< 碇シンジ誕生日企画 >




「 Happy−Birthでえと (2) 」


六月六日、午前6時。やけに不吉な数字が並ぶ時間に目覚めた僕は、軽く伸びをしてから着替え始める。
約束の時間は8時だから、それまでにミサトさんとアスカの分の朝食を用意しとかなきゃいけない。
キッチンに近づくと、なんだかいい匂いがする。覗いてみると、すでに誰かが台所に立っていた。

「あれ?・・・・・マナなの?」
「あ、おっはよーっ、シンジ。もうすぐ出来上がるから、坐っててね。」
「う、うん・・・・。」

時計を見るとまだ6時半。約束よりも全然早い。

「どうしたのこんな早く?朝ご飯まで作ったりして。」
「わたしの手料理、シンジに食べて欲しかったの。結構上達したんだよ、あれから。」

そういえば、マナは僕の周りでは唯一、ちゃんと料理の作れる女の子だったけ。
いつも夕食とか家に食べに来てるから、すっかり忘れてたけど。

「誕生日おめでとう、シンジ。へへっ、あたしが一番乗りかな。」
「うん、マナが一番最初。どうもありがとう。」

御礼を言うとマナは笑顔を見せて、また台所へ向き直った。
ジューッと焼ける音と香ばしい匂いが、食欲を刺激する。

「はいお待たせっ!先にお魚焼けたから、食べてみて。」
「うわぁ、頂きます。」

お皿に載った料理は見た目にも美味しそうだ。鮭もただ焼くだけじゃなく薄く衣をつけるなど、けっこう手が込んでいる。
さっそくお箸をつける。料理をゆっくり頬張る僕の様子を、向かいに坐ったマナが少し不安げに見つめてた。

「―――どう?口に合うかな?」
「うん、凄く美味しいよ!」
「・・・・・・ほんとう?お世辞じゃないよね?」
「お世辞なもんか。キレイに焼けてるし、味付けもちょうど好いよ。」
「ホントにホントッ!?良かったあッッ!!」

陽光が射したようにパアーッと輝くマナの笑顔。僕だって料理を褒められると嬉しいから、凄くよく解る。
でもお世辞とかじゃなくて、本当に美味しい。それにこれ、ご飯とよくあう。
感想を伝えたら、マナもますます喜んでくれた。

「じゃ、もうすぐ他のおかずも出来上がるから、食べながら待ってて。」

マナが椅子から立ち上がったとき、ヒラリとエプロンが舞った。

「あれ・・・・・そのエプロンって?」
「ふふっ、シンジの借りちゃった。・・・・いけなかった?」
「う、ううんっ!そんなこと無い、全然そんなこと無いよ!」

慌てて言うと、彼女はパチリとウィンクして台所に向かう。腰には僕のエプロン・・・・・・はは、なんか照れるよね、こういうのって。
リズミカルな包丁の音に混じって鼻唄が流れる。こうして誰かの作る朝食を待つのって、ここに来てからは初めてかもしれない。
はぁ〜、なんかいいなぁこの雰囲気。まるで新婚さんみたい・・・・・・って、なに考えてるんだ、僕は。

「ね、ねえ?マナってそんなに上手なのにさ、いつも食べに来てるよね?」
「だって、シンジのお料理美味しいから。今日作るのだって結構プレッシャーだったんだよ。ヘタなもの作れないし。」
「ヘ、ヘタだなんて、そんなことない。毎日食べたいくらい美味しいよ。」
「ホントにホントッ!?ウソじゃないよね?天地神明に誓えるよねっっ!!」
「う・・・・うん。嘘は言ってないよ。」
「よ〜〜しっ!アドバンテージは我にありっ!!先ずは先制ね。」
「アドバンテージって・・・・・・?」
「あっ、何でもない何でもない。それよりこっちの料理も出来たから、早速食べてみて。」

魚が和風だったからお味噌汁かと思いきゃ、クラムチャウダー。具がたっぷり入ってて、とてもいい匂い。

「うんっ!これも美味しい。」
「それからこれ。オムレツだとありきたりだから、中華風にしてみたの。」
「カニ玉だね。中華も作れるんだ。」
「はい、第四弾。ロース肉があったから、揚げ物にはちょうど良かったわ。」
「はは、朝から凄いボリュームだね。」
「そうそう、もうすぐピザが焼きあがるんだった。生地もちゃーんと手作りだから、味わって食べてね。」
「ま、まだあるの!?」

ちょっとちょっと、いくらなんでも朝食の量じゃ無いって!

