思春期だね碇君!!

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031027



 夕暮れに
 あの雲の隙間から漏れてくる光を見ていた
 いつまでも、いつまでも

 きっと同じ空を見ていると信じてる
 どこに居ても


 光の射すほうへ、
 明るいほうへと歩いていこう

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031029

 ヒカリが教室に現れたのはHRが始まる直前だった。

 流石に生徒は皆席について担任のミサトを待っている状態で、一日のうち数少ない、静寂が支配する時間帯なのでヒカリの登場はかなり目立った。
 中学入学以来初めて遅刻ギリギリに現れたヒカリの目の下にはくまが出来ており、全身から憔悴しきった雰囲気が漂うが、目だけは燃え盛る炎のように光を放っていた。要するに朝一から阿修羅モードでご登場なわけだ。

 その時、クラス一同(3名除く)は心を一つにした。





 ヤバイ!!


 何がヤバイのかはわからないが、兎に角ヤバイ。皆一様にそう思った。ついでに言えば殺られると思ったものも多数存在した。大体がヒカリの阿修羅モードを昨日初めて見た者が大多数なのだ。しかも今日は何故阿修羅モードなのか原因がわからない。人間、わからないということほど恐ろしいモノはない、とも言う。

 それくらい、今日のヒカリは恐かった。更に詳しく描写すると、髪型はきちんと整ってはいるが、いつものような綺麗な艶はない。肌も乾いて荒れている。唇も、だ。そして全身からは疲れたオーラが漂う。目、そう目だけがランランと肉食動物のように光っていたが、良く見ると(その目を直視できれば)どこか虚ろな成分が混じっていることがわかっただろう。
 無論、親友であるアスカはわかった。わかったが、流石にこの静まり返った教室内で事情を聞くわけにもいかなかった。ヒカリの為にも。
 教室内は先ほどとは違う静寂に支配された。ヒカリの登場で明らかに空気が変わっている。ピリピリ とした緊張感、というより全員(やはり3名除く)どこに埋まっているのかわからない地雷を恐れ、息をするのさえ憚り、身を小さくして嵐が過ぎるのを待った。つまり、アスカか、或いは他の誰か無謀な勇気ある行動に出る者が現れることに期待したのである。それはヒカリという存在から目を背け現実逃避であるが、責めることは出来ない。何故なら今のヒカリなら暴走した初号機ですら泣いて逃げ出すのでは? と思わせる恐さなのだから・・・・・。

 そして、ヒカリが自分の席まで歩いてきたのと同時にミサトが現れた。
 が、ヒカリと一瞬目が合っただけで「今日は連絡事項は特にありません」と言い残し慌てて教室を出て行ってしまった。因みに1時間目はミサトの授業である。教室の中にはヒシヒシと押し寄せる絶望に恐怖する生徒たちが残された。その顔色から察するに緊張は限界まで達しており、いつ爆発してもおかしくない状態である。
 そんな中、ヒカリはトウジの方へと向き直り、ゴソゴソといつもとは違う大き目の鞄の中を何かを探し出す。ややあって目当てのものを見つけ出すと、おもむろにトウジの目の前に突き出す。そして、トウジの反応はというと・・・・・・

 「何や委員長、朝からおっかない顔して。ん?こりゃ何や食いモンか?」

 ここでまた全員(シンジ、ヒカリ、レイ、トウジ抜かす)の心が一つになる。



 グッドラック、トウジ(鈴原)・・・・君の事は忘れないよ



 誰もがトウジは地雷を踏んだ、そう思った瞬間(ケンスケは密かに敬礼していた)、
 しかし、ヒカリはそんなトウジの反応も予測していたように極めて穏やかに応じる。

 「そうよ、お弁当よ鈴原食べる?」

 トウジの目の前に突き出しておいて「食べる?」もないものだ。皆そう突っ込みたかったが何も言えなかった。相変らずヒカリの雰囲気は恐怖の2文字のままであるからして。

 「おおきに。しかしええんか?これ委員長の弁当とちゃうんか?」
 「違うわよ。私はこんなに食べないわ。これはお父さんの何だけど、朝作った後に要らないって言うから・・・どうしようかと思ったけど捨てるのも勿体無いし 「そか、捨てるよりは誰でもいいから食べてもらったほうがええもんな。ありがたくいただくで、委員長」

