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piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。



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Re: piece to Peace ( No.72 )
日時: 2016/05/14 11:02
名前: calu

         
      ■□■□ ■□■□




 ネルフ本部のかつての正面玄関だったメインゲート。その崩落した外観からは以前の面影を見る
ことのできないそのメインゲートからジオフロントへと一歩足を踏み出すと、容赦なく降りそそぐ陽射し
が肌を刺した。囲われたジオフロントの中だけに僅かに残された緑に敷かれた小路をレイは歩いている。
その細い身体を制服に包み、やや俯き加減に、厳しい陽射しだけが降りそそぐ音のない世界を歩いて
いた。なだらかな緑の丘陵を進むと、やがて小高い丘の頂上に出た。ここから中央病院が一望できる。

(…あのとき、ストライカーが現れたところ)

 丘の上で静かに足を止めた少女の足元で、白い靴に当たった小さな石が転がった。レイは眼前に
広がる光景を緋色の眸に映した。
 記憶通りの場所に中央病院はその姿を残している。しかし、かつての外観を留めてはいなかった。
激しい戦闘の傷跡も生々しい建物は半ば崩れ、白い壁面だけが以前と同じように陽光を反射させて
いる。桟が拉げた窓のガラスの多くは失われ、病院とは趣を異にする瀟洒な正面玄関は無残なまでに
破壊され、かつての面影を残していない。

(…………)

 そして違和感を感じる最たるもの。中央病院の正面玄関からレイが今立っている高台の間が、まるで
巨大な爪に抉り取られたように大きく陥没していた。正面玄関前に位置する駐車場は悲惨なまでに粉砕
され、抉られた大地は黒々とした大地を不吉に剥き出している。

「…A.T.フィールドで、ここまでの…」

 丘の上に立ち尽くすレイのスカートの裾が風に揺れている。しばらくしてふたたび歩きだしたレイは
迂回して中央病院へと歩を進めた。あの日シンジが眠っていたあの集中治療室へと。



 誰もいない病院内は狂気にも似た明るい光に満ち溢れていた。銃撃跡が著しい壁面そしてリノリウム
の床面は激しく損傷し、いやがうえにもあの日の記憶をレイに蘇らせる。息苦しい、胸が締めつけられ
るように感じる。それでも、レイはココに帰ってこない訳にいかなかった。終わっていない。そう、レイの
中ではあの日はまだ終わってはいない。

(…そう、ここが)

 加賀にとって最期の場所。レイを庇って無数の銃弾を受けた加賀は即死だった。それでも、死して尚、
盾となり敵の銃弾からレイを庇い続けた。そして、もう一人の衣笠に至っては、その最期さえレイは
知らないのだ。たったひとりでSBCT機械化歩兵部隊と対峙した衣笠は、自らの一命を賭して会敵した
に違いない。そして、大地を揺るがす爆発。恐らくは、あの時に衣笠の命は潰えた。

 柔かな陽射しが銃撃によるスパイダーネットだらけのガラス越しに差し込しこんでは、無機質な室内に
様々な模様を描いている。その中の一角、加賀の最期の場所に、誰が手向けたのかワインと花が
添えられている。レイは膝を折り祈りを捧げた。

(…加賀一尉、衣笠一尉……わたしは)

 別れの言葉さえ。
 
(…わたしを助けるために志願したという本当の理由)

 それさえも。

(……このわたしの為に)

 …なぜ?





 何かが祈りを捧げるレイの耳朶をついた。顔を上げたレイは耳を澄ませると、腰を上げた。

「…ピアノ?」

 間違いない。ピアノの音だった。この病棟が閉鎖された事、そして入院患者の別棟への移管が
終了したこともユキから知らされている。だから、今この病棟には誰もいない筈だった。

(…ショパン?) 

 それでも柔かなタッチで醸し出される哀しげな旋律に惹かれるように、その音の源へと足を進
めるレイ。
 
(…千代田婦長? ……いえ、違うわ)

 シンジがいた集中治療室に面した小さなパティオ。くり抜かれたような中庭に、天蓋から色とりどりの
間接光が織り込まれた陽射しが降りそそいでいる。どことなく地中海の昼さがりを思わせるそのパティオ
に据えられた白いアップライトピアノを演奏しているのは若い女性だった。

(………)

 降りたつ陽光が白いピアノの鏡面、そしてオフホワイトのブラウスを身に纏う女性を天使のように輝か
せている。初めて耳にするなめらかなタッチと複雑なリハーモナイズから生まれる優しい旋律に、パティオ
の入口でレイはただその美しい音階に耳を傾けた。

