その課題……邪魔。」
「え?」
唐突に何を言い出すかと、焦るシンジ。
が、レイはそんなシンジは気にしていないように、少々危険な目で続ける。
「その課題があるから……一緒にいる時間が減る。それは私にとってとても寂しいこと……」
さすがに言っていて恥ずかしくなったのか、最後のほうは声が小さくなる。
それを聞いたシンジは、レイの方に真っ直ぐ目を向けて――のはずが恥ずかしくてだんだん横を向いてしまうのだが――言葉を紡ぎだした。
本当は、自分だけを見ていて欲しい。
自分だけの物でいて欲しい。
でも……
「ダメだよ、ダメだ、その考え方は。
今の綾波は、僕しか見ていない。」
「……え?」
「綾波が僕と一緒にいたいのは分かるけれど、僕は綾波だけの物でもなければ、綾波しか友達がいないワケじゃない。
綾波だって、もっと周りを見て、もっと友達を作って、それから……」
ふと、喋りすぎたかな、ともう一度レイの方を見つめる。
「そう……
有り難う……」
レイはほんの少しだけ微笑むようにすると、手近な袋を一つ手に取った。
「それでも、早く終わらせないと……」
シンジほどではないが、それでも充分器用に、レイはエプロンを縫っていく。
と、何を思ったかシンジは少しレイの方に身体を寄せた。
「それと。
何か作業をしていたって、別に一人じゃない。
一緒にいれるじゃないか……」
そう言ったシンジの顔は真っ赤だった。
ちょうどその頃、NERVの司令室では、冬月とゲンドウが向かい合っていた。
ゲンドウはともかく、冬月はどことなく愉快そうな様子だ。
「碇。レイをシンジ君のもとから引き離すのに失敗したようじゃないか。
日頃あれほど『シナリオ通りだ』を連発しているが、これは予想外かね?」
「…………問題無い」
「そうか。」
と、冬月は突然遠い昔を見るような目つきになる。
「思い出すな。
恋仲の二人は、周りがどう止めても聞かない、ということなのだろうな……
なあ、碇。」
「からかわないで下さい、先生。」
「おや、私は何もお前のことだとは言っておらんが。」
今日はゲンドウに勝てた冬月だった。
その翌日。
マヤはリツコに頼まれたプログラミングをすべく、休日にも関わらず律儀に研究室でプログラミングに励んでいた。
「ふ〜。
にしても、このディスクのネコちゃん、何?」
どうやら渡されたディスクのラベルに印刷されている、ディフォルメされた茶色のネコのことをさしているらしい。
と、突然後ろから誰かに目隠しをされる。
「だ〜れだ♪」
「え? その声は……」
どうやら知り合いらしい。
マヤはその手を振り解いた。
「やっぱりぃ。
カスミじゃないの!
久しぶり!!」
「マヤちゃんこそ久しぶりじゃないの!
相変わらず可愛いじゃない…」
「もぉ……」
後ろからマヤに目隠しをしていたのはカスミ、そう山田カスミだった。
実はカスミとマヤは大学時代の親友だった。
確かその後、カスミはNERVのアメリカ支部で働いているはずだったが…
「一昨日、突然上司に日本行きを告げられてね。
当分マヤちゃんをいじめて過ごせるわねぇ…」
「何言ってンの、こっちがたっぷり遊んであげるわよ。」
当人達にそのつもりはないに関わらず、端から見ればかなり怪しい会話を二人は繰り広げ続けた。
さらにその次の日。
シンジとレイは仲良くそろって登校していた。
「綾波、そういえば今日、転校生が来るらしいってミサトさんが言ってたけど、レイはどんな人だと思う?」
「…………
…………」
「あ、綾波?」
そのまま深く考え込んでしまったレイを見て、シンジはさすがに焦ってしまう。
と、それを待っていたかのように、レイは顔を上げ、微笑んだ。
「分からないわ。
会ってみないと、ね。」
「そ、そうだね……」
シンジは思う。
レイは元々、表情豊かで、それでちょっといたずら子っぽい様なところも持つ少女ではなかったのかと。
ただ、今まではそれが表に出てこなかっただけのこと。
今は、シンジの前でぐらいでしか見せないが、そんな側面も時に見せてくれる。
と、そんなこんなで学校に到着し、やがて担任がやってきた。
「起立、礼!」
「「「おはようございます……」」」
いつも通りの号令の後、担任がおもむろにチョークを手に取った。
何があるのかと、事情を知る者も知らぬ者も思わず談笑をやめる。
担任は黒板に『山田ユキヒコ』そう書いた。
「え〜、既に知っている人もいるかと思いますが、今度、2年A組に転校生を迎えることになりました。
山田君、入ってきて下さい。」
「はい。」
皆は息を呑んだ。
入ってきたユキヒコは『美少年』といった感じだった。
ただ、シンジのように中性的ではなく、『守ってあげたい』と言ったタイプではないが。
「山田ユキヒコです。
前はアメリカにいましたが、家族の都合でこちらに転勤してきました。
よろしくお願いします。」
そう言うとにこっと微笑む。
その笑顔に女性陣(除くレイ)と一部の男性陣はノックアウトされた。
そんな反応を毛ほども気にせず、空いている席に座り込む。
そして、隣のレイに向かってにっこりと微笑んだ。
「綾波……さん?