「あと四種類だったかな。メインディッシュはマナちゃん特製、自信作のサーロインだからね。」

朝からステーキ、ですか・・・・。
すべての料理が食卓にならんだ様といったらもう・・・・・・五人分の夕食でも、こんなに作ったことないよ、僕は・・・・・・。

「マ、マナ・・・・・・。いくらなんでもこれ、食べきれるかなぁ?」
「お腹いっぱいだったらアタシが食べるよ・・・・・・でも、出来れば食べて欲しいなぁ・・・・・・。」

チラリと上目遣いで僕を見る。ううっ、そんな風に見られちゃ断れないじゃんか。

「と、ところでさあ、これだけの材料って、やっぱり・・・・?」
「うんっ!とりあえず冷蔵庫の中のもの、有るだけ使ってみたんだ。」

思ったとおりだ・・・・・・。そうとう買い溜めておいたんだけどなあ・・・・・・。

「まだまだあるから、たーくさん食べてね。」

マナの心の底からの笑顔が眩しい。ひとかけらの悪意もない分、余計ツラいものがある。
・・・仕方ない。腹をくくって食べよう。



一時間後・・・・・・ダメだ。限界まで頑張ったつもりだけど、とても食べきれるもんじゃない。
驚いた事に、残った分はマナが全部平らげた。余ったといっても、ゆうに五人分はあった筈だけど・・・。

「マナ、そんなに食べて苦しくない?」
「へへっ、あたし食い溜めって得意なんだ。イザというとき、食料がなかったら困るもんね。」

イザってどんなとき?・・・まあ、駅を降りたら巨大生物が暴れてたこともあったし、突然のサバイバル生活がこないとも限らない。
後片付けが終わって(手伝おうと思ったけど、お腹いっぱいで動けなかった)、僕らは外へ出ようとした。

ガチャッ

玄関の扉を押しても開かない。なんだ、鍵外してないだけか・・・・・って、まてよ?

「そういえばマナって、家の鍵持ってなかったよね?どうやって入ったの?」
「ん?ベランダからだよ。」
「あの・・・・向こうの窓も鍵掛けてたはずだけど?」
「そうそう。ごめんね、ガラス一枚ダメにしちゃった。」

やっぱり・・・・・・。

「あのさ、普通に入ってこれないかな?」
「だって、鍵持って無いんだもーん。ね、合鍵くれる?」
「・・・・ミサトさんに相談してみるよ。」

多分ミサトさんも嫌とは言わないだろう。毎回ガラス破られるよりはマシなはずだ。
あっ!ミサトさんで思い出した。

「いけないっ!朝ご飯ぜんぶ食べちゃった。」

いまから作るにしても冷蔵庫は空っぽだし・・・・・・アスカがまた怒るだろうな。

「多分だいじょーぶだよ、あの二人なら。」
「へ?なんで。」
「いーからいーから、早く行こーよー。」

いいのかな、とちょっと気にしつつも、マナに背中を押されるように外へ出た。

―――――――――――― △▼△▽ ――――――――――――

天気は朝から快晴で、僕が心配することもなかった。
旧第三新東京都市は使徒との戦いで壊滅状態になり、ジオフロントがあった場所は現在、封鎖されている。
代わりに新しい都市が急ピッチで造られていて、映画館やデパートなどの娯楽施設は早くから出来上がっていた。
僕が今日選んだのもその街で、リニアだと20分ちょっとで到着するから、遊びにいくのにちょうどいい。
朝のラッシュ時間から外れ、がらんとした電車の席に僕とマナは並んで坐った。

「出るの少し遅かったから、着いたら9時回りそうだね。映画だけで終わっちゃうかも。」
「えーーっ、それじゃつまんないよ。ね?せっかく天気もいいんだし、どっか遠出しよっか?」
「遠出って、それこそ時間無いよ。」
「へーきだって。・・・あ、じゃあここで降りよっ。」
「ちょ、ちょっとマナ!」

結局、マナの後を追っかけるように、目的の二つ手前の駅で降りた。



「ここで降りちゃってどうするのさ?」
「気の向くまま歩けばいいじゃない。それか、また温泉でも寄ろっか?」
「だからそんな時間は・・・・。」
「もーっ!時間時間って、そんなん気にしてたらデートは楽しめないよ。シンジはアタシと一緒に居たくないの!?」
「い、いや、そうじゃないけど、綾波とか待たせるのも悪いし・・・・。」
「デートしてるのにそうやって、他の女の子の約束を気にするのってサイテーだよ!!」
「ご、ごめんっ!あんなスケジュール組んじゃったのは、ホントに悪かったよ。それもこれもボクが優柔不断で・・・・・。」

慌てて言い訳するボクのおでこを、マナの指先がピンッと弾いた。

「へへっ、このくらいで許してあげる。」

彼女の悪戯っぽい笑みに、からかわれたんだと知ったけど、不思議と怒る気にならない。
むしろ、あたふたしてた自分がバカッぽく、なんだか可笑しさがこみあげてきた。

「ハハッ、さっきの僕、ちょっとカッコ悪いよね。」
「ホント、今の顔、ケッサクだったよ。」

顔を見合わせてひとしきり笑ったあと、何となくぶらぶらと歩き始める。すっかりマナのペースだけど、イヤな気はしない。
このまま散歩するのも悪くないかなと思ったとき、ザワリと背筋に悪寒が走った。

「シンジ、伏せてっ!!」
「わっっっ!!」

突然、襟首を掴まれ引きずり倒される。と同時に、パンパンパンッと、何かが破裂したような音が響いた。

「な、なにすんのよっっ!!いきなり撃つなんて正気!? 」

茂みから顔を出したのはアスカだった。それに綾波まで。
いつの間にかマナの手にはハンドガンが握られ、銃口からは煙が吹いてる。・・・・・・どこから出したんだよ?それ・・・・・・。