「…ショパン…ショパンの別れの曲」

 旋律の終りにそっと被せたヴォイシングが静かに尾を引いている。
 
「加賀さん、そして衣笠君はこの曲が好きだったわ…」

 パティオの床一面に貼られたテラコッタタイルにヒールの音がコツリと響いた。ピアノの椅子を引き、その
入口に佇むレイを見返った女性に面識は無い。それでもコバルトブルーのフレアスカートに白いブラウス
を合わせた、どこかいたいけな少女の面影を残すその女性とは、どこかで会った事があるような気がする
のはどうしてなのだろう。

「…あなた、誰? …どうして、加賀一尉と衣笠一尉のことを」
「仲間だったから。あたしの大切な」

 ニコッとレイに向けられた暖かな笑顔。それは、短かったけれど関わり合った時間の中で、加賀そして
衣笠から感じ得たものと同質のものだった。上手く言葉では言い表せないけれど。

「…仲間…総務局の?」

 首を横に振った女性はその黒目がちな眸をまっすぐレイに向けた。 

「ううん、総務局ではないわ」
「加賀一尉は、かつて諜報二課にいたと言ったわ」  
「…そっかぁ…加賀さん、レイちゃんには話したんだね」
「………」
「あたし達は、諜報二課のメンバー」
「? …今は存在しない組織だわ」
「そう、表向きはね」
「………」
「…十四年前のニア・サードインパクトの後に発令されたA-801。ネルフの指揮権がゼーレに移譲されて
からの戦自の動きは早かった」
「………」
「…あの戦いで、真っ先に標的にされたのが、警備局そして保安諜報部だった。そして、諜報二課も例外
ではなかったの。…でも」
「………」
「…最後にあたし達を守ってくれたのが、同じ二課の別働班と言われるもう一つのメンバーのみんなだった。
それまでは彼らとは反目ばかりしてたけど、最後はエヴァを動かすことのできる適格者の守護を生業とする
あたし達を生かすために、自らが盾になって戦自に立ち向かったの。そして、全滅した。その圧倒的な
火力によって、彼らは諜報二課の名とともにこの世から抹殺されたの」
「あなた達は…」
「…二課ガード班。適格者の為だけに生かされたガーディアン。だから、レイちゃん…あなたのことも、ずっと
昔から知っているわ」
「……でも、解らない。あなた達がどうしてわたしを助けるのかが」
「…レイちゃん」
「わたしはあなた達にとっては敵だったゼーレによって仕組まれた子供のひとり。…なのに」
「あなたは死ぬわけにはいかないの。今、話すことはできないけど、理由があるの。…だから、あたし達は
あなたを守りぬく必要があるの」
「でも、わたしに残された時間は多くはないわ。そして、今はただ排除されるのを待つだけの存在…わたしに
そんな価値は無――」

 白い羽衣がふわりとそよ風になびいた。次の瞬間、レイはその女性の胸のなかにいた。保安諜報部の生き残り
という壮絶な経歴からは想像できない華奢な腕にしっかりと抱かれたレイ。その暖かさはブラウス越しに感じる
体温だけではなかった。 

「…加賀さんと衣笠くんのこと、辛かったね」
「………」
「受けとめれないよね…だから、またここに戻ってきたんだよね」
「………」
「…でも、レイちゃんにしか出来ない事があるの」 
「………」
「…シンジくん、よ」
「……わたしは…わたしは、碇くんを絶望させるだけの存在」
「それは…それは違うわ」
「………」
「…いつか解る…そう、解るときが必ず来るわ」










 小さなパティオに、天蓋から夕間暮れの光が差しこんでいる。冷え切ったテラコッタに据えられた
白いアップライトピアノから流れる旋律は天蓋から天空へと吸い込まれていく。

(…彼女はなにも変わっていなかった)
(…レイちゃんに会って、あなたの想いを改めて理解したわ)

 忍び寄る夜が世界を覆いつつある。迫りくる闇が真っ赤に燃える夕陽を浸食するにつれ、白い湖
そのままのピアノの鏡面を染めていた朱が深くなっていく。

(あたし達は既にプロセスに入っている)
(そして次なるマイルストーンはすぐそこにまで迫っている)
(あなたとの約束は、成し遂げてみせるわ……この一命にかえてでも…)
(……でも、レイちゃんにとっては、辛く永い旅がはじまるわ)

 奇跡のように降りそそいだ希望
 またひとり、エヴァの呪縛を背負いし少女 
 その過酷な運命へ

(…それでも)

 そして、かけがえのない仲間達へのレクイエム
 白亜のピアノから綴られるのは永遠とも思える旋律

(…渚くん…これでいいのよね)



Re: piece to Peace ( No.73 )
日時: 2016/05/14 16:05
名前: 史燕

○caluさん
新作投稿お疲れ様です。
最近は謎だらけで頭の中が「?」ばっかりになっております。
それに……重いです。
レイ(今回の話の方の)にとっても、読み手にとっても。
彼女に託された沢山の人の想いは、そして彼女自身も知らない自分の価値とは。

続編お待ちしております。
Re: piece to Peace ( No.74 )
日時: 2016/05/25 22:51
名前: calu


史燕さん
読んでいただき有難うございます。
少しづつ、ですが明らかになっていきます。
そしてわたしのゴールも近づいてきました。
Re: piece to Peace ( No.75 )
日時: 2016/05/25 22:53
名前: calu



                     ▲▽▲▽ ▲▽▲▽


 広大な空間にシンジの悲鳴が木霊した。

 !?

