Re: piece to Peace ( No.1 ) |
- 日時: 2013/09/08 10:41
- 名前: calu
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「碇くん、お願いがあるの」 シンジは危うく両腕に抱えた山積みの本を落としそうになった。 理由は明快だ。なんせレイが返事以外の言葉を初めて口にしたのだ。 廃墟と化したネルフ本部の図書館で、散乱した大量の書籍と格闘すること2時間あまり。レイが 好みそうな本をシンジセレクションとして、この掘っ建て小屋のような場所に届けはじめて1週間 が経過した。漸く感じることのできた手応えに、飛び上がらんほどに高揚した意識を汀で押さえた シンジは、首元まで積み上がった書籍越しにレイの姿を凝視した。 (…綾波、どうしたんだろう?) (…若しかして、何か思い出してくれた、とか?) (…それとも…何かほかに読みたい本があるのかな?) (…で、でも……)
仄位い部屋のなかほどで、レイは深紅の眸をシンジに向けている。 射すような視線はいつもよりは心持ち柔かに感じる。が、その顔に表情は無く、真意を読むこと はできない。
(…綾波、なんか、初めて病院で会った時のようだ) (…なにが、どうなっちゃったんだろう…) (…どうして………) (…どう…) (……) (…)
(そ、そうだ、は話を聞かなくちゃ)
視線を落としたレイに慌てて自分を取り戻したシンジは、小屋の中へと歩を進め、抱えていた本を 床に下ろした。
「ご、ゴメンよ、ボーとしちゃって。…綾波、お願いって何?」 「これ」 「えっ? …これって」
シンジの前に差し出されたのは、何の変哲もないラップトップPCだった。しかし、ゴミ溜めから 拾われたようなそのキズだらけのPCは、シンジにとって見覚えのあるものだった。
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Re: piece to Peace ( No.2 ) |
- 日時: 2013/09/11 00:33
- 名前: tamb
- おおっ、Q準拠。そして異様に意味深なタイトル。まずは続き待ち。
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Re: piece to Peace ( No.3 ) |
- 日時: 2013/09/16 09:17
- 名前: calu
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差し込む陽射し 時と共に形を変える影 逃れる陰影 そして光の浸食
光と影が そのバランスを崩落させる瞬間 朝露に濡れそぼった緑
命の息吹が吹き込まれる形骸 原始の色素 際立つ輝き
そこかしこに潜んでいた夜気は、通いはじめた風にその澱とともに霧散した。
儀式の幕開けを飾るように、小鳥のさえずりにも似たピアノの単音が厳粛に響いた。 訪れし朝から産声をあげたヴォイシングが旋律を構成し、次第に空間を満たしていく。 優しいメロディーが、厳粛に解釈されたハーモニーと共に調性を薄めて朝の一部を 構成していくのだ。
「おはよう」 「…………」 「そこは寒いだろう。こちらに来るといい」
わたしは柱の陰からパティオのように天蓋がひらけた空間へと歩を進める。 これで幾度めなのだろう。わたしと同じ眸を持つ少年は、ピアノの前で微笑を絶やす ことなく、灌木の傍に据えられたラタンチェアを指さした。 「ここは気持ちのいい風が通る」 「………」 「ゆっくりは出来ないだろうけど、時間が許す限り聴いてくといいよ」
