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piece to Peace
日時: 2013/09/08 00:06
名前: calu

         ■□■□ piece to Peace  ■□■□


 目覚めたわたしに光は届かない。
 わたしを待っているものは頭のなかの疼痛。
 疲弊し切った胡乱な意識の底に打ち込まれた余韻のような鈍い痛み。
 その根本を弄って、わたしはかすかな記憶の糸をたぐる。
 色んな思考が交わっていたような気がする。
 わたしは何かを見つけ、それを掴もうとして。…掴もうとして。
 でもその瞬間、何かに追い立てられるように、覚醒が訪れる。
 そして、いつものプロセスをただなぞっている自分にいつしか気付いている。
 目覚めはわたしから全てを剥ぎ取り、手順に沿ってわたしを構成する。
 そして残されるものは、空虚。遡及すべき記憶は残滓さえ見当たらない。
 一切を切り取られた虚ろな思考だけが、わたしを支配している。
 それが、わたしと言われるモノ。

 簡易ベッドを澱みない動作で抜けだしたわたしは、いつもの手順でいつもの衣装を身に着ける。 
 小さなシンクで洗面を済ませると、ふたたび簡易ベッドに腰を下ろした。
 いつもと変わらない午前7時の朝。
 あとは所定の場所に行き、そこで発せられるであろう命令を待つだけだ。
 時計の秒針の音だけが浮遊する空間に、遠くで響くピアノといわれる楽器の音が色をつけ始めた。
 それに気付いたのは最近のこと。
 ふたたび腰を上げたわたしは、おもむろにサインペンを手に取った。
 壁に掛ったカレンダーの今日の日付を×印で塗りつぶすために。



メンテ

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Re: piece to Peace ( No.80 )
日時: 2016/06/19 11:39
名前: calu



         
      ■□■□ ■□■□



「総員。第一種戦闘配置」

 雲海を遥かに見下ろす超高度の天空を天翔るAAAヴンダー。その底知れぬ神殺しの本質を垣間見るべき
序章が如くに、静から動へとその艦橋の容貌を変化させた。

「戦闘指揮系統を戦闘艦橋へ移行」
「艦の主制御をアンカリングプラグに集中」
「LCLガスの充満は電荷密度をクリア」

 艦橋要員がアンカリングプラグに収容されると艦橋内は忽ちの内にLCLガスで満たされた。先ほどまでの
張裂けるような緊張感は霧散し、互いにどこかがリンクしているような奇妙な感覚が戦闘艦橋にいる全員を
包みこむ。脳内の意識を共有しているような不思議に落ち着いた感覚は、冷静な判断を求められる戦闘時
には向いているのかもしれない。それでも多分に癖の強い寄せ集めの艦橋要員達にとっては、とてもではないが
相容れない感覚だ。

「目標、ネルフ本部」
「了解。目標、ネルフ本部。繰り返す。目標、ネルフ本部」

 ミサトの隣で秘匿回線の端末にIDを通したリツコは複雑なPINコードを瞬時に落とし込む。

「第一波ターゲット、ネーメズィスシリーズ。対地及び対空ミッション。ネオハープーン並びにネオトマホーク発射準備」
「尚、全攻撃においてA.A.弾頭の使用を許可。繰り返す、A.A.弾頭の使用を許可」

 底光りする眼で前面のモニターを睥睨するミサトの低いトーンが艦橋に響いた。

「第二波。改2号機と8号機によるネルフ本部突入。目標、エヴァンゲリヲン第13号機。その起動までに叩く。
頼むわ、アスカ、マリ」
「了解」
「おっけー。まっかせて〜」
「しかる後、第三波。ヴィレ地上部隊による直接侵攻。ネルフ要員の武装解除、そして碇シンジの確保を最優先とする」
「了解」
「地上部隊は、三個小隊を投入します。ネルフ本部突入後、杉及び長門両三佐の誘導の下に本部内に部隊を展開。
しんがりは香取一尉の小隊でお願いします」
「了解した。任せといてくれ」

 これでいい。フォースインパクトを食い止める目的は一致しているとは言え、トリガーとしての可能性を残すシンジの
抹殺を企てるUNの連中よりも一秒でも早く着手する必要があったのだ。UN軍に正面からネーメズィスシリーズと戦火を
まみえる火力を持っていない今の状況下では、AAAヴンダーを擁するこちらにアドヴァンテージがあると言っていい。この
瞬間は。だからこそ、あの連中に先手を打たれる前に、こちらの手で第13号機を殲滅する。その事がひいてはシンジの
身の安全の確保にも繋がってくる。

