今日も僕は眠れないままだった。すぐ隣に綾波がいて、彼女の甘い匂いと静かな寝息が聞こえる。もう眠っているのだろう。寝顔を見てみたいと思ったが、やめた。起こしてしまうかもしれない。それに僕は自分の理性に自信がない。疑うことを知らないのかもしれないけれど、僕を信じてこうしていっしょに眠っている彼女を、こんなことで傷つけたくはなかった。
不意に彼女が身じろぎをして、そっと僕の腕を取った。彼女の身体のやわらかさが、僕の腕を通して強く感じられる。意識するなと言う方が無理だ。
僕は硬直したまま、天井を見つめてじっとしているしかなかった。
眠れない。私は碇くんのほうを向いて横になったまま、じっとしていた。彼はもう眠っているのだろうか。顔が見たいと思う。でも起き上がれば彼を起こしてしまうかもしれず、それはできなかった。抱きしめて、ぎゅってして、頭をなでて欲しいと思う。そうすれば安心して眠れるのに。私は眠ったふりをしながら碇くんの腕を取って、抱きしめた。頬を寄せてみる。こうしていると、眠れそうな気がした。
「シンジ君? あたし。マキよ。今から迎えに行くから。でさ、朝ご飯、食べさせて……」
マキさんからの電話で目が覚めた。いつのまにか眠っていたようだ。まだ眠っている綾波に声をかけ、朝食の準備を始める。
そろそろ出来るかという頃になって、綾波が起き出して来た。寝ぼけ眼で髪はぼさぼさのままだけど、僕はとても可愛いと思う。
「碇くん、おはよう……」
「おはよう」
「お手伝いするから、起こしてって言ったのに……」
「起こしたよ?」
綾波はそれには答えず、じっと僕を見る。
「マキさん、来るの?」
「う、うん。電話があったよ。そろそろ来るんじゃないかな」
「そう」
綾波がバスルームに向かうとすぐに部屋のチャイムが鳴り、マキさんが来た。
「おはよう、シンジ君。朝からゴメンね」
「おはようございます。気にしないで下さい」
「あれ、レイちゃんは?」
「洗面所にいます」
髪をとかした綾波がバスルームから出てきて、マキさんにあいさつをする。
「レイちゃん……ずいぶんセクシーな格好ね……」
「……そうですか?」
綾波はいつも、僕のワイシャツだけを着て眠っている。僕はそんな彼女の姿をできるだけ見ないようにしていた。
「パジャマとかTシャツとか、持ってないの?」
「……はい」
「シンジ君、よく我慢できるわね」
「な、何のことですか。ははは」
「あなたたち、もしかして一緒に寝てるの?」
「あ、い、いや、その――」
「はい」
僕がごまかすより早く、綾波がうなずいてしまった。マキさんはあきれたような顔をした。
「まぁあたしは別に構わないけど。とりあえずシンジ君、避妊はしっかりしてよ」
「ひひひ、ひにんて、ぼぼ、僕たちはまだそんなことは……」
「まだ? ってことは、いずれ近いうちに……」
「いいいいや、そそそそれはその」
碇くんは、なぜか赤くなってうつむいてしまった。マキさんはいたずらっぽく笑いながら私を見て、それから少しバツの悪そうな顔をしてウインクをした。
「とりあえずレイちゃん、着替えてきなさいよ」
「はい」
私は碇くんの部屋に戻って、制服に着替えた。
「……あなた、他に服は持ってないの?」
「はい」
マキさんが私の制服姿を見て驚いた声を出した。それから少し考え込む。
「今日は仕事をするのは止めましょうか」
「え?」
碇くんが聞き返す。
「決めたわ。今日は仕事、やめ」
「い、いいんですか?」
「いいんじゃない、別に」
「……そ、そうですか」
「レイちゃんを借りていくわ。お買い物よ」
「買い物、ですか」
「そ。お買い物。お買い物でストレス解消は、女の子の特権だもんね」
「僕は、どうすればいいですか」
「シンジ君はお留守番。掃除と洗濯かしら」
碇くんはあからさまにがっかりした顔をした。
「女の買い物に男はいらないのよ。荷物持ちでもする?」
「……いえ、遠慮しておきます」
「さ、朝ご飯食べよ」
「……はい」
マキさんが綾波を引っ張って買い物に出た。
外はいい天気だった。確かに洗濯日和だ。僕はとりあえず布団を干し、それから洗濯を始めた。
一人になるのが嫌だった。忙しくしていれば、一人でいることを忘れていられる。考えても仕方のないことはある。僕はどうしてアスカの首を締めたのか。どうして彼女は気持ち悪いって言ったのか。どうしてアスカはここにいないのか。ミサトさんも……リツコさんも……。
大声で叫びたくなる。誰でもいいのか。そばいてくれさえすれば、誰でもいいのか。僕はなぜココにいるんだ。僕に何ができるんだ。僕が何をしたって言うんだ。
僕はアスカの首を締めたんだ……。