小さく頷いたわたしは、水色のラタンチェアに腰を下ろす。 朝の風が私の髪をすく。 少年はその笑みをいっそう深くした。
「聴きたい曲はあるかい?」 「……さっきの曲」 「…ああ、あれは―」 「このあいだまで弾いていた曲とは違うわ」
カヲルに生まれた意外な表情は、すぐに元の柔和な微笑に掻き消された。
「…以前弾いてたのが、ショパンの夜想曲第2番でノクターンといわれる曲」 「………」 「そして、さっき弾いていたのは『Quatre Mains』という連弾…二人で弾く曲だよ」 「………」 「…碇シンジ君が」 「………」 「帰って来るからね…」 「…」
風に幾頁か繰られた譜面が囁くように揺れている。
「それで、レイちゃんはどの曲がいいんだい?」 「…ノクターン」
にっこり微笑んだ少年は、そっとその白い手を鍵盤に添える。 切なげな旋律がゆったりと漂い始めると、パティオに差し込む 柔かな陽射しがその輝きを増した。 黒鏡面のなかで踊る白い指。グランドピアノを包み込んだ陽だまりは、 眩げなステージとなり、空間を朝一色で埋め尽くしていく。
少年の想いの丈の解釈は、たったひとりの観客のために。
少年は想う。 時が満ち、新たに始まりし胎動。 きたるべき出会い、そして別れを。
少年は想う。 ラタンチェアに体を委ね、穏やかに瞑目している少女の宿命。 エヴァの呪縛とやがて訪れし解放を。 気の遠くなるまでに繰りかえされた旅の終焉を。
だが、安心するといい。 碇シンジ君が一緒だからね。 そう、きみは…。
この瞬間の旋律は、この少女の為だけに。
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Re: piece to Peace ( No.4 ) |
- 日時: 2013/09/16 09:25
- 名前: calu
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確かに見覚えがあるのだが、どうにも思い出せない。思わず手にとってさまざまな角度から確認 したい衝動にかられたが、いまはそんな事をしている時ではない。
「な、なんか古、いや旧式のPCだけど…これを、その、どうするの?」 「………」
いやな予感がシンジの胸にはらはらと積りはじめた。まさかこれを修理してとでも言われるのでは なかろうか。確かにここでは時間は、幾らでもあるように思える。が、それ以前の問題として、その、 修理というものが生来苦手なのだ。長年連れ添ったS−DATさえピアノ弾きの渚カヲルという少年 に直して貰ったほどだ。ただ時間を掛ければ成し遂げることが出来る、というものではないのだ。 そうだセンスだ。つまるところセンスの問題だと思うのだ。センスというのであれば、料理なら少 しは自信はある。ブイヤベースだろうがエスカリバーダだろうがタコ焼きだろうが富士宮やきそばだ ろうが。そうだ、人には得手不得手があって然るべきなのだ――。
「…ねっとにつなげたいの」 「……へ?」
「…ねっとにつなげたいの」 「…え、でも」
予想だにしなかった類のお願いごとだった。この世界に生き残ったネットワークがあるとでも言う のだろうか? 14年間の空白、そして覚醒してからの軟禁状態により、世界の状態を正確に理解し ている訳ではないが、ここネルフ本部のありさまを見る限り、現実性に乏しいことのように思える……。 加えて、レイがインターネットに興じている姿を過去に見たことは無い。…勿論、14年前までと いう条件はつくのだけれども。
「ねえ綾波、その…ネットに繋げて何をしたいのさ?」 「…お買いもの」
は……い?
