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piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。



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Re: piece to Peace ( No.42 )
日時: 2014/01/12 02:45
名前: tamb

> 実はこの高雄さんは購買部主任という設定で、サイト開設十周年
> カウントダウン企画・一月スレに投下した拙作中にも出てきております。

 おっと、これは気づかなかった。読み返してみた。なるほど「あの体格」ね(笑)。

 加賀一尉は香取一尉なのだろうか。年齢的にはどうだろう。初老というにはまだ早いよ
うな気もするけど。
 衣笠一尉は長門班。この人は未出だよな? というか長門ミキちゃんも部下を持つまで
になったのか。
 いろいろ妄想は展開できるけど、Q準拠の側面が出てくると話がややこしいよな。
 諸々一段落したら『彷徨う虹』本編の更新再開もお願いしたく。三年近くも更新してな
い(爆)。まあ投下のサイドストーリーはあるけど。これもいつかまとめないとなあ。探す
のが大変で。

 そしてレイが酒を飲む、と(笑)。

Re: piece to Peace ( No.43 )
日時: 2014/02/02 19:35
名前: calu

史燕さん
>あれ、ちゃんとシンちゃんが渡しましたよね
はいー。その通りでございますー。全てシンちゃんの確認不足が生んだ展開かと。
そもそも大吟醸をペットボトルに入れてる高雄のオヤジもどうかな、と。
いつも読んで頂き有難うございますーm(_ _)m

tambさん
>三年近くも更新してない(爆)
P TO P完結(リハビリ終了)次第、取りかかります! Episode23.01!(笑)
だが、しかしP TO Pも直近の超超多忙で更新頻度がぁ(爆)

Re: piece to Peace ( No.44 )
日時: 2014/02/02 20:28
名前: calu

          
                  ■□■□ ■□■□




 ICUに隣接するシンジの病室まで一気に走ると、レイはドアを背にSCAR-Hを構えた。回廊に広く取
られた窓から外には今のところ敵兵の影は見られない。ますます激しくなる正面玄関周辺での銃撃戦
の音。それでもレイの背後にある病室内からの気配を感じないのは、いまだ碇シンジが目覚めの時を
迎えていないからと考えるべきだろう。

(…目覚めていない方がいい。いま病室から出るのは危険)

 多大な犠牲を払ってまで絶対防衛線を掻い潜り、ここジオフロントに投入された部隊の内容そして
その規模から確信を持つに至ったヴィレの意思。それは、第3の少年の抹殺に他ならない。

(…そんなこと、絶対にさせない)
(…何があっても、わたしはここを…碇くんを守る――)

「!」

 鈍い着弾音が空気を震わせ、レイの眼前の窓ガラスに幾つものスパイダーネットにも似た模様が
拡散した。側面から中央病院に侵入した敵からレイを狙った銃撃であることは明白。だが、ポリカー
ボネイトとの積層構造を持つUL752規格の防弾ガラスはFMJ7.62mm弾の貫通を許さない。
 反射的に身を低くしたレイは次の瞬間、はじかれたように玄関とは反対の裏口の方向へと駆けだ
した。

(…敵の展開が思ったよりも早い。背後から挟み撃ちにされるわけにはいかない)

 回廊の突き当りを曲がると、窓の消えた通路は一転し漆黒の通路と化した。それでも夜目の利く
レイは怯むこと無く、一層強くリノリウムの床を激しく蹴り速度を上げる。そして、その深紅の炯眼は
暗澹とした回廊の先で何かがチカリと瞬くのを見逃さなかった。

「レーザーサイト!」

 赤い光を認識したときには、初弾の衝撃波がレイの頬を掠めていた。漆黒の中、咄嗟の動作で
横っ飛びに身をかわしたレイ。幾何学的に散った幾つものレーザーポイントを受けた床や壁が無残
に砕け散るや、濛々と吹きあがる粉塵の中から、発光したとおぼしき回廊の奥へと照準を合わせて
引き金を絞る。フルオートで弾幕を張ると、レイは素早く踵を返し回廊の突き当りの角へと駆け出した。