 エヴァ素体の遺骸が散在する地の果てにも思える廃棄場の中を目的の場所へと一直線に進んでいたレイは
空間を不吉に震わせた尋常でない悲鳴にその意識を吊り上げられた。

「碇…くん?」

 後方を見返るや、瞬時に全ての事態を理解したレイは脱兎のごとく駆けだした。そのレイの視線のはるか先
では、溝渠の底、まるで奈落そのままの仄暗いLCLの澱みから不気味に伸びる得体の知れない触手のような
ものがシンジの身体に幾重にも巻き付いている。身体を横たえるシンジは微動だにせず、じわりじわりと溝渠
へと引き寄せられているのが見て取れた。

「碇くん!」

 レイが駆け寄ると、シンジに纏わりついていた触手の一つが軟体動物のように蠢いた。そして、湧いて出たように
レイの外観を構成した。

「碇くん、碇くんを離して」
「ど う し て? 長 い あ い だ 待 っ て 待 っ て ・ ・ そ し て、 や っ と 会 え た の」
「ダメ、碇くんをあなたたちの手に掛らせるわけにいかない」
「何 を 言 う の。 末 っ 子 の く せ に」
「…碇くんを離して」
「今 日 わ た し た ち は ・ ひ と つ に な る の ・ ・ 願 い は や っ と 叶 う の 」
「碇くんを離して!」

 大地が爆ぜたような轟音が広大な空間を震わせた。オレンジ色の煌めきが拡散した次の瞬間、シンジを絡め
取っていた触手のようなものは、溝渠を隔てる通路ごと激しく破断された。轟き渡る悲鳴。焼き切られた触手の
裁断口からは沸騰した体液が吹き出し、主を失った触手はのた打ち回るうちに次々に蒸発し、そして霧散した。

「A. T. ・ ・ フ ィ ー ル ド!? ど う し て、 あ な た が!?」
「あなたには解らない」

 レイの動きは早かった。苦しげにのたうち回るそれの背後から抱きつくや、オレンジ色の壁を二人を取り囲む
ように瞬時に展開させた。レイの腕からこぼれ落ちたラップトップが地面で弾け、楽譜が乾いた音を立てた。

「あ あ な た、 ま さ か!?」
「碇くんだけは、碇くんだけは死なせるわけにはいかない」

 ふたりを包みこんだ淡いオレンジ色の壁が脈動するようにその直径を狭めていく。

「あ な た も 死 ぬ 気 な の? そ れ で い い の? あ な た の 旅 を こ こ で 終 わ ら 
 せ て い い の?」
「いい、碇くんが助かるんなら、それで、いい」

 A.T.フィールドがそのネーブルの輝きを強くした。もはやレイの外観を維持できなくなったその物体は、壁の狭間
で生みだされた凄まじいエネルギーを受け断末魔の叫びを絞り出す。

「・ ・ ・ な ぜ ・ ・ ・ わ た し た ち は 一 緒 だ っ た 筈 ・ ・ ・ わ た し た ち が 共 に ・ ・
 碇 く ん ・ と・ ・ ひ と つ に な れ ば ・ ・ ・」
「…それは、違う…碇くんが探し求めているのは…あなたでも…わたしでも無い、もの…だから、これで終わりにするの」
「・ ・ ・ な ん て 愚 か ・ な ・ ・ あ な た ・ ・ せ っ か く ・ ・ こ こ ま ・」
「…でもこれで良かったの…これがわたしの、碇くんへの………」

 アヤナミレイがその命を迸らせたようにA.T.フィールドがいっそうその輝きを増した。まるで陽だまりのようなオレンジ色
の光の中で、アヤナミレイの体組織は静かに崩壊を始めた。とうに沈黙している物体を愛おしげに抱いていたその腕は
もはや形状を留めず、やがて溶けるように溝渠へと崩れ落ちた。凄まじい苦痛のなかで、滲んだ視界のなかにいるシンジを
見つめ続けるアヤナミレイは、それでも満たされていた。最期の最期で綾波レイになれたような気がした。やがて全てが闇に
包まれると、薄れゆく意識の中で必死にシンジのことを思い浮かべようとした。


