< 碇シンジ誕生日企画 >
「 Happy−Birthでえと (3) 」
移動する間、行き先について訊いても、申し合わせたように誰も教えてくれない。
それだけでみょ〜に不安だったけど、目的地についたとき、不安は頂点に達した。
「けっこん・・・・・・・・・式場・・・・・・・・・?」
そのまま回れ右して帰ろうとする僕を、ガシッとアスカが掴む。
「ま、待って!!まさかホントに結婚するんじゃっ!?」
「バカね、んなわけないでしょ。アンタまでレイみたいなこと言うんじゃないの。」
「へ!?」
「まあ、楽しみは後にとっとくとして、今日の目的は、記念写真。」
「記念写真・・・・?」
えと、結婚式場で記念写真っていうと・・・・。
「ひょっとして、花嫁の衣装とか着るの?」
「ええ、私たち四人で一緒に撮るの。」
「ええええっ!!」
「いちいち驚いてないでほらっ、行こ行こっ!」
「マ、マナまで引っ張らないでよっ!」
―――――――――――― △▼△▽ ――――――――――――
式場に入ると、どうやら既にマナが段取りしてたらしく、あっさり中に通された。
付き添いとして係りの人が二人。男の人は日向さんに、女の人はマヤさんにどことなく似ている。
よく判らないうちに、三人と別れた僕は控え室に連れられた。
係りの男性の話では、ここで寸法を測るらしい。はぁ、ここまで来たら観念するしかないか。
「しかし羨ましいヤツだな、キミは。三人とも可愛い娘ばっかりじゃないか。」
「は、はぁ・・・・・。」
「で、どれが本命だい?」
「い、いやあのっ、本命だなんて、まだそんなとこまでっ・・・・・。」
「そうか?でもボヤボヤしてると、すぐ誰かにかっさらわれるぞ。・・・ちくしょう、せめて彼女らが20歳だったらなぁ。」
・・・・・・この人、見た目より軽そうだな。
でも確かに、今でさえ三人に憧れる生徒は沢山いるし、誰とも付き合ってないのが不思議なくらいだ。
手際よく寸法を測ると、今度は貸衣装部屋に連れて行かれた。着付けは完全にお任せしている。
「よし出来上がり。どうだい、気に入らないところは無いか?」
鏡に映ったタキシード姿の僕は、自分で言うのも何だけど、まるで似合ってない。
服は立派だけど、なんだか七五三の格好してるみたいだ。
「そ、その、服だけ浮いてるっていうか・・・・・。やっぱりまだ早いですよ、こんな格好。」
「ん、俺はまあまあだと思うが・・・・。まあ、早いと思うのは無理ないけど、年齢じゃないぜ。中身が伴っていればビシッと似合うさ。」
「中身・・・ですか?」
「ああ、女の子一人背負うってのは大変な事だ。どんな世の中でも、やっぱり男にかかる期待は大きいからな。」
「確かに、そうですよね。」
「俺は色々なカップルを見て来たが、幾ら年齢をとってても、覚悟が出来てない奴には似合わないよ。」
「覚悟、か・・・・・・。」
誰を選ぶとかいう以前に、僕にはその覚悟がまるで無い。
「ま、早いとか遅いとかは自分で決めることさ。特に君の場合、三人も面倒見なきゃいけないんだからな。」
「い、いやそのっ!三人ともなんて決まったわけじゃ―――。」
「ハッハッハッ、まあ、頑張れよ。」
どこまで本気なのか分からない人だ。でも、頑張れって言ってくれた言葉は、とても優しかった。
―――――――――――― △▼△▽ ――――――――――――
仕度が出来た僕は、写真部屋で待つことしばし。時間の流れが、やけに遅く感じる。
写真を撮るだけなのに、一人だけで待ってるとまるで落ち着かない。実際に結婚する人も、こんな気分なのかな?