よろしく。」
女性陣の猛烈な嫉妬の嵐にも、ユキヒコの笑顔にもレイは感心するところはないらしい。
冷たく切り捨てようとしたレイの脳裏に、ふとこの前の会話が浮かぶ。
『もっと友達を作って……』
「よろしく。」
好意があると受け取られるかどうかギリギリの愛想笑いを浮かべるレイ。
もちろん本人にさっぱりその気はないのだが。
その後。
ユキヒコはもうちょっとレイと話をしたかったところを、急遽トウジとケンスケによって拉致される。
「お前、綾波には手を出しちゃいかんぞ。」
「へ?」
「あいつには彼氏がいるんだよ。同居している奴がな。」
「へへ?」
「毎日ベッタリで登校して来るんだ。
見てて暑苦しいぜ、本当。」
「へへへ?」
「まあ、おれたちも親友に人殺しをさせたくないし、転校生がいきなり死んじまうのもなぁ?」
「へへへへ?」
「じゃあな。」
「………何だったんだ、今のは?」
ユキヒコの心に、大きな謎が投げかけられた。
その帰り道も、レイはぴったりとシンジに寄り添って歩いていた。
シンジは最初の方こそ少し恥ずかしかったが、今ではだいぶ慣れてしまった。
「今日、テストだよね?」
「ええ。」
少し気まずい沈黙が流れる。
「あの……
怒ってる?」
「へ?」
シンジはとつぜんのレイの発言にきょとんとしてしまう。
「別に?
転校生のこと仲良くしているからって、それだけで怒るわけないよ。
前にも言ったじゃないか。
僕は本当は綾波が僕だけのものでいて欲しい。
でも、でもさ、それじゃやっぱりダメなんだよ。
綾波だって、もっと広い世界を見て、さ。
そうすればいいと思うよ。」
「碇君……」
レイはそこまで考えているシンジに嬉しく思ったと同時に、無性にシンジを抱きしめたくなる。
これがシンジだったら自制したのだろうが、レイは止めることなくシンジを抱きしめた。
「あああああ綾波?!?!?」
「碇君……」
見かけよりはいくらか頼もしげなシンジの胸板に身体を預け、レイは心地よい感覚に浸っていた。
シンジも観念したと言うべきなのかもしれないが、そのレイの幾分低い体温を感じながら、そっと抱きしめ返す。
もはや彼らに周りは見えていなかった。
「見たぁ?あの中学生。」
「今時の中学生って、進んでるのねぇ。」
「おや、シンジ君と…レイじゃないか。
青春してるねぇ
じゃ、俺も行くとすっか。」
どうやらテストには遅れそうだ。
To be continued
あとがき
某所でチャットしながら仕上げたCパートです。
本当ならもっと進めたいこともあったんですが、ネタは先にとっておいて(以下略
次回であっと驚きの新展開!?
ミレアでした。次をお楽しみに。<(_ _)>