ある日の朝。
 シンジはいつものように朝食を作ろうと定刻通り目を覚まし、まだ少し眠い自分の顔を洗った。
 そして用意をしようと台所へ向かったところで、ふとメモが目にとまる。
 どうやらシンジに宛てて書いたらしく、シンジは手に取った。

『碇君へ。
 昨日は零号機の起動実験が徹夜だったので、まだ寝ているかもしれません。
 でも、今日は学校に行くつもりなので、葛城さんを起こすついでに私も起こしてくれると嬉しいです。
 綾波』

 それを読み終えると、シンジはいつも通り朝食を作り始める。

 今日はいい日になりそうだ――。

 そう思いながら。


Together

第四話 ─ Aパート「シンクロチルドレン」

 シンジとレイは結局出遅れてしまったので二人して走って登校してきた。
 何とかホームルームに間に合った、と二人そろって肩で息をしている。
 ふと隣を見たシンジは、レイの少し紅潮した頬に見とれてしまう。
 そんな二人の様子を見て、トウジが冷やかしの声をかける。

「センセら、あっついねぇ。
 ワイらみたいな独り身は辛いわ、なあケンスケ。」
「え、ああ。」

≪お前は独り身じゃないと思うぞ……≫

 額に青筋の浮かんだケンスケだった。

 そんな様子を眺めていたヒカリは、何故か大きなため息をつく。
 と。

「洞木はいるか?」
「あ、はい。」
「至急、校長室に来なさい。」
「え、はい。」

 よそのクラスの教師がホームルームの直前に突如入ってきた上に校長室に呼ばれるなど、普通はあり得ないことだ。
 別に何もした覚えはないのに。

「委員長、何かやったのか?」
「別に?」

 なんでだろう、とさっぱり分からないヒカリだった。

 校長室、そこは一部の生徒にとっては恐怖の象徴であった。
 すでにすっかり禿げ上がった頭の校長、彼の小言は延々と続くのであり、下手をすれば午前中に呼ばれたのが、クラブに遅刻するほど続くものだ。

「失礼します。
 2年A組の洞木です。」

 戸を開けたところで、ヒカリは少し驚いた。
 そこにいたのは校長ではなく、見慣れぬ白衣の女性。
 それだけでも十分驚くのだが、その女性は金髪に黒眉という、また何とも変わった姿だった。
 そして、彼女に告げられたこともまた、衝撃的だったのだが。

「NERV技術一課博士、赤木リツコです。
 以後よろしく。」
「は、はい……
 2年A組洞木ヒカリです。こちらこそよろしくお願いします。」


 そしてその日の夕方。
 レイはNERVに用事があるらしく、『直に戻ってくる』と言い残して出かけていった。
 ミサトは早朝から出張で当分居ない。
 仕方がないので、シンジはペンペンとテレビを見ていた。

ピンポーン

 そんなところに、突然チャイムが鳴った。
 あわててシンジは飛び出す。

「はい、葛城です…って、委員長?」
「あ、碇君?」

 訪ねてきたのはヒカリだった。

「綾波さん……居る?」
「綾波なら今日は用事があるって出かけていって……
 そのうち戻ってくると思うけど……?」
「あ、なら、上がって待たせてもらってもいい?」
「え、ああ。
 別にいいけど。」


 あれから数十分が過ぎた。
 ヒカリとシンジは、特に何をするでもなく座っていた。
 シンジにすれば、やはり年頃の少女と二人きりという状況は辛いらしい。
 ミサトのように、「保護者と被保護者」という関係がはっきりしている場合や、レイのようにもはや当然のようになってしまって慣れてしまった場合とは違う。
 こういう、それほど親しくない少女と二人っきりという状況はどうも居心地が悪い。
 と、そうしているうちにたまっていた宿題も終わってしまい、見事にすることもなくなったというわけだ。

「あ、委員長、テレビ見る?」
「え、ああ、別に……」

 シンジは仕方がないので、部屋からとってきた文庫本をしばらく読んでいることにした。

 やがて日も沈み、夕食時と呼ばれる時間になってきた。
 まだレイは帰ってこない。
 仕方がないので夕食の用意をし始めたシンジだったが、ヒカリはどうするのだろうか、とふと思った。

「委員長?」
「え、何?」
「いや……綾波、まだ帰ってこないけど、もうそろそろ夕食時だから、どうするのかな?と思って。」
「あ、う〜ん……」
「どうしても待つんなら、夕食、余分に作ってあるから食べていく?」
「……どうしよう……」

