碇君の傍にいると……温もりを感じる。
 碇司令とは違う、包み込む柔らかさ。
 支えてくれる優しさ。
 なのに──一人になると心が割れるように痛む。
 何故?
何故?
 何故?
それは、あなたが碇君を失うことを恐れているから。
碇君が居なくなる?
 碇君がイナクナル?
嫌。
 嫌。
嫌。
 嫌。
嫌。


Together

第伍話 ─ Aパート「Catch the G-shock!」

 夕方、主婦達によって再びにぎわい始めるこのあたりの店々。
 そんな中、一組の制服を着た中学生の男女が歩いていた。
 初めて見た者はその少女の奇妙な姿に──
 二度目に見た者は二人の仲睦まじさに──
 そして、三度目に見た者は少女の心底幸せそうな様子にと、皆それぞれが手をふと止め見入っていた。
 そんな周りの様子に多少照れながらも、二人は買い物を済ませていく。
 その少年──シンジはすでに顔見知りになったレジの女性から釣り銭を受け取ると、傍らの少女──レイとそっと手をつなぎ、彼らの家へと帰っていこうとしていた。
 どんないきさつを持つのかは傍観者たちにはわからなかったが、その幸せそうな様子には皆が癒されるような思いを感じていた。
 やがて二人は去っていった。


 シンジとレイが並んで台所に立っている。
 二人は揃いのエプロンをつけ、さも仲良さそうに作業をこなしていく。
 今日は煮魚にするつもりだった。
 レイはまだ肉はやや苦手だったが、それでも魚はふつうに食べられたし、牛肉ないし豚肉であっても少量なら食べれるようにはなっていた。
 てきぱきと作業を進めながら、シンジは今自分がつけているエプロンを買いに行ったときのことを回想していた。


 それはこの前の週末の、夕食の席でのミサトの何気ない言葉が発端だった。
 半分ほど酔った顔をしてシンジの方へと突然話を振ってきたのだ。

「そういえばシンちゃん、レイと明日にでもどこか遊びに行ったら?」

 それを聞いた次の瞬間、シンジは食べかけていたご飯をのどに詰めてむせ、レイは何故かわずかに頬を赤く染めた。
 予想通りの反応を見せた二人に満足したミサトはシンジに畳みかけるように提案した。

「そういえば、ここ最近レイも料理手伝ってくれてるけど、いつもレイ、エプロンしてないじゃない?
 明日テストないし、どっか適当に買ってきなさいよ。」
「え、あ、はい。」

 最近シンジとレイが接近したということをふまえた上でのミサトの提案だったが、外から見るのに比べ実際彼らは「進んで」いるわけではなかった。
 ただ二人で寄り添っていることは多いが、お互いにそれ以上の行動には移ろうとする気配はなかなか見せない。
 現状に満足してるのか、はたまた単に奥手なだけなのか。
 シンジは奥手で決定としても、レイの方からそれ以上のアクションがみられないあたり、現状に満足しているのではないかという結論をミサトは独自に出していた。

「じゃ、シンちゃんに軍資金。」

 ミサトはそういうと、ポケットから1枚、NERVのロゴの入ったカードを手渡した。
 普段の買い物では使わないが、高い階級にあるミサト名義のカードだ。かなりの額に違いない。

「別に、手持ちもそこそこありますし…」
「だぁめ。愛しの女の子相手に使うお金に、糸目つけちゃだ・め・よ♪」
「そんなもんなんですか?」
「そぉそぉ。」

 その次の日に買いに行ったのだが、その時は若干不運な出来事もあった。
 二人でデパートに向かっていく途中で、まずケンスケに遭遇した。
 当たり障りのない会話をして分かれたが、それと対照的な冷たい突き刺さるような視線は確かにこう語っていた。

『思う存分見せつけやがって。呪ってやる』

 そんな視線におびえながら、半ば逃げるようにしてデパートに入った。
 目の前を歩いている一組の男女。女性の方が年上なのだろうか、少し背の高い女性と、やや背の低い男性。
 しかし、よくよくみればその二人はどちらも、どことなく知っているような気がした。
 そして、その男性の声を聞き、わずかにこちらを向いた彼を見たとき、その疑念は確信に変わると同時に、己の不運を呪った。
 横顔しか伺えなかったが、それは紛れもなくクラスメイトのユキヒコ。
 そしてその隣は、彼の姉、カスミだった。
 知らないふりをせずに通り過ぎようか、それとも命がけで声をかけようか。
 と、そうこうしている間にレイが、立ち止まったまま動かないシンジに不思議そうに声をかけた。