 まるでわかっていない笑顔でトウジはヒカリのセリフを遮る。ヒカリは何か言いたげだったがそのまま黙って席に座る。そしてそのまま眠ってしまい教室の空気は幾分軽くなる。
   しかし、この爆弾がきちんと解体処理されたのかは誰にもわからない・・・・目覚めるのを待つしかない状態だった。
 少なくとも現段階でわかることは触れれば即爆発ということだろう。
 そして、今日はまだ始まったばかりだった・・・


 時計の針が刻む音がいやに大きく聞こえる・・・・

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031030

 ヒカリは眠ってしまった。
 席に座った瞬間、崩れ落ちるように。

 クラスメートは皆声を出さずに目だけで会話する。(注1)
 その結果、全てはアスカに託されることとなる。まあアスカも言われなくともヒカリに事情を聞くつもりだが、流石に人目につくところでは聞けないし、聞くつもりもない。クラスメートに「今日放課後事情を聞く。それまでそっとしておくこと」、とサインを出す。(注2)
 そして、1時間目が終わり休憩時間となるが、いつもなら授業から束の間解放されて賑やかになる筈の時間も、今日は誰一人として喋らなかった・・・・・・・・トウジを除いて。無論即座に黙らされたが。

 2時間目、リツコがやってくる。いつもなら教室に入るまで喋っている筈の生徒が誰一人として喋っていない、そんな異常事態に戸惑いを感じながらも喜ぶリツコ。

 「あら、今日は静かね。・・・・ん?これ出席が記入されてないけど・・・・ミサトね。ふぅ、洞木さん?」
 「先生、洞木さんはちょっと・・・」
 「どうしたの?・・・寝てる?私の授業で寝るなんて・・・・でもおかしいわね洞木さんが寝てるなんて。どこか体調でも悪いの?」

 流石リツコ、優しいマッドサイエンティストの異名を持つだけはある。普通なら問答無用で寝ている生徒を起こす教師が多い中、リツコはそれより先に生徒の体調を気遣う。しかし、リツコにヒカリの体調を聞かれても、聞かれた生徒も事情がわからず咄嗟に答えることが出来ない。

 「先生、洞木さんは今日遅刻ギリギリでやってくると席に着くなり倒れるように眠ってしまって。僕たちも体調を心配していますが動かすに動かせず困っていたんですよ。どうも見た限り相当疲労していたようですが、詳しい事情はまるでわかっていないんです」

 カヲルが代表して上手く説明する。一応クラス内での役割分担が決まっているようだ。それを聞いたリツコはほんの少し考え込む素振りを見せるが呆気なく決断を下す。

 「そう、なら保健室の方がいいわね。鈴原君、洞木さんを保健室へ連れて行ってあげて」
 「わいがですかぁ?」
 「そうよ。早くして。それともか弱い女の子1人運べないのかしら?」
 「そんな訳ある筈あらへん。ケンスケオブっていくから手伝ってくれ」

 ヒカリは単純な挑発に引っかかったトウジに背負われ、保健室へと運ばれてゆく。やっと教室から緊張感が消え、生徒は皆安堵の息をつく。

 「さて、授業始めるわよ」

 それを見たリツコは満足げに微笑み、いつもよりも心持にこやかに授業を始める。彼女のパソコンには全校生徒の個人データが収められているという噂だ。あくまで噂だが・・・彼女が知らないことはないと言われている・・・・・



注1 どうやらあまりの修羅場の連続に、アイコンタクトを習得したようだ(笑)
注2 ブロックサイン使用。何故使えるかはそのうち判明すると思われる。

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031031

昼休み、永い眠りから醒めたヒカリが教室に戻って来た。ヒカリが現れた瞬間クラス一同(若干名除く)に緊張が走る。しかし、大方の予想に反し今度は阿修羅モードではなく、普段の委員長洞木ヒカリだ。皆、安心して緊張感も消え賑やかさが戻ってくる。

 「アスカ、屋上でお弁当食べましょう。碇君たちも」

 トウジ達も、と言わないところが素直ではないが、この年頃の女の子にそれはちと無理な相談か。一見にこやかに喋ってはいるが、目は阿修羅だ
 誰も逆らえない。「ヒカリ平気なの?」と声をかけようとしたアスカもその視線の前に黙ってしまう。更に綾波レイにも声をかけるヒカリ。