「葛城艦長」
「何か、赤木副長」
「杉三佐とのコンタクトは完了し今次の作戦についても伝達しました。でも」
「……」
「長門三佐とのコンタクトは失敗。そしてその所在は不明」
「……」
「つまりロスト、ということ。相変わらずね。あの娘らしいと言えばあの娘らしいけど」
「杉三佐とのコンタクトが成功しているのであれば問題ないわ。長門三佐の所在については、杉三佐にもあたらせて」
「了解」

 それにしても、ヴィレから脱走したUNの軍団はどこに行ってしまったのか。どんな探索の網にも掛ること無く、
煙のように姿を消したその規模は三個大隊レベルなのだ。

「未確認飛翔体、補足しました!」
「出ました。パターン青。ネーメズィスシリーズです。コード4A」

 決して突発的な感情だけでヴィレから離れた訳ではない。今次の離脱は彼らからすれば『選択』したに過ぎないのだ。
最終目的の成就に向け統一された堅牢な意思の下で、一糸乱れることのない統率でもって次なる場に向けて『選択』した
のだ。あらかじめ仕組まれたプログラムを展開するように。だから、大人しく指をくわえている筈はないのだ。

「敵、増殖中。48・53・61・75・・増え続けています!」

 今この瞬間も、何処かで息を潜めて機会を伺っているに相違ないのだ。

「ネオイージス稼働」
「了解、ネオイージスシステム稼働」
「アクティブソナー、敵飛翔体188体を補足しました!」
「188体、全敵飛翔体、ロックオン!」

 いや、あるいは既に。

「敵機、迎撃射程まで20秒。15・10…」
「対地及び対空ミッション開始」

 全方位モニターを睨み据えるミサトの声が低く戦闘艦橋に響き渡る。

「迎撃システム発動」
「ネオハープーン、ネオトマホーク発射」
「了解。ネオハープーン、ネオトマホーク発射」

 AAAヴンダーのVLSから吐き出された無数のミサイルが刹那宙に漂った。そして、正確に補足した各々のターゲット
へと弧を描いた。

「A.T.フィールド、一次展開」

 AAAヴンダーの底部に眩いばかりのオレンジ色の壁が展開された。いかなる地対空攻撃をも受けつける事の無い
最強のイージス。ネルフ本部の遥か上空で、まるで天蓋のように張りめぐらされたA.T.フィールドに呼応したネーメズィス
シリーズは一斉に活性化するや上空を仰ぎ見た。次の瞬間、正確に撃ち込まれたミサイルはA.A.コーティングにより
A.T.フィールドをいとも簡単に貫通するとコアブロックを直撃した。その成形炸薬弾頭に組み込まれたHNIW爆薬は
コード4Aのコアを滅茶苦茶に破壊し、燃焼し尽くした。
 凄まじい爆音と衝撃波が紅い大地を激しく揺るがし、夥しい数の光の十字架が林立した。モニターを見据えるミサトの
表情は動かない。

「す、すごい。あれだけのネーメズィスシリーズが一撃で」
「これがAAAヴンダーの力。神殺しと言われたその実力の片鱗」
「続いて第二波攻撃。改2号機、8号機出撃準備」
「両機共に起動済み。スタンバイ中です」
「ならば良し。出撃。目標、ネルフ本部ターミナルドグマ」
「了解」
「待ってましたよーん」
「改2号機並びに8号機は射出孔より降下。目標ネルフ本部ターミナルドグマ。繰り返す。改2号機並びに8号機は
射出孔よりメインシャフトに向けて降下。目標ネルフ本部ターミナルドグマ」
「アクティブソナーはレンジを変えて敵索を継続。新たなネーメズィスシリーズとの会敵に備えて。艦砲射撃準備」
「了解。艦砲射撃準備」
「敵出現! パターン青。ネーメズィスシリーズです! 左舷より3体、急接近。メインシャフトから2体、改2号機、
8号機に接近中!」
「下方からの2体はアスカとマリに任せます。艦載主砲照準はじめ。目標、左舷ネーメズィスシリーズ」

 超高速でAAAヴンダーに急速接近するネーメズィスシリーズ。刺し違えるようにAAAヴンダーへと加速した
コード4Aは瞬時に補足されると艦砲一斉射撃に晒され、A.A.弾頭弾の直撃を受けて天空に霧散した。

「メインシャフトからの2体は、確認不要ね」

 メインシャフト付近から新たにそびえ立つ光の十字架が映しだされたサブモニターにミサトは冷徹な一瞥を送った。

「地上部隊は?」
「3個小隊共にオペレーションを展開中」
「香取小隊長の部隊は降下済み。本部正面ゲートからネルフ本部への進入路を確保。現在、第二小隊及び
第三小隊を誘導中」
「了解。小隊長に繋いで」