「どうしたの?」
「いや、あの二人……」

 シンジはもごもごとユキヒコの方を指さす。
 しかし、よく考えてみればここにシンジの知り合いが集まること自体は決して不思議なことではない。
 もともとこのあたりに他にデパートは少ないので、何かあれば皆ここに買いに来るのは自明の理であった。

「あ、シンジ君じゃないか!
 それに綾波も。」
「ユ、ユキヒコ君……」

 休日に男女が二人そろってデパートに買い物。
 それはデート以外の何物でもない。
 よく考えればすでに衆人承知の仲であったから、別にデートぐらいどうということではない、と皆──除く一部の僻み者──は思っているのだが、シンジはそうはとらえていない。
 前に暮らしていた“先生”の元での暮らしがそうさせたのか、はたまたそれ以前の問題だったのかはわからないが、内向的で、潔癖性というような者ではないが根はまじめなシンジにとって、それは『見られない方がいい』物であった。

「二人でデート?」
「え……」

 何気なく、しかしどこかミサトを思わせるにやにやした笑顔でカスミが訊く。
 シンジは固まった。
 が、次の瞬間の再起動も早かった。

「じゃ、また月曜、ユキヒコ君!」

 レイの手を引っ張り、そのまま家具売り場を突っ切ってエレベーターに乗ったところでふとシンジは手を離した。

「あ…」

 離した手を見、レイが小さくつぶやく。

「あ、ごめん、綾波。無理に引っ張っちゃって。
 痛かった?」

 レイがつぶやいた意味を誤解したのか、シンジが労りの言葉をかけてくる。
 シンジの言葉はうれしかったが、離された手が少し名残惜しい。
 普段は手をそっと握ってくれ、時に寄り添ってくれるのだが、さっきの会話があったせいか、今更妙に意識し始めたシンジはややレイから距離をあけるようにして立っていた。
 と、ポン、とベルが鳴り衣料品売り場へとたどり着いたことを知り、あわててシンジはレイとともにエレベーターを出た。
 今日買いにきたのはエプロン。
 そう思うとミサトの言葉はどうも妙だった。
 たかだかエプロンの一枚、あるいは二枚ぐらい、たいした出費ではない。
 それならば何故自分に彼女の全財産の詰まったカードを渡したのだろうか。
 だが、またも不思議そうな顔でシンジを見つめるレイの視線に気づくと、シンジは気持ちを切り替えることにした。

「綾波、エプロンはどんなのがいいの?」
「……あまりよく分からない…」
「……あ、こんなのどう?
 ほら、綾波の瞳の色みたいで…」
「赤は…あまり好きじゃない。」
「そうなんだ。
 じゃ、これは?」
「白いレース……飾りっ気が多い。好きじゃない。」
「う〜ん…」

 あれこれ悩んでいた二人だったが、ふと、一つのエプロンがシンジの目にとまった。
 薄い水色。
 ただそれだけのシンプルなエプロンだったが、シンジはふと、『これにしよう』と思った。

「綾波、これなんか…どうかな?」

 手に取ったエプロンをレイに見せる。
 レイはしばらく、悩んでいるかのように見えた。

「これにしましょう…」

 そういうと、レイはエプロンをとり、レジへと向かった。

「待ってよ、綾波。」


「こちらのエプロンでございますね?」
「はい、お願いします。」

 レジにレイがそっとおいたエプロン。
 その少女の気持ちが一片でも理解できたのか、店員は優しくエプロンを包んでいく。
 ふと、店員がエプロンが二つあることに気づいて怪訝そうに訊ねた。

「こちらのほう、2点ございますが、よろしいでしょうか?」
「え?
 あ…」
「二つで…お願いします」

 一つを売り場に返そうとしたシンジの言葉は、途中でレイの言葉によって遮られた。
 不思議そうな顔をするシンジに、レイは恥ずかしいのか顔をやや朱に染めつつシンジの耳元で囁いた。

「お揃いの…エプロンで……一緒に…台所に立って…料理が……したいから…」
「え………あ、うん……」

 お互いに言いながらどんどん赤くなってしまい、それに伴い声も小さくなり、最後はもうほとんど聞こえないほどの小さな声だった。
 と、それをずっと見ていたのか、間をはかって店員が営業スマイルを浮かべた。

「では、こちら、2点で3700円になります。」
「あ、はい…」

 3700円、そういわれてシンジは出しかけたミサトのカードを戻し、代わりにいつもの財布から代金を出した。
 なんとなく、人に依存するのは避けたかった。
 それを言っては財布から出た金だって実際は自分のパイロットとしての給金からでているのかどうかも怪しい。
 だが、気持ちの問題だ。