 「綾波さん、お昼一緒に食べましょ?」
 答えて曰く、
 「いい、わたしには何もないもの」

 どうやらお弁当を忘れたようだ。って言うか普通中学だと給食の方が多いのだが。きっとレイの前の学校は給食だった為勘違いしたのだろうと判断したヒカリは、レイの腕を掴み、強引に屋上へと連行する。
 屋上には誰もいなかった・・・

 アスカ、カヲル、ケンスケはこれからの昼食のことを考えると食欲が消えてゆくのだった・・・・・
 無論シンジはレイと一緒に食事が出来ることを単純に喜んでニコニコしているが、一方のレイは、何を考えているのか想像もつかない・・・・・・・

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031105

 車座になって座る一同。ヒカリはしっかりとシートまで用意していた。因みに座り位置はヒカリ基点に、ヒカリ→トウジ→ケンスケ→カヲル→アスカ→シンジ→レイ(時計回り)である。

 「さあ食べましょう?綾波さんはこれを食べて」

と言って傍らから小さめの、可愛らしい花柄のピンクのバンダナで包まれたお弁当を取り出すヒカリだが、一方のレイは相変らず無反応だ。しかし、ヒカリは構わず自分の分のお弁当を取り出し、足の上に広げる(女の子は正座を崩した、いわゆる「女の子座り」なので正確には太腿の上だが)。そしてそれを見た他の面々も弁当の包みをほどいてゆく。(注1)

 ここで各自のお弁当を見てみよう。
 カヲル :ご飯にノリタマ・・・・・だけ(爆)(製作者彼女)
 ケンスケ:ご飯、玉子焼き、鮭切り身(製作者自分)
 シンジ :ノリ弁、玉子焼き、鶏肉、漬物(製作者ユイ)
 アスカ :サンドイッチ各種(製作者キョウコ)

 そして、ヒカリ、トウジ、レイの弁当(製作者ヒカリ)はというと・・・
 レイ、トウジが蓋を開けた途端、二人のお弁当から膨大な量の、眩い光が溢れ出る!!(注2)
 それを見たアスカ、カヲル、ケンスケはヒカリが朝から今まで爆睡していた理由を嫌でも悟る。そう、昨日トウジの鈍感極まりない発言と転校生レイの登場により、ヒカリの危機感が一気にヒートアップ、奥手なヒカリも勝負に出たのであった。そして、明日への第一歩としてジャブお弁当作戦に出た訳だ。しかも徹夜で。女の子の手作り弁当というだけでも男にとってはジャブどころかストレート並の威力であるのに加え、食べ物、それはトウジの弱点であった為、更に効果倍増であった。それを見て、ヒカリが燃え盛る炎を背負いながら阿修羅となってお弁当を作る姿を想像して、背筋が凍るアスカ、カヲル、ケンスケであった。
 それは、笑いながら研究に没頭する某金髪マッドサイエンティスト並の恐怖を与えていた。(注3)

 更にここで具体的に昨日何があったのかを詳しく説明しよう。
 昨日、9月1日は始業式ということで午前中には学校は終了で11時には大半の生徒が下校していた。そして11時を回る少し前にケンスケの元へシンジが訪れた。そこで二言三言、言葉を交わすとシンジは帰っていったが、その後入れ替わりにトウジが訪れたのであった。
 以下二人の会話を抜粋。