「……な、何を? その、買いたいって―」 「これ」
レイがカンペのように掲げたのはショパンの楽譜。そして、それはラップトップよりもさらに草臥れて いるように見えた。まるで百年後に掘り出された宝箱から取り出されたもののように。 (……つまり) (…通販で、楽譜が欲しいって…ことなのかな?)で、でも。
「…あの、綾波ぃ」 「…何?」 「その、インターネット通販で楽譜が欲しいってことかな?」
幼女のように頷いたレイにシンジは頭を抱えこみそうになった。 若しかして若しかして、地平線の向こうには人間社会が生き残っていて、 若しかして、この一帯だけがサードインパクトで壊滅的な打撃を受けたいて、 そして、ネットワークを通じて需給関係を成り立たせている人間社会が残っているとでも!? もっと言っちゃえば、シンジだってアマゾンで欲しいものは山ほどあるのだ。
…いや冷静になれ。……そんなことは有り得ないことだ。
「ね、ねえ、綾波」 「…何?」 「その、インターネット通販だけど…どうやって知ったの?」 「引き継いだの」 「…へ?」
誰から? という問いに顔を俯かせてしまったレイにシンジは慌てた。 ようやくレイが口を開いてくれたのだ。 蜘蛛の糸のようなコミュニケーションでも、途絶えさせたくはない。
「わ解ったよ、綾波。とにかくやってみるよ」
ふたたび目線を上げたレイには、やはりと言うか表情は無かったけれど、凹んでいる場合 ではない。シンジはくすんだ銀色のラップトップを開くと躊躇無く起動ボタンを押す。石臼 が廻るような絶望的な音を撒き散らし立ち上がるラップトップPC。その画面上には見たこと もないような記号と数字が不吉な影を積み上げていった。
「碇くん、これ」
シンジに差し出されたのは一本の古ぼけたLANケーブル。ケーブルの先は部屋の隅に整然と 置かれた段ボールの下に潜りこんでいる。懐かしいアイテムだったが、WiFiなど期待できるも のではないのだろう。それにしても起動に時間がかかる。小刻みに震えるラップトップと一向 に変わる様子のない画面に、シンジはテンポの良い展開を諦めた。床にどっかと腰を落ち着け ると、それに倣ってレイも隣にペタンと座り込む。が、シンジの肩越しに画面を覗きこもうと するレイとの距離はあまりに近く、どうにもシンジは落ち着かなくなってきた。
「…碇くん」 「……」 「…碇くん」 「……へ?」 「…?…」 「ご、ゴメン、な何かな?」 「PINコード」
ディラックの海に首までとっぷり浸かっていたシンジは、辛うじて現世に意識を引き戻す。 呼吸を整え煩悩を払うと、レイの指さす楽譜の裏表紙に走り書きされたPINコードをあやし げな指使いで入力した。Enterボタンを押す音が木霊する。 「…た、立ち上がった」 「ここから先に行けないの」
IEのアイコンをクリックしての『Internet Explorer ではこのページは表示できません』の メッセージは想定内だ。続いてマイコンピューターをクリックする。
「…あった」 「……」
それらしきショートカットアイコンが貼付されている。NERV Net。イントラなのか? だとすれば、廃墟同然とはいえネルフという組織が残存している以上、イントラネットも 生きている可能性は高い。高まる鼓動に背中を押されるようにそのアイコンをシンジはダブル クリックした。
『接続しようとしてエラーが発生しました。ネットワークパスが見つかりません』 それほど甘くは無いということだ。
「…ダメ?」 「いや、何となくわかって来たんだけど…ちょっと設定を見てみるからさ。綾波は本でも読 んでてよ」 「…うん」
小さく頷くとシンジが持ってきたばかりの雑誌を手に取り、部屋の隅に腰を落ち着けた。 その雑誌―エル・ア・ターブルの表紙を飾っていたのは涼しげなカルパッチョ。 横目で見ていたシンジのお腹は素直に反応し、今や忘却の彼方に置き去りにした料理とい うものに、そして当時の団欒に刹那想いを馳せてしまった。 ココに来てからの食生活―ただ生体維持の為の捕食作業―は、遠い記憶の中に残存している イメージとはほど遠いものだ。 …もし本当に買いものが出来るんなら。
ここで暮らすようになってからどの位の月日が経過したのだろう。かつての記憶全てを喪失 しているようにも思えるレイの様子に戸惑いながらも、あの戦いで助け出していたという事実 だけがシンジにとっての励みであり、また困惑だらけの現実を生きていく糧となっている。 それでも、現実をよりよい明日に繋げるための希望が欲しい。その想いは日々強くなり、そ れは当然にレイ無しには考えられない希望だった。かつての味噌汁やお弁当のように食事を作 る事ができるのであれば…。 今、シンジは一つの道標を胸の中に持つこととなった。 …一歩一歩進んでいくしかないってことか。 …時間はかかるかも知れないけれど。それでもいい。 …いつかは、いつかは綾波を取り戻すんだ。