 戦闘艦橋前面のモニターに映し出されているのは、半ば崩れ落ちた正面ゲート。破壊されたゲート周辺には
ヴィレの隊員が配置につき、ヴンダーから降下する地上部隊の誘導準備に余念がない状態だ。

「香取小隊長。3個小隊全体の現場指揮をお願いします。現在のネルフ職員は技術者が中心なので、一気に
制圧して彼らの武装解除、そして碇シンジの確保を最優先でお願いします」
「承知した」
「本部内の対人邀撃システムは貧弱ですが、抵抗勢力に対しては発砲を許可します。でも、ゼーレの少年そして
レイ…初期ロットとの交戦は極力避け――」

 戦闘艦橋のあらゆるモニターが眩い光で満たされた。スピーカーからはレンジを超えた爆音がノイズと共に
吐き出される。

「何!? ネーメズィスシリーズがまた!?」
「ロ、ロケット弾による攻撃だと思われます! 損害不明!」
「正面ゲート前、生体反応確認できません!」
「複数場所における戦闘を確認!」
「敵は!? ネルフの邀撃なの?」
「モニター、回復します」

 回復したモニターに映しだされた正面ゲート前。そこには今の今まで作戦下にいたヴィレ隊員が其処彼処で
斃れ臥している。
 
「全方面のモニターを出して!」
「葛城艦長!」
「奴らが」

 戦闘艦橋の正面を埋め尽くすメイン、サブモニターには異様な光景が映しだされていた。丘陵の草原あるいは
廃墟施設の中から、蟻のように湧き出す迷彩の影が見る見る画面を埋め尽くした。手を尽くせど探索の叶わなかった
脱走者達。旧UN分隊。敵の殲滅を生業とする白兵戦のプロフェッショナル達は、モニターの中、ついぞ先日まで
仲間だったヴィレ隊員に対しての殺戮を何の躊躇もなく実行していった。その数、3個大隊相当全ての意思は、
エヴァを稼働できる人間の殲滅で厳格に一致している。そしてそれは、障害になると判断されたヴィレを含めて。

「第三小隊、降下を中止して!」
「ダメです。既に降下中です!」
「いけない。このままでは狙撃の絶好の標的になる」

 地上では目を覆いたくなるほどの惨状が呈されていた。殺戮マシーンとなった旧UN分隊員は、寄せ集めの老若男女
で構成されたヴィレ隊員にホローポイント弾を撃ち込み、その首を裂いた。上空から降下する隊員をアサルトライフルで
狙撃し続けた。哀れな第三小隊員は必死の反撃を試みるが、雨のように降り注ぐ7.62mm弾フルメタルジャケット弾を全身
に受け、その殆どが地上に到達するまでに絶命した。そして、目指した地表に降り立つと、ぼろぼろの人形のように静かに
体躯を横たえた。

「畜生!」
「な、何てこったい!」
「艦載全砲門、照準合わせ! 目標、UN地上軍!」
「だダメです。我々の部隊まで巻き添えになってしまいます」
「くっ」
「第二小隊全隊員の生体反応消失!」

 何てことだ。厄介なネーメズィスシリーズをAAAヴンダーに撃破させ、そのヴンダーの火力をヴィレの小隊を盾にして
封殺したのだ。全ては奴らのミッションを成就するため。あの軍隊を本部に侵入させるため。


「構わん。撃ってくれ、葛城艦長」

 !

「諜報二課の秘匿回線から、香取小隊長です!」
「香取小隊長!」
「艦長、今、正面ゲート前で交戦している。我々の到着までに既に相当数の敵が侵入している。これ以上の侵入を許すのは危険だ」
「…」
「連中はヴンダーの艦砲攻撃を恐れて、我々を人間の盾として使ってはいるが、隙をついて一気に本部内になだれ込む積りだろう」
「…」
「それだけは避けねばならん。解るな?」
「…香取小隊長」
「正面ゲート前、敵フォーメーションに変化…複数のRPGを確認!」
「今一度、請う。撃ってくれ、艦長」
「香取、さん」
「早く撃つんだ!」
「くっ」



メンテ
Re: piece to Peace ( No.81 )
日時: 2016/06/23 22:22
名前: calu





                     ▲▽▲▽ ▲▽▲▽



 焼け焦げた楽譜を胸に抱き、シンジは一人涙を流し続ける。地球の中心で、地底の底で、からっぽ
になった胸の空洞を煤けてぼろぼろになった楽譜で塞ぐようにして、たったひとりで涙を流し続けた。

 …ばか。…綾波のばかぁ…。…なんでなんで僕なんかを守って…。
 …僕のことなんて、全然知らなかったくせに…。
 …こないだ会ったばかりじゃないか……それなのに…。

「……ばか……綾波ぃ」

 小刻みに絞られるシンジの嗚咽が広大な空間に吸い込まれていく。取り返しのつかないものを喪ったんだと
身体の中心が、心が血を流して悲鳴をあげている。シンジは受け入れられない現実からただただ回避する為に
楽譜そしてラップトップを胸に抱きしめレイを感じようとした。その僅かな片鱗だけでも感じようとした。

 
 ?