 「シンジはどないした?」
 「もう帰ったよ」
 「シンジが1人で帰るとは、珍しいなぁ」
 「まあな。シンジの奴転校生に相当入れ込んでたからな」
 「ああしゃあないな。今度の転校生はえらい別嬪さんやからな〜。朴念仁のシンジも遂にオナゴの魅力に目覚めたっちゅうことやな」
 「(朴念仁はお前もだろ)ああ、そうだな。でも綾波は競争率高いぞ〜。写真の申し込み件数が凄かったからな。はっきり言って、惣流・アスカ・ラングラーを抜いて断トツの人気ナンバー1だよ」
 「ほんまか? まあ、あんだけ可愛ければ納得の話やな。で、ケンスケの懐も潤うわけやな」
 「まあね。でも本当凄いよ。おかげで新しいカメラが買えそうだよ」
 ・
 ・
 ・
 てな会話があったのだが、ヒカリは二人に気付かれずにしっかりとその会話を聞いてしまったのだ。確かにケンスケトウジの声も大きかったが・・・。ヒカリの心に衝撃が走る! ヒカリはトウジと出会ってから今まで、トウジが女子の誰かのことを可愛いとか、そういった浮ついた言葉を発するのを聞いたことがなかった。トウジは昔から硬派を主張していて、用でもない限り女子に話しかけるようなことすらしていなかった。それがヒカリにとって容易に話すことの出来ない壁であり、またトウジの心が誰にも向いていないという安心材料でもあったのだが。
 で、恋する乙女のヒカリには、トウジの「転校生は別嬪さん、転校生は可愛い」という言葉だけが強力に頭に焼きつき、今日、オペレーション「トウジのハートをゲットしてLHT計画」の第一歩「お弁当で餌付けあ〜んど所有権主張で一石二鳥ね(ハァト)」を実施したのであった。実際にはトウジ自身はレイのことを何とも思っておらず、さっきのレイの態度を見てシンジの心配をしているのであったが、恋する乙女の心は不安に揺れるもの。即座に本屋へ向かい新たに料理の本を買い足し、スーパーへ行き材料を持てる限り買い込んだ。そして、朝までずっと一心不乱に料理をしていたのである。父親も、姉コダマも、妹ノゾミもその鬼気迫る表情に恐れをなして何も言えなかった。因みにレイに渡したのは製作過程において出来た試作品である。おかげで料理が大量に出来てしまい、父親は今日愛する娘の作ったお弁当を二つも持たされ出勤である。何か勘違いして喜んでいたが・・・・




注1 一応全員お弁当なのである。でもケンスケがお弁当って違和感あるな〜コンビニ弁当は似合いそうだけど(爆)
注2 いわゆる「ミスター味っ子」現象
注3 首筋に刃物を突きつけられているのと同じくらい恐いと思います(当社比)

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031107

 さて、その頃2−Aの教室では、あちらこちらで生徒が昼食を食べながら昨日からの一連の出来事について話していた。

 さもありなん、ミステリアスな雰囲気満載の転校生登場(しかも転校初日にして人気ランキング1位を女王アスカから奪う)(あの、鈍感・朴念仁の極め付けである)シンジ(校内鈍感ランキング総合1位)がその転校生に一目惚れ頼れる委員長であり、校内アンケートにおいて見事お嫁さんにしたい女子2年の部、1位の座(総合2位)を勝ち取ったヒカリの阿修羅化現象発覚、そして今日も朝からヒカリは阿修羅で登校して校内鈍感ランキング総合2位の鈴原トウジにお弁当を作ってくる・・・これだけ立て続けに校内新聞の一面にデカデカと載る様な事件が起きれば、もうそれしかクラスの話題はないであろう。(注1)

 他に一体何を話せと言うのだ?この問題から目を逸らせばそこに待っているのは、天国かもしれないというのに・・・

 生徒A(♂):「しかし、あの委員長がね〜」
 生徒B(♀):「でも、鈴原ってお調子者で騒がしいけど、悪いイメージが全然ないのよね」
 生徒C(♀):「うんそう思う。ヒカリの選択もわからないでもないわ〜。でも私はやっぱりカヲル君だけど〜」
 A:「しかし転校生の綾波さん、碇のグループに入っちゃったな〜」
 C:「何?綾波さんがいいのぉ?私あの娘、ちょっと苦手だな〜話しかけても全然反応しないし〜」
 B:「言えてる〜私、お人形かと思っちゃった」
 A:「そこがいいんだよ!不思議な魅力で、可愛くて!」
 B:「ふ〜ん、まあいいけどね〜あんたじゃどうせ相手にされないだろうし〜」
 A:「ひっどいこと言うな〜」
 C:「キャハハハ。そうね〜あんたじゃ釣り合わないわね〜。渚君クラスの美男子じゃないとねっ」
 A:「ちぇ〜」

 何て事を言っていると、自称"鋼鉄のガールフレンド"こと霧島マナと、山岸マユミ、ムサシ、ケイタの4人が弁当を持ってA組にやってきた。昼休みに入り約10分後のことである。

