『外部電源、パージ!』

 ミサトのかけ声とともに、エヴァ三機の外部電源が切り離された。
 それぞれのエヴァは目標に向かって全力で走る。
 使徒は、レイの零号機に一番近いところに落下しようとしていた。

『距離9000!』

 オペレーターの報告を聞き、シンジ、アスカともに速力を上げる。
 どんどん迫り来る巨大な質量。
 それを捕らられなければ、その先に未来はない。

『距離2000!
 零号機、まもなく予定ポイント!』

 レイはやや加速をゆるめる。

『ATフィールド……全開!』

 レイのかけ声とともに、予定ポイントで零号機がATフィールドを展開させる。
 そして、降ってきた使徒をATフィールドの形成によって何とか支えようとした。
 関節のあちこちが悲鳴を上げる。
 装甲板がはがれ落ちそうになる。
 そのとき、シンジがとっさに割り込み、やや遅れてアスカも飛び込んだ。

「くっそぉっ!」

 シンジの放ったプログナイフの一撃が、使徒のATフィールドに隙間をあける。

『こんのぉっ、目玉オバケっ!』

 間髪入れずにその隙間をこじ開け、アスカは使徒のコアにプログナイフをたたき込んだ。
 崩れ落ち、爆発する使徒。
 そこに残ったのは、傷だらけで立つ三騎の巨人だった。


Together

第伍話 ─ Bパート「宴のあとさき」

「あ、その唐揚げもらいっ!」
「それ私のですよっ!」
「悪いわね、マヤ。私がもらっていくわ。」
「あ、リツコぉ、最後の唐揚げよ。一人で食べないで!」
「先輩ならどうぞぉ。」
「あら、そういうあなたも独り占めしようとしていたじゃない、ミサト。」
「んもぅっ。
 日向君、ビールとって!」
「はいはい!」

 使徒戦の終わった後、NERV本部のとある会議室を使って、ミサト曰くささやかな──とてもそうとはいえない祝勝会が開かれていた。
 あれやこれやで気がつけばNERVの主要メンバーがおおかたそろった宴会と化していた。
 皆、この宴会の当初の目的をも忘れ、ただただ飲み、食い、笑い続けていた。
 そんな宴会のど真ん中では、シンジとレイが周囲を寄せ付けぬオーラを纏いながら、ちびちびと自分たちが作った料理をつまんでいた。
 実際、ここに並んでいる多種多様な料理は、シンジ、レイ、ヒカリの三人による物だった。
 唐揚げ、コロッケ、野菜炒め、筑前煮、フライドポテト、焼き魚、枝豆等々…
 中学生三人が作ったとは思えないほどの量と質を持つ料理だったが、NERVの食欲はとどまるところを知らず、あらかた食べ尽くされていった。
 それを見て、シンジは軽くため息をついた。

「唐揚げ一つでけんかすること無いのに…
 よし、そろそろ、次出してこようか。」
「ええ。」

 二人は各々楽しんでいる宴会場から抜けると、次の料理を取りに行った。
 しかし、シンジは何故かそのままレイの手を引くようにして人のいないところへと出た。
 不思議そうにするレイを尻目に、シンジはややぎこちなく話し始めた。

「やっぱりさ、まだ、人気の多いところは長く居ると疲れちゃって……
 どうも人混みとかには慣れなくて、どうも苦手なんだ。」
「それだけ?」

 レイの、やや残念そうな視線。
 そのルビーに魅入られたまま、シンジは目を離せなくなった。
 元々「あのこと」を持ちかけようと、自分の方から声をかけたのに、なかなか言い出せないで迷っている、そんな自分の心中を見透かされているような気分になった。
 しかし、不思議と不快感は感じなかった。
 母親、といったら不適切だろうが、どこかそういう感じで見ているときもある。
 ただ一方で、時々にはやや子供っぽいような仕草を見せたりもするレイは、シンジにとって十分に魅力的な存在だった。