(人数が違いすぎる。正対は出来ない――)

 曲がり角まで、数メートルのところで怒り狂ったように降りそそいだ銃弾がレイの直ぐ後方の床や
壁のあらゆる部分を粉砕し、跳弾の衝撃波がレイの身体を無慈悲に刺した。元の回廊まであと1メ
ートルというところで、すぐ頭上に着弾した衝撃によりバランスを崩し床に倒れこみそうになったレイ
は、唐突に何処からか伸びてきた手に二の腕を掴まれ、恐ろしい程の力で曲がり角の向こう側、元
の回廊へと引き込まれた。右腕を吊られるように掴まれながらも、俊敏にハンドガンを取り出したレイ
だったが、直ぐに銃身を降ろした。

「…加賀一尉?」

 レイの問いかけには応えず、加賀は敵からの銃撃の間隙を縫っては曲がり角から身体をせり出し
ては、見事なシューティングポジションを作り応射している。

「…リーダー、お怪我はありませんでしたか?」
「…わたしは大丈夫、でも何故?」
「こちらで激しい銃撃音が聞こえましたので、慌てて来ました…作戦変更ってヤツです」
「………」
「SBCTの方は衣笠が要撃作戦に入りましたのでご安心を。側面からの侵入もちょっとしたトラップ
を張ってきました。これで暫くは時間を稼げるでしょう」
「…あなた達、ただの総務局員では無い……誰?」
「…現所属は総務局に相違ありません。ですが…」
「………」
「我々は、かつて諜報二課では、影、と呼ばれていました」



 銃撃でずたずたになったレンジローバーの陰から、散開した敵歩兵の内、左側面の歩兵を正確な
狙撃で無力化した衣笠は、キックペダルを踏み込みSUZUKIハスラーの心臓に火を入れた。数回ス
ロットルを煽ると目を覚ました空冷2ストロークエンジンがオイルを焼き、緑の中に白煙を撒き散らす。
更に煽ったアクセルと絶妙のクラッチワークで衣笠はハスラーをロケットのように発進させた。
 直後、前方で突如として浮かび上がった発光体が矢のように一直線にローバーへと吸い込まれた。
爆裂し、炎上しながら空に身を躍らせるレンジローバー。間一髪で直撃を逃れた衣笠は、ごうごうと
炎上するレンジローバーをバックにハスラーの前輪を大きく上げ、決死の表情でSCAR-Hをフルオー
トで其処彼処に散開する敵歩兵を掃射する。

(…RPG-29まで持ち込んでやがる…こいつら一体!?)

 忽ちの内に底をつく弾倉。ベルトにつけた予備弾倉を取りだそうと衣笠がスロットルから手を離した
時、すぐ傍で銃撃音が響いた。それは、極限まで研ぎ澄まされた精神状態にある今の衣笠の絶対
防衛圏たる間合いの中に知らず侵入されたと思わせるくらいに近距離からの銃撃だった。着弾の
衝撃で飛びそうになる意識と身体を鋼鉄の意思で衣笠は踏み留める。反射的にハンドガンを抜くと、
既にシューティングマシンの一部と化している衣笠は瞬時にトリガー絞り切ろうとする。が、汀でその
アルゴイズムを辛うじて止めた。
 鈍く光る銀色の銃身の先にいる敵は、まだあどけなさの残る少年兵だった。衣笠に向けた小銃の
銃身は小刻みに震え、眼前に突きつけられたデザートイーグルにより、その眼は死の恐怖で満た
されている。
 