 「シっンジーーー!!お弁当食べましょーー!!!」

 無意味に元気が溢れるマナ達を見たA組の生徒は皆一様に「ああ、こいつもいたんだぁ」と更なる頭痛の種、或いはトラブルを起こす人間の増加に、一気に食事の味が落ちてゆくのを感じ疲れ果てる。
 尤も、これはマナから言わせれば根も葉もない誤解、なのだそうだが、客観的に見ればA組生徒の主張の方が正しいと判断されるであろう。過去に実績も存在している。しかも何度となく。因みにマナが"鋼鉄のガールフレンド"を名乗っているのはその事件以来である。(注2)

 まあ、皆昨日シンジがレイに一目惚れ(めちゃくちゃわかりやすかった)した時点でマナたちの乱入は予想していたのだが・・・嫌なことを忘れる努力をして、そして、朝のヒカリのインパクトで本当に忘れてしまったのであった。因みにシンジ一目惚れ事件はまだよそのクラスには伝わっていない・・・あまりにインパクトがありすぎて皆の気力が尽きていたことと、昨日が初日で午前中で学校が終わってしまい情報が伝わらなかったことが主な要因である。しかも、今日も今日とて朝からA組の生徒は緊張のあまり何も話せない状態だったのだ。情報が伝わるわけがない。

 そういうわけで、マナたちは未だに転校生の存在は知っていても、それに対してシンジが一目惚れしたことは知らないのであった。もし、知っていたとしたら、例え直前の授業がリツコの授業で、実験の後片付けがあったとしてもチャイムと同時にA組に突撃していたことであろう。(注3)


 無論、その場合シンジも無事では済まない事は言うまでもない(笑)


 「って、あれ?シンジはー?どこどこ?」

 だがしかし、誰もシンジたちの行方を知っているものはいなかった。A組生徒からしてみれば例え知っていたとしても教えられる筈がない。そんな、わざわざ自分たちに火の粉が降りかかるような愚かな真似を好んでするのは、この天学でも超有名で超問題児の極極一部の生徒に限定される。
 そんな訳でこの昼休み、アスカ、カヲル、ケンスケを地獄から救う者はいなかったのである。


 合掌。









 話を屋上のシンジたちに戻そう。


 レイ、トウジが開けたお弁当箱から眩い光が溢れ出る。
 といってもレイとトウジのお弁当では中身が違っていたが、レイの弁当はトウジのお弁当を作る過程で出来た試作品なので当たり前なのだが、事情を知らないトウジにはそんなことはわからない、わかる筈もなかった。当然の事ながら、鈍感ではないアスカ、カヲル、ケンスケはわかっていた、ヒカリがどれだけ一生懸命トウジのお弁当を作ったのかが。レイは・・・相変らず無表情で何を考えているのかわからない。シンジは気づく筈もない、何せお弁当を見ていないのだから。シンジさっきからちらちらとレイの方ばかりを見ていたのである。ちらちらというあたりがシンジの性格を窺わせるところだ。

 アスカ、カヲル、ケンスケは、トウジの鈍感さも凄いものだとつくづく思い知らされ、溜息をつく。ヒカリの作ったお弁当の中身を見れば少しはわかるだろうに・・・トウジは能天気に「夏休みの間にまた腕が上がったんやのう」と無邪気に驚いている。いや本人は誉めているつもりなのだろう。

 「鈴原も綾波さんも、見てないで食べて。そんなに見られたら恥ずかしいわ」

 それでもヒカリは嬉しかったらしく、背後の炎も弱火になり頬が僅かに紅く染まっている。普段から周囲に料理の腕を誉められていてそれなりに自信もあったヒカリだが、やはり好きな人に気にいって貰えるかどうか、不安でどうしようもなく、たまらなかった。いっそ逃げ出せたらと思う気持ちが心の片隅を頑固に支配していたが、トウジに誉められたことで緊張が解けたらしく、さっきまでとは明らかに雰囲気が変わって柔らかな表情だ。