そのために今はこの作業を成功させなければならない。 まるで臨時にあつらえた更衣室にも見紛う小屋からは、シンジのキーボードを叩く音が 間断無く響いた。
「…おかしいなあ」
どのくらいの時間が経過したのか。プロトコルの確認、BIOSの点検から始まり考え られることは全て試みたのだが、ダメだった。ここまでくると考えられることは、もっ と根本的なコトだった。 ネットワークなど何一つ生き残ってはいないということ。先のサードインパクトに より、人類社会が地上にもたらしたインフラというものは全て失われたということ。 そして、それはサードインパクトという災厄によってもたらされた――。
絶望的な溜め息とともに立ち上がった時に、シンジはあろうことかラップトップを 落っことしそうになった。床に落ちる寸でのところで銀色の筐体を掴んだが、ふと見 るとルーターに接続されている筈のケーブルの反対側のコネクターが段ボールの傍に 転がっている。PCを掴んだシンジに引っ張られたのは解るが、この程度で普通は外れ たりはしない。
何てことだ。最も基本的なチェックを怠っていたのだ。 シンジは逸る気持ちを抑えに抑え、部屋の隅にある段ボールを動かし開口部を覗き 込むと、果たしてそこには場違いなほどに幾多のアクセスランプが煌びやかに瞬いて いる。表情を明るくしたシンジが、慎重に空いているジャックにLANケーブルに差し込 むと、PCのLANコネクターが感動的に瞬きはじめた。
「あ、綾波ぃ!」
満面の笑顔を向けた先で、レイの反応は無かった。 慌てたシンジがレイに擦り寄り顔を寄せる。と、聞こえてきたのは穏やかな寝息。 ホッとしたのも束の間、シンジは注意深くレイの様子を伺った。そうだ、この少 女には昔から何故か不安が付きまとっていたのだ。その張本人のレイ。シンジがコ コに来てから初めてとも思える穏やかな表情を浮かべている。一頻りレイの寝顔を 見ていたシンジは、我に返るとタオルケットをそっとレイに掛けた。目覚めるまで 横にいたい衝動に駆られたが、シンジにはまだ残された仕事がある。レイを起こさ ないように静かにPCに擦り寄ると、NERV Netのアイコンにカーソルを定める。
全てはここから始まるのだ。
「よし、Let`s Access!」
- Internet Girl -
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Re: piece to Peace ( No.5 ) |
- 日時: 2013/09/22 22:16
- 名前: tamb
- 前にも書いたんだけど、やっぱり一定の技術と文明を維持した社会ってのがあるんだよ。
そうじゃないとネルフもヴィレも維持できない。両方とも生産性のない組織なんだから。 いや待てよ。例えばヴィレの下部組織が農場をやってるとか?
それはそれとして、だからネットワークそのものは、驚異的ではあるかもしれないけど、 あって不思議ではない。アマゾンは厳しいかもしれんが。
本当の自分探しとかとは別の意味で、自分が自分になる、という言葉を考えた場合に、 アヤナミレイはシンジがいて綾波になると捉えることができるかもしれない。それが本当 の綾波なのかは別問題だけれど、本当の自分というのは自分で定義するしかない以上、本 当の綾波という言葉に意味はない。それは彼女が自分で決めるしかないことだから。
ここに描かれている彼女はアヤナミレイというより綾波レイに見える。ただ私はアヤナ ミと綾波を厳密に区別していない(二人目と三人目を厳密に区別しないのと同じ)ので、綾 波に見えるというよりシンジの側にいると彼女はこんな雰囲気になると捉えるのが近いか もしれない。必ずこうなるわけではないというのはQでも本編でも同じ。だから女の子っ て難しいよね、という結論に達することすら可能かもしれない。
問題は、引き継いだ、という部分だと思うけれども、シンジ君が懸念するように事を急 いで蜘蛛の糸をわざわざ切ることもないだろう、と。
さて、この話はこれで終わりなのだろうか。続きが読みたいところだけれど。
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Re: piece to Peace ( No.6 ) |
- 日時: 2013/09/23 01:40
- 名前: calu
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オレンジの帯 浮上する地平線 広がる世界 波動がすべてを目覚めさせていく 再生された魂が 少しづつ世界を埋めていく 新たな鳴動はわたしを追い越し わたしの色を溶かしはじめる わたしとの境界が解らなくなる わたしと世界との境界が消えてなくなる わたしが消える そうしてわたしは眠りにつくの 誰かがわたしを呼んでいる 碇司令 命令 違う 誰? だれかいるの? ダレカイルノ? あなた 誰?