「アンタいま、間違いなく殺す気だったでしょ!?」
「や、やだもうアスカさんてばぁ〜!みね撃ちよ、みね撃ち。」
「そんな撃ち方あるかっっ!!」

綾波が展開したオレンジの光に遮られて宙に浮いてるのは、どうみても実弾のような気が・・・・・・。
ATフィールドで止めてなきゃ当たってるぞ、絶対。

「そう。今朝の事といい今のといい、宣戦布告と受け取ったわ。」
「今朝の事って・・・・・?」
「このバカ女、アタシとレイの部屋にトラップ仕掛けやがったのよ。おかげで部屋がメチャクチャだわ!」
「 ・・・・・・そんな事したの、マナ?」
「そ、そのぉ・・・・・・ち、ちゃ〜んと火薬の量は抑えてあるってばぁ。現に二人ともピンピンしてるし。」

確かに言っちゃ悪いけど、トラップ程度でこの二人がどうにかなるとは、僕も思ってなかったりする。
・・・なんか最近、自分の常識まで疑わしくなってきた。

「今度という今度は許さないわよ。まずはアンタをギッタンギッタンにしてやるから、覚悟しなさい!!」
「ちぇっ、足止めくらいにはなると思ったのになあ〜。やっぱ直接やらないとダメかぁ。」
「殺られるのはあなたの方。」

うわっ!綾波まで殺す気マンマンだ!!

「ストォーーープッッッ!!だからどーして、殺るの殺らないだのって話になっちゃうんだよっっ!!!」
「碇くんは避難していて。」
「ね!ねえ綾波、やめようよこんなの。せっかくデートしに来てるのにさぁ。」
「デート・・・・・・。」

ATフィールドがスッと消え、空中で止まったままの弾丸がカンコロカラと地面に転がった。

「わかったわ碇くん。早く行きましょう。」
「ちょっとぉっ、まだアタシの番だよ!」
「そうねぇ。罰として、マナの持ち時間はこれで終了ってことにしましょ。」
「えーーーっ!!まだ映画見てないのにっ!暗闇でドキドキしたりとか、思わず手を握り合ったりとか、 ラストシーンに盛り上がってキスしたりとか、これからなのにっ!!」
「んなこと言える立場かっ!!ペナルティは自業自得ッ!」
「横暴ーーーーっ!!」

言い争う二人を置き去りするように、綾波が僕の手をグイグイ引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと!そんなに急がなくても。」

「・・・・・・・・・映画館・・・・・・・・・暗闇で二人きり・・・・・・・・・手を握るの・・・・・・・・・碇くんと・・・・・・・・・。」


あ、なんとなく次の行く先分かっちゃった。

―――――――――――― △▼△▽ ――――――――――――

またリニアに乗って新都心に出たあと、綾波に引き摺られるように連れてこられたのは、予想通り映画館の前。
まあ本音を言えば僕も、見得を張って選んだ美術館より、こっちの方がいい。

「えっと、なにか見たいものある?」
「・・・これ。」

綾波が指差したのは、このところ盛んに宣伝している恋愛映画。アオリ文句にはいつものように 『全米No.1』 と書いている。
正直、意外だった。綾波と映画って結びつかなかったから。

「へぇ、綾波もこういうの見たりするんだ。」
「駄目・・・?」
「あっ、そういう意味じゃないよ。じゃあ行こうか。」

チケットを二枚買って中に入る。話題作とはいえ平日の朝だから、さほど混んでない。おかげで見やすい席に坐れた。
場内の照明が落ち、スクリーンが白く光る。僕はあまり映画館に来ないけど、この瞬間はワクワクして好きだ。
映画は、高校生のとき付き合っていた二人がある日偶然、出逢うところから始まる。
分かりやすい、悪く言えばありきたりなストーリーなんだろうけど、テンポ良く話が進むので思ったより楽しい。
それに主役の二人がいい感じで、ちょっとしたすれ違いで別れたけど、本当はまだお互いのことを想ってるのがよく伝わる。
隣の綾波を見ると、息をするのも忘れたかのように、ただ一心に、映画に集中している。
その表情はどこか夢見がちで、あらためて普通の女の子なんだな、と思った。
スクリーンの僅かな光に照らされたそのシルエットは、まるで彫像のよう。綾波の横顔って本当、綺麗だ。

しばらく見惚れてた僕は気恥ずかしくなって、スクリーンに目を戻す。場面変わって、主人公たちの高校時代のシーン。
その中の二人は、現在のどこかぎこちない関係と対比するかのように、人目を憚らないアツアツぶりだ。
ずっと腕を組んでたりとか、喫茶店で仲の良いとこを見せたりとか、街中でも平気でキスしたりだとか・・・・。
たしかこの頃って、僕たちと同い歳の設定なんだよね?映画だからかなぁ。それとも外国では、こういうのが普通なんだろか。
見ていて恥ずかしくなったので下を向くと、いつの間にか僕の手と綾波の手の距離が、すごく近い。
・・・・・・手、引っ込めたほうがいいのかな?それもでも、かえって失礼かも。つかず離れずのこの距離って、なんか微妙・・・・・・。