「くっ!」

 馬鹿、伏せてろ! と少年兵を一喝するや、衣笠は少年兵越しに衣笠に狙いをつける二名の歩
兵を撃ち、再びハスラーのスロットルを絞る。矢のように疾走するバイクに向けて銃弾の雨を降ら
せるSBCT歩兵部隊。衣笠はRPG-29でハスラーの鼻先を狙う歩兵に向けてグレネードランチャー
を発射させると弾切れのSCAR-Hをブーメランのように敵兵に投げつける。持ち替えたハンドガン
で前方を塞ぐようにアサルトライフルを掃射する歩兵達に応射する。恐ろしい程の運動量のオフロ
ードバイクを自在に操る衣笠に敵歩兵は翻弄されるが、それ以上に鬼神の表情で立ち塞がる敵を
殲滅していく衣笠の姿に、歩兵部隊員は逆鱗にも似た本能的な怖れを感じた。それでも、衣笠の
身体の至る所に着弾した銃創にその隊員服は血で濡れそぼり、疾走するバイクの上でハンドガン
を握る手は意思から解放されたように垂れ下がり、いつしか一切の動きを停止しているようにも見
えた。前衛部隊を突破したところで、ストライカーまでの距離、およそ200メートル。ストライカーのプ
ロテクターM151システムが作動した。ブローニング社製M2重機関銃の長銃身が前方から急接近
するオフロードバイクに向けその照準を合わせようとした時、それに応えるようにハスラーTS125が
白煙を吐きながら、跳ね馬のように前輪を大きく上げた。耳を劈く排気音が緑豊かな丘陵地に木霊
し、傷だらけのグリーンカラーが陽光に映えた。最期の帳を降ろすように静かに停止するM151の光
学照準器。衣笠の顔に薄い笑みにも似た表情が浮かんだ気がした。そして、その次の瞬間、秒速
3,000フィートで撃ち込まれた12.7mm弾がハスラーごと衣笠の身体を引き裂いた。
 それでも時速百キロを超える猛スピードでストライカーに急接近していたバイクの勢いは止まらず、
原形を留めぬ残骸になりながらも、一直線にストライカーへと突入していった。バイクのフレームに
しっかりと弾倉ベルトで繋がれていた衣笠徹であったモノを巻き込みながら。一直線に、彼の終着点
でありゴールだった場所に向かって。その彼のゴールで、弾倉ベルトに装着されたC-4の近接信管
が作動した。


Re: piece to Peace ( No.45 )
日時: 2014/02/16 01:34
名前: tamb

特に後半、息もつかせぬ描写は見事な筆力としかいいようがない。
衣笠の死亡フラグは読めなかった。
スズキハスラー、名車。
とにかく続きを待ちます。
Re: piece to Peace ( No.46 )
日時: 2014/03/08 15:20
名前: calu

  

                     ▲▽▲▽   ▲▽▲▽



「あ、綾波…どうしたの? 気分でも悪いの?」
「………」

 思わず心配そうにレイの顔を覗き込むシンジ。二杯目の紙コップを飲み干したレイは、右手に
コップを握りしめたまま俯いてしまっている。レイの白い手の中で、紙コップはややモディファイ
されていた。

「…あ、綾波ぃ」
「………」

(…ど、どうしたんだろう)
(…やっぱ口に合わなかったのかな)
(…それとも、お腹が痛くなった、とか)
(だ、だったら、どうしよう…)

 だ、大丈夫? とレイに身体を寄せ、その背中をそっと擦ったシンジは、この世のものと思えな
い程の柔かさにおののいた。

「………たの」
「へ?」
「………」
「どどうしたの、綾波ぃ?」
「…無くなってしまったの」

「…………はい?」

 シンジの間の抜けた言葉に呼応するように顔をあげたレイ。朱を溶いた水面がごとく頬を染め、
瑞々しくも潤んだ深紅の眸をやや上目がちにシンジに向けている。近い、とても近い。
 そのまま覆い被さってしまいたい衝動を鋼鉄の意思で抑えたシンジは辛うじて視線を逸らせる。
 