「…いかり…くん……さよう…なら」

  

Re: piece to Peace ( No.76 )
日時: 2016/05/28 09:16
名前: calu

         
      ■□■□ ■□■□


 
 日ごと鮮やかになるこの胸の記憶
 そこに存在したあなた達の想い
 そして希望というものを
 わたしは すべてを知っている
 だから わたしは 
 わたしに出来ることを するの
 この命がある かぎり 
 与えられた魂の灯がある かぎり
 でも なにか  
 なにかが 足りない 気がする
 そんな 気がするの


 天空に撒かれた宝石を紡いでいくように、意志を持つ糸になった旋律がケージの底
から湧き立った。嘗てこの空間を響かせていたシンジとの連弾曲ではなく、穏やかに
流れる夜想曲がケージを包みこんでいる。

「やあ」

 風に吹かれた楽譜が乾いた音を立てた。姿を見せたレイに穏やかな表情で出迎えた
カヲルはいつものようにラタンチェアをレイにすすめた。

「第13号機はもう間もなく完成する」
「………」
「…あれからシンジ君とも話したんだ。そして、第13号機を使って世界を修復する
ことにしたんだ。勿論、シンジ君と一緒にね……その為のシンジ君への説得は多少
必要だったけどね」

 カヲルは穏やかな微笑の下で、首に装着されたチョーカーを指さした。

「………」
「そして、恐らくそれは罠なんだ。既に逃れられない軌道の中に、僕たちはいる」
「…渚君」
「でも大丈夫。僕に考えがあるからね。その罠を逆手にとって、第13号機でリリスの
結界を越えてドグマに眠る2本の槍、破壊と創造の力を手に入れる。そして、シンジ君の
望む世界を取り戻すんだ」
「碇くんの望む世界…第3新東京市のある、みんなと過ごす世界。そして『綾波レイ』のいる世界」
「………」
「…それが実現するのなら、わたしは、どんな事があってもあなた達を守る。Mark09での
出撃命令が出ると思う。だから」
「…違うんだ」
「?」
「レイちゃん、君にはこのシナリオから離脱してほしいんだ」
「………」
「行ってもらいたい場所がある。…万が一、僕が失敗したときは、そこでシンジ君が望む世界を
取り戻すことができるように彼を導いて欲しいんだ」
「…わたしは…わたしはあなた達と一緒に行きたい。たとえ盾になるだけだったとしても…この
残された命をそれに使いたい」
「………」
「あなた達の手助けができるのなら、与えられた運命のままに、排除されることを受け入れても
構わない」
「…君は」
「この魂は引き継げばいい。だから…」


「君はそれでいいのかい?」




 蒼白い光で満ち満ちた月の下、息を潜めていた風がレイのプラチナブルーの髪をふわりと
梳いた。月明かりに照らされたレイはこれまで見たことが無いほどの苦しげな表情を滲ませている。


「本当に、それでいいのかい? 自分の胸に耳を傾けてごらん」


 長きにわたる戦いの末に、やっと出会う事が出来たあなた。
 わたしが生を受けたときから、あなたはずっとわたしの胸の中にいたの。
 空っぽのわたしの中で、あなたとの記憶だけが存在していたの。
 波に揺られるようにわたしの中で浮かんでいたの。
 そして、短い時間だったけれど、あなたと出会ってから、それが、
 この胸の中で日に日に色づき始めたの。
 まるで命の息吹を与えられたように。


「君の胸は何て言ってるんだい?」


「…わたしは」
「………」
「碇くんの望む世界を取り戻したい。…でも」
 
 こんな偽りの魂、なのに。

「…消えたく、ない……一緒にいたい」

 許される限り。そう、その日まで。

 ケージのはるか上空で流星が長い尾を曳いた。
 天空へと顔を上げていたカヲルが、その視線をレイに戻した。


「やっと気が付いたね。それが、君の望みなんだよ」





Re: piece to Peace ( No.77 )
日時: 2016/05/29 09:34
名前: calu



                     ▲▽▲▽ ▲▽▲▽



 朧な乳白色の光の塊は、やがて滲んだ天井を構成した。目覚めたシンジは溝渠の狭間に身を横た
えていた。頭を振るうと、やっとの思いで上半身を起こしたシンジは、周りを見渡すとその目を剥いた。
 
 な、なんなんだ。どうなってんだよ、これ?