 ヒカリはそのまま考え込んでしまう。
 父と母はどちらも出張で居ないし、妹のノゾミの夕食は姉のコダマが何とかしてくれるだろう。

「悪いけど、ごちそうになるわ。」
「そう。
 じゃ、ちょっと待っててね。」

 シンジはそういうと台所から料理を取ってくる。
 それはどれもとてもおいしそうに見えた。

≪碇君って……主夫してるのね…≫

 と、シンジに向かいの席を勧められたので、そのままその席に着いた。

「いただきます……」

 どの料理も自分が日頃作っている料理よりもおいしく感じられた。
 それにヒカリは少し悔しくなる。
 ヒカリはそしてふと、自分とシンジは、周りからどう見えるだろうか、と思った。
 部屋で二人っきりで向かい合って夕食を共にする……
 まるで………

≪新婚さん!?≫

「フジュン!フジュン!!フジュン!!!」
「どどど、どうしたの委員長?」
「え? あ、なんでもないわ……」

 どうやら思わず叫んでしまったらしい。
 さっきまで考えていたこととも相まって、赤面してしまうヒカリ。

≪碇君には綾波さんが居るのに……もう!!≫

 シンジ本人にはさっぱりそのつもりはないのだが。

 食事が終わり、シンジはやはり慣れた手つきで皿を運んでいく。
 と、ようやくヒカリは、何もお礼も言っていないことに気づき、そっとシンジの元に駆け寄った。

「お礼と言うには何だけど、お皿ぐらい洗わせて。」
「え、うん…」

 ヒカリは皿を洗い終わると、またリビングのソファーにちょこんと腰掛ける。

「あの……碇君?」
「なに?」
「その……最初は綾波さんに訊こうと思っていたんだけど……」
「?」

≪綾波に訊こうと思っていたことで、僕に?≫

 シンジはさっぱり事情をつかめない。

「初めて……初めてエヴァに乗った時……怖かった?」
「へ?」
「今日、朝のHRの前に、校長室に私、呼ばれたでしょ?
 あのとき、NERVの人が来てね、エヴァのシンクロチルドレンをやってほしい、そういわれたの。」
「え!?
 委員長が?」

 シンジは驚きのあまり、飲みかけていたコーヒーを吹いてしまった。

「そうなの。
 エヴァンゲリオン弐号機のシンクロチルドレンをやってほしい、って。
 もっとも、碇君や綾波さんより危険度は低い、とも言われたんだけどね。」

 シンジは驚きっぱなしで声も出ない。
 目の前の特にこれといったところもない少女が、何故弐号機のパイロットに選ばれたのか?
 そもそも、弐号機のパイロットはアスカではなかったのか?

「え〜っと、それから…
 そう。
 私がエヴァに乗れば、碇君や綾波さん達の負担を減らせるって。
 私も、周りの人を守ることが出来るって言われたの。
 でも、これはあくまで『提案』であり、強制はしない、とね。」
「それで、どうしたの?」
「………乗ることに決めた。」
「え?」
「碇君や綾波さんに守ってもらっていて、そのお手伝いが出来るのなら。
 それでト…みんなを守ることが出来るのなら。
 私は乗る、そう決めたの。」
「………」

 シンジはしばらく考え込んでいたが、やがて決心したかのように言った。

「えらいと思う。」
「え?」
「えらいと思うよ、委員長は。
 綾波は、それしかなかった。
 それでしか、存在意義がなかった。
 僕も、半ば流されるままに、戦う意味も見つけられないままに戦っていたんだ。
 だけど、委員長は違う。
 自分自身で判断して、そして、みんなを守るために戦う、そう決めたんだから。」
「そう………」
「確かにエヴァに乗るのは怖いけれど、プラグの中は思ったより安全なんだ。
 それに、オペレーターの人たちも全力でサポートしてくれるし。
 だから、必要以上に怯えること無いと思うよ。」
「そう……ありがとう……」