 それはほんとうに小さな音だった。

 水面に雫が滴るような、小さな音が響いた。
 シンジは涙でくちゃくちゃになった顔をあげると、弾かれたように通路に出来たクレバスの隙間越しに溝渠を覗きこんだ。

 !?

 溝渠の底では無数の遺骸が浸る赤黒く澱んだLCLの水面が見て取れた。その片隅で穏やかな波紋が広がっている。
危うくバランスを崩しそうになるまでに体を乗り出し目を凝らすシンジ。やがてゆったりとLCLが割れると、何かしら白い物が
浮かびあがった。必死に目を凝らしていたシンジには、直感的にそれがヒトと理解できた。

「綾波っ!」

 蒼い髪を目視できるタイミングでは、シンジは既に溝渠へと飛び込んでいた。粘度の高いLCLが控えめな水柱を上げた。
光が微かに届く溝渠の底に張られたLCLに揺られているのは確かにレイに思えた。しかし、シンジの必死の呼びかけにも
呼応することは無かった。

「綾波っ、…綾波ぃ!」

 レイをかき抱いたシンジは、レイの頭に顔を埋め、腕の中の実体を確認すると嗚咽を漏らし始める。それでもレイの微かな
脈動に気付いたシンジは、声の限りにレイの名を呼び続けた。綾波、綾波、目を覚ましてよ。お願いだから目を覚ましてよ。

「…い…かり…くん?」
「あっ綾波っ!」

 シンジは薄っすらと開かれたレイの淡い眸を確認すると、顔をくちゃくちゃにしながら抱きしめ嗚咽を漏らす。  

「綾波のばか。なんでこんな無茶するんだよ。こんな僕なんかのために…そんな価値なんて無いのに…なのに…」
「…いかりくん。痛い」

 …え、あ!? ご、ごめんよ、と慌ててその腕を緩めたシンジ。何故かレイはその身に一糸もまとっていなかった。とたんに
狼狽するシンジ。シンジの腕の中で大人しくその身を預けるレイは、しばらくシンジの胸に額をつけ、確かめるように自分の
両の手をながめていたが、おもむろにシンジに顔を向けるとその眸を覗きこんだ。

「…碇くん……どうして泣いてるの?」
「何言ってんだよ…綾波が無事だったからに決ってるじゃないか」
「………」
「…そうだ。前にも似たようなことがあったんだ…ヤシマ作戦の時に綾波が僕を庇って、大怪我をしてさ…」
「………」
「僕って本当にダメだ。また綾波に守られて…今度は僕が守るって約束したのに…本当に僕ってダメだ……あ、ごごめんよ、
こんな君の知らないこと、勝手に喋り出しちゃって。これは――」
「覚えてるわ」
「…え?」
「碇くんのこと。ケージで初めて会った時から。あの時、碇くんは怪我してたわたしの代わりに初号機に乗ってくれたわ」
「……え、 ……何だって、綾波? …そ、それじゃあ、やっぱり君は僕が助けた…綾波なのか?」
「…」

 顔を俯かせたレイの腕を取り、その顔を覗きこみシンジは言葉を重ねる。

「…綾波、そうだったんだね」 

 はは、と大袈裟に撒かれたシンジの堅い笑い声がLCLの上を漂った。

「…いやだなあ、綾波ったら、それならそれであの時に覚えてるって言ってくれたら良かったんだ。そうすれば僕だって……
そうなんだ。やっぱり本当じゃ無かったんだ、副司令が僕に話したことは――」


「…違うの」




メンテ
Re: piece to Peace ( No.82 )
日時: 2016/07/03 19:54
名前: タン塩

いよいよ佳境!次回天堂編を刮目して待て!
メンテ
Re: piece to Peace ( No.83 )
日時: 2017/05/13 18:17
名前: calu

タン塩さん

有難うございます。
天堂編、行きます!
メンテ
Re: piece to Peace ( No.84 )
日時: 2017/05/13 18:19
名前: calu