 シンジが身を横たえていた溝渠を隔てる通路は抉られたように寸断され、其処彼処に焼け焦げた
ような痕跡と破砕された箇所が混在し、直近までのシンジの記憶とはその様相を一変させていた。

 そうだ。僕は、ここまで綾波を追ってきて、ここは危険だからって高雄さんが言ってたから、だから
綾波に伝えようとして、でもココに入ったらもう綾波は奥の方まで入ってて、呼んだんだけど声が届か
なくて。だから追いかけようとしたんだ。だけど、何かが僕の…僕の身体を掴んでて、だから転んじゃ
って、それでも必死になって起き上がったんだ。綾波が綾波が心配だったから。でも、起き上がると
目の前に綾波が立ってて……そうだ…それは、僕が追いかけてきた綾波とは違う綾波だったんだ。
でも、後ろにはもうひとり小さな綾波がいた。その子が僕の足に纏わりついてて。そうなんだ。あの
子は以前見かけた子だったんだ。綾波にとても良く似てたんで、その影を追っかけてここまできたけど、
結局見失った、その子だった。でも、でも良く見るとその子のその足が―!

 そこまで、思い出すとシンジは少なからずパニックに陥った。両の手で頭を抱え込む。

 そうだ、身体中の力が抜けちゃって倒れちゃったけど、そこで綾波が戻ってきてくれたんだ。あれは
僕がここまで追いかけてきた綾波なんだ。必死になって駆けつけてくれて。助けに戻ってきてくれたん
だよ。それで、綾波が僕の名前を叫んだとき、何もかもがオレンジ色になって…。

 シンジの記憶はそこで途切れている。

 …あれは何だったんだろう。
 …記憶にあるA.T.フィールドにも似たネーブルの色彩。

「そうだ、あ綾波?」

 あらためて周りを見回したシンジの目に飛び込んできたソレには見覚えがあった。直感的にそれを
認識したシンジは深くえぐられたクレバスをひとっ飛びに越えると、飛び付くように手に取った。それは
シンジが思ったとおり楽譜だった。良く見ないとそれと解らないくらいに表紙が黒く煤けている。震える
指先で焼け焦げた表面を撫でて煤を払いショパンの文字を確認したシンジ。

「…これは綾波の楽譜。どんな時でも手離さなかった楽譜だ」

 瞠目し其処彼処から溝渠を覗き込んでは、気がふれたように周囲を見渡すシンジ。レイの名を叫ぶ
悲愴な声が広大な空間に虚しく吸い込まれていく。それでもシンジは声の限りにレイの名を呼び続けた。
何度も何度も何度も。

「…そ、そんなまさか。綾波。ダメだよ」














「うわあああああああああああああああああー!」










Re: piece to Peace ( No.78 )
日時: 2016/05/29 15:31
名前: tamb

ミキちゃんきた。私は全ての希望を彼女に託す。
Re: piece to Peace ( No.79 )
日時: 2016/06/19 11:35
名前: calu


tambさん

有難うございます。
tambさんから頂いたコトバは彼女の力になると思います。
Re: piece to Peace ( No.80 )
日時: 2016/06/19 11:39
名前: calu



         
      ■□■□ ■□■□



「総員。第一種戦闘配置」

 雲海を遥かに見下ろす超高度の天空を天翔るAAAヴンダー。その底知れぬ神殺しの本質を垣間見るべき
序章が如くに、静から動へとその艦橋の容貌を変化させた。

「戦闘指揮系統を戦闘艦橋へ移行」
「艦の主制御をアンカリングプラグに集中」
「LCLガスの充満は電荷密度をクリア」

 艦橋要員がアンカリングプラグに収容されると艦橋内は忽ちの内にLCLガスで満たされた。先ほどまでの
張裂けるような緊張感は霧散し、互いにどこかがリンクしているような奇妙な感覚が戦闘艦橋にいる全員を
包みこむ。脳内の意識を共有しているような不思議に落ち着いた感覚は、冷静な判断を求められる戦闘時
には向いているのかもしれない。それでも多分に癖の強い寄せ集めの艦橋要員達にとっては、とてもではないが
相容れない感覚だ。

「目標、ネルフ本部」
「了解。目標、ネルフ本部。繰り返す。目標、ネルフ本部」

 ミサトの隣で秘匿回線の端末にIDを通したリツコは複雑なPINコードを瞬時に落とし込む。

「第一波ターゲット、ネーメズィスシリーズ。対地及び対空ミッション。ネオハープーン並びにネオトマホーク発射準備」
「尚、全攻撃においてA.A.弾頭の使用を許可。繰り返す、A.A.弾頭の使用を許可」

 底光りする眼で前面のモニターを睥睨するミサトの低いトーンが艦橋に響いた。

「第二波。改2号機と8号機によるネルフ本部突入。目標、エヴァンゲリヲン第13号機。その起動までに叩く。
頼むわ、アスカ、マリ」
「了解」
「おっけー。まっかせて〜」
「しかる後、第三波。ヴィレ地上部隊による直接侵攻。ネルフ要員の武装解除、そして碇シンジの確保を最優先とする」
「了解」
「地上部隊は、三個小隊を投入します。ネルフ本部突入後、杉及び長門両三佐の誘導の下に本部内に部隊を展開。
しんがりは香取一尉の小隊でお願いします」
「了解した。任せといてくれ」