 しかし、どうすればトウジのあの言葉でここまで安心出来るのだろうか? これも恋する乙女の為せる業なのだろうか? それとも、トウジの言葉がヒカリの耳にある特殊なフィルターを通したことでヒカリにとって都合のいい言葉に変換されたのだろうか? 流石にこれは親友であり、動物並の鋭さの感を持つアスカでもわからなかった。
 一方、鈴原はお許しが出たとばかりに猛然と"ヒカリ謹製愛のお弁当1日目"を食べ始める。それを見たアスカは、親友であるヒカリが徹夜をして一生懸命心を込めて作ったお弁当を乱暴に食い散らかすのを見て(無論、トウジにはそんなつもりはない)イライラしていた。
 しかしヒカリはそんなトウジをニコニコ笑いながら見つめ、「そんなに慌てて食べないのっ。誰も取らないわよ(ハァト)」と語尾にハァトマァクをつけながらさり気無くトウジの為にお茶を用意するのであった。それは傍から見たら恋人以外の何者でもないだろう。そんな幸せそうなヒカリの笑顔を見ると何も言えなくなるアスカだった。例え、アスカ自身がトウジの態度に納得がいかなくてもヒカリが喜んでいれば何も言うべきではないのだから。


 ヒカリの作戦のうち所有権主張という面は成功したと言ってもいい。





 但し・・・・・・・・・・・・・それを見ている生徒がいればの話だが。

 断っておくが、屋上には誰もいなかった。つまり、ここにはシンジたち以外誰もいないのである。要するに誰も見ていないので意味がない、と。教室でやれば間違いなく大成功だった筈だが、流石に勢いで行動している恋する乙女と言えども、昨日までは普通の、片想いをして遠くから見つめるだけが精一杯だった女の子のヒカリだ。無意識のうちに羞恥心が働き、人の少ない屋上へと来たのだろう。(注4)

 しかし、取り敢えず第一歩としては満足のいく結果だったのだろう。兎にも角にもヒカリの作ったお弁当を美味しい美味しいと食べているのだから。「ヒカリも阿修羅モードから完全にいつもの洞木ヒカリに戻っていることだし、きっと満足なのだろう」と、そう思いアスカは多少納得がいかないものの、それを無理矢理理性で押さえつけ、親友の成功を心の中で祝福するのだった。カヲル、ケンスケはそんな余裕もなくただ安堵の息をつく一方で、幸せそうな顔のヒカリを見て、「何だかな〜」、とやるせない、虚無的な気分になってしまう。特にもてないケンスケは(爆)

 ヒカリにとって、後はどうやってこれを1日だけで終わらせずに、これから毎日、半永久的に続けるかという課題が残っているだけだった・・・・・・


 一方、ヒカリとシンジに挟まれた我らがヒロイン、綾波レイはお弁当を前に固まっていた。
 理由は簡単、箸がなかったのである。それを察したシンジは自分の分の箸をレイに渡す。

 「綾波さん、これ、使ってよ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう」

 シンジのその言葉に、しばしの沈黙の後レイは僅かにシンジの方へと目だけを向け、相変らず無表情なままではあるが、消え入るように小さな、幽かに震える声でシンジへと礼を述べるのであった。
 シンジにとってレイが口を利いてくれただけでも嬉しいのに、あまつさえシンジに向けられた初めての言葉が「ありがとう」、感謝の言葉である。シンジはそれを聞いて脳みそがショッキングピンクに染まり、危うくあっちの世界に逝きそうになるが、寸でのところで踏みとどまりケンスケとアイコンタクトを交わす。そしてそのままシンジはもう一膳箸を取り出し、ニヘラニヘラと恍惚の笑みを浮かべたまま自分のお弁当を食べ始める。・・・・とってもデンジャラスな光景だ。

 そして、最後にレイのヒカリへと向けて発せられた感謝の言葉でお昼休みは終わる。レイから感謝の言葉を聞いたヒカリは心のそこから嬉しそうに笑うのであった。アスカにはそれが聖母のような慈愛溢れる笑顔に見えるのだった。

 完全復活して戻って来たヒカリにクラス一同安堵の溜息を漏らす。マナも流石にヒカリ相手では何も言えず大人しく引き下がった。恐らくこの場だけであるだろうが・・・・







 このまま1日が何事もなく過ぎるかのように見えたが、そうはいかなかった。

 放課後、ケンスケが副業である写真販売に精を出していると、またもやトウジが訪れた。(注5)
 まあ、この商売二人でやっているのだから仕方がないが。運の悪いことにまたもやヒカリが通りがかり二人の会話を聞いてしまったのだ。