突然パタンと扉が開き、情けないくらい肩が跳ね上がった。入ってきたのは、式場の女性の人だ。
「お待たせ〜。ごめんね、長くかかっちゃって。」
「い、いえ。」
「あらっ、可愛いい新郎さんじゃない。でも花嫁もみんなトビっきりの美人よ。この幸せ者〜。」
見た目マヤさんだけど、中身はミサトさんに似てるかも、この人。
「さあ、みんな入って!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
言葉が、出なかった。
純白の衣装に身を包んだ三人は、言葉で云い表せないくらい綺麗だった。
僕だけでなく、アスカやマナまでさっきから一言も口を利かず、なんだか恥ずかしそうにしている。
「あらあら〜っ、見惚れちゃって。どお?素敵な花嫁さんたちは。」
どうかって訊かれても、口下手な僕に上手く表現出来るわけがない。
だから思ったとおりを、正直に伝えた。
「はい・・・・・・。みんな僕なんかにもったいないくらい、綺麗です。」
僕がそう云うと、三人とも真っ赤な顔して俯いた。
「うふっ、いいなあ〜初々しくて。それじゃ悪いけど、そろそろ時間も押してるから、写真撮るわよ。」
さっき僕の着付けを手伝ってくれた人が、カメラを構える。
「う〜ん、四人ってのはさすがに構図がムズかしいなぁ。新郎は真ん中に置いて左右二人・・・・・あと一人は前かな?」
その言葉に、アスカと綾波が僕の左右をガッチリ固める。
「じゃあ、あたしはここっ!」
「ち、ちょっとマナッ!?」
すかさずマナが正面から、僕のお腹に抱きついて来た。
たちまち僕の両腕辺りの空気が、ビキッと硬化する。
「こらこら、花嫁さんがそんな恐い顔しないの。可愛く撮れないわよ。」
「はい、マナちゃんもこっち向いて〜。じゃ四人ともいいかい?いくよー。」
パシャッ
フラッシュが光る。続けてもう一枚。
パシャッ
僕はうまく、笑えてただろうか。ちょっと自信が無い。
―――――――――――― △▼△▽ ――――――――――――
撮影が終わって、控え室へ戻った僕が貸衣装から着替えると、あの男の人が入ってきた。
「お疲れ様。どうだった?」
「ええ、すごく緊張しました。まだ顔が強張ってるような感じで・・・。」
「ハハッ、そうかい。でも大丈夫、いい顔で笑ってたぜ。」
「そ、そうですか。」
リップサービスかもしれないけど、何となくこの人は、そういう嘘をつかないと思う。
しばらく取りとめの無い会話(僕はもっぱら聴き役だけど)をしてると、ノックの音が響き、あの女の人がヒョイと覗いた。
「お疲れさま〜。ずいぶん待たせちゃったわね。」
「あ、いいえ、大丈夫です。」
「みんな着替え終わったから、いらっしゃい。」
外へ出ると、私服に戻った三人が待っていた。係りの人たちと一緒に、僕らはロビーまで戻った。
「今日撮った写真は来週早々に出来上がるから。もうちょっと待っててね。」
「わ〜い、楽しみっ。」
「ふふっ、今度はみんな、本当の結婚式でいらっしゃい。お待ちしてます。」
「オイオイ、お前もあんまりヘンなこと吹き込むなよな。」
「あら、みんな幸せならいいじゃないですかぁ、べつに何人でも。」
やっぱりこの人、ミサトさんに似ている。
少し名残惜しそうに会話していた二人は、式場を出るときも見送ってくれた。
「今日はどうも、ありがとうございました。」
「こちらこそ、有難うございます。」
「・・・あの、無理言ってごめんなさい。」
「気にしないでマナちゃん。私も楽しかったら。」
「俺も滅多にない写真が撮れたよ。じゃあ帰り道、気をつけて。」
「はい、失礼しま〜す。」
最後まで手を振っていたマナが僕たちに追いつくまで、しばらく待っていた。
「マナ、さっき無理がどうのって話してたけど?」
「あ、最初はね、受付で断られそうになったんだ。たまたまあのお姉さんが話を聞いて、OKしてくれたの。」
「ひょっとして・・・・また無茶なことしてないよね?」
「あーっ、ヒドイなあシンジ。ちゃーんと平身低頭してお願いしましたよーだ。」
「そ、そうなの?ゴメン。」
でも申し訳ないけど、僕が疑り深くなるのも無理ないと思わない?