「…な何、その、無くなったって」
「碇くん、はい、これ」
 
 これって、お水が欲しいの? とレイからペットボトルを受け取ったシンジは、小さく書かれた
『大吟醸』の文字に瞠目した。

「あ、綾波、いま飲んでるの……」
「……にほんしゅ。米とこおじを主げんりょうとしたアルコールがんゆういんりょう」
「ど、どの位飲んだの?」
「……分からない…たぶん三ばいめ」
「だ、だめだよ、綾波。僕たちは中学生なんだから…と、14年経ってたんだっけ? …いずれに
してもマズイよ」
「……そお? よくわからない」
「ちょ、ちょっと、高雄さんっ!」

 シンジが視線を向けた先で、高雄はその巨体をリノリウムの床に預け、シンジの問いかけに高鼾で
応えた。一升瓶を虎の子のように抱きかかえ背を丸めた姿は水揚げされたばかりの珍種の哺乳動物
に見えなくもない。まなじりに薄っすら付いた涙の痕は、拭いきれない大吟醸への想いの証か。
 
 と、とにかく、とふたたびレイへと向き直ったシンジは、触れ合うほどに身体をにじり寄せるレイに
忽ちの内に石化した。

「…あや、あやあや」
「碇くんと一緒に……の」
「…い、いや、だから」
「碇くん…嫌?」
「い、いや…そうじゃあ無くて…あ」

 少し視線を下げたシンジの目の縁にショパンの楽譜がかかった。食事中も離そうとしない楽譜を
レイは胸に添えるようにして持っていた。

「あ綾波、食べにくいからさ、楽譜はどこかに置いとこうよ」
「嫌」  
「で、でも、汚れちゃっても、そのイケナイからさ」
「…これは、二度と手離してはいけないものなの…だから、持ってるの」
「そ、そうかな…そうなのかな?」
「…約束だから……時が来れば…一緒に弾くって約束したから…」
「へ、約束?」
「…そう……今度こそ…」
「そ、その……だ誰との、なの?」
「…碇くん」
「えっ、ぼ僕!?」

 コクリと頷く所作を示したレイは、しな垂れかかるようにシンジにその身を預けた。慌ててレイの上体
を半ば抱きかかえるようにしてレイを支えるシンジ。例えようのないほどに柔かな感触に、そして実体を
感じられないほどの軽さに、爆裂寸前にまで高まる動悸の向こうに遠い過去の記憶が甦る。抱きしめて
しまいたい衝動を辛うじて堪えたシンジは、腕の中で静かな寝息を立て始めたレイを静かに見つめた。
そして、薄っすらと眦に浮かんだ涙の意味の糸口さえ見い出せないままに、愛おしさというコトバでは
表現し尽くせない感情のままに、その唇へと顔を寄せていく。
 無機質な音が小さく木霊した。慌てて我に返ったシンジはあたりを見渡したが、何ら異変を見い出す
ことは出来ない。いつの間にかシンジのポケットから床へと転がり落ちていたS-DATを除いては。


Re: piece to Peace ( No.47 )
日時: 2014/03/16 00:11
名前: 史燕

シンジの前と、シンジがいないときと、本質的には全くぶれてないのに全然違うようにレイが見えますね。

敵の存在と平穏な日常、正直頭が付いて行きません。
続きをお待ちしますね。
Re: piece to Peace ( No.48 )
日時: 2014/03/16 01:48
名前: tamb

レイは酔うと大体こうなるよな(笑)。将来は酒豪になるであろう。
たぶん三ばいめ(笑)。

Re: piece to Peace ( No.49 )
日時: 2014/06/16 23:12
名前: calu

          
                 ■□■□ ■□■□


 まるで大地が爆ぜたとも思える爆発音に続いて、これまでとは異なる衝撃波が病棟全体を揺るがした。
軋む窓ガラスを前にして、衣笠の身に起こったことを本能的に察知したレイは、沈痛そうに表情を歪める
加賀を一瞥するや、玄関ホールへと駆けだした。