         
      ■□■□ ■□■□



 凄まじい轟音に続いた地響きが司令室を大きく揺るがした。

「始まったな。ネーメズィスシリーズは露払いにもならんかったか」
「それも全て計算通りだ」
「それにしてもヴンダーの空対地攻撃は想定外だな。葛城大佐も地獄を見てきただけはある」
「………」
「それでも侵入者たちが第13号機に辿り着くことは無いがな」
「………」

 雷鳴が如く鳴り響く轟音の狭間で、警報がネルフ本部の空間を埋めている。
 第一層を縦横に駆け抜けるUN分隊員の足音が通路に降りそそぐ。セミオートで掃射される
銃声は間断無く其処彼処で炸裂音をあげている。
 悲鳴のようなブレーキ音にレイが振り返ると保安局員の制服を身に付けた青年がマウンテンバイクの上で
息を切らせていた。全力で漕いできたのだろう必死に息を整えると、思い出したように背にかけたSCARを手
に取り通路の前方を見遣った。今、レイが立哨しているその三叉路は第二層への入口でもある。第一層に
侵入した敵が最初に目指すポイントでもある。用心深く前方を確認したその青年はやや安堵の溜め息をついた。

「良かった。こっちは未だのようですね…」
「…あなたは?」
「あ、すすみません。保安二部の吾妻です。D区画から来たんですけど、敵がこちらに向かっているという情報
が入ったんで慌てて来ました。なんせ無線が使用できない――」

 鋭く鳴り響いた異音が会話を遮断した。緊急招集命令。胸に固定した端末を手に取り、レイはその画面に目を走らせた。

「…そう。なら後退するわ」
「はい。僕はここの隔壁を閉めてから行きます。敵を第二層よりも下に入れると厄介ですからね」
「解ったわ。それでは先に行くわ。でも、気をつけて」

 保安部員の青年は人懐っこい笑顔と敬礼でレイに応えた。



「これでヨシと」

 手動で隔壁を閉鎖する作業は想像していた以上に手強かった。
 幾つものロックを解除し、重いハンドルを回し隔壁本体を壁面から出すまでにそこそこ時間を要してしまった。
迫りくる敵の襲来に意識を通路の前方に持っていかれながらも、逃げ出したい気持ちと戦いながら何とか左右
からせり出した隔壁をあと少しで閉じるところまで作業は進めることができた。通路の奥にふたたび視線を送った。
よしよし未だ来てないぞ。間に合ったぞ。あとはピシャリと閉じてロックを掛ければ、マウンテンバイクに跨って下層に
一直線だ。そこで、リーダーに合流しよう。長門さんと一緒に。
 
 ?

 狭まる隔壁の間、ほんの20センチ程の隙間から覗き見ることができた通路の奥で、何かがチカリと光ったように
見えた。次の瞬間、青年の意識は霧散していた。二度と戻る事の出来ない漆黒の世界へと飛ばされていた。
ささやかなその想いと共に。



 緊急招集を受けたレイは、司令室でゲンドウから新たな命令として、Mark09での出撃命令を受けた後、更衣室へと
足を向けた。
 
「やあ」

 着替えを終えたレイが更衣室から出たところでプラグスーツ姿のカヲルが腕を組んで待っていた。レイの身体は
制服につつまれている。

「…あなたの言った通りだった」

 レイの視線の先で、どこか儚げな笑みを浮かべたカヲル。
 
「…第12使徒の解放と第13号機による殲滅。それで、リリスの復活への露払いは完了する。そして、その先、
鬼が出るか蛇が出るか…」
「………」
「………」
「レアセール。その先の世界に、あなたは行かないの?」
「この世界でシンジ君に二つの槍で世界を取り戻そうと誘ったのは僕だからね。僕にはシンジ君を見守る責任が
あるからね」
「…罠であっても」
「そう…間違いなく何かある。でも簡単には思い通りにはさせないよ。シンジ君の幸せを実現させる為にも、
僕はこの世界で全力を尽くすよ」
「………」
「そう、希望は残っているんだ…どんな時でもね」

 新たな非常サイレンが鳴り響く。第一種戦闘配備へのアナウンスが本部内を駆け巡る。

「…レイちゃん、これ」
「これは?」

 目を丸くしたレイにカヲルが差し出したのは、ショパン夜想曲の譜面。夜ごとカヲルがレイに弾いて
聴かせた夜想曲。そのカヲルの楽譜だった。

「これから先の世界で役に立つと思う。音楽にはそれだけの力があると思うからね」
「………」
「さあ時間が無い。急いだ方がいい」
「…うん……渚君」
「…また会える。きっと会えるよ。僕たちの時の輪の巡り合う、その世界でね」