「毎度ありがとうございました。」

 その営業スマイルを背に、シンジとレイは並んで店を去った。

 家に帰るまでの間にも級友による様々な敵意に満ちた試練等があったが、割愛。

 家に着くと、レイはシンジと並んでエプロンの包みを開けた。
 シンジが着るのも十分に似合うが、レイが着るとそれは単体であるときの何倍もの美しさを見せていた。
 シンジはその美しさに見とれ、しばらく声も出なかった。

「綺麗…だ…よ…」

 デパートのレジの時そのままに、またシンジは朱に染まっていく。
 レイもまた、同じだった。

「ありがとう…」

 その日、遅くになって帰ってきたミサトは、エプロンをつけたまま寄り添ってリビングで寝る二人を発見したという。
 ちなみに、夕食の用意はなかった。


 遙か空の彼方から、落下してくる大質量の物体。
 それはどことも無く、太平洋の真ん中に大きな飛沫を上げて落下した。

「これが初弾の様子です。
 これは太平洋に大ハズレ。」
「次、行って。」

 次は映像は表示されず、地図が表示される。

「2時間後の第二射がそこ。
 後は確実に誤差を修正しています。
 落下のエネルギーと質量を利用しています。
 使徒そのものが爆弾みたいな物ですね。」

 淡々とマヤが告げる。

「学習してるってことか……」
「新型N²航空爆雷による攻撃の効果も確認できません。
 以後、使徒による電波攪乱のため消息は不明。」

 ミサトとリツコが並んでつぶやく。

「…来るわね、たぶん。」
「次はここに、本体ごとね。」
「碇司令は…って、今司令は南極か。
 通信つながる?」

 向き直って訊いたミサトだったが、相変わらず返事は芳しくない。

「使徒の放つ強力なジャミングのため依然連絡不能です。」
「エヴァ3体の配置は?」
「すでに完了しています。」

 目の前に表示された地図には、あまりにも広すぎる予想地点と、その端3カ所にバラバラに配置されるエヴァが見えた。

『全く……
 ミサトも無茶な作戦たててくれるわね。
 落ちてくる使徒を直にエヴァで受け止めるなんてさ。』

 弐号機の“中”のアスカが一人つぶやく。
 しかしアスカの声は、技術部総出の徹夜の成果によってミサトにしっかり聞こえていた。

『なんか言った?アスカ。』
『……なんにも。
 で、いつまでこうしていればいいわけ?』
『もちろん使徒が現れるまでよ。
 正確な位置の測定はできないけど、ロスト直前までのデータからMAGIが予想落下地点を算出したわ。』

 各機のコクピットに先ほどの配置図が表示される。
 それを見て、シンジが思わずこぼした。

「こんなに広いんですか?」
『そう。だからあなた達のエヴァをこの3カ所に配置したの。
 後は目標を確認でき次第あなた達が全力で走ってATフィールド全開で使徒を受け止めるのよ。』
『あのねぇ、簡単に言うけど。』

 抗議しかけたアスカもミサトの声を聞くと絶句した。

『もし失敗したら、NERV本部を根こそぎエグられることになるわ。
 そのつもりでね。
 シンジ君もレイもいい?
 いつでもスタートできるように準備してて。』
『はい…』
「はい。」

 準備は整った。
 と、ふとミサトは声をかける。

『もしうまくいったら、アスカには悪いけど、ちょっち祝勝パーティーみたいなのしない?』
『いいですねぇ。僕も呼んで下さい。』
『あ、私もいいですか?』
『副司令もいっしょにいかがです?』
『いや、儂のような老いぼれが行っても仕方がないだろう、遠慮させてもらおう。』

 ミサトの一言で、図らずも発令所の不要なまでの緊張をほぐす。
 後は待つのみ──と、思ったまさにそのとき。

『目標を最大望遠で確認!
 距離、およそ2万5千!』
『おいでなすったわね。エヴァ全機スタート!
 MAGIによる予想落下地点エリアCー8!
 肉眼でとらえるまでとりあえず走って!
 後はあなた達に任せるわ。
 それじゃ、外部電源、パージ!』

 3機のエヴァが同時に走り出した。


To be continued


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あとがき

ミレアです。
私事で申し訳ありませんが喉が痛いです。腹が痛いです。
もんのすごく痛いです。

さて、それはいいとして。
今回は(も?)使徒戦の描写等はコミック版をベースにしているため、テレビ版にあった「遺書」にまつわる話とかは出てきません。

毎回こんなところで切るのには別に深い都合はありません。
ボリューム調整による結果です、あしからず。<(_ _)>

ではでは。




ぜひあなたの感想を柳井ミレアさんまでお送りください >[yanai_eva@yahoo.co.jp]


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