チョンッ

軽く、指先が触れた。ぼ、僕は動かしてないっ!だとすると・・・・・・綾波、なの?
そ〜っと横目で盗み見たけれど、綾波は相変わらず正面を向いたまま。でもさっきより微かに、俯き加減の横顔。
それがなんだか恥ずかしがっているように見えて、また僕の胸がドキドキした。
もし、彼女がそうしたいんだったら・・・・・・・・・や、やっぱり、綾波に恥をかかせるわけにいかないよ、うん!
勇気を出して、華奢な手のひらを握りしめた。瞬間、彼女の手が僅かに震えたような気がしたけど、そのままじっとしている。
い、嫌がられてないよね?
恐る恐る様子を伺おうとした矢先、トンッと綾波が肩を預けてきた。

一瞬、どうなってるか状況が掴めなかった。
綾波の頭が僕の右肩に乗ってて、まるで・・・・・・映画の中の二人、みたいだ。
さすがに彼女の顔を見れなくて正面を向いてたけど、映画の内容なんてもう、頭に入ってこない。
だって、ホンの少し視線をずらすと、そこに綾波の顔が・・・・・・って、ちょっと!?なんで僕のほうを見てるの?
その、この距離だと近づき過ぎてて・・・ダメだよ綾波、ちゃんと映画見てないと・・・・・・目、離せないじゃないかぁ・・・・・・。
これだけ近いと彼女の顔もはっきり見える。顔の輪郭とか、暗闇でも輝く紅い瞳とか、額の赤い光とか・・・・。

ハァ?赤い光?

綾波の額の辺りをなぜか赤い光点がチラチラ動く。その直線上を辿るように振り向くと、何かを構えているような人影が・・・・・・。
また嫌な予感がする。普段ニブいだのトロいだの散々言われてる僕だけど、こういう悪い予想は外れたためしがない。

「あ、綾波、出よう!」
「?・・・・・・・。」

僕の顔を不思議そうに見る彼女の手を取って、映画館を飛び出した。

―――――――――――― △▼△▽ ――――――――――――

映画館を出るとすぐ、通りをサッと曲がって物陰に隠れる。
しばらく周囲の様子を伺ったけど、誰かが追いかけてくる様子はない。

「・・・・・碇くん。何、してるの?」

訳も分からず連れられた綾波は不満そうだ。まだ映画が途中なのに抜け出しちゃったんだから、当たり前だよね。

「その・・・・・そうそう!もうお昼だしお腹空いちゃってさあ、我慢出来なくなっちゃったんだ。やだなあ〜ボクって。」

ここで、あの二人らしい人影を見たなんて言ったら、またケンカになりかねない。適当にゴマかそう。

「確かに私も、朝から何も食べてない。」
「じゃ、じゃあ食事にしようか?ほら、あそこに行こう。」

パッと目に付いたレストランの中へ、隠れるように駆け込んだ。



お店に入ったはいいけど、本当のところ、お腹はまったく減ってない。今朝あれだけ食べたもんなあ。
綾波はペスカトーレを頼んだけど、僕はとてもじゃないが何かを食べようなんて気にならない。
注文しないわけにもいかないので、カフェラテを頼んだ。コーヒーよりも軽そうだし。

「空腹じゃなかったの?」
「いやその・・・・・・ここ入ったら、急にお腹いっぱいになっちゃって。」

我ながら苦しいなあ。でも綾波は 「そう」 と答えただけだった。こういうとき、彼女の無関心さはありがたい。
アスカたちと一緒のときはあれだけ騒ぎを起こすけど、基本的に綾波は物静かだ。無口と言ってもいい。
僕も口下手なので、こうして二人だけで向かい合ってると会話が途切れる。
ぼんやり窓の外を眺める綾波の横顔を見ながら、ふとさっきの映画館でのことを思い出した。
もしあのままだったら・・・・・・どうなってたのかな、僕たち?

「・・・碇くん、さっきの映画・・・。」
「うわっっ!べ、別にボクその、ヘンなことするだとか、アンなこともありだとか、ぜんぜん考えてないよっ、ホントッ!」
「・・・さっきの映画にも、こんなシーンあったわね。」
「へっ!?・・・・・・あ、ああ、そういやそうだね。」

アセッた・・・・・てっきり、下心あったんじゃないかって思われてたかと・・・・・。
そうこうしているうち、店員さんが料理を持ってきた。
綾波の食べているパスタは普通に美味しそうなんだけど、なんか匂いだけでおなかいっぱいだ。
食欲が無いまま、ズズッとカフェラテをすする。

「碇くん・・・・それ、おいしいの?」
「うん、まあ・・・。カフェラテ、飲んだことない?」
「ええ。でも、碇くんが飲むのなら、飲んでみたい。」
「え?じゃあ、ちょっと飲んでみる?」
「ありがとう。」