 とろけそうな笑顔を浮かべたカヲルに、夜想曲の楽譜を両の手で胸に抱いたレイ。
伏せた顔をあげた次の瞬間、脱兎のごとく駆けだした。逡巡のかけらさえ見て取れない
決然とした表情で。走る。一直線に。エヴァ素体の廃棄場に向かって。


メンテ
Re: piece to Peace ( No.85 )
日時: 2017/05/25 23:15
名前: calu



            ▲▽▲▽   ▲▽▲▽  

 レイから放たれた消え入るような言葉、それでも至上の明確さを伴った最後通牒に、シンジは
続ける言葉を喪った。レイの言葉の端に一縷の望みをかけて積みあげたいささか楽観的な想い。
それは陽炎のように消失した。分かっていたことだった。あのときレイはシンジの問いに、はっきりと
『知らない』と言ったのだ。それでも、それでも、そんな筈ないよね、と言いたくなる程の疑問が
幾つもある。そして、なにより今シンジの腕の中にいるレイに感じる一体感――まるで、どこかで
繋がっているような――は、綾波レイその人以外に考えられないものだ。

「…いかり、くん」
「…綾波」

 顔を上げたレイの頬をぽろぽろと涙が零れる。

「…わたし、わたし――」

 遠雷にも似た轟音が広大な空間を揺るがした。地底の底で鳴動が、不吉にとぐろを巻いた。

「いけない。レアセールが閉じる」
「え?」

 涙を両の手でごしごし拭ったレイは、シンジを促すように傍らの鉄梯子に目を向けた。その梯子は
溝渠の底から通路へと伸びている。

「碇くん」
「…うん。で、でもいろいろと聞きたいことがあるんだ。それに何なんだよ、そのレアセールって―」
「碇くん。もう時間が無いわ。第13号機が完成する。だから、先ずは上に」
「…あ、うん」

 鉄梯子に手を掛け澱んだLCLから身体を引き揚げたところで、LCLに浮かぶ制服がシンジの視界
に入った。シンジはその小さな制服がレイのものではない事を直感で理解した。

「…綾波、あれって」
「…わたしの姉だったひとのモノ…彼女が最期に残した意識の残滓、よ」

 ややもするとLCLに濡れた手を鉄梯子から滑らせそうになるが、その都度シンジは意識を集中
させた。ときおり後から付いてくるレイに心配そうな目を向ける。先に登ったシンジがレイに手を伸ばすと、
レイはその白い手でしっかりとシンジの手を掴んだ。
 通路まで登り切ったところで、シンジは弾かれたようにシャツを脱ぐとレイに差し出した。

「?」
「…その、着てよ。濡れちゃってるし、気持ち悪いと思うけどさ」
「…そんなこと、無い」

 シンジのシャツはレイには少し大きかった。ひとつひとつボタンを几帳面にとめるレイ。

「…ありがと」
「いや、そのままだと、その、僕の方が困っちゃうからさ」
「?」
「い、いや、なんでもないんだ。それよりも、早く戻ろうよ。父さんたちも待ってると思うからさ」
「…わたしは…わたしは戻れないわ」
「…え、何でだよ? 第13号機が出撃するんだったら、綾波のエヴァも出動するんだろ? だったら
一緒に戻ろうよ」
「ここに来る前に、司令からは第13号機の警護、そしてもう一つの命令を受けたわ」
「だったら行こうよ。こないだカヲル君と約束したんだ。二つの槍で世界を元に戻すんだって。
だからさ、綾波にも手伝って欲しいんだ」
「…わたしは、碇くんと一緒に行けない、行けないの」
「…え? そ、それって何でさ? …それじゃあ一体何処に行くんだよ?」
「……」
「…さっき、綾波はさ、違うって言ったよね。…何が違うのか、僕には解らないんだけど、その、
それと関係があるのか?」
「……」
「…碇くん」
「……」
「…わたしは…違うの」
「……」
「…わたしは碇くんが探している綾波―」
「嘘だ」
「…碇、くん」
「…嘘だ嘘だ嘘だ。信じないよ、綾波! そんなの信じるなんて出来ないよ!」
「……」
「それじゃあ、何でヤシマ作戦の時のこと覚えてんだよ?」
「……」
「…や約束したよね? あの夜、一緒に生きていこうねって、さ」