「その…もしよかったらで構わないんだけど…
 今度の週末に……その、うん、いやなら別にいいんだけど、
 一緒に遊園地でも行ったら…どうかなって思って……」

 シンジは自分で本当、情けなく感じた。
 前日の晩、ベッドでずっと悩んで、悩んで、悩み抜いて、それでようやく答えを決めた。
 そして、今こうやってここまでして、それまでしてもこんなどもって、控えめな言い方しかできなかった。
 ミサトによく言われた、『女の子を襲うような甲斐性が無い』というのは、やはり嘘ではない、と自分でも思った。

≪こんなんじゃ…ダメだろうなぁ…≫

 だが、シンジの予想に反しレイはいともたやすく承諾した。

「いいわ。」

 しかし、よく考えれば普段からシンジにべったりのレイからすれば当たり前のことだった。
 休日、家にいても買い物に行っても、どちらにしろシンジと寄り添ってばかり。
 たまたま出かける先が変わっただけのものなので、シンジの無用な意気込みは空回りに終わった。

「じゃ、そろそろ戻りましょう…
 葛城さんとかも心配しているでしょうし。」
「そうだね…」

 やんわりとレイの手を取り、シンジはやや足早に料理を取ると宴会場へと戻った。


 そこは阿鼻叫喚の地獄絵図に近かった。
 食べるもののなくなった彼らは、残された最後の食料、ビールを飲み続けていた。
 部屋中に漂うアルコールの匂い。
 倒れる人、ふらふらになっている人、飲んでいる人。
 そして、ミサトは顔中に酔いの回った顔のままで、飲み続けていた。

「はぁ〜、ひんひゃん、ふひのはらあふぇ……」

 すでに呂律が回らなくなっていたミサトが、こちらに気づいた。
 シンジはあきれながら、運んできた料理を並べた。
 すると、先ほどまで倒れていたはずの人たちも再起動を果たし、また貪りあう争奪戦が始まった。
 ため息をこぼすシンジの隣に、ふとリツコが現れた。

「お疲れ様、シンジ君、それにレイ。」

 シンジの目には、リツコは普段より機嫌が良さそうに見えた。
 そのまま、冗談半分にリツコは続けた。

「それにしても、シンジ君。
 もうちょっと機体とエネルギーを大事にして戦ってもらえない?
 今回なんて、アスカより30%は余計にエネルギーを使っていたわ。」
「すみません……」
「いいのよ、零号機なんかは傷つくことで強くなってきたぐらいだしね。」
「どういうことです?」
「零号機は、知っての通り事故や損傷が多いでしょう?
 そのあと、部品の交換をしないといけないから、そのたびそのたびに最新のパーツに交換するのよ。
 装甲1枚にしろ、ね。
 だから、今の零号機は単純に機体の性能で言えば、弐号機と比べても遜色ない──いえ、それ以上かもしれないわね。」
「そうなんですか…」

 普段事務的な会話しかすることがないリツコと、その延長とはいえいつもより深入りした会話ができたことで、どことなくリツコに対して抱いていた、シンジのおそれのようなものは取り除かれていた。
 すると、今度はやや失望気味な面持ちのマコトが近寄ってきた。

「葛城三佐、いつも家ではあんな感じなのかい?」
「ええ。ひたすらビール飲んでるだけです。」

 それだけ聞くとマコトは待っていたシゲルと共にまた争奪戦へと復帰した。

「無様ね」


 そうするうち、やがて誰からともなく、あるものは酔いつぶれて同僚に肩を借り、またあるものは若干悪そうな顔色のまま、そしてまたあるものは仕事を思い出して。
 皆、少しずつ仕事へと戻っていった。
 そうして、最後に後片付けを終えてチルドレンたちが部屋を出たところで、彼らは副司令に出くわした。

「シンジ君にレイ、それに…ヒカリ君じゃないか。
 結局儂も祝勝会には参加させてもらったが、本当に君たちの料理は絶品だったよ。」
「いえ…別に…」

 リツコ以上にまともに──個人と個人として──話すことの少ない冬月副司令。
 しかし、今の冬月の目つきはいつものように鋭くなく、年相応の落ち着いて柔和なものだった。
 そんな冬月に礼を言われて、シンジは少しどもった。