「リーダー、いけません!」

 加賀の叫び声が廊下に反響する。

「!」

 十メートルも進めなかった。前方の暗がりの中で蠢く何かが映り込んだ瞬間、嵐のような
機銃掃射がレイを襲った。粉砕するリノリウムの床。其処彼処で白亜の壁紙が爆裂し、紙吹雪のように
空中に拡散する。反射的に横に飛んだレイは、バランスを崩し壁面に身体を打ちつける。しかし、それでも
漆黒の敵に向けSCAR-Hの引き金を懸命に絞ったレイは、ありったけの7.62mm弾を送り込む。
底をついた弾倉をイジェクトしたところで、右肩に火がついたような激痛を覚えると、次の瞬間には着弾
による衝撃で、数メートルも後方に飛ばされていた。視界の中で仄暗い天井との狭間で炸裂した浮遊物
が浮遊している。ショック状態から脱しない体躯を起こそうと試みるが身体が反応を示すことは無く、感覚を
失った右腕にはライフルは無かった。それでも強靭な意志で上半身を半分ほど起こしたレイの視界の中に
湧いて出た敵兵。アサルトライフルを構え直すのが見て取れた。その距離、僅か数メートル。レイは次の瞬間
我が身に降りかかる出来事を予見すると、その紅く底光りする炯眼で敵兵を見据えた。

「!?」

 殺気を迸らせた兵士が構えたライフルから銃弾が発射されることは無かった。カチリと冷たい音が鳴り響く。
慌てて手許に視線を落とした兵士は、意味不明の罵りを尖らせた唇から吐き出した。気がふれたようにライフル
を床に叩きつけると、下品なベルトからファイティングナイフをぎらりと抜き出し、間髪をいれずレイに襲いかかった。
その間僅か数秒の間に、レイは辛うじて左手でハンドガンを取り出す事に成功した。しかし、野猿が如く奇声を
あげてレイに飛びかかる男の動きは速かった。男の暗い想念そのものの不吉な形状を有したナイフの切っ先は、
真っすぐにレイの胸元へと振り下ろされる。

「うおおおおおーー!」

 間一髪。ナイフの切っ先がレイの胸元を抉ろうとしたまさにその時、ライフルの銃床が男の横っ面に激しく打ち
こまれた。口から赤と白の塊を吹き出しながら壁面へと飛ばされた男に、鬼の形相に変貌した加賀がSCAR-Hの
トリガーを引き絞る。そして男が現れた通路奥の暗闇に向かって弾倉に残された7.62mm弾をフルオートで撃ち
込んだ加賀は、その弾倉が尽きるやレイの名を叫びながら我が子のようにレイをかき抱いた。次の瞬間、レーザ
ーサイトに真っ赤に染まった加賀の背に、無数のホローポイント弾が着弾する。

「加賀一尉!」

 またたく間に紅い霧に包まれる加賀の広い背。レイを庇い続ける加賀は、それでも呻き声一つ上げることは無かった。

「加賀……一尉」

 蜘蛛のように敵兵が暗闇から散開した。
 理解の及ばない感情に浸食されるレイ。
 まるで石化したように微動だにしなくなった加賀の身体の下、
 その両脇から血に染まったデザートイーグルの照準を敵に向ける。





「遅い…どうなんだ、作戦の進捗は?」
「は。…それが、先ほどから無電を打っているのですが、応答がありません」 
「我が部隊きっての精鋭だぞ…どうなっているんだ、一体」
「それが、彼女と一緒にいる保安局員がどうやら只の警備員では無かったようです。その、何か特殊な訓練を受けて
いたように思われますが」
「…ふん、それでSBCTでさえあの体たらく、というわけか……ネルフの二課別働班など、とうの昔に全滅させたというのにな」
「は」
「まあいい。乗り込むぞ。第3の少年の抹殺。その機能の殲滅をこの目で確認せねばならん――」  