 少し頷いたレイをシンジはふたたびその腕の中にしっかり抱きしめた。そして、その空色の髪に
顔を埋めた。

「…碇、くん」
「…やっぱり綾波。綾波だよ。確かにあの時、助け出していたんだよ(そうだ、この匂いも、間違いないんだ)」
「…碇くん、わたしは…14年前に碇くんが助けようとした『綾波レイ』ではないの…」
「だ、だから−」
「四人目、だから」
「!?」 
「……碇、くん」
「…え…そん、な…なんだよ、綾波。四人目って何なんだよ? 綾波が何言ってんだか全然解んないよっ!」
「14年前の戦いで碇くんが助け出した綾波レイは、まだ初号機の中にいるの」
「…そ、そんな初号機の中から僕がサルベージされた後は空っぽだったって、綾波はいなかったって、ミサトさんが」
「今でも、彼女はソコにいるわ。副司令が話したことは真実なの」
「…そ、そんな…それじゃあ君は一体」
「…アヤナミレイ……副司令が碇くんに話したオリジナルの複製のひとつ」
「……そ、そんなバカな…だったら何故、綾波の記憶が…」
「…わたしたちは造られたモノ。そして、生体の維持と成長を目的としないわたしたちのカラダはとても脆弱なの。
だから、体組成を維持する目的でLCLを介した身体の補修とメンテナンスを定期的に検診という形で受けて
いるの。…そして、それは碇くんの記憶の中にいる綾波レイも同じ。検診の度にあらゆる体組成のデータと
併せて、脳内の電気信号についてもバックアップが施され、綾波レイの記憶としてマギに蓄積されてきたの」
「…それで、その検診のときに君は綾波の記憶を!?」

 コクリと頷くレイ。でも…と蚊の鳴くような声で言葉を続ける。

「…記憶の複製は複製に過ぎないわ。碇くんと綾波レイとの出来事を『知っている』だけなの。…だから…」
「…そう、なのか…だから、君はあの戦いで僕が助けようとしたのを覚えていないんだ」
「…そう。…でも、わたしは今それ以前のことは『覚えている』わ。まるで自分自身のことのように」

 どうして? と縋るようなシンジの目の前に、レイは通路の上に落ちていた銀色のラップトップを拾い上げ
視線を落とす。

「…それは君が楽譜と一緒にここに残していた…そうだ、一緒にネルフネットに繋いだあのラップトップPCだ」

 それが、と続くシンジの言葉を遮るように、その銀色の筐体からゆっくりと顔を上げたレイ。淡い緋色の
眸にシンジが大写しになる。

「…碇くん」
「………」
「碇くんの記憶にいる綾波レイも、基本的にはわたしと同じオリジナルの複製。…でも、決定的に異なっている
点があるの。…彼女には魂が宿っている。でも……」
「………」

「わたしにとっては、コレが魂なの」



メンテ
Re: piece to Peace ( No.86 )
日時: 2017/09/24 16:22
名前: タン塩

目の前のレイは四人目!?真のレイは何処に?小さな制服は?
次回煉獄編を待て!
メンテ
Re: piece to Peace ( No.87 )
日時: 2018/08/16 18:37
名前: calu

タン塩さん

有難うございます。
煉獄編、行きます!
メンテ
Re: piece to Peace ( No.88 )
日時: 2018/08/16 18:40
名前: calu

      ■□■□ ■□■□



 鼓動のように鳴り響く警報。通路を駆け抜けるレイの靴音が反響している。ヴンダーの艦砲射撃に
よるものか、轟音に続く激震がレイから平衡感覚を奪った。

「!?」

 曲り角を駆け抜けようとして慌てて足を止めたレイ。通路の角に身を隠し注意深く様子を伺った
その先をアサルトライフルを手にした幾人もの戦闘員が足早に通過した。

(旧UN軍!?)

 別ルートから第二層に進入したとみられる旧UN軍だった。

(エヴァ建造現場への最短ルートを取っている……情報が漏れている?)

 踵を返したレイはその足を居住エリアに向けた。非常階段を使って一気に最深部まで下りようと
考えたからだ。万が一に備え、途中購買部に立ち寄ったが、第一種戦闘配置が発令されている状況下、
既に購買部全体が特殊合金の隔壁で覆われている。物資や武器をネルフ本部内の各部署に送るLCLシューター
がフル稼働する音、そして購買部職員達の怒号らしきものが隔壁越しに聞いてとれた。弾薬の調達を諦めた
レイは再び駆け出すや一気に階段を駆け下りた。
 最下層で少し息を整えた後、まるで鉄板のようなドアを慎重に開けたレイは通路の行き止まりにある廃棄場
への入口を確認した。素早い身のこなしで通路へ身体を踊りだしたその時、背後で無数の乾いた連射音が響いた。
銃撃の衝撃波をモロに受けフロアに倒れ臥すレイ。視界の隅で複数の戦闘員が散開したのが見て取れた。

(わたし、わたしはここで死ぬわけにはいかな―)