「レイ」 「…はい」 「この位で良いだろう。傷は癒えた」 「…はい」
わたしはLCLに濡れそぼった身体をバスタオルで拭い、いつもの手順で下着をつける。 真新しい制服を着用しリボンを結び、踵を返した司令に従い歩を進めたところで、視界 の中の司令の背が不自然に歪んだ。
「レイ!」
たたらを踏んだわたしは、倒れ臥す寸前に抱きとめられる。 白濁と漆黒がめまぐるしく錯綜する頭蓋の中で何かが解除された。意識が沈んでいく。 声が出ない。司令の声が遠い。
「レイ、大丈夫か?」 「…………」 「レイ!?」 「…………」
禊を終えた木の葉が舞い落ちるように。沈んでいく。深いところに。どこまでも深く。
遠くでわたしに語りかけている。ピアノの旋律。ショパンの夜想曲第2番。 網膜に映った白い混沌が淡い輪郭をつくり、やがて良く知る天井を構成する。 無機質なパイプベッドの上で、わたしは自らの認識番号を反芻する。ゆっくりと。 とてもゆっくりと。現実がわたしの周りに色を落とし始めたとき、聞き慣れたトーン の声が灰色に濁った室内を揺らした。
「いつまで彼女にこんなことをさせる積りですか?」 「知れたことだ。ゼーレのシナリオ、その遂行の日までだよ」 「とても彼女ひとりではもたないと思いますが?」
…彼女。…わたし?
「君も理解していると思うが、今この施設は最小限の人員で稼働している。それこそ定義 化出来るありとあらゆる部分をシステム化してな…ところがここネルフ本部には旧来から 持つアキレス腱がある」 「対リリン、ですか」 「そうだ。…対人要撃システムの不備。これだけは何故かゼーレより承認が下りなんだ。 よって有人警備に依らざるを得ん。それは保安諜報部無き今も変わらん」 「……」 「だが、ニア・サードインパクトで大きなダメージを受けたとは言え、一部の迎撃システ ムはまだ生きておる。よって排除すべ侵入者は重火器を持たないリリンだけだよ。そして、 そのためのアヤナミシリーズでもある」 「それでは昨日のような状況は想定外だったということですね。ヴィレの侵入者はハンド キャノンまで携行していましたからね。…そして今や彼らには『綾波レイ』の外観はどの ような作用も期待など出来ない」 「…その通りだよ。それでも寸でのところで君のATフィールドで彼女は救われた。礼を言う」 「それも確信があっての結果ではありません。それが証拠に彼女はあの通り重傷を負って しまいました。僕は僕で常に畏怖とDSSチョーカーを持ったリリンにつけ狙われている状態 ですからね。今から起こる事を考えると、あるいは複数体での編成も考えるべきかも知れ ません」 「君の言ってることは解るよ。が、それは無理だ。引き継がれてこそのアヤナミレイだよ。 コピーのコピーはパイロンにもならん。それは君が一番良く解ってい――」
音もなく戸口に立ったわたしに、わたしと同じ眸を持つ少年はしばらくわたしに視線を 留めた後、にっこり微笑み部屋を後にした。仄暗い通路に吸い込まれるように少年は姿を 消した。向き直ったわたしに副司令から掛けられた幾つかの言葉に頷いた後、わたしはそ の部屋を後にした。身体が回復した今、わたしが足を向ける場所はただ一つ。あの待機場 所に向けて澱みなく歩を進める。あの男の命令を待つためだけの場所に向けて。 レイの背を見送った冬月は、億劫な様子で椅子に腰を落とす。金属が擦れる 嫌な音に被さった深い溜め息が長く尾を引いた。
「…せめて」そうだな。「……ATフィールドか」
打ち捨てられたような貧弱なパイプベッドが軋みをあげたような気がした。シーツの上 には血痕の跡も生々しい包帯が残されている。
「…私としたことが、考えてみても栓無い事を……レイは」
「……心を持たないのだからな」
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Re: piece to Peace ( No.7 ) |
- 日時: 2013/09/25 21:02
- 名前: のの
- ほんとう、おもしろくって腹立つなあ!