 魁偉の中尉が下士官数名を伴い中央病院へと歩き出したその時、正面玄関のロビーが眩い光が満たされた。白亜の
光源から産まれ出た真っ赤な球体は、弾かれたように撃ちだされるや赤い尾を長く曳き、コンマ数秒後には士官達の
専用車だったジープを直撃した。轟音と共に火柱を吐き宙を舞うラングラー。成形炸薬弾から絞り出されたメタルジェットは
超超高速で周囲に存在するあらゆる物体を引き裂いた。殆どの士官達は爆風に飛ばされ、弾片の攻撃に晒された。深刻な
ダメージを受けた者の呻き声が其処彼処に跋扈する。

「…く」 
「…な、何なんだ。何がどうなっているんだ?」
「ロ、ロケット弾です」
「ば馬鹿な。RPGなど持っている情報など無――」
「…あるいは、我々の部隊から――」

 小隊長の目前で副隊長の頭部が西瓜のように砕けた。

「!!」
「伏せてください、中尉! そ、狙撃です!」
「ば馬鹿な。これほどの大口径の、ホローポイント弾、だぞ。狙撃に使えるライフルなど……まさか、ハンドガンで狙ってるのか、
この距離をか?」
「た…隊長」
「なんだっ」
「……出てきました、彼女です」
「!」



 原形を留めないまでに粉砕された玄関ロビー。そこに散乱したガラスを黒いブーツが噛む音が響く。
 真っ赤に染まったデザートイーグルを両手に吊ったレイ。
 いま血よりも紅く、底光りする双眸を真っすぐ部隊長に向けている。

「…き来た。彼女だ」  
「う、うわあ」
「ひっ」

 そこにいる殆どの兵士が、レイの姿に生体が持つ本質的な畏れを感じた。
 気圧されたように腰を落とすもの、ただ呆然と立ち尽くすもの、
 顔色を変え全てを放棄し今にも逃げ出しそうなもの。

 戦意を喪失した副長から無線機をもぎ取った中尉が震える腰を起こした。
 巨躯を小刻みに震えながらもレイを睨み据える。



「…衣笠一尉、加賀一尉。ふたりはただわたしを助けたかっただけだった」


「あ、アヤナミシリーズ…ば化け物が」


「…なぜふたりは死ななければならなかったの?」


「総員、撃ち方用意!」


「…そのふたりに守られた…わたしは」


「照準合わせ!」


「…何があっても」


「目標っ! 前方、アヤナミシリーズ!!」


「…ここから先には」


 血に濡れそぼり銃創の痕跡おびただしいレイの暗色のスーツが、無数のレーザーサイトで朱に染まった。
 
 レイの視界いっぱいに広がっていた丘陵地の美しい緑。

 それはいつしか深い紅へと染められていた。
 
  
「撃てーーー!」



















「…いかり……くん」








Re: piece to Peace ( No.50 )
日時: 2014/06/22 06:41
名前: tamb

A.T.フィールドの気配があるようなないような。うーむ。
ここで死ぬ手はないと思うんだが。代りがいたとしても。

ホローポイントを軍用に使うのは条約違反。警察行動ならいいのだろうか。
にしても、フルメタルジャケットなら恐らく貫通してレイも死亡となると、別の展開を考えねばならぬしな。
Re: piece to Peace ( No.51 )
日時: 2016/03/19 17:00
名前: calu

                     ▲▽▲▽   ▲▽▲▽


シンジが目を覚ますと、レイそして高雄の姿は消えていた。胡乱な頭を抱え、気だるげに上半身を
起こすと辺りを見渡した。テーブルに見立てた段ボールに載せられた鍋、そして茶碗の類は乾き切っている。
あれほど散乱していた酒瓶は高雄が片付けたのだろう。段ボールに捨て置かれた高雄の書き置きを眺めていると、
徐々に昨晩の記憶が甦ってきた。

(……そうだ…綾波)
(…昨日は喜んでくれたかなぁ)
(…初めてのお鍋だったけど…美味しいって言ってくれたよね)
(…そうなんだ…綾波に必要なのは…温かい食べものなんだ)
(…だから…これからも…)