 これでいい。フォースインパクトを食い止める目的は一致しているとは言え、トリガーとしての可能性を残すシンジの
抹殺を企てるUNの連中よりも一秒でも早く着手する必要があったのだ。UN軍に正面からネーメズィスシリーズと戦火を
まみえる火力を持っていない今の状況下では、AAAヴンダーを擁するこちらにアドヴァンテージがあると言っていい。この
瞬間は。だからこそ、あの連中に先手を打たれる前に、こちらの手で第13号機を殲滅する。その事がひいてはシンジの
身の安全の確保にも繋がってくる。

「葛城艦長」
「何か、赤木副長」
「杉三佐とのコンタクトは完了し今次の作戦についても伝達しました。でも」
「……」
「長門三佐とのコンタクトは失敗。そしてその所在は不明」
「……」
「つまりロスト、ということ。相変わらずね。あの娘らしいと言えばあの娘らしいけど」
「杉三佐とのコンタクトが成功しているのであれば問題ないわ。長門三佐の所在については、杉三佐にもあたらせて」
「了解」

 それにしても、ヴィレから脱走したUNの軍団はどこに行ってしまったのか。どんな探索の網にも掛ること無く、
煙のように姿を消したその規模は三個大隊レベルなのだ。

「未確認飛翔体、補足しました!」
「出ました。パターン青。ネーメズィスシリーズです。コード4A」

 決して突発的な感情だけでヴィレから離れた訳ではない。今次の離脱は彼らからすれば『選択』したに過ぎないのだ。
最終目的の成就に向け統一された堅牢な意思の下で、一糸乱れることのない統率でもって次なる場に向けて『選択』した
のだ。あらかじめ仕組まれたプログラムを展開するように。だから、大人しく指をくわえている筈はないのだ。

「敵、増殖中。48・53・61・75・・増え続けています!」

 今この瞬間も、何処かで息を潜めて機会を伺っているに相違ないのだ。

「ネオイージス稼働」
「了解、ネオイージスシステム稼働」
「アクティブソナー、敵飛翔体188体を補足しました!」
「188体、全敵飛翔体、ロックオン!」

 いや、あるいは既に。

「敵機、迎撃射程まで20秒。15・10…」
「対地及び対空ミッション開始」

 全方位モニターを睨み据えるミサトの声が低く戦闘艦橋に響き渡る。

「迎撃システム発動」
「ネオハープーン、ネオトマホーク発射」
「了解。ネオハープーン、ネオトマホーク発射」

 AAAヴンダーのVLSから吐き出された無数のミサイルが刹那宙に漂った。そして、正確に補足した各々のターゲット
へと弧を描いた。

「A.T.フィールド、一次展開」

 AAAヴンダーの底部に眩いばかりのオレンジ色の壁が展開された。いかなる地対空攻撃をも受けつける事の無い
最強のイージス。ネルフ本部の遥か上空で、まるで天蓋のように張りめぐらされたA.T.フィールドに呼応したネーメズィス
シリーズは一斉に活性化するや上空を仰ぎ見た。次の瞬間、正確に撃ち込まれたミサイルはA.A.コーティングにより
A.T.フィールドをいとも簡単に貫通するとコアブロックを直撃した。その成形炸薬弾頭に組み込まれたHNIW爆薬は
コード4Aのコアを滅茶苦茶に破壊し、燃焼し尽くした。
 凄まじい爆音と衝撃波が紅い大地を激しく揺るがし、夥しい数の光の十字架が林立した。モニターを見据えるミサトの
表情は動かない。

「す、すごい。あれだけのネーメズィスシリーズが一撃で」
「これがAAAヴンダーの力。神殺しと言われたその実力の片鱗」
「続いて第二波攻撃。改2号機、8号機出撃準備」
「両機共に起動済み。スタンバイ中です」
「ならば良し。出撃。目標、ネルフ本部ターミナルドグマ」
「了解」
「待ってましたよーん」
「改2号機並びに8号機は射出孔より降下。目標ネルフ本部ターミナルドグマ。繰り返す。改2号機並びに8号機は
射出孔よりメインシャフトに向けて降下。目標ネルフ本部ターミナルドグマ」
「アクティブソナーはレンジを変えて敵索を継続。新たなネーメズィスシリーズとの会敵に備えて。艦砲射撃準備」
「了解。艦砲射撃準備」
「敵出現! パターン青。ネーメズィスシリーズです! 左舷より3体、急接近。メインシャフトから2体、改2号機、
8号機に接近中!」
「下方からの2体はアスカとマリに任せます。艦載主砲照準はじめ。目標、左舷ネーメズィスシリーズ」