 「おお、転校生の写真順調に売れとるみたいやの〜」
 「ああ、おかげ様でたっぷり稼げてるぜ。今回かなりの稼ぎになる筈だ。俺は予定通り新しいカメラを買うけどトウジはどうするんだ?」
 「わしは妹に何ぞ買うてやりたいの〜」
 (ああ、やっぱり鈴原って優しいのね、ス・テ・キ)
 「委員長には何かプレゼントでも買ってやらないのか?」
 (あ、相田君たら・・・・・・鈴原何かプレゼントしてくれるかなぁ〜ドキドキ)
 「何でわしが委員長にプレゼント買わなあかんねん!?」
 (ムっ・・・・・・−−#)
 「お昼に弁当貰っただろ?」
 「あれは、余ったのを捨てるのも勿体無いからでやなぁ」
 (そんな訳ないでしょ!あれは鈴原の為に作ったのよっ)
 「でも明日からも作ってくれるんだろ? 毎日」
 「な、な、な、何でケンスケが知ってんねん!!??」
 (何で相田君が知ってるのよ?まだアスカにも教えてないのにっ!!)
 「ふ、俺の情報網を甘く見てもらっちゃ困るなぁトウジ。何年一緒にいると思ってるんだよ」

 無論、これはケンスケがカマをかけただけなのであるが、陰で聞いていたヒカリも、アスカにもまだ報告していない事実をケンスケが知っていることに対し、驚きのあまり思考回路はショート寸前で心臓も破裂寸前だった。

 「そ、そんなことより他の売り上げはどうなってるんや? 転校生の写真ばっかぎょうさん売れとるっちゅーことは他が売れとらへんのとちゃうか?」
 「安心しろ。他のも落ちるどころか、寧ろ全体的にも売り上げアップだ。何せ、夏休み明けということでみんな大人っぽくなったからな」
 「ほ〜そいえば化粧とかして、随分見た目が変わった奴もおったのぅ」
 (どうしてそういうことには気が付くのよ!)(注6)
 「そ、恒例の夏休み明けのイメチェンさ。見ろよこれ、ミサト先生とリツコ先生、マヤ先生も大人の魅力だよな〜」
 「おお!ええのう! く〜やっぱり大人の魅力はたまらんのぅ〜」
 (大人。そう、鈴原は大人っぽいのが好みなのね)



 こうして、恋する乙女ヒカリはまた新たなる決意を胸に秘めそっと教室を後にするのだった。

 しかし、ヒカリにとって残念なことに二人の会話はまだ続くのであった。

 「でもトウジ」
 「何や?」
 「トウジはケバイ化粧してるの嫌いだろ」
 「ああ、わしはああいうのは好かんのう」
 「トウジは委員長みたいなのが好みだからな〜」
 「な、何を言っとるんや!何でさっきから委員長が出てくるんや!?」
 「言ってもいいのか?」

 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべてこっちを見るケンスケに対して

 「・・・・・・言わんでええ」

 顔を紅くして染め、横を向いたまま憮然として答えるトウジであった。
 ケンスケはそれを見ると更に邪悪な笑みを浮かべ1人で喜ぶのだった。




 頑張れヒカリ! 負けるなヒカリ!(笑)





 取り敢えず、2−Aの生徒にはしばらく平穏な日々はなさそうだ・・・・・(爆)




 合掌2。





 そして今日もシンジの後をつける影があった・・・・・







注1 校内アンケートは新聞部が行っている公式なもので、校内ランキングはケンスケが個人で編集しているものである。まあ、ケンスケは正式な新聞部ではないがしっかりと協力しているのは皆さんの想像通りです(笑)
注2 無論、そこにあるのは逃げるシンジ、追いかけるマナ、切れるムサシ、うろたえるケイタである。
注3 つまり、実験の後片付けの為にマナたちは出遅れたのだ。決して作者が存在を忘れていたからではない(爆)
注4 屋上はシンジたち以外誰も使っていないので、実質専用スペースになっている。
注5 本業は謎
注6 そりゃ目で見える変化だし。って言うかトウジでも気づくぐらい劇的な変化なんでしょ、きっと。

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後書き
 レイとシンジが出てこないとお嘆きのあなた! もう少しお待ち下さい! え? どれくらいかって? そうですね〜作品の中の時間で1週間くらいでしょうか? 9月1日から数えてですから9月8日頃からですかね。それまではヒカリとか他のキャラだと思いますので気長に待ってて下さい。いきなり日数がたつこともありえますので(笑)


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