カップを手渡すと、綾波は両手で包むように持ち、すっと口をつけた。
たぶん向こうは意識してないんだろうけど、こういうのってちょっと照れる。

「どう、おいしい?」
「ええ、思ったより甘いのね。」
「そうだね、ミルクがかなり入ってるから。」
「もう一口、貰ってもいい?」
「うん、遠慮しないで。」

綾波はコクリとうなずくと、ちょっと熱かったのか、二、三回息を吹き掛けてから、ゆっくりカップを傾ける。
普段は僕よりも全然大人びて見えるけど、こういうとき見せる子供っぽい仕種が、年下のようにも思える。
彼女の唇に泡が残っているのが微笑ましくて、ちょっと笑ってしまった。

「どうして笑ってるの?」
「あ、変な意味じゃないって。・・・あのさ、泡ついてるよ、上の唇に。」
「泡・・・・?」

僕が指摘すると、鏡を探そうと少しキョロキョロしたあと、窓ガラスをじっと見た。でも晴れてるから、あんまり映らない。

「泡、ついてる?」
「うん。舐めれば取れるよ。」
「とって。」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「とって欲しい。」


・・・・・・・・・待て、一寸待て。さっき僕は確かに 「舐めれば取れる」 とは言ったけど、それで 「とって欲しい」 っていうのは・・・・・・・・・。

「・・・・・・あのぅ、取れるっていったのはほら、自分の舌でこう、ペロッとすれば・・・・・・って、わかってるよね?」
「ええ、だから・・・・。」

僕をまっすぐ見る綾波の瞳は、小揺るぎもしない。


「おねがい。」

そーーーじゃないっ!!そーーーいう意味じゃ無いんだよおぉぉっっっ!!!

「いやあのそもそも男の子が女の子にそういうこと出来るのは深い関係っていうか親密な仲というかそれなりの付き合いが前提なわけで・・・・」
「今日、私と碇くんはデートのはず。」
「た、確かにそうだけど。」
「さっきの映画でも、喫茶店であの二人はこうしてた。」
「だからあれは唇についたものを取ってたんじゃなく―――。」

って、なんでそこで目を閉じるんだよーーーーーっっっ!!

「ああああのああやあやなみさんきききいてますかぁ!?」

返事の替わりに綾波は軽く顎を持ち上げた。そのせいで・・・・・すごく無防備な唇が・・・・・その・・・・・何かを期待してるようで・・・・・。
い、いやっ!やましい方向に想像しなくたって、拭けばいいんだ。なーんだ、普通に拭いて取ってあげれば済む話じゃないか。
そうだよ、ここは慌てず騒がずさりげなく、ポケットからハンカチを・・・・って、忘れてるじゃん!僕のバカッ!!
でも紙ナプキンも無いし、この状態で店員さん呼んだら誤解されそうだし、残る手段は、やっぱり―――。

「・・・はい、忘れもの。」

視界を遮るように差し出されたハンカチ。親切な御方がどなたなのか恐る恐る目線を上げると―――予想通り、アスカだ。

「だめじゃない、ちゃんとハンカチは持っとかないと。デートのマナーでしょ。」
「ハ、ハイ・・・・・ご忠告、痛み入ります・・・・・・。」
「どーしたのシンジ?早く拭いてあげないと、そのままじゃ綾波さん可哀そうだよ〜。」

マナまで・・・・・・。まあ映画館の時点で予想はしてたけど。
サボテンのように刺々しい二人の視線を浴びながら、しぶしぶハンカチで綾波の唇を拭った。
不服そうに目を開けた綾波が二人に気付くと、これまた突き刺すように冷たい視線で睨む。

「・・・なぜ、邪魔するの?」
「邪魔なんてしてないよォ。あたしたち偶然、このお店をみつけただけだもん。」
「そーそー、しかも後ろの席にアンタらがいたなんて、ホント奇遇よねぇ〜。」

便利な言葉だよね、偶然とか奇遇とかって。

「迂闊だった。発信機を取っておくべきだったわ。」
「・・・・・発信機?」
「これよ。」

アスカは鞄から手のひらサイズの機械を取り出した。

「発信機はアンタの靴の中に仕込んであるわ。作ったのはリツコだけどね。」
「ちょっと待ってよ!僕に内緒でそんなことするなんて、いくらなんでもヒドいと思わない?」
「あら、取り付けたのはレイよ。」
「えっ!?」

・・・・・綾波、ワザとらしくソッポを向かないように。

「それからレイ、アンタの持ち時間もそろそろ終わりだからね。」
「どうして?まだ2時前だわ。たしか4時までのはず。」
「一人あたり四時間だったわよね、シンジのスケジュールだと。」
「ま、まあ最初はね・・・・・・。」

とっくにスケジュールなんてメチャクチャだけど。

「問題ないわ。時間を延長すればいい話。」
「あんた一人だけめいっぱい伸ばそうなんて、そうは問屋が卸さないわよ。」
「そーだよ、あたしなんてデート出来てないのに。」
「・・・あなたか愚かなだけ。」
「ま、残り時間についてはさっきマナと話したのよ。ちょっと耳貸しなさい。」

アスカが何やら綾波に耳うちしたけど、話の内容は聞こえない。

「・・・・・・そう、わかったわ。じゃ碇くん、残念だけどこれで。」
「へっ?あ、うん。」

意外にアッサリ納得したみたいだけど、なんの話だったんだろ?