 ヒカリの目の前の少年は、一見頼りなさそうでも、自分たちを守ってくれているのだ。

≪私にだって、そのお手伝いぐらいなら……≫

「今日は本当にありがとう、碇君。
 さすがにこれ以上遅くなると姉さんになんて言われるか分からないし。」
「そう。
 じゃあ、また明日。」
「さよなら。」

 ヒカリは走って帰っていった。
 それを見送ったシンジは電話をとると、リツコの元に電話をかけた。

『NERV技術一課、赤木です。』
「リツコさんですか?シンジです。」
『シンジ君?何の用?』
「あ、その……」

 頭の中身を整理しながらしゃべる、そう言ったことはあまり得意ではない。

「委……じゃなかった、洞木さんのことなんですけど?」
『シンジ君、どうしてそれを?』
「本人から聞いたんです。」
『そう……
 エヴァンゲリオン弐号機のシンクロと起動は、他のエヴァと違って特殊なのは分かるでしょう。』
「はい。」
『シンクロして起動さえしてしまえば、その後はシンクロをすべてアスカに明け渡す形で任せることが出来る。
 しかも、MAGIによればその起動時のシンクロというものも、アスカの意思でコントロールできるらしいわ。
 つまり、チルドレンとしての適正に関係なく、アスカが単純に認めればシンクロし、起動できる訳よ。』
「それで、洞木さんなんですか?」
『そう。
 MAGIによれば、彼女が適任らしいの。
 まあ言えば「聞き上手で、協調性を重んじる」タイプだからよ。
 彼女には一応、このあたりのことは全部話してあるわ。』
「そうなんですか……
 ありがとうございました。」
『そう。じゃ、お休みなさい。』

 疲れがどっと出たのか、電話を切った後すぐにシンジは寝てしまった。


 その次の日。
 シンジは朝から本部に呼ばれていた。
 ただ、何故かレイは招集されていなかったが。
 と、そこでヒカリを見かける。

「委員長、おはよう。」
「あの……」
「ん?」
「学校ではともかく、ここでは私は『委員長』じゃないから、出来れば『洞木さん』って呼んでほしいんだけど。」
「え、ゴメン。
 おはよう、『洞木さん』。」
「おはよう、碇君。」

 そしていつものケージに集められる。
 今日は弐号機との起動実験らしい。
 ミサトが居ないので、リツコが説明を始める。

「今日の実験は、ヒカリさんの存在を弐号機──アスカに認知してもらうための実験です。
 弐号機にシンジ君とヒカリさんで搭乗、シンジ君が9割シンクロし、残りの1割をヒカリさんに開放します。」
「はい。」

≪エヴァに……二人で?≫


 その後、二人はプラグスーツに着替えるべく更衣室へ行ったわけだが、ヒカリの方はボディラインがモロに出るスーツは苦手だ。
 しかも、アスカ用のプラグスーツを着るため、妙に緩いところと妙にきついところがあり、どうもすっきりしない。
 最後にフィットさせればヒカリ自身に合ったのだが、なんだか空しい気持ちになってしまった。

「アスカさんって……スタイルいいのね……」

 自分で言ってさらに空しくなったヒカリだった。


『シンジ君、ヒカリさん、いい?』
「あ、はい。
 こちらはいつでも……」

 当然だが、エヴァのエントリープラグは一人乗りが前提であり、二人分のシートなんてものはない。
 シンジがいつも通り座り、ヒカリはその近くを漂っている。

『じゃあ、行くわよ。
 起動シークエンス、開始!』

 エヴァとのシンクロが開始される。
 シンジは慣れているからいいのだが、ヒカリは少し気分が悪そうだ。

「洞木さん…大丈夫?」
「え、まあ。」

 そうこうするうちにエヴァは起動し、いつものように妙な世界にいる感覚を覚える。

「え〜っと、お〜〜〜い、アスカァ〜〜〜」
『そんなバカでかい声で呼ばなくてもいいって、聞こえてるわよ、バカシンジ!』

 どうやらアスカの方はいつも通りらしい。
 と、今までシンジの後ろに隠れるように立っていたヒカリが顔を出す。

「あの……初めまして。
 惣流……さん?」
『え、まあ。
 アタシは惣流・アスカ・ラングレー。
 アスカでいいわよ。
 よろしく。』
「こちらこそ。
 私は洞木ヒカリ。
 よろしくお願いします。」

 どうやら順調らしい。
 後は経緯を説明するだけだ。

「あの、アスカ?」
『何?』
「いや、洞木さんの件なんだけど…」
『ああ、それなら大丈夫よ。
 アンタの頭ん中のぞいたから。』

≪別にどうでもいいけど……その言い方はなぁ≫


To be continued


【前話】   【次話】

あとがき

今回の中身を見てLHSに走るかと思った方、残念でした(爆
とりあえず、これでエヴァが三機同時に運用可能になったということです。
では。
次回マトリエル編で。

ミレア




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