 超高速でAAAヴンダーに急速接近するネーメズィスシリーズ。刺し違えるようにAAAヴンダーへと加速した
コード4Aは瞬時に補足されると艦砲一斉射撃に晒され、A.A.弾頭弾の直撃を受けて天空に霧散した。

「メインシャフトからの2体は、確認不要ね」

 メインシャフト付近から新たにそびえ立つ光の十字架が映しだされたサブモニターにミサトは冷徹な一瞥を送った。

「地上部隊は?」
「3個小隊共にオペレーションを展開中」
「香取小隊長の部隊は降下済み。本部正面ゲートからネルフ本部への進入路を確保。現在、第二小隊及び
第三小隊を誘導中」
「了解。小隊長に繋いで」

 戦闘艦橋前面のモニターに映し出されているのは、半ば崩れ落ちた正面ゲート。破壊されたゲート周辺には
ヴィレの隊員が配置につき、ヴンダーから降下する地上部隊の誘導準備に余念がない状態だ。

「香取小隊長。3個小隊全体の現場指揮をお願いします。現在のネルフ職員は技術者が中心なので、一気に
制圧して彼らの武装解除、そして碇シンジの確保を最優先でお願いします」
「承知した」
「本部内の対人邀撃システムは貧弱ですが、抵抗勢力に対しては発砲を許可します。でも、ゼーレの少年そして
レイ…初期ロットとの交戦は極力避け――」

 戦闘艦橋のあらゆるモニターが眩い光で満たされた。スピーカーからはレンジを超えた爆音がノイズと共に
吐き出される。

「何!? ネーメズィスシリーズがまた!?」
「ロ、ロケット弾による攻撃だと思われます! 損害不明!」
「正面ゲート前、生体反応確認できません!」
「複数場所における戦闘を確認!」
「敵は!? ネルフの邀撃なの?」
「モニター、回復します」

 回復したモニターに映しだされた正面ゲート前。そこには今の今まで作戦下にいたヴィレ隊員が其処彼処で
斃れ臥している。
 
「全方面のモニターを出して!」
「葛城艦長!」
「奴らが」

 戦闘艦橋の正面を埋め尽くすメイン、サブモニターには異様な光景が映しだされていた。丘陵の草原あるいは
廃墟施設の中から、蟻のように湧き出す迷彩の影が見る見る画面を埋め尽くした。手を尽くせど探索の叶わなかった
脱走者達。旧UN分隊。敵の殲滅を生業とする白兵戦のプロフェッショナル達は、モニターの中、ついぞ先日まで
仲間だったヴィレ隊員に対しての殺戮を何の躊躇もなく実行していった。その数、3個大隊相当全ての意思は、
エヴァを稼働できる人間の殲滅で厳格に一致している。そしてそれは、障害になると判断されたヴィレを含めて。

「第三小隊、降下を中止して!」
「ダメです。既に降下中です!」
「いけない。このままでは狙撃の絶好の標的になる」

 地上では目を覆いたくなるほどの惨状が呈されていた。殺戮マシーンとなった旧UN分隊員は、寄せ集めの老若男女
で構成されたヴィレ隊員にホローポイント弾を撃ち込み、その首を裂いた。上空から降下する隊員をアサルトライフルで
狙撃し続けた。哀れな第三小隊員は必死の反撃を試みるが、雨のように降り注ぐ7.62mm弾フルメタルジャケット弾を全身
に受け、その殆どが地上に到達するまでに絶命した。そして、目指した地表に降り立つと、ぼろぼろの人形のように静かに
体躯を横たえた。

「畜生!」
「な、何てこったい!」
「艦載全砲門、照準合わせ! 目標、UN地上軍!」
「だダメです。我々の部隊まで巻き添えになってしまいます」
「くっ」
「第二小隊全隊員の生体反応消失!」

 何てことだ。厄介なネーメズィスシリーズをAAAヴンダーに撃破させ、そのヴンダーの火力をヴィレの小隊を盾にして
封殺したのだ。全ては奴らのミッションを成就するため。あの軍隊を本部に侵入させるため。


「構わん。撃ってくれ、葛城艦長」

 !