というのが、感想です。 え、だめですか。
うんっとね、シビアなQの物語を語り出したその腕力に、僕は嫉妬しておるわけです。 こちとら、嫌でもQの影響で、どう語るか考えて麻痺しちゃってるわけでして、そんな身からすると嫉妬しかないっすわーもー。
というわけで、めっちゃ楽しみにしてます!
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Re: piece to Peace ( No.9 ) |
- 日時: 2013/10/06 03:23
- 名前: tamb
- いいですねー。わくわくする。
引き継がれてこそのアヤナミレイ。 心を持たない
では心と魂の関係性は。
AAAヴンダーだかなんだかがそれなりに稼働しはじめたということは、ネルフ本部も危う いかもしれんですな。
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Re: piece to Peace ( No.10 ) |
- 日時: 2013/10/07 11:38
- 名前: calu
- ▲▽▲▽ ▲▽▲▽
かれこれ小一時間は歩いているだろう。いや、歩いているというより迷っていると言うべき か…。思わず愚痴が口をついて出そうになったが、勿論そんな場合では無い。が、しかし仄暗 い曲がり角を進んだところで、その先の天井が崩れ行き止まりになっているのを目の当たりに すると、流石に閉口してしまった。
「ここもダメなのか……ごめん、綾波。またさっきのブロックまで戻らないとダメみたいだ」
1メートルほどの間隔を開け、シンジに従うように歩を進めるレイの表情から何かを読み取 ることはできない。中学校の制服に身を包み、淡い緋色の眸をジッとシンジに向けている。宝 物のように古い楽譜を大切そうに胸に抱きかかえて。
「この方向で合ってると思うんだけど…」
今、僕達が向かっているのは嘗てよく通った購買部のあった場所で、この出処がネルフのイ ントラであることは言うまでもない。 NERV Netは生きていた。ログインすると部署ごとにアイコンが整然と並び、ニア・サードイ ンパクトという災厄を越え、いまだネットワークが残存するネルフという組織、そしてその規 模に今更ながらに驚いた。 総務局、技術局、作戦局、保安局の他、耳にした事のない部署もある。そして中でも特に目 を惹いたのが、ひと際大きく瞬く『購買部通販係@NERV本部』のアイコンだったのだ。誘われる ままにそのアイコンをクリックすると、ようこそ購買部通販係へ、のタイトルに続き、これまた カラフルなアイコンがノイハウスチョコよろしくPCの画面いっぱいに拡がった。 特売コーナー、食品コーナー、衣料品コーナー、文具コーナーなどなど、流石の品揃えを誇 っていたということだろうか。そしてそれは勿論、ニア・サードインパクトまでの話だとは思 うのだけれど。 憑かれたように各種コーナーをチェックしながら画面をスクロールしていくと、運よく現れ た書籍コーナーのアイコンに、ヨシ、と思わず独りごちる。兎にも角にもレイが希望する楽譜 を見つけるのが先決だ。それから時間を経ずして楽譜コーナーに辿り着くという僥倖を得たも のの、リンクからジャンプした先には、打って変って無機質なページにただ一文の注意書きが 浮かんでいるだけだった。