「んじゃ、そろそろ出ましょうか。あ、シンジ、ハイこれ。」
「伝票・・・・・?ひょっとして僕が払うの?」
「ハァッ?デートの場合、男が負担するのがジョーシキでしょうが。」

デートったって、いまの時間は僕と綾波だけでアスカたちは関係ない・・・・・・なんて反論しても通用しないんだろな、きっと。

「わ、わかったよ。」
「ごめんねシンジ、ごちそうさま。」
「そう、それがデートの常識だったのね。一つ憶えたわ。」

そんな都合のいい常識、憶えなくていいってば。

―――――――――――― △▼△▽ ――――――――――――

店を出ると、綾波とマナは拍子抜けするほどすんなりと帰り、アスカと二人きりになった。

「さて、と。じゃあシンジ、さっそくショッピングしましょ。」
「え?なんでいきなり。」
「いいのっ!アタシがいま決めたことに文句でもある?」
「・・・・・いえ、めっそうも。」

文句があろうが無かろうが自動的に却下されるんだから、だったら言わないほうがいい。
デパートに入ると、アスカは真っ先に服飾売り場へ足を向けた。当然、女の子向けの服だ。

「じゃあ僕、ここで待ってるから。」
「何いってんのよ。アンタも来るの、ほらっ!」
「いいよ、恥ずかしいって!」
「グダグダ言わない!ふたりで行かなきゃデートになんないでしょっ。」

グッを腕を組まれ、有無を言わさず連れられる。首根っこ掴まれるよりはマシだけど、これはこれでちょっと気恥ずかしい。
そんな僕におかまない無しのアスカは、売り場にズラリと並んだ洋服を眺めはじめる。
一つ一つ手にとった服と睨めっこする姿はとても楽しそうだ。つくづく女の子って、こういうの好きだよなあ。

「シンジ、これどう思う?」
「う〜〜ん、いいんじゃない。」
「こっちとこっちでは?」
「え〜と・・・・・・。う〜〜ん、アスカの好きな方でいいんじゃないかな?」
「あのねえ、あたしはあんたに訊いてんの!」
「いや、だってアスカなら大抵のものは似合いそうだし・・・・。」
「そう?じゃあ着てみるから、どれが良いかちゃんと決めなさいよ。」

何着か服を掴むと、やけに嬉しそうな顔で試着室へと入っていった。
僕の好みなんて訊かれてもなぁ、センス無いし、自分の服ですらかなり迷うのに。
なんかアスカも変わったよな。綾波も初めの頃と較べたらだいぶ変わったけど、昔だったら僕とデートだなんて絶対口にしなかった。
最初出遇ったときのトゲトゲしさが無くなったというか、エヴァに乗る必要が無くなってある意味、解放されたのかもしれない。
でも、それって良いことだと思う。戦うことだけしか価値を持たないなんて、やっぱり哀しいから。

・・・にしても遅い。男物と違って時間掛かるのかもしれないけど、こういう場所で男一人だけって肩身が狭い。
婦人服売り場なんて勿論初めてなんで、落ち着かないっていうか、なんか居るだけで恥ずかしくなる。

「どう?」

カーテンがサッと開いて、白に身を包んだアスカがモデルばりに立っていた。
ふわっと開いたスカートは嫌味にならない程度のフリルで飾られ、文句なしに似合ってる。

「う、うん、いいと思うよ。」
「いいとかだけじゃなくて、具体的に述べなさい。」
「具体的にって?」
「いろいろあるでしょ。かわいいとか美しいとかセクシーだとかもう他の女なんて目に入りませんだとか。」

最後のは何さ?最後のは。

「そうだなあ・・・・・。どれかっていうと、かわいい系かな?」
「かわいい系ね・・・よしっ、じゃあ次着てみるから。」

しばらくするとまたカーテンが開いた。今度は一転して黒いドレス。背中や肩の辺りは剥き出しなうえ、スカート短すぎない?
もともと長い脚がよけい際立って、しかも胸元もけっこう開いてるし・・・・・・・正直、目のやり場に困る。

「どう、これなんか。」
「いやその・・・・・・・・ちょっと布が少なめというか・・・・・・・・もうちょっと隠しても。」
「隠すって、このへん?」

胸のあたりをグッと掴むもんだから更に肌が露出して・・・・アスカって胸大きいし・・・・いっ!いやっ!!いつも見てるわけじゃないけど!