「諜報二課の秘匿回線から、香取小隊長です!」
「香取小隊長!」
「艦長、今、正面ゲート前で交戦している。我々の到着までに既に相当数の敵が侵入している。これ以上の侵入を許すのは危険だ」
「…」
「連中はヴンダーの艦砲攻撃を恐れて、我々を人間の盾として使ってはいるが、隙をついて一気に本部内になだれ込む積りだろう」
「…」
「それだけは避けねばならん。解るな?」
「…香取小隊長」
「正面ゲート前、敵フォーメーションに変化…複数のRPGを確認!」
「今一度、請う。撃ってくれ、艦長」
「香取、さん」
「早く撃つんだ!」
「くっ」



Re: piece to Peace ( No.81 )
日時: 2016/06/23 22:22
名前: calu





                     ▲▽▲▽ ▲▽▲▽



 焼け焦げた楽譜を胸に抱き、シンジは一人涙を流し続ける。地球の中心で、地底の底で、からっぽ
になった胸の空洞を煤けてぼろぼろになった楽譜で塞ぐようにして、たったひとりで涙を流し続けた。

 …ばか。…綾波のばかぁ…。…なんでなんで僕なんかを守って…。
 …僕のことなんて、全然知らなかったくせに…。
 …こないだ会ったばかりじゃないか……それなのに…。

「……ばか……綾波ぃ」

 小刻みに絞られるシンジの嗚咽が広大な空間に吸い込まれていく。取り返しのつかないものを喪ったんだと
身体の中心が、心が血を流して悲鳴をあげている。シンジは受け入れられない現実からただただ回避する為に
楽譜そしてラップトップを胸に抱きしめレイを感じようとした。その僅かな片鱗だけでも感じようとした。

 
 ?

 それはほんとうに小さな音だった。

 水面に雫が滴るような、小さな音が響いた。
 シンジは涙でくちゃくちゃになった顔をあげると、弾かれたように通路に出来たクレバスの隙間越しに溝渠を覗きこんだ。

 !?

 溝渠の底では無数の遺骸が浸る赤黒く澱んだLCLの水面が見て取れた。その片隅で穏やかな波紋が広がっている。
危うくバランスを崩しそうになるまでに体を乗り出し目を凝らすシンジ。やがてゆったりとLCLが割れると、何かしら白い物が
浮かびあがった。必死に目を凝らしていたシンジには、直感的にそれがヒトと理解できた。

「綾波っ!」

 蒼い髪を目視できるタイミングでは、シンジは既に溝渠へと飛び込んでいた。粘度の高いLCLが控えめな水柱を上げた。
光が微かに届く溝渠の底に張られたLCLに揺られているのは確かにレイに思えた。しかし、シンジの必死の呼びかけにも
呼応することは無かった。

「綾波っ、…綾波ぃ!」

 レイをかき抱いたシンジは、レイの頭に顔を埋め、腕の中の実体を確認すると嗚咽を漏らし始める。それでもレイの微かな
脈動に気付いたシンジは、声の限りにレイの名を呼び続けた。綾波、綾波、目を覚ましてよ。お願いだから目を覚ましてよ。

「…い…かり…くん?」
「あっ綾波っ!」

 シンジは薄っすらと開かれたレイの淡い眸を確認すると、顔をくちゃくちゃにしながら抱きしめ嗚咽を漏らす。  

「綾波のばか。なんでこんな無茶するんだよ。こんな僕なんかのために…そんな価値なんて無いのに…なのに…」
「…いかりくん。痛い」

 …え、あ!? ご、ごめんよ、と慌ててその腕を緩めたシンジ。何故かレイはその身に一糸もまとっていなかった。とたんに
狼狽するシンジ。シンジの腕の中で大人しくその身を預けるレイは、しばらくシンジの胸に額をつけ、確かめるように自分の
両の手をながめていたが、おもむろにシンジに顔を向けるとその眸を覗きこんだ。

「…碇くん……どうして泣いてるの?」
「何言ってんだよ…綾波が無事だったからに決ってるじゃないか」
「………」
「…そうだ。前にも似たようなことがあったんだ…ヤシマ作戦の時に綾波が僕を庇って、大怪我をしてさ…」
「………」
「僕って本当にダメだ。また綾波に守られて…今度は僕が守るって約束したのに…本当に僕ってダメだ……あ、ごごめんよ、
こんな君の知らないこと、勝手に喋り出しちゃって。これは――」
「覚えてるわ」
「…え?」
「碇くんのこと。ケージで初めて会った時から。あの時、碇くんは怪我してたわたしの代わりに初号機に乗ってくれたわ」
「……え、 ……何だって、綾波? …そ、それじゃあ、やっぱり君は僕が助けた…綾波なのか?」
「…」

 顔を俯かせたレイの腕を取り、その顔を覗きこみシンジは言葉を重ねる。

「…綾波、そうだったんだね」 

 はは、と大袈裟に撒かれたシンジの堅い笑い声がLCLの上を漂った。

「…いやだなあ、綾波ったら、それならそれであの時に覚えてるって言ってくれたら良かったんだ。そうすれば僕だって……
そうなんだ。やっぱり本当じゃ無かったんだ、副司令が僕に話したことは――」


「…違うの」




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