『こちらの商品をご希望の方は、ご来店の上コンシェルジュ(高雄一尉)にご相談ください。 総務局三課』
五分くらいかけ、自販機が倒壊するリフレッシュコーナーのあるホールまでシンジとレイは 戻って来た。ホールに据えられたベンチに腰を下ろすと、シンジは本部内マップを広げ、一息 を吐く間もなく早速次なる通路のチェックをはじめた。
「あ、僕だけ座ってゴメン。隣に、その、綾波も座ってよ」 「うん」
とても素直だ。しかし、少々素直過ぎた。レイはシンジの隣に腰をおろした。シンジの言葉 通りに、一切の間隙を空けずに。まるでシンジに身体を密着させるように。 ちょっとした小爆発だ。殆ど条件反射的にレイを見返るシンジ。が、ほっぺがくっつきそう な距離でシンジをジッと見つめるレイとモロに目が合ってしまい、頸椎が損傷するくらいの勢 いで前方に視線を戻すこととなる。瞬時にして顔面はトマト色に熟し、更に追い打ちをかける ようにシンジの鼻先を掠めた甘美な匂いに、地図上で必死になって追っていたルートはいとも あっさりとロストされた。
だだだだめだよ、綾波。これはマズいよ。反則だよ。
何が反則だか解らないが、とまれシンジはコード777でモードを反転させたような速さで左手 を開閉し必死に心を落ち着けようとした。前方を睨み据えた状態のまま数十回、いや百八回位 開閉したところで、縋る藁の如く頭に浮かんだ問いかけをレイの頭上に放り投げた。
「ね、ねえ。あ綾波はさ、購買部に行ける秘密の通路なんて、その知らないよね?」 「命令……なら」
こっちよ、とスタスタ歩き出したレイの背を弾かれたように追いかけるシンジ。そんなシンジ に構わず歩を進めるレイは、錆がこすれ合う鈍い音をたてて開け放たれた非常口のドアの中へと 背中を消した。
「ちょっ、と、待ってよ、綾波ぃ!」 「碇くん、こっち」
なんなんだよ〜綾波ったらもおっ! 知ってるんだったら、知ってるって言ってくれればいいのに! そしたら、あんな無駄足を踏まなくても済んだんだし…。 でも……。命令ならって言ったよな………何か昔もそんな事言ってたような気がする。 どうしちゃったんだろう…。やっぱり、以前の記憶無くしちゃったのかな…綾波…。
階段を駆け下り、いくつかのドアを抜けたところで見覚えのある情景が広がった。 幾つもの亀裂が走る壁面に続くガラスショーウィンドウの形跡。勿論殆どガラスシールドは 脱落しているものの、続く出入り口の向こうには暗澹たる空間が大きくひらけている。 懐かしい。ここは社員食堂だ。確か、綾波とも何度か来たっけ…。だとすると、ここだ。あった!