 後方通路を埋めた敵戦闘員。そのレーザーサイトが体勢を整えようとしたレイを捉えようとしたまさにその時、
非常階段の鋼鉄のドアが激しく開け放たれた。中から吐き出された人影が豹のようにレイに飛びかかるや、
次の瞬間レイの身体は大きく跳んでいた。

「!?」

 敵戦闘員の一斉掃射が床面を砕き、其処彼処に兆弾が跋扈した。ほとんど同じタイミングで開け放たれた
非常階段の入口から半身を乗り出した大男がSCARのフルオートで敵戦闘員に応射し、レイを片手で抱く戦闘員
の女は恐ろしく正確な射撃で勢いのままに前進した敵を次々に無力化していった。

「レイちゃん、大丈夫?」
「…あなたは」

 想定外の会敵に刹那怯んだ様子を見せた敵戦闘員だが、続々と到着した新手が通路の角から僅かな隙をついて
弾丸を送り込んでくる。それでも魁偉の戦闘員は弾幕を張りながらレイと女性戦闘員の前に立ち塞がるように
移動した。

「レアセールね。いくわよ」
「え?」
「あなたのガード引き受けたわ」

 レイを抱きながら暇なく応射する戦闘員の女は、先日病院で一人ピアノを奏でていた女性だった。魁偉の男
に目配し敵の前線により一層激しい弾幕を張らせると、レイの手を曳き廃棄場の入口に向かって駆け出した。


メンテ
Re: piece to Peace ( No.89 )
日時: 2018/08/18 11:46
名前: calu


            ▲▽▲▽   ▲▽▲▽  


「………え?」 

 ごうと地底から突き上げた鳴動が大地を揺るがした。

「…わたしたちはオリジナルの複製。そして、最初の複製に宿された魂は引き継がれていくの。この身体が
その体組成を維持限界の14年間を超えて崩壊したら、代わりの複製がその魂を受け継ぐの。碇くんが探
し求める綾波レイも一人目からそうして受け継いだわ。でも、彼女はその魂を宿したまま今なお初号機の中
にいる。…だから偽りの魂を人工的に造りだすしかなかったの。そして、マギで造られたその魂を複製の
生体に埋め込む鍵になるのがこのラップトップPC。そう、これの本来の役割は、鍵、なの」
「…か鍵?」
「…そう、鍵。でもその鍵が機能するのはこのPCを引き継いだ特定の複製にだけ。それ以外の複製には
機能しない。だからその魂を定着させることが出来るのもたったひとつの複製にだけ。…それでもゼーレは
第11使徒そして第12使徒戦に向けて複製を量産しようとしたわ。でも量産したなかで急速培養が成功した
のは三体のみだった。あとは廃棄されたわ」

 レイは哀しげな眼差しを広大な空間に広がる無数の廃棄場に向けた。

「そして、ゼーレの子供たちとして産み出された幼い彼女たちはパイロットとして従事することになった」
「……」
「…でも、彼女たちは偽りの魂さえ持たないただの複製。容れモノにさえなれなかったただの人形。だから、
何の思念も作り出せない彼女たちは生体維持のための最低限のA.T.フィールドさえ身に纏う事は出来なかった。
…その結果が体組織の崩壊。使徒との戦いの負荷に耐えられなくなって、幼い彼女たちの身体は崩壊したの。
造りモノでも魂を定着させた三人目を除いては」
「……」
「…でも、その三人目もサードインパクトを止める代償としてドグマに消えた。そう、消滅したの」
「…それじゃあ、さっきここで僕が見たのは」
「そう、容れモノにさえなれなかった三人の虚ろな意識体の残滓、そして三人目のトルパとが混ざり合ったもの。
彼女たちもまた培養チューブの中で綾波レイと碇くんとの関わり合いを、結果としてまるで自身の記憶として
埋め込まれることになった。…だから、碇くんを求めてきたのは必然だったの」
「…ご、ごめん。まだとてもじゃないけど、ちゃんと理解できそうにないよ…」

 …そう、と消え入るような声で顔を俯かせたレイは、でもこれが真実なの、と言葉を繋げた。

「…理解できないことも多いけど…だったらでもなんで、綾波はさ、貰いものの記憶にしか存在しない僕を助けたんだよ? 
自分を犠牲にしてまでさ。自分だって死んじゃうところだったじゃないか!?」

「…碇、くん」

 俯かせていた顔をシンジに向けたレイ。零れんばかりに涙をためた淡い深紅の眸の意味を、シンジは予見する。
 いまだ知りえない真実の存在を予見する。  

「…碇くんは、決して貰いものの世界の人ではなかったの…ずっと…ずっと一緒に過ごしてきたの」


メンテ

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