「そうだ。先ほど南極の碇と通信がつながったと言っていたな。
 あいつめ、南極でいったい何をしているのやら…」
「南極といえば、隕石が衝突して蒸発したところですよね?
 そんなところに何故碇司令が?」

 ふとヒカリが思ったことを口にする。
 彼女を始め、ほとんどの人間はセカンドインパクトを、国連の発表を鵜呑みにして「大質量隕石の落下」だと信じ込んでいた。
 そんな彼女の様子に、冬月はふとゼーレへの嫌悪を感じ、そしてそんな自分自身もそんな側の人間なのだ、と苦笑した。

「ふむ。
 それについて、ちょっとヒカリ君には話しておいた方がいいのだが…
 少し長いぞ?」
「いえ、構いませんが…?」

 ヒカリは冬月の真意をつかめず困惑する。
 と、その瞬間アナウンスが鳴った。

「エヴァンゲリオン零号機、初号機各パイロットは、早急に第1発令所まで。
 繰り返す、エヴァンゲリオン零号機、初号機各パイロットは、早急に第1発令所まで。」

 レイとシンジは、軽くヒカリと副司令に会釈すると足早に発令所へと向かった。

「さて、どこから話そうか…」


 シンジとレイが息を切らせて発令所に到着したとき、モニタには大々的にゲンドウの姿が映っていた。
 特に驚いた風もないレイに対し、その顔にシンジは威圧された。

「ちょうど今、零号機、初号機両パイロットが到着しました。」
『代われ。』
「シンジ君、レイ、司令が話したいことがあるそうよ。」

 そういうと、シンジとレイはその巨大なゲンドウの正面へと導かれた。

『第拾使徒殲滅の報は聞いた。
 よくやった、シンジ、レイ。』
「……あ、ありがとう、父さん。」
「ありがとうございます。」
『私は「父さん」ではない。少なくとも今私は、おまえに父として接しているわけではない。』

 と、そこでゲンドウは消えた。
 シンジの心に、父という存在への疑問、不満がまた溜め込まれた。


 かつて大陸があったそこは、惨い有様になっていた。
 陸はなく、ただ氷が柱のように残っているだけのまさに死の世界。
 そんな中を、数隻の船が進んでいった。

「いかなる生命の存在も許さない死の世界……南極、まさに地獄ですな。」

 その一隻にて、一人の初老の男が誰にともなくつぶやいた。
 しかし、少し離れたところに立つ男──ゲンドウには十分に聞こえていたらしい。

「だが我々人類はここに立っている。生物として生きたままだ。」
「科学の力で守られておりますからな。」
「科学は人の力だよ。」
「ですが、その傲慢さこそが15年前のセカンドインパクトの悲劇を引き起こしたのではありませんか?
 そして、その結果がこの有様です。
 与えられた罰にしては大きすぎる、と思いますが。」

 男の皮肉に満ちた言動にも何らゲンドウは動じた様子はない。

「だが原罪の汚れ無き、浄化された世界だ。」

 そう言いきったゲンドウは、自分たちとは異質のものであると感じ、男は話題を変えた。

「そう言えば、第拾使徒殲滅とは……司令が不在の中のアンラッキーなタイミングでしたな。
 さすがはNERV、といったところですな。」

 しかし、ゲンドウは男の存在すら気にとめていなかった。
 彼は、窓の向こうの、空母で運ばれる槍を見ながらつぶやいた。

「この『槍』を手に入れたことにより、我々人類は、『約束の時』まで、少しばかりの時間の猶予を手に入れたことになる。」


To be continued


【前話】   【次話】

あとがき

ミレアです。
今回、シンジがレイにデートの約束を取り付けたことが、あとあとどうなっていくのか…
正直私にも分かりません(汗

では、次のパートで。<(_ _)>




ぜひあなたの感想を柳井ミレアさんまでお送りください >[yanai_eva@yahoo.co.jp]


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