「シンジぃ、お腹空いたしどっか行きましょ。」
「そうね、いい時間だわ。」
未だに空腹を感じなかったせいか、そんなに時間が経ってるとは思わなかった。
時計を見ると、とっくに8時を過ぎている。
「いけないっ!早く帰ろう、ミサトさんたち待っているよ。」
「あっ、そういやそんな話もあったわね。」
呑気に歩いてた僕らは、慌ててリニアの改札へと駆け出した。
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電車に乗った僕らは、マナ、僕、綾波、アスカの順で席に坐った。
椅子に坐るとすぐ、マナが僕にもたれかかったまま寝た。
ついで綾波も、ウトウトし始めたと思ったら、やはり僕にもたれかかる。
「やれやれ・・・・二人に特等席を取られちゃったか。」
「アスカは眠くない?」
「大丈夫よあたしは。レイの肩を借りるのも癪だし。」
口振りとは裏腹に、優しげな目で綾波の寝顔を見ている。
僕はふと、写真撮影を終わったあとに、式場のロビーで会話した内容を思い出した。
てっきり、あの撮影費用も僕が払うんだろうと思って、幾らなのか訊いたとき、綾波がやんわりと断った。
「今回の費用は私たちが三等分したから、碇くんは払わなくていいの。」
「あ、でも割り勘するんだったら、僕も撮ってもらったんだし、払うよ。」
僕は単純に、四等分した方が割りやすいと思ったんだけど、綾波とマナの返事は違っていた。
「駄目。あのお金は、碇くんに出して欲しくない。」
「え、でも・・・・。」
「シンジ、お金がどうとかじゃなくて、私たちの気持ちの問題だから、何も言わず受け取って。」
二人があまりに真剣に言うもんだから、それ以上は口に出さなかった。
そのことをアスカに話したら、彼女は手を伸ばして、僕の頭をコツッと叩いた。
「バカね。ヘンなこと気にするんじゃないわよ。」
「でもさぁ、何であの時だけ?」
「ホントにもう・・・・・・アンタは・・・・・・。」
怒るのも馬鹿らしくなったのか、やれやれと言いたそうに、フゥーッと溜め息をついた。
「あのね、あの写真はあたしたち三人が望んだことだから、あんたに出してもらっちゃ意味が無いの。」
そういうもんかな?僕がいま一つ納得出来ないでいると、淡々とアスカは呟いた。
「本当言うとね・・・あたしもレイもマナも、一番に自分を選んで欲しいと思ってる。その気持ちは、三人とも一緒。」
アスカの視線は僕を見ているようで、見ていない。
「でもね、もしシンジが誰を選んでも、・・・・・・仮に誰も選ばれなかったとしても、恨みっこなし。その気持ちも・・・一緒。」
ふっと口許に浮かんだ彼女の微笑は、どことなく寂しい。
「いつか、ああなる時がくる。そのとき誰がシンジの隣にいるのか分からないけど・・・・・・だからこそ撮りたかったの、四人で。」
「アスカ・・・・・・・・・。」
僕は・・・・・・・・・・・・・・・・・・困る。
ズルくて卑怯な答えなのは、判り切っている。逃げているだけ、その通りだ。
僕だって男だから、誰かと付き合いたいって思ったことはある。無いはずがない。
でもそれが誰かとだなんて、いままで考えてなかった。逆に言えば、それこそ誰とでもいいのかもしれない。
こんな僕に、いいかげんで最低な僕みたいな男に、答えを出すだなんて、大切な三人のうち、誰かを選べだなんて・・・・・・。
「あ、あのっ、僕は―――。」
「スト〜ップ!」
それ以上続けるまえに、アスカの手が僕の口を塞いだ。
「誰もすぐに結論だせなんて言ってないわ。それに焦って決められても、嬉しくない。」
「・・・・・・え?」
「言ったでしょ。バカシンジの考えてることなんて、お見通しなんだから。」
そう言って強気に笑ったアスカは、いつもの彼女だった。
「でもね、いつまでも待ってると思わないでね。加持さん以上の人が出てきたら、すぐそっちになびくかもよ。」
「えっ!そ、それって!?」
「フフッ、先のことは分かんないってこと!・・・あ、もうすぐね。ほらレイ、マナも、さっさと起きなさい。」
まだ眠たそうに身を起こすマナとレイを座席から引きはがし、僕たちは電車を降りた。
―――――――――――― △▼△▽ ――――――――――――
家までの帰り道、前を行く三人から少し遅れる形で、僕は歩く。
彼女たちの後ろ姿を見ていたら、不意に式場で、あの男の人に云われた 『覚悟』 という言葉が甦った。
きっと将来どうなろうと、アスカも綾波もマナもとっくに、覚悟は出来ているんだろう。
僕はやっぱりまだ、それが出来ていない。
僕は今日、一つ歳をとった。だからってすぐ、変われるわけでもない。
でも、いまからでも頑張ろう。少しでもあの三人に、追いつけるように。
「シンジってば遅いよぉ〜。はやくはやく〜。」
「ミサトが首長くして待ってるだろうから、さっさと歩きなさい〜。」
「碇くん、もし疲れたのなら、あの公園で休みましょ。」
「大丈夫だよーっ。ゴメンよ、みんな。」
三人とも振り向いて、待っててくれた。それが嬉しくて、何となく元気が出た。
ほんとうにこの先、どうなるのかは分からない。
いま確実に云えるのは、今日という日を僕は、ずっと忘れられないこと。
みんなで撮ったあの写真は、一生、僕の宝物になるだろうってこと。
これだけは、間違いない。
< 終 >