 ひょんなことから実現したささやかな食事会だった。シンジには、レイに温かい食べものを食べてもらう事が、
以前のレイを取り戻せる一番の近道のような気がした。
 ふと、シンジの頭にイメージとして浮かびあがったレイの楽譜。食事の間も手離そうとしなかったあの楽譜だ。

(ショパン……ショパンのノクターン第20番 嬰ハ短調…)
(……)
(…それにしても)
(…僕と弾く約束したなんて…)
(…一体、どういうことなんだろう…)

 過去の記憶を反芻してみる。だが、思い当たる節は無い。
第10使徒との戦い以前、レイとピアノについて言葉を交わすようなシチュエーションは無い…。
そうなんだ、何よりここに来て初めてピアノに触れたんだ。あの渚カヲルという少年にピアノを奏でる楽しさを
教えてもらったのはここに来てからなのだ。

(………)

 とにもかくにもシンジは昨晩の宴会の後片付けを始めることにした。トレーのようなモノは無いので、
ひとつひとつ台所に手で運んで行くしかない。何往復目のことだろう、慎重に鍋を運んでいた時、何か異質
なものが視界を過ったような気がした。

「綾波?」

 とっさに顔を向けた通路の奥に佇むひとりの少女の姿。レイだと思ったのは、その髪の色が特徴的な
蒼色だったからに相違ない。

「…い、いや」

 違う。もっと小さな少女だ。そのくらいのことは遠目にも解る。ジッとシンジを見つめていた深紅の眸の
少女は、しばらくするとすぐ脇にある非常階段にその姿を消した。

「ちょ、ちょっと!」

 ここに来てどのくらい経ったのだろう。ここネルフの職員、その家族なのか? これまでに会った数える
程の人間以外に初めて見る人影に、シンジは咄嗟にその後を追っていた。
 重厚な扉を押し開け、非常階段を必死になって駆け下りる。どれだけ階段を下りても少女の姿をとらえる
ことは出来ない。確かにその気配を階下に感じるのだけれど蜃気楼のように追いつけそうで追いつけない
その少女の気配に待ってよと声を掛けるシンジ。気が付けば、いつの間にか最下層に到達していた。
 再び重い扉を開けて通路によろめき出たシンジの息は既にあがっている。そのシンジが顔を上げた先、
突き当りのドアの向こうに消える少女の後ろ姿を捉えたシンジは、一歩また一歩、糸に引かれるように
そこに向けて歩を進めた。

「…こ、ここは?」

 ドアの向こうはシンジの想像だにしない世界が広がっていた。地の底にも思えるそのエリアは、まるで
荒涼とした墓場だった。広大な空間一面に地底の亀裂のような溝渠が広がり、夥しい数の何かの遺骸
や白骨のようなもので満たされている。その暗澹たる溝渠から湧き出でている瘴気と何かが発する呻き声
のような震動が、この広大な空間全体を揺らしつづけている。
 ふらりとその中に足を踏み出そうとしたシンジ。だが、後ろから腕をはっしと掴まれ我に返った。シンジが
振り返ると息を切らした高雄が立っている。朝食をシンジとレイに届けようとしたまさしくその時、血相を変えて
非常階段へと消えたシンジの姿を見てここまで追い掛けてきたのだという。
 今まさにシンジが侵入しようとしたこのエリアについて、過去に何人も職員が行方不明になっていること、
そして現在は立ち入り禁止区域になっていることを口早に説明すると、シンジの手を引き早々にそこを後に
しようとする高雄。でも…と、ここまで追いかけてきた少女のことを話したシンジだったが、寝惚けたんじゃ
ねえのかと軽くいなされてしまった。

「さあ、早く戻ろうぜ。ここはどうにも寒くていけねえ」
「は、はい」

 高雄に続いて非常階段のドアをくぐろうとした時、何かしら気配を感じて振りかえったシンジ。
だが、静寂につつまれた通路のどこにも何も見つけることは出来なかった。

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