「あら、ど〜したのシンジ、真っ赤になっちゃってさぁ?」
「・・・・・・ワザとやってるでしょ、アスカ。」
「嬉しいくせして〜。なんならもっとキワドいのも着てみせよっか?」
「いっ、いいよ!別にっ。」
「そうだ、そろそろ夏も近いから、水着のファッションショーでも・・・。」
「いいってばっ!!」
「はいはい、また今度にしてあげるわ。」

慌てる僕をからかうようにチロッと舌を見せて、またカーテンの向こうへと消えた。
ううっ、周りのお客さんたちに笑われてるよ。すけべな男だと思われたのかな、僕・・・・・・。
それからもアスカは次々着替えてみせ、一々感想を訊いては僕の反応をみて面白がっていた。

「・・・・で、結局、どれが一番良かった?」
「どれがって言われても・・・・・・・・・・そうだなあ、最初の白い服と、あとあの茶色っぽいワンピースかな。」
「うーん、いまからの季節だとこのベージュのは色が重いから・・・・・決めたっ!白のやつと、あとこれも。」

そういって手に取ったのは、二番目に試着したあの服。

「え!それも買うの?」
「だって誰かさん、鼻の下伸ばして喜んでたじゃない。」
「そんなヘンな顔してないってば!」
「ま、そういうことにしとくから、会計お願いね。」
「か、会計って、また僕が払うの?」
「何度言ったら解るのよ!?デートに来て彼女の喜ぶ顔が見れるんだから、そのくらい安いもんでしょっ!」

彼女って・・・・・・都合のいいときだけ彼女にならないでよ。
そもそも今日って、僕の誕生祝いなんだよね?普段にも増して出費が痛いんですけど。

「これ着てあげるから文句言わないの。じゃ、あたし着替えてくるから。」

タグを切って僕に渡すと、また試着部屋へ入っていった。
着替えるって、あの黒いやつ?・・・・・ま、まさか、あれで一緒に歩くの?

「済みませんお客様、お会計宜しいですか?」
「は、はい!ごめんなさい。」

結局僕が払うことになったけど、それよりもアスカのさっきの服のことで頭がいっぱいだった。
スカート短かったよなあ、あれ。でも屈まなければ問題ないか・・・・・・・・。
・・・・いやいや、それより胸元のほうが困る。高校に入ってから僕の身長がちょっとばかし伸びたから、ヘタに視線を下げると・・・・。

「お待たせ。」

背中をチョンとつっつかれ、ドキドキしながら振り向く。
じゃーんと擬音が付きそうなほどポーズを決めたアスカが身にまとうのは、目にも眩しい白。

「・・・・なに拍子抜けした顔してんのよ。あの服だと期待した?」
「あ!いや、そのっ!!」
「へへんっ、バカシンジの考えることなんてお見通しよ。」

やられた・・・・・・ってわけでもないか。ヘンな想像していた僕がいけないです、はい。

「ショゲないの。今度二人っきりのときにでも着てあげるわよ。」
「べっ別にそんなこと、僕は・・・。」
「思わなかったっての!?ホントに?チラリとも微かにも無意識にも頭をよぎらなかったのっ!?」
「え〜〜〜と・・・・・・ホンのちょっとは・・・・・・。」
「ほんのちょっとぉ?その程度なわけ!?」
「じゃなくて・・・・・・けっこう・・・・・・期待してました・・・・・・です。」

レジの前でこんなやり取りをしてるから、さっきから周囲の人たちの注目の的だ。
女の人ばっかだし、ううっ、これじゃ訊問というより拷問だよ。

「それでよし。素直にしてたらそのうち良いことあるから。じゃ、行くわよっ!」
「・・・・・はい。」

最初アスカが着ていた服は、お店の人がもう一着の服と一緒に、キレイにラッピングしてくれた。
で、それを当然のように僕が持つ。売り場を抜けるとき、僕らを見ていた女の人のヒソヒソ話が聞こえてきた。

「あの二人ってばさあ、まるでお姫さまと従者みたいよね。」
「あらぁ、便利でいいじゃない。アタシもひとり欲しいな、ああいうコ。」

・・・従者って言わないでよ、自覚してるから。

―――――――――――― △▼△▽ ――――――――――――

「さて、次は水族館ね。」
「えっ!行くつもりなの?」
「なに言ってんのよ、スケジュール決めたのアンタでしょうが。」
「だってアスカ、嫌がってたじゃない。」
「アタシは辛気臭いって言っただけ。ま、シンジが無い知恵絞って考えたんだから、むげに却下するのも可哀相だし。」
「はぁ・・・・・それは、どうも。」

こういうところは昔と変わんないなと、妙にホッとした。

「時間ないからサッサと行かなきゃ。走るわよっ!」
「ちょっと、こっちは荷物持ってんだから!!」

って、聞いちゃいない。ホント、直情実行はあい変わらずだよなあ。



水族館は地上240mの60階建高層ビルの真ん中にあり、今月初めにオープンしたばかり。
そもそもこの完成したのも先月の話で、他にも展望台とか博物館とか沢山の施設があるから、かなりの人が入っている。
だからエレベーターも混んでて、なかなか降りてこない。

「ん、もう!じれったいなぁ〜。どうして途中で止まんのよ!」
「止まるのは仕方ないって。だいたい買い物に時間掛けすぎなんだよ。」
「うるさいっ!・・・・シンジ、待ってらんないからあっち乗るわよ。」
「でもあれって業務用じゃないの?関係者のみって書いてるし。」
「空いてるものは使わなきゃソンでしょ。ほら、グズグズしないの!」
「ま、マズくないかなぁ?」