シンジが思いがけず叫びそうになったのは、その廃墟然となった社員食堂の奥、かつて購買 部だった場所に、煌々と灯る明かりを見つけたからだ。
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Re: piece to Peace ( No.11 ) |
- 日時: 2013/10/10 23:13
- 名前: calu
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「出撃? 出撃させるのか、レイを?」 「…ああ」 「Mark09単機でか? …ネーメズィスシリーズも付けずに、いささか無茶ではないのか?」 「………」 「ヴンダーの主機システムは、いまやあの初号機なのだぞ。それにヴィレ艦隊がヴンダーに近 づく敵を黙って見ているとは思えんがな……碇…まさか、お前」 「…今回の作戦の目的はあくまでも第3の少年の奪取だ。我々が今なすべき事。それは最後の 執行者の為の道具を集めることだ」 「…ふむ」そうだな。「だが、AAAヴンダーだぞ。どうやってあの巨大な艦内から第3の少年 を捕捉するのだ?」 「…問題無い。レイがいる」 「ふっ、そうだな。その為の綾波レイでもあるという事か。やれやれ、全てのモノは道具に過 ぎん、という訳なのだな…」
出撃は司令から直接下命される。私は明朝0700の作戦開始時間のみを受電すると旧式の黒い 受話器を置いた。ブリーフィングの30分を考慮に入れれば、0630に司令室に出頭していればい いということになるが、出撃時間が0800より早い場合は、司令室にほど近い嘗ての適格者専用 待機室で夜を明かすのが習わしとなっていた。今夜はその待機室のベンチで仮眠を取ることに なるのだろう。以前は付属されていたといわれる『サウナ』という機能をわたしは知らない。 待機部屋の中を一頻り見渡し、整理すべきものを確認する。それは、わたしが帰ってこれな かった時のために。 軍務規定をはじめとする従軍に関してのファイル、生活面でのファイル等々。そしてこの銀 色の筐体を持つラップトップPC。わたしがアヤナミレイとして生を受け、物心ついたた頃に司 令から手交され、以来肌身離さずに持ち歩いてきたものだ。が、わたし自身が使用した事も無 ければ、特段何かの作業に使用した記憶もない。だが、いずれにしても、これも次のわたしへ と引き継がれるべきものだろう。 身の回りのものを公私かき集めても小さなカートン1個で事足りた。そのカートンを部屋の 隅に置き、待機部屋の灯りを落とす。部屋を出る時に、別のカートンに無造作に放り込まれた 小さな制服が目に留まった。3つの異なるサイズの制服は薄っすらと埃をかぶっている。 伸ばそうとした指先が空を泳ぐ。
「……また」
降りかかった理解の及ばない苦しみに、わたしが出来ることはただ両の手で胸を押さえるこ とだけ。ひびだらけのガラスが際限無くわたしの手に零れ落ちるような気がした。
わたしは待機部屋を後にすると、司令室とは反対の方向に足を向けた。わたしには適格者専 用待機室に向かう前に訪問すべき場所がある。
夕間暮れ。浄化の炎にも似た斜陽に洗われていた巨大な空間は、今や負を孕んだ夜気に満た されようとしていた。徐々に巨大なる廃墟がその本質を際立たせ始めた暗澹たる空間。そこに サーベルを差し込むように伸びているのは、アンビリカル・ブリッジのなれの果て。 ケージの底で眠りにつく漆黒のグランドピアノに夜風に薙がれた灌木が静かに寄り添ってい る。レイの指定席だった水色のラタンチェア、その姿は見えない。
「降りておいで。話があるんじゃないのかい?」
諦めたレイが踵を返すのを待っていたかのように掛けられた声。早暁のイメージのままに曇 り一つない声が刹那夜気を霧散させる。その声の主は、レイが今一度振り返った先、グランド ピアノの傍にいた。灌木の脇にはいつの間にか夜目にも明るいラタンチェアまで登場している。
「どうしたんだい、こんな時間に?」 「明朝、出撃。だから…」 「…碇シンジ君、だね」 「……」 「いいかい。ポイントは二つ。Mark09に乗ったらAAAヴンダーでの長居は禁物だよ。でも心配 しなくていい。碇シンジ君のいる場所は、ヴンダーに辿り着きさえすれば教えて貰えるからね」 「…教えて貰える?」 「そう、君はただヴンダーに辿り着きさえすれば良い。あとは自分自身に素直に従う事だよ。 それで道は拓けるからね」 「……」 「そして、二つ目のポイントは、二人とも無事にココに帰ってくること。それはとても大切な ことだよ」 「……」 「碇シンジ君はとても重要な存在だからね。ここにいる皆だけでなく、もちろん君にとって もね」 「……」
「それじゃあ、君と碇シンジ君が無事に帰還することを祈念して、一曲弾くこととしよう」
あまりに儚い夜を描いた フレデリック・ショパンの旋律は 空に撒かれた宝石を拾いあつめるように 渚カヲルの手から 二人へと紡がれた そして、内奥に封印されたもう一つの想い 嘗てゼーレの子供たちといわれた者たち その偽りの魂に
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