職員がいないのを確かめると、滑り込むようにエレベーターに乗った。
目指すは30階。途中で止まることもなくスイスイ昇る。

「ね、正解だったでしょ?」
「でも、見つかったら怒られそうだなあ。」
「へーきへーき、間違えましたって言えばいいのよ。」

いいのかなあ・・・。話してる間にもエレベーターは20階を過ぎ目的の30階へ。
ところが、25階が点灯したところで、ガクンと止まった。

「あ、あれ、どうしたんだろ?」
「誰かが止めちゃったんじゃないでしょうね?」

非常呼出しボタンを押したけど、何の反応もない。

「とにかく、ちょっと待ってみようよ。すぐ動き出すかもしれないし。」
「ああもう〜っ、時間ないのに〜!!」

苛立ってもどうしようも無い。坐って待ってたけど、かれこれ30分以上経つのに動く気配がない。

「どうなってんだろ・・・・・・誰か気付いてくれてもいいと思うんだけど。」
「も〜っ、待ってるの飽きちゃったわよ。退屈ぅ〜〜。」
「しょうがないよ。エレベーターの中じゃすること無いし。」
「・・・ねえ、シンジ。」
「なに?」

「キス・・・・・・しよっか。」

ゴンッ

「なに大げさに驚いてんのよ。頭ぶつけたりして。」
「い、いきなり何言い出すんだよっ!こんなときに!」
「こんなときだからよ。他にすること無いでしょ。」
「だ、だからって・・・・。」

そういえば昔、NERVが停電になったとき同じような事があったっけ。
キスしたことあるないで度胸が無いなんて言われて、つい僕もムキになってしまった。あのときは未遂で済んだけど・・・・・・。

「止そうよ、そういうの。やっぱりキスって遊びとかでするもんじゃないと思う。」
「遊びじゃないわよ。」
「・・・・・・・・・へ?」
「言ったでしょ、本気出すからって。あたしだって、遊びでしたくない。」

またからかわれてるのかと思ったけど、アスカの顔はこれ以上ないくらい真剣だ。

「でも、僕なんかが相手で・・・・・。」

「ばかね。シンジだから・・・・・よ。」

長い睫毛がパサッと、音を立てそうに瞬きした。アスカがこんなに可愛く見えるのって、決して服のせいじゃない。
彼女の顔に魅入ったように、僕は直立した姿勢のまま、動くことが出来なくなった。
アスカは後ろ手を組んだまま、少し背伸びするように唇を近づける。
情けないことに僕は動けないまま、彼女の顔が間近に迫るのをスローモーションのように眺めるだけで―――。

ベキイィィッッ!!!

突然の音に驚いて振り向くと、エレベーターの扉が異常なほどもり上がっている。
つぎの瞬間、扉を切り裂いたまばゆいオレンジ色の光が、僕とアスカを遮るように伸びてきた。

「碇くん、助けに来たわ。」
「あ、あやなみ・・・・・。」
「よかった、無事で。危ないところだったわね。」

・・・・・・ホントに危ないところだった。あと数センチずれてたら、僕かアスカは確実に真っ二つだ。
綾波は無残にひしゃげた扉をひょいと跨ぐと、僕の手だけ取って、外に出た。

「こら〜っ!!レイッ、アタシも助けなさいよ!!」

ATフィールドに閉じ込められる形になったアスカが叫んでも、綾波は聞く耳持たない。

「ねえ、助けてあげようよ?綾波。」
「おサルさんは檻の中がお似合い。クスクス。」
「ふぁ〜すとぉ〜〜っ!この陰険女がぁ〜〜っ!!」

アスカがいくらATフィールドをガンガン叩きながら悔しがっても、ビクともしない。

「綾波っ!あれはいくらなんでもヒドいよ。」
「いいの。いきましょ、碇くん。」

「っざけんなぁっっっ!!」

壮絶な音とともにフィールドをぶち破ったアスカが、ザッと前に立ちはだかる。

「・・・・・素手で打ち砕くとは、なかなかやるわね。」
「ハンッ!アタシをなめんじゃないわよ、ファースト。」

ボクはただ唖然とするしかない。二人ともとっくに、ヒトの領域を超えてるよ。
・・・・・・でもさ、それだけ力があるなら、エレベーターに閉じ込められたときもなんとか出来たんじゃないの?

「はいそこまで!時間切れ〜〜っ!!」

いつの間にいたのか、マナがにこやかに腕時計を差し出した。

「ウソでしょっ!?もうそんな時間?」
「エレベータの中でだいぶ、時間経っちゃったからね。」
「・・・ったくシンジったら、アンタがもっとシャンとしてればキス出来たのに。」
「あたしの目の黒いうちは、そんなことさせませんよ〜だ。」
「ええ、碇くんの貞操は、私が守るもの。」

アスカ、マナ、綾波と、まさに三すくみ状態。
ひょっとしてボク、この三人に囲まれてる限り、ファーストキスなんて永遠に経験出来ないんじゃないだろうか?

「結局、誰も決定打を決められなかったみたいね。んじゃ、最後の場所に移りましょ。」
「最後の場所って?」
「いーから、シンジは黙ってついて来て。」

どこへ行くのか気になったけど、再び訊ねる暇は無かった。
だって、ビルの警備員たちが大勢で追っかけて来たんだもん。



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